ヒト、メディア、社会を考える

香取淳子のメディア日誌
このページでは、香取淳子が日常生活の中で見聞きするメディア現象やメディアコンテンツについての雑感を綴っていきます。メディアこそがヒトの感性、美意識、世界観を変え、人々の生活を変容させ、社会を変革していくと考えているからです。また、メディアに限らず、日々の出来事を通して、過去・現在・未来を深く見つめ、メディアの影響の痕跡を追っていきます。


留意事項
■当サイトで紹介する論文やエッセイなどを引用される場合は、著者名、掲載誌名、発行号、発行年月、該当ページを明記してください。
■当サイトで公表する文章を引用される場合は、著者名、日付、URLを明記してください。



ブログ一覧

プレ展示「再構築」:大小島真木氏の制作現場を見る

■プレ展示「再構築」

 2020年7月23日、練馬区立美術館に行ってきました。

 今年、開館35周年を迎える同館は、記念事業として、一風変わった展覧会を企画しました。4名の作家(青山悟、大小島真木、冨井大裕、流麻二果)に、練馬区立美術館が所蔵する作品をそれぞれ再解釈し、再構築して制作してもらった作品を展示するというのです。展覧会のタイトルは企画内容そのものの「再構築」(RE CONSTRUCTION)でした。

こちら → https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=202006161592286707

 2020年7月8日から8月2日までが、プレ展示「再構築」で、①参加型展示として、流麻二果氏、②公開制作として、大小島真木氏、冨井大裕氏の展示が企画されています。そして、4名の再構築された作品が展示される本展示は、2020年8月9日から9月27日までの期間開催されます。

 練馬区立美術館前に掲げられた看板には、4人の作品がそれぞれ取り上げられていました。

 この看板には、向かって左から冨井大裕氏、大小島真木氏、そして、その右隣りが青山悟氏、右端が流二麻二果氏の順で、代表作が取り上げられています。館内に置かれていたチラシは4パターン用意されており、看板に取り上げられていたのと同様、4人の画家の作品がそれぞれ掲載されていました。これらの作品をちらっと目にするだけでも、個性の異なる気鋭の作家たちだということがわかります。

 4人の作家たちは、同館所蔵の作品をどのように解釈し、再構築してみせてくれるのでしょうか、興味津々です。なんともユニークで、刺激的な企画の展覧会で、期待されます。

 私がもっとも引き付けられたのが、大小島真木氏の作品でした。見た瞬間、心に響くものを感じたのです。

 看板の写真を見ても、遠すぎて、いまひとつその醍醐味が伝わってきません。大小島氏の作品だけを取り出し、クローズアップして見てみることにしましょう。

 真ん中に配置された細長いモチーフの両側に、3個ずつ奇妙なモチーフが置かれています。よく見ると、心臓の形をしています。真ん中の細長いモチーフも、一番下に配置されているのは心臓でした。合計7個のモチーフに共通しているのが心臓だったのです。しかも、それぞれが奇妙なハーモニーを奏で、独特の世界を創り出しています。

■Entanglement hearts series

 チラシを見ると、作品の下に小さく、「Entanglement hearts series」(2020年、アクリル、鉛筆、油性色鉛筆、アルシュ紙)と、その概要が書かれています。タイトルにシリーズと書かれていますから、7つのモチーフに見えたものは、それぞれ独立した一つの作品なのでしょう。この作品が、シリーズ化して制作された「Entanglement hearts」を7点、寄せ集めてレイアウトし、一つの作品として再構築されたものだということがわかります。今回の展覧会のテーマである「再構築」がすでに実践されているのです。

「Entanglement hearts」というタイトルも絶妙です。絵柄をみれば、たしかに、心臓の形をしたモチーフにはそれぞれ、動物や植物、昆虫や海洋生物、爬虫類、人や原始人などが深く複雑に絡み合っています。どのモチーフも生命体を支える心臓をベースに、独特の観点から複雑な生命システムが描かれていました。

 見ているうちに、身体の奥底から原始的な感覚が甦ってくるような思いに襲われてしまいます。それぞれのモチーフが得体の知れない何かを発散しているからでしょうか。見えない何かに、強く刺激され、やがて、気持ちが大きく揺さぶられるようになるのです。

 いつの間にか、異次元の世界に誘われてしまいそうになります。

 異次元といっても、全く知らない世界ではありません。遠い昔に経験した記憶がありながら、普段はすっかり忘れ去っている世界とでもいったらいいのでしょうか。無意識の底に眠っていたものが、突如、甦り、原初的な感覚が呼び覚まされ、刺激されていくのを感じます。

 どのモチーフにも身体の奥底に呼び掛ける力がこもっているように見えます。しかも、どのモチーフからも、しなやかで知的な感性がほとばしっています。だからこそ、わくわくするような知的好奇心が刺激されるのでしょう。

 大小島真木氏はいったい、どのような作家なのでしょうか。チラシに掲載された作品を見ただけで、ふつふつと興味がわいてきました。是非とも、制作現場を見てみたいという気にさせられたのです。

■大小島真木氏の制作現場

 1Fの展示室で、大小島真木氏は制作されていました。すでに何人かの観客が見に来ておられ、大小島氏はにこやかに応対しておられました。

 大小島氏が手にされているのは、チラシに掲載されていたモチーフのうち、真ん中のものです。その左にはチラシの左下に配置されたモチーフがあり、右にはチラシの右上に配置されたモチーフが見えます。尋ねてみると、今回の展覧会のために30点、新作を制作されたそうです。

 それでは、本展示作品のための制作現場を見てみることにしましょう。

 普段はいくつもの作品が展示されている展示室に、大きな布が敷かれ、そこには制作途中のモチーフが描かれています。遠くから見ると、巨木の幹と枝のように見えます。布の周囲には脚立、ボディ、絵の具、筆、資料としての絵などが雑然と置かれていました。

 思わず、覗いてはいけない創造の空間に足を踏み入れた気持ちになります。

 圧倒されて、ぼんやりしていると、大小島氏から、「脚立を使ってもいいですよ」といわれました。ふと、その気になりかけましたが、脚立の高さを見て、気持ちがくじけ、立ったままで撮影したのが、制作途中のモチーフの中心部分です。

 手前に二つの肺があり、水色と赤味がかったピンクで左右、色分けされています。そのすぐ上に心臓があり、そして、その先に背骨がまっすぐ伸びています。

 やや引いて、全体像がわかるように俯瞰してみたのが、下の写真です。

 こうしてみると、先ほどご紹介した写真が、作品の中心部分だということを確認することができます。この作品の全体像は人体のようであり、巨木のようでもあります。俯瞰してみてはじめて、途方もなく大きな構想の下、制作されようとしていることがわかります。

 大小島氏はこの作品を、全体の枠組みを描いた後、肺、心臓、背骨といった中心部分を描いています。まだ制作途中だとはいえ、中心部分の構図はすでに確定されています。まるで、作品に命を吹き込みながら制作を進めているかのように、軸となる中心部分から着手されているのです。

 もちろん、中心を支える細部を固めるための準備も周到です。大きな布の周囲、あちこちに資料のようなもの、画材などが置かれています。

 たとえば、木の枝先のように見える部分の周囲には、それに関するスケッチや色合わせの資料が置かれています。

 また、色の重ね具合、色彩のバランス、さまざまな形状のパターン、それらの組み合わせなどの資料も種々、巨大な布の周囲に置かれていました。

 全体を支えるための細部を制作するための案が精緻に考え抜かれ、作品化するための準備もそれに伴い、万端に整えられていることがわかります。

 まだ制作途上だとはいえ、この制作空間を見るだけで、大小島氏がいかに構想力に長け、構築力に秀で、タフな知力の持ち主であるかがわかります。

■新作から透けて見える大小島氏の芸術観

 大小島氏は今回の展覧会のために、1か月余で新作30枚を仕上げたといいます。そのうち7点がチラシに掲載された作品に取り上げられていました。それぞれが豊かな構想力で練り上げられ、確かな表現技術を駆使して描かれていました。仕上がった作品を見て、大小島氏の旺盛な制作力と巧みな表現力に驚かざるをえませんでした。

 それでは、チラシに掲載されたモチーフの一つを取り上げ、大小島氏の芸術観を探ってみることにしましょう。

 これは、7点のうり、チラシの左上に掲載されていたモチーフです。このモチーフで一番目立つのが、眠ったように見える牛の顔であり、その頭上で大きく羽を広げた鳥です。牛の首の右辺りには大きく牙をむいた虎のような動物の顔、左下には獲物に食いつこうとしている狼のような動物が描かれています。口が赤くなっていますから、おそらく食いちぎった獲物の血なのでしょう。生命を維持するには他の動物、あるいは植物の生命を奪わなければならないことが示唆されています。

 心臓から血液が送り出されることによって、生命体が維持されるわけですが、その営みを支えていくには、他の生命体の命を奪う必要があるのです。残酷ではありますが、それこそが、生命を維持するためのシステムであり、自然の摂理なのだと訴えているかのようです。

 興味深いことに、このモチーフには下方に裸の人間が3人描かれており、何かを探しているように見えます。食べ物を漁っているのでしょうか。足には草のようなものが絡まり、鋭利な牙もなく、柔らかい肌を保護する体毛もない人間の脆さが描かれているように見えます。

 その一方で、モチーフ全体に、六角体で先にとげがある物体が随所に描かれています。この物体は、獰猛な鳥の羽の上、牙をむいた虎の胸倉、さらには、草むらのようなものの中にも多数、描かれています。こうして全体が絡みあい、心臓の形になるようレイアウトされています。

 このモチーフの随所に描かれた不思議な物体は、その造形から、どうやら、コロナウイルスのようです。

 大小島氏はこの作品を示しながら、「コロナが突然やってきたわけではないのに、果たして、コロナを敵と呼べるのか」と問いかけます。そして、「人間と菌を巡る物語を知る必要がある」と言葉を継ぎます。それを聞いていて、私はふと、大小島氏の芸術観を垣間見たような気がしました。

 改めて、コロナウイルスの画像を見てみました。

2020年4月24日付日経新聞より。

 コロナウイルスもまた生命体で、他の生命体に寄生して生き延びています。そのための手段として、他の生命体の内部にしっかりとくっつくための棘を持っています。生き延びるために他の生命体に絡みつくという点で、人や動物とそう大した違いがあるわけではないのです。

 そう考えると、このモチーフには、動物であれ、植物であれ、人であれ、コロナウイルスであれ、生を紡ぐためには相互に絡まり合い、複雑に寄生しながら生きていかざるをえないという現実が示されていることがわかります。

 このモチーフには、大小島氏の作品化のプロセスを端的に見て取ることができます。そればかりか、その芸術観も垣間見えたような気がしました。

■コロナ時代の芸術

 新型コロナウイルスはいっこうに終息する気配を見せず、感染者は日本はもちろん、世界中で日々、増加しています。もはや「アフターコロナ」(after corona)、「ポストコロナ」(post corona)という表現は適切ではなく、「ウィズコロナ」(with corona)と言わざるを得ない状況になっています。

 おそらく、新型コロナウイルス感染の広がりとともに、社会のパラダイムシフトが進んでいくことでしょう。非接触、非対面のコミュニケーションに移行せざるをえなくなり、やがてはテクノロジーに依存した社会に変容せざるをえなくなっています。

 一方、新型コロナウイルスは今回のcovid-19で終わるものではなく、今後も次々と新種が登場し、今回と同様、パンデミック現象を引き起こしていくでしょう。

 それを回避できないのは、世界人口が増加の一途を辿るにつれ、森林の伐採が進み、ウイルスを持っている野生動物と人間との距離が近づかざるをえなくなっているからでしょう。人口が増えると三蜜(密集、密閉、密接)を避けることが難しく、今後、新型ウイルスへの感染リスクが高まっていくと考えられるのです。

 さらに、グローバル化が進み、人が世界中を移動するようになっていることも、感染リスクを高めます。グローバル化がウイルス由来のパンデミック現象を引き起こし、それに拍車をかけるからだといえます。

 このように考えてくると、私がなぜ、大小島氏の作品を見たとき、衝撃を受けたかがわかるような気がしてきました。チラシに掲載されていたモチーフには、現代社会に突き付けられた課題が見事に描かれていたからでした。

 この作品を見ていると、現代社会に果たす芸術の役割が見えてくるような気がします。今回、私が経験したように、優れた作品は、観客に現代社会の矛盾や課題を感じさせ、そして、考えさせる力を持っています。それこそが、テクノロジーが支配するいまなお、芸術が持ち得るパワーなのだという気がするのです。

 大小島氏は今回制作中の作品をどのように完成されるのでしょうか、おおいに期待したいと思います。(2020/7/28 香取淳子)

アマビエ・アートで、新型コロナウイルスを退散?

