ヒト、メディア、社会を考える

絵画

「クリスティーナの世界」から、アンドリュー・ワイエスのエッセンスを探る。

■アンドリュー・ワイエス展の開催

 アンドリュー・ワイエス展が、東京新宿区の美術愛住館で2019年3月16日から5月19日まで、開催されています。私はこれまでワイエスの作品を見たことがなかったので、4月5日、美術愛住館に行ってきました。地下鉄四谷三丁目駅から徒歩3分ほどの住宅街にある、こじんまりした美術館でした。

美術愛住館

 この美術館は、作家の堺屋太一氏と画家池口史子氏が20年ほど居住していたビルを改装し、2018年3月に創設されました。開館一周年記念として、「アンドリュー・ワイエス展」が開催されています。

 展示されていたのはいずれも、丸沼芸術の森(http://marunuma-artpark.co.jp/)が所蔵する「オルソン・ハウス・シリーズ」コレクション238点の中から選ばれた作品でした。1939年から1969年までの作品が、1F展示室に23点、2F展示室に16点と計39点、それに加え、オルソン・ハウスの模型が1点、展示されていました。

 1F展示室では、オルソン家に関する作品が展示されており、2Fでは、その住民であるクリスティーナを描いた作品「クリスティーナの世界」の習作を中心に、関連作品が展示されていました。オルソン家をテーマに展示作品が絞り込まれており、しかも、習作が多かったので、アンドリュー・ワイエスの創作過程を考えるには恰好の展示構成になっていました。

 それでは、印象に残った作品をご紹介していくことにしましょう。

■透明感のある色調、柔らかな陽光、日常性の中の煌き

 会場に入った途端、目に飛び込んできたのが、「オルソン家の秋」(水彩、紙、55.0×75.4㎝、1941年)でした。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 透明感のある色調がとても印象的です。水彩画とはいいながら、滲みを活かした作風はまるで墨彩画のようにも見えます。とくに白の扱い方がきわだっていて、画面に洗練された味わいが醸し出されており、惹きつけられました。

 次に印象に残ったのが、「穀物袋」(水彩、紙57.4×36.4㎝、1961年)です。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 柔らかな陽光が納屋に射し込み、穀物が詰まった袋を照らし出しています。直接、光が当たっている部分、影になった部分、照り返しで明るくなっている部分、それぞれが微妙に描き分けられていて、袋の中に入っている穀物のずっしりとした重さが感じられます。

 戸口に立っている男の影が床や穀物袋に及び,半身を見せただけの姿に密やかな存在感を与えています。よく見ると、影になったところにブリキのバケツが置かれているのがわかります。縁どられたわずかな白と黒い手提げだけで、隠れていたバケツを見える存在にしているのです。

 陽光が優しく、柔らかく、そして、温かく射し込み、ありふれた日常生活の一コマを浮き彫りにしています。ヒトが暮らす生活の中で、ともすれば見落とされがちな美しさがさり気なく捉えられていて、引き込まれました。

 1F展示室ではこのように、オルソン家に関する作品が主に展示されていました。一連の作品の中で、オルソン家の情景を捉え、見事に作品化されたものがあります。それが、「オルソン家の朝食」(水彩、紙、61.0×41.8㎝、1967年)です。

美術館入口のポスターを撮影。

 煙突から煙がたなびき、窓辺には人影が見えます。朝食の準備が始まっているのでしょう。ふと左上を見ると、上階の窓の破れた部分が衣類のようなもので覆われ、雨や寒さが室内に入り込まないよう塞がれています。オルソン家の人々が、貧しくても工夫を重ねて生きている様子がうかがいしれます。

 手前の草むらには小さな白い花がいくつも咲いています。無彩色の家を背景に、くすんだ濃い緑の草むらの中で、丁寧に捉えられた小さな花の白が効いています。早朝の陽射しが射し込む中、オルソン家にささやかな幸せのひとときが訪れていました。

 この作品は、美術館入口に掲げられていたポスターに採用されていました。オルソン家の朝食時の情景が、周囲の風景と絡めて見事に表現されている作品でした。

 1F展示室で見た作品の中から、三作品をご紹介しました。透明感のある色調といい、微妙な陽光の捉え方といい、そして、情景のエッセンスを切り取って表現する描き方といい、ワイエスの繊細な感受性と画力を感じさせられました。いずれもアンドリュー・ワイエスの特質が見事に表出している作品でした。

 何気ない日常生活の中に、ワイエスは煌きを見出しました。それを、印象的な構図と繊細な色遣いの下、白をシャープにあしらって作品化していくところに、ワイエスの特徴があるといえるでしょう。

 それでは、2Fに上がってみましょう。

■クリスティーナの世界

 2Fにはオルソン家の模型が置かれ、オルソン家のクリスティーナ関連の作品が展示されていました。展示されていた絵画16点のうち、なんと6点が「クリスティーナの世界」習作、1点が「アンナ・クリスティーナ」習作、「クリスティーナの墓」でした。それ以外は、オルソンの家が3点、自画像、その他です。ほとんどがクリスティーナ関連の作品だったのです。

 ところが、どういうわけか、2F全体を見渡してみても、肝心の「クリスティーヌの世界」が展示されていません。

 気になって、受付でもらった資料を見てみました。読んでみると、美術愛住美術館館長の本江邦夫氏が、「クリスティーナの世界」について触れている箇所が見つかりました。

「この絵が終戦後間もない1948年に描かれ、翌年、モダニズムの牙城ニューヨーク近代美術館(MOMA、1929年創設)のアルフレッド・バー2世(28歳で初代館長となった)に1800ドルで購入され、同館でもっとも有名な、そして門外不出の絵になっていったことはあまりにもよく知られた事実だ」(配布資料)

 これを読んでようやく、「クリスティーナの世界」と謳われながら、展示されているのは習作ばかりで、本作が展示されていないことの理由がわかりました。「クリスティーヌの世界」は、所蔵するニューヨーク美術館から門外不出の作品だったのです。

 とはいえ、本作がないのでは、この作品を考える手掛かりがありません。

 そこで、インターネットで探してみると、ユーチューブでこの作品を取り上げた2分ほどの映像を見つけることができました。ご覧いただきましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=2FCujuesEB4

 この映像では35秒辺りで、本作が映し出されます。私は一度、この作品を新聞で見たことがありますが、その時はこの作品が若い女性を描いたものだと勝手に思っていました。ピンクの服を着ていますし、スリムな体つきからそう判断してしまったのです。

 今見ても、もし作品についての説明を聞かなければ、そのように思ってしまうでしょう。それほどこの女性の後ろ姿は若く、可憐で、心細げでした。

 それでは、作品を具体的に見てみることにしましょう。

 先ほどご紹介したユーチューブ映像を静止し、撮影したものなので、画像には線が入っていますが、ご了承ください。概略はわかると思います。

ユーチューブ映像より。

 若い女性がたった一人、広い野原で腰を下ろし、草むらに手をついて、誰かを待っている様子です。ピンクの服の肩から腰にかけて射しかかる明るい陽射しが、女性の後姿をことさらに印象付けます。

 最初、この作品を見た時、私はなぜ、この女性はこんなところで腰を下ろしているのか、なぜ奇妙に身体を捻じった姿勢を取っているのか、不思議でなりませんでした。よく見ると、腕がとても細いことがわかります。そのことも気になっていました。

 先ほどご紹介した映像を静止し、部分的に撮影した写真で見てみることにしましょう。


ユーチューブ映像より。

 この写真を見て、なにより妙だと思ったのは、手です。草むらに置いた手の甲と指が異様に太く、女性の手とは思えないほど頑健で、しかも、どの指も汚れています。それに比べ、あまりにも腕が細くて白く、バランスがとれていませんでした。

  同様にして、足元を部分的に撮影した写真がこれです。


ユーチューブ映像より。

 横座りした女性の足元を見ると、スカートからはみ出した脚も、先ほどの腕と同様、まるで骨と皮のように細く、不安定です。これではとても身体を支えることはできないでしょう。女性の腕と手、脚の形状には違和感を覚えざるをえませんでした。

 体幹部に比べて細すぎる手や腕、脚は、身体構造上、リアルな描き方とはいえません。なにより、それ以外の部分のリアリスティックな描写とは明らかに異なっているのが奇妙でした。

 一体なぜ、このような描き方をしたのでしょうか。

 再び、先ほどご紹介した映像に戻ってみましょう。ナレーションでは、この作品の制作動機について、以下のように説明されていました。

 アンドリュー・ワイエスが窓から外を見た時、クリスティーヌが這っているのに気づき、ふいに創作意欲を刺激されたというのです。

 創作意欲を刺激されると、ワイエスはすぐさま、デッサンをしています。それが、下記の図です。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 まさに走り書きです。ただ、これはまだクリスティーヌの姿態と地平線を画面に留めたものにすぎません。この図からは、ワイエスが、彼女が這っているところだけを意識していたことがわかります。

 その後、構図を固め、全体像がわかるように描かれたデッサンがあります。それがこちらです。

ユーチューブ映像より。

 着想段階の図に比べ、地平線が上がった反面、女性の位置が手前に下がり、遠景の家がやや中寄りにズレています。画面全体に罫線が引かれ、モチーフの位置関係が計算された上で決定されていることがわかります。完成作品に近い構図です。ただ、手や腕や脚は曖昧に処理されています。どうやら、この時はまだ、手や腕をどういう形状にするか、脚をどうするか、考えがまとまっていなかったようです。

 私が最初にこの作品を見たとき、手や腕の大きさやバランスが悪くて妙だと思いましたが、ワイエスはこれらのデッサンを残していました。


ユーチューブ映像より。

 これを見ると、腕は細いのに手の付け根の骨格は太く、手の甲と指が太く、ごつい形状に変形しています。

 さらに、右手をつき、横座りになった姿勢の女性のデッサンがあります。左上方には、袖から下の二の腕、関節、腕のデッサンが描かれています。とくに、二の腕が不自然に湾曲して描かれているのが気になります。これらを見ると、ワイエスが右手の腕と関節、二の腕の描き方について悩んでいたことが推察されます。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 足元を見ると、スカートから覗いた脚はか細く、腰回りも細く、スカートにはかなりのゆとりがあります。この女性の身体は相当、虚弱なのだという気がします。

 Wikipediaによると、クリスティーヌは下半身がマヒしていたと説明されています。そのことがわかると、骨と皮だけのように見えた脚の細さもマヒのせいだったのだと納得できます。手の甲や指が太く、ごつく見えたのは、手と指が足の役割を果たしていたからでしょう。

