ヒト、メディア、社会を考える

高齢者

第2回フォーラム:超高齢社会の中で、有効に機能するmHealthを考える。

■ウェルネスライフサポート・フォーラムの開催
 2016年2月18日、東京・お茶の水のソラシティで「超高齢社会の中で、有効に機能するmHealthを考える」をテーマにフォーラムが開催されました。かつて私は高齢者とメディアについて研究していたことがあります。mHealthという語に興味をおぼえ、このフォーラムに参加することにしました。mはメディアかと早とちりしたからですが、調べてみると、mはモバイルでした。mHealthとは、モバイル技術を活用した医療・ヘルスケアサービスを指すのだそうです。
 第1回フォーラムは2015年10月26日に開催されています。

こちら →http://www.yakuji.co.jp/entry46747.html
 
 今回の第2回フォーラムでは、第1部にNPO法人高齢者健康コミュニティ・CCRC研究所代表の窪田昌行氏によるキーノートスピーチ、第2部で、4人の登壇者によるパネルディスカッションが行われました。いずれも興味深いものでしたが、ここでは、「超高齢社会の中で、有効に機能するmHealthを考える」をテーマに展開されたパネルディスカッションを取り上げたいと思います。

■超高齢社会とゼロ成長経済
 まず、東京医科歯科大名誉教授で現在、東北大学メディカル・メガバンク機構長特別補佐の田中博氏が、施設医療から生活圏中心ケアに移行せざるをえなくなった背景について説明されました。田中氏は1991年以降、経済は停滞しゼロ経済成長に、そして奇しくも、1991年以降、それまでとは2倍の速度で高齢化が進んでいるとし、1991年を機に日本社会は新しいステージに入ったと指摘されます。

 たしかに、経済成長率の推移を調べてみると、1991年以降、多少の変動はありますが、成長率の低下が続いています。

こちら →経済成長率
世界経済のネタ帳より。
図をクリックすると拡大されます。

 一方、厚生労働省のレポートを見ると、1995年以降、すでに高齢化が急速に進んでいることがわかっています。

こちら →高齢化率
厚生労働省政策レポート(2009年刊)より。
図をクリックすると拡大されます。

 このレポートでは、要介護認定された高齢者数が年々、増加していることが報告されています。

 田中氏は、経済成長期の「病院完結型医療」が日本型医療体制だったといいます。ところが、日本人の平均寿命が世界一を達成した1985年以降、その体制が崩壊の兆しを見せ始めました。高齢人口の増加に伴い、医療費が拡大する一方で、日本経済が停滞してしまったからです。もはやこれまでのように施設医療で対応するのは難しく、地域で連携して医療を行っていくシステムに変換する必要があると田中氏は指摘します。

■治療医療から予測医療へ
 統計データを見ると明らかなように、今後、人口の集中する東京圏で高齢者が大幅に増加しますから、事態は深刻です。団塊の世代がいっせいに後期高齢者になる2025年をめどに、医療体制を変換する必要が生じているのです。田中氏はそのためのパラダイムを3つ提案されました。

 ①地域医療情報の連携。これは全国展開をし、どこでも継続した医療サービスを受けられるようにするというものです。②地域包括ケア。これは地域コミュニティを創設し、生活圏を中心に医療・ヘルスケアサービスを提供していくというものです。③生涯にわたる健康医療自己マネジメント。これはICTのサポートによって人々が健康のための自己管理を行うというものです。

 以上のパラダイムいずれにもICTが大きく関与していることがわかります。超高齢社会とゼロ成長経済という日本の社会状況を考えると、今後、治療医療から予測医療へと医療体制そのものを変えていかざるをえないことがわかります。

■都市部の在宅医療
 次に報告されたのが、東京大学・高齢社会総合研究機構の山本拓真氏です。山本氏は現在、千葉県柏市をフィールドに地域社会の在り方を研究されています。柏市と都市再生機構、東京大学等の産学官民、異分野連携の共同事業で、団地の建て替えに合わせて企画された研究プロジェクトのメンバーです。

 この研究プロジェクトのキーワードは「Aging in Place」だそうです。高齢者が住み慣れた地域でいつまでも自分らしく、安心して暮らすための地域社会はどうあるべきか、研究を積み重ね、まちづくりのモデルを見出そうというものです。残念ながら、ここでお見せすることはできませんが、研究成果が集約されて示された図があります。