■「AMIGO! アマビエプロジェクト」の開催

 2020年5月28日、西武線仏子駅で下車し、入間川に向かって歩いていました。途中、坂を下った辺りのT字路で、信号待ちをしていると、赤い屋根の建物の前にたくさんのフレームが掲げられているのが見えました。

 遠目には子どもたちの作品展示のように見えます。

 赤褐色の屋根に、古き良き時代の趣きがあります。そこはかとない郷愁を感じさせられる建物です。見ているうちに、何の施設なのか、気になってきました。

 信号が変わったので、近づいてみると、看板があって、「AMIGO!」と書かれた文字の下に、数人が馬車に乗っている姿が白抜きで描かれていました。いかにもメルヘンチックな絵柄です。下方を見ると、「入間市文化創造アトリエ」と書かれていますから、この建物はどうやら、文化施設のようです。

 看板の周囲には、木造のフレームがいくつも掲げられています。見ると、人魚のような絵が種々、展示されています。絵画教室に通う生徒たちの作品なのでしょうか。

 入口方面をみると、道路沿いには同じような形式で、たくさんの作品が展示されていました。

 興味深いのは、作品の展示方法でした。一連の作品はそれぞれ、手作り感のある木造のフレームに入れられて、子ども椅子の座面、あるいは、その上に木材で固定され、展示されていたのです。

 改めて見直すと、単調にならないよう、木材の位置は適宜、高低差がつけられていることがわかります。木造フレームの背後には植え込みがあって、展示空間を優しく包み込み、作品をさり気なく引き立てていました。

 それにしても、なんと味わい深い路上ギャラリーなのでしょう。昔の小学校で使っていたような木造の椅子といい、素朴な木枠のフレームといい、なんともいえず牧歌的で、見ていると、タイムスリップしたような気持ちになってしまいます。これまで見たことのない、斬新な趣向の展覧会でした。

 ふと、展示作品に交じって、説明書きのようなものがやや高い位置に掲げられているのに気づきました。この写真では、手前に写っているフレームです。ちょっと拡大してみましょう。

 「アマビエ」についての説明書きでした。内容をご紹介しましょう。

 「日本に伝わる半人半魚の妖怪です。アマビエは、豊作と病気の流行を人々に予言し、自分の姿を写して人に見せると病気から逃れられると伝えました。そのことから、アマビエは疫病を鎮める妖怪として言い伝えられております」と書かれています。

 ざっと見たところ、展示作品には、人魚のような絵柄が多いと思っていました。説明書きを読んで、その理由がわかりました。人魚のようなもののその正体は、アマビエだったのです。説明書きによると、このアマビエは、「疫病を鎮める妖怪」だそうです。

 さっそくスマホの検索画面に、「入間市文化創造アトリエ AMIGO!」と入力してみました。すると、この路上ギャラリーは、コロナウイルス感染症の収束を願うプロジェクト、「アマビエアートプロジェクト」として企画された展覧会だということがわかりました。

 ホーム画面から「アマビエギャラリー」のページに移動すると、応募作品が何点か、紹介されていました。

こちら → https://i-amigo.net/pg981.html

■アマビエとは?

 私は知らなかったのですが、厚生労働省もアマビエをアイコンに使い、新型コロナウイルス感染の拡大防止キャンペーンを展開していたようです。

(厚生労働省より)

 ひょっとしたら、まだアマビエ関連のニュースがあるかもしれません。そう思って、調べてみると、KATOKAWAが、3月19日に『怪と幽』の号外を出し、香川雅信氏(兵庫県立歴史博物館学芸員)のアマビエについての解説を掲載していました。

 私が知らない間に、アマビエという妖怪が一躍、時のヒトになっていたのです。

 香川氏はアマビエについて、次のように説明しています。

「弘化3年(1846)、肥後国(熊本県)の海中に毎夜のように光るものがあり、役人が確かめに行ったところ、海中に住む「アマビエ」と名乗る怪物が現れ、当年より6年の間は豊作が続くが、病気が流行するので自分の姿を写して見せるように、と告げて海中に消えた、という。摺物の左半分にはその「アマビエ」の姿が描かれている。一見すると髪の長い人魚のようにも見えるが、鳥のようなクチバシ状の口があり、目や耳は菱形で、まるで「ウルトラマン」に登場する怪獣のようなデザインである。およそ江戸時代離れした造形センスで、一度見たら忘れられない、何とも言えない味わいがある」(※『怪と幽』号外、2020年3月19日)

 このエピソードの出典として、香川氏は、京都大学附属図書館が所蔵する、「肥後国海中の怪(アマビエの図)」を提示しています。右頁に説明文、左頁にアマビエの図が刷られています。説明文を読むと、確かに、右から2行目に、「アマビエ」の文字が見えます。

 興味深いのは、左頁のアマビエの図です。わかりやすくするため、アマビエの図の部分だけ切り取ってみました。

(『怪と幽』号外 2020年3月19日より)

 これを見ると、香川氏が指摘するように、アマビエの図は江戸時代に描かれたとは思えないほど斬新です。まず、目や耳がひし形というのが、意外でしたし、鳥のような嘴に足まで届く長い髪にも意表を突かれました。

 さらに、アマビエの上半身は鱗で覆われ、下半身は尾ひれのようなもので構成されています。ですから、一見、人魚のように見えるのですが、どういうわけか、波間にまっすぐ立っています。まるでヒトが地面に立っているように波間に直立しているのです。脚部に相当する3本の尾ひれのようなものに支えられているといえなくもないのですが、その重力を考えると、実際はありえない構図です。

 妖怪だからこそ、成立する図柄だといっていいのかもしれません。

 この図を見る限り、鳥のようであり、ヒトのようでもあり、魚のようでもあるのが、アマビエです。矛盾をはらみ、なんとも不可思議な存在です。常識的にいえば、そもそも、存在自体がありえない設定なのです。

 もっとも、だからこそ、アマビエはこれまで、妖怪だといわれてきたのでしょうし、得体の知れない疫病を収束させる力を持つと人々に信じられてきたのでしょう。

 アマビエの姿を描けば疫病が退散するという伝承は、江戸時代に始まったそうです。香川氏によれば、妖怪好きの人々の間では、アマビエは比較的よく知られた存在だったそうですが、一般的には、妖怪自体、まだ知名度が高いとはいえません。それが、これほどまでに注目を集めるようになったのは、明らかに、新型コロナウイルスの感染が拡大していったからでしょう。

 香川氏は、「妖怪が病気の流行を予言し、その絵姿を見ることで流行病から逃れることができる、という話は、江戸時代にはたびたび見られ、一種の定型化した伝承であったと言える」とし、さまざまな事例をあげています(※ 前掲)。

 一連の記述の中で、興味深かったのは、香川氏が、「アマビエ」は本来、「アマビコ」という名前であったと考えられるとしている点でした。該当箇所をご紹介しておきましょう。

「本来この妖怪は「アマビエ」ではなく「アマビコ」という名前であったと考えられるのである。というのは、「アマビコ(海彦、天彦、尼彦)」について記した資料は数多く確認できるからである。おそらくは、カタカナの「コ」を「エ」と読み間違えたのであろう。また、「アマビコ」は本来、3本足の猿の姿で描かれていたが、それが次々と描き写されるうちに、人魚のような姿になってしまったものと推測される(海中から現れたという部分に引きつけられたのだろう)」(※ 前掲)

 確かに、その可能性はあるでしょう。

 そこで、調べてみると、福井県の文書館・図書館に勤務する長野栄俊氏が2020年3月11日、関連する見解を披露していることがわかりました。

こちら → https://fupo.jp/article/amabie/

 長野氏の見解で興味深いのは、「アマビエは、早々に私の姿を写して人々に見せよとは告げるが、その御利益は明言していない」とし、「アマビコの方は、私の姿を見る者は無病長寿、早々にこのことを全国に広めよと告げている」としている点です。

 確かに、京都大学が所蔵している文献には、アマビエが疫病の流行を予言し、自分の姿を写して人々に見せるように告げてはいることは記述されています。ところが、正確にいえば、疫病から逃れられるとは書かれていないのです。つまり、アマビエは、肝心の感染予防に役立つとは記されていないのです。

 長野氏は、「拡散すべきはアマビエではなく、アマビコの方かもしれない」と書いています(※ 前掲URL)。

 伝承の内容はどうであれ、アマビエの姿はSNSを通して全国に拡散しました。「アマビエチャレンジ」として、さまざまなイラストが描かれ、シェアされていきました。新型コロナウイルスの感染が世界中に拡大するにつれ、江戸時代に注目されたアマビエに再び、出番がまわってきたのです。

 厚生労働省は、感染防止キャンペーンに、アマビエの絵を逆向きにし、アイコンとして使っていました。アマビエの顔や立ち姿には愛らしさがあり、ヒトを引き付ける魅力があります。キャンペーンに相応しいキャッチ―な絵柄だといえるでしょう。

 簡略化し、特徴を際立たせた絵柄からは、印象的で記憶に残りやすい、優れたデザイン力を感じさせられます。一見、稚拙に思えますが、矛盾に満ちた造形には、なんだろうと思わせる力があり、啓発キャンペーンにはぴったりです。

 さて、展示作品を見ると、最も多かったのが、アマビエの絵に文字を組み込み、ストレートに感染防止を訴求していた作品でした。

■疫病退散

 アマビエ伝承を意識したのでしょう、展示作品の中で多かったのが、「疫病退散」という文字が書き込まれた作品でした。

 文字でも絵柄でも、メッセージがはっきりとわかるようなデザインです。子どもたちに伝えたいメッセージが、具体的にわかりやすく仕上げられた作品です。

 さらに、こんな作品もありました。

 アマビエの特徴のある耳をヘアアクセサリーとし、上半身を覆う鱗をファッショナブルなデザインの衣装に置き換えています。この作品は、十代の女性に訴求力をもつでしょう。

 また、こんな作品もありました。

 この作品では、ひし形の眼、長い髪、尾ひれのような3本足、アマビエの特徴がしっかりと捉えられています。また、繰り返し押し寄せる波のトップには、一つずつ白い線が配されており、波頭が立っていることがわかります。こういうディテールの描き方に、海中から現れたといわれるアマビエの由来が、さり気なく表現されています。

 画面を構成するモチーフはそれぞれ、原画(「アマビエの図」)に忠実にその特徴が取り入れられています。その一方で、顔や色調には現代的テイストが加えられています。全体を淡い色調でまとめ、かわいらしさをアピールしつつ、メッセージがしっかりと届くよう構成されています。

「疫病退散」という文字が手描き風に淡い色彩で描かれています。そのせいか、この作品には押しつけがましさがありません。さり気なく、そっとメッセージを発信しているのです。どの層にもまんべんなく受け入れられそうな穏やかさと可愛らしが印象的です。

 この作品を見ると、応募作品に中には、プロに近い人の作品もあるのではないかという気がしてきました。

 そこで、スマホで再び、「入間市文化創造アトリエ AMIGO!」検索してみました。すると、館長の5月28日付のブログが見つかりました。それによると、このプロジェクトは、HP、SNS、チラシを使って、幅広く作品の公募を行ったそうです。5月25日で締め切った結果、応募点数は182点にも達したといいます。これだけでも、この企画がタイムリーなものであったことがわかります。

 もう一度、路上ギャラリーに戻ってみましょう。

■さまざまな作品

 多くの作品が、建物の境界線や植え込み、あるいは、路上に展示されています。大きなパネルにまとめて展示されているものもあれば、個別の木枠に入れて展示されているものもあります。