 調べてみると、彼女の病名はポリオではなく、遺伝性の進行性疾患であるCMT( Charcot-Marie-Tooth disease)だといわれています。

こちら →https://www.gizmodo.jp/2016/05/post_664594.html

 ちなみにこの作品は、ワイエスが1948年に、81.9×121.3㎝サイズの石膏ボードにテンペラで描いたものです。モデルはオルソン家のクリスティーヌですが、この時、彼女は55歳だったといわれています。

 ところが、作品の中の女性は10代か20代の若い女性にしか見えません。腰回りに贅肉が付いていませんし、姿勢に張りがあり、髪の毛もつややかです。

 そこで習作を振り返ってみると、その中の一つに、ドライブラッシュを使った水彩画があります。


ユーチューブ映像より。

 これは、6点ある「クリスティーナの世界」習作のうちの一つで、2Fに展示されていました。水彩で描かれ、透明感のある画風で若い女性の後姿が捉えられています。本作に比べ、やや立ちあがった姿勢で、腰や腿がしっかりと上半身を支えています。腰の捻じり方も不自然ではありませんし、二の腕も不自然に細くはありません。これを見ると、若い女性がごく自然に、地面に手をつき、何かを見ている姿勢に見えます。

 ワイエスはおそらく、試行錯誤を重ねながら、最終的な姿に調整していったのでしょう。その調整の過程で重視されたのが、手や指、腕、脚の描き方でした。先ほどご紹介した手や指、腕、足首などのデッサンを見ると、そのことがよくわかります。下半身マヒの状態で這っていくときの手や腕の形状を把握し、修正を積み重ねていったのでしょう。

■日常性、健気さの中に潜む美の発見

 今回はまず、1Fに展示されていた「オルソン家の秋」、「穀物袋」、「オルソン家の朝食」を紹介し、その後、2Fに展示されていた「クリスティーナの世界」習作を中心にご紹介してきました。これらの作品を通して見えてきたのが、アンドリュー・ワイエスのピュアで清らかな精神世界です。

 「オルソン家の秋」では、透明感のある色調に惹かれました。手前に紅葉しはじめた草花、遠景に建物と樹木が描かれています。興味深いのは、余白に相当する部分が随所に設けられ、情感に満ちた光景になっていたことです。ピュアな印象を受けたのはそのせいでしょう。さらに、建物にあしらわれた白が印象的で、洗練された美意識が感じられました。

 「穀物袋」では、柔らかな陽光の下、膨らんだ穀物袋に健気な労働の成果が浮き彫りにされています。農家ならどこにもありそうな穀物袋が、メインモチーフとして取り上げられ、輝かしく、丁寧に描かれています。ワイエスは、日常生活のありふれた一コマに美を見出し、作品化に成功したのです。

 「オルソン家の朝食」では、一日の始まりである朝食時の光景が、屋外から一つの情景として捉えられています。窓辺に佇む人影、煙突からたなびく煙、そして、破れた窓をふさぐ布といったモチーフに、オルソン家の人々の生活行動、生活倫理の痕跡を見ることができます。

 手前の草むらに咲く小さな白い花が、ひっそりと暮らすオルソン家に彩りを添えています。朝食時の光景を屋外から捉えることによって、オルソン家の生活ぶりを俯瞰し、象徴的に表現することができています。画面を通し、貧しくても健気に生きるヒトの息遣いが感じられました。

 最後に、「クリスティーナの世界」の一連の習作からは、下半身がマヒした女性の健気さと孤独がシンボリックに、そして、美しく作品化されていく過程が示されていました。

 先ほどご紹介したように、この作品を着想した段階の走り書きが残っていました。そこには、這って進む女性の後姿とその対角線上の彼方に矩形のようなもの、そして、地平線がラフに描かれていました。

 走り書きに次いで描かれたデッサンでは、女性の姿勢は修正され、傾きの度合い、腰のひねり具合など、完成作品にほぼ近いものになっていました。ただ、この段階では、手や腕、脚の形状はまだ曖昧でした。

 興味深いのは、デッサンでは女性が曲がりくねった道の上を這っているように描かれていたのに、完成作品ではこの道は消去され、一面、草の生えた野原に変化していました。そして、デッサンにはなかった小さな小屋のようなものが一軒、遠景の中ほどに描き加えられていました。

 デッサンと完成作品を見比べてみると、ワイエスの思考のプロセスを追うことができます。二つ並べて、見比べてみることにしましょう。

デッサン
完成作品

 家に通じる道が消去されたおかげで、女性は硬くごつごつした道を這って進んでいるのではなく、野原で一休みしているように見えます。そして、遠景中央付近に小さな家が一軒、付け加えられたおかげで、構図に安定感が生まれ、孤立感が減じられました。

 デッサンの段階ではおそらく、ワイエスが窓から目にしたクリスティーヌの姿が、そのまま捉えられていたのでしょう。ところが、いざ形にしてみると、それではあまりにも悲劇性が強すぎました。そこで、曲がりくねった道を消去し、辺り一面、草が生い茂る野原に変えたのではないかと私は思います。さらに、小さな家を一軒、描き加えることによって、地平線上の孤立感をやわらげたのでしょう。

 完成作品では、ピンクの服の肩や背中、腰部分に陽光が射し込み、明るさと華やかさが演出されています。よく見ると手や足首は異様なほど細く、手や指はごつく汚れています。ところが、ぱっと見ただけでは若い女性が野原で腰を下ろしている姿にしか見えません。ここでも、色彩と光の取り入れ方によって、悲劇性が抑えられています。

 ピンクの服に背後から射し込んだ陽射しは、野原にも大きく射し込み、温かさと爽やかさ、幸せ感を醸し出しています。ワイエス独特の透明感のある色彩がなんと快く、優しく感じられるのでしょう。

 下半身マヒの女性がたった一人、野原を這って進んでいます。見ていて辛くなってしまうような光景ですが、それほど遠くない彼方に家が見えます。一歩一歩、這い進めば、やがては辿り着ける距離です。そこに希望を見出すことができる構図にしたところに、健気に生きているヒトをエンカレッジしようとするワイエスの気持ちが透けて見えてきます。

 こうして、「クリスティーヌの世界」と一連の習作を比較して見て来ると、ワイエスは目にした現実をそのまま描くのではなく、感情を徒に刺激するような要素は削除し、画面構成に必要なものは現実には存在しなくても、描き加えていることがわかります。

 一連の習作からは、単なる写生をいかに芸術作品に高めていくか、ワイエスが繰り返した試行錯誤の過程を見て取ることができます。

 今回、ご紹介した作品はいずれも、モチーフそのものは日常生活の中で発見されたものでした。ワイエスは何気ない光景の中に見出した健気さを、卓越した画力によって、美に結晶化させてきました。

 彼の創作衝動を突き動かしたものは、健気に生きていこうとするものへの愛惜の情でしょう。はじめてワイエスの諸作品を見て、芸術の美しさ、深淵さに触れたような気がしました。素晴らしい展覧会でした。(2019年4月8日 香取淳子)

「手塚雄二展」:日本美の極致を楽しむ

■手塚雄二展の開催

 2019年3月11日の日経新聞で、日本画家の手塚雄二氏の個展が2019年3月5日から18日まで、日本橋高島屋8Fで開催されることを知りました。展示作品の中には、2020年に鎮座100年を迎える明治神宮に奉納するために制作された、「明治神宮内陣御屏風(日月四季花鳥)」も含まれているといいます。記事にはこの屏風を背景に、手塚雄二氏の写真が掲載されていました。

 

 この作品は日本橋高島屋で展示された後、横浜高島屋、大坂高島屋、京都高島屋を巡回してから本殿に納められ、その後は非公開になるそうです。今、見ておかないと永遠に見られなくなってしまうと思い、3月16日、展覧会場に行ってきました。

 展覧会のタイトルは「手塚雄二展 光を聴き、風を視る」です。会場には代表作から新作まで、過去最大規模の約70点が展示されていました。


ポスター

 このポスターに掲載されている作品のタイトルは、「おぼろつくよ」(91.7×102.7㎝、2012年)です。

 繊細なタッチで描かれた木々の葉の隙間から、おぼろ月が姿を現しています。すっぽりと抜けたような空間に、月がほんのりと霞んで見えます。自己主張することなく周囲に溶け込み、ひっそりと浮かんでいるのです。奥ゆかしさとはこのようなことを指すのだろうという気がしました。

 ひそやかな月の風情を守るかのように、木々が大きく枝を伸ばし、周辺の空を覆っています。水平軸で見ると、木々の葉の色はおぼろげながらも、左から右方向に、紫系、黄緑系、ピンク系へと変化しています。微妙なグラデーションと、その背後の空の霞んだ様子とが見事にマッチし、仰ぎ見た月の美しさが強化されています。

 垂直軸で見ると、木々の葉は、上半分ほどが青紫系で色付けられ、おぼろ月を囲むように淡い黄緑系、下方と右側がピンク系、といった具合に、所々、余白部分を残しながら、場所によって葉の色を微妙に変化させて描かれていました。

 水平軸、垂直軸ともに、グラデーションを効かせた色彩の変化によって、霞みがかった大気に包まれたしっとりとした情緒が描出されていました。おそらく、そのせいでしょう、この作品からは、清澄な空気、大気の気温、木々の揺らぎ、そして、葉のそよぐ音すら感じられます。

 それにしても、なんと情感豊かな作品に仕上がっているのでしょう。おぼろ月に照らし出された空の色合いといい、木々の葉の柔らかな色調といい、描かれたものすべてが調和し、融合しているところに、日本の美の極致を感じました。

 会場を一覧したところ、手塚氏の作品には全般にこの種の美しさが見受けられました。「おぼろつくよ」では、空を見上げた状態で描かれた構図の面白さがあります。さらに、おぼろな光の捉え方の斬新さ、木々の捉え方の大胆さ、葉の捉え方の繊細さ、等々が印象的でした。

 このような特徴は、約70点に及ぶ展示作品の中で、いくつも見出すことができました。それらはおそらく、手塚氏の作品の本質に関わるものなのかもしれません。

 そこで、今回は、①構図の面白さ、②光の捉え方の斬新さ、③木々の捉え方の大胆さ、④葉の捉え方の繊細さ、などの点で、特に印象に残った作品を取り上げ、ご紹介していくことにしましょう。