 それを見て興味深く思ったのは、柏モデルによる超高齢社会のまちづくりに、①高齢者のQOL(Quality of Life)、②家族のQOL(Quality of Life)、③コスト、等々の観点が導入されていることです。

 山本氏の報告では、このモデルに地域コミュニティの質(Quality of Community)が加えられていました。たしかに高齢になれば、地域コミュニティが生活の中心になっていきますし、家族がいない高齢者もいますから、地域コミュニティの質がとても重要になります。Quality of Communityは現実的で適切な概念だと思いました。

 高齢者や家族のQuality of Life、地域社会のQuality of Communityを高め、維持していくため、このプロジェクトでは、①多分野多職種連携の包括ケアシステム、②住民主導の地域交流、社会参加の場づくり、③引きこもらず人と集い楽しむコミュニティ、等々が具体的な達成目標として掲げられています。超高齢社会の課題への総合的な取り組みです。

■IBM Watson
 日本IBMビジネス開発部長の西野均氏は、「Watson」のヘルスクラウドへの取り組みについて報告されました。私はこのWatsonの存在を知りませんでした。そこで調べてみると、IBM Watsonは、自然言語処理と機械学習を通して、大量の非構造化データから洞察するためのテクノロジー・プラットフォームだということがわかりました。これについては2分14分の紹介ビデオがありますので、ご紹介しましょう。

こちら →https://youtu.be/L5QJs6byoaI

 Watsonを医療に適用し、レセプト、クレーム、検査データなどの大量の医療データから法則性を見出し、適切なケアを行っていこうとする動きがいま、アメリカで広がっているようです。IBM Watson Health Cloudによって大量のデータから疾患の進行を予測し、患者に最適の医療サービスを提供するというものです。

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 2016年2月18日、Watson日本語版が提供開始されました。

こちら →http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1602/19/news060.html

 医療の分野ではがん研究など、臨床への応用をめざした実証実験が行われているようです。

こちら →http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1601/02/news007.html

 記事をアップした後、以上のようなことを知りましたので、追記します。(2016/2/23)
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■ ヘルスケア向けウェアラブルデバイス
 東芝デジタルヘルス事業開発部の大内一成氏は、ウェアラブルデバイスの取り組みについて報告されました。環境因子、生活因子、遺伝的因子等を把握することによって、疾病の予測の精度をあげることができるとされます。

 とくに生活因子についてはウェアラブルセンサによって把握することができます。大内氏はリストバンド型のセンサを装着しておられました。東芝はすでにいくつかのウェアラブルセンサを商品化しているようです。
 
 たとえば、2014年8月に東芝が販売開始したリストバンド型活動量計「Actiband™」があります。装着しているだけで自動的にライフログが記録されるという装置です。

こちら  →ttlimg-lifelog
http://www.toshiba.co.jp/healthcare/actmonitor/より。
図をクリックすると拡大されます。

 このようなウェアラブルセンサが利用者には個人の記録として健康維持に活用され、ビッグデータとして集積されて分析されれば、生活習慣の傾向を把握することができます。この「Actiband™」利用者のデータから下記のような生活習慣が明らかになりました。

こちら →http://www.toshiba.co.jp/healthcare/actmonitor/info/report201506a.html

 これはほんの一例です。利用者の日常的な身体データが個々人のバイタルサインとして機能するだけではなく、大量の利用者データが分析されれば、日常生活のあり方と健康との関係に何らかの法則性が見いだされるかもしれません。そうなれば、生活のあり方を見直すことによって、将来の疾病予防に役立つ可能性があります。

■mHealthは有効に機能するか?
 登壇者はそれぞれの立場から現状を報告されました。いずれも大変、興味深いものでした。超高齢社会、ゼロ成長経済下ではICTを活用したヘルスケア対策は不可欠だと思いました。身体に装着して自動的に記録されたデータの利活用は想像以上に多様な成果を生む可能性があります。ライフログのビッグデータからはヘルスケアにつながる発見を期待できます。今後、mHealthを積極的に推進していく必要があるでしょう。

