ヒト、メディア、社会を考える

香取淳子のメディア日誌
このページでは、香取淳子が日常生活の中で見聞きするメディア現象やメディアコンテンツについての雑感を綴っていきます。メディアこそがヒトの感性、美意識、世界観を変え、人々の生活を変容させ、社会を変革していくと考えているからです。また、メディアに限らず、日々の出来事を通して、過去・現在・未来を深く見つめ、メディアの影響の痕跡を追っていきます。


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大学入試に「情報科目」導入、学びの現場はどうなるか。

■「第9回教育ITソリューションEXPO、第1回学校施設・サービス展」の開催
 2018年5月16日から18日まで、東京ビッグサイトの西ホールで、「第9回教育ITソリューションEXPO、第1回学校施設・サービス展」が開催されました。

 激変する社会状況の中で、未来の教育はどうあるべきか。喫緊の課題を巡って、教育業界、関連機器業界の人々が集い、交流する場が設けられたのです。会場では次世代の教育に向けた機器やサービスが種々、展示されており、それらについて説明を聞くこともできれば、体験することもできます。貴重な機会だと思いました。

 私は事前に、主催者からVIP招待状を送付されていました。案内リーフレットにざっと目を通し、教育を巡る最新動向を知るには、絶好のチャンスだと思いました。そこで、興味のあるセミナーに申し込みをし、16日の午後と17日の午後、セミナーと展示会に参加しました。

 16日昼頃、ゆりかもめの国際展示場正門前で下車すると、人々は続々とビッグサイトに向かっていきます。

こちら →
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 会場に入ると、すでに受け付け前には参加者が多数、並んでいました。受付を済ませると、カテゴリー別の入場バッジを首からぶら下げます。そのバッジは所属あるいは関心領域に従って色別されており、名刺を入れられるようになっていました。

 参加者が首からぶら下げた入場バッジは、小中高、大学、事務局、各種学校、塾・予備校、自治体、教材・教育コンテンツ、ICT機器といった具合に、色別にカテゴライズされた所属や関心領域が表示されていますから、おおよその目的が一目で判別できます。

こちら →
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 展示会場に入ると、どのブースもヒトでひしめき合っていました。確かに、いま、教育現場はどこも悩みを抱えています。子どもの人口減少に加え、教育内容の向上、未来社会に適応した人材育成、等々。さまざまな課題へのソリューションが求められています。

 人材育成という点では、学校だけではなく、さまざまな組織でも同様の悩みが発生しています。いまや、あらゆる領域で、AI主導で激変する社会に適合した、人材育成に努めなければならなくなっているのです。

 人手が足りず、資金も足りない中、AIを活用したシステムを導入していかざるをえなくなっているせいでしょうか、どのブースも、ニーズに適したICT機器、あるいは、AIを組み込んだサービスを探し求めるヒトで溢れかえっていました。

 展示会場には、学校やその他の組織が抱える課題を解決するための、さまざまなICT機器やAIを組み込んだサービスが展示されていました。主催者によれば、教育関連企業の約700社が出展したといいます。

■学びNEXTゾーン
 私が興味を覚えたのは、「学びNEXT」とネーミングされたゾーンでした。そこで見聞きしたいくつかのサービスをご紹介しましょう。

〇アーティック社
このゾーンに入ってすぐ、アーテック(ArTec)という会社のブースで、ワークショップが行われているのを目にしました。

こちら →
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 参加者たちはパソコンを前に、ブロック仕様の部品を使って、プログラミング演習をしていました。おそらく小学校の先生たちなのでしょう。

こちら →
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 講師の指示に従って、参加者たちはブロック仕様の部品を動かし、わからなくなれば随時、講師に質問をしていました。それぞれ真剣な面持ちで取り組んでいたのがとても印象的でした。

 そういえば、2020年には小学校課程でプログラミング教育が導入されます。先生たちも新たに学んだり、学び直していく必要に迫られているのでしょう。

 調べてみると、アーティックは2018年、ロボットプログラミングの推進によって、経済産業省から「ものづくり日本大賞特別賞」人材育成部門で受賞していました。

こちら →http://www.monodzukuri.meti.go.jp/backnumber/07/03_05_01.html

 若年層へのロボット教育へのハードルを下げ、小学校低学年から取り組める教材を開発したことが評価され、受賞したのです。

 すでに2万人もの生徒がこのロボットプログラミングを体験しており、来年も採用したいとする教師は98%、そして、生徒の授業への満足度は100%だったそうです。この結果からは、教師からも、生徒からも満足度の高い教育支援サービスだといえます。

こちら →http://www.artec-kk.co.jp/artecrobo/edu/
 
 ブロック型のプログラミングロボットなので、短時間で自由に組み立てられるだけではなく、子どもたちの独創性を活かせるところが、このサービスの利点といえます。しかも、アーティック社は、段階に応じた指導カリキュラムを開発し、プログラミング教室を開校しています。

 経産省は、こうした一連の業務をプログラミング教育の推進に寄与すると判断したのでしょう。「第4次産業革命を牽引する次世代人材の育成に貢献」として、アーティック社を高く評価しています。

 次に話を聞いたのが、ジンジャー・アップ社でした。

〇ジンジャー・アップ社
 このブースの前で目にした、「学びの未来の可視化」というキャッチコピーが気になって、立ち寄ってみたのが、ジンジャー・アップ社でした。「学びの可視化」とは一体、どういうことなのでしょうか。

 担当者に聞くと、「これまでのシステムとは違って、学習過程の履歴を蓄積できるので、どこで躓いたのかがわかる」、それが「学びの可視化」だということでした。

 ジンジャー社が提供する「学びの可視化」によって、学習者がこれまでの学習過程のどこで躓いたのかが具体的にわかるようになります。そうなれば、より適切に学習内容を改善することができますから、結果の向上につなげることができるというのです。すでに、いくつかの大学や官公庁、企業などで採用実績があるといいます。

こちら →http://www.gingerapp.co.jp/case/
 
 担当者から説明を聞いているときはよくわからなかったのですが、帰宅して調べてみると、ジンジャー社が提供しているサービスは、米国ADL(Advanced Distributed Learning)社が2013年4月に公開した新規格(xAPI=Experience API)に基づき、同社が開発した独自のシステムによって、運用されています。

 具体的にいえば、ジンジャー・アップ社はxAPI に基づき、LRS(Learning Record Store)を開発しました。xAPIというのは、これまでのeラーニングの世界標準規格(SCORM)の次世代規格です。新規格xAPIに基づいて、新たにジンジャー・アップ社が開発したのが、LRS(Learning Record Store)でした。

 LRSはさまざまなデバイスに対応しており、結果だけではなく学習履歴を詳細に記録することができます。トレーニングのトラッキングが可能なばかりではなく、複数のLSM間で履歴データの移行ができます。しかも、最新のwebテクノロジーが利用できるようになりますから、さまざまな教育関連の履歴を取得し、分析することができます。担当者は、データの関連づけによる新たな分析にも対応できるといいます。

こちら →https://xapi.co.jp/xapi-lrs/

 これまでの世界標準規格であるSCORMに基づくeラーニングでは、パソコンを使ってeラーニング教材の履歴管理をするぐらいのことしかできませんでした。ところが、xAPIに基づくLRSでは、さまざまなデバイスに対応していますし、複数のLRS間のデータ移行ができるようになりますから、さらにきめ細かなサービスを展開できるようになると担当者はいいます。

 こうしてみてくると、このシステムは、単に学校現場での利用に限らず、官公庁、企業での利用も可能だということがわかります。同社は、LRSを組入れたさまざまなサービスを展開しようとしていますが、導入実績が増えれば、データの蓄積もできます。分析の精度が上がりますから、さらに多様な展開も可能になるでしょう。場合によっては、人材不足が深刻になりつつある日本に必須の次世代サービスになるかもしれません。

 さて、お馴染みのペッパーを見つけ、思わず足を止めてしまったのが、ソフトバンクグループのブースでした。

〇ソフトバンク
 人型ロボット、ペッパーによるプログラミング教育を提唱しているのが、ソフトバンクでした。

こちら →
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 ペッパーを使って、子どもたちに親しまれやすく、わかりやすく、プログラミング教育を行っていこうというのがこのブースの謳い文句でした。小中学校282校へ2000台、3年間にわたって貸出し、9.1万人が受講予定だといいます。ソフトバンクは社会貢献事業の一つとしてこのプログラムを推進しています。

こちら →https://www.softbank.jp/robot/education/social/social02/

 ペッパーは身長121㎝、ちょうど小学校低学年の子どもの背丈です。子どもたちにとっては親しみやすく、話しかければ、応えてくれます。対面でコミュニケーションができる人型ロボットだからこそ提供できる機能を、ソフトバンクは強調しています。

こちら →
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 人型ロボットを操る面白さ、思いついたことは何でもペッパーを使ってやってみる気軽さ、そのような属性と機能は、子どもたちから主体的で積極的な学びを引き出してくれるかもしれません。しかも、このサービスでは、あらゆる科目に適合した教育内容を提供できるといいますから、どんな嗜好性を持った子どもにも対応できそうです。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 文科省はプログラミング教育を通して、対話的な学び、主体的な学び、深い学びを習得させようとしています。それら一連の学習過程を、このサービスではペッパーを通して実践できると担当者はいうのです。教科横断的なカリキュラムも提示されていました。

 もちろん、ペッパーをどのように授業に組み込んでいくか、具体的に示した教師用指導書も作成されています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 この教師用指導書は、World Robot Summitジュニア競技委員であり、相模女子大学小学部副校長の川原田康文氏が監修しています。

こちら →https://www.softbank.jp/robot/education/social/curriculum/

 川原田氏は、人型ロボットのペッパーを使ったプログラミング教育では、子どもたちが対面でコミュニケーションをしているつもりで授業に臨むことができるといいます。おそらく、そのことが利点になっているのでしょう。実際にペッパーを使ってプログラミング教育をしている中学校では、「授業が楽しい」と回答した生徒が87%にも上ったそうです。

 今回、展示会場に来てみて、改めて、2020年から小学校で始まるプログラミング教育に向けて、さまざまな取り組みが考えられ、実践されていることがわかりました。

 それでは、その背景となる社会的課題とは一体、何なのでしょうか。同時開催されたセミナーの一端をご紹介することにしましょう。

■セミナー
 関連セミナーに私は、16日午後に二つ、17日午後に一つ参加しました。いずれも会議棟7階で行われました。順にご紹介していきましょう。

〇「人工知能で教育はどう変わるのか?」
 5月16日13:00~14:00まで、国立情報学研究所コンテンツ科学研究系の山田誠二教授による、「人工知能で教育はどう変わるのか? ~教育xAIの現状と今後の展望~」というタイトルの講演が行われました。

