ヒト、メディア、社会を考える

10月

オリンピックは中止か、モデルチェンジか。

■新宿西口の地下道

 久しぶりに新宿西口地下道を歩いていると、昨年と変わらないオリンピック・パラリンピックを伝える一連のパネルの中で、開催日付を告知したパネルが書き換えられているのが目に付きます。

 

 開催日付が「7.23-8.8 2021」となっているのに、その上には「TOKYO 2020」と書かれているのがなんともチグハグデ、妙な感じです。2021年に開催されるというのに、タイトルが「TOKYO 2020」なのです。来年開催予定の東京オリンピックの矛盾がこんなところに端的に示されているような気がしました。

 反対側を見ると、柱に青色や緑色で競技のシンボリックな図案が描かれています。

 

 赤い色の図案もあります。

 

 図案そのものは洗練されており、色調もすばらしいものでした。ところが、どれにも、「TOKYO 2020」と書かれているので、やはり違和感が残ります。来年になると、そのような思いはさらに強くなるでしょう。

 2021年に開催するというのに、「TOKYO 2020」というタイトルは変えていません。そんなところに、なんとしても開催を強行しようとする主催者側の強引な姿勢が透けて見えます。もちろん、コロナ下の今、欧米ではさらに感染者数が増加しています。それでも、相変わらず、主催者側は「開催」の一点張りです。

 2020年5月時点でIOCのジョン・コーツ調整委員長は、オリンピック開催の可否は10月になるだろうといっていました。

こちら → https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59434380S0A520C2EAF000/

 ところが、なんの決断も下さないまま、11月を迎えようとしています。バッハ会長が11月中旬に訪日するといわれていますが、果たしてどうなるのでしょうか。IOC、日本政府、組織委員会、東京都、関係者はいずれも表向きの見解はあくまでも開催を主張しています。

■立て続けに報道されたオリンピック対策

 10月20日以降、立て続けにオリンピック対策の関連情報が報道されました。目に付いた記事をざっと紹介しておきましょう。

 2020年10月21日、「五輪選手村に医療体制集約」(日経新聞)という記事が出ました。

こちら → https://r.nikkei.com/article/DGXMZO65230610Q0A021C2CR8000?s=4

 これを読むと、組織委員会と東京都は、選手村の中に発熱外来や検査設備を設け、コロナ感染者が出た場合、宿泊施設で療養できるよう検討しているそうです。一種の隔離政策といえるでしょう。たとえ感染者が出たとしても、選手村周辺に医療体制を集約させておけば、一般の人々への感染を防ぐことができ、東京都全体への波及を防御できるという算段です。

 選手村は21棟の宿泊棟と食堂などの関連施設で構成されています。そこにピーク時にはスタッフを含め約3万人が活動することになるといいます。それだけ多くの人々が選手村で活動すれば、一人でも感染者が出ればたちまちクラスターが発生するのは必然です。

 その感染者が仮に選手村の外で受診したりすると一般の人々に感染していく可能性があります。それを考えての対策なのでしょうが、それでは、ボランティアが感染した場合、それよりはるかに数の多い観客が感染した場合はどうするのでしょうか。参加者全体への目配りに欠けているのが気になります。

 そう思っていると、2020年10月21日には、「五輪観客に顔認証を検討」(日経新聞)という記事が出ました。

こちら → https://r.nikkei.com/article/DGXMZO65291520R21C20A0CC1000

 五輪開催に向けて、政府は顔認証技術を使ったシステムを新型コロナウイルス対策として活用する方向で調整に入ったというのです。

 競技場に入る際、観客の体表面温度を検温するだけではなく、観客の顔を記録するといいます。その画像情報を基に、会場内の防犯カメラで移動経路などを記録し、後に感染が発覚した場合に濃厚接触の可能性ある人を推定し、集団感染を防ぐというのが目的だというのです。

 この対策について、この記事を書いた記者は、「観客への活用はプライバシーの観点から反発も予想され、データ管理のあり方を含めて慎重な検討を求められそうだ」と指摘しています。たしかにコロナ禍を機に中国で普及したこの技術が、日本でも簡単に導入できるとは思えません。