 それでは順に、上記のような特徴が見られる作品を見ていくことにしましょう。

■構図の面白さ

 斜めの線を取り入れ、画面に新鮮な感覚を生み出していた作品がいくつかありました。特に印象に残ったのが、「嶺」と「裏窓」です。

●「嶺」

 構図の面白さが際立っており、しばらくこの作品の前で佇んで見入ってしまいました。「嶺」(205.6×178.0、1990年)というタイトルの作品です。


図録より。

 嶺とは山の頂上、尾根といったような意味の言葉です。ところが、作品を見ると、「嶺」といいながら、山ではなくて、万里の長城でした。一瞬、違和感を覚えましたが、万里の長城は尾根伝いに築き上げられていることを思い出し、この作品はまさに「嶺」なのだと納得しました。

 あるいは、万里の長城が北方民族の侵略を避けるために造営されたことに着目すれば、「嶺」はウチとソトを分ける分水嶺ともいえるでしょう。

 画面の大部分を占めるのが、古びたレンガで造られた通路で、その両側は、レンガでできた低い壁で覆われています。遠方には敵台が見え、沈む夕陽に照らされた通路や壁のレンガの一部が明るく輝いています。頂上付近を見上げる位置から長城の一端が捉えられ、作品化されていました。

 興味深いのは、この通路の頂上がやや右下がりの斜めの線で描かれていることです。足元のレンガも同様、すべてのレンガがやや右下がりになるよう描かれています。ですから、水平であるべき通路が傾いているように見えます。そして、右側の壁は大きく左に湾曲しているのに左側の壁はそれほどでもありません。そのせいか、この通路全体が揺らぎ、うねっているように見えてしまうのです。

 この構図が気になって、しばらく見ていました。

 斜線や曲線で構成された通路と壁は、建造物というよりも何か壮大な生き物、例えば龍のようなものを連想させます。そう思うと、遠方に見える敵台は龍の頭部に見えなくもありません。

 通路に不自然な斜線が取り入れられているので、観客は軽い違和感を覚え、想像力が刺激されてしまいます。見えるものの背後に、何があるのか見ようとするのです。その結果、観客は、ただの建造物でしかない通路や壁に、時の流れや生命体を感じ、なんともいえない情緒を感じるようになります。

 仮にこの通路が水平に描かれ、不自然な傾きを見せていなかったとしたら、この作品が放っている不思議な情緒を生み出すことはできなかったでしょう。

 再び、作品に戻ってみましょう。

 残照を浴びた通路の上方が、明るく照らし出されています。沈みかかった夕陽が、最後の力を振り絞って、地平線近くから光を放っているのでしょう。画面の真ん中辺りだけが明るく、残照に照らし出されています。そのおかげで遠方の敵台が黒く浮き彫りにされ、ここが万里の長城の一角であることを改めて思い知らされます。

●「裏窓」

 建物の中から空を見上げた仰角の構図で描かれた作品です。建物を描いた作品としては、これまでに見たこともないとてもドラマティックな構図でした。

裏窓
図録より。

 タイトルは「裏窓」(217.4×166.6㎝、1992年)です。おそらくヨーロッパの街の一角なのでしょうが、このタイトルからは何の手掛かりもありません。そこで、手塚氏の年表を見ると、制作年の1992年は日本におられましたが、その前年の1991年にはフランス、イタリアを取材旅行されていました。おそらく、その時に構想された作品なのでしょう。

 この作品を見ていると、まるで地底から上空を見上げているかのような錯覚に陥り、閉塞感に襲われます。周囲の建物は堅固な石造りで、窓には鉄柵が取り付けられています。そして、外部に通じる空間としては、凸型に区切られた空だけです。

 日本人の感覚からすれば、息が詰まりそうな思いがする画面構成でした。

 もっとも、そこに西欧の生活文化の一端を見たような思いがしました。建物の壁面や屋根で区切られた矩形の空から、わずかな光が射し込んでいます。射し込む光に照らし出された箇所だけ、モノの形が見え、色が見えるのです。よく見ると、開け放たれた窓の外扉が、緑色に塗られていることに気づきます。

 ひょっとしたら、ここで暮らす人々は植物を渇望し、それに擬して、窓の外扉を緑色にしたのでしょうか。目立たないように取り入れられた緑色の中に、ここを生活空間として日々、生活を営む人々の工夫の跡を見ることができます。ヒトが描かれていなくても、ヒトの気配が感じられるのです。

 この作品は、構図に妙味があるばかりか、光の捉え方が絶妙でした。わずかな空間から射し込む光によって、建物の一角を端的に捉えたばかりか、必死で生きようとしている人々の工夫の跡を照らし出したのです。

■光の捉え方の斬新さ

 間接的な光によって、どこでも見かけるような風景を、別世界に変貌させた作品がいくつか展示されていました。特に印象に残ったのが、「こもれびの坂」と「炫」です。

●「こもれびの坂」

 会場でこの作品を見ると、左下から右上にかけての対角線によって、画面がほぼ二分割されていることに気づきます。それをベースに、上部から中央付近にかけて、木々の葉を通して、光が降ってくるという構成です。

 空から降り注ぐ光は、葉陰の形状に応じて坂道やその側面を照らし出し、まるで自由自在に模様をつけているかのようでした。大小さまざまな形状を地面や土の斜面にきらきらと浮き彫りにしているのが美しく、しばらく見惚れていました。

こもれびの坂
図録より。

 作品のタイトルは「こもれびの坂」(116.7×72.7㎝、1996年)です。

 一見、山道ならどこにでもありそうな光景ですが、葉陰からこぼれ落ちた光が、坂道を舞台に、非日常の煌びやかな空間を創り出していたのです。この場所、この瞬間でしか見ることのできない光景を、手塚氏は見事に結晶化し、印象深い作品に仕上げていました。

 左側から斜め右上方向にかけて、木々の暗さが画面を覆っています。その背後から射し込むわずかな光が、地面や土の斜面にさまざまな文様を創り出しています。人工の光と違ってピンポイントで照らし出されるわけではなく、葉が風にそよげば、それに応じて光が射し込む空間域が異なり、地面や斜面の文様もその都度、変化します。まさに自然が創り出したアート空間といえます。その瞬間を巧みに捉え、丁寧に美しく仕上げたのがこの作品です。

●「炫」

同じように、坂道を描いた作品があります。こちらも光の捉え方がすばらしく、印象的でした。



図録より。

 作品のタイトルは「炫」(170.0×215.0㎝、1988年)です。日本語ではあまり見かけない文字ですが、ゲンと読むようです。まぶしく照らす、目を眩ませるといったような意味があります。

 画面を見ると、確かに、坂を上った先は眩しい光に溢れていて、目がくらみそうです。木々の葉は黄金色に輝き、道路さえも上方は明るく浮き立って見えます。もちろん、道路の両側の岩のようなものも、光が当たっているところは輝きを増し、存在感を高めています。

 しかも、この光が光源からの直接的な光ではなく、木々の葉を通して射し込む陽光なので、眩しいとはいえ、柔らかく、優しく、見る者を浮き浮きした気持ちにさせてくれます。両側が暗く、真ん中が明るい陽光で照らされた道路なので、その先には、平安な世界が待ち受けているのではないかとも思わせてくれます。辺り一面を満遍なく包み込むような、慈愛を感じさせる色調が印象的でした。

 自然とともに生き、自然のさまざまな局面に美しさを見出してきた日本人の感性をここに見たような気がします。風景画でありながら、日本の精神文化を感じさせてくれる作品でした。

■木々の捉え方の繊細な美しさ

 樹木の豊かさ、深淵さを表現した作品がいくつか目に留まりました。中でも印象深かったのが、「静刻」と「新緑の沼」です。

●「静刻」

 実在する木々よりも水面に映った木々の方を大きく描き、意表を突く世界が描き出されていたのが、「静刻」(91.0×72.8㎝、1986年)です。これまでに見たこともないような構図でした。

静刻
図録より。

 会場でこの作品を見たとき、構図の面白さと水面を照らす柔らかい光に引き付けられました。画面の色構成にさわやかな美しさがあったのです。

 画面の上方、木が生えている辺りは輝きのあるオーカー系、そして、木の根元近くの水面は明るいイエロー系、遠ざかるにつれ、淡い黄緑系が広がり、そして、右下にごくわずかマリン系の色が置かれています。それらの色が帯状に、右から左下方向に流れるように配されているのです。まるで虹のような輝きと装飾的な美しさを感じました。

 色と色の間はグラデーションで境目を目立たせず、穏やかなトーンで処理されているところ、見ていて気持ちが和みます。切れ味の良さを感じさせながらも、さわやかな佇まいが印象的な作品でした。

●「きらめきの森」

 「静刻」と似たような色遣いで、木々が描かれている作品がありました。六曲一隻の屏風です。

きらめきの森
図録より。

 「きらめきの森」(172.6×360.0㎝、2005年)というタイトルの屏風で、横長サイズの画面に多くの木々が描かれています。こちらは「静刻」とは逆に、手前に輝きのあるオーカー系、その後ろに淡いベージュ系、そして、中ほどから上が黄緑系といった色の帯でモチーフが包み込まれていました。

 色が水平に帯状に置かれていたせいか、垂直に立つ木々の境界が曖昧になり、全体に靄がかかっているような空間が生み出されていました。その結果、モチーフはそれぞれ個として存在するのではなく、全体の雰囲気の中で存在しているように見えてきます。

 ふと見ると、画面の中央付近に黒っぽい小鳥が一羽、飛んでいるのに気づきます。悠然とした森の中で、誰からも脅かされることなく、低い位置で飛んでいるのが印象的でした。鳥や木々、そして、この空間に存在するものすべてがしっくりと調和し、生きている様子がうかがい知れます。この作品を見ていると、不意に、平和、平安という言葉が脳裏をよぎりました。

●「新緑の沼」

「きらめきの森」と似たような構図の作品が展示されていました。同じように横長の作品です。

新緑の沼
図録より。

 「新緑の沼」(175.0×355.8㎝、2017年)というタイトルの作品です。これは、チラシに掲載されていた近作です。新緑のさわやかさが余す所なく描かれており、思わず引き込まれて見てしまいました。構図は「きらめきの森」と似ていましたが、色遣いやモチーフの扱いなどは明らかに異なっており、こちらは奥行きが感じられる画面構成になっていました。

