ヒト、メディア、社会を考える

アニメ

拡大するアニメ市場、いま必要なものは何か。

■「放送文化基金研究報告会2018」への参加
 2018年3月2日、ホテルルポール麹町の2F「サファイア」で、「放送文化基金研究報告会2018」が開催されました。報告は2件、①技術開発部門で平成27年度助成を受けた藤田欣裕氏(愛媛大学大学院理工学研究科教授)、②人文社会・文化部門で平成26,27年度助成を受けた小泉真理子氏(京都精華大学マンガ学部准教授)のお二人でした。

 私は小泉氏の発表に興味がありましたので、第2の報告「日本アニメーション現地化の現状と課題 ~文化ビジネスの発展のために~」が始まるころから出席しました。小泉氏の発表時間は20分でしたが、パワーポイントを使ってわかりやすく調査研究の報告をされました。

■ローカライゼーションの現状と課題
 小泉氏はまず、図を示しながら、これまで文化と経済は別物であったという認識を示されました。

 たとえば、伝統実演芸術、美術館などは経済的な自立が困難で、政府などからの資金援助がなければ存続できません。文化を経済として語ることはできなかったのです。ところが、映画や放送番組、ゲームのように、複製技術による商業化が可能になると、文化も経済的に自立することができます。こうして、いまや、文化は産業の一つのセクターとして位置づけられるようになっています。その一つが海外で人気の高い日本のアニメ産業です。

 小泉氏は、1990年から2010年までの日経平均株価の推移とアニメ産業の市場規模の推移を比較し、日本経済が低迷していた時期でも、日本のアニメ産業の市場規模は拡大し続けたと指摘されました。実体経済に左右されずに収益を得ることができるのがアニメ産業だというわけです。

 ところが、日本のアニメは海外で高い人気を誇っていながら、それに応じた収益を上げるに至っていません。そこで、小泉氏は、「コンテンツビジネスのフレームワークを提示すること」を目的に、ローカライゼーションの現状を把握することに着手されました。

 日本アニメのビジネス環境を整備するため、まずは、ローカライゼーションの現状と課題を明らかにし、日本アニメの輸出に必要なコンテンツビジネスのフレームワークを提示するというのです。米国を事例に、関係者へのインタビュー、関連映像の視聴分析、関連データの分析等々を踏まえ、実態把握が行われました。

 その結果、①ローカライゼーション体制としては、1.全世界を視野に入れた効率的なローカライゼーション体制の構築、2.制作段階からローカライゼーションを視野に入れた手法の確立、②ローカライゼーションのための改変としては、1.ストーリーを理解するための字幕や吹き替え、2.文化の違いによる摩擦を回避するための改変、3.作品の質を高めるための改変、③ローカライゼーションにおける留意点としては、1.オリジナル作品の魅力を維持する配慮が必要、等々が示されました。

 そして、今後のローカライゼーション研究に期待するとともに、的確なローカライゼーションを踏まえたビジネス基盤の整備に向けた努力が必要だと結んでいます。とても有意義な研究内容だと思いました。

 以上、概略をご紹介しただけですので、詳細をお知りになりたい場合、下記をご参照ください。

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小泉真理子、「コンテンツのローカライゼーション・フレームワークに関する研究―米国の日本アニメビジネスを基にー」、『文化経済学』第14巻第2号、2017年9月。
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 小泉氏の報告に興味を覚え、帰宅してから、ちょっと調べてみました。日本動画協会の2017年版報告書によると、小泉氏が調査されたころに比べ、日本のアニメ市場は、海外市場で大幅に売り上げを伸ばしていました。

■日本アニメ、海外市場の拡大
 「アニメ産業レポート2017」を読むと、2016年のアニメ産業市場は4年連続で売上を更新しており、前年比109.9%も上昇していました。総額はなんと2兆9億円、2兆円を突破していたのです。

 そこで、アニメ市場をジャンル別でみると、前年比で増加したのが、「映画、配信、音楽、海外、ライブエンタテイメント」の5つです。それに反し、減少したのが、「TV、ビデオ、商品化権、遊興」の4つでした。とても興味深い結果です。

 この結果を見ただけで、アニメの領域でも、明らかにメディアの新旧交代が起こっていることがわかります。

 そこで、過去4年間の売上推移を国内、国外でみると、国内市場は、1.19兆円(2013年)、1.30兆円(2014年)、1.24兆円(2015年)、1.23兆円(2016年)でした。それほど大きな変化はありません。

 一方、海外市場は、2823億円(2013年)、3265億円(2014年)、5823億円(2015年)、7676億円(2016年)といった具合で、大きく伸びているのがわかります。明らかに、海外市場が牽引する格好で、日本アニメの市場規模が拡大していたのです。

 メディアもこのことを大きく報じました。以下は、FNNニュースの一画面です。

こちら →
(http://www.sekainohatemade.com/archives/52003より。図をクリックすると、拡大します)

 これを見ると、さらに興味深いことがわかります。総売上に占める金額でもっとも多いのが、海外での売上で7676億円、以下、アニメグッズの5627億円、その他の2829億円、パチンコ・パチスロの2818億円、そして、テレビ局番組の1059億円の順でした。国内のさまざまなアニメ関連ジャンルの売上よりもはるかに海外売上の方が多いのです。これを見ても、海外市場の拡大によって、日本アニメ市場が拡大していることを確認することができます。

 具体例を見てみることにしましょう。

■テレビ東京の場合
 アニメに力を入れているテレビ東京の場合、2017年第3四半期のアニメ事業売上は前年同期比24.2%増の128億円、そのうち粗利益は20.0%増の47億円でした。

こちら →
(http://gamebiz.jp/?p=177948より。図をクリックすると、拡大します)

 テレビ東京によると、アニメ事業については、前年度国内で好調だった「妖怪ウォッチ」の商品化の取り扱いが減少する一方で、海外市場で、「NARUTO」と「BEACH」が、いずれもゲームや配信で売上が増加したといいます。

 テレビ東京の直近のデータを見ても、海外市場と新媒体でアニメ市場が拡大していることがわかります。こうしてみてくると、海外市場をさらに拡大していくには、ローカライゼーション体制の整備だけではなく、新メディアに向けた迅速な対応が求められていることがわかります。

 日本動画協会は、今後アニメビジネスを成長させるエンジンとして、スマートフォンを中心に展開されているアプリゲームだという認識を示しています。実際、「ドラゴンボールZ ドッカンバトル」は中国向けにローカライズされて大きくヒットしたといいます。

 何もアニメに限りません。きめ細かなスマートフォン対策はどの領域でも不可欠になってくるでしょうし、巨大な市場である中国に向けたローカライゼーションも考えていく必要があるでしょう。

■拡大するアニメ市場、いま、何が求められているのか。
さて、2017年10月24日、「アニメ産業市場規模初めて2兆円超え」というニュースについて、慶應義塾大学大学院教授の中村伊知哉氏は、以下のようにコメントしています。

「2兆円届きました!10%の拡大。このうちTV・映画・DVDなど国内コンテンツはわずか3000億円。海外が32%増の7700億円となり、政策の後押しもあっての海外シフトが鮮明になりました。グッズなどの商品化ビジネスも5800億円。アニメはコンテンツ「を」売るから、コンテンツ「で」稼ぐビジネスになっています。」
(https://newspicks.com/news/2577790/より)

 たしかに、2013年から2015年にかけては、ジャパン・コンテンツ ローカライズ&プロモーション支援助成金」(略称:J-LOP)はそれなりの役割を果たしてきたと思います。

海外展開に必要な 「ローカライズ」(字幕や吹替えなど)や「プロモーション」(国際見本市への出展やPRイベント実施など)への支援等に助成金が出されてきました。実際、アニメ関連でも事業者がこの制度の支援を得ていることがわかります。

こちら →https://www.vipo.or.jp/j-lop-case/

 ですから、日本アニメの海外市場拡大についてもなんらかの影響があったのかもしれません。ただ、このページをざっと見た限り、「ドラえもん」など、既存アニメに依存している傾向が感じられます。

 すでにコアな日本アニメファンが世界中に散らばっているのだとすれば、既存コンテンツの新規市場の開拓よりもむしろ、新規コンテンツの開発を目指す必要があるのではないかと思いました。

 日本アニメの海外市場が拡大しているいまこそ、魅力的なコンテンツを継続的に提供していくために、いま、何が必要なのか、考えていく必要があるのではないかと思いました。そのためには、日本アニメのどの側面が海外市場で支持されているのか、ファン層別、国別、文化圏別に、さらにきめ細かな研究が必要になってくるでしょう。(2018/3/4 香取淳子)

東京アニメアワード2017:「日本のアニメーション教育を多様化することを考える」に参加し、考えてみた。

■「日本のアニメーション教育を多様化することを考える」
 2017年3月12日、「東京アニメアワード2017」の一環として、池袋の産業生活プラザ8Fで、国際交流パネル3「日本のアニメーション教育を多様化することを考える」が開催されました。

 このパネルは第1部として、各国のアニメ教育関係者から、実践されている教育内容とその特質などについて報告、次いで、第2部として、制作会社やアニメーターとして活躍されている方々から、体験を踏まえ、教育内容について報告、という構成でした。

 登壇者は、ダビデ・ベンベヌチ(Davide Benvenuti:シンガポール南洋工科大学アートデザインメディア校准教授)氏、、トム・シート(Tom Sito:アメリカ南カリフォルニア大学アニメーション学科教授)氏、、ニザム・ラザック(Nizam Razak:マレーシアのアニメ会社アニモンスタ・スタジオズCEO)氏、、ハン・リーン・ショー(HAN Liane Cho:アニメーター/絵コンテ作家)氏、、ロニー・オーレン(Rony Oren:イスラエルのエルサレム ベツァルエル美術 デザイン学校教授)氏、そして、日本からは東京芸術大学教授の岡本美津子氏と同大学教授の布山タルト氏でした。

こちら →http://animefestival.jp/screen/list/2017panel3/

 今回、報告されたアニメーション教育については今後、日本が参考にしなければならないところも多いでしょう。そこで、報告内容に沿って、別途、関連資料を渉猟し、それらを含めてご紹介しながら、見ていくことにしたいと思います。