 しかも、ここでは観客の中から感染者が出た場合の医療体制が示されていません。世界の感染者数を見ると、日本はそれほどでもありませんが、欧米をはじめ各国の感染者数は桁違いに多いことに注目すべきでしょう。オリンピックには多数の外国人が参加しますから、観客の中からも感染者が出ることは想定しておく必要があります。

 2020年10月24日、「五輪外国人客の入国許可」(日経新聞)というタイトルの記事が気になりました。

こちら → https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65411260T21C20A0EA2000/

 海外からの入国は、五輪観戦を目的とした来日に限定し、一般的な観光目的の入国は認めない方向だといいます。さらに、日本がこれまで入国を原則拒否している国・地域の選手らも特例的に入国を認めるというのです。

 安全を担保するため、コロナ陰性証明書の取得や移動先を記した活動計画書の提出を条件とするとしていますが、いま、欧米を中心に新型コロナの感染は再拡大しています。たとえ、コロナ陰性証明書を持っていたとしても、その後、陽性になることはこれまでも度々報告されています。有効なワクチンも開発されていないというのに、世界各地から観客が多数集まってくるのです。

 彼らはせっかく日本に来たのにオリンピックの観戦だけで済ませようとは思わないでしょう。移動先を記した活動計画書を提出したとしても、どれほどの人々がそれを守るでしょうか。観客がこぞって街中に繰り出せば、日本国内で一気に感染が拡大する可能性は高いといわざるをえません。

 そもそも海外からの受け入れ先である成田、羽田、関西国際の3空港で、現在、入国者検査は1日当り合計で1万人しか対応できないといいます。11月中に新千歳、中部、福岡の各空港でも対応できるようにし、1日合計で2万人に検査できるようにするといいますが、それでは、五輪に合わせて集中して来日する多数の外国人には対応しきれないでしょう。

 現在、五輪に参加する選手は1万5000人程度、大会関係者を含めると、約7,8万人といわれていますが、この数字に観客は含まれていないのです。こうしてみてくると、新型コロナの水際対策の側面からみても、五輪開催は不可能だといわざるをえません。

 こうしてみてくると、安全を確保するには、膨大な観客をコントロールすることができるのかという問題が大きく横たわっていることに気づきます。

2020年10月26日、「五輪開場、開催へ試金石」(日経新聞)という記事がありました。

こちら → https://r.nikkei.com/article/DGKKZO65379570T21C20A0CR8000

 10月30日から11月1日にかけて、横浜スタジアムではDeNA対阪神の3連戦が開催されます。そこで、収容人数8割以上を入れた場合の感染リスクやその対策を把握するための実験を行うというのです。元々、横浜スタジアムは東京五輪の競技会場になる予定になっていますから、多数の観客の動向を把握するには恰好の実験場といえます。

 実験では、スタンドやコンコース、球場外周に計13台の高精細カメラを設置し、3日間をかけて、トイレや売店周辺の混み具合、入退場時の人の流れ調べ、感染者が出た場合に速やかに通知する仕組みを検証するといいます。

 感染防止策としてはスマホを活用し、場内数十カ所に配置したビーコン(電波受発信器)を介して、観客がトイレや売店の混雑状況をリアルタイムで把握できるようにし、密を防ぐといいます。

 果たして、これでどれほどの効果が期待できるのでしょうか。またしても効果があるのか疑問に思えてきました。そもそも密を避けるには、トイレや売店を増やし、観客が集中しないよう分散を図ることの方が重要でしょう。

 一方、スタンド内の二酸化炭素の濃度や風速計による空流のデータなどをスーパーコンピューターで解析し、声援による飛沫の広がりを分析するといいます。3日間のうち、30日は8割、31日は9割、11月1日は満席としたうえで実験するといいますから、粗密の程度が感染にどのように影響するのか、興味深いデータが得られるかもしれません。

 もっとも、それがわかったからといって、どのように感染を防ぐのかといったところまで対策は練られていません。スポーツ大会に声援は付き物で、飛沫の拡散は当然視しておかなければならないでしょう。重要なのは感染者が撒き散らす飛沫をどのように防ぐのかということですが、そこまでは考えられていないのが気になります。

