■海外ドラマ特別賞受賞作品を巡って
2015年10月22日、千代田放送会館で「東京ドラマアウォード2015」の一環として、海外作品特別賞のシンポジウムと上映会が開催されました。プログラムおよび登壇者は以下の通りです。
こちら →http://j-ba.or.jp/drafes/press/pdf/drafespress20151013_1j.pdf
登壇者は、タイから『サミー・ティトラ~夫の証~』のエグゼクティブ・プロデューサーと監督、韓国から『ミセン~未生~』のチーフ・プロデューサーと脚本家、日本からTBSのプロデューサー、NHKのエグゼクティブ・プロデューサーなど、いずれもヒットドラマを制作してこられた方々です。そして、モデレーターは、上滝徹也・日本大学名誉教授です。
なぜ大ヒットドラマを制作することができたのか、ここでは報告に沿って、タイと韓国のケースをみていくことにしましょう。
『サミー・ティトラ~夫の証~』は、年間最高視聴率14.9%を記録するほどタイで大ヒットした番組です。しかも、今回の作品をプロデュースしたエグゼクティブ・プロデューサーのA・トーンプラソム氏は、前作で主役を演じたタイを代表する女優だったそうです。実際、会場で見ると、まるでハリウッド女優のように美しく、華やかでした。
もう一人の登壇者、A・ジットマイゴン氏はメロドラマにかけては定評があるといわれている女性監督です。彼女の名前をネットで検索すると、どういうわけか、中国のサイトで頻繁にヒットします。彼女が監督したドラマは中国でもよく見られているようです。たとえば、2009年に制作された『愛のレシピ』は中国語タイトル『爱的烹调法』としてネットで視聴できますし、DVDも販売されています。
こちら →
http://movie.douban.com/photos/photo/2199671477/より。
興味深いことに、この『愛のレシピ』の主人公は、『サミー・ティトラ~夫の証~』のエグゼクティブ・プロデューサーのA・トーンプラソム氏でした。どうやらお二人はこれまでになんどか、監督と主演女優のコンビとしてラブストーリーを制作されていたようです。
■身近な題材を手掛かりに
今回、海外作品特別賞に選ばれた『サミー・ティトラ~夫の証~』もやはりラブストーリーです。2014年2月19日から4月20日まで、チャンネル3で13話が放送されました。You tubeから46秒のPR映像をご紹介しましょう。
こちら →https://www.youtube.com/watch?v=lTLkJ9o2nY8
最初にCMが流れた場合、スキップしてご覧ください。
これは主人公と対立関係にある登場人物のやり取りのシーンです。このような激しさは日本のドラマではあまり見かけませんが、愛する男性を巡る女性同士の諍いはラブストーリーには付き物です。愛の得難さ、守り難さを描くには欠くことのできない仕掛けなのかもしれません。
この作品を監督したA・ジェットマイゴン氏は、視聴者にはドラマを見て楽しんでもらいたいし、ドラマによって喚起される感情を深く味わってもらいたいといいます。だからこそ、波風の立つシーンを随所に設定し、日本人からみれば過剰だと思えるほどの感情表現を演出するのかもしれません。彼女は『サミー・ティトラ~夫の証~』の視聴率が高かったのは、身近に起こりうる出来事を題材にしたラブストーリーだったからだと説明しました。
エグゼクティブPDのA・トーンプラソム氏も同様の見解です。たとえば、女性は配偶者を選ぶとき、相手のどこを見て適否を判断しているのか、最愛の配偶者を自分だけのものにしておきたいという欲求に駆られたとき、どのような行動に出るのか、といったようなことは誰もが身近に経験する出来事です。このドラマはそのような人生のパートナーとのラブストーリーを題材にしたので、視聴者の共感を得やすく、高視聴率につながったのだと分析しました。
■制作環境に基づいた戦略を
それでは、韓国の場合はどうでしょうか。
今回受賞した『ミセン~未生~』は、ケーブルテレビ局tvNによって制作され、2014年10月17日から12月20日まで放送されました。カタログを見ると、最終話でケーブルテレビとしては異例の10.3%もの視聴率を取ったそうです。地上波が圧倒的な強さを見せる韓国のドラマ市場でなぜケーブル局制作のドラマが大ヒットしたのでしょうか。
脚本家のチョン・ユンジュン氏はこのドラマが視聴者の共感を生み出すことができたからだといいます。それも幅広く、深い共感を呼び起こすことができたからこそ、大ヒットにつながったのだという認識です。
彼女もタイの制作者たちと同様、ラブストーリーは視聴者の共感を得やすいといいます。ところが、このドラマを制作するにあたって、ラブストーリー以外に視聴者の共感を得やすいものは何かと探したのだそうです。というのも韓国ではいま、視聴者を惹きつけるドラマの題材やテーマが枯渇しており、これまでのようにラブストーリーだというだけでは見てもらえる状況ではなくなっているからだというのです。