 山田氏はAIについて全般的なお話をされましたが、私が興味を抱いたのは、最初にスクリーンに映し出された図でした。会場では文字が小さく、よく見えませんでしたので、帰宅してから、「2017年 日本のハイプサイクル」という言葉を手掛かりに調べてみたところ、会場で見たのと同じ図を見つけることができました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。https://gartner.co.jp/press/html/pr20171003-01.htmlより)

 会場でこの図を見ただけでは、なんのことかわかりませんでしたが、ネットで調べてみたようやく理解することができました。ハイプサイクルとは、市場に新しく登場した技術が成長し、成熟し、衰退、あるいは市場に定着するまでの過程を、横軸に「時間経過」、縦軸に「市場からの期待」を置いて各種デジタル・テクノロジーを図示したものでした。

 そもそも、ガートナーのハイプサイクルは、企業があるテクノロジーを採用するか否かを判断する際の参考指標として開発されたものだといいます。

 かつてガートナーは、2012年には「モバイル」「ソーシャル」「クラウド」「インフォーメーション(アナリティクス)」の4つを緊密でかつ複合的に連携することが、デジタル・ビジネスの推進力になると指摘してきました。時を経てみれば、実際、その通りになっていますから、ガートナーの将来予測についてはある程度信頼してもいいのでしょう。

 さて、上図のハイプサイクルから今後のデジタル・テクノロジーを予測すると、いま騒がれているブロックチェーンや人工知能は5年から10年で成熟期に入っていきます。そして、ビッグデータは10年以上先には幻滅期に入るとされていますから、その後はあまり騒がれずに定着に向かっていくのでしょう。

 山田氏は、いまはデジタル・テクノロジーの端境期にあるといわれましたが、この図をみると、たしかにそうなのだということがわかります。

 さらに調べてみると、ガートナーは2018年3月27日、「2020年までに企業の75%はI&Oのスキル・ギャップにより目に見える形でビジネスの破壊的変化を経験する」という見解を発表していました。(https://www.gartner.com/newsroom/id/3869879

 最新のデジタル・テクノロジーに基づくI&O(Infrastructure Operations)を採用しなければ、大多数の企業がビジネス・チャンスを失ってしまうというわけです。当然のことながら、今後はビジネスの態様も変容していかざるをえず、AIに取って代わられる職域もでてくるでしょう。

 オックスフォード大学の准教授マイケル・A・オズボーン氏らは2014年、今後、現在の職業の約半分が消滅してしまうという内容の論文を発表して、大きな反響を呼びました。ところが、ガートナーは最近、最新のインフラを導入し運用していかなければ、企業の75%は大きなダメージを受けるという報告を発表したのです。

 さて、山田氏の講演でもっとも興味を喚起させられたのが、ハイプサイクルというデジタル・テクノロジーの捉え方でした。各デジタル・テクノロジーには固有のライフサイクルがあるのだとすれば、事業体はそれを見極めて導入する姿勢が必要になってくるのでしょう。

 もう一つ、興味深かったのが、人間にとって簡単なことがAIには難しく、AIには常識的な社会性を持たせることが難しいと述べられたことでした。AIの導入に際しては、ヒトが行う認識と機械が行う認識とは異なるということに留意し、対処しなければならないことがわかりました。

 最後に、ITS(Intelligent Tutoring Systems)については、研究レベルではまだこれからだということでした。今後の可能性としては、学生モデルを導入し、学習者より少しレベルの高いAIを導入し、「一緒に勉強したら、楽しいな」という学習者のポジティブな感情を喚起しながら進めるのがいいといわれました。

 今後は、ヒトにできること、できないこと、AIにできること、できないこと、この見極めが大切になってくるのでしょう。
 
 次に行政からの見解をご紹介しましょう。

〇「情報活用能力におけるプログラミング教育」
 5月16日15:00~16:00まで、文科省 生涯学習制作局 情報教育課 情報教育振興室 室長の安彦広斉氏による「情報活用能力におけるプログラミング教育」というタイトルの講演が行われました。

 ここではまず、平成28年12月の中教審答申で決定された教科書改訂の背景について、説明されました。

 2011年に小学校に入学した子どもにとって、将来、現在の職業の65%が存在しない、あるいは、今後10年から20年で半数近くの仕事が自動化される、さらには、2045年には人工知能が人類を超えるシンギュラリティに達する、そういった未来予測に基づけば、自ずと教育内容を変えていかなければならない、という理由からでした。

 安彦氏は、第4次産業革命といわれる今、IT人材の需要が高まっているにもかかわらず、質量ともに足りないといいます。特にデータサイエンティストが足りないのが深刻で、Society5.0に向けた人材育成を推進していくことが喫緊の課題になっていると指摘します。つまり、2020年から小学校で導入されるプログラミング教育は必須なのです。

 いま、世界的に教育改革が推進されています。知識や情報を活用する能力、テクノロジーを活用する能力、言語・シンボル・テキストを活用する能力、等々が重要になってきているからでしょう。

 AIやICT主導で激変する社会環境に適応していこうとすれば、情報教育の質の向上を目指さざるをえず、情報活用能力の育成、教科指導におけるICT活用、校務の情報化、といった教育現場全体の改革が必要になっているのです。

 安彦氏によれば、学習指導要領に「情報活用能力」が規定されたのは今回が初めてだそうですし、小学校の指導要領に「プログラミング」が盛り込まれたにも初めてだそうです。初めて尽くしの中で、小学校では文字入力などの基本的操作を習得し、プログラミング的思考を育成していくことを目的とし、情報基礎力を養っていこうとしています。

 安彦氏はさらに、小学校で導入されるプログラミング教育については、どの教科で、どのような取り組みをしていくか、先生たちの不安をなくす必要があるといいます。そのため、文科省等は下記のサイトを設け、プログラミング教育の狙いと位置づけについて説明するとともに、さまざまな事例を紹介しています。

こちら →https://miraino-manabi.jp/

 最後に、教育現場からの見解をご紹介することにしましょう。

〇「灘校が実践する、個々の能力を引き出す教育 ~アクティブラーニングってなんだろう~」
 5月17日13:00~14:00まで、灘中学校・高等学校校長の和田孫博氏による「灘校が実践する、個々の能力を引き出す教育 ~アクティブラーニングってなんだろう~」というタイトルの講演が行われました。

 和田氏は、ITネイティブの時代には、スマホ、タブレットを使いこなし、ロボットやAIを駆使できる人材が必要だといいます。

 それには、①課題にいち早く気づくこと、これには好奇心、発想力が大切、②普遍的知識や技能を習得し活用すること、これには初等・中等教育が大切、③皆で力を合わせて課題に対処すること、これには協働性が大切、④解決法を編み出すこと、これには応用力、粘り強さが大切、といった具合に、AI時代に必要とされる課題と対応能力、そして、それらを涵養する時期や精神について述べられたのが印象的でした。

 いずれも納得できるものでしたが、とくに、初等・中等教育では、「普遍的知識や技能を習得し活用すること」を課題として挙げられたのが興味深く思えました。和田氏は言葉を継いで、専門化細分化された特殊な知識や技能は汎用性が少ないといい、ITネイティブの時代だからこそ、初等、中等教育が大切だと述べられたのです。

 言われてみれば確かに、専門化細分化されすぎた知識や技能は汎用性が少ないといえるかもしれません。次々と新しい技術が開発されては消えていく現状をみていると、多様な展開を期待できる確かな基礎力こそ重要なのだという気がしてきます。

 さて、AIが進化すると、さらにグローバル化が進みますが、そうなると、異文化コミュニケーション力が大切になってきます。それには他国の社会や文化はもちろんのこと、自国の社会や文化に対する認識を深めていかなければなりません。その基本となるのが、中等教育での教養です。

 こうしてみてくると、和田氏が指摘するように、ともすれば高等教育への通過点として捉えられがちな初等・中等教育の充実を図ることこそ、ITネイティブの時代には重要なことなのかもしれません。

 そして、灘校での事例を紹介してくださいました。その中で印象に残っているのが、中勘助の自伝的小説『銀の匙』を題材にした教育法です。ある教員はこの小説を教材に、生徒たちに3年かけて、言葉を調べさせ、文化や生活を徹底的に調べさせ、学習を自発的に深化させていきました。具体的にいえば、「銀の匙研究ノート」を使って、生徒たちに予習を促し、その積み重ねとして、アクティブに学習に取り組む姿勢を養うことができたのです。教員が編み出した独自の教育法でした。

 このようなユニークな指導ができるのは、灘校が教員の自由や独自性を尊重し、教材や指導法一切が自由だからでしょう。誰もが模倣できるものではありませんが、ITネイティブの時代だからこそ必要な教育法なのかもしれないと思いました。

■大学入試に「情報科目」導入、学びの現場はどうなるか。
 2018年5月18日、政府が大学入試にプログラミングなどの情報科目を導入する検討に入ったと新聞で報じられました(産経新聞)

こちら →https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180518-00000070-san-bus_all

 17日に開催された未来投資会議で、安倍首相は「人工知能、ビッグデータなどIT技術、情報処理の素養はこれからの時代の”読み書きそろばん”だ」と述べたというのです。

 これまでみてきたように、2020年から小学校課程にプログラミング教育が導入されることはすでに決まっています。

 ですから、この記事の力点は、高等教育での情報教育の必要性に置かれており、それには、大学入試に「情報科目」を導入するのが一番だということにあります。すでに米中など、世界の主要諸国では情報教育の高度化に取り組んでいます。この流れに出遅れては、AI主導で進むSociety5.0に取り残されてしまうという危機感から示された見解だとみるべきでしょう。

 いずれにしても小学校でのプログラミング教育の導入は決定されていますので、今後はいかに現場で混乱なくスムーズに展開できるか、生徒が着実に習得できるか、工夫していく必要があるでしょう。

 今回、私は3つのセミナーに参加しましたが、立場の違う演者の3人とも、冒頭で、AIやICTの進化による社会変化に触れられました。未来社会についての認識が共通だったのです。

