ヒト、メディア、社会を考える

10月

Rakuten FinTech conference 2016:ICTは超高齢社会の救世主になりうるか?

■Fin Tech conference 2016
 2016年9月28日、「楽天Fin Tech conference 2016」がホテルニューオータニ東京で、開催されました。最近、AI、ディープラーニング、ロボテック、ビッグデータなどという言葉をよく聞きます。これらのICT主導によって社会インフラの高度化が急速に進み、どうやら今、第4次産業革命とまでいわれているようです。はたして、今後、どのような社会、経済状況になっていくのでしょうか。私は興味津々、このカンファレンスに参加することにしました。

こちら →http://corp.rakuten.co.jp/event/rfc2016/

 当日、ちょっと寝坊してしまったので、プログラム最初のセッションには間に合いませんでした。仕方なく、基調講演はネット中継で見ましたが、全体を俯瞰する内容でわかりやすく、高度なICTを社会インフラに取り込む必要があることを、なんとなく理解できたような気がしました。そこで、今回はこの基調講演を中心にご紹介していくことにしましょう。

 ただ、私は経済にあまり詳しくありません。ひょっとしたら、話の流れがとても論理的だったので、理屈の上でわかったような気になっているだけかもしれません。ですから、ご紹介する際、わからないところは随時、調べながら、進めていくことにします。

 基調講演をされたのは、コロンビア大学教授・政策研究大学院特別教授の伊藤隆敏氏で、講演のタイトルは「Fin Techが切り開く日本経済」です。

■Fin Techが切り開く日本経済
 伊藤氏は冒頭、日本経済が抱える大きな課題として、①労働年齢人口の減少、②労働生産性の低さ、この2点を挙げられました。超高齢社会を迎えた日本で労働人口が減少し、経済が失速していくだろうということは、これまでいろんなところで見聞きしていましたので、課題として伊藤氏がご指摘されたことに納得しました。

 ところが、労働生産性が低いというご指摘に私はやや違和感をおぼえました。これだけ経済力のある日本が農業以外の領域で、労働生産性が低いとは思ってもみなかったのです。そこで、調べてみると、たしかに日本の労働生産性は低く、OECD加盟34カ国のうち21位で、先進諸国の中では最も低いという結果でした。

こちら →0c7efbc4
(http://www.jpc-net.jp/annual_trend/images/intl_comparison_graph.gifより。図をクリックすると拡大します)

 でも、この図をよく見ると、経済破綻しているはずのギリシャが日本よりも上位にあります。いったい、どういうことなのか、腑に落ちません。これが事実だとすると、労働生産性と経済破綻とはなんら関係なさそうに思えます。そこで、労働生産性とは何かを調べてみました。

 労働生産性とは、投入した労働量に対してどのぐらいの生産量が得られたかを表す指標で、GDP(国内総生産)÷就業者数(または就業者数×労働時間)という数式ではじきだされることがわかりました。労働生産性は二つの変数で機械的に処理し、算出しますから、ギリシャのように、GDPが低くても就業者数が少なければ、労働生産性の値は高くなります。その結果、ギリシャが日本よりも上位ランクになってしまったのでしょう。

 とはいえ、日本の労働生産性が低いことに変わりはありません。少子高齢化に伴い、今後さらに労働人口が減っていくことを思えば、GDPが大きく減少することは避けられないことがわかります。このような状況を踏まえ、伊藤氏は、労働生産性の低いことを日本経済の課題とし、なによりもまず生産性を高めることの必要性を説かれたのでしょう。先ほどの数式に照らし合わせれば、労働生産性を上げれば、ヒトの労働力(あるいは労働時間)の減少を補うことができます。つまり、マクロ経済的には労働人口の減少という日本社会の抱えた弱点を補うことができるのです。

■FinTechの活用
 伊藤氏は日本経済の課題を二つ挙げたうえで、FinTechの活用によって、これらの課題を解決できると指摘されました。このFinTechという語も最近、よく使われる言葉です。なんとなくわかりますが、Wikipediaで確認してみました。Fin Techとは金融(Finance)と技術(Technology)を合成させた造語で、金融におけるICT(Information Communication Technology)の活用を意味するようです。

 さて、伊藤氏はこのFin Techの活用によって、日本の金融業に見られる生産性の低さは解消されると指摘されました。ところが、私にはFin Techが具体的にどのようなサービスを指すのかよくわかりませんでした。ただ、プログラムを見ると、「ロボアドバイザリー」「ブロックチェーン」「ビットコイン」など聞きなれない言葉が並んでいます。おそらく、これらがFin Techを活用したサービス例なのでしょう。

