ヒト、メディア、社会を考える

01月

AI時代のジャーナリズムに何が必要なのか

■「これからのジャーナリズムを考えよう」シンポの開催
 2018年1月29日、東京大学安田講堂で「これからのジャーナリズムを考えよう」というタイトルのシンポジウムが開催されました。日本経済新聞社、米コロンビア大学ジャーナリズム大学院、東京大学大学院情報学環の主催によるもので、学生を含め、約580人が参加しました。

こちら →https://events.nikkei.co.jp/894/

 日経新聞社社長のあいさつに続き、米コロンビア大学ジャーナリズム大学院長のスティーブ・コル氏による基調講演が行われました。タイトルは、「フェイクユース時代における報道の自由」というものです。

 コル氏は昨今のメディア状況について、フェイクニュース、ポピュリズムが横行し、ジャーナリズムやジャーナリスト、編集者が脅威にさらされているという現状認識を示しました。そのうえで、ジャーナリズムを守ることは市民を守ることであり、すべてのヒトにメリットがあると述べました。

 次いで、英ファイナンシャル・タイムズ編集長のライオネル・バーバー氏による特別講演がありました。タイトルは、「2018年のFT:デジタル時代をダイナミックに、豊かに、かつ適切に」というものです。

 バーバー氏は、FTではいま、静かな変革が起こっているといいます。「digital first」をモットーに再スタートして以来、「守りに入ってはいけない、チャンスを捉え、戦いに挑む」という姿勢で組織を改編してきた結果、持続可能なプラットフォームができつつあるといいます。

 FTでは、言葉や画像だけではなく、動画、データなど新しいデジタルツールを取り込み、内容を深く掘り下げたニュースを提供しています。その結果、91万人もの有料読者を獲得できるようになりました。この数値は2008年と比べると2倍にも及び、過去最高だといいます。

 興味を覚え、ネットで検索してみると、2016年4月4日、東洋経済オンラインに、「FTの有料読者数、実は過去最大になっていた」というタイトルの記事が掲載されていました。

こちら →http://toyokeizai.net/articles/-/112270?page=2

 この記事では、有料読者数が増加したことの原因として、ニュースの提供方法、課金システムなどデジタル時代に適したものに改変したことの効果に力点が置かれています。グーグル、フェイスブック、ツイッターなどのユーザーがFTの記事にたどり着いた場合、その後も、FTの記事に触れる習慣ができるよう、課金方法に工夫が見られます。ですから、それも大きな要素だといえるでしょう。

 ソーシャルメディアからの効果的な誘導が有料読者数の増加につながったことは確かでしょうが、コンテンツの魅力も影響していることは当然です。FTは読者の傾向を分析し、適切なタイミングで適切なコンテンツを配信するよう工夫もしています。

 バーバー氏は読者が記事にどれだけ「engage」したかがもっとも重要だとし、どの記事をどれだけ時間をかけて読んでいるか、その記事を他人とシェアしているかを解析しているといいます。読者にとって価値ある内容を提供することで、FTを読む習慣を読者の生活スタイルの中に取り込めると考えているからです。

■デジタル時代におけるジャーナリズムの役割
 パネル討論の第一部は、「デジタル時代におけるジャーナリズムの役割」というタイトルの下で行われました。ここからは、パネリストとして、日経新聞専務取締役編集局長の長谷部剛氏、司会者として、東京大学情報学環教授の林香里氏が加わりました。

 長谷部氏はまず、メディア状況が日本と欧米とは大きく異なると指摘します。そして、部数が減っているとはいえ、日本ではまだ全世帯の7割が新聞を読んでおり、フェイクニュースもそれほど深刻ではないという認識を示しました。

とはいえ、デジタル化への対応は不可欠で、メディアとして読者に責任を果たすうえでも、digital firstにならざるをえないといいます。5Gになれば、さまざまなコンテンツを流せるようになります。そのための表現方法を開発しており、平昌オリンピックでVRコンテンツを公開予定だそうです。

そういえば、1月29日付の日経電子版で、カーリングのVRコンテンツを公開するという記事が載っていました。

こちら →http://dsquare.nikkei.com/concierge/service-campaign/vrvr.html

 これは、平昌オリンピックでのVRコンテンツ公開に向けた予行演習とでもいえるものなのでしょうか。スポーツ中継では臨場感のある映像こそ、オーディエンスを惹きつけ、虜にします。VR技術を使った映像を提供すれば、読者はさらに深く「engage」され、日経が提供するコンテンツを好むようになるでしょう。