 とはいえ、はたしてmHealthは有効に機能するのでしょうか。

 パネルディスカッション終了後、会場から興味深い質問がありました。それは「ウェアラブルのデータを医者側は信用していないのではないか」というものでした。

 これについて大内氏は、「ウェアラブルデータと医療データの突き合わせを行い、データの信頼度を検証をしている」と回答されました。技術開発者側としては、センサの精度を高めるだけではなく、データの信頼度検証も行っているというのです。このような作業を積み重ねれば、やがて、ウェアラブルセンサによるデータを医療現場で利活用できるようにもなるでしょう。

 さらに、利用者側のmHealthへのインセンティブをどう高めていくかということも今後の課題です。利用者が継続的にデータを取ることによってはじめてビッグデータに価値が生まれるのですから、使い続けてもらうためのインセンティブ喚起のための工夫が必要でしょう。

 このフォーラムに参加して、超高齢社会の課題に向けたさまざまな取り組みを知りました。健康で長寿の社会を構築するには、医者、介護者、技術者が連携して様々な取り組みをするだけではなく、当事者である高齢者自身の意識改革が必要だと思いました。健康を維持するための食、運動、生きがい等々については、メディア研究者を含めた連携が必要になってくるかもしれません。

 かつてアメリカの研究者が、幼児に『セサミストリート』が提供されているように、高齢者にも高齢期の課題を取り扱ったテレビ番組が必要だと記していたことを思い出します。誰もが接触できるメディアを通して高齢者の健康長寿のための意識変容を図っていく必要があるかもしれません。(2016/2/23 香取淳子)

年金受け取り開始、75歳選択制へ

■年金受け取り開始年齢の引き上げ

2014年5月12日付の日経新聞によると、厚生労働相が公的年金の受け取り開始年齢について、個人の判断で75歳まで延ばせるよう検討する方針を明らかにしたといいます。いよいよ日本もそうなったのかという思いです。ただ、オーストラリアのように一律に年金開始年齢を75歳にするというのではありません。年金の受け取り開始を75歳まで引き延ばせるというだけです。

実は、現在も70歳まで年金の受け取りを延ばすことができます。たいていのヒトは65歳で受け取りますが、生活資金に余裕のあるヒトは70歳まで延ばすのです。というのも、支給の開始を遅らせると、その分、割り増し金をもらえるからです。これを「繰り下げ受給」というのですが、65歳で支給される年金を1か月遅らせると、0.7%増しとなります。70歳まで年金の受給を遅らせると、42%の増額になるといいます。これは国民年金、厚生年金とも同じです。

詳細はこちら。http://www.office-onoduka.com/nenkin2/koku_zougaku3.html

生活資金に余裕のあるヒトは支給年齢を延ばすことによって、最大42%もの増額となるのです。日経新聞は記事の中で、「富裕層の年金受け取りを遅らせることで、社会保障費の膨張を抑える狙いだ」と書いていますが、逆に支給額がこれだけ増額されるのであれば、社会保障費の膨張を増進させることになりはしないかと懸念されます。

78歳以上生きるのであれば、支給年齢を65歳以上にした方がいいと聞いたことがあります。日本人は男性、女性とも平均年齢は78歳を超えていますから、余裕があれば、繰り下げ受給した方が得だというのです。ですから、年金受け取り開始年齢を75歳まで引き上げるという政策は、割増率の見直し、一律開始等を併せて議論しなければ、意味がないのではないでしょうか。

■同じ日の日経新聞(5月12日付)の記事には、総務省の家計調査に基づき、高齢者の消費の伸びは人口の伸びよりも大きいと書かれています。高齢者が消費市場に大きな比重を占めつつあるのです。高齢人口が増加している社会では、若い世代に依存する存在として高齢者を捉えることはできなくなるでしょう。実際、高齢になっても健康で自身で仕事を生み出していくことのできるヒトも増えています。

■今後ますます健康で活動的な高齢者が増えていくでしょう。超高齢社会への対応策としては、年金受け取り年齢の引き上げよりむしろ、年齢ではなく能力によってヒトを判断し、それなりの働く場を用意する政策が必要なのではないでしょうか。高齢者が増大しつづける社会にはエイジレス社会の仕組みを導入していかなければ成り立たなくなっていくと思います。

