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08月

百武兼行 ③:ロンドン時代の人物画、《母と子》について考える。

 前回、ご紹介しましたように、百武兼行(1842 – 1884年)がロンドンで描いた作品のほとんどが風景画でした。師事したのが風景専門の画家だったからです。ところが、唯一、人物を描いた作品が残されていました。

 それが、《母と子》です。

 どのような作品なのか、まずは画面を見てみることにしましょう。

■《母と子》(1878年)

 この作品は、《バーナード城》と同じ、1878年に描かれました。ロンドン時代に描かれた唯一の人物画です。

(油彩、カンヴァス、112×85㎝、1878年、有田工業高校)

 子どもを背負い、山道を歩いてくる女性の立ち姿が、画面中央に描かれています。山の頂上付近なのでしょうか、踏み固められた土が平らになって、道となったような山道です。その周辺一帯には、穏やかな陽射しが降り注ぎ、のどかな山村生活の一端がしのばれます。

 母子の傍らには、白とこげ茶のぶち犬が、まるで見守ってでもいるかのように、寄り添って歩いています。犬の脚が細すぎるのが気になりますが、尻尾を立て、女性を見上げる所作がなんとも微笑ましく、気持ちの和む光景です。

 これまでの百武はもっぱら、風景画を描いてきました。ところが、どういうわけか、この作品では珍しく、人物を取り上げています。しかも、正面から、全身像を捉えているのです。

■母と子の表情からくる違和感

 メインモチーフである母と子は、画面中央のやや左寄りに描かれています。女性は正面を向いて立ち、子どもは母の背中に負ぶわれ、肩越しに顔を覗かせています。いずれも観客を正視する恰好で描かれています。

 顔面部分にフォーカスしてみましょう。

(※ 前掲。部分)

 母にしろ、子どもにしろ、一見して、人物の描き方がいかにも不自然なのがわかります。表情といい、身体表現といい、リアリティに欠け、なんともいえない違和感があるのです。

 まず、表情からみていきましょう。

 母の表情は硬く、まるで観客を凝視しているように描かれています。口元に笑みはなく、寛いだところもありません。そのせいか、怒っているように見え、どちらかといえば、恐い表情です。

 ひょっとしたら、緊張していたのかもしれません。あるいは、疲れていたのかもしれません。仮にそうだとしても、子どもを背負って、山道を歩いている時、子どもにはちょっとした話しかけぐらいはしていたはずです。そうすると、多少、表情は緩みますから、このような恐い表情にはなりえません。

 違和感を覚え、子どもの顔に目を移すと、背中に負ぶわれている子どももまた、怯えたような表情をしています。探ろうとする目つきで、母親の背中からそっとこちらを覗いているのです。

 のどかなはずの光景なのに、母の表情も、子どもの表情も、何か恐いものにでも出会って、緊張している時の表情なのです。ところが、そのようなものは画面に何一つ、描かれていません。

 この母子を恐がらせ、緊張させているものは、ひょっとしたら、この画面の外にあるのかもしれませんが、そのようなことがあるとすれば、まず、傍らの犬が反応するはずです。

 そう思って、犬を見ると、正面を向かず、女性の方を見上げています。緊張している様子もありません。犬はただ、母子の傍らで、寄り添うようにして歩いているだけでした。つまり、このことからは、母子の正面、あるいは周囲に、彼らを緊張させるようなものは存在していないということになります。

 再び、子どもの顔を見てみました。

 改めて見ると、背中におんぶされている子どもの顔は、ただ大人の顔を小さくしただけのような描かれ方でした。幼さや丸味、柔らかさといった、子どもらしい特徴が何一つ、捉えられていないのです。

 ひょっとしたら、百武の人物表現が拙いからでしょうか。ふと、そんな気がしてきました。

 この母子の表情に違和感を覚え、奇異な印象を抱いてしまいましたが、それは、百武が西洋人の顔貌を表現するのに慣れていなかったからかもしれません。母と子が描かれている状況と、その表情とがマッチしないので、不自然に思い、違和感を覚えてしまった可能性があるのです。