 それでは、アメリカ、イスラエル、シンガポール、日本の順で見ていくことにしましょう。

■各国のアニメーション教育

アメリカ

 トム・シート氏は40年以上、ディズニーやドリームワークスなどでアニメ制作に携わり、『リトル・マーメイド』『ライオンキング』『シュレック』などの作品を手掛けてこられました。アニメーションに関する本も4,5冊出版されています。

こちら →https://www.amazon.co.jp/Tom-Sito/e/B001JS9O9U/ref=sr_ntt_srch_lnk_2?qid=1489820556&sr=8-2

 40年前、シート氏がアニメ制作を始めたころ、アニメーション教育を行う学校はせいぜい2,3校だったそうです。ところがいま、アニメーション教育を行う大学や専門学校が大幅に増えています。デジタルメディア業界からの要求に応じていくうちに、そうなったようです。ところが、教育内容はそれぞれ多種多様、実践に役立つ教育をしているところもあれば、芸術に傾いた教育をしているところもあるといいます。

 そんな中、シート氏が在籍されている南カリフォルニア大学(USC)は、全米屈指のアニメーション教育を行う大学として認知されているといいます。

こちら →http://anim.usc.edu/

 USCの場合、アニメを教えるクラスはすでに1930年代半ばにはあったそうですが、専攻としてアニメ学科が創設されたのは、1990年でした。現在のカリキュラムは以下のようになっています。

こちら →http://anim.usc.edu/about/curriculum/

 上記のカリキュラムの下で教育を受けた学生は、2Dか3D、またはVRの作品を1本制作することが課せられています。理論と実践の両方を学び、最終的に自身で作品を制作することが課せられるのです。

 アニメ学科の教員はトム・シート氏をはじめ、教員それぞれが多士済々のメンバーで構成されています。とくにトム・シート氏は1998年、アニメ雑誌でアニメ界でもっとも重要な100人のうちの一人に選ばれています。豊富な制作実践に裏付けられ、クリエーターとして高く評価されているのです。

 そのような来歴のトム・シート氏を専攻長にもつUSCのアニメ学科は、学生ばかりでなく教員もまた相互にクリエイティブな刺激を与え合っているのでしょう。創造的な活動を展開していくには、最適の環境だといえます。教員の面からいえば、アニメーション制作を行うための教育環境としてとても恵まれていると思います。

 環境といえば、USCの設備環境もまた充実しています。たとえば、著名な俳優のジョージ・ルーカスはUSCに巨額の寄付をし、制作設備の整った建物を建築しました。個人としては過去最高の寄付金額だったそうです。この建物はその後、建て替えられ、今は諸設備が新しく整備され、進展する技術に対応できるようになっています。

こちら →https://en.wikipedia.org/wiki/USC_School_of_Cinematic_Arts

 一方、USCは研究大学でもありますから、実験的な映像制作を行い、さまざまな表現の可能性を追求しています。学生は講義を受けるだけでなく、様々なワークショップに参加することもできます。理論と実践の両面から、多様な刺激を受け、それらを参考にしながら、学生たちは制作設備の整った環境の中で、自身の作品を制作していくのです。こうしてみてくると、USCがアニメーション教育についてはアメリカ屈指の大学だといわれるだけのことはあると思わざるをえません。

 ところで、シート氏はハリウッドのゴールデンエイジに活躍したアニメーターの弟子だったそうです。シート氏の恩師は、ニューヨークの消防士の息子だったシート氏を快く受け入れ、懇切丁寧に、そして、厳しく教えてくれたといいます。シート氏はそのことを深く感謝していました。

 さらに、シート氏はその恩師から、「私たちが教えたように、後の世代を教育してほしい」といわれたそうです。ですから、シート氏はいま、彼から授かったものを、彼がしてくれたように、学生たちに教えているといいます。教える者と教えられる者とが信頼しあう関係を築き上げてこそ、実効性のあるいい教育ができるのでしょう。とても示唆深いエピソードでした。

イスラエル
 
 オレン氏はこれまでの42年間、アニメーターとして制作に携わる一方、37年間、イスラエルでのアニメーション教育に携わってきました。彼の来歴を辿れば、1980年から2002年まで、イスラエルのさまざまな学校で教え、2000年から2008年までは、イスラエルのベツァルエル美術デザイン学校でアニメーション学部長を務め、現在は同校の教授です。このような経歴を見ても、彼がイスラエルのアニメーション教育の先駆者であり、制作と教育の両面を率いてきたことがわかります。

 さて、彼がアニメーターになったころ、イスラエルにはアニメーターが5人しかおらず、制作したアニメを放送するテレビ局も一つしかなかったといいます。制作者はもちろんのこと、アニメを放送するテレビ局も圧倒的に少なかったのです。もっとも、テレビ局が一つしかなく、寡占状態だったおかげで、放送された作品はイスラエルのすべてのヒトに見てもらえました。そのことはアニメ業界の進展にとって大きなメリットだったといえるでしょう。

 それにしても、ネットがなかった時代に、わずか5人で一からアニメ業界を立ち上げていくのが、いかに大変なことだったか。オレン氏たちの往時の苦労がしのばれます。イスラエルでアニメ業界を立ち上げるため、彼ら5人はまず、世界中のアニメフェスティバルに赴き、さまざまなアニメーションを見てきたといいます。そして、それらの見聞を踏まえ、1970年代にアニメーション教育を始めました。当時、初心者コースと上級コースしかなく、専門学科はありませんでした。

 そして、2000年になってようやく、大学に学部生用のフルコースの教育課程が創設されました。このときもオレン氏たちは、海外のさまざまな大学を参考にし、カリキュラムを作成したといいます。そうしていくうちに、イスラエルでもケーブルテレビが増え、アニメ需要も高まってきました。

 もちろん、当時はまだテレビアニメ、商業アニメの制作が中心でした。とはいえ、コンテンツへの需要が高まってきたことは業界にとって、またとない好状況が訪れたといえます。その後、イスラエルではいわゆるアニメ革命が起き、その勢いが17年間、継続しているといいます。

 イスラエルで現在、完全なアニメーション教育のプログラムを提供しているのは、オラン氏が在籍するこのベツァルエル美術デザイン学校だけだそうです。ですから、アニメーションを学ぶために同校に、毎年46名もの学生が入学してくるようになったのです。現在、学生数は170名だといいます。

こちら →https://web.archive.org/web/20071022092403/http://bezalel.ac.il:80/en/

 イスラエルは人口800万人ほどの小さな国です。そのことを考えれば、この学生数が相対的にどれほど多いものであるかがわかろうというものです。この数字から、イスラエルでは多くの若者がアニメーション制作の担い手になる夢を抱いていることが読み取れます。

 そして、オレン氏たちが創り上げてきたアニメーション教育の成果も徐々に現れてきているようです。たとえば、イスラエルでは今年、劇場アニメ映画が5本制作されましたが、制作者のほとんどがオレン氏の大学の卒業生だそうです。同校では以下のようなカリキュラムの下、アニメーション教育が行われています。

こちら →http://www.bezalel.ac.il/en/academics/
 
オレン氏はクレイアニメーションの専門家です。

こちら →http://ronyoren.com/about/rony-oren/

 国境を越えて、クレイアニメーションのワークショップも実践されているようです。下記は2016年にクロアチアでワークショップが行われたときの様子が報告されたものです。

こちら →http://ronysclayground.com/gallery/ronys-croatian-tour-2016/
 
 一連の報告を聞いていると、国境を越えて活躍するアニメーション制作者が教育の現場に立っていること自体、学生にとってはすばらしい教育の実践になるのだと思えてきました。 

シンガポール
 
 ダビデ・ベンベヌチ氏は現在、シンガポール南洋工科大学准教授です。イタリア出身のアニメーターで、25年間、アニメ制作の仕事をしてきました。その制作実績を買われ、南洋工科大学で教鞭を取るようになりました。シンガポールでのアニメ需要に応じ、制作者からアニメ教育に身を転じたのです。

こちら →http://research.ntu.edu.sg/expertise/academicprofile/Pages/StaffProfile.aspx?ST_EMAILID=DBENVENUTI

 ベンベヌチ氏は、日本の古い世代には懐かしい、『カリメロ』の制作にも携わってこられたそうです。『カリメロ』は、日本では東映アニメーションが制作し、1974年10月から1975年9月にかけて日本テレビ系で放送された作品です。

こちら →http://www.toei-anim.co.jp/lineup/tv/karimero/

 可愛くてユニークなキャラクター、カリメロを私はいまでもすぐに思い出せます。当時、日本の子どもたちの間で大きな人気を博していました。

 さて、ベンベヌチ氏はイタリアを出てから、ディズニーやドリームワークス、さらにはオーストラリアでも仕事をしてきたといいます。2D、3D、TVアニメ、さらにはビデオゲームまで、アニメーションに関連するさまざまな領域で仕事をしてきました。このような幅広いアニメ制作の実践歴が目に留まったのでしょう。

 9年前、南洋工科大学アニメ・デザイン・メディア校の非常勤講師となり、4年半前に常勤の准教授になりました。南洋工科大学アニメ・デザイン・メディア校(ADM)は、2005年にシンガポール政府の支援の下、設立されました。設立に際しては、シンガポール政府が最新設備を備えた施設を提供してくれたそうです。この領域が今後、新たな産業としても期待されているからでしょう。

こちら →http://www.adm.ntu.edu.sg/Pages/index.aspx

 ADMは、学部から大学院修士課程、博士課程までも備えており、アニメーション教育については完全なプログラムが提供されています。たとえば、学部生のカリキュラムは以下のようになっています。

こちら →http://www.adm.ntu.edu.sg/Programmes/Undergraduate/Pages/Home.aspx

 さらに、学部間の協力で、学際的な研究ができるような配慮もなされています。幅広くアニメーション教育ができるように教育システムが設計されているのです。

 シンガポールの場合、アニメを教える教員もアニメ業界人もほとんどが外国からやってきたそうです。能力を買われて引き抜かれてきたヒトたちなのでしょう。それだけに、ADMの教員は優秀なヒトが多いとブヌベヌチ氏はいいます。

