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01月

岩佐又兵衛の源氏絵にみる”通俗性”のパワー

■岩佐又兵衛と源氏絵展
 出光美術館でいま、「岩佐又兵衛と源氏絵」展が開催されています。開館50周年を記念して企画されたもので、開催期間は2017年1月8日から2月5日までです。チラシには「<古典>への挑戦」というサブタイトルが書かれていましたが、見終えてみると、なるほど見事にこの展覧会のコンセプトが集約されていると思いました。

 こちら →http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/

 これまで源氏絵を見ることはあまりなかったので興味深く、1月26日、出かけてみました。ちょっと早すぎたかと思いながら美術館に着いてみると、10時前だというのに開館を待ちかねるように、多くの中高年女性が美術館入口に並んでいました。10時30分からスタッフによる作品解説が予定されていたせいでしょうか。それとも、大和絵への関心がいま、高まってきているからなのでしょうか、予想外の人群れにちょっと驚いてしまいました。

 解説員は岩佐又兵衛展はいずれ、2時間待ち、3時間待ちの人気が出るようになるのでは、と予測されました。というのも、岩佐又兵衛は、辻惟雄氏の『奇想の系譜』(美術出版社、1970年)で取り上げられた6人の画家のうちの一人だからと説明されました。辻氏によって紹介された画家たちはいずれもその後、日本美術史の大スターになっていったといいます。

 歌川国芳はすでに著名人ですし、伊藤若冲、曽我蕭白なども近年、大きな話題を集めるようになっています。そういえば、生誕300年を記念して2016年に開催された若冲展は長時間待ちの人気を博し、ニュースになったことを思い出します。現代の社会文化状況下では、「奇想」というキーワードでくくられた画家たちの作品が注目を集めやすくなっているのかもしれません。彼らの作品にはおそらく、現代人の心に強く訴えかける何かがあるのでしょう。

 さて、岩佐又兵衛展は2016年7月から8月にかけて福井県立美術館で開催され、引き続き、今回、出光美術館で開催されています。福井県立美術展では図録は完売、増刷が決定されたほど活況を呈したようです。

こちら →http://info.pref.fukui.lg.jp/bunka/bijutukan/tokusetsu/h28_matabe/outline.html

 福井県立美術展でのサブタイトルは「この夏、謎の天才絵師、福井に帰る」です。郷土愛を刺激し、岩佐又兵衛への興味関心をかきたてる絶妙なキャッチコピーです。解説文には、岩佐又兵衛が「浮世又兵衛」の異名を持ち、鋭い観察眼と超絶テクニックで人物画にすぐれた作品を残したと書かれています。この文面からは岩佐又兵衛が「浮世絵師」的な要素の強い画家だったことが推察されます。

 カタログによると、岩佐又兵衛(1578-1650)は、「戦国武将の荒木村重の子として生まれながら、村重の謀反により、文芸や絵によって生計を立てることを余儀なくされた」そうです。そのような経歴の又兵衛はどのような源氏絵を残したのでしょうか。

 会場では、岩佐又兵衛による源氏絵および同時期の関連作品が37点、第1章から第6章に分けて展示されていました。それ以外に織部などの工芸品が13点展示されており、桃山時代から江戸時代にかけての絵や工芸品を鑑賞できる構成になっていました。展示作品のリストをご紹介しましょう。

こちら →http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/pdf/list.pdf

 
■賢木の巻、野々宮図
 展覧会のチラシやカタログの表紙で使われていたのが、又兵衛の「源氏物語野々宮図」です。
 
 解説によれば、これは元来、福井の商家・金屋家に伝わる貼屏風のうちの一つの図でした。水墨を主体に濃淡で表現した作品で、古くは鎌倉時代にさかのぼる技法が使われています。この技法は通常、小さな絵を描く際に使われていたそうですが、岩佐又兵衛はこの技法を使って、大きな画面に光源氏とお付きの者を描きました。上図に見るように、131×55㎝の細長い絵です。

 源氏物語10帖の「賢木の巻」から題材を得た作品で、晩秋のころ、光源氏がかつての恋人、六条御息所を嵯峨野の野宮に訪ね、「榊」のように変わらない恋慕の情を伝えようとしたところが描かれています。解説によると、源氏物語の賢木の巻を絵画化する際、必ず取り上げられるほど有名なシーンだそうです。

 そこで、調べてみると、狩野探幽(1602-1674年)がこのシーンを取り上げ、絵にしていました。

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 風にたなびく秋草など屋外の様子はもちろん、源氏と六畳御息所のいる屋内の様子が逐一、丁寧に描かれています。よく見かける源氏絵の構図です。満遍なく描かれているので、状況はよくわかるのですが、いまひとつ迫力に欠けます。いってみれば、ロングで捉えたエスタブリッシュメントショットですから、全体状況を説明するには適切ですが、見る者を引き付ける迫力には欠けます。