 靄がかかっているのでしょうか、全体にぼんやりとしています。手前は背後からの暗い影が地面に落ち、中ほどは草の色がやや鮮明になっていますが、その後ろはうっすらと白く霞み、幻想的な空間が広がっています。

 手前から中ほどにかけての木々は一本、一本、丁寧に描き分けられています。まるで木にも個性があるかのようです。それに反し、遠方の木々は淡い色彩とぼんやりとした形状で表現されていますから、遠近感が明確で、木立が遠くまで広がっている様子がうかがいしれます。

 地面から立ち上る湿気が、靄を作っているのでしょう。それが木立全体に広がり、ここに存在するもの全てを優しく包み込んでいるように見えます。木々がそれぞれ個性を打ち出しながらも、見事に全体と調和し、平穏な空間が創出されていました。靄を描き込むことによって、画面にしっとりした統一感が生み出されているのです。

 見ていると、次第に内省的になっていくのを感じます。とても精神性が感じられる作品でした。日本ならではの風景美が表現されているといえるでしょう。

■葉の捉え方

 葉の捉え方が面白く、印象に残る作品が何点か展示されていました。ここでは、「秋麗」と「麗糸」をご紹介しましょう。

●「秋麗」

 チラシに掲載されていた作品です。作品のサイズは78.0×111.0㎝で、2015年の制作です。

秋麗
図録より。

 緑色を残している葉もあれば、青味がかった葉、朱や黄色などに紅葉した葉、さらには色のくすんだ枯れ葉もあります。画面の左上と右下をつなぐ対角線のやや下辺りに余白を残し、それ以外はほとんど、大小さまざま、色とりどりの葉がそれぞれ向きを変え、形状を変えて画面を覆っています。このような画面構成には、色彩の競演がもたらす華やかさがあり、紅葉そのものの多様性を鑑賞できる効果がありました。

 よく見ると、紅葉した葉にはいくつもの穴が開き、落下寸前の状態だということがわかります。生命体が果てる寸前に見せる美しさだといっていいでしょう。欠けたもの(穴のあいた葉)、滅びるもの(枯れ葉)に美しさを感じる日本的な感性を感じ取ることができます。

 そして、余白部分に伸びた枝先に、小鳥が一羽、留まっています。うっかりすると見落としてしまいかねないほど小さく描かれています。この作品のメインモチーフが紅葉した葉だからなのでしょうか、まるで遠慮しているかのように描かれているところにも、日本的な感性が感じられました。

 もちろん、葉よりも小さな小鳥を余白部分に加えることによって、画面が引き締まり、紅葉したさまざまな色彩が醸し出す華麗さが強く印象づける効果はありました。

 興味深いのは、画面の上方から中ほどにかけての背景が、淡い褐色で色づけられていることでした。これによって、さまざまな色で描かれた葉にまとまりが生まれ、動的な様相を保ちながらも、一種の秩序が生み出されています。安定感のある構図になっているのです。

 この作品にも、構図の面白さとモチーフの配置のユニークさに加え、画面に統一感を与える帯状の色彩ゾーンが導入されており、印象的でした。

●「麗糸」

 葉の捉え方のユニークさに驚いたのが、「麗糸」(116.7×80.3㎝、1999年)です。

麗糸
図録より。

 蜘蛛の巣にひっかかった葉がいくつも、まるで糸でつながれた琥珀のネックレスのように優雅に描かれています。地面に落ちてしまうはずの枯れ葉が、蜘蛛の巣にひっかかって固定され、時に風に揺らぎながらも、思いもかけない美しさを見せているのです。

 よく見ると、その中心に黒い蜘蛛が描かれ、四方に伸びる糸をコントロールしています。蜘蛛が描かれた中ほどのゾーンの背後は、まるで光に照らし出されたかのように、淡く明るいベージュ系が配され、そこから上下に向かってグラデーションで暗みを増していき、上と下は柔らかい黒が配され、闇のようです。

 背景色に暗さが増すにつれ、蜘蛛の糸が目立ってくるという仕掛けです。

 この作品を見ていると、何気ないところに美しさを見出し、それを作品化してしまう構想力と画力に感嘆せざるをえません。

■日本の美を再発見し、楽しむことができた展覧会

 この展覧会には、「光を聴き、風を視る」というサブタイトルがついていました。手塚雄二氏の全作品を俯瞰すれば、おそらく、このように表現するのがふさわしいのでしょう。ところが、私は、多くの作品からむしろ、湿気や気温、空気、そして光の扱いの素晴らしさを感じさせられました。

 最初にいいましたように、私が展示作品を一覧して感じたのは、①構図の面白さ、②光の捉え方の斬新さ、③木々の捉え方の大胆さ、④葉の捉え方の繊細さ、等々でした。ですから、そのような観点から印象に残った作品をご紹介してきました。

 まず、構図の面白さという観点から、「嶺」、「裏窓」をご紹介しました。いずれも、外国の建造物をモチーフにした作品です。モチーフの選び方、扱い方、見せ方に意表を突く斬新さを感じました。いずれも堅固で頑丈に思えるレンガ造りの通路や壁、石造りの建物がモチーフでした。

 画面の大部分がそれに割かれているので色調も暗く、見ていると、息が詰まりそうな気持ちになってしまうのですが、そこにわずかながら陽射しを取り込むことによって、ヒトが生きる空間に変貌させられていました。歴史を感じさせ、生活文化を感じさせられたのです。全般に暗い画面の中で、イエローオーカー系の柔らかな色が効いていました。

 光の存在がいかにヒトの心を和ませるか、ヒトの生活に不可欠なものか、改めて感じさせられました。構図が面白いと思って取り上げた「嶺」、「裏窓」でしたが、いずれも光の捉え方もまた見事でした。

 光の捉え方という観点から、取り上げたのが、「こもれびの坂」と「炫」でした。いずれもどこかで見たことがあるような光景でしたが、それが、自然が織りなす美として結晶化されていました。

 光の量によって葉の色が異なり、照らし出される面積によって、土もまた微妙に色合いを変化させています。山中の坂道はこのとき、風によっても異なり、光によっても異なる動的なアート空間になっていたといえるでしょう。美しさを発見する視点の素晴らしさを感じました。

 そして、木々の捉え方の大胆さの観点からご紹介したのが、「静刻」「きらめきの森」「新緑の沼」でした。ここでは大胆な構図を取ることによって、私たちが普段、何気なく見ている木々に新たな光が当てられていました。そうして見えてきたのが、穏やかな陽光、湿り気のある空気、風の気配などです。

 最後に、葉の捉え方の斬新さという観点からご紹介したのが、「秋麗」、「麗糸」でした。穴のあいた葉や枯れ葉がこれほどまでに美しく見えるとは思いもしませんでした。

 ご紹介した作品を振り返ってみると、期せずして、いずれも日本美の極致とでもいえるものだったことに気づきます。私たち日本人は古来、風や大気、光に感応し、目にははっきりと見えないものに美しさを見出し、歌に詠んできました。手塚氏の作品にはこの種のきわめて捉えにくいものが、卓越した構想力と画力でみごとに表現されていたのです。

 私たち日本人はまた、穴のあいた葉や枯れ葉などの欠けたもの、生命を失う寸前のものにも、美を見出してきました。美は春や青春の中にあるのではなく、秋や老残の中にもあるということを古くから日本人は認識していたのでしょう。手塚氏はそのような感性で捉えた光景をさまざまに作品化してきました。

 さらに、手塚氏の作品の多くには、光によってモチーフが独特の風情で浮き彫りにされ、大気や風がそこはかとなく漂う気配が表現されていました。全般に繊細で柔らかな色調で画面が構成されていたせいでしょうか、個々のモチーフが全体と調和し、溶け込んでいるのが印象的でした。

 森羅万象、すべてのものが一つの大気の中に包み込まれていることを感じさせてくれたのです。

 手塚氏の諸作品を見ていると、ふと、日本人の感性はこうだったのかと思わせられるところが随所にありました。諸作品に気持ちの奥底で深い共感を抱いてしまったのは、おそらく、この種の感性が作品に反映されていたからでしょう。日本美の極致を楽しむことができた素晴らしい展覧会でした。

 印象に残った作品をご紹介するのに夢中になってしまい、肝心の 「明治神宮内陣御屏風(日月四季花鳥)」を忘れてしまっていました。 また機会があれば、ご紹介することにしましょう。 (2019年3月22日 香取淳子)

JOSHIBISION展覧会:チャレンジする新しい才能との出会い

■「JOSHIBISION2018-アタシの明日―」の開催

 「JOSHIBISION2018-アタシの明日―」が2019年3月1日から6日まで、東京都美術館で開催されました。ここでは、女子美術大学の大学院・大学・短期大学部の学生及び卒業生の中から厳選された作品が展示されています。2018年度女子美術大学の成果を一望できる貴重な展覧会でした。私は最終日の3月6日、訪れました。

会場入り口

 展示作品はどれもさまざまな工夫が凝らされていて、見応えがありました。今回は、とくに印象に残った三人の作家の作品を取り上げ、ご紹介していくことにしましょう。

 会場に入ってすぐ、目に飛び込んできたのが、中村萌氏(2012年、大学院修士課程修了)の作品でした。

■中村萌氏の三作品

 造形された子どもたちの表情がなんともいえず可愛らしく、思わず、立ち止まってしまいました。見た瞬間に気持ちが引き込まれてしまったのです。きわめて訴求力の高い作品でした。

中村萌氏の作品

 向かって右の作品を展示した台の下に、これら三作品のタイトルがまとめて書かれていました。向かって右が「Hello darkness」(油彩、楠)、向かって左が「waiting for spring」(油彩、楠)、そして真ん中が「cloud child」(油彩、楠)です。

 奇妙なタイトルだと思って、しばらく作品を見ているうちに、それぞれ、一日の時間帯、季節、天候を示すタイトルだということがわかってきました。

 「Hello darkness」では、子どもが右手を高く掲げ、「夜さん、こんにちは」(Hello darkness)といっている様子が表現されています。そして、「waiting for spring」では、ひたすら「春を待ちわびて」(waiting for spring)、寒さで縮こまっている様子の子どもが造形されています。さらに、「cloud child」では、「どんよりとした雲の中で佇む子ども」が創り出されています。子どもの姿を借りて、夜、冬、雲が擬人化されているのです。

 いずれの作品も、ともすれば、気持ちが暗くなってしまいがちな環境下で、子どもが健気に生きている様子がしっかりと、しかもユーモアを込めて表現されていました。一見、奇妙だと思ったタイトルが、実は、造形された作品の趣とぴったりと合っていることがわかります。