 たとえば、この大学の准教授 Ina Conradi Chavezは、2017年2月にロサンゼルスで開催された映像フェスタ・アニメ部門で受賞しました。

こちら →
(http://www.studentfilmmakers.com/3d-filmmaking-alive-and-well-at-sda-2017/より)

 このように最先端のクリエーターが教員なのです。ADMは海外からの優秀な教員を揃えているばかりか、シンガポール政府が提供した最新設備を備えた施設があります。そのような教育環境の下、学生たちはアニメの理論と実践を学び、自主制作に励んでいるのです。すばらしいクリエーターが排出されるのも当然といえるでしょう。

 ADM学では3年前からアニメコースを二つに分けました。一つはアニメを学ぶコース、そして、もう一つは特殊効果を学ぶコースです。後者は学生の進路を考え、設定されたコースだといいます。卒業した学生たちがシンガポールで就職できるようにするには、アニメ制作会社をターゲットにしたコースばかりではなく、CMや映像一般、ゲーム会社などをターゲットにした特殊効果コースが必要だと判断されたからでしょう。

日本

 アニメ大国といわれながら、日本ではアニメ専攻を持つ大学は10校もありません。ですから、アニメを大学で系統的に学ぶ機会は少なく、学生が独自にアニメを学んでいるケースが圧倒的に多いのです。

 東京芸術大学の岡本美津子氏は、日本の大学でアニメ専攻を創るのはとても難しいといいます。実際、東京芸術大学では2008年に大学院としてアニメ専攻が創設されましたが、アニメ専攻の学部はいまもありません。

 さて、東京芸術大学大学院では現在、1学年16名で、総勢、32名が学んでいます。

こちら →
http://www.geidai.ac.jp/wp-content/uploads/2013/07/www.geidai.ac_.jp_film_pdf_anim_pamphlet.pdf

 高度な表現能力を持ったリーダーを要請するのが目的だとされており、①「才能発見型教育」によるリーダーの育成、②「つくる」を主体とした現場主義の教育環境の創造、③革新的なアニメーション表現を創造、④「総合的なネットワーク」の形成、等々が掲げられています。

こちら →http://www.geidai.ac.jp/department/gs_fnm/animation

 以上のような目的を達成するために、以下のようなカリキュラムが設定されています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。)

 これを見ると、グループ制作や講評、あるいは、外部から招聘したベテランクリエーターの下で制作実践を行うといったところに力点が置かれているのがわかります。従来、日本の大学教育は現場とは乖離していると指摘されてきましたが、その難点が克服されたカリキュラムになっています。学生たちは1年次で1作品、2年次で1作品、制作することになっており、創造的な実践が求められているようです。

 岡本氏は、東京芸術大学では多様性を持たせるような教育をしているといいます。そして、多様性がいかに重要かということの一例を紹介してくださいました。それは、芸大で、国際合同講評会を行った際、ロボットを扱った作品が日本人からは評価されていなかったのに、海外の専門家からは好評を得たというエピソードです。このような経験からいっそう、海外からの多様な視点を教育に取り入れることの必要性を岡本氏は感じられたようです。 

 それでは実際に、学生たちはどのような作品を制作しているのでしょうか。第7期修了生の作品の予告編がありますので、ご紹介しましょう。

こちら →http://animation.geidai.ac.jp/07yell/

 まさに多種多様、さまざまなテイストの作品のオンパレードです。ここで見られる制作の萌芽が今後、いかに大きく花開いていくか、創造者の道を歩み始めた学生たちは、日々、研鑽に努め、学び続ける意思が必要でしょう。
 岡本氏はさらに、芸大では日中韓で学生の共同制作を行っているといいます。たとえば、2016年度は以下のような作品が制作され、展示されました。

こちら →http://animation.geidai.ac.jp/jcksaf/
 
 以上、アメリカ、イスラエル、シンガポール、日本と、各国のアニメーション教育についての報告をみてきました。いずれも、さまざまな取り組みでアニメーション教育を行っていることがよくわかりました。もちろん、その背景には、国の体制、アニメーションに関する歴史、産業界との関連、等々が大きく関わっていることは確かでしょう。

 ただ、アニメーション教育には、どの国にも共通の課題もあるはずです。それは、制作を担う人材を育成していく上でぶつかる課題でもあるでしょうしクリエイティブな領域には不可避の課題でもあるでしょう。すなわち、アニメ制作をこなせる人材を育成するのか、新たなアニメを開拓できる人材を育成するのか、という問題です。

■大衆性vs.実験性
 司会者の竹内氏は、各登壇者の発表を受けた後、シンガポールのADMの学生たちの作品は産業界に近いが、芸大の学生たちの作品はアートに近いと短評されました。学生が制作した作品からそのような評価をされたのですが、ここには深い意味が込められているように思いました。

 つまり、この短評には、アニメーション教育にはシンガポールのADMのように卒業してすぐ産業界で働けるような教育をするのか、あるいは、芸大のように先端性、あるいは実験性を追求する教育を行うのか、という問題が含まれているという気がしたのです。ですから、竹内氏からは、大学を卒業した若者が将来、アニメ業界で生きていくには、どのような教育が不可欠なのか、という基本的な問題を提起されたといえるでしょう。

 アニメーションを専攻した学生が卒業後、その業界で生きていくには、受けた教育と産業界のニーズが合致している方がスムーズです。ところが、日本の教育ではたして、そのようなことが可能なのか、という問いかけでした。

 学生たちの制作した作品から、その教育内容が見えてきます。それを踏まえての発言だっただけに、教育界は重く受け止める必要があったかもしれません。つまり、アニメーション教育とアニメ業界との間で、もっと連携を強め、実際に役立つ人材を育成していく必要があるという指摘にはもっと耳を傾ける必要があるのではないかという気がしました。

 これに関連して、芸大の布山氏は具体的に、2012年からアニメーション・ブート・キャンプがスタートされているといわれました。これは教育界と産業界との共同のプロジェクトで、どのような人材を育成していくかを考え、その目的に沿って実践していくためのプログラムなのだそうです。いってみれば、教育界と産業界をブリッジするためのプラットフォームです。

こちら →https://animationbootcamp.info/

 ここでは集まった学生たちがチームを組み、彼らに対しアニメ制作のプロが教えるという仕組みで、3泊4日で、泊まり込みで学ぶというスタイルです。たとえば、アニメーションにおける演技という課題があるとすれば、3人一組でチームをつくり、その課題に取り組みます。このようなブートキャンプを経験すれば、下記のことを習得できるようプログラムが設計されているようです。

1.自己開発、自己発展できる人材の育成(テクニックではなく、考え方を教える):その結果、2Dでも3Dでも適応できる。
2.身体感覚、観察の重視。:その結果、パターンをコピーするのではなく、自分の身体感覚を起点に感じ、考えられる。
3.他者に伝わる表現力を目指す。

 以上のことを学生たちはワークショップを通して学び、自身の制作に結び付けていくといいます。このような布山氏の報告を聞くと、私が思っていた以上に、実践的な教育活動が展開されているようでした。

■アニメーション教育の今後を考える。
 布山氏が報告されたAnimation Boot Campについて興味深く思いましたので、ちょっと調べてみたところ、ディズニーなども行っていました。

こちら →http://www.waltdisney.com/sites/default/files/WDFM_SummerCamps_2014.pdf

 そして、その結果、制作されたのが以下の映像です。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=cDWURsNlwcE

 これ以外にも、さまざまな取り組みがあるようです。たとえば、アニメキャラクターについてのブートキャンプもあります。

こちら →http://www.schoolofmotion.com/products/character-animation-bootcamp/

 このようにして、ブートキャンプについてのサイトをいくつか見ていくうちに、日々、進化する技術や技法とセットで表現されるアニメーションの教育には、この種の実践体験が欠かせないのかもしれないと思うようになりました。

 さて、各国のアニメ教育者の報告を聞いていて、アニメーション教育にはきわめて多様な側面があるからこそ、さまざまな取り組みを実践していく必要があるのだということをあらためて感じました。クレイアニメ、長編アニメ、短編アニメ、2D、3D、あるいはテレビアニメ、といった具合に、アニメーションのジャンルによって、企画立案から、実践のための教育内容に至るまで異なってくるでしょう。 

 しかも、制作に必要な技術は日々、進化しています。ですから、布山氏がブートキャンプで実践されているという3項目は、どのタイプのアニメーションにも通用する基本的な学習課題として必要不可欠なのではないかと思いました。

 今回のパネルで登壇された方々はそれぞれ、アメリカ、イスラエル、シンガポール、日本でアニメーション教育のトップ校の教育者たちでした。それぞれの大学の学生たちは人的にも設備的にも最高の環境下で学び、実際にすばらしい作品を制作していました。こうしてみてくると、充実した設備の下、制作実績も豊富な教員の下で学ぶというのが理想なのでしょう。

 一方、日々進化する技術にどのように対応していくか、という課題も残っています。これについては、技術の習得に邁進するだけではなく、ヒトとしての感性を大切にしながら、他人に受け入れられる表現を目指す努力も怠らないようにする必要を感じました。日本が今後、アニメ大国にふさわしい教育を行っていくには、実績を積み上げながら、地道に実践を続けていくしかないのかもしれません。(2017/4/13 香取淳子)

クールジャパン:それぞれの戦略

■クールジャパン・出版ビジネス・パートナーズフォーラムの開催
 2016年9月23日、ビッグサイト会議棟703会議室で、第23回東京国際ブックフェアの一環として、クールジャパン・出版ビジネス・パートナーズフォーラムが開催されました。登壇者は、司会が慶應義塾大学教授・中村伊知哉氏、報告者が講談社ライツ・メディアビジネス局長・吉羽治氏、手塚プロダクション著作権事業局局長・清水義裕氏、アニメイト海外事業部部長代理・外川明宏氏、KADOKAWA常務執行役員・塚本進氏の4名でした。