 たしかに、今後20年~30年後の日本を概観すると、少子高齢化によって減少した労働人口を補うために、外国人、AI、ロボットに依存するようになっているでしょう。そして、そのころ世界は、人工知能が人類の頭脳を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)に達しているに違いありません。

 これまでは2045年といわれていましたが、最近は16年も早まり2029年にはシンギュラリティに達しているといわれています。

こちら →http://tocana.jp/2017/03/post_12665_entry.html

 グーグル者の技術ディレクターでもある未来学者のレイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)氏は、「機械のおかげで我々はより賢くなる」とし、「2030年には思考を司る大脳新皮質をクラウドネットワークに接続するつもり」だといっています。シンギュラリティを迎えた暁には機械を人間の脳に取り込むことによって「超人」が誕生するというのです。

 いずれにしても、情報技術は進化し続け、社会が今後さらに、ドラスティックな変容を迫られるのは必至でしょう。これまで繰り返しいってきたように、やがて、これまでのヒトの仕事の半数が無くなり、ビジネスの様態も大幅に変化してしまうのです。そうなれば、どのような人材が必要なのか、どのような教育体制を取るべきなのか、といったことが喫緊の課題になってきます。あらゆる人々がこの問題に目を向け、考えを巡らせていく必要があるでしょう。

 展示会場を訪れてみて、AI、あるいはICTを活用したさまざまなサービスが考案されているのを知りました。今回、ご紹介したのは3つの事業者のサービスでしたが、いずれもAIやICTを高度に活用した技術が使われていました。気になるのは、AIにはヒトが持っているものが欠けている、ということです。今後はおそらく、両者の欠けた領域を補い合った新技術が出てくるでしょう。

 展示会のブースで、丁寧に説明してくれた人々には、切磋琢磨して情報技術を高めていこうとする気概が感じられました。知識と技能を武器に戦っている人々が開発した新しいデジタル・テクノロジーやサービスを目にすることができ、とても刺激的で興味深い展示会でした。(2018/5/20 香取淳子)

紀行2018:創建1250年、春日大社に見た古の心

■春日三条通り
 奈良では、迷うことなく、ホテルフジタ奈良に宿泊しました。ネットで見ると、JR奈良駅や近鉄奈良駅へのアクセスが良く、全般に小綺麗な印象があったからです。行ってみると、ホテルは春日三条通りに面していました。この三条通りは観光客用に整備されており、土産物店などが両側に並んでいます。

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 ホテルは予想通り、快適な設えで、ロビーは外国人客で溢れていました。奈良にもやはり外国人客が押し寄せているのでしょう。日本人とは明らかに異なる欧米の顔、アジアの顔、インドの顔・・・。フロントで忙しそうに立ち働くスタッフの姿を見ていると、訪日外国人たちが、減少の一途を辿る日本の消費者の肩代わりをしてくれていることがわかります。

 そういえば、コンビニのローソンが古い町屋を改築したような建物でした。二階の格子戸に屋根瓦、1階の白壁、焦げ茶色の柱に腰板・・・、古都に合わせたデザインと色調で、周囲ともしっくり調和していました。このような日本風の建物はきっと、外国人消費者にも評判がいいでしょう。

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 日頃、見慣れているローソンとは違って、しっとりとした落ち着きがあります。改めて、私はいま、奈良の街を歩いているのだということを実感しました。

 さて、三条通りでは外国人を比較的多く見かけたのですが、少し歩き回ってみると、拍子抜けするほどヒトが少なく、街全体に活気がありません。

 夜になって、翌朝のバスツアーの出発場所を確認するため、奈良駅前に行ってみました。暗がりの中で、春日大社創建1250年を祝う看板が、照明で浮き上がって見えました。

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 撮影時刻は19:28分、まだヒトが動き回っている時間帯で、しかも駅前です。それなのにヒトが少なく、どちらかといえば、閑散とした印象を受けました。

■春日大社
 翌朝、観光バスを降り、春日大社の入り口に着くと、大きな石碑が置かれています。そこには世界遺産のマークとともに、古都奈良の文化財と刻まれていました。

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 なぜ、春日大社の石碑に、わざわざ「古都奈良の文化財」と刻まれているのかわかりませんでしたが、調べてみて、ようやくその理由がわかりました。春日大社が単独で世界遺産として登録されたわけではなく、東大寺、興福寺、春日原始林など、周辺の寺社と春日原始林とを合わせた8資産が評価されて、1998年にユネスコ世界遺産に登録されたのでした。

こちら →http://heiwa-ga-ichiban.jp/sekai/nara/index.html

 そこから、少し歩くと、大きな鳥居があります。

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 これは二之鳥居といいます。一之鳥居はここから約1.2㎞下ったところにありますが、私たちはバスで来たので、二之鳥居から南門に向かいます。

 この鳥居をくぐり、木々が茂ってうっそうとした景観の中を歩いていくと、いよいよ神域に入っていくような思いに駆られます。参拝者を見下ろすように、両側には石燈籠が数多く立ち並んでいます。

 春日大社の境内には石燈籠だけで約2000基あるといわれていますが、すべて春日型といわれる背が高いわりには安定感のある石燈籠でした。燈籠の間を鹿が動き回っています。

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 ガイドの説明によると、これらの石燈籠のほとんどが、「春日社」と刻みこまれていますが、ほんのわずか、「春日大明神」と刻まれたものがあるそうです。それを3つ見つけたヒトはお金持ちになれるということでした。

 説明を聞いてまもなく、「あった」、「あった」という声が後方から聞こえてきます。意外に簡単に見つかるものだと思いながらも、私は最初から諦めていたので、探そうともしませんでした。それよりも苔むした燈籠に惹かれ、ひたすら、見つめていました。

 圧巻でした。石燈籠からは、ここには存在しない多数のヒトの願いを感じさせられます。年数を経てきているだけに、石燈籠に託された無数の思いもまた重く、ひしひしと伝わってきます。

 見上げると、ここにも、「奉祝 春日大社創建1250年」と書かれた横断幕が掲げられていました。しばらく歩くと、やがて本殿南門に着きます。

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 ここには赤と白の垂れ幕が掲げられていました。

こちら →
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 ここまでの道のりを示した図を見つけましたので、ご紹介しましょう。

こちら →http://www.kasugataisha.or.jp/guidance/pdf/keidai_map-A4.pdf

 この図を見ると、本殿の東側に御蓋山があるのがわかります。前回、「若草山で古を偲ぶ」でご紹介したあの「御蓋(みかさ)山」です。

■本殿と神木
 春日大社が創建されたのが768年、いまから1250年前です。以来、春日大社本殿は、一般人が立ち入ることのできない聖域として守られてきました。それが、1250周年を迎えた今年、参拝することができるのです。

 本殿前にも、奉祝の立て看板が置かれていました。

こちら →
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 春日大社のHPによると、平城京ができたころ、国の繁栄と国民の幸せを願って、鹿島神宮(茨城県)から武甕槌命(タケミカヅチノミコト)を、御蓋山の山頂の浮雲峰(ウキグモノミネ)に迎え、その後、御蓋山の中腹にある現在の地に、社殿を造営したといいます。その際、香取神宮(千葉県)、牧岡神社(大阪府)から神様を招き、合わせて祀ったのが、春日大社の始まりだと書かれています。

 鹿島神社も香取神宮も武道の神様です。新しく創建された春日大社(当時は、春日神社)を守護するために、それらの神様が招かれるのも当然といえば当然なのでしょう。ですから、鹿島神社や香取神宮から神様が招かれた理由はわかります。それでは、牧岡神社はどうなのでしょうか、私はこの神社のことを知りません。

 そこで、調べてみると、牧岡神社の主祭神は、大和朝廷の祭祀をつかさどった中臣氏の祖神でした。また、牧岡神社のHPには、鹿島神社や香取神宮から招かれた神様もまた中臣氏と縁が深いと書かれています。

 Wikipediaによれば、中臣氏は、古代日本の神事・祭祀を司った中央豪族で、大化の改新(646年)後、中臣鎌足の子孫は藤原姓になりましたが、本系の中臣氏は姓を変えず、そのまま神事・祭祀職を世襲したと書かれています。

 こうしてみてくると、春日大社は明らかに藤原氏主導で創建されたことがわかります。

 春日大社の創建が768年ですから、ちょうど藤原氏が権勢を誇っていた時期と重なりますし、Wikipediaには、鹿島神社の武甕槌命(タケミカヅチノミコト)は藤原氏の氏神だと書かれています。ですから、まさに藤原氏が、この春日大社の創建を契機に、未来永劫、国と権力の安定を願ったのだといえるでしょう。

 本殿に入ると、ガイドから左手に誘導され、少し歩いて右に入ると、暗やみの中、別世界が広がっていました。そこを出ると、今度は、赤い回廊に沿って本殿を出ていくようになっていました。

こちら →
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 回廊の両側には数多くの釣り燈籠が掛けられており、それがまた、延々と続いています。春日大社の境内には釣り燈籠だけで約1000基はあるといわれています。先ほど、石燈籠の間を歩いてきたときに感じたような神聖な雰囲気が、ここでも漂っていました。大勢のヒトの思いが燈籠から発散されてくるからでしょうか。

■春日大社の神木
 本殿から左手に大きな木が見えました。

こちら →
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 巨大な幹、空を覆うように大きく伸びた枝や葉、まさに巨木です。幹には注連縄が飾られていますから、神木です。

 回廊を出て、間近でみると、その幹は驚くほど太く、圧倒するエネルギーを感じさせられます。また、幹の樹皮が創り出す文様が美しく、神木ならではの威容を誇っていました。

こちら →
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 これほどの巨木を目の前にすると、古代の日本人が神聖なものを感じたとしても不思議はないでしょう。注連縄を飾り、霊が籠った存在として大切にしてきたことが窺がわれます。

 境内では、藤もまた大きく根を張り、枝を自由に伸ばしていました。

こちら →
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 これほどの大きな藤の木をこれまで見たことがありません。
春日大社が藤原氏主導で作られたからでしょうか、境内では至る所で藤の木が目につきました。

こちら →
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 まるで石燈籠に巻き付くように、藤が枝を伸ばし、根を張り巡らせています。このような藤の古木に、凄まじいまでの繁殖力と生命力を感じさせられました。かつて権勢を誇った藤原氏を象徴しているような気がしました。