 私は午前のセッションをネット中継で視聴し、会場にはお昼ごろ出向き、13:00-13:30に開催されたセッション「データレンディングー資金調達に革命が起きる?」に参加しました。タイトルの「(ビッグ)データレンディング」もまたFin Techを活用したサービスの一つのようです。

■データレンディング
 このセッションの登壇者は海外から4人、日本から1人という構成で、スピーチはすべて英語でした。もちろん、希望すれば、同時通訳のレシーバを借りることができます。これもまた近未来の様相を示すものといえるでしょう。それなりに興味深く思いましたが、このセッションで印象的だったのは、ビッグデータを活用すれば、きめ細かな利用者サービスができるということでした。

 ICTが高度化すると、利用者の日常の利用行動がデータとして積み上げられ、それがビッグデータに基づいて分析されるようになります。たとえば、クレジット会社がカードを発行する際、ビッグデータに基づき、会社独自の基準で与信審査をすれば、これまでなら審査に通らなかったようなヒトにも、カード発行ができるようになります。その仕組みを図示したものが下図です。

こちら →transaction-lending-7
(https://ginkou.jp/business/transaction-lending/より。図をクリックすると拡大します)

 ここには、さまざまなFinTechサービスが活用されていることがわかります。
ビッグデータを参照すれば、利用者利用歴に応じたきめ細かな審査が可能になります。変数にウェイトをつけることによって、勤勉ではあっても収入が低いヒトにも安全を担保しながら、迅速にサービスを提供することができるようになるのです。これが金融機関にとっての与信審査の代替になるとすれば、まさに利用者の側に立って開発されたサービスといえるでしょう。しかも、金融機関にとって、コスト削減と利用者拡大を期待できるメリットもあります。これも、金融の生産性を上げるFinTechサービスの一例です。

■ネットバンキング
 さて、伊藤氏がスピーチの中で取り上げられたFinTechサービスの例はこれよりもはるかにわかりやすく、馴染みのあるものでした。たとえば、アメリカではほとんどがネットバンキングになっており、銀行の支店はなくATMになっているそうですし、途上国でもスマホでバンキングするのが普通で、日本のような支店ネットワークは作らないといいます。いずれもICT主導のバンキングシステムが機能しており、その点で金融の生産性は高いと指摘されました。

 たしかに、海外に行くと、ATMはどこでも見ますが、支店を見ることはほとんどありません。駅やデパート、スーパーなどヒトが集まる場所には必ずいくつものATMがあって、利用者にとってはとても便利です。今後、オリンピックに向けて海外からの観光客がさらに増えるとすれば、海外の諸都市にならって、ヒトの集まる場所には複数のATMを設置するようにするといいかもしれません。これは、利用者にとっても金融機関にとってもメリットのあるFinTechサービスで、金融の労働生産性を高めるものの一つといえるでしょう。

 さて、上記以外にもFinTechをベースにさまざまなサービスが考えられます。これまでとは違い、FinTechを活用すれば、利用者側に立ったきめ細かなサービスが可能になりますから、認知されれば、普及も早いでしょう。NTTデータ経営研究所は下記のようにFinTechが提供するサービス例を挙げています。

こちら →fig01
(https://www.keieiken.co.jp/pub/articles/2016/kinjor04/index.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 これは2015年のデータですが、今後、利用者のニーズに応じてさまざまなサービスが開発されていくことでしょう。そこに新たなビジネスチャンスが生まれるでしょうし、さまざまなアイデアの中からはやがて、超高齢社会の課題解決につながるようなサービスも生み出されるかもしれません。今後が期待されます。

■拡大が予測されるFinTech市場
 さまざまなFinTechサービスの例を見てきました。もちろん、それらが日常のものになるには相当時間がかかるでしょう。容易に普及するわけではないこともわかります。Fin Techサービスを取り入れ、最大限の効果をあげていくには、金融機関の意識改革はもちろんのこと、利用者の意識改革、さらには、政府の意識改革が必要になるでしょう。

 そこで、試みに、関連省庁である金融庁のHPを見てみました。すると、2015年12月14日にようやく、FinTechに対する取り組み指針が出されたようです。

こちら →http://www.fsa.go.jp/news/27/sonota/20151214-2/01.pdf

 このような状況をみると、伊藤氏が日本の金融業の労働生産性は低く、FinTechの取り組みも立ち遅れていると指摘された理由がよくわかります。ちなみに、矢野経済研究所は2015年7月から2016年1月にかけて「国内FinTech市場に関する調査」を実施し、2016年3月10日に調査結果を報告しています。民間の研究所はしっかりとFinTech市場に目配りした動きを見せているのです。