 フォーラム開催に際し、クールジャパン政策を担当されている知的戦略推進事務局次長・増田義一氏が挨拶されました。増田氏は、政策を推進する際のキーワードは「連携」だといわれます。産官学の連携、業種間の連携、業態の垣根を超えた連携こそがクールジャパン政策を推進し、実りある展開が期待できるというわけです。

 このような考えの下、2015年12月に産官学連携のプラットフォームとして、一般社団法人Cip協議会が設立されました。国家戦略特区に指定された東京都港区の竹芝地区に、政府と東京都が連携してデジタル・コンテンツの集積拠点を作っていくという構想です。

こちら →http://takeshiba.org/cip-conference/

■デジタル・コンテンツ特区CiP
 海に面した竹芝地区に、国内外のデジタル・コンテンツのハブとなる建物が建設されます。東京オリンピックが開催される2020年には、業務棟(地上39階、地下2階、高さ210m)と住宅棟(地上21階、高さ100m)が完成する予定なのだそうです。このデジタル・コンテンツ特区はビジョン10か条に基づいて構想されており、これらのビジョンが実現すれば、とても魅力的なコンテンツ集積拠点になりそうです。

 ビジョン10か条は以下のように、イラストを使って端的に、シンボリックに表現されています。

こちら →cipvisonban-1
(http://takeshiba.org/より。図をクリックすると拡大します)

 たとえば、上記イラストの上段左端を見てみましょう。このイラストには、パソコンやIT企業、ロボット、コスプレなどが描かれています。いずれも、このデジタル・コンテンツ集積拠点のクラスターを表したものです。

 日本の産業界が培ってきた技術力、近未来に大活躍する兆しを見せ始めたロボット、そして、世界の若者を惹きつけて離さない日本のポップカルチャーといった具合に、現代日本を象徴するとともに、今後の社会を方向づけるようなモチーフが選択されています。ですから、このイラストからは、さまざまなクラスターが絡み合い、総合的にデジタル・コンテンツ領域で日本が力を発揮していこうとする意気込みが感じられます。

 次に、下段、真ん中のイラストを見ると、「TOKYO」と書かれたお面を真ん中に、「KYOTO」、「OKINAWA」、「SINGAPORE」、「USA」、「PARIS」と書かれたお面が放射状に置かれ、それぞれが、「TOKYO」と双方向の矢印でつながれています。まさに東京を中心に、国内外の諸都市をつなぐネットワークの形成を示すものであり、東京を内外のデジタル・コンテンツ制作のハブにしようとするビジョンが示されています。

 その他のビジョンも同様、イラストを使って、わかりやすく的確に、その意図と目的が表現されています。 いずれもICTが進展する状況下で、今後さらにグローバル化が進み、産業構造、文化状況が激変することを踏まえたビジョンといえるでしょう。一目でわかる端的な表現には若い感性が反映されています。次代に向けた取り組みとしてふさわしいと思いました。

■それぞれの戦略
 さて、出版パートナーズフォーラムでも、新しい動きが感じられました。ここでは4人の方が発表されたのですが、その中から、コミック、作品や原作の海外展開について報告されたお二人のご発表をご紹介していくことにしましょう。

■コミック・出版の海外展開
 講談社ライツ・メディアビジネス局長の吉羽治氏は、出版の領域で日本文化を海外に紹介する仕事をされています。これまでは日本文化の紹介だけでは収入が得られず、苦労されたようですが、コミックの出版が定着して以来、状況が変化してきたそうです。

 海外のコミック・アニメ市場がどれほど活況を呈しているか、最近の様子が写真で紹介されました。会場で撮影した写真は不鮮明でしたので、会場の雰囲気を把握するため、他の写真で見て見ることにしましょう。

こちら →%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%91%e3%83%b3%e3%82%a8%e3%82%ad%e3%82%b9%e3%83%9d
(http://euro.typepad.jp/blog/2016/04/japan_expo_paris.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 パリで開催されたJAPAN EXPO 2016には30万5000人が集まったそうですし、ロサンゼルスで開催されたANIME EXPO 2016にも約30万人が来場したそうです。いずれも史上最高の入場者数でした。

 コミック市場の場合、アメリカ、フランス、韓国、台湾、ドイツなど上位5か国で全体の80%を占めるといいます。コミック販売だけではなく、ライブイベントでのグッズ販売の売り上げも増えているそうです。アニメ人気にも支えられ、コミックは欧米、東アジアなどで安定した市場を形成していることがわかります。

 一方、ファッション雑誌、書籍などはアジア3か国で90%を占めるといいます。興味深かったのは、吉羽氏が、日本文化を共有できる国々での販売が中心になっていると指摘されたことでした。ファッションやライフスタイルに関する生活情報、文字に依存した書籍などの消費には文化的障壁があることが示唆されています。日本文化そのものへの関心が希薄なら、なかなか手に取ってもらえないことがうかがえます。英語に翻訳することで世界に販路は広がったとしても、実際に消費されるには、日本文化への関心あるいは、共感が必要だというわけです。

■作品、原作の海外展開
 手塚プロダクション・著作権事業局局長の清水義裕氏は、長年にわたって、海外市場の開拓にかかわってこられました。手塚作品をできるだけ多くのヒトに読んでもらいたいという思いから、さまざまな工夫をされてきたのです。すでに1990年代から世界のアーティストとコラボで手塚作品の制作を手掛けてこられたそうですから、海外展開のノウハウも蓄積されています。

代表作の「鉄腕アトム」には商品化権が表示されており、手塚プロダクションは日本で初めて商品化権の概念を確立したといわれているほどです。手塚作品は手堅く、スムーズに商品化が行われるようになっています。スタイルガイドに基づいて商品化を行うことによって、ライセンス収入が合理的に得られるようになっているのです。

■スタイルガイド
 手塚作品のキャラクター使用について、スタイルガイドをどのように使うのか、みていくことにしましょう。まず、スタイルガイドから、どのキャラクターを使用したいのかを選びます。

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(https://tezuka.co.jp/business/character/index.htmlより。図をクリックすると拡大します)
 
 どのキャラクターにも、なんらかのイメージが付随しています。利用者は目的にふさわしいイメージのキャラクターを選択し、活用しようとします。それだけにイメージの管理は重要で、手塚作品のキャラクターには、反社会的行為をしない、政治や宗教などの活動に一切かかわらない、未成年者に悪影響を与える商品や広告にかかわらない、といったルールが設けられています。ですから、手塚作品の中のどのキャラクターを選んだとしても、利用者は企業イメージや商品イメージを傷つけることなく使用できるのです。

 仮に鉄腕アトムを選んだ場合、次に、どのビジュアルを使用するかを決めます。

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(https://tezuka.co.jp/business/character/index.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 このように基本ビジュアルとして、あらかじめキャラクターの多様な表情を設定しておけば、利用者は選びやすく、プロダクション側も徹底した画像の品質管理ができます。さらに、利用者がキャラクターの画像を使用する際には、手塚プロダクションが監修を行い、品質の維持に努めているといいます。工業製品の品質管理を彷彿させる手法でキャラクターが管理されているのです。

 それを聞いて、手塚治虫の『マンガの描き方』(光文社)という本を思い出しました。ヒトの顔をそのように捉えるのかと面白かったので、覚えていたのですが、たしか、その本の中で、人間の顔のパーツがいくつものパターンとして描かれているものがあったのです。口や目、鼻、顔のカタチ、髪型といった要素を組み合わせて、顔の表情を創っていくのですが、これが上記で紹介したスタイルガイドに相当するように思えたのです。

 日本で最初にテレビアニメーションを手がけただけあって、手塚治虫には明確なキャラクター製造方式というものがあったのでしょう。それが後年、キャラクターの商品化の際、役立ったのだと思いました。

■年齢層別リメイク版
 清水氏はさらに、手塚作品の海外展開に際しては、対象年齢に合わせた展開を行っているといいます。たとえば、「鉄腕アトム」のリメイク版として、4歳から6歳までの就学前児童に向けにテレビアニメ「リトルアストロボーイ」を制作しました。11分49秒の映像がありますので、ご紹介しましょう。

こちら →
https://www.youtube.com/watch?v=IFSuLDabl6I&index=2&list=PLDir0jj5yIIuVLLxTRQGC4lzxJZEImyZX

 これはフランスのディレクターと共同で制作したそうです。フランスなどヨーロッパではアニメは子ども向けコンテンツという認識が強く、暴力等の要素は規制の対象になります。海外展開を考える際、現地の文化慣習を踏まえ、きめ細かくローカライズを図る必要があるからでしょう。

 そして、7歳から12歳向けにはCGテレビアニメ「アストロボーイ・リブート」を制作、提供しています。1分22秒の映像をご紹介しましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=Z240pys_D4A

 こちらも同様、フランス、モナコの制作会社との共同制作です。いずれも「鉄腕アトム」をたくみに換骨奪胎したものといえるでしょう。現地のヒトに受け入れてもらうには、 現地の文化テイストのようなものに合わせなければ、受け入れられにくく、それを打開するには、共同制作がもっとも適しているのかもしれません。

 清水氏はまた、アメリカ市場向けにはパロディもOKという方針で現地展開を図っているといいます。たとえば、「Peeping Life―WE ARE THE HERO」という番組で、アトムを登場させています。

 さらに、中国市場向けにはブラックジャックの実写化の計画が進んでいるといいます。「ブラックジャック」の原作を使用する権利を、中国の映画・テレビ番組制作会社が購入し、中国人の監督、俳優で制作するという内容で契約を結んだそうです。

 一連の事業内容を聞いていると、手塚プロダクションがどれほど積極的に海外展開を企図しているかがわかろうというものです。ローカリティを踏まえ、現地の制作者とコラボで制作すれば、世界に販路を広げることができるということを実証しているように思えます。

■それぞれの戦略
 コミックや原作の海外展開の面からクールジャパン戦略の現状を見てきました。担当者はさまざまな工夫を重ね、ローカライズを踏まえた戦略の下、奮闘なさっていました。そこで、内閣府のデータと照らし合わせ、将来の方向を考えてみることにしましょう。