■春日大社の鹿
 春日大社を創建する際、鹿島神社の武甕槌命(タケミカヅチノミコト)は白い鹿に乗って、御蓋山の山頂に降り立ったとされています。ですから、遠いところから、神の使いである白い鹿に乗って、ここまでやってきたというのです。降り立ったのが、すぐ上の御蓋山です。ですから、御蓋山は春日大社のご神体であり、鹿は神の使いとして大切にされています。

 春日大社の境内では至る所で、鹿を見かけました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 石燈籠の合間を鹿が自由に行き来しています。どことなく弱弱しく、元気がありません。東大寺や奈良公園で見かける鹿と違って、あまり血色はよくなく、どちらかといえば、ヒトを避けて行動しているように見えました。

■春日大社宝物殿
 本殿を出て、向かった先が春日大社宝物殿です。ここには春日大社が所有する国宝352点、重要文化財971点が折々のテーマに沿って、展示されます。私が興味深く思ったのが、1階に展示されていた鼉(が)太鼓です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 どちらも装飾が繊細で美しく、実際にこの太鼓からどのような音が生み出されるのか、聞いてみたいような気になります。

 近寄ってみましょう。まずは向かって右に置かれた鼉太鼓です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 真ん中に火炎を象った装飾版を配し、中央上部に2羽の鳳凰が向かい合っている姿が刻まれています。鳳凰はすべての鳥の王とされ、優れた君主が現れて乱世が平定されて世の中が平和になったとき、飛んでくる瑞鳥だとされています。

 次は向かって左に置かれた鼉太鼓です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 こちらも真ん中に火炎を象った装飾版が配され、中央上部に2匹の龍が向かい合っている姿が象られています。龍は水の支配者として最高権力者のシンボルであり、また、吉祥のシンボルとして装飾品などに刻まれてきました。

 中国では、麒麟、鳳凰、亀、龍は、「四霊」に数えられるとされています。鼉太鼓は野外の舞楽演奏に使われる大型の太鼓を指しますが、この図案を見ると、中国文化の影響が色濃く反映されていることがわかります。

■春日大社の由来
 春日大社は平城京遷都(745年)に伴って創建されました。新しい都が今後、末永く継続し、平和な世の中が訪れるよう、祈願して作られたのです。その春日大社のご神体が御蓋山でした。鹿島神社の武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が、遠路はるばるこの地にやってきて、降り立ったといわれる山です。

 それにしても、なぜ、わざわざ鹿島神社、香取神宮から神様を招かなければならなかったのでしょうか。私には、それが不思議でした。そこで、いろいろ調べていると、春日大社宮司の葉室頼昭氏が書かれた「春日大社のご由緒」という文章を見つけることができました。

 春日大社に祭られている神様について、葉室氏は以下のように書いています。

 「春日大社第一殿にお祭りする武甕槌命(タケミカヅチノミコト)様と、第二殿の経津主命(フツヌシノミコト)様はともに、天照大神様のご子孫が高天原から天降りされるのに先立ち、大国主命様はじめ多くの神々と和平を結ぶ大功あった尊い神々で、関東の利根川のほとりに鹿島神宮と香取神宮に水を治める霊験あらたかでお力の強い神様としてお祭りされていました。第三殿の天児屋根命(アマコヤネノミコト)様は、天の岩戸にお籠りになった天照大神様にお出ましを願うべく、お祭りを行われた政事の神様で、河内国牧岡神社に比売神(ヒメガミ)様とともにお祭りされ、西日本で広く信仰されていました」

 それぞれの神様の春日大社に祭られるまでの状況が書かれています。そして、そのような神々をお招きする理由として、下記のように書かれています。

「それら尊い神様を平城京の鎮護のため、まず、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)様を神山と称えられる御蓋山山頂にお祭りし、それから数十年後の神護景雲2年(768)に、藤原氏の血を引く女帝・称徳天皇の思し召しにより、左大臣・藤原永手らが、神々がお鎮まりされるのにもっともふさわしい御蓋山山麓の神地に神殿を創建し、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)様ほか経津主命(フツヌシノミコト)様、藤原氏の祖先神となる天児屋根命(アマコヤネノミコト)様・比売神(ヒメガミ)様の三柱の神様をともにお祭りしたのがその始まりとされています」

 本殿には、四柱の神様が祭られています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。http://kuyomumairu.com/archives/1834より。)

 それでは、どうして遠方から香取・鹿島の神様が呼んでこられたのでしょうか。それについては、以下のように説明されています。

「(前略)大国主命の国譲りの神話と同様に信仰面で都を治め、ひいては日本全国を平和にご守護いただこうと、お力のある神様を勧請されたのでしょう。(後略)」

***
以上、「  」内の文章は、『日本の古社 春日大社』(淡交社、2003年刊)から引用しました。
***

 一連の文章を読み合わせると、以下のように理解することができます。

 当時は平城京でも水の確保が大変だったといいますから、「関東の利根川のほとりの鹿島神宮と香取神宮の、水を治める霊験あらたかでお力の強い神様」を招かれたのでしょう。この二柱の神様は武術の神様でもありますから、平城京の守護にはぴったりです。

 しかも、全国に知られた神話に登場する神様です。ですから、神話に基づく信仰心で、平城京を治めるだけではなく、日本全国をも平和に守護していただきたいという願いをこめて、この二柱の神様を春日大社にお招きしたのだということがわかりました。

■創建1250年、春日大社に見た古の心
 こうしてみてくると、春日大社の創建が、平城京だけではなく全国を視野に入れ、社会の安定を目指したものだったことがわかります。これだけ徹底して守護に力をいれていたということは、当時、社会状況がよほど不安定だったのでしょう。

 実際、大和朝廷が設立されて以来、何度も遷都を繰り返していました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。http://trendy.nikkeibp.co.jp/より)

 これを見ると、藤原京への遷都(694年)、平城京への遷都(710年)の後、740年になると、聖武天皇は恭仁宮、紫香楽宮、難波宮と3か所も居所を変えています。「宮」と名付けられているように、このときは遷都ではなく、居所と政務の場所を変えるだけでしたが・・・。

 挙句の果ては743年、聖武天皇は廬舎那仏の造営を発願しています。大仏を造立することでようやく気持ちが落ち着いたのでしょうか、745年、聖武天皇は再び、平城京に遷都しています。

 当時、藤原氏が大きな権勢を振るうようになっており、血なまぐさい事件が次々と起こっていたそうです。権力闘争の結果、政情が安定しなかっただけではなく、恨みに伴う祟りのような事象もさまざま発生していました。

 鎮護への思いはもちろんのこと、争うことなく、共存していこうという思いが高まっていたのでしょう。春日大社には、藤原氏の祖先神もお祭りされていますし、地元の神様、榎本神社も本殿近くにお祭りされています。共に力を合わせ、よりよい国にしていこうという願いが込められたことがわかります。

 先ほど、ご紹介した葉室氏は、これに関し、次のように書かれています。

「人間同士も共生するし、人間と祖先、人間と神様も共生する。そして神様同士もまた共生されるということなのです。これが日本人が古来より培ってきた共生という考え方です。すべてのものが共生してバランスをとる。そこにいのちが現れるという素晴らしい考え方です」(前掲)

 確かに、争うことなく生きていくには、この「共生」という考え方が重要なのかもしれません。ふと、境内で鹿が自由に行き来していたことを思い出しました。

 武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が乗ってきたといわれる白鹿ではありませんが、茶色い鹿が参拝者を気にせず、のびのびと我が物顔で、境内を動き回っていました。これもまた「共生」の一つの結果なのでしょう。

 創建1250周年を迎えた春日大社を訪れ、古のヒトが何を考え、どう生きようとしてきたのかが、ちょっとわかるような気がしました。主張を通し、自己利益追求に走れば、そこに必ず衝突が起こります。対立するものを排除すれば、必ず報復されます。なにかとヒトの世にトラブルはつきものですが、対処法がないわけではありません。

 さまざまなトラブルを回避しようとすれば、春日大社の創建の際、企図されたような「共生」の観念を共有していくのがいいのかもしれません。利害のバランスを取って棲み分ける、あるいは、共生する、といったような知恵はおそらく、どんな時代でも、どんな社会でも有効でしょう。

 今回、はじめて春日大社を訪れ、さまざまな発見がありました。そんな中で、もっとも古のヒトの心に近づいたのではないかと思えたのが、この「共生」という考え方でした。ヒトも動物もその他、森羅万象一切が共生できるシステムを、古代の日本人は生み出そうとしていたのです。なかなか実現するものではないとしても、そのように考えることができた古の日本人を素晴らしいと思いました。

 春日大社で束の間、古の心に触れることができました。今の自分、そして、現代社会を振り返ってみる機会を与えられ、もやもやしたものが飛び去ったような気分になりました。(2018/5/11 香取淳子)

紀行2018:若草山で古を偲ぶ

 今年のゴールデンウィークは関西に行ってきました。久しぶりに奈良、京都を訪れ、日本文化の源流に触れて見たくなったのです。奈良と京都ではそれぞれ、現地のバスツアーに参加しました。

 まずは奈良から見ていくことにしましょう。

■新緑の若草山
 奈良観光バスツアーの最後に訪れたのが、若草山でした。

こちら →
(奈良県公式ホームページより。図をクリックすると、拡大します)

 バスの車窓から見る木々の緑がまばゆいばかりでした。新緑が目にしみます。柔らかな緑色の葉先が風邪に揺らぎ、新しい生命の息吹をまき散らしていました。まさに早緑月です。久しぶりに春の輝きを目にし、なんともいえない幸福感が沸き立ってきました。

 若草山といえば子どものころ、祖母に連れられて来たことがあります。遠い記憶を探ってみると、やはり早緑の清々しさ、そして微かに、芝草の上に悠然と座っていた鹿の姿が思い浮かびます。

 「早緑」という言葉を知ったのも、ここでした。聞きなれない言葉でしたが、母から説明され、ようやく理解したことも思い出しました。柔らかく幼く、そして、未熟な緑色です。これが成長していくと、濃い緑色に変化していきます。

 木々が芽吹き始めた頃の葉の色が、「早緑」なのです。緑に「早」という言葉を加えるだけで、若さ、柔らかさ、幼さなどを表現しています。黄緑色ではなく、「早緑」としたところが興味深く、しばらく、子どものころの思い出に浸っていました。

 古の日本人は、芽吹いたばかりの葉の色を、単なる色のスケールとして捉え、表現しているわけではありませんでした。折々の葉の色の微妙な変化を見逃さず、そこに成長の痕跡を見出したのでしょう。「早」に成長の概念を込め、新緑の繊細な色合いを表現しようとしていたことがわかります。