 大きな木造パネルにまとめて展示された作品群がありました。建物の境界に沿って設置されています。

 このパネルを逆方向からみると、このようになります。

 さらに、植え込みの中には、こんなパネルが設置されていました。ここでは、似たような作品が何点か見受けられます。

 この大きなパネルの手前に、印象深い作品がありました。椅子に木材を縛り付けて固定され、やや高い位置に展示されています。作風がユニークなので、しばらく見入ってしまいました。

 この作品をアップしてみましょう。

 まず、丁寧な描き込みが印象的です。

 全身を覆う鱗の描き方や彩色の仕方がとても丁寧で、陰影が感じられます。たとえば、上から下にいくにつれ、鱗の形状が変わり、藍の濃淡で表現された明るい部分と暗い部分の割合が変化していきます。そのせいか、正面を向いて直立しているアマビエの姿に立体感とボリューム感が醸し出されています。

 次に、天使の羽のように見える部分が気になりました。これは、背ヒレなのでしょうか。淡く微妙な色合いで表現されており、そこだけ明るく浮き立つように描かれています。

 一方、顔面は藍一色で描かれており、目はひし形、口は三角、耳は線を数本引いただけで表現されています。藍色の補色である金髪が顔の周囲を多い、足元まで長く伸びています。首から下は暗色が加えられているせいか、金髪といってもそれほど目立たず、周囲に溶け込んでいます。

 脚部は3本の尾ひれのようなものに支えられ、ヒトのように直立しています。身体の線に沿って髪の毛が描かれ、足元が大きく描かれているせいか、末広がりの形状になっており、安定感があります。

 ひし形の目、全身を覆う鱗、長い髪、3本足といった、「アマビエの図」の特徴を踏まえた上で、作者の創造力を加えて造形されており、ユニークで奇妙な魅力的を放っていました。

 アマビエの周囲は、黒地を背景に、様々な形状の青と黄色のモザイクで埋められています。さまざまなモザイクと青を基調とした色構成からは、絵画作品というよりむしろ、イスラムの造形物のような緻密さが感じられます。独特の風合いがあって、見応えのある作品でした。

 さらに、深みのある作品も展示されていました。

 左上に、「アマビエ」と文字が書かれ、中央上部に、鳥のような動物が大きく口を開け、驚いたようなまなざしを下方に向けている動物が描かれています。「アマビエの図」の特徴は見受けられませんが、おそらく、これがアマビエなのでしょう。

 アマビエの周囲は濃淡の藍色で表現され、荒れ狂う海が表現されているように見えます。まるで荒々しい波間をかいくぐって、海中から顔を出したかのようです。顔面と上半身の一部が、浮き立つように明るく描かれており、驚いたような顔面の表情がことさらに印象に残ります。まさに、海中から出てきたばかりの妖怪に見えました。

「アマビエの図」では脚部に描かれていた尾ひれのようなものが、この作品では鳥の前足の爪のように見えます。よく見ると、その爪が何か別の生き物を押さえつけているようです。この構図が、獰猛な動物の捕獲の瞬間を想像させる反面、その顔面の表情にはなんともいえない愛嬌があります。目は丸くて大きく、開いた口は厚ぼったく大きく描かれており、可愛らしい小鳥のように見えます。明と暗、可愛らしさと獰猛さが同居しており、ちょっと不気味な絵柄ですが、そのコントラストが妖怪らしく、観客を画面に引き込む力がありました。

 もう一つ、印象に残る作品がありました。

 この作品では、4段階でオブジェの推移が描かれているように見えます。どう見ても、アマビエには見えませんが、左から右へと、オブジェが少しずつ変化していく段階を表現しているように思えました。

 まず、左端は黄色と青で構成された不定形の図柄です。その右は、黄色と青が薄められ、3箇所の青が強調され、流れるように描かれています。さらに、その右になると、黄色はさらに薄くなり、青も上部に2箇所集中し、下方は黄色と青がさらに淡くなって、溶け合っています。最後に、右端になると、黄色は左上部、青は真ん中と右上部に薄く存在し、新たに赤系の色が薄く加わって、全体が溶け合っています。

 図の変化の様子を見ていくと、原初的なウイルスが変化し、様相を少しずつ変え、ついには別のものが加わり、新種になっていく様子を描いているようにも思えます。抽象的な表現ですが、だからこそ、ウイルスを捉えるには適した描き方といえるのかもしれません。印象に残る作品でした。

■アマビエアートから、何が見えてきたか

 今回、たまたま通りかかった路上で、アマビエアートを見ることができました。おかげで江戸時代の「アマビエ」伝承を知ることができましたし、それを踏まえて表現された数々の作品を鑑賞することができました。

 香川氏は、江戸時代には、アマビエに限らずさまざまな妖怪が病気の流行を予言し、その絵姿を見ることで、疫病から逃れられるという伝承があったといいます(※『怪と幽』号外、3月19日)。

 当時、各地でさまざまな疫病が流行していたようです。だからこそ、そのような伝承が流布していたのでしょうが、興味深いのは、アマビエなどの妖怪が果たした機能の一つが、「病気の流行の予言」だということです。

 新型コロナウイルスの感染拡大に至った経緯から明らかになったことは、疫病の発生・流行をいち早く知ることがいかに重要かということでした。感染したことを知らないまま外出、感染を軽視して行動自粛をしない、・・・、というようなことが、感染を世界中に拡大させ、パンデミック現象を引き起こしてしまいました。いまなお、感染が収束する気配はみえません。

 パンデミックに対処するには、いち早く疫病の発生を知り、人々にそれを告知し、対応策を取って、感染を広げないことがなによりも大切でした。アマビエ伝承では、海中から光って現れ、人々に「疫病の流行を予言」したといいます。できるだけ大勢の人々に知ってもらうために、その姿が認知されやすいよう、アマビエは暗い海の中から光って浮上するという手段を取ったのでしょう。

 アマビエのもう一つの機能は、「その姿を描いて他人に見せる」ことで疫病からまぬがれられるというものでした。つまり、疫病の発生を知った者はより多くのヒトにそれを知らせることで、疫病の蔓延を防止できるという知恵です。

 一方、アマビエの可愛らしい立ち姿(「アマビエの図」)は人々の気持ちを和ませます。アマビエアート展でも、ほとんどの作品が可愛らしいアマビエの姿を描いたものでした。

 得体のしれない新型コロナウイルス感染に怯え、外出自粛、行動自粛を要請されて、人々はこの3か月余を過ごしました。どんなものでもいい、苛立つ気持ちを鎮め、鬱屈した気分を取り除いてくれるものが必要でした。

 「アマビエ」伝承では、その姿を描くことを勧めていました。描くことによって、そのような鬱屈した気分を払拭することができたのでしょう。

 この伝承の中で、私は、なぜ「姿を描いて、ヒトに見せる」ことが奨励されていたのかわかりませんでした。ところが、私たちが現在経験している不安で鬱屈した気分を思い起こすと、当時、「アマビエの姿を描く」という行為が、人々の心理的な危機を救うことにもなっていたのではないかと思えてきたのです。

 これまで、科学的とはいえない民間伝承を顧みることがありませんでした。ところが、このアマビエアート展をきっかけに調べてみると、民間伝承にはそれなりの発生理由があり、社会的な機能を果たしていたことがわかりました。とてもタイムリーな企画の展覧会でした。(2020/6/1 香取淳子)

延期費用の負担を巡って迷走する日本

■IOCの不可解な行動

 2020年4月21日、テレビや新聞各社は、国際オリンピック委員会(IOC)が公式サイトで、オリンピックの追加費用負担について安倍首相が合意したと掲載し、翌日にはそれを削除したと報じました。

 たとえば、朝日新聞は、次のような記事を掲載しています。

こちら → https://www.asahi.com/articles/ASN4P5TW0N4PUTQP018.html

 これを読むと、IOCは4月20日、「安倍首相が現行の契約に沿って日本が引き続き負担することに同意した」と公式サイトに掲載していたようです。ところが、大会組織委員会がその掲載内容を否定し、削除を求めたところ、21日には公式サイトから削除されていたというのです。

 問題の記事は、IOCの公式サイトのQ&Aのページに掲載されていました。もちろん、いま、その文章を見ることはできません。現在、見ることができるのは変更された後のものです。

こちら → https://www.olympic.org/news/ioc/tokyo-2020-q-a

 この中の7項目目、「(UPDATED) WHAT WILL BE THE FINANCIAL IMPACT OF POSTPONING THE GAMES?」というのが、問題視されたものでした。その内容をご紹介しておきましょう。

Tokyo 2020 and the IOC confirm that it was agreed between the IOC and Japan on 24 March 2020 that the Games of the XXXII Olympiad will now be celebrated in 2021. This postponement was made in order to protect the health of all people involved in the staging of the Games, in particular the athletes, and to support the containment of the virus. It will now be the work of the IOC to assess all the challenges induced by the postponement of the Games, including the financial impact for the Olympic Movement.

The Japanese government has reiterated that it stands ready to fulfil its responsibility for hosting successful Games. At the same time, the IOC has stressed its full commitment to successful Olympic Games Tokyo 2020. The IOC and the Japanese side, including the Tokyo 2020 Organising Committee, will continue to assess and discuss jointly about the respective impacts caused by the postponement.

 そもそも、原文は、IOC公式サイトの「オリンピック東京大会に関するよくある質問」のコーナーで取り上げられた、「オリンピック延期後の財政的な影響はどうか?」という質問に対する回答として用意されたものでした。

 ところが、修正された上記の文章では、「安倍首相」の文字もなければ、財政支出に関する文言もありません。ただ、延期に取り組む心構えのようなものが書かれているだけDした。とても、延期後の追加費用に関する質問への回答とはいえません。

 先ほどの朝日新聞によると、日本の組織委員会は、IOCが公式サイトに掲載した記事に対し、「会談では費用負担について取り上げられた事実はなく、双方合意した内容を超えて、このような形で総理の名前が引用されたことは適切でない」ことを理由に、削除を要求したといいます。

 上記の文章を読むと、明らかに、日本の組織委員会から削除を要求され、修正されたものだということがわかります。IOCは日本の組織委員会の要求をいわれるままに聞き入れたのです。

 そこで、4月20日にIOC公式サイトに掲載された原文がどのようなものであったのかが気になってきました。

■原文ではどう書かれていたのか。

 ネットで探してみると、井上美雪氏が「東京オリンピック追加負担に「首相同意」 IOCが翌日削除」というタイトルの記事の中に、IOC公式サイトの該当箇所を写真撮影したものが掲載されていました(※ HUFF POST NEWS, 2020年4月21日)

 写真で記録された文章の文字を一つずつ、起こしてみました。

The postponement was made in order to protect the health of all people involved in the staging of the Games, in particular the athletes, and to support the containment of the virus. It will now be the work of the IOC to assess all challengers induced by the postponement of the Games, including the financial impact. Japanese Prime Minister Abe Shinzo agreed that Japan will continue to cover the costs it would have done under the terms of the existing agreement for 2020, and the IOC will continue responsible for its share of the costs. For the IOC it is already clear that this amounts to several hundred million of dollars costs.

The postponement was not determined by financial interests, because thanks to its risk management policies including insurance, the IOC in any case be able to continue its operations and accomplish its mission to organaise the Games.