 内閣府はコンテンツ領域については、以下のように分析しています。経産省の調査に基づき、日本国内のコンテンツ市場規模が今後、横ばいで推移するのに対し、海外の市場規模は年5%制度の成長が見込まるとし、コンテンツ産業の発展のためには海外展開を加速化することが重要だとしています。

こちら →%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%86%e3%83%b3%e3%83%84%e5%b8%82%e5%a0%b4
(内閣府データより。図をクリックすると拡大します)

 たしかに、高齢化が進めば、他の産業と同様、日本のコンテンツ産業もシュリンクしていくことは必至でしょう。年5%程度の成長が見込まれるのであれば、なにはともあれ、海外展開を積極的に推進していく必要があると思います。

 ところが、上記の図を見ると、日本コンテンツの海外売り上げのシェアは圧倒的にゲーム産業が占めています。日本アニメは海外で大人気だといわれながら、その規模はゲーム(家庭用、オンライン)のわずか1.2%でしかありません。

 しかも、今後、世界市場に打って出ることのできる次世代の作家がどれほどいるのかといえば、はなはだ心もとないといわざるをえません。新海誠氏、細田守氏など、素晴らしい作品を制作できる監督が出てきていますが、まだごくわずかです。

 文化庁のメディア芸術祭などの出品作品を見ると、近年、諸外国から応募が増え、ユニークなアニメ作品が続々、生み出されていることがわかります。このまま進めば、日本のお家芸だったアニメがいつの間にか、廃れてしまわないとも限りません。

 新しい領域を開拓できるユニークな作家が続々と育つよう、アニメ集積地である東京こそ、多様な文化を醸成できる拠点になってもらいたいと願っています。デジタル・コンテンツ特区として竹芝地区に設定されるCiPがその任を果たしてくれればいいのですが・・・。(2016/10/8 香取淳子)

世界インディペンデント・アニメーション2015:海外若手アニメ作家の成果発表

■招へいされた海外若手アニメ作家
2015年3月14日、文化庁の委託事業「平成26年度海外メディア芸術クリエイター招へい事業」が青山学院アスタジオで開催されました。

こちら →589484ceb2c9926f26e1d20314f88fc8

この事業は「アニメーション・アーティスト・イン・レジデンス東京」といわれ、その内容は世界の優れた若手アニメーション・クリエーターを東京に招聘し、日本のアニメーション文化に触れながら、作品を制作する機会を提供するというものです。平成26年度は61カ国から250件の応募があったそうです。募集要項を見ると、応募要件はかなり厳しく、即戦力のある人材が対象にされていることがわかります。

こちら →http://japic.jp/?p=1322

とくに、「国際性を持つ映画祭、映像展等において、自作のアニメーション作品の出品実績が1回以上ある経験者であること」という条件を課しているため、応募時点で実力のある若手アニメ作家が選別される仕組みになっています。その中から選ばれたのが、オーストラリアのアレックス・グリッグ氏、ロシアのアンナ・ブダノヴァ氏、やはりロシアのナタリア・チェルヌショーヴァ氏の3名でした。

■代表作の上映
第1部では招へい者3名の代表作の上映と作者による作品解説が行われました。まずアレックス・グリッグ氏の「ファントム・リム」(Phantom Limb、2013年制作)が上映されました。

こちら →https://vimeo.com/95255285

この作品では、交通事故で腕を失った女性のファントム・リム(幻肢痛)を克服しようとする若いカップルの心情が日常のやり取りの中で描かれています。

グリッグ氏によると、この作品はオンラインコミュニティLate Night Work Club(LNWC)から依頼され、LNWCの最初のプロジェクト「ghost stories」の一環として制作されたものだそうです。

彼は自身のHPでこの作品を典型的なゴーストものにしたくなかったと述べています。ですから、当初、グリム童話のような人食い人種が旅人を食べるストーリーを構想していたようです。ただ、それではストーリー展開が行き詰ってしまい、思い悩んでいたところ、たまたま幻肢痛ということが脳裏をよぎったのを契機に、恋人の手足という形態のゴーストを思い付いたようです。いったん着想すると、ストーリーはすぐに組み立てることが出来上たといいます。なぜ面白いと思ったのかを分析していくと、そのプロセスの中で自然にストーリーが出来上がっていったのでしょう。

次に上映されたのが、アンナ・ブダノヴァ氏の「ザ・ウーンド」(The Wound、2013年制作)です。これは、第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の大賞に輝いた作品です。

こちら →https://vimeo.com/63658207

この作品についてはすでにこのブログでも取り上げました。ブログのタイトルは「文化庁メディア芸術祭:短編アニメーション」です。

この会場で改めてこの作品を見て、その素晴らしさを再確認しました。わずか9分21秒の短編アニメーションですが、どのような大作にも勝るとも劣らない感動と余韻があるのです。

最後に、ナタリア・チェルヌショーヴァ氏の「フレンズ」(Deux Amis、2014年、4分2秒)が上映されました。30秒の予告編があります。

こちら →http://cher-nata.blogspot.fr/

ネットで調べてみたのですが、この作品の完全映像を入手することはできませんでした。30秒ではなかなか作品全体を掴むことはできませんが、動物を愛おしく見つめ、ユーモラスに描き出す才能が彼女にあることはよくわかります。背景は手描きで、北斎の影響を受けているといいます。

■成果発表
まず、アレックス・グリッグ氏は当初、骨と肉体が分離するというアイデアで研修企画を構想していました。ところが、この企画は展開に行き詰まっただけではなく、類似作品がすでに存在することがわかったので、途中で企画変更を行ったといいます。

新たな企画として思い付いたのが、宇宙でひとり漂う男の話でした。動きの実験を行い、これまでにやってこなかったテクニックをいろいろと試したようです。日本に招聘され、制作に集中できたことを喜んでいました。オーストラリアに帰国してからこの作品をアニマティックで仕上げ、12月半ばには作品を完成させ、公開したいといいます。

指導担当者からは抽象的な宇宙空間をどう表現するかという懸念が示される一方、最初の企画では二者関係に終始し、拡がりが見られなかったので、企画を変更してよかったという指摘がありました。

次に、アンナ・ブタノヴァ氏はロシアの伝説に題材を取った作品の一端を紹介してくれました。この作品もまた色彩を使わず、白黒で表現されています。キャラクターデザイン、背景などは前作とそれほど変わらないと彼女はいいますが、非常に個性的で魅力的なキャラクターが造形されていました。背景のタッチも前作とは異なり、強靭なパワーが感じられます。白黒のコントラストが強く、それが画面に強い力を漲らせているのです。

改めて、画才のあるアニメ作家だと思わせられました。ワンカット、ワンカットの絵に強く惹き付けられてしまうのです。この作品も影の付け方が巧みで、登場人物の動きがリアルで滑らかに見えました。

ロビーに出ると、和紙に墨で彼女自身を描いた絵の下に新作の仮タイトルを書いたシートが貼りだされていました。この自画像にも白黒の絶妙なバランスがみられ、才気が感じられます。

こちら →anna

アンナ・ブタノヴァ氏は日本に来て初めて、和紙などの多様な紙、墨などの多様なインク、筆、等々のマテリアルに出会ったといいます。それが彼女の創作意欲を刺激し、新たな表現に挑む契機となったようです。新作も前作と同様、9分程度の作品になるといいます。

研修中の指導を担当したアニメ作家の古川タク氏(日本アニメーション協会会長)、木船園子氏(東京工芸大学教授)、山村浩二氏(東京藝術大学大学院教授)は異口同音に、短い研修期間中(70日間)にここまで成果を出した彼女を賞賛しました。招へいされて日本に来た彼女が日本の素材と出会い、それを活かした形で新作を制作しているのです。「海外メディア芸術クリエイター招へい事業」の目的の一つがみごとに叶ったといえるでしょう。

最後に、ナタリア・チェルヌショーヴァ氏は子ども向けの作品を構想し、制作しています。レース編みをする老女を見て着想したといいます。クモの巣とレース編みを重ね合わせ、ストーリーを構築したようですが、行き詰まったようです。そこで、森に棲んでいるクモが編み物をしはじめるというストーリーに変えました。帰国してさらに精度を高め、12月には完成させるといいます。

指導担当者からは、彼女のユーモアのセンスが賞賛されました。動物固有の動きが丁寧に表現されており、しかも、それがユーモラスが動きをする・・・、細かいユーモアが随所にちりばめられているところがいいと評価されていました。

■海外メディア芸術クリエイター招へい事業
海外の若手アニメ作家を招へいするというこの事業は、彼らに日本文化の刺激を受けてもらいたいという目的、さらには日本のアニメ作家に刺激を与えてもらいたいという目的があるようです。この観点からいえば、平成26年度の事業は成功したといえるでしょう。

アンナ・ブタノヴァ氏は日本に来て、日本のマテリアルに出会い、それに触発されて和紙に墨で描くことで新たな表現世界を切り拓くことができました。日本のマテリアルがロシアの伝説から着想した作品にどのような香りづけをしてくれるのでしょうか、作品の完成が楽しみです。

指導担当者も海外からの招へい作家からおおいに刺激を受けたと語っていました。意気盛んに創作活動を展開している若手作家ならではのエネルギーが放散されているからでしょうか。経験の多寡を問わず、クリエイターが相互に刺激し合える環境を設定できたという点でもこの事業は成功したといえるでしょう。

こちら →kaijyou

興味深いことにオーストラリアのアレックス・グリッグ氏はグリフィス大学出身で、ロシアのアンナ・ブタノヴァ氏とナタリア・チェルヌショーヴァ氏はウラル州立大学の出身です。

グリフィス大学は、2007年にディズニーの元アニメーターで米アリゾナ大学教授であったクレイグ・コールドウェル氏を教授として招き、映像制作分野の教育を充実させてきたと聞いたことがあります。指導担当者によれば、ウラル州立大学も優秀なアニメ作家が教授として指導に当たっているそうです。こうしてみると、大学教育の中から将来の才能が育っているといっていいのかもしれません。

大学では優秀な指導者の下でテーマの発掘、ストーリー構築、制作技能などを磨き、卒業後はグローバルな他流試合を重ねて実践力をつけていくというのが優秀なクリエイターになる一つのコースになりつつあるのかもしれません。