 たとえば、FinTechの市場規模については下図のように、見込み値と予測値の推移をグラフ化しています。

こちら →7813_01
(http://www.yano.co.jp/press/pdf/1505.pdfより。クリックすると図が拡大します)

 興味深いことに、上のグラフを見ると、右肩上がりで市場規模が急速に拡大していくことが示されています。最近、滅多に見ることのないほどの大幅な伸びが予測されているのです。これを見ると、FinTech市場が期待できる成長分野だということがわかります。

 まず、2015年の国内FinTechの市場規模を見ると、33億9400万円と見込まれています。矢野経済研究所はこれについて、クラウド型会計ソフトとソーシャルレンディングが市場をけん引したからだと分析しています。そして今後、2020年の東京オリンピック開催に向けて不動産市場が活性化すれば、ソーシャルレンディングにはさらに伸びることが期待できると予測しています。

 このようなFinTech市場の発展の背後には、領域を超えたベンチャー企業同士の連携、ベンチャー企業への投資の拡大、行政施策の整備などが介在していることが示唆されています。つまり、社会的ニーズの高い事業の場合、ある程度普及すれば、その後は行政支援等も含めた好循環の環境が生み出され、飛躍的に広がっていきます。おそらくFinTech市場もそのような展開になると予測されたのでしょう。その結果、2020年には567億8700万円規模に拡大すると試算されています。場合によってはさらなる発展の可能性も考えられます。

■FinTechは超高齢社会の救世主になりうるか?
 伊藤氏はスピーチの終りに近づくと、確認するかのように、日本経済の長所として、「高度な技術力」と「質の高いインフラ」を挙げる一方、短所として、「人口減少」による労働力人口の減少と国内市場の縮小、投資意欲の減退、「金融業の生産性の停滞」による稼ぐ力の脆さ、「財政破綻リスク」だと要約しました。

 このような伊藤氏のスピーチを聞いていると、日本の取るべき道は、FinTechを迅速に取り込むしかないという気がしてきます。たしかに、そうすれば、労働生産性は上がりますから、超高齢社会でもGDPの減少を阻むことができるでしょう。さらに、FinTechを適切に活用すれば、金融、税制面での透明化が進み、より合理的で公正な金融取引、税の徴収が可能になるかもしれません。そうなれば、危惧される日本の財政破綻リスクも回避できるでしょう。

 一方、伊藤氏は、世界経済も日本と同様、低成長、低金利が続くことによって、資産の運用難を引き起こし、停滞しているとしたうえで、今後、さまざまなイノベーションを生み出し、安全に稼ぐ力につなげていく必要があると指摘しました。

 たしかに、OECD最新号のEconomic Outlookに掲載されたグラフを見ると、世界の中でもっとも深刻なのは日本です。日本の成長率は2016年が0.7%、2017年が0.4%、OECD加盟34か国全体は、2016年が1.8%、2017年が2.1%ですから、世界全体も低成長ですが、
日本がいかに低成長にあえいでいるかがわかります。

こちら →eo-chart-2016
(http://www.oecd.org/tokyo/newsroom/global-economyより。図をクリックすると拡大します)

 このような現状を踏まえ、OECDのチーフエコノミスト、キャサリン・マン氏は「生産性と潜在的成長率を高めるために行動を起こさなければ、若い世代と高齢者双方の暮らしが悪くなる。世界経済がこの低成長の罠に陥った状態が長くなればなるほど、各国政府が基本的な公約を達成することは難しくなる。何の政策も講じなければ、すでに経済危機で不利益を被った現在の若者のキャリア見通しは悪化し、将来年金受給者となったときの所得がさらに低くなる」と述べています。
(http://www.oecd.org/tokyo/newsroom/global-economyより)

 日本をはじめ低迷する経済にあえぐ国はやがて、FinTechを導入して既存事業の生産性をあげる一方、イノベーションによって新たな事業を開拓する必要に迫られるでしょう。

 幸い、日本には長所として挙げられた高い技術力とインフラがあります。しかも、短所として挙げられた課題は、FinTech移行への動機づけとして活用することができます。つまり、労働人口が減少し、生産性が低いからこそ、FinTechの活用で生産性を高めて労働力不足を補う必要があるという意識を涵養する契機にできるのです。逆説的ですが、超高齢社会という弱点をこのようにして、プラスに転化できる可能性もあります。