 「早緑」という言葉には、ヒトの想像力を刺激する多様性、柔軟性、斬新さが感じられます。このようなネーミングに、かつての日本人が自然の移り変わりに合わせ、微かな変化も見逃さずに受け入れ、生きてきたプロセスを窺い知ることができます。自然と一体化した色彩の捉え方に惹かれます。

■三重目
 バスを降り、なだらかな斜面に沿って、若草山の頂上付近まで登ってくると、急に視界が大きく開けます。大きな木は見当たらず、芝草で覆われたなだらかな丘陵が不思議な安らぎを与えてくれます。辺り一帯に、柔らかく、優しく、静かに、そこを訪れたヒトを包み込んでくれる鷹揚さがありました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 調べてみると、若草山の開山期間は、春(3月15日から6月15日)と秋(9月13日から11月24日)に限られていました。それ以外の期間は芝草を保護するため、立ち入ることができないのです。ここは、いわば聖域でした。

 このことを知ってはじめて、ここを訪れたとき感じた不思議な安らぎの原因が理解できたような気がしました。この地域一帯は、ヒトに保護されながら、古の自然がいまなお生かされていた場所だったのです。脈々と続く自然の営みに、ヒトがそっと寄り添い見守ることで、その姿を保ち続けていることがわかります。

 さて、三重目と書かれた標識の下には眺望が広がっていました。遠くは靄のようなものでけぶって見えますが、ここに立つと、奈良盆地が一目で見渡せます。

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(図をクリックすると、拡大します)

 ガイドの説明によると、ここの山はお椀を伏せたような形なので、「一重目」、「二重目」という数え方をするそうです。そういえば、富士山などは「一合目」「二合目」という数え方をします。不思議だなと思って調べてみました。

■三笠山と御蓋(みかさ)山
 若草山は、麓から見ると、一つの山にしか見えませんが、実は、笠を伏せたような形状の山が三段連なっています。ですから、一重、二重、三重という呼び方をしたのでしょう。笠が三段重なっているように見えるので、昔は「三笠山」といわれていたそうです。

 「三笠山」と聞いて、ふと、「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」という句を思い出しました。子どものころはお正月になると必ず、百人一首で遊んでいたので、この句はいまでもよく覚えています。

 「春日なる 三笠の山」と歌われていますから、芝草で覆われた、この山を指しているのでしょう。麓には春日大社があります。まさに、「春日にある三笠山」なのです。阿倍仲麻呂が詠んだ和歌で、『古今集』に載っています。

 「三笠の山」と書かれていることが多いので、この若草山と混同してしまいやすいのですが、ここで歌われていたのは「御蓋(みかさ)山」のようです。

こちら →
http://www.pref.nara.jp/koho/kenmindayori/tayori/t2011/tayori2306/manyou2306.htm

 どちらも春日にある隣同士の山なので、混同しやすいのは確かです。春日山原始林には若草山、御蓋(みかさ)山、高円山が連なっています。わかりやすいように単純表記された図を見つけましたので、ご紹介しましょう。

こちら →
(http://blog.narasaku.com/?eid=805755より。)

 丸く、なだらかな山並みを見ていると、思わず、気持ちがなごんでしまいます。遣唐使としてここから唐に渡った阿部仲麻呂が、望郷の思いに駆られてこの句を詠んだのもわかるような気がします。実際に登ってきてみると、確かに、この山にはヒトを受け入れる優しさがありました。

 さて、この若草山は、標高342m、広さ33haのなだらかな山です。頂上付近が三重目で、そこには鶯塚古墳があります。ここに来るまで、こんなところに古墳があるとは思いもしませんでした。

■鶯塚古墳
 三重目からさらに頂上に向かって登っていくと、史跡がありました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 近くにその案内板もありました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 これを見ると、鶯塚古墳は、全長103m、前方部の幅50m、後円部の径61mの前方後円墳だと書かれています。そして、二段築造の墳丘には葺石や埴輪があり、石製斧や内行花文鏡などが出土していたとも記されています。

 さらに、この案内板では、種々、説明した上で、四世紀末に丘陵頂部に築造された典型的な前期古墳だと断定されています。

 ところが、Wikipediaを見ると、「山頂の地形を利用した古墳は古墳時代の前期のものと考えられたこともあったが、滑石製品の採集で、この古墳については5世紀初頭まで時期が降るのではないかと考えられている」と書かれています。古墳周辺の出土品から判断すると、どうやら、この古墳が築造されたのは案内板に示されているより、もっと新しいようです。

 この古墳は1936年に国の史跡に指定されました。興味深いのは、清少納言の枕草子に、「うぐいすの陵(みささぎ)」と書かれているのがこの古墳だとされていることです。

 調べてみると、枕草子第十六段に「みささぎ(陵)は うぐいすのみささぎ かしはぎのみささぎ あめのみささぎ」と書かれています。

 これだけだと何のことかわかりませんが、第一段の有名な一節、「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる」を照らし合わせて考えてみると、御陵で素晴らしいのは、「鶯の陵、柏木の陵、・・・」といった具合に、読み解くことができます。

 枕草子の「・・・は」で始まる文章は、第一段と、第十段から第十九段まで続きます。いずれも、「・・・は」で示されたもので素晴らしいものが挙げられています。
 
 おそらく、枕草子が書かれた当時、御陵として素晴らしいのは「鶯の陵」だというイメージが共有されていたのでしょう。山頂の地形を利用して築造されたこの古墳の妙を愛でる当時の識者の感性を、私は興味深く思いました。

 初期古墳は山の麓か丘に築造されていたようです。後に、平野に作られるようになりましたから、長い間、この鶯古墳は前期古墳と考えられていました。ところが、出土品などから、その後、中期の古墳だと修正されました。

 ですから、枕草子が書かれた当時はまだ、鶯の古墳は古い時代の古墳と考えられていたのでしょう。「みささぎ(陵)は うぐいすのみささぎ」という評価の中に、古墳の中でも古いものを愛でる気持ち、規模の小さなものを愛おしむ気持ちを読み取ることができます。私には、平安時代の識者がとても身近な存在に思えてきました。

■鹿
 奈良公園一帯には鹿が多数、見かけました。ですから、この若草山の山頂に鹿がいたからといって、とくに驚くことはないのですが、この山頂付近にいる鹿にはどことなく悠然とした面持ちがありました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 ヒトが来ても食べ物をねだるわけではなく、近づいて来て、ちょっかいをかけるわけでもありません。視線を向けることすらせず、泰然として座っていました。我関せずの姿勢がとても印象的でした。

 ガイドの話によると、山頂の鹿はここで生まれて、ここで死んでいくそうです。他の世界を知ることなく、この山頂だけを生活の場として生きるのです。そのようにして守られた環境の中で、代々、生を育んできたのでしょう。ビクともしない姿勢には毅然とした優雅ささえ感じられました。

 ホテルに戻って、テレビを見ていると、今年初めての鹿が誕生したというニュースが流れていました。

こちら →https://www.jiji.com/jc/movie?p=n000897

 鹿の出産のピークは5月中旬から6月にかけてで、毎年、250頭ほどが生まれるそうです。

■若草山で見た古の心
 奈良で参加した現地バスツアーの最後に訪れたのが、若草山でした。三重目付近の山頂には、古の日本人を感じさせるものがいくつかありました。しばらく佇んでいると、奈良時代にタイムスリップしたような気になってしまいました。

 若草山はヒトの入山が制限されています。そのせいか、若草山の頂上に立っていると、不思議な感覚が立ち上がってきます。かつてこの地で生きたヒトがとても身近に感じられるのです。ふとした瞬間に、彼らと同じ空気を吸い、同じ景色を見ているような錯覚を覚えてしまいます。

 連綿と続いていくもの、繊細で規模の小さいもの、そういうものを愛しむ気持ちこそが、自然を理解し、自然と調和し、共存していけるからではないか、そんな思いがふと、胸をよぎりました。

 若草山で見た、芝草で覆われた山肌、鹿、古墳史跡、いずれもどことなく穏やかで、ヒトを包み込む鷹揚さが見られました。そのせいでしょうか。若草山に、いっとき、古の心を見た思いがしたのです。(2018/5/10 香取淳子)

ネット文学はチャイニーズ・ドリームになりうるか?

 AI、ICTが今、社会を激変させようとしています。多くのことが予測可能になり、可視化されつつあります。いつの間にか、知ろうとしさえすれば、自分の寿命までわかってしまいかねない時代になってしまいました。果たして、ヒトは将来に夢を抱いて生きていけるものなのでしょうか。

 そんなことをぼんやり考えているとき、ふと、「第8回コンテンツ東京」で出会った、ネット文学サイトを運営している中国企業の若い責任者の顔が思い浮かびました。混雑する展示場の一角で、熱く未来を語っていた姿がとても印象的でした。

 振り返ってみましょう。

■第8回コンテンツ東京
 「第8回コンテンツ東京」が東京ビッグサイトで開催されました。期間は2018年4月4日から6日まで、コンテンツに関連する7展が同時に開催され、1540社が出展しました。

 関連する7展とは、「クリエーターEXPO」「グラフィックデザインEXPO」「先端デジタル テクノロジー展」「映像・CG制作展」「コンテンツ マーケティングEXPO」「ライセンシング ジャパン」「コンテンツ配信・管理 ソリューション展」、等々です。

 セミナーであれ、商品やサービスの展示であれ、東展示棟を巡れば、関連事業の内容や各業界の新動向がすぐにもわかる仕組みになっていました。7展が同時に開催されていたので、効率的に激変するコンテンツ業界の動きを把握することができます。

 主催者側が撮影した初日の会場風景をみると、ヒトで溢れかえっているのがわかります。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 私は5日と6日の午後に訪れたせいか、これほど混んではいませんでした。アニメの最新動向を知りたくて、最初に訪れたのが映像・CG制作展でした。印象深かったのが、台湾の制作会社が創るキャラクターです。

■コンピュータを駆使した造形
 これを見て、なによりもまず、精緻な造り込みに惹き付けられました。微妙な色彩、光の処理、質感、本物かと見まがうほどの描写力であり、造形力です。しばらく見入ってしまいました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。SHINWORKより)