卒業後の鍛練の場としては、オーストラリアのアレックス・グリッグ氏が参加しているというアニメ制作のためのオンラインコミュニティなども有効でしょう。今回の成果発表会に参加して、クリエイティブな領域の活動はすでに国境を越えて広がっているということを改めて実感しました。(2015/3/15 香取淳子)

文化庁メディア芸術祭:新人賞の「コップの中の子牛」

■新人賞を受賞した朱 彦潼(シュ ゲンドウ)氏
第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の新人賞は中国と日本、韓国が受賞しました。そのうち中国と韓国は短編アニメーション領域で評価されていますが、中国出身者の受賞は今回がはじめてです。

1988年に中国南京で生まれた朱彦潼氏は。南京財経大学広告専攻科を卒業して2010年に来日し、2011年から東京芸術大学大学院映像研究科でアニメーションを学び始めました。2014年に同科アニメーション専攻を修了していますが、「コップの中の子牛」はその大学院修了作品として制作されたものだそうです。

「コップの中の子牛」は2014年3月、東京芸術大学大学院映像研究科アニメーション専攻第5期生修了制作展で上映されました。これは横浜と東京で開催されています。その後、5月に開催された第26回東京学生映画祭アニメーション部門でグランプリを受賞しています。そして、9月末から10月初めにかけてロシアで開催された第21回国際アニメフェスティバル「クロック」でもグランプリを受賞しました。これには30か国以上の参加があったそうです。さらに、10月末に開催された第16回韓国国際学生アニメーション映画祭でグランプリを受賞しました。驚くほどの勢いで受賞しています。私が知り得たのはこれだけですが、もっと他にもあるかもしれません。

今回、文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門新人賞を受賞するまでにこの作品はさまざまな賞を受賞しているのです。制作してわずか1年のうちに朱彦潼氏の力量は国内外で高く評価されたのです。一体、どのような作品だったのでしょうか。

■「コップの中の子牛」
私は国立新美術館の受賞展でこの作品を見たのですが、まず、その映像に惹き付けられてしまいました。鉛筆デッサンのような絵に淡い色を添えただけなのですが、とても優しく、情感豊かに対象が描き出されているのです。

こちら →2303

この作品については、1分47秒の紹介ビデオがあります。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=S1ykdXsR854

4歳の女の子ヌヌは父親にコップの底に子牛がいるといわれ、それを信じて牛乳を飲み干しますが、子牛はいませんでした。これが冒頭のシーンです。父はおそらく、子に牛乳を飲ませたかったのでしょう、ですから、つい、子の興味をそそるような嘘をつきます。子は父のいうことを信じ、牛がどんなふうにしているのかさまざまに思い浮かべながら、牛乳を飲み干してしまいます。コップの底に子牛がいるのだと思い込んでいたからです。飲み干せば、子牛を見ることができる・・・、でも、コップの底に子牛はいませんでした。

日常的に見かける父と子のやり取りのシーンから、この作品は始まります。父にしてみれば、子に牛乳を飲ませるための他愛もない嘘ですが、子にしてみれば、父に対する信頼を揺るがしかねない大きな嘘です。これだけで子には父に裏切られたという思いが強く残るでしょう。

このようなエピソードを冒頭に設定することで作者は、すでに幼い頃から父と子のギャップが始まっているといいたかったのかもしれません。その後、さまざまな父の嘘を経験することで子はやがて父を信頼しなくなってしまいますが、興味深いことに、父について語るナレーションの言葉や口調が愛情に満ち溢れているのです。そこがこの作品の魅力になっているという気がします。

子のためについた嘘、生きていくためについた嘘・・・、さまざまな嘘をついてきた父を子は信頼できないと思うようになりますが、だからといって父を否定するわけではありません。嘘の背後にある子への思いを、作者は子としてきちんと読み取っているからでしょう。この作品からは大きく包み込むような親子の愛を感じます。

作者の朱彦潼氏はインタビュービデオで、この作品では80年代の中国の江南地方の建物や風景を再現したかったと述べています。おそらく、この物語を成立させるためにはそれが必要だったのでしょう。記憶に残る風景だけでは不十分で、そのためのロケーションもしたようです。そして、彼女は風情ある風景を描き出しました。

たとえば、こんな風景がありました。

雨が降る中、自転車に乗ったヒトが帰宅を急いでいます。上空には黒い雲が重く垂れ込め、その下の電線は揺れており、どうやら風が強そうです。手前の建物でも新春を祝う横断幕や提灯が大きく揺れています。そして、建物の窓からは灯りが洩れてきていますから、すでに夜なのでしょう。あっという間に過ぎてしまったシーンですが、どういうわけか、印象に残っています。

この風景の中にはヒトが生きていくこと、生活していくこと自体に困難が伴うことが示されています。でも、だからこそ、ヒトはつながり合おうとし、大切なものを守り抜こうとするのでしょう。そのような状況の中にこそヒトの温もりはあると作者はいいたいのかもしれません。作者の世界観であり、人間観です。作者のそのようなヒトを見る目、社会を見る目、世界を認識する視点に私は惹かれます。そして、作品の随所に見え隠れするこのような要素こそが、国境を越えて多くのヒトの共感を誘ったのではないかと思ってしまうのです。

このように見てくると、作者が敢えて80年代の風景を探し求めた理由もわかります。たしかに、便利で清潔で美しい都会的な風景の中ではヒトとしての温もりを表現しにくいのかもしれません。風景とそのような心情とがマッチしないのです。実際、ここ30年ほどの間に私たちは急速に、便利さや清潔さと引き換えにヒトとしての温もりを失ってしまいました。作者は幼い頃の経験を丁寧に掘り起してストーリーを組み立てましたが、作品として完結させるには80年代の故郷の街並みを再現する風景が不可欠だったのだと思います。

記憶を頼りに過去を手繰り寄せて完成されたこの作品には一種の心地よさが感じられます。それは、登場人物や背景を描いた画風、背後に流れる音楽や音響、ナレーションの口調、そういうものが相互にうまくマッチしていたからだと思います。作品全体から漂う心地よい調和は、作者の記憶に残る、貧しくても調和のとれた生活空間そのものから来ているという気がしました。(2015/2/21 香取淳子)

文化庁メディア芸術祭:短編アニメーション

■第18回受賞作品
第18回メディア芸術祭のアニメーション部門の応募作品数は、劇場アニメーション、テレビアニメーション、オリジナルビデオアニメーションの分野で60作品、短編アニメーションで371作品でした。圧倒的多数が短編アニメーションだったのです。

そのせいか受賞作品も、大賞(ロシア)、優秀賞(アルゼンチン、フランス)、新人賞(中国、韓国)等々が短編アニメーションで占められていました。高い芸術性と創造性が評価されたようですが、残念ながら、日本の短編作品は受賞しませんでした。受賞作品以外に審査委員会推薦作品も設けられています。

審査委員会推薦作品を見ても、24作品中16作品が短編アニメーションでした。受賞作品を含めると、21作品が高い評価を得たことになります。短編アニメーションの応募総数は371作品ですから、受賞比率は約5.9%です。

一方、劇場アニメーション等の領域は応募総数が60作品で、受賞作品が3作品、審査委員会推薦が8作品でしたから、合計で11作品、受賞比率は約18.3%になります。劇場アニメーション等の領域は応募総数こそ少ないものの、受賞比率は短編アニメーションに比べ約3倍も高いということになります。このような結果からは、劇場アニメーション等の領域への応募者は実績のある制作者が多いことが示唆されています。

ちなみに過去の受賞歴を見ると、「もののけ姫」(第1回)、「千と千尋の神隠し」(第5回)、「クレヨンしんちゃん」(第6回)、「時をかける少女」(第10回)、「魔法少女まどか☆マギカ」(第15回)といったように、錚々たる作品がアニメーション部門の大賞を受賞しています。

過去日本が大賞を受賞したのは劇場アニメーションかテレビアニメーションでした。第18回も日本は劇場アニメーション領域では2作品が優秀賞、1作品が新人賞を取っていますが、大賞は逃しました。興味深いことに、第17回、第18回とも日本はアニメーション部門の大賞を逃しているのです。

第17回は韓国系ベルギー人ユン監督(ベルギー名:Jung Henin)とフランスのドキュメンタリー映画監督ローラン・ボアローの共同監督による「はちみつ色のユン」でした。75分の作品です。

こちら →http://hachimitsu-jung.com/

そして、第18回はロシアの若手アニメーター、Anna Budanovaの作品「The Wound」でした。こちらは9分21秒の短編アニメーションです。

■「The Wound」
ロシアの26歳の若手アニメーター、Anna Budanovaが今回、大賞を受賞しました。なによりもまず鉛筆画の素朴で優しい画風が印象に残ります。

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文化庁ホームページより

作品は全編、細部にまで神経の行き届いた味わい深い画風で展開されます。

こちら →https://vimeo.com/63658207

私はロシア語版でしか見ることができなかったのですが、柔らかいタッチの映像が味わい深く、その場の状況はもちろんのこと、登場人物たちの情感や主人公の深層心理までもよく理解することができたような気がしました。ワンカット、ワンカットの絵が素晴らしいのです。

まず、冒頭のシーンの映像構成に惹き付けられてしまいました。哀調を帯びたロシア音楽を背景に、壁に掛けられた写真が次々と映し出されていきます。過去、主人公と関わりのあった人々なのでしょう。髭を描き加えられたり、中には顔の上に×がつけられた写真もあります。そのヒトたちはかつて主人公に心の傷を負わせた人々なのかもしれません。

こちら →unnamed

やがて太った老女が現れ、鏡を磨きはじめます。鏡の中のわが身をじっと見入っていたかと思うと、過去にタイムスリップしていきます。これが主人公です。

クリスマスの日。子どもたちが喜んではしゃぎまわる中、サンタクロースはプレゼントを次々と渡していきます。どういうわけか最後になるまで一人だけもらえなかった少女は、遠慮がちにサンタにプレゼントをねだります。