 そう思って、見直すと、不自然なのは、顔面だけではありませんでした。よく見ると、身体表現もまた不自然でした。

■母と子の身体表現

 母や子の身体表現を見ると、一見して明らかに、骨格を踏まえて描かれていないことがわかります。ですから、やはり、奇異な印象を覚えてしまいます。

 それでは、母と子の上半身にフォーカスして、画面を見てみることにしましょう。

(※ 前掲。部分)

 まず、気になったのが、母にしがみつく子どもの手と腕です。手が小さすぎますし、シャツの先から伸びている手首と手の甲に、力が入っているようには見えませんでした。母のブラウスを掴むには、それなりの力を出しているはずです。筋肉が動けば、手首も手の甲もそれに応じて変化しているはずですが、その痕跡はどこにも見られません。

 そもそも、子どもは母の背中からずり落ちないように、手と腕を使って、ブラウスの下の母の腕をしっかりと掴んでいるはずです。そうすると、それにしたがって、母のブラウスにも皺が寄るはずですが、そのようにはブラウスの皺は描かれていませんでした。

 さらに、もう一方の手も、ブラウスの端を掴んでいましたが、ちょっと掴んでいるだけで、母の腕をしっかりと掴んでいるようには見えません。

 そもそも、子どもは、母の背中から、向かって右側に大きくはみだすように描かれています。正面よりもかなり右にずれているので、両方の手が、母の腕のほぼ同じ位置を掴むことはありえません。

 子どもが母の真後ろにいた場合、両手の位置は、この絵のように、ほぼ同じ位置になるのでしょうが、子どもの位置がこれだけ大きく右に寄っていますから、もう一方の手はおそらく、母の腕の付け根、あるいは、肩辺りを掴むことになるのではないかと思うのです。

 さらにいえば、子どもを後ろ手で支える母の上腕から肘にかけての表現も、不自然と言えば、不自然でした。

 子どもをおんぶするには、肩や上腕、後ろに回した腕にそれなりの負担がかかります。たとえ、ブラウスの上からでもそれが表現されていなければ、なりません。ところが、そうではなく、ダブダブに膨らんだ袖で肝心の部分が覆われていたので、曖昧に処理されているという印象を受けてしまいました。

 このように、せっかくの人物画なのに、全般的に、人の身体構造、身体の動きと筋肉との関係など、肝心のところが考慮されておらず、違和感が残りました。人物画に不可欠な要素が欠けていたので、リアリティを感じられず、不自然な印象を受けてしまったのです。

 それに反し、母と子に寄り添って歩いている犬はとてもうまく描かれていると思いました。

■犬の表現

 女性のすぐ横で、そっと寄り添うように、白とこげ茶色のぶち犬が歩いています。母と子の描き方がぎこちなかったのに比べ、こちらはとても自然に描かれています。ちょっと見上げたように、顔を傾けた仕草がとても愛らしく、印象的でした。

(※ 前掲。部分)

 夕暮れ時なのでしょうか、画面下半分は淡い褐色に染まっています。中景から前景に至る淡い土色の小道にも、薄い赤褐色が、所々に落ち、夕刻ならではの華やぎを醸し出しています。その中を歩く犬もまた、淡い赤褐色に包まれています。見ているだけで、のどかな山村の幸せを感じさせられます。

 犬は、歩く姿勢、首、胴体、脚、尻尾などの身体部位、そして、艶やかな毛並み、どれをとっても皆、とてもリアルに表現されています。犬が歩いている山道の中心部分は、人が歩いて踏み固められ、土が白くなり、周囲よりもやや低くなっています。犬が歩く傍らには小石がいくつも剥き出しになって転がっており、そこに、背後から鈍い陽射しを受けたぶち犬の影が、淡く長く伸びています。

 リアリティがあり、しかも、豊かな詩情性を感じさせる表現です。なんとも巧みな描き方だといわざるをえません。油彩画を学びはじめてわずか2年しか経っていないとは思えないほどです。