 これが、2020年4月20日に掲載されたIOC公式サイトの原文です。

 確かに、ここでは、「日本の安倍晋三首相が、2020年に向けた現行の契約条件の下で引き続き費用を負担し、IOCもその費用の分担について引き続き責任を負うことに同意した」と書かれ、さらに、「IOCにとっては数億ドルのコスト負担になることはすでに明らか」だと記されています。

 ですから、原文では、現行の契約条件の下、安倍首相は延期費用を負担することに同意したことがはっきり書かれているばかりでなく、IOCの負担分についても現行の契約条件下で合意されていることが示唆されているのです。

 上記の朝日新聞は、「追加経費は約3千億円規模の見方があるが、IOCは見解で、自らの負担額は数億ドル(数百億円)規模とした」と書いています。IOCが(独自の)見解で、数億ドルと見積もったということなのでしょう。

 さらに、菅氏は「延期に伴い、必要な費用については、16日に開催されたIOC組織委との会議において、コストを含む影響の取り扱いが共通の課題であることを確認し、今後共同で評価、議論することで合意したと承知している」と述べたと報じています。必要な費用分担については今後、両者で話し合い、協議していくというのです。

 日本側の言い分を見ていると、IOCが公式サイトを利用して、追加費用のうち、わずか5分の1程度しか負担しないと宣言しているように思えてきます。

 果たして、実際はどうなのでしょうか。

■気になるIOCの回答

 朝日新聞は記事の中で、削除理由についてIOCに取材したところ、次のように回答を得たと書いています。

 「IOCの情報発信の場で、安倍首相の名前を出すのは適切ではないと、組織委から合図(連絡)があった。彼らの希望をもちろん尊重した」

 IOCの回答からは、日本側のクレームの中心が、延期費用の負担ではなく、「安倍首相の名前を公式サイトで出した」ことであったことがわかります。ここに、面子にこだわり、国益を軽んじた姿勢が透けて見えます。

 IOCの回答を見て、私が気になったのは、費用負担の金額について、否定せず、訂正もせずにただ、「日本側の希望を尊重して」、該当箇所を削除しただけだということでした。

 確かに、IOCは削除要請を受けて、「安倍首相」の名前や金額を削除し、日本側の要望通り、下記のように文章を修正しています。

The IOC and the Japanese side, including the Tokyo 2020 Organising Committee, will continue to assess and discuss jointly about the respective impacts caused by the postponement.

 原文で具体的に書かれていた、「安倍首相が…、現行契約の下、日本側の負担に同意した」の箇所、そして、具体的な金額は削除され、その代わりに、「延期による影響については、両者は引き続き、共に評価し、議論していく」とだけ記されています。

 これではIOCが原文で表現していた肝心の部分が否定されたことにはなりません。つまり、追加費用のうちIOCが負担するのは数億ドルだけだという見解が否定されたことにはならないのです。

■負担金をめぐるせめぎ合い

 いま、明確に否定しておかなければ、やがてIOCの言い分が既成事実化してしまいかねないでしょう。なにしろ、IOCは原文で、「現行の契約の下、安倍首相が同意した」と記していたのですから・・・。

 一連の流れを見ていると、日本側の対応に危うさを感じざるをえません。

 IOC公式サイトの文章(原文)を読んで、誰もが印象に残るのは延期費用のうち、IOCが負担するのは数億ドルという箇所です。ところが、日本側はその箇所について、明確な訂正を要求していないのです。

 ジャーナリストの江川紹子氏もおそらく、そのことを危惧したのでしょう、自身のツイッターで、「「合意の事実はありません」に留まらず、日本は追加経費については払えません、ということを、日本側はまず宣言してもらいたい」という見解を示しています。(※ 2020年4月22日、ヤフーニュース)

 朝日新聞は記事の中で追加費用を約3千億円と見込んでいました。果たして、実際はどの程度になるのでしょうか。IOCの見解を踏まえれば、日本は途方もない金額を負担しなければならなくなる可能性があります。江川氏のいうように、「合意の事実はない」と指摘するだけではなく、「日本は追加費用の負担はできない」とはっきりというべきでしょう。

 ひょっとしたら、追加費用についてはっきり否定できない何かが、日本側にあるのかもしれません。

■開催への固執から一転して、延期で合意

 これまで何度か、オリンピックが中止されたことがあります。ところが、今回は、「延期」です。オリンピック史上はじめて、「延期」の決定がなされたのです。つまり、IOCは今回、敢えて、前例を覆す決定をしているのです。・・・、ということは、日本側が何らかの条件を提示して、IOCに「延期の決定」を要請した可能性があります。

 思い返せば、延期決定に至る経緯がなんとも不透明で、しかも、唐突でした。

 延期が決定されたのは、2020年3月24日でした。安倍首相がバッハIOC会長と電話で協議し、開催予定だったオリンピック、パラリンピックを1年程度延期することで合意したと報じられたのです。「東京2020」の名称を維持したまま、遅くても2021年夏までに開催することがIOC理事会で承認されたというのです。

 バッハ会長は、WHO(世界保健機構)のパンデミック宣言を踏まえ、日本からの延期の提案を承認したといいます。一方、安倍首相は事前の記者会見の場で、「完全な形での実施」ができなければ、延期も仕方がないと述べ、「中止は選択肢にない」と述べていました。両者の発言を突き合わせると、明らかに日本側の要望をIOCに聞き入れてもらったことになります。

 実際、バッハ会長は4月12日、ドイツ紙のインタビューに答え、「中止と違い、延期はIOCが独断では決められない」と語っています(※ 2020年4月13日、「日経新聞」)。

 こうしてみると、「延期」という選択は日本側の要望であったことがわかります。

 これまで開催予定だったオリンピックが中心になったケースはいくつかありますが、延期になったことは一度もなく、今回が初めてだそうです。

 最初に中止になったのは1916年のベルリン大会で、これは直前に始まった第1次世界大戦のせいでした。東京で開催されるはずだった1940年大会は、日中戦争のため1938年に返上しています。そして、1944年に予定されていたロンドン大会は第2次世界大戦のため、中止になりました(※ 日経新聞2020年3月12日)。

 これまでは、すべて戦争が原因で、予定されていた大会が中止になっています。

 ところが、今回はパンデミックが原因です。なぜ、中止ではなく、延期に決定されたのでしょうか。しかも、いつ収束するかもわからないのに、なぜ、「1年程度の延期」なのでしょうか。当時、私は不思議でなりませんでした。

 しかも、バッハ会長はドイツ紙のインタビューに答え、「中止の場合、IOCの保険が適用されるが、延期では適用されない」と述べています(※ 前掲。2020年4月13日、「日経新聞」)

 日本は保険が適用されなくても、中止ではなく、延期を選択したのです。当時の状況を思い返せば、アスリートや観客などを慮って延期を要望したわけではなさそうです。

■中止を要望する各国選手の声、競技団体の声

 新コロナウイルスの感染者は、中国の武漢市で発生して以来、瞬く間に世界に拡散していきました。感染者数は急増し、いつ収束するかもわかりません。感染は約170ヵ国・地域に広がっており、各国は出入国制限をするようになっていました。当然のことながら、五輪予選の延期や中止が相次いでいました。

 IOCによると、出場枠のうち、43%はまだ決まっていませんでした(※ 2020年3月23日 日経新聞)。誰が考えても、このままの状況では、オリンピックを今年7月に開催することは不可能でした。

 案の定、選手をはじめ現場の関係者から、次々と開催中止の声が上がり始めました。ついにはJOCの理事も中止発言をするようになりました。選手の健康、大会に向けたコンディションを考えたからでした。

 ところが、安倍首相、森大会委員長、小池都知事などの主催者は一様に、当事者の声を無視し、なんとしても開催すると言い張っていました。IOCも同様です。不自然なほど開催へのこだわりを見せていました。

 感染が拡大しはじめてから、IOCやバッハ会長がどのような発言をしてきたか、整理した図がありますので、ご紹介しましょう。


日経新聞、2020年3月23日

 イタリアで感染が急増しはじめた3月4日、バッハ会長は「東京五輪の成功に全力を尽くす」といっています。ところが、フランスやドイツ、スペインに感染が広がり始めた12日、「WHOの助言に従う」といっています。感染者が増えていく中、欧米を中心に選手や団体らがオリンピックの中止あるいは延期を求めるようになりました。IOCはこれらを無視することはできず、各国の選手代表らと電話会議をしたのが、3月18日です。

 翌19日に、バッハ会長はニューヨークタイムスの取材に、「違うシナリオを検討している」と答えており、それまでとはやや見解を変えました。それでも、21日段階ではまだ、「延期することはできない」とドイツのラジオ局の取材に答えていたようです。

 ところが、21日、スポンサーやTV放映権などでIOCに強い影響力のあるアメリカが延期に向けて動きだすと、IOCは、「延期」を含めた対応を検討すると発表したのです。22日の夜のことでした。

このころ、私はなぜ、IOCやJOCは選手や観客の健康に留意せず、ひたすら開催にこだわり続けるのか、不思議で仕方がありませんでした。

■延期決定の背後に見える、経済的損失

 各紙は、関西大学名誉教授の宮本勝浩氏の試算を踏まえ、延期なら6408億円の損失、中止なら4兆5151億円の損失になると報じました。これを読むと、中止ではなく、延期にしなければならなかったのは、損失が膨大になるからだということがわかります。中止になれば、開催することによって得られる収入がゼロになるのですから、当然です。とはいえ、4兆5151億円とは莫大な金額です。

 こうしてみてくると、日本側がIOCに強く要望し、その結果、「延期」が決定されたことが推察されます。

 日刊スポーツは4月29日、組織委員会の森喜朗会長に取材し、その内容を記事にしています。なぜ、中止ではなく、延期だったのか、森氏へのインタビュー結果は以下のようにまとめられています。

「日本での新型コロナウイルス感染者が増え始めた2月上旬、森会長は組織委の幹部に延期した場合のシミュレーションをするよう内々に指示していた。中止を回避するため聖火を日本に持ち帰り、先手を打って日本側からIOCへ延期を提案したことも明かした」(2020年4月29日、「日刊スポーツ」)

 延期の決定から1か月余が過ぎ、ようやく森喜朗会長も口を開く気になったのでしょうか。日本の主催者が一様に、「通常開催を目指す」と言い続けた理由は、「日本側がその姿勢を崩したら、IOCバッハ会長は喜んで「中止」を選択しただろう」と明かしたのです。

 当時、「延期」に持ち込むための不自然な言動が繰り返されていました。経済的損失を考えれば、いまさら中止にするわけにはいかなかったのでしょう。新型コロナウイルスの感染者が日増しに増えているなか、政府、組織委員会、東京都だけは現実を見ないように頬かむりして、「通常の開催」を唱え続けたのです。

「延期」に持ち込むことがどれほど難題だったか、森氏によって、その舞台裏が明かされたわけですが、その理由は、アスリートや観客の気持ちに配慮したからではなく、経済的損失をより少なくするためでした。

■負担金を支払えるのか。

 延期に伴う追加費用について、組織委員会とIOCは最大で3千億円程度と見積もっていました。これは先ほどの宮本氏の試算の半額以下です。主催者側が低い方の数字を取り上げ、采配していることからは、いかにも軽い負担のように人々に印象づけようとしているように思えます。

 新型コロナウイルスの感染は世界中に及び、人々の健康を脅かし、経済を破綻させています。オリンピックのスポンサー企業もまた、経済の悪化により資金の余裕がなくなりつつあります。

 エコノミストの試算によれば、夏ごろまで感染拡大が続けば、日本のGDPは7.8兆円減少し、上場企業の純利益は最大24.4%減ると見積もっています(※ 2020年3月23日、日経新聞)。いまや、追加費用を日本が負担できるのかどうかも危ぶまれる状況になっているのです。

 4月28日、古賀茂明氏は一連の騒動について、次のように述べています。

「元々五輪予算1兆3500億円のうち、IOCの負担は850億円で、全体のわずか6%強だ。1年延期のための費用は約3千億円とされるが、IOCに従来の割合を極端に超えて支払えと言える理由は特にない。しかも、小池百合子都知事、安倍晋三総理ともに五輪中止の選択肢はなく、交渉上の立場は弱い。そう考えると、IOCが巨額負担をする可能性はなく、IOCの発表は常識的なものだったと考えられる」(2020年4月28日、「AERAdot.」)

 延期に至る経緯を思い起こせば、古賀氏の指摘はとてもよく納得できます。IOCはおそらく、契約に基づいて、自身の負担金額を算出したと考えられます。算出基盤にゆるぎない自信を持っているからこそ、IOCは日本からクレームを受けても、要望をそのまま聞き入れ、該当箇所を削除したのでしょう。

 日本側も、IOCの算出基盤を理解しているからこそ、該当箇所を削除しただけの修正を是とし、問題にしなかった可能性が考えられます。

■不透明な意思決定過程

 森氏はインタビューに答え、日本側が一丸となって開催を主張し続けなければ、IOCは喜んで中止しただろうと述べていました。本来であれば、オリンピックは「中止」されるはずだったのです。ところが、日本側は経済的損失を恐れ、無理やり、「延期」に持ち込みました。

 当然、延期に伴う費用の負担についても、契約に基づく規定があったはずです。

 新型コロナウイルス感染が世界中に広がっているいま、どの国も経済が停滞し、追い詰められてきています。公式サイトでIOCが敢えて延期費用の負担に言及したのは、日本が規定通り費用を負担するか否か危惧し始めたからかもしれません。