■同じ日の日経新聞(5月12日付)で興味深いインタビュー記事を見つけました。セコム社長の前田修司氏は、日本が超高齢社会になっていることを踏まえ、世界で最も高齢化が進む国のサービスは今後、海外でも役立つと述べているのです。高齢者が増え、在宅医療、介護への需要が高まれば、そこに商機が生まれると彼が考えるていることがわかります。それは、超高齢化が日本だけのものではないからです。日本の次には先進諸国が超高齢社会になり、その後は、いまは発達途上国が高齢化への対応を迫られるようになるでしょう。

■科学技術が発達し、社会が豊かになれば、ヒトは滅多なことで死ななくなります。一方で、ヒトは自分の興味関心にかまけ、あまり子どもを産もうとは思わなくなるでしょう。子育てにはお金と時間がかかります。しかも、お金と時間をかけた割には子どもから報われることが少ないのが日本社会の現実です。

つい最近も先進国の中で日本がもっとも「母親にやさしくない国」だという調査結果が出たばかりです。国際組織セーブ・ザチルドレンが調査をした結果で、上位はフィンランド、ノルウェー、スウェーデンなど北欧諸国で、日本は32位でした。先進諸国の中で最下位だったそうです。

詳細はこちら。http://www.excite.co.jp/News/column_g/20140510/Economic_34729.html

この調査が示すのが日本の実態だとするなら、子育てにかかるコストを避け、自分の好きなことを求めていこうとする若者が増えるのも無理はありません。つまり、少子高齢化の社会構造を変えるのは容易ではないと思われるのです。興味深いことに、この調査で上位を占めているのはいずれも福祉国家として名をはせている国です。高齢者を大切にする国、福祉の行き届いた国は、「母親にやさいい国」でもあるのです。そのことに注目すべきではないでしょうか。

■エイジレス時代への適切な対応を

超高齢社会のいま、生きること、老いること、そして、死んでいくことについて、誰もが考えなければならなくなりつつあります。高齢者に対して適切な対応をしていくことは一方で、子どもを生み、育てることの大切さを思い知ることになっていくことでしょう。エイジレスという観点から社会システムを構築していけば、子どもを生み、育てることにも適した社会システムになっていくのではないでしょうか。日本がいま経験していることはやがて世界のすべての国が考えなければならない課題になっていくのです。(2014/5/12 香取淳子)

 

豪、年金支給開始年齢、2035年までに70歳へ

■定年制は?

昨日このブログで、オーストラリアで「現地のヒトに尋ねると、定年制は廃止されているといっていました」と書きました。2002年ごろにそのことを教えてくれたのは、ブリスベンに居住する2児の母で、30代後半の一般女性でした。そのときはなるほどと思って聞いていたのですが、昨日、ブログを書いた後、ちょっと気になったので、調べてみました。その結果、正確に言うと、その女性が言ったのは、「定年制の廃止」ではなく、オーストラリアには「定年」(法的に定められた年齢)で退職するという制度がないということだったようです。

ネット上に、「オーストラリアの労働市場に定年制はあるか?」という質問から始まるクイズ形式のスライドがありました。わかりやすくオーストラリアの退職後の経済生活が表現されています。それによると、「オーストラリアには法的に拘束力を持つ退職年齢(定年)というものはない」ということでした。さらに、退職後の生活のために積立預金できる期間は55~70歳の期間だとされています。つまり、55~70歳までの間に預金をして退職後の生活資金を確保できれば、いつでも好きな時に退職できるということなのです。

詳細はこちら。http://wiki.answers.com/Q/What_is_the_workplace_compulsory_retirement_age_Australia?#slide=1

■年齢差別禁止法

『みずほリサーチ』(2007年June号)によると、オーストラリアでは1990年に南オーストラリア州で初めて年齢差別禁止法制が立法化され、以後、すべての州で年齢差別が禁止されているそうです。欧米諸国では雇用における年齢差別の禁止が一般的ですから、オーストラリアもそれに倣っているのかと思っていたら、違いました。みずほ主任研究員の大嶋寧子氏によると、最も早く年齢差別禁止法を成立させたのはアメリカで1967年でした。次いで、カナダが70年代にすべての州で禁止、オーストラリアはなんと3番目だったのです。

欧州では90年代以降、、高齢化による年金財が悪化への懸念から、雇用における年齢差別への取り組みが重要な政策課題になっているようです。大嶋氏は記事の終わりで、年齢差別禁止を行う場合、雇用慣行との調和をどこまで図るべきか、現実的な議論を行うことが必要だと結んでいます。日本に限らず先進諸国はどこも、高齢人口の増加で深刻な財政に追い込まれつつあるといえます。