そのとき、少女は白い耳に真っ赤な鼻先をつけてウサギの恰好をしていました。だからでしょうか、サンタクロースは袋の中から一本のニンジンを取り出し、少女に渡したのです。少女は落胆と屈辱感に打ちのめされてしまいます。

それを見ていた男の子たちがはやし立て、少女に近づき、ゴムで装着した真っ赤な鼻先を勢いよく引っ張り、極限まで引っ張ったところで放しましました。反動で少女は顔面一体に強烈な痛みを覚えます。この時少女は精神的暴力と身体的暴力を同時に受けたのです。このシーンで作者は主人公の心の傷の原風景を抒情性豊かに描きます。

少女は泣きじゃくりながら、ウサギの衣装を脱ぎ捨て、帰宅し、ベッドの下に潜り込みます。しばらくして泣き止むと、意を決したかのように、傍にあった鉛筆で床に殴り描きを始めます。その顔は激しい憤怒に駆られています。描いた線はやがて形になり、毛むくじゃらの小さな生物になっていきます。この小さな生物が現れると途端に少女の表情は明るくなります。

こちら →FullSizeRender (4)

これが主人公の生涯の友になるthe wound です。日常の風景の中で、主人公(現在は老女)とサブ主人公の登場のさせ方が実に巧みです。監督、脚本はAnna Budanova(アンナ・ブダノーヴァ)です。ここまでの1分23秒間で、物語の導入と登場人物の紹介、テーマ、等々が手際よく、しかも明確に提示されています。その後の展開は見てのお楽しみ・・・、ここで紹介するのはやめておきましょう。

■短編アニメーションの多様な可能性
第18回メディア芸術祭の短編アニメーションへの応募総数は371作品でした。そのうち受賞および審査委員会推薦作品に選ばれたのが21作品で、受賞比率は約5.9%でした。劇場アニメーション等の長編アニメーションに比べると、3分の1以下の受賞率です。この結果からは、実績の少ない人々が短編アニメーションに多数応募していることが推察されます。

廉価なパソコン、操作が簡単で高機能の編集ソフト等が出回っている現在、意欲さえあれば、以前よりはるかに容易にアニメーション制作に参入できるようになっているのです。それだけアニメーション制作をめざすクリエーターの裾野が広がっているといえるでしょう。制作環境がデジタル化するに伴い、アニメーションを見て楽しむだけではなく、自分でも作ってみようと思う層が増えてきているのです。若い世代にはとくに国境を越えて、短編アニメーションという領域が違和感なく、過不足なく自分を表現できる場として認識されつつあるのではないかという気がしています。

たとえば、今回の「The Wound」は、主人公の心の傷が毛むくじゃらの生物に変貌し、生涯それと共に生きていくというストーリーでした。おそらく作者自身の体験をベースに着想されたストーリーなのでしょう。クリスマスのシーン、スケート場でのシーンなど、細部が生き生きと描かれています。

「The Wound」では、心の傷の化身という一見、突拍子もない造形物が違和感なくストーリーに溶け込み、リアリティ豊かに表現されているのです。だからこそ、私たちは感情移入し、この作品の世界に浸ることができるのですが、それは、作者が丁寧に自分の体験を見つめ、それを昇華させてストーリーを紡ぎあげたからにほかなりません。

短編アニメーションの制作費は比較的安く、制作日数も比較的短くて済むので、制作の敷居は比較的低いといえます。実績がなくても、意欲さえあれば制作可能ですし、どのようなテーマも表現可能です。

劇場アニメーションやテレビアニメーションの場合、最初から観客動員数を視野に入れて構想を練り上げなければなりません。短編アニメーションにはその種の制約が少ないので、観客に媚びることなく、自由にテーマ設定ができますし、ストーリーにメリハリがなくても構いません。

短いので、ストーリーに起伏を持たせる必要もなければ、サブストーリーを設定する必要もありません。自分が表現しようと思ったことをそのまま素直に表現できるメリットがあると思います。それだけに、短編アニメーションには作者が抱え込んだ心の傷、あるいは忘れることのできない経験が反映されやすいといえるかもしれません。作者にとって忘れがたい心の原風景が作品として仕上げるための動機付けとして作用することもあるでしょう。

そういえば、第17回の大賞「はちみつ色のユン」は長編アニメーションでしたが、監督自身の体験に基づいたドキュメンタリータッチのアニメーションでした。短編ではありませんが、監督自身の思いのたけをぶつけたところにヒトの心を打つ作品ができあがったという気がします。商業ベースではなかなか制作できない類の作品です。

今回、短編アニメーションの受賞領域は、大賞1作品、優秀賞2作品、新人賞2作品でした。いずれも日本は受賞していません。商業ベースのアニメーションに馴染みすぎて、発想や展開がパターン化しているのではないかと懸念されます。とはいえ、審査委員会推薦作品には日本から7作品が選ばれていますから、多様な作品が生まれる土壌はまだ劣化していないのかもしれません。(2015/2/19 香取淳子)

文化庁メディア芸術祭:新たな表現の地平を拓く

■受賞作品展
2015年2月13日、国立新美術館で開催されている第18回文化庁メディア芸術祭・受賞作品展に行ってきました。開催期間は2015年2月4日から2月15日までです。平日のお昼過ぎだというのに若いヒトが大勢、参加していたので驚きました。

入ってすぐのコーナーにはインスタレーション作品が展示されていました。中央にコントローラーが設置され、参加者が周波数をコントロールすることができるようになっています。自分の手先の動きがどのように映像や音声に反映されるのか試してみることができるのです。電磁波を可視化、可聴化した作品で、参加型の芸術です。大勢のヒトが次々と変化する映像を食い入るように眺めていました。

制作者は坂本龍一氏と真鍋大度氏、「センシング・ストリームズ―不可視、不可聴」というタイトルで、インスタレーション部門の優秀賞を受賞しています。札幌国際芸術祭2014のために制作された作品だそうです。

こちら →http://www.rhizomatiks.com/archive/sensing_streams/

いまや生活必需品になってしまったテレビや携帯は、実は、電波を使ったメディアです。それぞれ割り当てられた周波数帯域を使っていますが、この作品はその周波数を可視化、可聴化するというもので、新たな表現領域を開拓したといえるでしょう。まさにメディア芸術祭ならではの作品です。

メディア芸術祭では、このインスタレーション作品のようなアート部門、エンターテインメント部門、アニメーション部門、マンガ部門など4部門の応募作品を対象に、それぞれ優秀賞、新人賞、審査委員会推薦作品が選ばれ、受賞展で展示されます。この展覧会は、既存の「芸術」という枠組みに入りきらない新しい領域の表現活動に対する評価と発表の場なのです。

こちら →http://j-mediaarts.jp/

■過去最高の応募総数
文化庁メディア芸術祭受賞作品展は1998年に第1回目が開催され、今年で18周年を迎えました。その推移は以下の通りです。

こちら →http://archive.j-mediaarts.jp/about/history/

今回の応募総数は3853作品だったそうです。そのうち国内は過去最高の2035作品、海外は70カ国・地域から1818作品といいますから、文化庁メディア芸術祭が国内外で幅広く知れ渡っていることが示されています。

文化庁のサイトから、応募作品数の推移を見ると、2012年に飛躍的に増えていることがわかります。現在、第16回までのデータしかありませんが、今回、第18回の応募総数は過去最高だったそうです。文化庁メディア芸術祭は回を重ねるにつれ、グローバルに認知されるようになり、果たす役割も大きくなりつつあることがわかります。

こちら →
http://archive.j-mediaarts.jp/data/about/assets/docs/jmaf_number_of_entries16ja.pdf

さて、第18回(2014年)は過去最高の応募総数だったといわれています。そこで、応募作品数データをみると、それぞれ、アート部門(1877)、エンターテインメント部門(782)、アニメ部門(431)、マンガ部門(763)でした。飛躍的に応募作品数が増えた第16回(2012年)のデータと比較すると、アート部門は約25%増、エンターテインメント部門は約5.5%増、アニメ部門は約14.2%減、マンガ部門は約66.6%増でした。メディア芸術祭が対象とする4部門のうち、3部門が増加しているのに、アニメ部門だけが減少しているのです。日本といえばアニメといわれるほど、日本アニメーションの存在は大きいと思っていただけに、ちょっと気になりました。

■アニメ部門の受賞者
アニメ部門の受賞者を見ると、大賞が短編アニメーションでロシアが1作品、優秀賞が劇場アニメーションで日本が2作品、短編アニメーションでアルゼンチン1作品とフランス1作品、新人賞が劇場アニメーションで日本1作品、短編アニメーションが中国1作品、韓国1作品という結果でした。日本は劇場アニメーションで優れた作品を制作していますが、短編ではどうやらそうでもなさそうです。

そこで、審査委員会推薦作品を見てみると、日本は短編アニメーションで7作品、テレビアニメーションで4作品、劇場アニメーションで1作品でした。推薦作品24本のうち、なんと半数を日本が占めているのです。今回短編アニメーションの応募数は371作品だったそうです。その内外比は明らかにされていませんが、受賞作品と審査委員会推薦作品の結果からは、日本は依然として一定のレベルの作品を制作する力量を保持しているといっていいのかもしれません。

推薦された短編アニメーション作品16作品のうち、7作品は日本でしたが、オランダ/米、スロベニア、米、イタリア、ラトビア、台湾、中国などがそれぞれ1作品、スペインは2作品推薦されています。さまざまな国が短編アニメーションを制作しはじめ、それぞれの文化を反映した秀逸な作品を輩出しつつあることがわかります。

一方、まだ数としては少ないですが、ブラジルは劇場アニメーション、オーストラリアは長編アニメーションで審査委員会推薦作品を出しています。短編とは違ったテクニックいが要求される領域でも海外作品に優秀なものが出てきているのです。これまで日本は劇場アニメーション、テレビアニメーションの領域で牙城を築いてきましたが、いつまでも安穏としていられなくなるかもしれません。

■新たな表現の地平を拓く
とくにオーストラリアの作品には新鮮さが感じられました。長編アニメーションでありながら、新しい表現領域に挑戦した実験性の強い作品です。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=89ot4uLkYvI