 一方、又兵衛の場合、肝心の六畳御息所を描かず、源氏とお付きの者だけを大きく描いています。しかも、屋外で二人とも一方向を向いて、呆然と佇んでいますから、見る者の想像力を強く刺激します。

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 興味深いのは、又兵衛がこのシーンを描くとき、その背景に鳥居を設定し、しめ縄にぶら下げられた紙垂(しで)が大きく風になびいている様子を描いていることです。「賢木(さかき)の巻」だからこそ、敢えて、鳥居を描き、「榊(さかき)」を類推させる紙垂を描いたのでしょうか。榊は常緑樹の総称とされています。ですから、常に変わらない気持ちを託すには格好のモチーフかもしれません。又兵衛は他の絵師は描かなかったこれらのモチーフを取り上げ、六畳御息所と別れざるをえない源氏の愛惜の情、そして、無事と平安を祈る気持ちを託したのでしょうか。

 よく見ると、源氏やお付きの者の口元にはかすかに紅がさされています。晩秋のころ、すでに寒さが身にしみる季節です。そういうときに屋外で佇み、別れを惜しむ切ない感情がひしひしと伝わってくるような気がします。

 源氏物語の同じ場面を描いた探幽の作品と比較すると、又兵衛の作品の特徴がよくわかります。狩野派、土佐派など当時の正統的な源氏絵の画風は俯瞰して描くか、ロングショットで捉えた構図で描かれています。ですから、どうしても説明的になってしまい、見る者を画面に引き込み、感情移入させる力に欠けます。

 ところが、又兵衛の場合、ヒトの顔を大きく、その所作、装束を丁寧に描いています。しかも、描く対象に肉薄して、最も効果的な場面を切り取り、モチーフを選択しています。いってみれば、感情や情感を表現しやすい構図で、モチーフを構成しているのです。ですから、時代を経ても、描かれた世界が生き生きと見る者に伝わり、強く気持ちを引き込むことができるのでしょう。

■大きな顔、長い顔
 会場で一連の作品を見ていて気付いたことがあります。又兵衛が描く人物はいずれも顔が大きく、長いのです。先ほど、ご紹介した源氏の顔もそうですが、在原業平の顔もそうでした。

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 こちらは彩色されており、顔の表情がはっきりとわかります。豪華な衣装をまとい、気品のある立ち姿が眩いばかりです。在原の業平といえば、百人一首でよく見ている歌人ですが、これまでは座っている姿ばかりでした。今回、又兵衛の絵によってはじめて立ち姿を見ましたが、貴族的な優雅さや気品がとても印象的でした。立ち姿だからこそ描けたのかもしれません。

 もう一つ、印象的だったのが、桐壺貨狄造船図屏風の左隻で描かれた馬を引く下郎たちの顔です。

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 暴れる馬を落ち着かせようと戸惑う男たちの表情がそれぞれ個性豊かに描かれており、引き込まれます。やはり顔が大きく、そのせいか、驚き、戸惑い、うろたえ、恐怖といった感情がよく伝わってきます。この絵を見たとき、どういうわけか、又兵衛は海外の絵を見て、刺激を受けたのではないかという気がしました。それほど、私がこれまで目にしてきた日本画で描かれる日本人の顔とは異なっていたのです。

 業平や源氏の顔が細長く、白く、そして、目も口も小さく描かれているのに対し、これらの男たちは顔は大きく、褐色で、目も口も大きく描かれています。ひょっとしたら、このような描き方の中に、又兵衛は身分の違いを表していたのかもしれません。喜怒哀楽が表に出ないのが貴族の顔だとするなら、庶民の顔には喜怒哀楽が露骨に顔に出てしまうという描き分けです。

 とはいえ、この男たちの顔には生き生きとした人間らしさがあり、引き込まれて見てしまいました。暴れる馬を巡る男たちの表情を個性豊かに描き分けることによって、このときの状況がリアルに伝わってきます。それぞれの顔をクローズアップすることによって、状況を生き生きと描出したのです。そこに、現代に通じるリアリティが感じられました。
 
■花宴
 第1章は土佐光信や光吉など、源氏絵の本流による作品が展示されていました。岩佐又兵衛と同時期に活躍した画家たちの作品で、源氏絵の正統派といえるものです。岩佐又兵衛の源氏絵を把握するには、この正統派の作品と比較すると、本質が見えてくるかもしれません。

 なによりも私が驚いたのは、参考作品として展示されていた岩佐又兵衛の「源氏物語花宴図」です。

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 なんと女性が男性の背後に手をまわしているではありませんか。この絵はいったい、どういう状況を描いたものなのでしょうか。とてもになります。そこで、「花宴」を調べてみました。