■豪、年金開始年齢引き上げへ

2014年5月2日、豪政府は年金支給開始年齢を2035年までに70歳に引き上げる方針を示しました。高齢問題に対応するための措置ですが、世界の先進国の中ではこれが最高齢になります。もちろん、この報道を聞いてオーストラリアの人々は驚いたでしょうが、ホッキー財務相はすでに年金を受給している人には影響しないと言っています(AFP, 2014/5/4)。なぜこのような政策をこの時期に発表したかといえば、オーストラリアの会計年度が7月から翌6月にかけてだからでしょう。いずれにしても、年金支給開始年齢は人口動態とともに国家予算に大きく影響します。

オーストラリアには法律で規定された定年はありませんが、1908年に年金制度が導入されて以来、男性は65歳、女性は60歳で年金受給資格を取るようです。ですから、この時期、ホッキー財務相が「現行の受給資格年齢は終了する」と述べた(AFP, 2014/5/4)のは、この案に基づき、予算を立てる必要があったからでしょう。

詳細はこちら。http://www.smh.com.au/federal-politics/political-news/retirement-age-rise-to-70-by-2035-joe-hockey-announces-20140502-zr318.html

オーストラリアの年金制度には、税を財源とする社会保障制度の老齢年金(Age Pension)と保険料を財源とした退職年金(Superannuation)があります。老齢年金は生活保護的な色彩の強いもので、対象になるのは、オーストラリアに10年以上住む居住者(市民権または永住権保持者)です。一方、退職年金は雇用主が被雇用者のためにスーパー運用基金に支払い、積み立てたものです。ですから、オーストラリア滞在中にこの制度に加入していた有資格者はオーストラリア国税局に換金請求ができるといいます。

詳細はこちら。http://www.australia.or.jp/aib/pension.php

■高齢人口の増加

オーストラリアの65歳以上の高齢者は今後30年間で約350万人から約700万人へと2倍に増加し、全人口の約22%を占めるようになると予測されています。そのうち、85歳以上の高齢者は50万人弱から140万人へと約3倍に増加し、医療保険制度を圧迫することが予想されています。オーストラリアの人口は約2340万人で、平均寿命は男性が79歳、女性が84歳ですから、高齢化に対する措置はいまから取っておいた方がいいでしょう。いずれにしても今後、多くの国で高齢人口の増加が年金、医療等を含む社会システムを大きく変容させていくことは明らかです。いち早く急激な高齢化の波をかぶっている日本が適切な対策を取っていけば、高齢社会をリードしていく存在になりうると思います。(2014/5/8 香取淳子)

 

70歳:「働く人」の定義拡大

■70歳までが働く人

経済財政諮問会議の有識者会議で、人口減と超高齢化への対策が検討され、提言案がまとめられました。高齢者と女性の活躍を支援し、出生率の上昇を図るための政策が明らかになったのです。とくに気になったのが、70歳までを働く人と定義づけたことです。

これまで生産年齢人口は15~65歳とされてきました。それを15~70歳に変更し、「新生産年齢人口」とするのだそうです。人口が減っても労働人口は約400万人多くなるという算段なのでしょう。しかも、こうすることによって、年金支給開始年齢を遅らせることもできます。まさに一挙両得、労働人口の確保と公的資金の出費を抑えることができるのです。

■生産年齢人口

なぜこれまでの定義を変更せざるをえなくなったのかといえば、人口が減少しているにもかかわらず、高齢人口だけは増加し続けているからです。ちなみに年齢区分別に将来の人口予測を見ると、以下のようになります。

 

高齢化の推移と将来推計

出所:国立社会保障・人口問題研究所

人口動態はきわめて的確に将来を予測できる指標です。上のグラフを見ると、日本社会の高齢化の推移を見ると、65歳以上の人口は1950年は4.9%だったのが、2060年には39.9%と予測されており、高齢者の占める比率が急上昇していることがわかります。日本が世界に類を見ないほど短期間に高齢化した社会だといわれるゆえんです。高齢化率が高まっているのは、高齢人口の増加と少子化の結果ですが、それがいま、多方面に影響をあたえはじめているのです。