 究極の選択の結果、日本がFinTech活用を極め、そのノウハウを蓄積することができれば、ひょっとしたら、高齢化に伴う社会経済的課題は難なく解決できるようになっているかもしれません。とすれば、今度は日本が、そのノウハウを持って、低迷する世界経済を牽引できるようになることも期待できます。

 興味半分でこのカンファレンスに参加してみたのですが、ICTに基づくさまざまなイノベーションの可能性が感じられました。そのせいか、ホテルニューオータニを出るころには少し、気持ちが軽やかになっていました。(2016/10/10 香取淳子)

クールジャパン:それぞれの戦略

■クールジャパン・出版ビジネス・パートナーズフォーラムの開催
 2016年9月23日、ビッグサイト会議棟703会議室で、第23回東京国際ブックフェアの一環として、クールジャパン・出版ビジネス・パートナーズフォーラムが開催されました。登壇者は、司会が慶應義塾大学教授・中村伊知哉氏、報告者が講談社ライツ・メディアビジネス局長・吉羽治氏、手塚プロダクション著作権事業局局長・清水義裕氏、アニメイト海外事業部部長代理・外川明宏氏、KADOKAWA常務執行役員・塚本進氏の4名でした。

 フォーラム開催に際し、クールジャパン政策を担当されている知的戦略推進事務局次長・増田義一氏が挨拶されました。増田氏は、政策を推進する際のキーワードは「連携」だといわれます。産官学の連携、業種間の連携、業態の垣根を超えた連携こそがクールジャパン政策を推進し、実りある展開が期待できるというわけです。

 このような考えの下、2015年12月に産官学連携のプラットフォームとして、一般社団法人Cip協議会が設立されました。国家戦略特区に指定された東京都港区の竹芝地区に、政府と東京都が連携してデジタル・コンテンツの集積拠点を作っていくという構想です。

こちら →http://takeshiba.org/cip-conference/

■デジタル・コンテンツ特区CiP
 海に面した竹芝地区に、国内外のデジタル・コンテンツのハブとなる建物が建設されます。東京オリンピックが開催される2020年には、業務棟(地上39階、地下2階、高さ210m)と住宅棟(地上21階、高さ100m)が完成する予定なのだそうです。このデジタル・コンテンツ特区はビジョン10か条に基づいて構想されており、これらのビジョンが実現すれば、とても魅力的なコンテンツ集積拠点になりそうです。

 ビジョン10か条は以下のように、イラストを使って端的に、シンボリックに表現されています。

こちら →cipvisonban-1
(http://takeshiba.org/より。図をクリックすると拡大します)

 たとえば、上記イラストの上段左端を見てみましょう。このイラストには、パソコンやIT企業、ロボット、コスプレなどが描かれています。いずれも、このデジタル・コンテンツ集積拠点のクラスターを表したものです。

 日本の産業界が培ってきた技術力、近未来に大活躍する兆しを見せ始めたロボット、そして、世界の若者を惹きつけて離さない日本のポップカルチャーといった具合に、現代日本を象徴するとともに、今後の社会を方向づけるようなモチーフが選択されています。ですから、このイラストからは、さまざまなクラスターが絡み合い、総合的にデジタル・コンテンツ領域で日本が力を発揮していこうとする意気込みが感じられます。

 次に、下段、真ん中のイラストを見ると、「TOKYO」と書かれたお面を真ん中に、「KYOTO」、「OKINAWA」、「SINGAPORE」、「USA」、「PARIS」と書かれたお面が放射状に置かれ、それぞれが、「TOKYO」と双方向の矢印でつながれています。まさに東京を中心に、国内外の諸都市をつなぐネットワークの形成を示すものであり、東京を内外のデジタル・コンテンツ制作のハブにしようとするビジョンが示されています。

 その他のビジョンも同様、イラストを使って、わかりやすく的確に、その意図と目的が表現されています。 いずれもICTが進展する状況下で、今後さらにグローバル化が進み、産業構造、文化状況が激変することを踏まえたビジョンといえるでしょう。一目でわかる端的な表現には若い感性が反映されています。次代に向けた取り組みとしてふさわしいと思いました。

■それぞれの戦略
 さて、出版パートナーズフォーラムでも、新しい動きが感じられました。ここでは4人の方が発表されたのですが、その中から、コミック、作品や原作の海外展開について報告されたお二人のご発表をご紹介していくことにしましょう。