 人物と比較し、犬があまりにも巧みに描かれていたので、ひょっとしたら、百武は、動物をモチーフに描いていたのではないかと思い、ロンドン滞在中の作品をチェックしてみました。

 すると、風景画が多いのですが、中には動物を描いた作品もありました。

 風景ばかりではなく、牛や馬、虎など、動物のスケッチを多少はしていたようです。その中に犬の顔面のスケッチが残されていました。

 《素描 犬図》とされている作品です。

(鉛筆、紙、28×39㎝、制作年不詳、所蔵先不詳)

 手前は、耳が垂れ、鼻先の長いぶち犬なので、ダルメシアンでしょう。後ろは、耳は垂れ、鼻先が長く、大きな目をしているので、マンチェスターテリアのように見えます。スケッチといいながら、いずれも、特徴がよく捉えられており、犬の性格まで表現されているように見えます。

 後ろの犬には首元に蝶ネクタイが結ばれていますから、スケッチされたのは、家族から愛された愛玩用の犬だったのでしょうか。両方の犬とも、目つきがユーモラスで、愛らしさがあります。

 このようなスケッチの経験があるからこそ、百武は、《母と子》の中で、リアリティのある犬を描くことができたのでしょう。犬の身体表現については、牛や馬、虎など、動物の素描経験が役立っているように思います。百武はロンドン滞在中に、牛や馬については骨格を踏まえて、さまざまな姿態をスケッチしていました。

 さて、この作品は百武にとって、ロンドン時代、唯一の人物画でした。ところが、これまで見てきたように、肝心の人物の出来具合はそれほどよくありません。母と子の添え物のように描かれていた犬と比較すれば、雲泥の差でした。多少でも描いたことがある犬はごく自然に表現できていたのです。

 どれだけ数多く描いたかということが、うまく描けるか否かに大きく影響していることがわかります。

 それでは、研鑽を積んできた風景についてはどうでしょうか。この作品では、風景は背景として画面に組み込まれています。

 背景を見ていくことにしましょう。

■背景の妙味

 背景として描かれた風景は、遠近法を踏まえ、陽光の射し込み具合を考えて描かれています。そのせいか、画面に奥行きがあり、リアリティが感じられます。画面全体に安定感があり、丁寧に描かれた前景には、活き活きとした躍動感さえ醸し出されていました。

 画面の上半分が、大きく広がる空、そして、下半分は、メインモチーフが歩く山道といった具合に、はっきりと二つに分かれており、その連続性は希薄です。まるで別々の風景が繋ぎ合わされているかのように見えますが、それは、おそらく、色調が大きく二つに分かれているからでしょう。

 上半分で描かれているのは、どんよりとした雲に覆われた空と微かに見える遠くの山並みです。それら一切合切が、所々、青の混じった白に近い淡いグレーの濃淡で表現されているのです。

 空と遠景の山並みとは境目なく、混じり合っているように見えます。そして、空が限りなく広いように見えますから、むしろ、空を際立たせようとして、その色調にしたのかもしれません。

 雲が幾層にも果てしなく、広がっています。しかも、たいていが分厚く、巨大です。そのボリューム感には圧倒されてしまいます。

 歌田真介氏は、この作品をX線写真で見た結果について、次のように述べています。

 「明るい部分は厚塗りで、暗い部分は薄塗りである。そして遠景から描きはじめて、手前に向かって描いている。(中略)遠景あるいは背景から描くことは、はじめに空間の位置や色彩を決めることであり、それにバランスするよう主たるモチーフを描くことになるので、合理的な方法である。「母と子」の場合、広い空が明るいことから、シルバー・ホワイトを主とした、かなり厚塗りで「はり」のあるものになっている」

(※ 歌田真介、「百武兼行の技法」、三輪英夫編『近代の美術 53』、至文堂、1979年、p.94.)