一方、チーフPDのイ・チャンホ氏は、tvNは来年でようやく設立10周年を迎える歴史の浅いテレビ局なので、大衆受けする俳優がなかなか出演してくれないといいます。キャスティングはドラマを見てもらうための重要な要素です。ところが、それが難しいとなれば、ドラマを成功させることはできません。検討を重ねた結果、シナリオ中心のドラマ制作をめざすことにしたと説明しました。
脚本家のチョン・ユンジュン氏も、tvNはテレビ局として認知度がきわめて低く、戦略的にならざるをえなかったといいます。韓国のドラマ市場は地上波で占拠されており、ケーブルが参入するのはきわめて難しい状況でした。どの層をターゲットにするのか、何を題材にどのようなテーマを設定するのか、それまでとは一線を画したドラマ作りを模索せざるをえなかったというのです。
韓国で日本ドラマや米国ドラマを見ているのは20代だそうです。いってみれば、新しいジャンルのドラマを受け入れる可能性のある層です。そこで、制作陣はこれまではケーブルテレビの視聴者層ではなかった20代をターゲットに絞り込んだそうです。結果を見ると、このターゲティングは正解でした。
主人公は26歳の男性です。
こちら →
http://kstyletrip.com/blog/?p=1072より。
主人公のチャン・グレは7歳のときから囲碁の神童と呼ばれ、プロ棋士を目指して生きてきたのに、入段試験に落ちてしまいました。仕方なくアルバイトや日雇いの仕事をしていましたが、コネで総合商社に入社することができ、高学歴の社員に交じって働くようになったという設定です。学歴もなければ、社会経験もありません。どちらかといえば、一般の視聴者よりも低い立場の若者を主人公に設定したのです。
■幅広い共感を生むドラマ
ITジャーナリストの趙章恩氏は、このドラマの韓国社会での反応を次のように記しています。
「「未生」がヒットした理由は、自分の話のようだと共感する人が多いからだ。ネット上には、未生を自分の物語として受け止める書き込みが非常に多い。(中略)また、「未生」は就職準備中の大学生にも人気だ。ドラマの中に登場するインターンの仕事ぶりや社員らの処世術も見どころだからだ。」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20141030/273187/より。
これは日経ビジネスonline(2014年10月31日)に書かれた記事ですが、多くのヒトがこのドラマに共感したことは韓国メディアでも次々と取り上げられていました。幅広く視聴者の共感を誘うことが大ヒットの条件であることは明らかです。
もっとも、非正規職を転々とする若者の間では、これは「勝ち組」の物語だとする批判的な意見もあったようです。韓国では学歴がなければ正規職に就くのが難しく、主人公が大手商社にコネ入社したという設定そのものが、リアリティのないファンタジーに過ぎないと思えたのでしょう。
現実社会では、仮に大手商社に入社できたとしても仕事ができなければ、バカにされたあげく、退社させられてしまいます。厳しい環境で生きる多くのサラリーマンにとって、必死になって仕事を覚え、周囲に溶け込もうと努力する主人公の姿は、鏡に映った自分の姿でもありました。物語を構成するエピソードも、誰もがいつか、どこかで経験するような出来事です。多くのサラリーマンにとってはまさに身につまされる「自分の物語」だったのです。
もちろん、似たような環境で働く女性は主人公に自分を重ね合わせることができますし、そうではない場合も恋人や夫、息子の姿を重ね合わせて視聴することができます。プロ棋士になれなかった27歳の男性を主人公にすることによって、このドラマは幅広い層の共感を得るのに成功しました。描かれるサラリーマンの生活は多くのヒトにとって身近なものであり、ドラマに同化できる格好の題材だったのです。
You tubeから2分8秒のPR映像をご紹介しましょう。
こちら →https://www.youtube.com/watch?v=luMWE_NeGso
最初にCMが流れた場合、スキップしてご覧ください。
『ミセン~未生~』の原作は、web仕様の漫画です。原作者のユンテホさんは主人公をプロ棋士の夢に破れた若者に設定した背景を次のように語っています。
「出版社から提案があった。提案されたのは、囲碁とサラリーマンを結びつけた話だった。囲碁の世界には我々の生活にも役立つ哲学的な言葉や教訓が多い。出版社は囲碁9段の人が世間に向かって語るという話を希望していたが、納得がいかなかった。そこでプロの棋士になれなかった人が主人公になるのがふさわしいと思った。」
http://www.asahi.com/articles/ASH2Q4227H2QUHBI00L.htmlより。
興味深いのは、「囲碁の世界には我々の生活にも役立つ哲学的な言葉や教訓が多い」という理由で、棋士を主人公にしようとしたことです。構想の段階で、漫画の原作者と出版社が教訓を得られやすい作品を志向していたことがわかります。
ドラマ『未生』はこのような要素をさらに増幅させています。ラブロマンスの要素を抑え、サラリーマンの哀歓を中心にストーリーを展開させています。ですから、多くの視聴者の感情移入を誘って共感を深めただけではなく、さまざまなシークエンスから視聴者が人生訓を引き出せるようにすることができたのです。