 なにしろ、延期に至る意思決定過程はあまりにも不透明で、不自然でした。日本側は直近の経済的損失だけを考え、強引にオリンピック史上経験のない「延期」に持ち込みました。中止であれば保険が適用され、延期なら保険が適用されないというのに、日本側は敢えて、非合理な決定をしたのです。

 日本側の思考法や意思決定の在り方に、IOCが懸念を覚えていたとしても不思議はありません。バッハ会長がドイツ紙のインタビューに答え、費用負担を「数億ドル」と明かし(2020年4月13日、「日経新聞」)、IOCの公式サイトにも「数億ドル」と記載しました(4月21日)。一連の動きからは、今後の焦点が延期費用負担を巡るものであり、IOCが早々に日本側の動きを制したと考えられます。

 そのような流れのなか、安倍首相は4月28日、延期費用の支払いを約束した事実はないと否定しました。

こちら → https://www.asahi.com/articles/ASN4X4J07N4XUTFK01L.html

 確かに、安倍首相は衆議院予算委員会で、国民民主党の渡辺周氏の質問に答え、「IOCに対して費用を負うと約束した事実はない」と述べたと報じられています。同様の内容を「日刊スポーツ」も報じています。今回、安倍首相は公の場ではじめて、延期費用の負担を否定したのです。

 公式サイトにIOCの見解が掲載された時点(4月21日)では、安倍首相はこれについて言及せず、菅官房長官が、「追加費用に関する合意の事実はない」と述べていました。この文言には、合意には達していないが、話し合いはしたという含みがあります。ですから、両者が今後、話し合いを重ね、協議していくという方向につながります。

 ところが、今回、安倍首相は「IOCに対して費用を負うと約束した事実はない」と述べているのです。これは、責任者である首相がIOCの見解を完全否定したことになります。虚偽だと宣告しているようなものですから、今度はIOCからクレームがつけられても文句はいえません。

■誰のためのオリンピックなのか。

 安倍首相が、新型コロナウイルスの影響で「スポンサーのなかには厳しい状況の中にあるところもあると承知している」との認識を示したと朝日新聞は記しています。ですから、予算委員会で渡辺氏から質問された際、首相はとっさに国内世論やスポンサー企業を思い浮かべ、このような答弁をしたのかもしれません。

 実際、今の状態では、とてもオリンピックどころではないという意見が、国民からもスポンサー企業からも出てくるでしょう。

 IOCの見解を完全否定しておかなければ、大変なことになるという思いが、安倍首相の脳裏をよぎったのかもしれません。オリンピックを強引に、「延期」に持ち込んだように、開催を阻む要因をその場しのぎの答弁で抑え込もうとした可能性があります。

 一国の首相が、そのような行き当たりばったりの対応を繰り返せば、どのような結末を迎えることになるのでしょうか・・・。ふと、日本の将来に暗雲が垂れ込めているような気がしてきました。

 今回、オリンピックの延期に伴う費用負担を巡って、いろいろ調べてみました。はっきりと見えてきたのが、日本政府の意思決定過程がいかに不透明で、その場しのぎに終始しているかということでした。しかも、事後、納得できるような説明がありません。

 不透明だからこそ、非合理なこともまかり通ってしまいます。その結果、一見、思い通りに事が運んだように見えたとしても、最終的には大きな代償を支払うことになってしまうのです。

 延期費用を巡る騒動からは、日本政府の意思決定過程の不透明さが浮き彫りにされました。重大な意思決定が、理念もなく、合理性を欠き、データを踏まえずに行われていました。

 オリンピックはいったい誰のためのものなのか。日本政府をはじめ主催者側はその原点を踏まえず、不透明ななかで意思決定を行いました。経済的損失を第一義的に考えたからでした。その結果、今、延期費用についても迷走しています。理念を置き去りにした日本の態勢には、危うさと不安を感じずにはいられません。(2020/5/2 香取淳子)

新型コロナウイルスが露呈した日本の義務教育

■緊急事態宣言

 安倍首相は2020年4月7日、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県を対象に緊急事態宣言を発令すると発表しました。爆発的な感染の拡大や医療崩壊を防ぐには、外出の自粛などを徹底する必要があると判断したためで、この宣言の効力は4月8日の午前0時から5月6日までといいます。

 教育に関していえば、東京都はすでに2020年4月1日、都立高校の休校措置を5月6日まで延長すると発表していました。それに伴い、小中学校を所管する市区町村に対しても、休校の延長およびITを活用した学習支援への対応を要請していました。

このように、緊急事態宣言以前に、小中高の休校期間が5月6日まで延長されていましたから、別段、驚きはしませんでしたが、果たして、子どもたちの教育はどうなっているのか、とても気になりました。というのも、3月2日に全国の小中高が一斉に臨時休校に入ってから2か月間も、子どもたちは教育を受けることができないからでした。

 2020年2月27日、安倍首相は全国の小中高に対し、3月2日から一斉に、臨時休校を要請しました。ですから、今回、非常事態宣言を発令された都市の子どもたちは、2か月間も学校に通わないことになるのです。春休みを挟んでいるとはいえ、

 それにしても、3月2日、全国一斉に出された休校要請は唐突でした。

当時、日本はそれほど感染が広がっていませんでした。高齢者や基礎疾患のある人が多く感染しており、子どもへの感染は北海道以外、報告されていなかったはずです。それだけに、なぜ、安倍首相が感染対策として真っ先に、全国一斉に小中高の休校を要請するのか、私にはまったく理解することができませんでした。

子どもたちの感染率、その感染経路を明らかにしたうえで、一斉休校の措置をとるのならまだしも、そのような事実を踏まえた措置というわけではありませんでした。しかも、事前に対応策を練り上げないまま、突如、一斉休校が要請されたのです。

受験シーズンでしたから、動揺した子どもたちもいたことでしょう。なにより、共働きの家庭、ひとり親家庭の子どもたちは休校期間中、どこで、何をして、過ごすのでしょうか。その後、休校をいいことに、盛り場に出かけたり、ゲームセンター、カラオケなどに出向く中高生もいましたから、かえって、感染の機会を与えたようなものでした。

 果たして、感染症対策本部の基本方針はどうなっていたのでしょうか。

■2月25日に決定された、感染症対策の基本方針

 新型コロナウイルス感染症対策本部が、2020年2月25日に決定した基本方針は、以下のようなものでした。

こちら → https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

 これを読むと、全国一斉休校をしなければならないほど、子どもへの感染が心配されていたわけではありませんでした。

 感染症に対して現時点で本部が把握していることとして、「飛沫感染、接触感染であり、空気感染は起きていない」、感染力は様々であり、罹患しても軽症であったり、治癒する例も多いとしながらも、「高齢者、基礎疾患を有する者では重症化するリスクが高い」と記されています。対症療法が中心で、感染しても軽症が多く、多くの事例で感染力も低いことが示されています。子どもについてはなんら言及されていません。

 感染拡大防止策として、現行は、「患者クラスターに関係する施設の休業やイベントの自粛」、「高齢者施設等の施設内感染対策を徹底」、「公共交通機関等、多数の人の集まる施設における感染対策を徹底」とされています。そして、今後は、「外出の自粛、患者クラスターへの対応を継続、強化」、「学校等における感染対策の方針の提示及び学校等の臨時休業等の適切な実施に関して都道府県等から設置者等に要請」とされていました(pp.5-6)。子どもに関する事柄といえば、今後、休校もありうるという程度のものでした。

 この基本方針を読む限り、子どもへの感染が心配されるような記述は見られませんでした。ところが、基本方針決定の2日後の27日、全国の小中高の一斉休校が発表されました。この時点で一斉休校の必然性があったのかどうかわかりませんが、大きなインパクトがあったことは確かです。

 それでは、2月28日に開催された文部科学大臣の臨時記者会見の様子を見てみましょう。

こちら → https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00039.html

 記者から次のような興味深い質問が寄せられています。

「今段階、感染経路として学校がない状況で、休業することの効果、これについていかがお考えなのかということと、優先順位として、学校が最初だったという必要があったのでしょうか。もっと別のことが普通はあったと思うんですけど、政府内の検討というのはいかがだったんでしょうか」

 これに対し、萩生田光一文部科学大臣は次のように答えています。

「現段階では、学校での集団感染などは確認をされておりません。しかしながらここ数日間、学校関係者による罹患者が確認をされております。日頃から、児童生徒あるいは先生方が集団的な活動をする学校の場合は、これはこのコロナウイルスに限らずですね、やはり一斉に拡大する可能性が極めて高い場所だということを専門家の皆さんからも常々指摘をされてまいりました。(中略)万が一、学校でこのような事態が起これば、本当に児童生徒の生命健康を守ることができない事態になりかねない、こういう判断の中で学校、まず最初学校といいますか、子供たちの集まる学校施設をまず先に、という決断に至りました」

 このやり取りをみてもわかるように、子どもたちにまだ感染者がいない段階で、予防的措置として採られたのが全国一斉休校でした。この決定に違和感を覚えた人も多かったでしょうが、国内外の人々に大きなインパクトを与えたことも確かでした。

 国外に対しては、日本政府が果敢に新型コロナウイルス対策をしているという印象を与え、国内では、過剰に思えるほどの対応で新型コロナウイルスに対する警戒を喚起しました。その結果、子どもや保護者の生活、教育現場、教育業界へのしわ寄せ等々、さまざまな影響を引き起こしています。

 長期にわたる休校で、とくに気になるのが、義務教育課程の子どもたちへの影響です。文科省は義務教育に関し、どのような対策をとっているのでしょうか。

■文科省の対策

 新型コロナウイルスに対する文科省の対策は下記のHPにまとめられています。

こちら → https://www.mext.go.jp/a_menu/coronavirus/index.html

 教育コンテンツとしては、次のようなページが設定されています。

こちら → https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/mext_00460.html

 経産省、NHK、徳島教育委員会、文科省などが制作したさまざまなコンテンツがありますが、学校教育の代替となるコンテンツとは言い難く、これだけでは休校中の教育を補完することはできないでしょう。提供されたコンテンツをいろいろ見ていくと、もっとも適しているのが、NHKの教育番組だということがわかります。

こちら → https://www.nhk.or.jp/school/program/

 学年ごと、教科ごとにコンテンツが用意されており、これなら自宅学習の教材にふさわしいでしょう。これらのコンテンツを使った学習方法も紹介されています。

こちら → https://www.nhk.or.jp/school/ouchi/

 学習を進めるには、①ノートを用意、②インターネットでこのサイトにアクセス、③番組タイトルをもとに内容を予測、④番組を見る、⑤どんな番組だったか内容をノートにまとめる、⑥ノートを見せながら、誰かに話す、といった学習手順が推奨されていました。

 この通り実行すれば、おそらく、学習効果もある程度、期待できるのでしょう。それには保護者がある程度、関わっていくことが条件となります。

■一定の教育効果を果たしたTV幼児番組

 思い出すのが、『セサミストリート』というアメリカの幼児教育番組です。放送開始されたのが、1969年ですから、もう50年も前の番組です。

こちら → https://www.sesameworkshop.org/

 以前、私はこの番組について調べたことがあります。ジョンソン政権時に「ヘッドスタート」計画の一環として、幼児教育のために開発されたのが、この番組でした。幼児教育、発達心理学などの学者が参加し、年代に合わせ、必要な知識や技能を習得できるような工夫がされています。その一端をご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/BNNcpAcF0GM

 ビッグバードなどのキャラクターに引き付けられ、面白がって番組を見ていれば、自然にアルファベットを覚え、数字を理解し、日常生活のモラルを身につけられるというのが、この番組のセールスポイントでした。

 多くの学者がこの番組の視聴効果について研究しています。3歳児から5歳児までの子どもを対象にした調査結果では、どの年齢層の子どもも保護者とともに視聴した場合、継続的に視聴し続けた場合に学習効果が上がったことが報告されています。

 この番組では何よりも子どもたちが積極的に番組を視聴してくれることを重視していました。ですから、子どもたちの好きそうなぬいぐるみを番組進行のキャラクターとして設定し、1分以下の身近なセグメントにまとめられたアニメーションや歌、動画などに教育目標を盛り込み、制作されていました。