 どの作品にも、素朴な中に愛らしさがあるばかりか、力強い生命力が感じられました。木材(楠)にくすんだ色の油絵具で着色されているせいでしょうか。土着の強さ、揺るぎのなさ、そして、子どもたちの健気さまでもが巧みに表現されていたのです。

 観察力が鋭く、造形力が確かだからこそ、これだけの作品を制作することができたのでしょう。これらの作品を見ていると、次第に気持ちが和んでいくのを感じました。そればかりではありません、現代社会に生きる私たちが見失ってしまったものが何なのか、作品が教えてくれているような気がしてきたのです。作者が卓越した抽象化能力の持ち主だったからでしょう。表現されたものの背後にある真髄まで堪能することができました。しっかりとした概念の下で、これらの作品が制作されていたことがわかります。

 次のコーナーで目を奪われたのが、村野万奈氏(大学3年、美術学科洋画専攻)の作品です。

■村野万奈氏の「shelter」

 まず、作品が大きな布に描かれているのに驚いてしまいました。しかも、3つの作品が展示されていたのに、タイトルは一つ、「shelter」(アクリル、油彩、色鉛筆、綿布)でした。

 取り敢えず、展示順に三作品をご紹介していきましょう。便宜的に番号を振りました。


「shelter」 1

 木々の陰に子どもたちが隠れています。半身を隠しながら、どの目もじっと観客側を見ています。いったい、何があるのでしょうか。とても気になる絵柄です。

 次に展示されていた作品では、囲われた中を若者たちが俯き加減で、同じ方向に向かって歩いています。ところが、どういうわけか、一人だけ観客の方に顔を向けている若者がいます。なぜなのでしょうか。この作品も気になります。


「shelter」 2

 そして、最後の作品です。


「shelter」 3

 多数のヒトが描かれていますが、観客側を見ている者は一人もいません。ここでは観客への問いかけはなく、作品が画面の中で完結しています。何か異常事態が発生したのでしょうか。男女さまざまなヒトが輪になって集っているシーンです。手前に草木、そして、背後に山のようなものが描かれていますから、ここで集っている人々はコミュニティのメンバーのようにも見えます。

 幸い、タイトルの下に説明文のようなものが書かれていました。

「もういいや、隠れよう。

 きっと見つけてくれるよ。

 その時まで、バイバイ。また会おうね。」

 おそらく、これらのフレーズの一つ一つがそれぞれの絵の概念になっているのでしょう。一連の作品に、観客の注意を喚起し、興味を呼び起こし・・・、という流れを見ることができます。ストーリー性のある作品でした。

 この作品で興味深かったのは綿布を支持体としていたことでした。しかも、大きな綿布の上にアクリル、油彩、色鉛筆で着色されていたのです。その布が吊り下げられているのですから、当然のことながら、絵具の重みで画面には皺ができ、弛みができます。上部の弛みはとくに印象的でした。それらの微妙な弛みや揺らぎが恰好の空気感となって、画面を一種の生命体のように息づかせていたのです。新しい表現手法に工夫の跡が感じられ、素晴らしいと思いました。

 最後のコーナーで、斬新な感覚に溢れていたのが、サ・ブンティ氏(大学院1年、美術研究科前期課程、洋画研究領域)の作品です。

■サ・ブンティ(ZHA Wenting)氏の「八駿猫」

 大きな平台に置かれていたのが、サ・ブンティ氏の「八駿猫」(アクリル、色鉛筆、インク、水彩紙)でした。なによりもまず、作品の大きさとモチーフの斬新さに驚いてしまいました。


サ・ブンティ氏 の作品

 会場におられたサ・ブンティ氏に尋ねてみると、作品自体の大きさは3m×1mで、表装した状態では3.6m×1.3mにもなるそうです。平置きなので俯瞰することができず、全体像がよく見えませんでした。そこで、壁に掛けた状態で撮影した写真を、サ・ブンティ氏から見せてもらいました。

 この写真を見ると、8頭の馬が水面を激しく蹴散らしながら疾走している様子がよくわかります。縦にして見ると、馬に蹴散らされた波が荒々しく立っている様子がくっきりと見えてきました。そして、水面の色と背景のピンク系の淡い色の濃淡がよく調和し、モチーフを柔らかく包み込んでいることに気づきます。

●「八駿猫」

 画面の右上に「八駿猫」と書かれています。この作品のタイトルですが、聞いたことのない言葉です。そこで、タイトルの下に書かれている説明文を読むと、以下のように書かれていました。

「動物も人間社会のような環境を持っていると仮定すれば、動物の目から見たこの世界は全く異なる物なのではないだろうか。今この思想に基づいて、連作を創作している。
この作品は、ネコの頭と馬の身体が融合して生まれた新しい神獣をイメージして出来上がったものだ。構図は中国水墨画「八駿馬」に基づいている。」

会場での説明文より。

 どうやら、「八駿馬」、「ネコの頭と馬の身体が融合した新しい神獣」というのがこの作品のキーワードのようです。そう考えると、「八駿馬」に基づき、「八駿猫」というタイトルのこの作品が生み出された経緯を理解することができます。

 それでは、具体的に作品を見ていくことにしましょう。

 白、グレー、茶、卵黄、さまざまな色の馬が重なり合って、水しぶきを上げながら疾走しています。宙に浮かんだ脚、水面を蹴散らす脚、駿馬たちが目にも止まらない速さで描けていく様子が、躍動感に溢れた構図で描かれています。どの馬も脚、胴体、臀部などの筋肉の付き方が見事です。この部分が「八駿馬」に相当するのでしょう。

 頭部を見ると、大小さまざまな猫がさまざまな表情を浮かべています。左端の猫は大きく目を見開いてきょとんとした顔をしていますし、その右の白い猫は顔を上に向け、愛らしい横顔を見せています。そして、グレーの猫は恥じらう様子を見せながら、顔をそっと観客側に向けています。その右の茶色の猫は観客側を見つめ、右端の猫は大きく口を開けて顔を上に向け、怒ったような表情を見せています。

 画面が大きすぎて、5匹の猫の顔を収める写真しか撮影できませんでしたが、これが「八駿猫」に相当するのでしょう。さまざまに描き分けられているところに、卓越した画力を感じさせられました。毛の一本一本が色鉛筆で描かれているのです。

 これを見ていると、一口に猫といっても実体はさまざまだということがわかります。色や毛並みが異なれば、顔付きも異なっています。それぞれの性格を反映するかのように表情もさまざまに表現されていました。人間社会と同様、猫もまたそれぞれ、個性をもつ存在であることが示されています。そして、それらが全て逆さまに描かれているところに、メッセージ性が感じられます。

●「八駿馬」vs「八駿猫」

 調べてみると、「八駿馬」は紀元前11世紀ごろ、周王朝の穆王が所有していたという8頭の駿馬を指すことがわかりました。「絶地」(土を踏まないほど速く走れる)、「翻羽」(鳥を追い越せる)、「奔霄」(一夜で5000㎞走る)、「越影」(自分の影を追い越すことができる)、「踰輝」と「超光」、(いずれも、光よりも速く走れる)、「騰霧」(雲に乗って走れる)、「挟翼」(翼のある馬)、といった具合に、8頭の駿馬がいかに速く走るかがさまざまに形容され、説明されていました。

 ただ、それだけでは具体的なイメージを思い浮かべることができません。そこで、画像を検索してみると、さまざまな画像が見つかりました。その中で最もわかりやすいものを一つご紹介しておきましょう。

 こちらは水墨画のように抽象化されていないので、わかりやすく、イメージしやすいと思います。水面を蹴散らすように駆け抜ける8頭の駿馬の様子が克明に描かれています。野を駆け、川を駆け、海までも駆け抜ける勢いが伝わってきます。とてもリアルな画像です。

 再び、サ・ブンティ氏の作品に戻りましょう。

 具象画の「八駿馬」とサ・ブンティ氏の「八駿猫」を見比べてみると、「八駿猫」で描かれた世界がいかに可愛らしく、ファンタジックに仕上げられているかがわかります。

 「八駿馬」に基づいて書かれていますから、「八駿猫」でも8頭の馬が水面を駆けている様子が描かれています。水しぶきが激しく散っていますから、駿馬の速さを容易に想像することもできます。

 「八駿馬」と決定的に異なっているのが、頭部の表現とピンク系の背景色、そして、波間に漂う魚のようなモチーフです。これらの要素こそ、この作品の独自性であり、伝統に持ち込まれた革新性であり、さらには、観客が「八駿猫」にファンタジックなものを感じる要因になっているのでしょう。

●構想と構成

 駿馬が疾走する足元の水面に、何やら妙なものが見えます。よく見ると、この奇妙なものは波間に漂うように、随所で浮遊しています。

 尾ヒレ、背ヒレが描かれていますから、きっと魚なのでしょう。ところが魚の顔に相当する部分には眉や鼻、口が描かれており、明らかに人間の顔をしています。まるで人面魚のようなものが波間に浮かんでは消えていくように描かれているのです。

 サ・ブンティ氏に尋ねてみると、もし私がこの水面下にいる魚だったら、何が見えてくるだろうかと思って描き込んだといいます。そして、これも作品コンセプトに基づくものだと説明してくれました。

 そういわれてみると、猫の顔を逆さまにする、魚の顔を人間にする・・・。一見、奇妙に思えたモチーフの描写も、実は、ヒト中心で動いている現代社会への問いかけではなかったかと思えてきます。

 ヒト中心に組み立てられた世界は、動物から見れば、どう見えるのか。ヒトが劣位に置かれた場合、世界はどう見えてくるのか。さらには、ネガティブなイメージはポジティブなものに変換できるのか、といった具合に、この作品にはいくつものテーマが含まれており、知的な刺激を受けました。

 この作品を見ていると、絵画は非言語的な媒体だといいながら、実は、明確なコンセプトに基づいた論理的な画面構成がいかに重要かを思い知らされます。つまり、構想を作品化する過程で、言語的な処理が必要なのです。論理的に作品化を考えたからこそ、作者は画面上の全てのモチーフを、整合性を保って配置することができたのでしょう。

■チャレンジする新しい才能との出会い

 この展覧会に参加し、素晴らしい作品に出会うことができました。ここでは特に強く印象づけられた三人の作家をご紹介してきました。三者三様、チャレンジ精神にあふれており、新しい才能の出現を感じさせられました。