■見えざる革命

P.F.ドラッカーは1976年に『見えざる革命ー来るべき高齢化社会の衝撃』という本を出しています。原著名も”The Unseen Revolution: How Pension Fund Socialism Came to America ”で、翻訳版、原著とも「見えない革命」が強調されたタイトルになっています。サブタイトルを見ると、日本語翻訳版は「来るべき高齢化社会の衝撃」となっていますが、原書は「年金基金社会主義」となっています。ドラッカーは、高齢者の老後の資産として積み立てられた年金基金が株式を保有し、投資することによって、労働者がいわば資本家にもなっていくことに着目します。つまり、年金基金が株式を所有することによって労働者が企業を支配下におくことになりますから、アメリカは一般的な見方とは違って、社会主義的な国の一つだといえるというわけです

ドラッカーは、労働者が資本家の役割をも担うことになる年金基金システムによって、アメリカの高齢者は諸外国の高齢者に比べ、豊かな年金を手にする可能性を得たことを指摘しています。老後のための資産形成が蓄積され大きなパワーになって企業に影響を与えていくことに注目しているのです。

見えざる衝撃

高齢化による社会変革は、暴動が起きたり大きな異変が起きて、社会が変革していくのではありません。高齢人口の増大自体がさまざまな領域に浸透して、変革を促すようになって社会が変革していくのです。一見、変革が起きているように見えないまま、大きな変革がじわじわと進んでいくところに特徴があります。ドラッカーがいうように、まさに「見えない革命」が起こるのです。

■定年制はどうなるのか?

有識者会議は70歳までは働くヒトと定義づけました。読売新聞(2014/5/6 付)はこの件について、「定年後の再雇用などで70歳まで働ける機会を増やす」と報じています。どうやら定年を70歳にするということではないようです。ということは、定年後、仕事が見つからないヒトは70歳になるまで年金支給もされないまま、生活費を切り詰めて暮らしていかなければならないということになるのでしょうか。現在の状況が5年延長されるだけと見た方がいいのかもしれません。

21世紀初の数年、毎年のようにオーストラリアに出かけていたことがありました。現地のヒトに尋ねると、オーストラリアでは定年制は廃止されているといっていました。高齢になっても有能で働けるヒトを定年制によって強制的に仕事を奪うのではなく、働く意思と能力があればいつまでも働いてもらえるよう、年齢要件を外したということでした。それを聞いて、いい仕組みだと感心したことを覚えています。もちろん、老後をのんびり過ごしたいヒトは若いうちから資金をためて、早めに退職するという選択をしています。

日本が定年制で有為のヒトから仕事を奪った結果、彼らが持っていた秀逸な技術が中国や韓国に流れたことがありました。国内でも優秀なヒトが定年で辞めたせいで、組織が停滞したケースもあります。それでも日本は頑なに定年制を守っています。今回の提言にしても、労働条件から年齢を外すのではなく、70歳という新たな区切りを設定しています。

高齢になればなるほど、年齢で一様に対処するのは難しくなります。ですから、定年制によって一律に対処するのは高齢社会にはふさわしくないのかもしれません。とはいえ、定年制の枠組みから日本はなかなか抜け出すことができません。それは日本人の好きな’平等主義’のせいなのでしょうか。それとも、年齢要件で一律に対処する方が、年金、健康保険、等々と連携させやすいからでしょうか。あるいは、日本の高齢人口規模は、意志や能力等の個別要件を考慮して対処するには膨大すぎるからでしょうか。

■10億人もの高齢者の陰

今後20年を見ると、世界の高齢人口は6億人から11億人に増えるといいます。ですから、先進諸国をはじめ多くの国にとって、高齢化による社会変動への対策が必要になってきているのです。

英エコノミスト誌は2014年4月26日号でこの問題を取り上げていました。ヨーロッパの多くの国々はすでに早期に退職を奨励する政策を取りやめているといいます。また、平均余命が長くなるにつれ、年金が確定給付型から確定拠出型に置き換えられるようになり、裕福なヒトでさえ、快適な老後生活を送ろうと思えばより長く働かなければならなくなったと指摘しています。

一方、より高学歴のヒトはこれまで報酬のいい仕事をしてきていたが、高齢になってもそのまま高収入を得ているといいます。というのも、現在、高学歴の高齢者は以前の高齢者よりもより生産性が高いからです。そして、技術的な変化がこの傾向を強化しているといいます。というのも、コンピュータを使いこなして専門的知識を管理し、創造する技術は年齢とともに衰えるわけではないからです。