 一方、コル氏は情報の構造が変化し、アルゴリズムがその源泉になっているという認識を示します。そして、ジャーナリズム教育に関わる者として何をすべきかと模索した結果、コンピューターサイエンスとセットでジャーナリズム教育を行うべきだという結論に達したといいます。

 実際、コル氏はフェイクニュースが横行するようになった社会状況下では、深く調査し、データの積み重ねによって事実に迫るデータジャーナリズムが重要だと指摘しています。

こちら →https://dc.alumni.columbia.edu/data_journalism_deancoll_20171018

 コル氏は大学に移籍するまでは著名な各紙で記者として活躍し、二度もピューリッツア賞を受賞しました。そのコル氏が、データを調査報道に生かすべきだというのです。そして、コロンビア大学大学院にデータジャーナリズムの修士課程を作りました。

こちら →https://journalism.columbia.edu/ms-data-journalism

 ジャーナリストを教育する機関もまた時代の動きに合わせ、デジタル対応を始めているのです。2027年、ジャーナリストはどのような生活を送っているのかを予想したドキュメントが発表されました。これを見ると、米コロンビア大学ジャーナリズム大学院がどれほどAI技術の影響を深刻に考えているかがわかります。

こちら →https://www.cjr.org/innovations/artificial-intelligence-journalism.php

 ここではAIとVRが同時に普及している社会状況下で取材するジャーナリストの生活シーンが紹介されています。10年後、どのような技術を身につけていないとジャーナリストとして生き残れないかが如実に示されています。

 さて、バーバー氏は、かつてジャーナリズムはソフトウエアを支配する側だったが、いまは、ソフトウエアがジャーナリズムを支配する側になっているという認識を示します。だからこそ、ジャーナリストにはこれまでと違うことをしてほしいといいます。

 SNSを通してジャーナリストではない人々が情報を自由に発信できるようになっています。バーバー氏はソーシャルメディアがいまは重要なニュース源になっており、ニュース配信をゆがんだものにしていると指摘しています。

 2017年11月14日、編集者会議に出席したバーバー氏は、フェイスブックとグーグルに広告市場が席巻されている一方で、新たな動きもあることに触れています。

こちら →
http://www.pressgazette.co.uk/ft-editor-lionel-barber-calls-on-deeply-flawed-social-media-networks-to-drop-the-pretence-they-are-not-media-companies/

 さて、バーバー氏は、FTではどのような記事も二つの独立した情報源がなければ記事として公開しないといいます。それは、有料でニュースを提供している組織としての責任があるからですが、信頼に足るジャーナリズムがあってこそ、民主主義が機能します。だからこそ、社会を守るためにも、我々のようなメディア組織が必要なのだというのです。

 林氏は、ニュースをSNSで読んでいる若者が多いという現状を踏まえ、SNSではパーソナルな出来事と同じラインでニュースが切り売りで入ってくる、これはジャーナリズムにとって危険ではないか、という質問を日英米のパネリストにぶつけました。

 長谷部氏は、昨秋の衆院選について調査したところ、安倍首相よりもリツィートの多かった一般人がいたことを明らかにしました。そのメッセージが「投票に行こう」というものだったことを踏まえ、ジャーナリズムの補完としてSNSをうまく仕込むことができるのではないかといいます。

 バーバー氏は、SNSについてジャーナリズム側は明確な態度を取る必要があるといいます。というのも、ジャーナリストはSNSのアカウントを持っており、ポスティングもしています。ですから、そこでの不用意な発言がFTと関連づけられ、FTの信頼を損ねる危険性があると指摘するのです。

 コル氏も同様、情報のスピードが速くなり、SNSが普及した現在、これまでよりはるかに過ちが大きく拡散する危険性があると指摘します。だから、自分でファクトチェックをし、誤りを発見するよう努めなければならないといいます。

■AI/デジタル技術をジャーナリズムの未来
 パネル討論第二部では、技術領域のパネリストが加わって、行われました。このセッションは、上記のコル氏、林氏の他に、東京大学情報学環教授の苗村健氏、日経新聞社常務執行役員の渡辺洋之氏、司会を担当した東京大学情報学環長の佐倉統氏によって展開されました。