 中村萌氏は、木材(楠)に油絵具で着色するという技法で、独自の作品世界を構築していました。作品はどれも一見、可愛らしく、微笑ましく、ほのぼのとした印象が強いのですが、実はとても力強く、観客の気持ちを本源的なところで強く揺り動かす力がありました。

 そして、村野万奈氏は、綿布にアクリル、油彩、色鉛筆で着色するという技法で、独特の世界を創造していました。三つの展示作品にタイトルは一つでしたから、三幕構成で制作された作品だといえるでしょう。一幕目と二幕目は謎を残すような画面構成でした。ストーリー性のある作品構成に新鮮さをおぼえました。

 最後に、サ・ブンティ氏は、水彩紙に、色鉛筆、アクリル、インクで着色し、伝統を踏まえながらも、見たこともない斬新な作品世界を生み出していました。コンセプトが明確で、しかも、きわめて論理的に作品化されているところに豊かな知性を感じさせられました。

 ご紹介した三人の作家の作品を見ていると、新しい才能が次々と誕生しつつあることを感じさせられます。いずれもモチーフや表現技法、素材の可能性に挑戦し、独特の世界を創り上げようとする熱意が感じられました。そこに、芸術家に必要なチャレンジ精神を見たような思いがしました。今後、彼女たちがどのような表現世界を展開してくれるのか、おおいに期待したいと思います。(0219/3/8 香取淳子)

アジア創造美術展2019 ②:多様な墨芸術の胎動

■多様な国、文化を踏まえた作品

 前々回のブログでお伝えしたように、「アジア創造美術展2019」は、明確なコンセプトの下、多様な作品が展示されており、とても見応えがありました。先回、ご紹介しきれなかった作品をピックアップし、今回、取り上げてみたいと思います。

 振り返ってみると、改めて、なんと国際色豊かな展覧会だったのかと思います。水墨画でありながら、中国、ロシア、スイス、イギリス、ポーランド、バングラデシュ、モルドバ共和国など、海外から多数、出品されていました。出品者の国や文化が多様なら、年齢もさまざまでしたし、作品様式も多彩でした。

 絵画形式の作品はもちろんのこと、伝統的な軸があるかと思えば屏風があり、灯籠があるかと思えばオブジェがあるといった具合です。いずれも墨だからこそ表現できる特性が際立つ作品ばかりでした。墨芸術が国境を越え、いかに幅広くさまざまな地域に浸透し、享受されているかがわかります。

 会場の一端をご紹介しましょう。

会場風景

 

 今回は、多数の作品の中から印象に残った作品をいくつか、ご紹介していくことにしましょう。

 全体をざっと見て、その中から、①民族文化の滲み出た作品、②新奇性、先進性、テクノロジーを取り込んだ作品、③実在感、ニュアンスの表現に優れた作品、という観点から、それぞれ2,3点ずつ取り上げてみました。作者にお話しを聞く機会がなかったので、誤解しているところがあるかもしれませんが、その点はご了承いただければと思います。

■民族文化が滲み出た墨芸術

 モチーフの背後から民族文化が色濃く滲み出ている作品がいくつかありました。張暁文氏の「湧」と久山一枝氏の「菊花」です。いずれも民族文化を踏まえながらも、現代的要素が取り入れられており、印象的でした。

 それでは、順に、ご紹介していきましょう。

●張暁文氏の作品

 入口近くに展示されていたのが、張暁文氏の「湧」という作品です。4枚の絵が段差をつけて、右から左に下がっていくようにレイアウトされていました。賛助出品として展示されていた作品です。

 

 4枚の絵に共通するのは、墨の濃淡で表現された拡散性のある図柄です。作者の制作意図がどういうものだったのかわかりませんが、取り敢えず、観客の目から見た解釈を試みてみましょう。説明しやすくするため、4枚の絵に左下から順に番号をふってみました。

 まず、左下の作品(①)から見ていくことにしましょう。

 画面の下半分に、墨の濃淡で表現された洞窟のようなものが見えます。中央左付近には深い窪みがあり、上半分は淡い黄色や紫色の痕跡がごくわずかに残る乳白色が広がっています。そのせいか、この部分は洞窟の中の鍾乳石に見えます。

 その鍾乳石に見える岩盤状のものに所々、丸い穴が見えます。波の浸食作用によって形成されてきた石灰石のようなものの中に、大小さまざまな穴が開いているのです。所々、白い突起物のようなものも見えます。何千年もの時を経て、創り出されてきた洞窟の中の形状が独特で、とても印象的でした。

 興味深いことに、白い突起物のようなものは拡散性を持ちながらも、画面の内側に向いています。精巧に作られた文様のように見えなくもありません。ですから、この洞窟のようなものは、長い年月を経て形成された基層となる文化が象徴されているように見えます。

 次に、その隣の作品(②)を見てみることにしましょう。

 この絵は全般に明るく、暖かな印象があります。背景にごく淡い赤、黄色などが取り入れられているせいでしょう。淡いグレー地のあちこちに、淡い赤や黄色が境界も曖昧なまま、滲みが広がった状態で配されているのです。

 線や円が多用されており、どちらかといえば、わかりやすい図柄です。左下から放射線状に多数の線が伸び、その上に大小さまざまな円が拡散するように描かれています。グレー地に淡い赤や黄色が散った背景の上に描かれているせいか、

 大小さまざまな墨の円がパっと咲いた花のようにも見えます。これらの円は多様な形で結実した文化の結晶と見ていいのかもしれません。

 それでは、その右隣の作品(③)を見てみましょう。

 この作品からは、荒れ狂う海が連想されます。タッチの強弱や明暗を軸に、墨のさまざま表現技法を駆使して描かれています。そのせいか、激しさ、荒々しさが際立って見えます。画面の下半分は波が大きく打っては返す様子が描かれています。白く描かれているとことは波頭が立っているところなのでしょうし、黒く見えるところは沈み込んだ海面なのでしょう。

 上半分に見える小さな黒点や白点は、激しく飛び散る波しぶきなのでしょう。高くそそり立った波しぶきのせいで周囲が曇り、空も見えなくなっています。この作品で表現されているのは、これまで蓄積されてきたものすべてが破壊されるほどの異変、まさに、天変地異ともいえるほどの激変です。

 最後に、右端の作品(④)を見てみることにしましょう。

 この作品には②と同様、部分的に着色されています。墨が基調であることに変わりはないのですが、画面の下半分から上方に向けて黄色の濃淡が同心円上を中心に向かっていくように形取られています。

 左下方から右にかけて、墨のかすれや濃淡を使いながら、大きな弧が3つ描かれています。求心的な構造になっていると思ったのはこの弧のラインの一端が同心円状になっていたからでしょう。そこから先は淡い墨のグラデーションで処理され、やがて、淡い黄色の混じった白に収斂されていきます。まるで、暗い過去から明るい未来へというメッセージが込められているかのようでした。

 よく見ると、この作品には満洲文字が書かれています。何が書かれているのか、意味はわかりませんが、文字の書かれた場所やその大きさを見る限り、書と画が一つの画面の中で調和していることがわかります。おそらく、4枚の絵のコンセプトが総合して④の作品に示されているのでしょう。ふと、「書画」という言葉は中国では、「美術」を指すことを思い出しました。

 このように見て来ると、①から④で示されたものはいわゆる「起承転結」に相当するもので、「湧」という作品全体の概念構成になっていると考えられます。

 そこで、引きさがって全体を見ると、作品の右下に、《赫舍里・暁文の「満洲画」》と題する文章が掲げられていました。ご紹介しておきましょう。


 満洲民族は、中国の歴史書では2000年前から記載され、かれらが建てた清王朝は300年間中国全土を治め、更に初めてチベット、ウィグル、モンゴルの全地域を版図に組み込んだ大帝国であった。
 赫舍里・暁文の「赫舍里」は彼女の満洲氏族名「赫舍里氏」のことである。
 氏は、既に中国に於いて、成績を残した中国画家であるが、来日25年の日本画研鑽、満洲の歴史研究により、「満洲画」の試作を開始した。
 そして、「満洲画」シリーズを発表し、満洲文字と中国画、日本画、北方民族の感性を合わせた、新しい絵画様式の感性に成功している。


説明文より。

 この説明文を読んでから、改めてこの作品を見ると、①から④の作品にはそれぞれ、満洲文化が辿ってきた過程が表現されており、最後の④の作品には満洲文字を添え、伝統を引き継いだ張暁文氏の心意気が表現されているのではないかという気がしてきました。

 そういえば、この作品のタイトルは「湧」です。「湧」には「水が湧き出る」、「盛んにおこる」といった意味合いがあります。上記の説明文を踏まえ、①から④の作品を重ね合わせて考えてみると、張暁文氏はおそらく、水が湧き出るように、自然発生的に育まれてきた満洲文化(①)を踏まえ、墨芸術が開花し(②)、時を経て、怒涛の荒波に曝されながらも(③)、息を吹き返し、勢いを増して発展していく(④)ことを願って、この作品を制作されたのではないかと思いました。

 満洲文化を踏まえ、4つに分けて概念構成を明示した展示方法に新鮮さを感じました。

●久山一枝氏の作品

 同じコーナーに展示されていたのが、久山一枝氏の「菊花」です。大きな菊の花弁がとても豪華だったのが印象的でした。モノクロ表現でありながら、パっとした華やぎが感じられ、思わず、足を止めて見入ってしまいました。この作品は賛助出品として展示されていました。

菊花

 

 花弁の先が巻き上がるような形状で、大輪の花がいくつも咲き誇っています。形状からいえば、きっと大菊なのでしょう。大菊の直径は20㎝ほどにもなるといいます。その大輪の花が画面いっぱいに、さまざまな方向を向いて咲き誇っているのですから、まさに豪華絢爛としかいいようがありません。

 一般にこの形状の菊花は、一枝にいくつもの花弁を咲かせるものではないそうです。ところが、この作品ではいくつもの花が描かれています。「く」の字の形をした窪みのようなものを背景に、小さな葉がいくつも描かれ、菊花の周辺には丸くて白い円形のものが拡散するように描かれています。伝統的なモチーフを扱いながら、現代的なテイストが感じられる装飾的な作品でした。