 画面を見ていただけではわからない作品の制作過程について、歌田氏は、X線撮影した写真を通して明らかにしました。

 興味深いのは、百武は、シルバー・ホワイトを使って、空を厚塗りしていたということでした。シルバー・ホワイトという絵具を使って、量感のある雲を表現していたというのです。

 ホルベインは、シルバー・ホワイトについて、次のように説明しています。

 「中世〜近世の絵画で、重要な白だった鉛白をベースにしたホワイト。黄みで温かみがある色調が特長です。顔料の鉛白の有害性と、黄ばみやすさ、硫黄を含んだ絵具やガスでの暗色化懸念から、現在では主流を外れていますが、乾燥が早くしかも堅牢で上層をしっかり受け止める長所があり、描き始めから中描きに使われます。着色力が低いので、混色用にも適しています」

(※ https://www.holbein.co.jp/blog/art/a183

 当時、シルバー・ホワイトしか選択肢がなかったからかもしれませんが、百武はシルバー・ホワイトを使って厚塗りをし、空を仕上げました。おかげで、存在感のある空になったといえるでしょう。

 シルバー・ホワイトは、黄色味があり、温かさが感じられる色調を創り出すことができました。だからこそ、百武は、黄色などの暖色系を使わず、白とグレー、淡い青を使って、雲間から洩れる陽光の輝きを表現したのでしょう。

 実際、この作品の風景には、メインモチーフを深く包み込むような奥行きと広がりが感じられます。背景として後方に控えているだけではなく、大きな存在感を示しているのです。その結果、背景とメインモチーフの力が拮抗して、画面に緊張感を与え、見応えのある作品になっているような気がします。

 風景に目を注ぐと、メインモチーフの拙さが気にならなくなってくるほどでした。そのような錯覚を覚えるのは、百武が、メインモチーフを引き立てながらも、背景そのものが存在感を持てるよう、構図や色構成に配慮していたからではないかと思います。

■画面を支える構造的なライン

 興味深いのは、画面左に見える山の頂上が、女性の肩のラインと同じ位置で描かれ、そこから右下に下がっていることでした。まるで観客の視線を無意識のうちに右下方に誘い込んでいく試みのようにも思えます。この斜めのラインが、淡いグレーの濃淡で表現された遠景の中に、静かな動きと流れを生み出しているのです。

 一方、画面の下半分は、褐色を基調に表現されており、メインモチーフを支えるリアルな空間として機能しています。

 たとえば、犬の足元に転がっている石や土くれが、とても丁寧に、写実的に描かれています。足元のリアリズムが、メインモチーフのぎこちない表現を目立たなくしているように思いました。

 中景右寄りには、こんもりとした木が黒褐色で小さく描かれており、背後の山並みとの境界となっています。そして、前景右側を見ると、褐色の草木がカーブを描いて揺れ、地面に影を落としています。

 興味深いことに、その中景の木と前景の草木の影が弧状に配置されており、繋げば、大きな曲線の一部になります。

 こうして画面下半分に、曲線が生み出す柔らかさと優しさが生み出され、躍動感が醸し出されています。何気なく描かれたように見える、これらの風景的要素の組み合わせの中に、巧みな視線誘導が感じられます。

 さらに、画面右下に伸びる草木の影と、女性の足元から伸びる影、そして、画面左側の灌木の影が、ほぼ平行で左下方に伸びています。そして、画面右下の草木の影と、画面左側の灌木とが対角線上に配置されて、画面に安定感をもたらしています。

 こうして見てくると、風景の中にさり気なく込められた、左から右への斜線、中景から前景に向けての曲線、そして、前景で右から左下に平行に伸びる3つの影線、これらのラインがこの作品の中で大きな役割を果たしているように思えてきます。

 斜線、曲線、平行線といった幾何学的要素が、自然の風景の中から引きだされ、再編成されて画面に組み込まれているといえます。それが、この作品を構造的にしっかりとしたものに見せているような気がしました。

 百武が実際にこのような風景を見て描いたのかどうか、わかりませんが、取り上げた風景の要素を使って、画面に動きをもたらし、流れを生み出し、画面を構造化する効果を導いていたことは確かです。