 渡辺氏は日経新聞社では、「決算サマリー」、「日経Deep Ocean」「日経自動翻訳」「文章校正」「見出しの自動構成」「レコメンド」などにAIを使って対応していると現状を報告されました。知らないことばかりでしたので、大変、興味深く聞きました。

 まず、「決算サマリー」は、日経のAI記事プロジェクトチームが最初の応用分野として開発し実用化したもので、企業の決算発表です。日本国内の上場企業は約3600社ありますが、AIを活用した「決算サマリー」を使うことで、より早く、より多くの企業動向を伝えることができるといいます。

こちら →http://pr.nikkei.com/qreports-ai/

 これはAIによって自動生成できるシステムで、上場企業のほとんどに対応しているといいます。このシステムは東京大学の松尾研究室との共同開発です。

こちら →http://weblab.t.u-tokyo.ac.jp/project/nikkei/

 上記に示されているように、上場企業が定期的に発行する決算短信から、速報記事を自動で生成するアルゴリズムを日経の担当グループと東大の松尾研究室とが共同で研究・開発したものです。このようなAIによる自動生成システムがすでに実用化されていることを知って、私は驚きました。

 「日経Deep Ocean」も、渡辺氏の報告で初めて知りました。調べてみると、これは日経新聞社が2016年12月に発表した対話型応答エンジンでした。AIを活用し、経済や金融分野の質問に対して自動応答する機能があります。

こちら →http://deepocean.jp/

 顧客からの質問に答えることができますから、たとえば、証券会社の営業を支えるツールとして利用できるでしょう。仕組みとしては以下のようになります。

こちら →
(http://deepocean.jp/より。図をクリックすると、拡大します)

 AIを使えば、情報の収集量が格段に増えますし、それを整理するスピードも抜群に速くなります。膨大な量のデータを数理的に解析することによって、これまで気づかなかった発見があるかもしれません。その結果として、最終的にヒトが行う意思決定がこれまでに比べ、はるかに精緻なものになることは明らかでしょう。

 コル氏は、AIをツールとして調査報道に生かすとすれば、大量のデータから異常値を発見できることだといいます。たしかに、異常値があれば、そこになんらかの利害の相克がありそうだとヒトが判断することができます。取材し、調査するポイントを的確に発見できるというわけです。

 いま、世の中にはデジタル情報があふれかえっており、もはやヒトの手には負えませんが、このようなAIのサポートがあれば、問題の所在を探り当てることができるでしょう。社会に有益な調査報道のためのツールとして画期的なものになることは確かです。

■AI時代のジャーナリズムに何が必要なのか
 それでは、AI時代にジャーナリストに要求されるものは何なのでしょうか。

 渡辺氏は、これからのジャーナリストにはジャーナリズム教育を受け、その関連のテクノロジーを身につけた人材が必要だといいます。コル氏も苗村氏も林氏も同様です。AI時代のジャーナリストにはAIを使いこなすことが必須条件になってくるでしょう。

 一方、統計分析などの数理的素養だけではなく、幅広い素養もまた必要になってくるでしょう。データを数理的に分析し、細分化された情報を適切に読み解くための素養、つまり、社会、哲学、文学といった教養から育まれる全体観が欠かせなくなるからです。

 コル氏は、ジャーナリストには、AIを使いこなす力に加え、人間的な経験知、ジャーナリストとしての理解力が必要だといいます。そして、AIをどのように使うか、どのような局面で使うのか、倫理面で大きな課題があるといいます。

 これについて渡辺氏は、AIを個人情報がかかわる領域、あるいは、AIが暴走する可能性のある領域では使うべきではないといいます。あくまでもツールとして使うべきだといいます。大変、興味深い指摘でした。

 今回のシンポジウムに参加して、改めていま、大きな時代の変革期にいるのだと感じました。AIがジャーナリズムの領域にまで浸透しつつある現状を知って、従来のジャーナリズムにAIのどのような要素を補完的に取り込むことができるのか、考えざるを得ない状況にきていると思いました。先行する米コロンビア大学では大学院にデータジャーナリズムの修士課程を作りました。AI時代のニーズに応えた動きです。日経新聞のデジタルグループはさまざまな実験を試行し、次々とAIを駆使したシステムを構築しています。

 パネリストのお話を聞いていて、技術が急速に進歩しているいまだからこそ、全体観を養う上でも、歴史、哲学、文学、社会学といった文系の学問を連動させていく必要があると思いました。(2018/1/31 香取淳子)