 中心部分をクローズアップして見てみることにしましょう。

 窪みの部分には、小さな葉のような形態のものが多数、濃淡で奥行きを表現しながら描かれています。見ていると、まるで暗い穴底に落ち込んでいくような錯覚すら覚えます。大輪の菊花が醸し出す華やかさの背後に、得体のしれない闇が広がっているようにも見えてきます。

 暗闇を適宜、配した画面構成だからこそ、この作品で描かれた大輪の菊の花がことさらに高貴で美しく、豪華に見えたのかもしれません。

 そもそも、菊花を図案化した紋章は武家の家紋として使われてきましたし、八重菊を図案化した菊紋のうち、十六八重表菊は皇室を表す紋章でもあります。さらには毎年、秋になれば、菊花展が全国至る所で開催されており、人々の生活文化の中にしっかりと根付いています。したがって、菊花はまさに日本文化そのものといえるでしょう。

 この作品のモチーフは、日本文化を象徴するものであり、伝統を踏まえたものといえます。ところが、構図や画面構成には現代的な装飾性が取り入れられ、伝統と現代とが一枚の画面の中で巧みに融合していたという点で、新鮮さが感じられました。

■墨芸術が拓く新たな地平

 会場をゆっくり歩いていくと、伝統を踏まえながらも、墨芸術の地平を切り拓こうとする意欲を感じさせられた作品が何点か目に留まりました。林明俊氏の「鳴秋」、鎌田明風氏の「松鼠在秋天」、岡島英号氏の「UNUS」です。

 順にご紹介していくことにしましょう。

●林明俊氏の作品

 最初、ざっと見たときは、色遣いが変わっていると思っただけで、見過ごしてしまいました。なんとなく気になったので引き返し、改めて見てみると、色遣いと筆致が斬新で、新鮮な印象がありました。滲みの表現に先進性を感じさせられたのです。それが、中国から一般作品として出品されていた林明俊氏の「鳴秋」という作品でした。

鳴秋

 

 最初、見過ごしてしまったのは、おそらく、色遣いに違和感を覚えたからでしょう。ところが、改めて見返してみると、違和感を覚えた箇所には、一定の流れと動き、有機的な繋がりが感じられ、画面構成上、重要な役割を果たしていることに気づきました。

 よく見ると、左上から右下へという流れの中で大胆に着色された黄色や赤の色遣いには、違和感よりもむしろ、紅葉した木々の葉が風に吹かれて落ちていくダイナミックな様態が感じられます。黄色や赤が、滲んだ点になったかと思えば、濃いシャープな線になって下方に流れ、紅葉した葉が見せる華やかでランダムな動きとして表現されているのです。

 一方、右端の黄色や赤は墨と交じり、黒ずんでいます。おそらく、紅葉した葉がやがて枯れ葉に変貌していく様子が抽象的に表現されているのでしょう。一枚の画面の中でさり気なく、華やかな紅葉シーンと、枯れ葉となって散っていく変容過程が収められていました。滲みと濃淡が巧みに組み合わされて、秋のひとときが詩情豊かに表現されていたのです。

 さて、この作品のタイトルは「鳴秋」です。それは、ハラハラと落ちていく紅葉した葉の音を表しているのでしょうし、実際に、小鳥の鳴き声を指してもいるのかもしれません。

 見ると、左中ほどに緑色の小鳥が幹に止まっています。紅葉した木の幹にそっと立ち、小鳥もまた秋の風情を楽しんでいるように見えます。画面の中で小鳥だけが色濃く、強い筆遣いで描かれていますから、小さいながらも目立ちます。太い木の幹は淡い墨の滲みで表現されており、墨で小さく散らされた樹皮の模様がはっきりと見えますから、まるで木が呼吸しているかのようです。

 この作品ではメインモチーフを小さくても濃く、強く描き、それ以外は淡い墨の滲みを多用し、画面全体が重くならないような工夫がされています。そのせいか、抽象画のような画面構成でありながら、水墨画ならではの優しさ、柔らかさ、そして、穏やかな流れや動きが見事に表現されていると思いました。

●鎌田明風氏の作品

 意表を突かれたのが、鎌田明風氏の「松鼠在秋天」(秋のリス)で、タイトルが中国語で書かれています。作家部門で出品されていた作品です。


松鼠在秋天

 

 一見、軸装された水墨画に見えますが、どういうわけか、画面は背後からプロジェクターの光で照らし出されています。不思議に思って近づいてみると、描かれたリスが驚いて木に駆け登り、あっという間に逃げてしまいました。

 今度は私の方が驚いて、少し引き下がって床を見ると、ラインが引かれており、ここから近づくと栗鼠が逃げますと書かれています。見上げると、吊るされた作品の周囲には、ポールで組み立てられた矩形の装置が見えます。おそらく、この装置のどこかにセンサーが仕組まれており、観客が作品に近づくのをキャッチし、アニメーションが作動するよう設計されているのでしょう。

 

 実際、作品に近づくと、リスがアニメーションで動き、素早く木を駆け上っていきます。まるで本物のリスが絵の中に隠れているのかと思ってしまうほどでした。水墨画で描かれた画面の中にアニメーションが組み込まれていたのです。しかも、このアニメーションの駆動は観客の行為(作品に近づく)によってスイッチが入る仕掛けになっていました。観客が作品との相互作用を楽しめるようにもなっていたのです。

 画面を見ると、対角線上に左下から右に伸びる形状で木の幹が描かれており、その左下に一匹のリス、中ほどやや上の枝にまた一匹のリス、そして、右上方部に一匹のリスが描かれています。いずれもリスの周辺は黄色く照らし出されていますから、素早い動きでも観客は容易にキャッチできます。

 構図といい、複数のモチーフの色彩バランスといい、安定した画面構成が印象的でした。安定感のある画面構成だからこそ、観客はごく自然に、リスの動きを受け止めることができたのでしょう。作品として素晴らしいだけではなく、プロジェクションマッピング技術を使った見せ方にも工夫が凝らされており、先進性が感じられました。

●岡島英号氏の作品

 なんとも奇妙な作品です。気になって近づいて見ると、岡島英号氏の「UNUS」というタイトルの作品でした。作家部門での出品です。


UNUS

 

 天井から墨の滲んだ布が水平に広げて何枚か、吊り下げられています。墨の広がりや形状がそれぞれ違いますから、おそらく、そこになんらかの意味が込められているのでしょう。その下には組み立てられたポールに、墨の滲んだ布が垂直に吊るされています。ポールを囲うように吊るされた布は、傍らを観客が行きかう度に、連動して微かに揺れ動いています。まるでそこだけ微風が吹いているかのようでした。

 ポールの下を見ると、床に何やら置かれています。どうやらこの作品の設計図のようです。左側に置かれているのが展示で使用された布の図案、構成図、組立図で、右に置かれているのが完成図で、これが最終的な作品の形です。いずれも墨で描かれていました。

 右側にはさり気なく小さな用紙が置かれ、そこには作品タイトルと作者名、制作意図、作者の来歴が書かれていました。作品内容を説明する重要な情報です。それが小さな紙にまとめられ、床に置かれていたのです。うっかりすると、見落としてしまいかねません。あまりにも無造作な展示方法を見て、作者はこれで観客を試しているのかもしれないと思ってしまったほどでした。

 さて、この作品のタイトルは、「UNUS」です。聞き慣れない言葉なので、タイトルだけでは何もイメージすることができません。作者はいったい、この作品で何を表現しようとしたのでしょうか。

 手掛かりを求めて、床に置かれた小さな紙に近づいてみました。すると、以下のような説明文が目に入りました。


UNUSはラテン語で1や全を意味する言葉。

16枚重ねた不織布の上に点、円、線の流れを1筆で描き、浸透させて16分割して再配置。
1つのきっかけからなんらかの環境が生じ、そこに様々な人々も生まれた(含まれた)過程を再体験している。
4つの垂直面に色の濃い、薄い、大きい、小さい、人のような形。
水平軸に黒くて大きな渦、薄く淡い月、領土のような形。
元々は1筆、その違いにどんな意味があるのか、ないのか。
遠ざかって見えるもの、見失うもの、
近くに寄って見えるもの、見えてしまうもの、
立場や視点の違いにどんな意味があるのか、ないのか。


説明文より。

 この説明文を読んでようやく、作品鑑賞の手掛かりを得ることができました。

 まず、タイトルは「1、あるいは全を示すラテン語」だということでした。これを敷衍させ、両者を結合させれば、「UNUS」を1(要素)と全(全体)と読み直すこともできます。

 再び、文面を読むと、「1つのきっかけからなんらかの環境が生じ、そこに様々な人々も生まれた(含まれた)過程を再体験している」と書かれています。これがおそらく制作意図なのでしょう。この文面からは、ヒトはさまざまな連鎖体系の中で生きているという考え方が示されています。「再体験している」というフレーズからは、個体発生は系統発生を踏襲するという概念まで読み取ることができるかもしれません。

 作品様式としては、「4つの垂直面に色の濃い、薄い、大きい、小さい、人のような形。水平軸に黒くて大きな渦、薄く淡い月、領土のような形」を表現したということでした。確かに、天井近くの水平面には、渦(海)、月(空)、領土のような形(大地)を表す布が吊り下げられ、垂直面には、墨の濃淡や大小でヒトを表す布が張られていました。

 こうして見て来ると、この作品には作者のホリスティックな考え方が浮き彫りにされているように思えてきます。

 ヒトは、自然を含むさまざまな環境の下で生きているだけではなく、代々の祖先を継承した存在であり、さまざまな連鎖体系の中で繋がり合っている存在だというが示されているといえるでしょう。まさに日本文化に内包された概念です。

■墨ならではの実在感、ニュアンスの表現

 墨だからこそ表現できる実在感、あるいは微妙な表現が際立つ作品がいくつかありました。矢形嵐酔氏の「欧州夕刻街路」、王羽氏の「秘境梵音」、宮本信代氏の「ナニ?」です。

 それでは順に、見ていくことにしましょう。

●矢形嵐酔氏の作品

 入口近くに展示されていた作品の中で異彩を放っていたのが、矢形嵐酔氏の「欧州夕刻街路」です。水墨画なのに油彩画を思わせる雰囲気があり、立体的な奥行きと重量感が印象的でした。賛助出品として展示されていた作品です。


欧州夕刻街路

 

 両側に石造りの建物が並び、その間の狭い道路にはヒトや車が多数、描かれています。

 両側に石造りの建物…‥、と書きましたが、実際は左側の建物ははっきりと描かれているわけではありません。左端に窓のようなものが部分的に描かれているだけなのに、観客は、左側にも右側と同じようにどっしりとした建物が建っているように想像してしまいます。