 素晴らしいと思いました。モチーフの企画力といい、形にしていく技術力といい、リアリティを添える色彩感覚といい、秀逸さがきわだっていたのが印象的です。

 制作したのは、台湾の制作会社「形之遊创意科技有限公司」です。

こちら →http://www.shinwork.com/

 訪れたときはわからなかったのですが、帰宅してネットを見ると、こちらはこのブースの共同出展社でした。主な出展社はXPEC Art Center INC.です。この会社もまた、魅力的なキャラクター造形をしていました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。XACより)

 背景色の諧調はまるで絵画のようにきめ細かく、深みがあり、見事としかいいようがありません。これをすべてコンピュータで作り上げているのです。上記の図の画素数は、通常の写真の何倍にも及ぶ精緻なものでした。この会社はゲーム、アニメ、CG映像などを専門分野としており、今回初めて、東京ビッグサイトに出展したようです。

こちら →http://www.xpecartcenter.com/

 これ以外にも、さまざまなテイストのキャラクターや映像が制作されていました。このような制作力の高い会社が、全世界からゲームやアニメのキャラクター造形を請け負い、CG、VFXなどの映像製作を請け負っているのです。

 果たして、日本は大丈夫なのでしょうか。ふと、そんな思いが胸をよぎりました。

 アニメ、ゲームの日本といわれながら、若手の人材不足が続いています。そのせいか、コンピュータを駆使した造形は、日本ではいまひとつです。その一方で、周辺国は技術力、構想力を高め、日本アニメに追随してきています。展示会場では、たまたま台湾の制作会社の作品の一部を見ただけですが、これでは日本の制作会社も決してうかうかしていられないなと思ってしまいました。

 さて、そのコーナーの一角で出展していたのが、中国最大のネットコンテンツ集団、阅文集团(China Literature Ltd.)でした。ふと見た、立て看板のキャッチコピーに惹かれ、思わず、足を止めました。

■阅文集团
 立て看板には、阅文集团はアニメならトップ20のうち80%、オンラインゲームなら累計ダウンロード数でトップ20の75%、そして、国内ドラマならトップ20の75%を占めると書かれていました。アニメであれ、ゲームであれ、ドラマであれ、阅文集团はどうやら、人気作品を量産している企業のようです。

 この立て看板が謳いあげているように、阅文集团が、ジャンルを問わず、中国のネット・エンターテイメントの領域を占拠しているのだとすれば、多少は、このブースの責任者から話を聞いておく必要があるかもしれません。

 実際、中国はいま、E-コマース、ネット決済などの領域で日本よりも一歩進んでいます。ネット・エンターテイメントの領域でも中国になにか新しい動きがあるかもしれません。そう思って、責任者に話を聞いてみることにしました。

 残念ながら、私の中国語はまだ込み入った会話ができるレベルではありません。責任者と話しているうちに、よほどもどかしく思ったのでしょう、通訳を介しての話し合いとなりました。

 おかげで誤解していたことがわかったこともありました。アニメゾーンで出展されていたので、私はてっきり、阅文集团をアニメ会社だと思っていたのですが、話をしているうちに、実はそうではなく、中心はネット文学のサイト運営だということがわかってきました。その派生事業として、ネット小説を原作とし、アニメやドラマなどを制作している事業者でした。

 帰宅してから調べてみると、阅文集团はたしかに中国最大の電子書籍専門サイトで、ネット文学のパイオニアと位置付けられていました。電子書店の運営と著作権マネジメントを収益の柱としており、中国のネット文学市場で過半数のシェアを占めるほどの大手です。

■ネット小説を原作に、多メディア展開
 阅文集团は、中国国内ですでにライセンスを所有しているネット小説を原作に、ドラマ化、映画化、ゲーム化、舞台化、音声小説化を手掛けています。ネット小説を軸に、コンテンツの多メディア展開を行っているのです。

 そのような事業内容を知って、ようやく、阅文集团がアニメ、ゲーム、ドラマ、映画などで、多数のヒット作品を抱えている理由がわかってきました。

 いずれも阅文集团のネット小説に基づいて制作されたコンテンツだったのです。小説の段階で評価の高いものを、アニメ、ゲーム、ドラマなどの原案にしているのですから、ヒットするのも当然なのかもしれません。

 たとえば、「全职高手」というアニメ作品があります。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。http://www.sohu.com/より)

 阅文集团のパンフレットによれば、この作品は、WEBアニメでのリリース後、たった24時間で再生回数が1億回を突破し、総再生回数は10億以上を記録したそうです。Eスポーツのプロゲーマーである葉修が、さまざまな挫折を経験した後、Eスポーツの頂点を極めていくという物語です。

 絵柄やストーリー展開などにやや日本アニメの影響が感じられますが、舞台をEスポーツにしたところ、ITの躍進著しい中国のオリジナリティが感じられます。

 原作は蝴蝶藍のネット小説で、2011年2月28日に連載を開始し、2014年9月30日に完結した作品でした。中国のウィキペディア(维基百科)によると、連載中から好評で、10点満点でなんと9.4点の高評価が付いていたそうです。

 さらに、大ヒットした作品に、WEBアニメの「头破蒼穹」があります。こちらは再生回数13億回を達成し、中国国内の3Dアニメで最高記録を更新したそうです。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。http://yule.52pk.com/より)

 このアニメも原作は、天蚕土豆という作者が手掛けたネット小説です。百度百科を見ると、この作者は1989年生まれですから、まだ29歳です。作者が若ければ、読者も若いですから、ネット上で作品についてのコミュニケーションを交わします。作家と読者がネット上で相互交流を重ねながら、ストーリーを楽しみ、創り上げていくというのが、中国のネット小説の醍醐味のようです。

 ネット小説は、作者と読者の垣根が限りなく低い、というのが一つの特徴です。作者がいつでも読者になり、その反対に、読者がいつでも作者になりえます。そのような可変性、あるいは、強い相互依存性がネット民に支持されて、ネット文学の隆盛を生み出しているのかもしれません。文学の新しい地平を開く現象が中国で生まれているのです。

 そのプラットフォームを提供しているのが、阅文集团でした。中国の若者の潜在欲求に応えるように、阅文集团は、誰もが、いつでも、どこでも、小説を書き、ネットにアップロードしていくことができるプラットフォームを構築しました。実にタイムリーな措置であり、未来の動向を的確に見据えた取り組みだと思いました。

 今回、「第8回コンテンツ東京」の展示場で、私ははじめて、阅文集团のことを知りました。調べれば調べるほど、ネット文学を支えるプラットフォーム構築の意義深さを思い知らされます。

 若い世代を中心に、デジタルベースで広範囲に展開されているので、今後ますます市場規模を大きくしていく可能性があります。さらに、低額で毎日更新されるシステムなのでコピーされる恐れはなく、ユーザーには有料でコンテンツを消費する習慣が根付いていくでしょう。さまざまな観点から、阅文集团はネット時代にふさわしい文化環境づくりをしていると思いました。

 もちろん、投資家たちはこの動向を見逃してはいませんでした。

■香港市場に上場
 中国のコンテンツ業界を代表する会社として、阅文集团は2017年11月8日、香港株式取引所に上場しました。公募の際には40万人以上が殺到し、倍率は626倍で、5200億香港ドル(約7兆5600億円)集まったそうです。

 これは2017年の香港市場の取引で最高額であったばかりか、史上2番目の高額でした。このことからは、阅文集团がそれだけ多くの投資家から注目されている企業だといえるでしょう。

 それでは、阅文集团の設立経緯と事業内容をみていくことにしましょう。

 阅文集团は2015年3月、テンセントグループの子会社テンセント文学と、盛大グループの傘下にあった盛大文学が統合されて、設立されました。小説や漫画の出版、アニメ、ドラマ、映画などの制作、グッズ販売を手掛けるだけではなく、中国国内の作家を育成できるプラットフォームを持つ会社です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 卢晓明氏は2017年7月4日、『36kr』上で、中国のネット作家の約90%が阅文集团のプラットフォームに登録していると書いています。同社のHP、その他の資料から詳しくみると、2016年12月時点で、阅文集团のプラットフォームはグループ合わせて530万人の作家を抱え、中国全体でネット作家の88.3%に及びます。コンテンツの中核部分を創り出せる人材を、阅文集团が豊富に抱えていることがわかります。

 こうしてみてくると、阅文集团の事業内容がネット時代にふさわしく、今後、さらに発展する可能性があると、多くの投資家から見込まれているのも当然でしょう。

 そこで、阅文集团の業務内容を調べてみました。5分程度、コンパクトに紹介されたビデオがありましたので、ご紹介しましょう。

こちら →
https://www.weibo.com/tv/v/Fuk9FdCE9?fid=1034:376650955723ad29bf6f564d363a492b

 興味深いのは、アニメであれ、漫画であれ、映画であれ、原案になるのが、ネット小説だということです。ヒットしたネット小説に基づいて、さまざまなデジタルコンテンツが開発され、さまざまなチャンネルで展開されているのですが、それらの版権は当然、阅文集团が所有しています。

 日本では漫画原作のアニメ化、ドラマ化はすでにお馴染みですが、それと似たような事業展開なのでしょう。中国では漫画ではなく、小説を原作に多メディア展開しているところが面白いと思いました。小説といってもネット小説ですから、連載の過程で、繰り返し、ユーザーの目に留まっています。露出が多いという点で、ヒットにつながりやすい側面があります。

 それでは、ネット作家はどのようにして生まれるのでしょうか。

■作家を育成するプラットフォーム
 阅文集团には作家が作品を発表するためのプラットフォームがあります。そこには作家として作品を発表するための手順が具体的に示されています。

こちら →https://write.qq.com/about/help_center.html

 ネットで作品を発表したいと思えば、①阅文の「作家传区」に作家登録をした後、「作品管理」をクリックし、「创建作品」のボタンを押す。②アップロードしたいサイトを選び、作品名称、作品ジャンル、作品概要などの関連情報を記入する。そして、最後に新しく完成させた作品を提出する。③それが終わるとすぐにも、「作家传区」(作品管理)のページで、新しく書いた文章をアップロードすることができる。

 以上のような流れに沿っていけば、誰もがいつでも、どこでも、ネット上に作品を発表できるようになります。

 もちろん、作品としてふさわしくないものを制限するため、いくつかの条項も設けられています。具体的な条項は「作家自律公约」として、上記のサイトに載せられています。誰もがいつでも、どこでも、作家登録し、作品を発表できるとはいいながら、実際には、最低限のルールは課せられているのです。