■コミック・出版の海外展開
 講談社ライツ・メディアビジネス局長の吉羽治氏は、出版の領域で日本文化を海外に紹介する仕事をされています。これまでは日本文化の紹介だけでは収入が得られず、苦労されたようですが、コミックの出版が定着して以来、状況が変化してきたそうです。

 海外のコミック・アニメ市場がどれほど活況を呈しているか、最近の様子が写真で紹介されました。会場で撮影した写真は不鮮明でしたので、会場の雰囲気を把握するため、他の写真で見て見ることにしましょう。

こちら →%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%91%e3%83%b3%e3%82%a8%e3%82%ad%e3%82%b9%e3%83%9d
(http://euro.typepad.jp/blog/2016/04/japan_expo_paris.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 パリで開催されたJAPAN EXPO 2016には30万5000人が集まったそうですし、ロサンゼルスで開催されたANIME EXPO 2016にも約30万人が来場したそうです。いずれも史上最高の入場者数でした。

 コミック市場の場合、アメリカ、フランス、韓国、台湾、ドイツなど上位5か国で全体の80%を占めるといいます。コミック販売だけではなく、ライブイベントでのグッズ販売の売り上げも増えているそうです。アニメ人気にも支えられ、コミックは欧米、東アジアなどで安定した市場を形成していることがわかります。

 一方、ファッション雑誌、書籍などはアジア3か国で90%を占めるといいます。興味深かったのは、吉羽氏が、日本文化を共有できる国々での販売が中心になっていると指摘されたことでした。ファッションやライフスタイルに関する生活情報、文字に依存した書籍などの消費には文化的障壁があることが示唆されています。日本文化そのものへの関心が希薄なら、なかなか手に取ってもらえないことがうかがえます。英語に翻訳することで世界に販路は広がったとしても、実際に消費されるには、日本文化への関心あるいは、共感が必要だというわけです。

■作品、原作の海外展開
 手塚プロダクション・著作権事業局局長の清水義裕氏は、長年にわたって、海外市場の開拓にかかわってこられました。手塚作品をできるだけ多くのヒトに読んでもらいたいという思いから、さまざまな工夫をされてきたのです。すでに1990年代から世界のアーティストとコラボで手塚作品の制作を手掛けてこられたそうですから、海外展開のノウハウも蓄積されています。

代表作の「鉄腕アトム」には商品化権が表示されており、手塚プロダクションは日本で初めて商品化権の概念を確立したといわれているほどです。手塚作品は手堅く、スムーズに商品化が行われるようになっています。スタイルガイドに基づいて商品化を行うことによって、ライセンス収入が合理的に得られるようになっているのです。

■スタイルガイド
 手塚作品のキャラクター使用について、スタイルガイドをどのように使うのか、みていくことにしましょう。まず、スタイルガイドから、どのキャラクターを使用したいのかを選びます。

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(https://tezuka.co.jp/business/character/index.htmlより。図をクリックすると拡大します)
 
 どのキャラクターにも、なんらかのイメージが付随しています。利用者は目的にふさわしいイメージのキャラクターを選択し、活用しようとします。それだけにイメージの管理は重要で、手塚作品のキャラクターには、反社会的行為をしない、政治や宗教などの活動に一切かかわらない、未成年者に悪影響を与える商品や広告にかかわらない、といったルールが設けられています。ですから、手塚作品の中のどのキャラクターを選んだとしても、利用者は企業イメージや商品イメージを傷つけることなく使用できるのです。

 仮に鉄腕アトムを選んだ場合、次に、どのビジュアルを使用するかを決めます。

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(https://tezuka.co.jp/business/character/index.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 このように基本ビジュアルとして、あらかじめキャラクターの多様な表情を設定しておけば、利用者は選びやすく、プロダクション側も徹底した画像の品質管理ができます。さらに、利用者がキャラクターの画像を使用する際には、手塚プロダクションが監修を行い、品質の維持に努めているといいます。工業製品の品質管理を彷彿させる手法でキャラクターが管理されているのです。

 それを聞いて、手塚治虫の『マンガの描き方』(光文社)という本を思い出しました。ヒトの顔をそのように捉えるのかと面白かったので、覚えていたのですが、たしか、その本の中で、人間の顔のパーツがいくつものパターンとして描かれているものがあったのです。口や目、鼻、顔のカタチ、髪型といった要素を組み合わせて、顔の表情を創っていくのですが、これが上記で紹介したスタイルガイドに相当するように思えたのです。