思い起こせば、モーション・キャプチャーを使って見事な3DCG作品「Happy Feet」(2006年)を仕上げたのがオーストラリア出身のジョージ・ミラー監督でした。タップダンスが得意の主人公(ペンギン)の滑らかな動きを表現するため、当時、IBMオーストラリアの協力を得て膨大な作業をパソコンで処理していました。制作に関わったアニメーターの一人にブリスベンで取材したことを思い出します。

何を表現するか、いかに表現するか。これは芸術表現に付きものの課題ですが、メディア芸術にはとくにメディアを駆使した表現の可能性を試行する必要があると思います。私がオーストラリアの作品「The Stressful Adventures of Boxhead & Roundhead」に強く関心を覚えたのはおそらくそのせいでしょう。この作品の背後にチャレンジ精神に溢れた多数の若手アニメーターたちの姿が透けて見える気がするのです。(2015/2/15 香取淳子)

和田淳氏の『グレートラビット』

■「第17回DOMANI・明日展」で見た和田淳氏の『グレートラビット』
「第17回DOMANI・明日展」ではアニメーションも上映されていました。7分間の映像作品です。2011年にイギリスに行って研修し、2012年に制作したのがこの『グレートラビット』なので、たしかに在外研修の成果といえるでしょう。この作品はベルリン国際映画祭銀熊賞など国内外で受賞しています。

ホームページには53秒の映像がアップされていますので、ご紹介しましょう。
作品の一端を知ることができます
 
こちら→ http://kankaku.jp/independent-jp/rabbit.html
 

登場するキャラクターはいずれもふくよかで、どこを触れてみても、そこはかとない温もりが伝わってきそうです。手書きのアニメーションだからでしょうか、ほのぼのとした暖かさが画面全体にあふれています。描かれた線は柔らかく、動きものんびりとしており、安らぎが感じられます。
 
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■気持ちいいという感覚
和田氏はインタビューに答え、次のようにいっています。
 

人間が心や体の奥底で持っている気持ちいいと思う感覚のようなものが、自分の作品で表現でき、さらに作品を観た人にそれを呼び起こさせるということを喜びとしている私にとって、もし自分がつくっているものがアートなのだとしたら、アートとはそういうことができるものなのではないかと思っています。
 
… 「第17回DOMANI・明日展」カタログ・インタビュー(p.18)より

 
たしかに彼の作品を観ていると、身体の奥底から気持ちいいという感覚が立ち上ってきそうです。丸みを帯びたキャラクターの形態、おだやかな輪郭線、淡い色彩、そして、和紙の感触の残る背景。つい見入ってしまいますが、見終えるといつの間にか、いい気持ちになってしまっているのです。おそらく、対立、葛藤、競争、等々といった鋭角的な要素が注意深く作品から排除されているからでしょう。

 
■気持ちいい動き、気持ちいい音
この作品で音声の存在はきわめて希薄です。何をいっているのかわからない小さな雑音のような音声が、時折り挿入されるだけです。ですから、私は観客の意識を映像に集中させるために敢えて音声を絞り込んでいるのかとおもっていたのですが、どうやら違うようです。彼はインタビューに答えて次のようにいっています。
 

気持ちいい動きを思い描く時には、頭で気持ちいい音も同時に鳴っているので、どのような音をどのタイミングで入れるかは、どのような動きがどのタイミングで動くのかと同じように重要なのです。両方あって初めて成立するものだと思うので。
 
… 「第17回DOMANI・明日展」カタログ・インタビュー(p.19)より

 
映像から鋭角的な要素を排除したように、音声からもその種の要素を排除しようとすると、結果として、小さな、何をいっているかわからない騒音のような音声を時折り、挿入するということになってしまうのでしょう。

 
■ストーリー
さらに、和田氏は次のようにもいいます。
 
作品を考える時に、最初にストーリーというものを考えません。まずある動きやシチュエーションを思い浮かべて、それが何故そういう動きをするのか、それがどういう展開をすれば面白いかを考えます。そしてそれらをどのようにつなげれば作品として成立するかを考えながらストーリーのようなものを紡いでいきます。
 
… 「第17回DOMANI・明日展」カタログ・インタビュー(p.19)より

 
作品づくりの端緒は動きとシチュエーションだというのです。最初に全体像を決めて、細部を掘り起こしていくというスタイルではなく、気になる動きやシチュエーションが最初にあって、それから展開を考える際にストーリーを組み立てていくというのです。「気持ちよさ」というものを動きやシチュエーションの中に見出すだけではなく、作品全体の意味として追求しようとすれば、ストーリーは欠かせませんが、それがいわば「つなぎ」の役割にとどまっているというのが和田氏の作品づくりの特性なのでしょう。だからこそ、感性優位の心に沁み込む作品が生まれるのだと思いました。

 
■「気持ちよさ」の背後にあるもの
和田氏は「気持ちいい」を手掛かりに作品を制作しているといいます。たしかに会場で7分の『グレートラビット』を見て、久しぶりに心が和らぎ、「気持ちいい」気分になったことを思い返します。この作品から映像にしても音声にしても、ヒトの感覚を鋭角的に刺激する要素が排除されていたからだと思われます。そして、意味のはっきりしないストーリーもまたそのような感覚が醸成させるのに寄与していたような気がします。
 

私たちはいま、諸感覚器官を鋭角的に刺激する映像や音声を日常的に浴びています。ひょっとしたら、そのような状況に私たちの感覚器官は疲れ切っているのかもしれません。だからこそ、和田氏の作品を観ると「気持ちいい」と思えてしまうのではないでしょうか。そのように考えてくると、和田氏の作品は刺激に溢れた現代社会という背景があるからこそ、さらに大きく価値づけられているのではないかと思います。洋の東西を問わず、現代社会の多くの人々にこの作品は快く受け入れられると思いました。(2015/1/15 香取淳子)

アニー賞にノミネートされた「食物連鎖」が示すもの

■「食物連鎖」がアニー賞にノミネート
湯浅政明氏とチェ・ウニョン氏が監督する「食物連鎖-Food Chain-」がアニー賞にノミネートされました。アニー賞は1972年に国際アニメーション協会によって開始され、映画部門とテレビ部門が設けられています。2013年の映画部門では世界各国で大量動員を誇ったあの『アナと雪の女王』が受賞しました。アニメのアカデミー賞といわれるだけあって、ノミネートされただけで大きな話題となる権威ある賞なのです。

「食物連鎖-Food Chain-」は、米テレビアニメ『アドベンチャー・タイム』の第80話として制作された作品で、湯浅政明氏は監督、脚本、絵コンテを担当したそうです。

■1月3日に日本で初放送
日本では1月3日にCSのCartoon Networkで初めて放送されました。私はオンタイムで視聴することができなかったので、インターネットで見ました。

こちら→ http://matome.naver.jp/odai/2139694387605609901/2141162540722627803

 子どもには難しいかな?と思われるテーマですが、食物連鎖の仕組みがひとつずつ丁寧に描かれています。しかも、二人の主人公がそれを体験するという展開になっています。絵柄もとても素直で見ていて快さが残ります。日本のテレビアニメと違って、視聴者に媚びるところがないのです。ちょっと驚きでした。

アメリカにはこのような作品が評価される文化的土壌があるのでしょう。だからこそ、子どもに媚びることなく、子どもに見せたいと思える作品を制作する環境が保持されているのかもしれません。

■子ども向けアニメに要求されるものは?
 興味深かったのは、湯浅政明氏へのインタビュー記事でした。彼は『クレヨンしんちゃん』の制作にも関わった経験があるようです。それを踏まえ、インタビュアーが「子どもをターゲットとしたアニメで気をつけていることはありますか」と質問したところ、湯浅氏は以下のように答えているのです。

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日本よりも海外のほうが子どもに見せてはいけないものはハッキリと決まっていて、「食物連鎖」というテーマで「宇宙人のうんちを食べなければ生き残れない」みたいな話にしようかと思ったら「うんちはダメ」だと(笑) あとは、ものを噛んだ時にニョロッと虫が出てくるシーンがあって、それが内臓に見えてダメだから色を変えようとか、そういうことはありましたね。

こちら→http://animeanime.jp/article/2015/01/01/21440.html

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 日本のアニメであれば子どもに受けるために要求される下ネタが、アメリカではむしろカットされるというのです。それは制作者としての倫理観から生まれた基準があるからなのでしょうし、そのような目に見えない基準を制作者に堅持させる社会風土があるからなのでしょう。

■子どもを巡る情報環境
いま、子どもたちは生まれたときから、さまざまなメディアからの情報の渦に巻き込まれて育ちます。善悪の基準も美醜の基準もまだ培われていない段階から、いまの日本の子どもたちは「ウケ狙い」の情報に曝されています。それはよくないと誰もが思っていたとしても、テレビは視聴率が取れなければオンエアを許されず、出版物は販売部数が伸びなければ廃刊の憂き目にあってしまいます。素晴らしい企画が持ち込まれたとしても、視聴者へのキャッチの部分がなければ、作品として世に出ることはないでしょう。

社会全体が「ウケ狙い」を当然視している風潮をどうすれば、変えることができるのでしょうか。ひょっとしたら、保護者が、子どもたちを情報環境から保護する姿勢で臨まない限り、変えることができないのかもしれません。そう考えると暗澹たる気持ちになってしまいます。

■アニメ「食物連鎖-Food Chain-」が示す、子どもとの向き合い方
 「食物連鎖-Food Chain-」を視聴した上で、湯浅監督のインタビュー記事を読み、とても考えさせられました。アメリカの子どもたちもおそらくは下ネタが好きでしょう。でも、制作者がそれに乗らないのです。子どもたちを手っ取り早く引き付けることができるとわかっていても、あえて、そうしない・・・。そのような凛とした姿勢を日本の制作者に望みたいと思います。

一方、制作者が凛とした姿勢を取るためには、良心的な作品に対しては社会で支援し、積極的に推進していくようなシステムを教育の一環として作っていく必要があるのかもしれません。(2015/01/04 香取淳子)