 こうしてみてくると、阅文の「作家传区」はまさに、ネット時代の作家を育むための孵化器のように思えてきます。書きたいものがあるのに、それをどのようにして、世の中に発表していけばいいのかわからない新人も、この孵化器の中に入っていけば、なんとか小説の形にしていくことができるようになるのかもしれません。

 展示会場で、阅文集团のブース責任者に、原稿は一括アップロードなのかどうか尋ねたところ、このシステムでは、すべて連載形式で取り扱うといっていました。つまり、作家は、一話ずつネットにアップロードし、それを読んだ読者とやり取りをしながら、ストーリーを展開していくという仕掛けです。

 作家は、読者と相互交流を重ねながら、ストーリーを展開していきますから、場合によっては、当初考えていたストーリーが、読者の意向によって変わってしまうこともあるでしょう。あるいは逆に、読者のコメントを踏まえて、作家がアイデアを巡らせ、当初考えていたストーリーを強化し、より豊かな作品世界を生み出す場合も考えられます。

 阅文集团が構築したプラットフォームは、潜在する作家を発掘するだけではなく、どうやら、ネットを介在させた新しい文学の表現舞台ともなりつつあるようです。

■ネット文学で生活していけるのか?
 それでは、このシステムでネットデビューした作家は、果たして、作家を本職として生活していくことはできるのでしょうか。この点についても、展示会場でブース責任者に尋ねてみました。すると彼は、低額料金なので、ほとんどの登録作家はそれだけで食べていくことはできないが、最近はそれだけで十分、生活できる作家も出てきたといいます。

 ネット作家は毎日3000字原稿を書いて、ネットにアップロードするといいます。読者は読むたびに、お金を支払いますが、1回がせいぜい7円程度なので、大勢の読者を獲得しなければ、大した収入にはなりません。しかも、最初のうちは無料で提供しますから、まったく収入にはなりません。ある程度、進んでからようやく課金システムに組み込まれますが、作品が面白くなければ読者が付かず、収入がほとんどないということにもなります。

 ですから、作家は必然的に、読者の意向に耳を傾けざるをえなくなります。読者とのコミュニケーションが少なければ、読者が離れ、収入が得られなくなりますし、反対に、多くの読者の意向に沿った内容にすれば、収入が増えるというわけです。

 読者はネットで公開された小説を、最初は無料で読めますが、ある程度になると、お金を支払わないと読めないようになっています。無料で読める段階で魅力的な設定、展開にしておかないと、有料になってからの読者を獲得できません。

 面白ければ、有料になっても読者は読み続けます。その後は、読むたびに、自動的に口座から引き落とされていきますから、作家はまさに作品の力そのもので読者を引き付け、稼いでいく仕組みになっているのです。読者からのお金は阅文集团のプラットフォームに入りますが、そこから定期的に、読書回数に応じて作家の口座に振り込まれていきます。

 ネットを検索していて、興味深い記事に出会いました。

「扬子晚报」(2015年10月19日)は以下のように、2015年時点のネット作家の収入状況を報告しています。

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少額課金で毎日小説が読める「ネット文学」の世界で億万長者が誕生し、話題になっている。しかし、そうした「売れっ子作家」は実際には数えるほど。ひとつのサイトに数百人がひしめいているネット作家の大半は、無収入だという。(中略)
ネット作家の9割は無収入だという。収入のある作家でも、1か月に1万元(当時のレートで約19万円)の印税収入のある作家は全体の3%にも満たないとされる。
小説連載の仕事もハードだ。ある程度の収入を得ようとすれば、毎日最低でも3000字を書き続けなければならないので、ほとんどの人は途中で投げ出してしまうのが現実だ。
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 ブース責任者に尋ねても、ネット作家の収入状況はこのようなものでした。改めて、誰もが参加できる敷居の低さは、誰にも収入に道を開いてくれるわけではないことがわかります。ネット文学は、熾烈な競争をくぐり抜けて、読者を獲得する骨法を掴んだ作家だけがようやく、食べていけるだけの収入が得られる過酷な世界なのです。

■ネット文学はチャイニーズ・ドリームになりうるか?
 ただ、いったん、多数の読者が付くようになれば、その輪が拡大して大ヒットとなり、思いもかけず、大富豪になる場合もあります。

 たとえば、先ほど、ご紹介した「头破蒼穹」の作者、天蚕土豆は、2013年には印税だけで2000万元(約3億4200万円)の収入がありました。この作品は漫画化され、映画化されていますから、そのロイヤリティも入ってきます。総計、どれほど多額の収入を得たことでしょう。

 このような現実を知ると、中国の若者がネット作家になる夢を抱くようになったとしても決して不思議ではありません。

 「KINBRICKS NOW」(2013年6月7日)は、ネット文学について、「個人が自由に創作できる、中国では数少ないジャンル」とし、「無料の海賊版ではなく、有料コンテンツを消費する習慣がユーザーに根付いている数少ないジャンル」だと書いています。つまり、ネット文学は、自由に表現することができ、正当に稼げるジャンルだというのです。しかも、「中国のネット文学は検閲的縛りもない」ようです。

 そうなると、ネット文学は検閲を気にすることなく、個人が自由に創作することができ、しかも、場合によっては巨万の富を稼ぐこともできる夢のようなジャンルだということになります。中国の若者にとって、大きな夢を託すことができる場といえるでしょう。

 もちろん、読者の評価に晒され続けるという厳しさはあります。批判に晒され鍛えられ、作家として磨き抜かれてはじめて、多くの読者に支持される作家に成長していくのです。そのことを考えれば、その種の労苦は成功のための代償として、積極的に受け入れていく必要があるでしょう。

 このようにみてくると、作家と読者がネットでダイレクトにつながるこのプラットフォームはきわめて合理的で、公平性があり、隠れた才能を発掘できる素晴らしいシステムではないかという気がしてきます。「検閲がない」ということを加味すれば、それこそ、ネット作家こそがチャイニーズ・ドリームではないでしょうか。

 このプラットフォームは、中国という膨大な人口を抱える国で開発されました。いわゆる集合知が判断基準として機能するシステムとして、今後、さらに発展していく可能性があります。

 国の力ではなく、組織の力でもなく、個々のヒトの巨大な集合体が育む知の機構として、メイン文化の在り方にも大きく作用するようになるかもしれません。個々のデータの集合体であるビッグデータがさまざまな領域を可視化していくAI時代にふさわしいプラットフォームといえるでしょう。

 このプラットフォームには資格を問わず誰もが参加できますし、そこに政府の介入、検閲も入りません。しかも、努力次第で、巨万の富を稼げますし、社会的地位も得られます。現段階で、少なくとも中国では、ネット文学こそがチャイニーズ・ドリームだといえるのではないでしょうか。(2018/4/25 香取淳子)

第2回AI・人工知能EXPO: AI・人工知能時代の事業価値とは?

■第2回AI・人工知能EXPOの開催
 2018年4月4日から6日まで東京ビッグサイト東展示棟で、「第2回AI・人工知能EXPO」が開催されました。私が訪れたのは4月5日の午後でしたが、国際展示場正門駅を下車すると、人々が続々とビッグサイトに向かっているのが見えました。

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 展示会場に向かって進むにつれ、ますますヒトの混み具合が激しくなってきました。AI・人工知能への関心がよほど高まっているのでしょう。思い返せば、その予兆はありました。私は、「AIが変えるビジネス」というセミナーに参加したかったのですが、申し込もうとした時点ですでに満席でした。

 代わりに、「注目の海外ベンチャー企業」というタイトルのセミナーに申し込みましたが、それでも、開催日までに二度ほど「キャンセルの場合、早めにご連絡ください」というメールがきました。そういうことはこれまでに経験したことがありませんでした。なんといっても東京ビッグサイトは巨大な催事場です。キャンセル待ちが出るとは思いもしませんでした。ところが、担当者によると、このセミナーにはなんと3000名もの申し込みがあったそうです。

 もちろん、セミナーばかりではありません、展示会場もヒトで溢れかえっていました。主催者が撮影した初日の会場風景を見るだけでも、AI・人工知能に対する人々の関心の高さがわかります。

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 改めて周囲を見渡してみると、全国各地からさまざまな領域の人々がビッグサイトに馳せ参じていました。AIこそがこれからの社会の大きな変革要因になると多くのヒトに認識されていることがわかります。

 それでは、4月5日、15:00から始まったセミナーの一端をご紹介していくことにしましょう。

■注目の海外ベンチャー企業
 このセミナーでは、ViSenzeの共同創始者兼CEOのOliver Tan氏と、データサイエンティストでありDataRobotのCEOであるJeremy Achin氏が登壇し、講演されました。とくに私が興味を抱いたのが、Oliver Tan氏の講演内容でした。

 Oliver Tan氏の講演をかいつまんでご紹介しましょう。

 Tan氏は2012年にViSenzeを設立して以来、デジタルコンテンツ、eコマースなどの事業に取り組んできました。その間、①小売りにおける人工知能の活用、②ビジュアル・コンテンツの増進、③映像認識におけるイノベーション、等々の変化が起きているといいます。

 その背景として、Tan氏は3つの要因を挙げます。すなわち、非構造化データが大幅に増えた結果、ネット上はいま、データの洪水状態になっているということ、ハードウエアが高性能化し、演算当りの単価が安価になっているということ、利用可能なアルゴリズムがあるということ、等々です。

 非構造化データがどれほど増えたかといえば、現在、ネット上には30億以上の映像・画像が投稿されていることに示されています。なんと、ネット上の80%以上が映像や画像などのビジュアル・コンテンツだというのです。つまり、膨大な非構造化データがネットには溢れかえっているのです。ところが、タグが付いていないので、これらを利用することができません。せっかくのデータを活用できないのです。これが大きな問題となっているとTan氏はいいます。

 今、急成長しているのがビジュアル・サーチのAIなのだそうです。映像・画像などの非構造化データを利用するためのAIが注目されていますが、ネット上の情報の80%以上が映像・画像情報だということを考えれば、それも当然の成り行きでしょう。AI市場は今後、2022年までに50億規模の市場になるといわれていますが、中でも注目されているのが、非構造化データの処理に関わるAIだといえます。

 Tan氏は、ビジュアル・コンテンツの非構造化データを小売り事業に活用している先進事例の一つとして、アリババのマジックミラーを挙げました。簡単に触れられただけだったので、具体的にどういうものなのか知りたくて、帰宅してから調べてみました。

