Googleと20%ルール
書店に出向き、雑誌コーナーに行くと、平積みされた雑誌の中から、「グーグルを最強にした経済理論」というキャッチコピーが目に飛び込んできました。気になって手に取ると、ビッグデータに関する記事もあります。思わず、『2014~2015年版新しい経済の教科書』を購入してしまいました。「グーグル」と「最強にした経済理論」という二つの刺激的な言葉に反応してしまったのです。
■グーグルを最強にした経済理論?
内容は、グーグルのチーフエコノミスト、ハル・ヴァリアン氏と大阪大学准教授の安田洋祐氏との対談でした。刺激的なタイトルが付けられていたので、つい購入してしまったのですが、読んでみると、ほとんどの部分、ヴァリアン氏の来歴が語られているだけでした。
カリフォルニア州立大学の情報管理部長だったハル・ヴァリアン氏は2002年からグーグルに関わり、広告オークションの仕組み作りをしていたようです。その結果、クエリ予測モデル、広告オークション理論の構築等に関わってきたといいます。
4月20日、本日誌で、「メディアの観点から見たGoogleの決算報告」(http://katori-atsuko.com/?p=278) と題して書いたように、グーグルの2014年第1四半期の収益をみると、広告のクリック数は多いのに、それが収益につながっていませんでした。そのため発表と同時に株価が下落したぐらいです。利用者のデバイスがパソコンからスマホなどのモバイルに移ってしまっている現状で新たな課題が出てきているのです。ヴァリアン氏が理論を構築していたころとは明らかに状況が異なっています。もはや草創期に活躍したヴァリアン氏の出番はないのかもしれません。ですから、対談を読み終えても、見出しに惹かれたほどの充足感はありませんでした。
■グーグルの20%ルール
むしろ、興味深かったのは、ヴァリアン氏が自分たちは20%ルールを活かしていると答えていることです。意外でした。
実は昨年、さまざまなメディアで、グーグルの20%ルールはなくなったも同然だ、というような記事が溢れていたのです。
たとえば、『WIRED』2013年8月20日号では、以下のように書かれています。
「この有名な20%ルールについて耳にすることはずっと少なくなった。「Quartz」の8月16日付の記事ではグーグルの企業文化においてこの理念は「死んだも同然」だとされている。(中略)20%ルールの本当の敵は「当たる矢が少なかった」ことだろう。同社がグーグルのサービスを何度も整理統合したり、修繕したりしているところを見ると、同社が本当に必要としているのは「焦点」なのかもしれない」
20%ルールがグーグルを成功に導いたことは認めながらも、いまではないも同然だというわけです。このような論調の記事は多くのIT系雑誌に掲載されました。ですから、私も20%ルールはもはや機能していないのだと思っていたのです。どうやら安田氏もそのように考えていたようで、「20%ルールはなくなってきているんじゃないかという記事を読みましたが、どうでしょう」とヴァリアン氏に質問しているのです。ところが、違いました。少なくともヴァリアン氏が働くチームでは機能していたというのです。
■20%ルールはグーグルの企業文化
グーグルは20%ルールという内規を持っていました。それは、勤務時間の20%は本来の業務とは別に、自分独自のプロジェクトに使わなくてはならないというルールがあります。二村高史は著書『グーグルのすごい考え方』(2006年9月刊、三笠書房)の中で、「ここで重要なポイントは、「使ってもいい」のではなく、「使わなくてはならない」という点だ」と指摘しています。
彼は、「ある意味、これは非常に遠大な使命といっていい。考えようによっては、仕事の制約がほとんどない世界だ。あらゆることがらが仕事の対象になってしまう」と、20%ルールの背後にあるヒトを動かす仕組みに驚いています。このようなシステムの下ではヒトは突拍子もないことを考え、それを研究対象にすることができます。誰にもはばかることなく自由に発想できる環境こそがイノベーションを生み出していくのでしょう。実際、グーグルがそうです。ですから、まさに20%ルールは、自己管理、自主性を第一に考えるグーグルの企業文化の象徴だったのです。
■「Quartz」発の情報
先ほど紹介した「WIRED」の情報の元ネタは「Quartz」でした。その「Quartz」に情報提供したのはグーグル元社員だといいます。ブロガーの島田範正氏は、追随してこの件を追ったFast Company誌の記事に基づき、「会社が決めたプロジェクトだけに勤務時間の100%を使っている社員の方が評価も高く、昇給もしやすいのだとか」と書いています。
詳細はこちら。http://www.fastcompany.com/3015877/fast-feed/why-google-axed-its-20-policy
こうしてみると、グーグルの企業文化にも変化が生じている可能性が考えられます。つまり、創業時とは異なり、いまや社員53861人(2012年末)の多国籍企業です。優秀な人材を集めているとはいえ、これだけの社員を抱え、自由な企業風土を維持し続けるのは難しいのではないか、というのが浅はかな素人の見方です。グーグルが急速に発展し、さまざまな領域に進出するに伴い、社員数が激増し、いまや量が質を駆逐する域に達している可能性もないではないでしょう・・・。と思うのは、浅はかな素人の見解でしょうか。
いずれにしろ、昨年報道された「20%ルールの消滅」報道について、ヴァリアン氏は「自分のところはそうではない」と否定しました。ですから、これについての真相はわかりません。元社員がそういったからといって、真に受ける必要がないのかもしれません。元社員はグーグルで不遇だったからこそ辞職したのでしょうから。
一方、グーグルは次々と新領域を開拓し、いまやグーグル帝国ともいえるほどの力を見せつけています。20%ルールをはじめ、グーグルの企業文化がそれを支えてきたことは確かでしょう。「Quartz」のような記事が出てきたからには、内部でなんらかの変化があるのかもしれません。ですから、今後も維持できるかどうかはわかりませんが、これまでのところ、グーグルの企業文化がイノベーションを次々と生んできたといっていいでしょう。
■Googleの企業文化
グーグルには、一般常識では考えられないさまざまな企業文化があるといわれます。元はといえば、自由度が高く、研究志向の強い学生が起業した企業です。普通の企業ではないことは確かでしょう。いつの間にか、情報を軸に以下のような事業を展開しています。
情報検索から、メール、SNS、マップ、等々、世界中のヒトが日常的にグーグルの情報サービスを利用しています。まさに、「世界中の情報を整理してみんながアクセスし便利に使えるようにする」というグーグルのミッションの成果といえます。
このようにグーグルが使命感に基づいてさまざまな事業展開を行い、次々と成功を収めていく中で、実はグーグルが意図しない巨大なパワーの保持者になってしまっているのかもしれません。そうなると今度はそのパワーのメカニズムに動かされていくようになります。やはり、今後もグーグルの動きを見逃せません(2014/4/30 香取淳子)