 日本で最初にテレビアニメーションを手がけただけあって、手塚治虫には明確なキャラクター製造方式というものがあったのでしょう。それが後年、キャラクターの商品化の際、役立ったのだと思いました。

■年齢層別リメイク版
 清水氏はさらに、手塚作品の海外展開に際しては、対象年齢に合わせた展開を行っているといいます。たとえば、「鉄腕アトム」のリメイク版として、4歳から6歳までの就学前児童に向けにテレビアニメ「リトルアストロボーイ」を制作しました。11分49秒の映像がありますので、ご紹介しましょう。

こちら →
https://www.youtube.com/watch?v=IFSuLDabl6I&index=2&list=PLDir0jj5yIIuVLLxTRQGC4lzxJZEImyZX

 これはフランスのディレクターと共同で制作したそうです。フランスなどヨーロッパではアニメは子ども向けコンテンツという認識が強く、暴力等の要素は規制の対象になります。海外展開を考える際、現地の文化慣習を踏まえ、きめ細かくローカライズを図る必要があるからでしょう。

 そして、7歳から12歳向けにはCGテレビアニメ「アストロボーイ・リブート」を制作、提供しています。1分22秒の映像をご紹介しましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=Z240pys_D4A

 こちらも同様、フランス、モナコの制作会社との共同制作です。いずれも「鉄腕アトム」をたくみに換骨奪胎したものといえるでしょう。現地のヒトに受け入れてもらうには、 現地の文化テイストのようなものに合わせなければ、受け入れられにくく、それを打開するには、共同制作がもっとも適しているのかもしれません。

 清水氏はまた、アメリカ市場向けにはパロディもOKという方針で現地展開を図っているといいます。たとえば、「Peeping Life―WE ARE THE HERO」という番組で、アトムを登場させています。

 さらに、中国市場向けにはブラックジャックの実写化の計画が進んでいるといいます。「ブラックジャック」の原作を使用する権利を、中国の映画・テレビ番組制作会社が購入し、中国人の監督、俳優で制作するという内容で契約を結んだそうです。

 一連の事業内容を聞いていると、手塚プロダクションがどれほど積極的に海外展開を企図しているかがわかろうというものです。ローカリティを踏まえ、現地の制作者とコラボで制作すれば、世界に販路を広げることができるということを実証しているように思えます。

■それぞれの戦略
 コミックや原作の海外展開の面からクールジャパン戦略の現状を見てきました。担当者はさまざまな工夫を重ね、ローカライズを踏まえた戦略の下、奮闘なさっていました。そこで、内閣府のデータと照らし合わせ、将来の方向を考えてみることにしましょう。

 内閣府はコンテンツ領域については、以下のように分析しています。経産省の調査に基づき、日本国内のコンテンツ市場規模が今後、横ばいで推移するのに対し、海外の市場規模は年5%制度の成長が見込まるとし、コンテンツ産業の発展のためには海外展開を加速化することが重要だとしています。

こちら →%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%86%e3%83%b3%e3%83%84%e5%b8%82%e5%a0%b4
(内閣府データより。図をクリックすると拡大します)

 たしかに、高齢化が進めば、他の産業と同様、日本のコンテンツ産業もシュリンクしていくことは必至でしょう。年5%程度の成長が見込まれるのであれば、なにはともあれ、海外展開を積極的に推進していく必要があると思います。

 ところが、上記の図を見ると、日本コンテンツの海外売り上げのシェアは圧倒的にゲーム産業が占めています。日本アニメは海外で大人気だといわれながら、その規模はゲーム(家庭用、オンライン)のわずか1.2%でしかありません。

 しかも、今後、世界市場に打って出ることのできる次世代の作家がどれほどいるのかといえば、はなはだ心もとないといわざるをえません。新海誠氏、細田守氏など、素晴らしい作品を制作できる監督が出てきていますが、まだごくわずかです。

 文化庁のメディア芸術祭などの出品作品を見ると、近年、諸外国から応募が増え、ユニークなアニメ作品が続々、生み出されていることがわかります。このまま進めば、日本のお家芸だったアニメがいつの間にか、廃れてしまわないとも限りません。

 新しい領域を開拓できるユニークな作家が続々と育つよう、アニメ集積地である東京こそ、多様な文化を醸成できる拠点になってもらいたいと願っています。デジタル・コンテンツ特区として竹芝地区に設定されるCiPがその任を果たしてくれればいいのですが・・・。(2016/10/8 香取淳子)