 内外のいくつかの記事から、このマジックミラーは、アリババの新たな小売り戦略とも関連する実験だったことがわかりました。

■アリババの実験
 アリババは2009年以来、毎年11月11日を独身の日とし、セールを行ってきました。売上は年々増加し、2017年11月11日は1682億元を達成しました。なんとたった一日で、日本円に換算すれば2兆87億円も売り上げたのです。

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(図をクリックすると、拡大します。https://toyokeizai.net/より)

 「独身の日」は中国語で「光棍节」といい、ショッピングイベントとして大きな経済効果を上げています。独身者同士が集まってパーティを開いたり、プレゼントをしたりするための消費が促進されているのです。毎年決まった日にイベントセールを実施することで、独身者の潜在需要を掘り当てたのです。

 実際、この日の売上高を開始期から時系列でみていくと、年々大幅に増加していることがわかります。

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(図をクリックすると、拡大します。Alibabaより)

 Yuyu Chen氏は「DIGIDAY」日本語版(2017年11月17日)で、これに関連し、興味深い指摘をしています。つまり、アリババにとって、独身の日はたった1日で数百億ドルの売り上げをもたらすショッピングの祭典というだけではなく、小売業界のイノベーションを誘導するさまざまな実験を行う機会でもある、というのです。

■オンラインとオフライン
 アリババについて調べているうちに、興味深い調査結果を見つけました。E-コマースで多大な実績を上げるアマゾンとアリババについて調査をした結果、人々の消費行動全体でみると、いずれも伝統的な店頭販売にははるかに劣ることが判明したのです。

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(図をクリックすると、拡大します。https://www.cbinsights.com/より)

 アマゾンにしてもアリババにしても現在のところ、E-コマースを圧倒していますが、アメリカでは90%以上、中国も80%以上が店頭販売でモノが購入されていることがわかったのです。ですから、両社にとって、次の大きな成長機会は実店舗での販売をどのように取り込めるかということになります。

 アリババはすでにオフラインとオンラインの統合の利点を了解しており、2017年の「独身の日」で実店舗を中国国内にいくつか設置し、さまざまな実験を行いました。そのうちの一つが、先ほど言いましたマジックミラーです。

■マジックミラー
 これまでアリババはオンライン上にポップアップストア(期間限定ストア)を開設してきましたが、今回の「独身の日」セールで初めて、実店舗のポップアップストアを設置しました。

 中国国内12都市、52か所のショッピングモールでオープンし、10月31日から11月11日まで営業しました。新展開の目玉の一つがマジックミラーでした。

 「マジックミラー」と名付けられた画面では、買い物客はサングラスや化粧品、衣料品などの商品をバーチャルに試着することができます。試着してみて商品が気に入ったら、スクリーン上のQRコードをスキャンして、アリババのモバイル決済サービスAlipay(アリペイ)で購入することができるという仕組みです。

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(図をクリックすると、拡大します。Alibabaより)

 実際に手に取ってみることのできない商品でも、この装置があれば、気軽にさまざまな商品を試してみることができます。消費者にしてみれば、これまでよりもはるかに容易に、納得した上で、意思決定をすることができるようになります。実店舗ならではの実験です。

 アリババはこのように、新しいテクノロジーを駆使して、さまざまな実験を行い、購入を決意する消費者側のデータを収集しているのです。新しい事業モデルを構築するには不可欠のデータを掘り起こしているともいっていいかもしれません。大量の消費者が集う「独身の日」はまさに、アリババにとって貴重なマーケティングの日だといえるでしょう。

 たとえば、今回、導入したマジックミラーの場合、小売における新しいアイデアが今後、投資に値するものなのか、それとも、修正が必要なものなのかを判断するための根拠として、アリババは消費者の反応と売上の結果を重視します。データ化された情報を駆使し、できるだけ精密に消費行動を把握し、事業モデルを組み立てていきます。

 大量の消費者が動く「独身の日」はアリババにとって、単に大量に商品が売れる場ではなく、大量の消費行動データが得られる場でもあります。つまり、次のステップを踏むための基盤にもなる重要なイベントなのです。

■アリババの「新小売り戦略」
 さて、今回、実店舗を設置した中国の各所で実験されたのが、マジックミラーであり、AR(拡張)ディスプレイエリアでした。いずれも、単なるオンラインイベントを超えた試みでした。Yuyu Chen氏は、これらの実験はアリババの新小売り戦略に沿ったものだと記しています。

 そこで、関連記事をネットで検索してみました。すると、下記のような記事がみつかりました。タイトルは「Jack Ma outlines new strategy to develop ‘Alibaba economy’」(ジャック・マー、「アリババ経済」を開発する新しい戦略を概説する)です。2017年10月17日付の記事ですから、「独身の日」の約1か月前の取材情報です。

こちら →
http://www.thedrum.com/news/2017/10/17/jack-ma-outlines-new-strategy-develop-alibaba-economy

 これを読むと、アリババのCEOジャック・マー氏は、「E-コマースは急速にビジネスモデルを進化させ、「ニューリテール」(新小売り)」の段階に入っているという認識を示しています。やがてはオンラインとオフラインの境界が消滅していくと彼は考えており、その対策として、各消費者の個人的なニーズに焦点を当てたサービスを展開しなければならないとしています。

 さらに彼は、中国ではアリババのニューリテール・イニシアチブ(新小売り戦略)は、5つの新しい戦略の出発点として形を成しつつあるといいます。この5つの新しい戦略とは、「ニューリテール」、ニューファイナンス」、「ニューマニュファクチュアリング」「ニューテクノロジー」「ニューエナジー」を指します。

 このような構想の下、1億の雇用を生み出し、20億の消費者にモノやサービスを提供し、1000億の収益性の高い中小企業を支援するプラットフォームになるよう計画しているとジャック・マーは宣言しています。さらに2036年までには、アリババのインフラがトランザクション価値を結びつける商業活動を支援し、世界ビッグファイブの経済としてランクされるようになるだろうとも予測しています。

 興味深いのは、ジャック・マー氏が、一般株主は我々に利益をあげることを期待しているが、我々の存在価値はお金を稼ぐことだけにあるのではないと強調していることでした。どうやら彼はアリババの事業を通して、商業活動以上の社会的活動を企図しているようです。

 ジャック・マー氏はこんなことも書いています。

「もしアリババが農村部や中国全土の貧困地域を手助けし、テクノロジーによって生活状況を改善することができるとすれば、世界のその他の地域にも大きな影響を与える機会を持てるようになる。テクノロジーは世界の富の格差を広げることの原因になるべきではない」と。

 このような考え方を知ると、アリババの存在価値がお金を稼ぐことだけにあるのではないとジャック・マー氏が強調していたことの背景がわかってきます。

 テクノロジーの力を活用して農村部や貧困地域を豊かにする一方で、この新小売り戦略は、グローバルなサプライチェーンの再構築をもたらし、グローバル化の形勢を大企業から中小企業へと変化させるだろうとジャック・マー氏はいいます。このことから、経済の合理化を進めるだけではなく、社会的公平性をも実現しようとしていることがうかがい知れます。

 三菱総合研究所の劉潇潇氏も、アリババ・グループのCEOジャック・マーク氏が2016年10月に発表した小売り戦略に注目しています。この戦略は、オンラインとオフラインをうまく使い分けることによって、より精密なターゲティングを行い、顧客により深い感動を与えることを目指す戦略だと指摘しています。(https://toyokeizai.net/)

 たしかに、この戦略は消費者の心を捉え、消費者とつながることを目指したものだと思います。とはいえ、2017年10月に取材された記事から、ジャック・マー氏の考え方を推察すると、私には、単なる顧客獲得を超えた大きな世界観に支えられた市場戦略のようにも思えてきます。

■事業が追及する価値とは?
 4月18日、日経新聞を読んでいて、興味深い記事に出会いました。価値創造リーダー育成塾で嶋口充輝氏(慶應義塾大学名誉教授)が行ったキーノート・スピーチを原稿に起こしたものでした。

「事業が追及する価値は、合理性・効率性を追求する「真」の競争から社会的責任や社会貢献を意識した「善」の競争、そして、品位や尊厳、思いやりなどの「美」を追求する競争へと移ってきました」と、まず、事業に対する現状認識を示しています。その上で、嶋口は、今後の展開として、以下のように続けます。

「これからの時代の企業は、その事業姿勢や行動を「美しさ」から発想し、「社会的有益性」を踏まえ、結果的に収益性や効率性に結び付ける「美善真」というスタイルが求められると思います」といい、「美しさ」主導の事業姿勢を「あるべき姿」と打ち出しています。

 一見、理想主義的な意見に思えたのですが、再び読み込むと、実はきわめて長期的展望に立った見解だという気がしてきました。そして、そういえば、ジャック・マー氏も似たようなことを言っていたなと、先ほどご紹介したアリババの新小売り戦略を思い出しました。思い返しているうちに、振り返って、第2回AI・人工知能EXPOの記事を書こうと思い立ったのでした。

■AI・人工知能時代の事業価値とは?
 AI・人工知能が中心になって社会を動かしていく時代に、求められる事業価値とはいったい、何なのでしょうか。今回、第2回AI・人工知能EXPOに参加してみて改めて、そのことを考えさせられました。

 もはやヒトはモノやサービスを、効率性、経済性、有益性だけで購入するわけではなくなってきています。そんな時代に事業活動を継続的に行っていくには、モノやサービスに消費者の心を動かす何かが付随していなければならないでしょう。心のつながりが生まれて初めて、事業活動が消費者から強く支えられ、継続していくことができるようになるのでしょうから・・・。

 そして、心のつながりの動機づけになるのは、なによりも、対象にたいする信頼感であり、尊敬の念であり、憧れであり、崇拝の念でしょう。

 そう考えてくると、AI・人工知能の時代には、美しさや品格といった数値化しがたい要素が価値を持ってくるような気がしてきます。

 今回、「注目の海外ベンチャー企業」というセミナーに参加し、Oliver Tan氏の講演内容から、私は、先進事例として紹介された、アリババの「独身の日」の実験に興味を抱きました。Tan氏はビジュアル・サーチAIの一例としてマジックミラーを紹介されたのですが、私はむしろ、「独身の日」に、実店舗で行われたこの実験の方に興味を覚えてしまったのです。

 種々、調べることになりましたが、その結果、いろんなことがわかってきました。セミナーが一種の触媒の役割を果たし、AI・人工知能時代の事業の意味を考えることになったのです。改めて、ヒトは選択的に話を聞くものなのだということを思い知らされました。(2018/4/20 香取淳子)