それでは、国境を超えたドラマには何が必要なのでしょうか。アジア市場、グローバル市場に不可欠な要素とは何なのでしょうか。
■アジア市場、グローバル市場に向けて
韓国のイ・チャンホPDは、ドラマへの感情移入が最も大切だといいます。登場人物に同化し、感情移入を誘うことができれば、言語、文化が異なっていても主人公と共に悩み、悲しむことができ、ドラマが作り出す世界に入っていくことができます。ですから、愛や友情といったものをテーマにすれば、アジアの視聴者の共感を得ることができるのではないかというのです。
一方、韓国のチョン氏は脚本家として、ドラマ作りにおいてアジア市場、グローバル市場というようなことは考えていないといいます。興味深いことに、国際共同制作については否定的な見解を吐露しています。
たしかに、これまで日韓共同制作でいくつかドラマが制作されたことがありますが、成功したとはいえません。チョン氏がいうように、双方が対立した際、折り合いをつけるという解決方法を取ることによって、ドラマとしてのパワーを弱めてしまったからでしょう。調整するという行為には突出した部分を削るという作業が含まれます。これは、何人かの美人のパーツを寄せ集めてコンピュータで写真を合成しても、魅力ある顔にならないのと同様です。突出した部分を調整することによって魅力を半減させてしまったのです。
もっとも、チョン氏は国際共同制作を完全否定しているわけではありません。もし、そういうことになれば、題材やテーマについて双方が合意の下で共同作業をしていく必要があるといいます。
それぞれの文化を背負った制作陣が制作を巡って対立した場合、折り合いをつけることによってではなく調和を生み出し、ドラマのパワーを削ぐのではなく、引き出すことができれば、素晴らしい作品を生み出すことができるのかもしれません。
チョン氏はさらに、世界に通じるドラマ作りについて、「もっとも韓国的なものがもっとも世界的なもの」といわれたことがあったが、文化の要素を盛り込んだものが継続的にヒットするとは思えないといい、ストーリーテリングこそが重要だと指摘します。
そして、『未生』のように社会現象を盛り込んだドラマが中国や日本でも通用するのか疑問だといいます。社会問題そのものよりも、むしろ、社会問題に対応する普遍的な人間の感情、対立、どのように乗り越えることができたのかといったようなものが共感を生んできたのではないか。ですから、とくに普遍的な情緒を描くストーリーテリングが大切だといいました。
タイの監督A・ジットマイゴン氏はアジアの文化には共通の要素がある、とくに人々の繊細さが共通しているので、共感できるテーマを選ぶことが大切だといいます。そして、文化に焦点を当て、海外に伝えていくことができれば素晴らしいと述べました。
PDのA・トーンプラソム氏は、相手国の文化を知り、理解し合うことが大切だといいます。それには連続ドラマを見るのが一番だというのです。ただ、そのために自国の文化を必要以上にドラマに入れ込む必要はなく、見て、感じてもらえばいい。見ているうちにその国の文化が自然にわかってきます。ですから、俳優が交流することが大切だと指摘しました。
■グローバル市場:ドラマ進出の要件
「東京ドラマアウォード」は2008年、放送コンテンツの海外発信のために、「市場性」「商業性」を重視した賞として創設されました。そして、「東京ドラマアウォード2015」の一環として、今回のシンポジウムが開催されました。登壇者はいずれも大ヒットドラマの制作者たちです。各人の発言がかみ合い、内容の充実したシンポジウムだったと思います。
現在、ICTの進歩によって世界はどんどん狭くなっています。国境を超えることが容易になったのにともない、ヒトの人間観、人生観まで似てきています。とくに、ドラマをパソコンか、スマホ、タブレットで視聴する若者の感性は驚くほど似てきています。これまでに比べ、はるかに国境を越えて共感を得やすい社会状況になっているといえるでしょう。ドラマのアジア市場、グローバル市場を支える環境はすでに出来上がっているのです。
それでは、ドラマの海外進出の要件は何なのでしょうか。
登壇者の方々は、自国でヒットしたドラマの要因として異口同音に、身近な題材で共感を得やすいテーマを設定したことだと述べられました。裏返せば、多くの視聴者がドラマに求めるものがそういうものだということになります。先ほど述べたように、ICTの進歩によって国境を越えて社会状況、生活環境が似てきているとすれば、これをそのままドラマの海外市場進出の要件と考えることができそうです。
ただ、ドラマのリズムやテンポといったテイストの部分で受け入れられにくい部分が出てくるかもしれません。まさに固有の文化に相当する領域ですが、そのような課題もストーリーテリングの力で乗り越えられるでしょう。
テレビドラマは小説と違って、具体的な事物を映し出すことによって物語が構成されます。抽象化の度合いが低いだけに、目に見える現象に引きずられやすく、しっかりとしたストーリーテリングが必要になります。ストーリーテリングに魅力があり、視聴者に受け入れられさえすれば、そのような文化的差異が逆にドラマの魅力の源泉になるかもしれません。テレビドラマの今後に期待したいと思います。(2015/10/28 香取淳子)