 その後、このような細かくセグメント化した制作手法は子どもたちの学習能力を高めないという見解をもつ人々が批判するようになりましたが、1960年代から1980年代ぐらいまでの間、教育環境に恵まれない幼児にとって学習効果を上げてきたことも事実です。

 もっとも、先ほどもいいましたように、親か保護者がともに視聴し、番組内容について語り合うというのが条件でした。子どもにただ、見せっぱなしにしているのではそれほど効果が期待できないというのです。

 NHKが学習方法を紹介しているように、番組をただ視聴するだけではなく、その内容について子どもがノートに書き留め、番組内容について誰かと話したりすると、学習効果が期待できるということになります。

■感染回避、授業の遅れをどうするか

 ブルック・オークシャー(Brooke Auxier)は、ピュー・リサーチ・センターの調査結果に基づき、教育における格差を指摘しています。

こちら → https://www.pewresearch.org/fact-tank/2020/03/16/as-schools-close-due-to-the-coronavirus-some-u-s-students-face-a-digital-homework-gap/

 新型コロナウイルスで休校になった子どもたちは、家庭学習においてデジタルギャップに直面しているというのです。自宅学習にインターネットを毎日あるいはほぼ毎日利用する13~14歳の子どもは58%、インターネットを学習に利用したことはないという子どもは6%だったといいます。これは居住する地域特性や両親の学習レベル、人種、収入などと相関しており、子どもたちの家庭学習には明らかな差異が見られるというのです。

 休校だからそのまま家庭学習に任せておけばいいということにはならず、学校教育が行われないこの期間に、子どもたちの学習レベルに差異が拡大するということになります。日本ではまだそのような調査結果はありませんが、学校再開後、学習能力の差異は拡大しているかもしれません。

 公立の小学校に通っている子どもは、始業式にプリントを渡された程度だったようですが、私立の小学校に通っている子どもは、ほぼ毎日、学校からオンラインで教材が送られており、保護者が先生の代わりになって学習をさせているようです。

 休校期間が長引けば長引くほど、通っている学校の違い、保護者の支援などで子どもたちの学習能力に差がつくことは明白です。自分で教材を選んだり、学習予定を組んだりすることができない小学生の場合、とくに家庭環境に違いが学習環境に違いとなってくるでしょう。

 小学生の場合、まだ先生か保護者の支援が必要ですから、休校の場合はオンライン学習と気軽にいってしまえない事情があります。このことは、たとえ、オンライン教育のための技術的な環境整備ができたとしても、今後の課題として認識しておく必要があるでしょう。

■日本のICT教育の遅れ

 2020年4月17日の日経新聞に、「ICT教育、海外に後れ」というタイトルの記事が掲載されました。読むと、2019年時点でのパソコン配備は小中学生5.4人に1台にとどまるといいます。

 さらに、2018年OECDの調査によると、1週間の数学の授業で「デジタル機器を利用しない」という日本の生徒の割合は89%で、加盟国平均の55%を大きく上回っています。OECDの加盟国は36ヵ国で、メキシコやチリ、トルコといった新興国も加盟しています。その平均値よりはるかに高く、日本では89%もの生徒がデジタル機器を利用しないと回答しているのです。

 先進国だと思っていた日本の義務教育が、なんとも嘆かわしい状況に置かれていることが露呈しました。

 てっきりインフラ整備の不備のせいだと思っていたのですが、著作権法に」阻まれて教科書のデータをインターネットに公開するのが難しいからだそうです。

 さらに、嘆かわしいことに、教員のITスキル不足が関係しているといいます。ICTを課題や学級活動で活用している日本の中学教員の割合は17.9%で、調査対象国48ヵ国・地域の中で下から2番目だというのです。


(日経新聞2019年6月19日より)

 上図を見ると、一目瞭然です。とくに中学校でICT教育がおざなりになっているのが心配です。これでも、前回より8.0ポイント上昇したというのですから、驚きです。ICT時代といわれながら、これまで日本の義務教育の現場では、なんらICTが活用されていなかったことになります。

 そればかりではありません。創造力や批判的思考力を鍛える指導でも、日本は劣っているというのです。

 「明らかな解法が存在しない課題を提示する」指導を頻繁に行っている中学教員の割合は平均37.5%に対し日本は16.1%でした。また、「批判的に考える必要がある課題を与える」指導では、加盟国平均61.0%に対し、日本は12.6%でした(※ 日経新聞2019年6月19日)。

 とくにクリティカルに考える思考力が鍛えられていないようです。今後、論理的思考能力が重要になる時代に、子どもたちは生きていきます。この子どもたちが義務教育の課程でその能力が鍛えられないとすれば、果たして、いつその能力を獲得できるのでしょうか。

 日本の義務教育では、ICTインフラ、教科書、教員、いずれをとっても、諸国に比べ、圧倒的に劣っているのです。一体、なぜ、ここまで放置されてきたのでしょうか。

 もちろん、教員や子どもばかりを責めることはできません。創造力や批判的思考力を阻む社会的圧力が日本社会に潜んでいることも影響しているでしょうし、競争を嫌う社会風潮も関係しているかもしれません。

 新型コロナウイルスを契機に今後、世界中が新たな社会に変貌していくことになるでしょう。子どもたちは、否応なく、ICTを駆使する力、創造力、批判的思考力を育てていく必要があります。

 日本の義務教育にいったい何が必要なのでしょうか。

 子どもたちの幸せのために、将来の動向を見据えたうえで、基本方針を練り直し、必要な教育を着実に実践していくことがなによりも大切だと思いました。(2020/4/21 香取淳子)

新型コロナウイルス騒動のさ中、5Gネットワークを考える。

■ソフトバンク、5Gサービス開始の発表

 2020年3月5日、ソフトバンクは3月27日から5Gサービスを開始すると発表しました。日本で初めての5Gサービス・商品の発表だったのですが、これはネット中継で行われました。観客のいない会場で行われ、ネットで公開されたのです。

 この変則的な発表は、会場でのウイルス感染を避けるための措置でした。新型コロナウイルス騒動のさ中、不特定多数のヒトが一堂に会すれば、ひょっとしたら、感染者が出るかもしれません。ソフトバンクはそのことを懸念したのです。

 中国の武漢市で見つかった新型コロナウイルスは、瞬く間に世界各地に拡散していきました。日本でも感染者が日々、報道されるようになり、人々の不安は高まる一方でした。感染対策のため、3月2日からは小中高が一斉に休校になりましたし、図書館、美術館、各種施設も休館になりました。地下鉄に乗ると、不必要な外出は避けるよう繰り返しアナウンスされ、人々はマスク、トイレットペーパー、保存食品等などを買い占めるようになっていました。

 そんな騒動のさ中、ソフトバンクの5Gサービスが発表されたのです。

 私はふと、この新型コロナウイルス騒動が、5G導入に向けた大きな契機になるかもしれないと思いました。なにしろ、まるでパンデミックさながら、瞬く間に感染者が世界に拡散していきましたから・・・。

 人々は人混みを避け、さまざまなイベントは中止になり、経済活動が停滞し始めました。このままではいずれ社会生活も成立しなくなります。テレワーク、オンライン会議、オンライン診療など、ヒトとの接触を避けられる遠隔コミュニケーションが注目されるようになりました。

 感染対応策として、まず、テレワークが奨励されるようになりました。

 さらに、厚生労働省は2月28日、慢性疾患の定期受診者に対するオンラインによる診療、処方、服薬指導等について、都道府県の関連部局に通知を出しました(※ https://www.mhlw.go.jp/content/000602230.pdf)。

 オンライン診療はこれまでその必要性が説かれながらも、診療の実施要件が難しく、なかなか普及しませんでした。ところが、今回の新型コロナウイルス騒動を受け、厚生労働省も重い腰を上げ、オンライン診療に踏み切らざるをえなくなったのです。

 もっとも、今回の通知でも、感染が疑われる患者の診療に対しては、依然として、対面診療が求められています。ところが、感染者との濃厚接触が疑われる患者等には、対面診療をせず、健康医療相談や受診勧奨を行っても差し支えないとされたのです。これまでと比べれば、一歩前進といえるでしょう。

 すでに感染が全国に拡散してしまった今、なによりもまず、感染者の行動を制限し、医療現場への感染を避ける手立てが必要でした。

■新型コロナウイルス騒動の中、優先すべきものは何か

 後手後手にまわった感染対策で、日本政府は信用を落としてしまいました。3月12日時点で、日本からの出国者には、35か国・地域から入国が制限され、76か国・地域から入国後14日間の隔離や観察処置などの行動が制限される始末です(※ https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56497330W0A300C2EA2000/)。

 日本政府が感染国からの入国を禁止せず、感染者の行動制限もしなかったせいで、いまや医療関係者が次々と感染しています。医療従事者が感染すれば、別の疾患で病院を訪れている患者も巻き添えをくいます。感染者がこのまま増え続け、制限もなく病院を訪れれば、やがては医療の崩壊といった事態も招きかねないでしょう。

 実際、イタリアでは感染者が急増し、医療崩壊に直面しているといいます。感染しているかどうか確かめるため、多数の人々がPCR検査を求めました。政府はそれに歯止めをかけることができず、無制限に応えてしまいました。その結果、医療従事者に大きな負担を強いただけではなく、医療現場を混乱させたばかりか、いたずらに感染を拡大させてしまったのです(※ https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56642800Q0A310C2910M00/)。

 日本政府はこれを他山の石とし、何を優先して取り組むべきなのかを見極め、今度こそ、適切に対処する必要があるでしょう。緊急事態だからこそ、優先順位をつけ、リーダーシップを発揮して感染対策に取り組んでほしいのですが、政府の動きを見ていると、必ずしもそうとはいえません。政府は感染力の強い新型コロナウイルスを水際で防ぐことができず、国内で感染者を出してしまった後も、感染者の行動に制限をかけていないのです。国民の生活を守ろうという姿勢が見えず、これでは将来が不安になります。

 興味深いことに、発生源の中国はすでに、今回の騒動を機に、5Gを活用したオンライン診療等を積極的に進めているといいます(“The Ecinomist” Mar. 5th 2020)。

 5Gを利用して、高精細画面でリアルタイムに患者とコミュニケーションができるようになれば、確かに、対面診療と遜色のないオンライン診療が可能になるでしょう。5Gは、ヒトが遠隔地とリアルタイムでつながり、リアルな状況下でコミュニケーションできるネットワークなのです。

■中国で進むオンライン診療

 2020年2月7日の『人民日報日本語版』によると、武漢協和病院と武漢科技大学付属天佑医院に、5Gスマート医療用ロボット2台が投入されたといいます。これらのロボットが医療スタッフをサポートし、診療のガイド、消毒、衛生管理、薬の配達などを行うのです。そうすることによって、院内での交差感染を減らし、院内隔離、管理、コントロールの水準を高めることができます。

 これらの病院にロボットを提供したのは、中国移動通信集団の湖北有限公司でした。その責任者によると、サービス用ロボットは、病院のロビーで診療のガイドを行い、予防知識を提供してスタッフの負担を軽減するとともに、院内感染を防止する役割を担うといいます。

 また、消毒・衛生管理ロボットは、感染の危険のあるゾーンで医薬品を配布したり、消毒液を適宜散布したり、床面を消毒・掃除するそうです。遠隔操作で決められたルートの消毒、衛生管理を行うことができ、人手によらず、一連の作業を行うことができるというのです(※ https://www.recordchina.co.jp/b779691-s10-c20-d0035.html)。

 驚いたことに、世界中が新型コロナウイルス騒動に手をこまねいているうちに、中国では着々と、医療現場での5Gサービスが展開されていたのです。なんとしたたかなことでしょう。

 オンライン医療に貢献しているといえば、スマホも同様です。医療アプリ「平安好医生」は、中国の大手保険会社が運営していますが、昨年9月、登録者数が3億人を超えたそうです。その勢いで、12月以降、タイにも進出しているといいます。

こちら → https://baike.baidu.com/item/%E5%B9%B3%E5%AE%89%E5%A5%BD%E5%8C%BB%E7%94%9F

 「平安好医生」は、専門医を紹介し、スマホで予約を取るサービスが好評で、登録者数を伸ばして来ました。今回の新型コロナウィルス対策に関しては、全国に無料でマスクを配布するため、「ウイルス対策司令室」を開設し、対処しているそうです。