 そして、2020年10月28日「五輪、感染対策へ司令塔」(日経新聞)という記事が出ました。

こちら → https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65526560X21C20A0CR8000/

 こちらは、組織委員会の「メインオペレーションセンター」に、新型コロナ対応の司令塔となる「感染症対策センター」を設置し、選手の健康状態を常時モニタリングし、感染者発生時に迅速に対処できる体制を整えるというものです。

 選手村には大会時には最大で1万8000人が宿泊し、スタッフも含めると、約3万人が活動することになります。選手村周辺に感染対応機能を集約させ、ワンストップで新型コロナに対応できる体制を整備するというのです。選手村でのクラスター化を防ぐことができれば、一般市民が利用する医療機関への影響を極力抑えることができるという目論見です。

 この対策は最初にご紹介した「五輪選手村に医療体制集約」という記事の続きで、ただ司令塔を設置したというだけのものです。問題は、この記事を見ても、選手以外の大会関係者に対する対策についてはまだ練り上げられていないことです。IOCや各種競技団体、メディアやボランティアなどについてもまだ今後検討するといった段階です。

 10月20以降に報道された一連の対策をみてみると、全体を俯瞰する視点がみられないのが気になります。選手だけではなく、ボランティア、観客を含めた参加者全体の健康をどうするのか、安全に大会を運営できるのか、さらには、それらの対策にかかる費用を捻出できるのか、といった観点が必要なのですが、これまでのところ、それがなく、ただのプランに過ぎないような気がしてなりません。

■ネットで喧伝されるオリンピック中止

 一方、ネットではオリンピック中止情報が度々、取り上げられています。その中心になっているのが、「一月万冊」というユーチューブの番組で、現在の登録者数は7.93万人です。その番組の中で元博報堂社員の本間龍氏はオリンピック中止について何度も言及してきました。

 本間氏の説は憶測が混じり、確証が持てない部分がありますが、コロナ下の状況では納得できる見解の一つといえるでしょう。ごく最近では、TBSから本間氏への取材が放送されなかったことを巡る一件があります。

 11月からチケットの払い戻しされることが10月25日、各メディアで報道されました。このニュースを目にしたとき、中止が決定されたと私は思いました。そもそもIOCは10月に開催の可否を決断するといっていましたから、その結論が出たと思ったのです。

 おそらく、TV局もそのように読んだのでしょう。

 TBSの朝の番組から本間氏に、オリンピックの中止に関する取材依頼があったといいます。取材の際、スタッフは放送を前提にしていたそうです。ところが、取材に応じたインタビュー映像が放送されることはなく、突如、キャンセルされたというのです。

こちら → https://youtu.be/ZuICN8nhSTQ

 ここでは、この件を巡って、本間氏とTBSとのやり取りが示されていますが、この映像を見ただけではなんともいえません。インタビュー映像が放送されなかったのは、単に裏が取れず、TBS側が放送しなかっただけなのかもしれませんし、本間氏がいうようにTBSが電通に忖度した結果なのかもしれません。

 ただ、今回のオリンピック開催に電通が大きく関与していることは確かです。どうやらオリンピックの誘致を巡る問題にも電通が絡んでいそうです。ロイターによれば、電通がオリンピック誘致に巨額の寄付をしたり、ロビー活動をしたことがIOCの規定に抵触する可能性も指摘されています。

こちら → https://jp.reuters.com/article/insight-dentsu-idJPKBN26Z3AU

 以上、みてきたのはほんの一端です。ユーチューブ上では、さまざまな人がさまざまな観点から、オリンピックの中止を指摘しています。欧米等での感染状況、そして、ワクチンの開発状況をみると、2021年の夏、安全に開催できるとはとうてい思えないのですが、どうでしょうか。

 最近報道されたさまざまなコロナ対策をご紹介してきましたが、いずれも決して万全なものではありません。そもそも、コロナ対策ではなによりも密を避けなければならないのですが、大勢の人が集まって大声を出して声援し、観客が盛り上がることによって、大会の魅力が増すのが、スポーツ大会です。つまり、スポーツ大会そのものが密を基盤に成り立っているという仕組みの中で、密を避けなければならないという矛盾があるのです。