 源氏物語第8帖「花宴」では、源氏が花見の宴の後、たまたま朧月夜と関係を持ちます。たった一回の関係ですが、お互いに忘れられず、そのまま1か月が過ぎ、ふたたび、花の宴が開かれました。女性の積極的な姿勢を見ると、この絵はその際の源氏と朧月夜を描いたものだと思われます。

 ところが、同じ「花宴」を題材にしても、土佐光吉は以下のように描いています。

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 男性と女性は距離を置いて配置され、後ろ向きにロングショットで描かれているため、男性も女性も顔の表情は見えません。この絵でわかるのは、雅な御殿の中で男性が女性を見送る恰好で配置されており、立ち去ろうとする女性が扇をもっているということだけです。ところが、これだけの情報でも、この絵がはじめて源氏と朧月夜が関係を持った後、別れるシーンだということがわかります。

 「花宴」では源氏と朧月夜がはじめて関係を持った後、再び会うため、扇を交換しました。ですから、女性が扇を持っていることから、初めての出会いの後、別れるシーンだということがわかります。ロングショットで描かれている絵のように、あまりに婉曲的すぎて、この絵からは源氏や朧月夜の感情は伝わってきません。

 もう一つ、興味深い作品が展示されていました。岩佐勝友が描いた「花宴」です。

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 こちらは源氏と朧月夜が顔を寄せ合い、抱き合っているシーンが描かれています。表情もはっきり描かれています。安心しきって顔を寄せている女性の表情を見ると、これはおそらく、再会したときのシーンを描いたものでしょう。

 さて、3種の「花宴」を見てきました。光吉が描いた絵は「扇」というモチーフがキーになると思いました。源氏物語第8帖を読んでいなければ、この絵を読み解けないからです。光吉に代表される正統派の絵師たちは絵の中に様々な記号を入れ込み、描かれた世界に抽象的な広がりを持たせたのでしょう。形式があり、俯瞰して対象を捉えるという姿勢で描かれた絵は文字が表現する世界とそんなに変わりはありません。読み手の想像力を刺激することに価値を置いているのです。

 一方、又兵衛が描いた絵は「女性が顔を見せている」「女性が男性の背中に手をまわしている」という要素がキーになると思いました。この要素から、この男女の関係で積極的なのは女性であるということ、源氏との一夜の関係だけで朧月夜が夢中になってしまっているという情感が表現されています。クローズアップに近い捉え方でモチーフを描いていますから、見る者が感情移入できる要素が濃厚です。

 そして、勝友の絵は「男女が顔を寄せ合い、抱き合っている」という要素がキーになると思いました。ロングショットで描かれているので、説明的ですが、それを補うかのように、人目を引き付ける要素を加えています。とはいえ、これもどこかの要素が強調されているわけではないので、情感を刺激されるところまではいきません。もっとも、当時はこのような構図だけで大変刺激的だったとは思いますが、絵として魅力的かといえば、又兵衛の構図、モチーフの設定の仕方の方がはるかに魅力的です。 
 
■雅と野卑
 正統派の作品と比較しながら、又兵衛の作品を見てくると、両者の差異が明確になります。正統派の作品が見る者との一定の距離を保つことによって、源氏絵の雅な世界を表現したとするなら、又兵衛はその距離を縮めることによって、源氏絵の中に野卑な世界を見出し、それを表現することによって結果として、見る者の気持ちに強く訴えかけることができたといえるでしょう。

 又兵衛は人物の顔を長く、大きく描き、表情をきめ細かく描くことができるようにしました。顔の表情や所作から、ヒトの感情やその場の情景をリアルに表現することができたといえるでしょう。当時、源氏絵としては異端だったのでしょうが、源氏物語という古典で描かれた出来事を生き生きと甦らせたという点で、又兵衛の画期的な才能を見たような気がしました。この展覧会に「古典への挑戦」というサブタイトルがつけられている理由がよきわかります。

 もっとも、又兵衛の後継者とみられる岩佐勝友の絵に私はそれほど斬新さを感じませんでした。なぜなのでしょうか。再び「花宴」を見ると、説明的という点で、土佐光吉の絵も岩佐勝友の絵も同じようなものなのです。

 見る者との間に距離をなくし、感情移入を強く誘うようなモチーフの選択、構図、描き方を追求していた又兵衛こそ、まさに「奇想」の持ち主であり、挑戦的なクリエーターだったといわざるをえません。

 岩佐又兵衛の作品を見て、”通俗性”のパワーを強く感じました。通俗性の中にヒトの生活があり、日々の息吹があり、生命が宿っているから、見る者の気持ちに訴えかけることができるのではないかと考えさせられました。(2017/1/31 香取淳子)