 なにも「平安好医生」に限りません。中国で今、大きく躍進しているのが、対面コミュニケーションを必要としないオンライン診療、あるいは、ドローンや自動走行車を活用した無人の小口配送などでした。

 感染報道を見ていて気になるのは、中国が新しいテクノロジーを積極的に、感染対策や治療等に利用していることです。データ収集を兼ねているのでしょうが、今回の騒動を奇貨として、医療現場でさまざまな5Gサービスを展開することによって、5G時代の優位性を目指しているように思えます。

 たとえば、武漢の新型コロナウイルスの専門病院・火神山病院と北京の解放軍病院の専門家たちは、5Gネットワークを使って相互に意見を交わしながら、オンライン診療をしています。

こちら → https://www.afpbb.com/articles/-/3267783

 感染者を多数、受け入れている医療現場が、リアルタイムで感染症の専門家とやり取りをすれば、より適切な処置が可能です。専門家にとっても、これまでの知見を深化させることができ、洗練させていくことができます。さらに、膨大な感染者データを解析して、ワクチンや新薬を開発し、治験を行っていけば、やがては効果的な治療法も見いだせるようになるでしょう。

 武漢市の新型コロナウイルス医療の最前線では、最新のテクノロジーを活かした治療や感染対策が取られていました。事前の備えがあったからこそ、5Gを利用したオンライン会議、オンライン診療を行うことができたのでしょう。

■すでに始まっていた武漢市の5Gサービス

 今回、新型コロナウイルス騒動で一躍、世界的に有名になった武漢市ですが、調べてみると、なんと5Gの実験都市でもありました。

 2019年11月には、5Gを利用した無人の自動運転移動販売車が稼動しています。この自動販売車は、全周をカメラで監視しており、ヒトが手招きをすると近づき、飲み物と菓子のメニューを表示します。購入後の決済はQRコードのスキャンで行い、購入者に課金されるというシステムで動いているといいます。

 中国で初めての路線バスの自動運転も、実は、武漢市の深蘭科技が、東風汽車製の電動バスを使って、運行を開始しました。営業免許はやはり、2019年11月に交付されたそうです。車両には乗客の安全を見守る車内監視モニターが設置され、乗客が手ぶらで乗っても利用できるよう、料金収受のための指静脈認証システムなどが装備されているといいます。

 さらに、百度やアリババ集団などのIT系企業が、武漢市でさまざまな実証実験を行っているといいます(※ https://diamond.jp/articles/-/230317?page=2)。5Gを活用して、各種社会サービスを展開しようとしているのです。

 それにしても、なぜ中国がいち早く、新型コロナウイルスの感染対策として、5Gを適切に活用できたのでしょうか。私には不思議でなりませんでした。

 調べてみると、それは、中国がすでに2019年に実証実験を終了させていたからだということがわかりました。

 ジェトロは2018年5月29日、武漢市が中国移動通信と協力して、5Gの整備を進めていることを報告しています。武漢東湖新技術産業開発区に20基の5G基地局を設置し、実証実験を始めていたのです。

 2018年4月に武漢市政府が発表したロードマップによると、2020年には市内全体をカバーする5Gネットワークが完成し、以後、全面的な商用化を始めるということでした(※ https://www.jetro.go.jp/biznews/2018/05/bb238269c526dd56.html)。

 確かに、武漢市人民政府は2018年4月3日、5G基地局を設置することについて、通知を出していました。

 この通知で示された全体概念は、①指導理念、②作業目標、です。ご紹介しておきましょう。

 まず、指導理念として、5Gの情報インフラは戦略的で公共的なインフラであると位置づけています。そして、この情報インフラは、企業ニーズにも十分応えることができ、市の公共リソースを合理的に利用しながら、5Gのネットワーク展開と産業の刷新を加速させる基盤になるとしています。5Gネットワークによって、全国に先駆けて武漢市をスマート化し、産業との融合を推進し、武漢市全体の開発レベルを全国トップクラスにするとしているのです。

 次に、作業目標として、武漢市のさまざまな公共リソースを全面的に開放し、3,000基のマクロ基地局と27,000基以上のマイクロ基地局を構築し、5Gネットワ​​ークの実質的な実証実験を2018年末に開始するとしています。そして、2019年には武漢市で開催される第7回世界軍人スポーツ大会に向けて、商用利用のための5Gネットワ​​ークを提供し、2020年には都市全域をカバーする5Gネットワ​​ークを完成させ、それを完全に商用化するとしています(※ 《市人民政府办公厅关于印发武汉市5G基站规划建设实施方案的通知》、武汉办 [2018] 36号、2018年4月3日)。

 このロードマップを見ると、武漢市は中国の5Gネットワークの実験都市でもあることがわかります。2019年には武漢市全域にマクロ基地局、マイクロ基地局が設置され、さまざまな社会サービスに対応できるように計画されていたのです。

■武漢軍人スポーツ大会で示された、5Gとスポーツ融合の魅力

 2019年10月18日から27日までの10日間、武漢市スポーツセンターで第7回世界軍人スポーツ大会が開催されました。世界109か国から9308人の兵士が参加し、射撃、水泳、陸上競技など、さまざまな競技が行われました(※ 「2019年武汉军运会」、百科)。

 この競技大会では、各所に設置された5Gネットワークを活かし、高精細映像で捉えられた競技シーンが現場からリアルタイムで中継され、躍動感あふれるシーンを人々に届けました。

 たとえば、人民日報は、《经济日报》の記事を踏まえ、10月23日、海軍工科大学武漢ムーラン湖キャンパスで、海軍の5つの大会が行われたことを報告しています。競技シーンは5Gネットワークと4Kテクノロジーを利用して高精細画像で伝えられたといいます。

 実際にこの生中継を担当した、湖北モバイル・5G事務所の刘树为氏は、「5Gと4KパノラマHD画像での生中継は、スポーツの魅力とすばらしさを完璧に伝えることができます」と述べています(※ http://it.people.com.cn/n1/2019/1025/c1009-31419546.html)。

 会場には、新華社と中国移動が共同で設立した5Gコミュニケーションイノベーションラボが設置されており、リリースされたばかりの軍事ゲーム《兵兵突击》も展示されていたようです(※ http://www.xinhuanet.com/politics/2019-10/17/c_1125118991.htm)。

 ゲームの開発担当者は、このゲームには5Gならではの「高速、大容量」、「低遅延」という技術的特徴が活かされているので、ユーザーは没頭して楽しめると述べています。

 第7回世界軍人スポーツ大会では、さまざまな競技シーンが5Gならではの迫力ある画面で伝えられ、5Gで楽しめるゲームをリリースされました。スポーツ、ゲーム領域での5Gのデモンストレーションが行われていたのです。国際スポーツ大会が、5Gをアピールする 格好の 場として利用されていたのです。

 いずれにしても、武漢市が全国に先駆けて、5Gネットワークを実装し、公共的な目的は当然のこと、商用的な目的にも対応できるよう計画され、実行されていたことは明らかです。

 そういえば、日本でも、2020年開催のオリンピックを目途に、5Gネットワークの開始が計画されてきました。

 国際スポーツ大会は、国内外の老若男女を巻き込むことができるビッグイベントです。言葉を介さず、誰もが見て、楽しめるスポーツ大会ですから、内外に向けた宣伝装置として、これほどふさわしいものはないでしょう。だからこそ、東京オリンピック大会でも、5Gを駆使した臨場感あふれる映像の活用が企画されていたのです。

 2020年は日本にとって、5Gお披露目の年なのです。その先駆けとなったのが、ソフトバンクの5Gサービスの発表でした。ですから、今回はそのことを取り上げるつもりで、書き進めてきました。

 ところが、ソフトバンクのネット発表について書きはじめると、新型コロナウイルス騒動に触れずにいられなくなり、 つい、横道に逸れてしまったのです。中国の5Gサービスやロボットを活用した感染対策は、それほど興味深いものでした。

 さて、すっかり遅くなってしまいました。それでは、ネット中継で行われたソフトバンクの5Gサービスの発表に戻ることにしましょう。

■ソフトバンクの5Gサービスの内容

 3月5日、ネット中継されたソフトバンクの5Gサービス内容は、次のようなものでした。

こちら → https://youtu.be/XNeDglI_mPQ

 まず、エンタメとしての魅力については、AKB48のメンバーを起用し、①FR(多視点:多様な視点でアイドルを見ることができる)、②AR(拡張現実:アイドルとのつながりをシェアできる)、③VR(仮想現実:アイドルが目の前にいるかのように感じられる)等々をアピールしています。

 スポーツとしての魅力についても同様、野球選手、バスケットボール選手を起用し、FR、AR、VRの観点から訴求しています。これらのエンタメ、スポーツはいずれも独自のコンテンツとして配信するそうです。

 さらに、2020年6月からは、クラウドゲーミングサービスが開始されます。クラウド技術によって、いつでもどこでも、迫力ある映像のゲームを堪能できるとアピールしていました。400タイトル以上を提供するといいますが、これはエンタメやスポーツの倍以上になります。おそらく、ゲームこそが、5Gのスマホ初期ユーザーに訴求力があるコンテンツだという認識なのでしょう。

 ソフトバンクの発表内容からはどうやら、エンタメ、スポーツ、ゲーム中心の5Gサービスになるようです。初期ユーザーを若年層に設定して、サービス内容を考えたからでしょうか。

 確かに、ARやVRの開発者900人に対するXRDCの調査結果によると、AR、VR業界をけん引しているのは依然としてゲームだといいます(※ “WIRED”2019/08/27)。

 それを確認するため、“AR/VR Innovation Report”(XRDC, October 14-15, 2019)をダウンロードして見ました。すると、ARやVRの開発者が手掛けているプロジェクトはゲームが圧倒的に多くて59%、次いで、ゲーム以外のエンタメ(38%)、教育(33%)、トレーニング(27%)といった順でした(※ http://reg.xrdconf.com/AR-VR-Innovation-Report-2019)。

 ソフトバンクが初期ユーザー向けに設定したサービスは、エンタメ、スポーツ、ゲームでした。 XRDCの調査結果と照らし合わせれば、 高精細映像で5Gの魅力を堪能できる領域に集約されていることがわかります。

■日本では当面、対応エリアが限定

 3月27日のネットワーク開始に合わせ、ソフトバンクのデバイスが4機種、販売されます。価格別、機能別にさまざまなユーザーを想定して用意されていますが、留意しなければならないのは、全国どこでも利用できるわけではなく、当面、対応エリアが7都道府県の一部に限定されていることです。(※ 3月31日時点でのエリア https://cdn.softbank.jp/mobile/set/common/pdf/network/area/map/5g-area.pdf)。

 ネットを見ると、対応エリアが限定されていることに不満が高まっているようですが、なにもソフトバンクに限りません。先行するアメリカでも同様、エリアが限定されていることへの不満がありました。

 なぜ、対応エリアが限定されているのかといえば、それは、5Gの電波特性が原因です。5Gは確かに高速で大容量なのですが、届く範囲は狭く、それをカバーするには多数の基地局を設置しなければならないからなのです。

 電波特性をわかりやすく説明した図がありますので、ご紹介しましょう。


2020年3月7日付日経新聞より

 5Gを構成するミリ波は高速で、直進性があり、電波は数百メートルしか飛びません。しかも、建物や樹木ばかりか、雨が降ったりしても電波が遮られてしまうそうです。ですから、5Gネットワークの機能を活かすには、基地局を増やすしかないのですが、現時点ではまだ基地局が十分に設置されておらず、対応エリアが限定されるという現象が起きてくるのです。

 5Gは速度がこれまでの100倍で、タイムラグもほとんどありませんから、これからの産業や人々の生活を大きく変えると期待されています。ところが、5Gを開始しても当面は、対応エリアを限定しなければなりません。通信各社にとっては難題です。

 上図は、「5G、弱点克服へ「脱・自前」というタイトルの記事に添えられたものですが、その内容をみると、携帯大手各社は、通信設備の共用でコスト削減を図り、この弱点を克服しようとしているというものでした。

