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22日

ガルシア・マルケスと莫言

ガルシア・マルケスと莫言

今日は孔子学院で、「中国現代小説を読もう」講座がありました。授業が始まると、先生がガルシア・マルケスが亡くなりましたね、とおっしました。私も新聞を読んでそのことを知っていました。実はずいぶん前に必要があって、『物語の作り方』という本を読んだことがありました。そのガルシア・マルケスが2014年4月17日、メキシコの自宅で亡くなりました。享年87歳でした。

先生はさらに言葉を継いで、莫言はガルシア・マルケスの影響をとても受けていたのですよ、と教えてくださいました。ちょうど今、莫言の短編『拇指铐』を読んでいるところです。そこで、今日は、ガルシア・マルケスと莫言について、ちょっと考えてみたいと思います。

■莫言のスピーチ

莫言は2012年、ノーベル文学賞を受賞しました。スウェーデンアカデミーでの受賞の席で彼は「讲故事的人」(ストーリーテラー)という題のスピーチをしたそうです。このとき、彼は山東省の高密県の農村で少年時代を過ごしていますが、そこで経験した貧困、飢え、孤独などについて彼は多く語ったといいます。ですから、幼少期の経験が文学の根幹となっていることは確かなのです。

スピーチの詳細はこちら。 http://file.xdf.cn/uploads/121210/100_121210175134.pdf

実際、私がいま教室で読んでいる『拇指铐』は8歳の少年阿义が主人公の物語です。病に倒れた母を救うために薬を求めて町に出かけた少年が、親指錠をはめられてしまうという残酷な物語です。親指錠など日本では見たこともないですが、中国でもほとんど知られていないそうです。

通りすがりの人々がなんどか開錠しようと奮闘してくれるのですが、どのような方法を試みてもできず、少年は次第に疲労の極みに達してしまいます。自分ではどうすることもできない、貧しい農村の貧しい子どもだからこそ経験するような出来事なのでしょう。まさに不条理そももの、想像もできない辛い出来事が展開されていきます。意識が混濁する中で現れる幻想の世界、それこそが辛い現実を異化してくれるのでしょう・・・。

彼は故郷での経験をただ写実的に描いたのではありませんでした。いま、読んでいる短編でもそうですが、現実から空想に転化する場面が随所に描かれています。貧しさゆえに強いられる過酷な現実を幻想によって異化し、読者を奥深い精神世界に誘ってくれます。それが彼の作品を一味違うものにしているように思います。

実際、彼は幻覚現実主義の作家だといわれているようです。現実と幻想の世界を交差させて表現していくところに大きな特徴があるといわれているのです。ですから、莫言を農村作家だと強調しすぎると、そのあたりの洒脱な作風について説明がつかないのです。題材こそ幼少期の農村での経験から着想を得ていますが、その表現方法はさまざまな作品から影響を受けていたのではないでしょうか。

実は、莫言は大変な読書家で、古今東西のあらゆる小説を読んでいたといわれます。海外の作家でとくに莫言に影響を与えたのが、米国のウィリアム・フォークナーと、先日亡くなったコロンビアのガルシア・マルケスだといわれているのです。

■ガルシア・マルケスの影響

ガルシア・マルケスは1982年にノーベル文学賞を受賞しましたが、その受賞理由は、現実的なものを幻想的なものとを融合させて、豊かな表現の世界を切り開いたからだとされています。彼もやはり人口2000人ほどの寒村の生まれです。寒村での経験を想像力で補強し、豊かな作品世界を築き上げています。

代表作の『百年の孤独』は、彼の家族の話、故郷に伝わる伝承などを踏まえて構築されています。莫言も同様、幼少期の経験や故郷の話などが彼の作品世界の母体になっています。

興味深いことに、彼もまた、ノーベル賞受賞の演説で、「フォークナーが立ったのと同じ場所に立てたことはうれしい」と語っています。時代が違えば、国情も違うガルシア・マルケス(1982年受賞、コロンビア)と、莫言(2012年受賞、中国)に共通に影響を与えたのがフォークナー(1949年受賞、アメリカ)だというわけです。

時代も社会風土も異なる3人のノーベル文学賞の受賞者の共通する要素は何かといえば、農村です。フォークナーはミシシッピー州の田舎町で人生の大半を過ごし、作品の大部分はその田舎町をモデルにした架空の土地を舞台にしています。ガルシアマルケス、莫言も同様です。田舎を舞台にしているからこそ、描ける世界にこだわっているという点で共通するのです。

ちなみに、フォークナーはノーベル賞受賞に際し、次のようなスピーチをしています。

スピーチの詳細はこちら。 http://www.rjgeib.com/thoughts/faulkner/faulkner.html

ヒトとして、生きることと真摯に向き合おうとしています。

ただ、ガルシア・マルケスは、フランツ・カフカの影響も強く受けています。カフカの『変身』を読み、大きな衝撃を受けて自身の作風を確立したといわれています。ですから、莫言の、どちらかといえば素朴さの残る幻想性とはやや趣が異なるのではないかと思います。

以上、ちょっとかじっただけで、生半可なことを書いてしまいました。今日のところはこのぐらいにしておきましょう。また、気が向いたら、この領域にも踏み込んでいきたいと思います。(2014/4/22 香取淳子)