 それが、メインモチーフを支え、安定感のある作品にしあげていたといえるでしょう。百武が描いた風景は、背景とはいいながら、単なる背景に留まらず、なんともいえない妙味を画面にもたらしていたのです。

 そこには絵画を越えた学識が必要で、わずか2年ほどの油彩画歴で身に着くものではありません。百武が持ち合わせていた絵の天分に加え、幅広い教養が影響していたという気がします。いずれにしたも、背景のおかげで、この作品が含蓄のある作品に仕上がっていたといえるでしょう。

■《母と子》から見えてくる、ロンドンでの学び

 百武兼行はロンドンではじめて、油彩画を学びました。前回、ご紹介しましたが、ロンドンで師事していたのは、風景画家のリチャードソン・ジュニア(Thomas Miles Richardson, Jr. 1813-1890)でした。鍋島直大の胤子夫人とともに、週1回、公館に来てもらって、公務の合間に、指導を受けていたのです。

 今回、取り上げたこの作品は、リチャードソンから学びはじめて約2年後の作品です。そして、《バーナード城》とほぼ同時期に描かれました。

  《バーナード城》 に大きな進展がみられていたように、百武は、風景画については、わずか2年間でさまざまなことを習得していました。とくに、見たままの自然の風景の中から、必要な要素を引きだし、再編成して組み合わせ、作品を強化する手法を、確実に身につけていたように思えます。

 たとえば、《バーナード城》では、流れゆく川面の波頭を際立たせ、砂州の小石を丁寧に描いていました。波頭や小石に着目し、その存在を観客の目に留まるように描いていたのです。そうすることによって、悠々と流れる時、あるいは、無常観といったものへの関心を観客の心のうちに呼び覚ましていたのです。

 この作品に、西洋の風景を描きながら、日本的情感を感じさせられるのは、百武のそのような工夫のせいでした。

 《バーナード城》 の空いっぱいに広がる雲の表現も、《母と子》と同様、ボリューム感溢れるものでした。こちらも、おそらく、シルバー・ホワイトで厚塗りしていたのでしょう。この雲の存在感が、前景で広がる砂州と川の流れの存在感と拮抗しており、画面に緊張感を生み出していました。

 このように、モチーフの組み合わせと構図によって、画面に緊張感を生み出し、作品を構造的に堅牢なものにするという点で、《バーナード城》と《母と子》の背景には類似性がありました。

 こうしてみると、百武はどうやら、リチャードソンから学びはじめて2年後には、油絵の技法を獲得していたことがわかります。さらに、作品の強度を高める構図、あるいは、作品に情感を盛り込むための着眼点などを、自分なりに会得していたのではないかという気がします。

 《母と子》の背景部分を見ると、風景画家から学んだ成果以上のものが表出しているように思えます。まず、背景として選んだ風景が、メインモチーフを活かせるように再構成し、工夫の跡が見られました、さらに、背景を二分し、双方が拮抗して画面に緊張感を持たせることによって、その構造を堅牢なものにする工夫もされていました。

 リチャードソンの作品と比較しなければ、明言はできませんが、これらは、いずれも百武独自の着眼点のような気がします。

 さらにいえば、母と子の傍らに犬を配して画面構成したところに、百武のバランス感覚が感じ取れます。人物表現については未熟であるとの自覚があったのでしょう。

 一方、動物については素描や油彩画作品が何点か残されていました。画題として取り組み始めていたようで、それなりの手応えを感じてもいたのでしょう。だからこそ、メインモチーフの絵として不十分なところを補うように、犬を添えていたのだと思います。

 それにしても、背景としての風景は、確かに、稚拙なメインモチーフを支える機能を果たしていました。背景を色調で二つに分割し、その緊張感がメインモチーフを引き立てるように構成されていたのが見事でした。

 さり気なく、そして、洗練された方法で、背景としての風景が、メインモチーフの造形的欠陥を補っていたのです。百武のセンスの良さ、学識の高さを思わずにはいられません。

(2023/8/31 香取淳子)