 基地局を設置する鉄塔や設備などを各社が共用することで、3~4割のコストが抑えられるというのです。ここに、民間で5Gを敷設していくことの難題が見えてきます。

 5Gを導入しなければ、世界に伍していくことができないのが現状です。それなのに、各社が競い合っているのでは競争力が削がれてしまいます。そこで、協同できるところは手を組むという判断に至ったのでしょう。どうやら、日本の通信各社は究極の策として、共用でコストダウンを図り、必要な基地局を設置していく方向に動いているようです。

 さて、この記事には、「5Gは3ステップで進化する」というタイトルの図が添えられていました。今後の展開の様子がわかりやすく図示されていましたので、ご紹介しておきましょう。


2020年3月7日付日経新聞より

 これを見ると、2020年は対応エリアが限定されており、5Gといってもまだ、ゲーム、エンタメ、スポーツなどのAR、VRサービスが主流のようです。これを見て、ようやく、ソフトバンクが提示した5Gサービスが、エンタメ、スポーツ、ゲームに偏っていた理由がわかりました。電波の特性から商用化できるサービスが限られていたのです。

 この図を見ると、5Gの機能を全面的に活用したサービスが可能になるのは、日本の場合、早くても2023年になるようです。

■5Gの取組みに見る日本と中国

 『平成29年版情報通信白書』には、「5Gは、ICT時代のIoT基盤として早期実現が期待されている」と書かれています。日本でも対応が急がれたのは、「世界各国で5Gの早期実現に向けた取組が進められて」いるからでした。

 日本でも2014年9月、 「第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)」 が設立され、5Gの導入に取り組んでいます。

こちら → https://5gmf.jp/

 5GMF は、2020年2月19から20日にかけて、「5G国際シンポジウム2020~5Gが創る未来~」をテーマとした、国際シンポジウムを開催しました。これについての報告は、2020年3月11日、5GMFのHPにアップされました。

こちら → https://5gmf.jp/event/20200311173135/

 第2部で、携帯電話事業各社による今後の事業展開の方向性、アプリ等についてのデモンストレーション、業界内外の連携等についてのパネルディスカッション等が行われたようです。実際に参加していませんので、具体的にどのような内容であったのか、よくわかりませんし、実証実験の展示やデモなども見ていないので、実状はよくわかりません。ですが、シンポジウムの概要や実証実験の写真等を見て、全般にもどかしさを感じました。5Gに関して日本は相当、出遅れているのではないかという印象を抱かざるをえなかったのです。

 このシンポジウムが開催されたのが2月でしたから、新型コロナウィルス騒動のせいかもしれませんが、海外からの参加者がきわめて少ないのです。わずか3か国(トルコ、インドネシア、韓国)からしか参加していません。5Gを先行開始した韓国はまだしも、5G先進国のアメリカや中国から一人も参加していないのが気になりました。

 一方、中国では、今回の新型コロナウィルスの感染対策として、5Gサービスを活用していました。医療現場では、オンライン診療をはじめ、院内感染を防ぐためのロボットによる診療ガイド、清掃、衛生管理が行われていました。また、物資輸送のため、ドローンや自動走行車が利用され、小口配送なども行われていました。実際に5Gによるサービスが稼動していたのです。

 日本が大幅に遅れているのは明らかでした。

 かつては技術立国日本とまでいわれたのに、なぜ、日本が5G領域で遅れを取っているのか、不思議でなりません。調べてみると、5Gの標準必須特許(standard-essential patent:SEP)の出願件数は中国が突出しており、34.02%を占めています(※ 2019年3月、独IPリテイックス調査による)。


2019年5月3日付 日経新聞 より

 企業別シェアをみると、トップがファーウェィで(中国、15.05%)、5位が中興通訊(ZTE)(中国、11.7%)、9位が中国電子科学技術研究院(CATT)(中国、7.27%)とトップテンの中に3社も入っています。中国は圧倒的な存在感を見せているのです。

 日経新聞はその理由について、「3G、4G通信技術で後塵を拝した中国は欧米のライバル企業に多くの特許料を支払わなければならなかった」ため、「次世代通信技術を『中国製造2025』の重点項目に位置づけ、国を挙げて5G関連技術の研究開発を支援してきた」からだと分析しています(※ 2019年5月3日付日経新聞)。

 たとえば、トップにランクされたファーウエイは2018年度、5Gを含む研究開発費に153億ドル(約1兆7100億円)を投じました。2014年度に比べ、2倍以上にも上ったそうです(※ 2019年4月30日付日刊工業新聞)。

 一方、日本企業はトップテンに入っておらず、富士通(日本、4%)がようやく12位にランクされた程度でした。中国に比べ、日本企業は圧倒的に資金力、研究環境、マンパワーなどが不足しています。そんな中、富士通はよく頑張ったといえるのかもしれません。

■5Gサービスの展開、新コロナウイルスの発生

 5Gサービスを2019年に先行開始したのが、アメリカ、韓国、中国でした。中国は11月1日に、国内50都市で5G商用サービスを開始しました。開始時点で1000万人の事前登録者がいたそうです。

 実証実験を経て、さまざまな社会サービス、商用サービスがちょうど実用化段階に達した頃、新型コロナウィルス騒動が発生しました。

 2020年1月23日、中国政府は武漢を封鎖し、周囲から遮断しました。それでも、新型コロナウィルスは瞬く間に世界中に拡散し、2020年3月17日時点で、感染者数は17万7421人、死者数は7044人に達しました。同時点で中国の感染者数は8万881人、死者数は3226人、感染者数、死者数とも中国以外の国の方が多くなりました。

 WHOが「パンデミック宣言」を出したのが、3月11日、遅すぎるといわれましたが、いまや感染の中心は欧米に移動しています。

 2020年3月10日、WHOのパンデミック宣言の前日、習近平主席は武漢市を訪問し、医療従事者や軍兵士、警官、ボランティアらを慰労しました。9日時点で、湖北省での感染者は17人、それ以外では2人と報じられました。おそらく、新型コロナウイルス騒動の終息をアピールするための訪問だったのでしょう。

 さて、中国では感染者がどのように分布しているのか、色分けして示された地図があります。見てみることにしましょう。

 上の図で、こげ茶色(2000人以上)で示されているのが、湖北省です。次いで多いのが、茶色(1500~1999人)で示されている河南省、湖南省です。この二つの省は湖北省に隣接しています。そして、沿岸部の広東省、浙江省です。

 それにしてもなぜ、感染者数、死者数とも湖北省(武漢市)の住民が、他地域に比べ、圧倒的に多いのか、私には不思議でした。そこで、数値で確認してみようと思います。

 CNNは、習氏が武漢を訪問した3月10日時点で、感染者8万754人のうち6万7760人、死者3136人のうち3024人が湖北省の住民だと報じていました。この数字に従えば、なんと、感染者のうち83.9%、死者のうち96.4%が湖北省の住民になります。

 感染者が発見されてまもなく、武漢市は封鎖され、外部との接触を断たれました。そのことが多少は影響しているのかもしれませんが、湖北省(武漢)の感染者の致死率は4.46%です。湖北省以外の中国の感染者の致死率は0.86%でしたから、湖北省(武漢)の致死率はなんと、その5倍以上にもなります。

 新型コロナウイルスは一般に、感染力は強いが、致死率は低いといわれています。それだけに、武漢市での致死率の高さはなんとも不気味です。今後、研究が進み、ウイルスの正体や感染経路が明らかになると、このような疑問も解明されるのでしょうが、いまはまだ腑に落ちません。

 そういえば、武漢市では5Gサービスが開始されていました。感染対策として、ロボットを使って医療現場の作業を軽減し、自動走行車を使って物資を配送していたのです。まだ実証実験段階にとどまっている日本からみれば、まるでデモンストレーション映像のように見えました。

 大勢のヒトの生命を奪い、行動を制限し、経済活動、社会活動を停滞させた新型コロナウイルスは、世界中に感染者を生み出しながら、5Gで駆動されるデータドリブン時代に誘導しているように、私には思えました。

 5Gは今後、さまざまな非接触、非対面作業への需要に応えることができるでしょう。中国は今回、感染対策、オンライン診療、自動走行などを通して大量のデータを収集していますから、そのビッグデータをAIで分析し、より適切な医療サービスに仕上げていくこともできるでしょう・・・。

 そんなことを思っているとき、何の脈絡もなく、ふっと、5Gが影響しているのではないかという思いが脳裏をかすめました。妄想かもしれません。

■ひょっとしたら・・・・?

 武漢市ではいち早く、全市に5Gネットワークが張り巡らされました。武漢市は自動車メーカー各社の集積地でもあります。

 すでに自動走行車が稼働していました。自動走行を可能にするには、5Gネットワークが機能していなければなりません。大量のデータが高速で送信され、受信され、解析され、フィードバックされて無人運転ができるのです。自動運転を可能にする強い電磁波が、身体に何らかの作用をしていたのではないかという疑いが思い浮かんできたのです。というのも、最近、「武漢で眼科医が相次いで新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなっている」という内容の記事を読んだばかりだからでした(※ https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200317-00000017-nkgendai-hlth)。

 思い返せば、いち早く新型肺炎の発生に警鐘を鳴らし、やがて命を落とすことになってしまったのは、まだ30代の武漢市の眼科医でした。

 なぜ、まだ30代の眼科医が感染し、重症化し、死に至ってしまったのか、気になっていました。そこで、調べてみると、「眼球は体表に位置しており、電磁界曝露の影響を受けやすい」とし、家兎に対するマイクロ波とミリ波による曝露の影響を調べた研究がありました。

 報告書を読んでみましたが、専門家ではないので、実験方法やその内容についてよく理解することはできませんでした。とはいえ、「曝露2日の前眼部所見は、角膜混濁がさらに増強され、眼球結膜(眼の白目部分)に充血が見られたことより、眼部の炎症が続いていることが伺えた」と書かれ、最後に、「40GHzと75GHz の周波数で比較した場合、同じ入射電力密度では、角膜および水晶体の温度上昇は75GHzの方が高くなることがわかった」という記述が見られました。

(※ https://www.tele.soumu.go.jp/resource/j/ele/body/report/pdf/h26_01.pdf)素人の私でも、電波の速度が速くなるにつれ、曝露されると眼球に負荷がかかり、発熱しやすいことは理解することができました。

 この結果は、調査のために武漢の病院を訪れた中国人医師がマスクをしていたのに感染し、発症前の数日間、目が充血していたと述べていた(前掲URL)ことと合致します。ひょっとしたら、5Gの強い電波を浴びた結果、眼球に負荷がかかって充血し、ウイルスに感染しやすい状況になっていたのかもしれません。あくまでも素人の推測にすぎませんが・・・。

■日本が、5Gの安全性の確認を

 総務省は、電磁波の影響に関する研究を支援し、人々の不安に対する取り組みを行っているようです。


総務省東海総合通信局より

 先ほどご紹介した眼球への影響に関する研究以外にも、神経作用、遺伝子、脳腫瘍、免疫システムなど、電磁波の影響については多数の関連研究が行われていました(※ https://www.tele.soumu.go.jp/j/sys/ele/seitai/protect/index.htm)。

 さまざまな研究成果を踏まえ、総務省は、現段階ではまだ実施例が少ない研究領域、近年報告が増えているが日本では行われていない研究領域、今後も留意していかなければならない研究領域などがあることを指摘しています。

(※ https://www.soumu.go.jp/main_content/000525626.pdf

 テクノロジー主導で社会が激変していく時代に、突如、新型コロナウィルスが登場し、瞬く間に世界中を混乱に陥れました。今や、各国で出入国の制限や行動制限が加えられるようになり、社会活動、経済活動は停滞してしまいました。この騒動を機に、非接触、非対面のコミュニケーションへの需要は高まり、世界は一挙に、5Gの時代に突入していくことでしょう。

 確かに、このような社会状況だからこそ、5Gの導入を急ぎたくなる気持ちもわかります。とはいえ、ヒトの身体や生物への悪影響を示す知見を無視することはできません。5Gの導入に出遅れた日本こそ、5G先進国にはできない、生命体への影響を調査し、その検証を徹底的に行ってみてはどうでしょうか。それもまた、大きな社会貢献になると思うのですが・・・。(2020/03/18 香取淳子)