 それにしても、わからないのは、なぜ、さまざまな状況から見て、開催が不可能になっているにもかかわらず、関係者は必死になって開催にこぎつけようとしているのでしょうか。

 主催者側はネット上で行き交うオリンピック中止情報を見つければ、その都度、打ち消す報道をしています。そのことが逆に不信感を呼び、かんぐりたくなる原因にもなっているのですが、主催者側は不自然なほど、開催にこだわっています。

 常識的に考えれば、本間氏が指摘するように、オリンピックは中止しかありえませんが、どういうわけか、IOC、日本政府、組織委員会など主催者側は一貫して開催を主張しています。最近は、まるで開催を確かなものにしようとしているかのように、さまざまな新型コロナ対策を示して見せています。

 ところが、それらの対策は決して万全なものではなく、むしろ新たな課題を浮彫にしています。ですから、調べれば調べるほど、ますます開催は不可能なのではないかと思えてくるのです。

 欧米ではコロナ感染はいっこうに衰える気配をみせず、第二波が訪れたといわれるぐらいです。ところが、欧米の実状を肌でわかっているはずのIOCのバッハ会長は、「現在もスポーツ大会は開かれており、(コロナ下でも)実施できるとわかってきた」といい、「来年はワクチンなど、利用できる対策が増える見通しだ」と説明しています(2020年10月8日、日経新聞)。

 IOCもまた、日本政府や組織委員会と同様、コロナ感染状況よりも「開催ありき」で動いていることがわかります。おそらくその背後に利害に関した何かがあるのでしょう。

■オリンピックは中止か、モデルチェンジか

 新宿西口の地下道は、ビル側にオリンピックの告示パネル、遊歩道側の各柱にさまざまな競技の図案が描かれています。とても華やかに地下道を彩っています。その反面、その間を歩く人々に目を向けると、その後ろ姿のなんと弱弱しく見えることでしょう。

 

 コロナ下では誰もが余裕がなくなり、将来に不安を覚えながら生きています。それを象徴するかのような後ろ姿です。いま、ほとんどの人々にとってオリンピックどころではないのですが、主催者側はいまだにオリンピック開催を声高に主張し続け、無駄な出費を積み重ねています。

 早々にオリンピック中止を決定すれば、無駄な出費や海外からの感染リスクを抑えることができるのではないかと思っているのですが、はたしてどうなのでしょうか。

 一説には中止すれば、莫大な費用がかかるといわれています。そこで調べてみると、第一生命研究所の永濱利廣氏は、過去オリンピックを開催した国の経済成長率をベースに、今回、オリンピックを中止した場合、3兆2000億円分の経済効果が毀損されると試算しています。これは消費税増税で民間部門が失った5兆6000億円の6割に相当するそうです。

 3兆2000億円分の毀損といえば、一見、莫大な金額を喪失するように見えますが、オリンピックを中止したからといっていきなり不況に見舞われることはなく、甚大な被害はないと永濱氏はいいます。なんといっても、日本の実質GDPは約500兆円もの規模です。つまり、いまのところ、目先の利益にこだわらず、人々の健康と安全を優先できるだけの豊かさがあるのです。

 都庁駅から新宿駅に向かう西口地下通路を、人々は力なく歩いていました。この人たちが必死に働き、収めた税金でオリンピックが開催されるのです。そう思うと、ふいに悲しい気分がこみ上げてきました。オリンピック開催のために、どれほど無駄な出費が積み重ねられてきたのでしょう。

 疲れ果てて帰路に向かう人々の後ろ姿を見ていると、健康と安全、誠実と努力が報われることの重要性が身に染みて感じられます。今後、そのようなものこそ、予測できない変化が起こり続けるニューノーマル時代に価値を持つようになってくるのではないかという気がしてきました。

 コロナ禍は社会を大きく変え、ニューノーマル時代を到来させました。オリンピックもまた商業主義化した従来のモデルではなく、ニューノーマル時代のモデルを模索すべきでしょう。(2020年10月29日 香取淳子)