頭脳労働が主流になると、労働生産性の高さは年齢ではなく、学歴によって左右されるようになります。そして、肉体労働の生産性は年齢に応じますが、知能労働の生産性はそうではありません。これまで何を学んできたのか、どのような技術があるのか、とくに、ICT技術を駆使して何ができるのか、といったようなことが問題になってくるからです。こうなると、いよいよエイジレスの時代の到来と考えた方がいいでしょう。(2012/5/7 香取淳子)

 

スマートシニアが消費市場を変える?

■スマートシニアが急増している?

4月30日夕刊の日経新聞で、スマートシニアが急増しているという興味深い記事を読みました。シニア層のインターネット利用率が急増しているというのです。

東北大学特任教授の村田裕之氏はネット時代の高齢者像として15年前からスマートシニアという概念を提唱していたそうです。スマートシニアとは、ネットを通して多様な情報に接し、スマートな(賢い)シニアのことを指すのだそうですが、それが近年、急増しているというのです。

■総務省の通信利用動向調査

総務省の通信利用動向調査によると、シニア層のネット利用率は2001年から2012年までの11年間で、60~64歳が19.2%から71.8%、65~69歳が12.3%から62.7%、70~79歳が5.8%から48.7%に急上昇しています。とくに増加率の大きいのが60歳代で、70歳代になるとやや落ちています。

シニアのネット利用率

 

出所:日経新聞(2014/4/30夕刊)

さらに、いまネットを活用している60歳以下の世代がこれからどんどん高齢者になっていきますから、この傾向は今後ますます強まるでしょう。つまり、これからの高齢者はネットを自在に活用するスマートシニアが中心になっていくことを想定しておく必要があるのです。

■消費行動の変化

村田氏は、「私の研究の基づく予測では、2025年には83歳で要介護者とそうでない人が半々で、ネット利用率は45%に達する。10年後には後期高齢者でも日常的にネットを利用することが当たり前になると思われる」とし、「今後、高齢者の消費パワーへの注目が高まるにつれ、流通業にとってスマートシニアへの対応は重要性を増すだろう」と結んでいます。

若い世代と同様、高齢者も価格に敏感になり、ネットで商品を比較しながら購買行動を取るようになるでしょう。ネット通販を利用することも増えるに違いありません。

少子高齢化の進行にともない、今後、高齢者の単身世帯の増加、限界集落の増加が必至と予測されています。日常の買い物にも不自由するようになれば、高齢者もネット通販での購入が不可避になるでしょう。

■テレビ通販からネット通販へ

14年ほど前に私は吉田秀雄記念事業財団の助成を得て、高齢者の消費行動について調査をしたことがありました。調査の結果、高齢者はテレビで視聴したことを信じやすく、テレビを通してモノを購入することが多いことが判明しました。興味深かったのは、通常のTVCMは高齢者にはあまり効果がみられなかったことでした。15秒や30秒では短かすぎてよく認識できていなかったのでしょう。高齢者が好んでいたのは、商品を手に取って説明する、効能を詳しく説明する、タレントや権威ある人が勧める、といったような方法で商品情報を提供するスタイルのCMでした。イメージ情報ではなくしっかりと商品情報を伝える形式のCMが高齢者に訴求力を持っていました。

■スマートシニアの消費行動

調査の結果、わかったことは、高齢者は全般に商品について実用的な情報を欲していたということです。このような志向性を考えると、高齢者がネットを利用できるようになると、すぐに消費行動にネットを活かすようになるでしょう。ネットでは詳細な商品情報を入手できますし、価格を比較し、商品の評判を知ることもできます。ほとんどの高齢者が限られた収入しかない年金生活者です。合理的な消費行動によって節約も可能になることがわかれば、ネットを利用した消費行動は今後ますます増大するでしょう。

■スマートシニアが消費市場を変える?

今後、ボリュームゾーンになっていくのが、高齢者層です。スマートシニアといわれる高齢者が増えれば、市場も大きく様変わりするに違いありません。メーカーにとっては商品の質的向上、合理的な価格設定が必至となりそうです。(2014/5/1 香取淳子)