 なぜ、そう思ってしまうのでしょうか。

 改めて作品を見てみると、画面の左上方から真ん中にかけて、かなりの面積が白、あるいは淡い墨の濃淡で処理されています。そして、中央辺りから下、斜め右方向に描かれた道路もまた、白、あるいは淡い墨の濃淡で表現されています。明るく見える箇所に観客の視線が誘導されていく仕組みです。

 ですから、右上方向から射しこむ陽光によって建物や道路が、明るく照らし出されているように見えてしまいます。建物の形状をはっきりと描かなくても、観客は建物の実在を感じ、街並みを想像します。モチーフの形状よりも、淡い墨の濃淡によって表現された陽光の存在が、画面に奥行きを感じさせ、石造りの建物の堅牢さを際立たせる効果をもたらしていたのです。

 興味深いのは、墨の滲みの濃淡と白の使い方が素晴らしく、画面に、墨ならではの空気感と陰影がごく自然に付与されていたことでした。おかげで、この街の佇まいに、油彩画では表現できない風格と情緒が漂い、しっとりとした情感が醸し出されていたように思います。

 たとえば、遠景の中央からやや左寄りに淡い墨の途切れた箇所があり、そこに配された白が、まるで雲間から射し込む光のような役割を果たしていました。その陽光はちぎれたような形状を残しながら、下に降り、地上近くにひときわ明るい箇所を生み出しています。それが弧状の橋のようなものをくっきりと浮かび上がらせ、観客の想像力を刺激します。ごくわずかな余白といえるようなものが画面に設定されることによって、想像力の働く余地を創り出しているのです。

 この絵の前に立つと、どういうわけか、しっとりとした情感が喚起され、気持ちの奥深く揺さぶられるような気持ちになってしまいます。墨の滲みやその濃淡を使って、遠景がけぶって見えるよう描かれていたせいでしょうか、郷愁を誘われるような深い味わいがありました。

●王羽氏の作品

 一見するなり、気持ちが強く引き付けられ、立ち止まって見入ってしまったのが、王羽氏の「秘境梵音」でした。展示されていた一角で、際立って見えたのです。一般部門、中国からの出品でした。

 老いた女性の肖像画で、画面の中に特段、意表を突かれるような要素があったわけではありません。ですから、多くの展示作品の中でなぜ、この作品が際立って見えたのか、私自身、不思議に思うほどでした。ところが、数歩、引き下がってみても結果は同じでした。やはり、この作品が飛び込むように目に入ってくるのです。


秘境梵音

 

 幾重にも皺の寄った額、大きく垂れ下がった眉と瞼、皺が深く刻まれた頬、大きな鼻にすぼんだ口元、顎から首にかけての皺の寄ったたるんだ肌・・・・。どれも老いの兆候そのものです。

 いってみれば、老いが深く刻み込まれた顔でしかないのですが、私はこの顔に強く引き付けられてしまったのです。遥か彼方を眺めるこの女性の表情に引き付けられたのでしょうか。それとも、目の表情に集約的に表現されている何か、言葉では説明しえないものに釘付けになってしまったのでしょうか。

 悲しそうであり、不安そうでもありますが、絶望しているわけでもない、微妙な表情です。長年の労苦が刻み込まれた顔であることは明らかですが、悲壮感はなく、どこかしら清らかなものさえ感じさせられます。

 視線を落とすと、女性は手に何か、子どものおもちゃのようなものを持っています。そういえば、この作品のタイトルは「秘境梵音」でした。何か関連があるのかもしれないと思い、まず、画像で調べてみましたが、該当する画像はありませんでした。

 再び、作品を見ると、左手に数珠を持っているのに気づきました。そこで、「チベット仏教」、「仏具」というキーワードで画像を検索してみると、似たような形状のものが見つかりました。マニ車です。

 Wikipediaによると、マニ車とは主にチベット仏教で用いられる仏具を指し、円筒形で、側面にマントラが刻まれ、内部にはロール状の経文が収められているそうです。使い方としては、マニ車を右回りに回転させると、回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされていると書かれていました。

 説明文と同じページに、老いた女性が寺院でお祈りしている写真が掲載されていました。左手首に数珠をぶら下げ、右手でマニ車を高く掲げて、祈っている姿でした。この写真を見てようやく、この作品を理解できるような気がしてきました。

 作品の女性は、何かを見つめているような、何か考え事をしているような、“”心ここにあらず“といった表情を目に浮かべていました。だからこそ、私は気になって、視線の先にいったい、何があるのかと思ってしまったのですが、実はマニ車を回転させながら祈り、現実ではない、遥か彼方に想いを馳せていただけだったのかもしれません。

 そういえば、この作品のタイトルは「秘境梵音」です。調べてみると、梵音には、読経の声という意味があるようです。ですから、作品の女性はマニ車を回転させ、心の中で経文を唱えていたのだということがわかります。この女性の表情に清らかなものを感じさせられたのはそのせいだったのかもしれません。

 よく見れば、マニ車を握る右手、数珠を持つ左手、いずれもやや不自然ですし、衣服の表現もやや雑な印象があります。目や顔の表情にみられた繊細で的確な表現に比べ、見劣りがすることは確かです。

 ところが、そのことがこの作品の価値を低めているわけではありませんでした。逆に、顔や目の表情の素晴らしさが強調され、観客の感情移入を誘う作品になっているような気がします。

●宮本信代氏の作品

 この作品を見た瞬間、思わず笑みがこぼれてしまうのを感じました。それほど、幼児の微笑ましいシーンが的確に捉えられていました。宮本信代氏の作品、「ナニ?」です。この作品は作家部門で出品されていました。


ナニ?

 

 何かを凝視している女の子の視線、半開きの口元、ぷっくらした頬、額にかぶった柔らかな毛、透き通るような白い肌、どれ一つとっても、観客の誰もが知っている幼子の特性が見事に描き出されています。

 子どもは凝視するあまり、右足を浮かせ、つられて軽く、お尻を浮かせています。本能的に姿勢を安定させようとしているのでしょうか、ぎこちなく指を折り、左手をついています。不安定な姿勢になりながらも、それでも視線を動かすことをせず、凝視の姿勢を崩しません。見ることに集中しているのです。幼児の行動特性の一つといえるものが巧みに捉えられていました。

 表情といい、動作といい、何もかもが好奇心の対象になっている時期の子どもの描き方が見事です。作品を通して、作者の観察力の鋭さ、表現力の的確さに加え、モチーフを見つめる姿勢の優しさが伝わってきます。

 右肩から肘にかけて白く表現され、そこからやや位置をずらして膝から脛、靴の表面もやはり白く表現されています。そして、白く表現された箇所の周辺は淡い墨の濃淡で処理されていますから、その部分に温かな陽射しが射していることがわかります。

 柔らかな陽射しの下で、子どもの日常生活の一端が愛情豊かに捉えられており、心温まる思いのする作品でした。子どもの肌の柔らかさ、微風に揺れる髪の毛、肌触りのよさそうな衣服の襞、どれも墨ならではの微妙な表現が素晴らしく、印象に残りました。

■多彩な展示作品に見る墨芸術の可能性

 「アジア創造美術展2019」では秀逸な作品が多数、展示されていました。おかげで、多様で多彩な墨芸術を堪能することができました。

 今回は、前回ご紹介できなかった作品について、①民族文化の滲み出た作品、②新奇性、先進性、テクノロジーを取り込んだ作品、③実在感、ニュアンスの表現に優れた作品、という観点から、それぞれ2,3点ずつ取り上げてみました。紹介文を書きながら、改めて墨芸術の可能性を感じさせられました。

 さて、この展覧会には海外からの作品が多数、出品されていました。日本とは異なる文化圏で、墨を使ってさまざまな作品が制作されていたのです。そのことがまず、意外でした。さらに、それらの作品がどれも素晴らしかったので、驚いてしまいました。墨がもたらす変幻自在を自家薬籠中の物にできる力量のある作家が多かったのです。

 偶然、生まれた滲みの形状に、作家がわずかに手を加え、芸術作品に変貌させることができるのは、墨ならではの興趣でしょうし、墨芸術ならではの妙味ともいえるでしょう。しかも、それぞれの作品に込められた世界観には、和文化に内包された自然との共生、ホリスティックな世界観と重ね合わせることができるものが数多く見受けられました。

 墨芸術はまさに自然とともに存在し、自然に沿って形作ることができるという点で、和文化となじみ、世界文化とも調和していける芸術形式なのだと思います。今回、この展覧会に参加し、墨芸術の新たな可能性とその胎動を感じることができました。出品された作家の方々の今後のご活躍に期待したいと思います。(2019/2/27 香取淳子)

チームラボ「森と湖の光の祭」:原始の感覚を甦らせてくれる現代アート

チームラボ:「森と湖の光の祭」の開催

 チームラボによる「森と湖の光の祭」が2018年12月1日から2019年3月3日まで、埼玉県立奥武蔵自然公園の宮沢湖とその湖畔で、開催されています。私は西武池袋線をよく利用しますので、これまで何度か駅でポスターを見かけていました。その都度、いつかは行ってみたいと思っていたのですが、2019年2月16日夜、ようやくその機会が訪れました。

こちら →

 看板には日本語表記の下に「Digitized Lakeside and Forest」の文字が見えます。湖畔とその周辺の森がデジタルテクノロジーによって、ショーアップされるということなのでしょうか。

 遠方を見ると、暗闇の中にさまざまな色彩の光が揺らぎ、幻想的な空間が創り出されています。果てしなく広がる暗闇の下で、さまざまな色が互いに競い合っているように見えますし、時に、絶妙なハーモニーを奏でているようにも見えます。これまでに見たことのないスペースが広がっていました。

 それでは、湖畔に近づいてみることにしましょう。

 軽い坂を下りていくと、まず目に入ってきたのが、メッツァヴィレッジという建物です。

こちら →

 この建物を横から見ると、物品販売のマーケット棟になっていることがわかります。その前のスペースにはテーブルセットがいくつか置かれています。一休みしたり、軽い飲食ができるようになっているのでしょう。

こちら →

 外は寒いので私はマーケット棟の中に入って、狭山茶のソフトクリームを食べました。まろやかなお茶の香りが芳しく、格別の味わいがありました。

 それにしても、広大です。しかも、暗闇なので全体像がわからず、どの方向に行けばいいのかもわかりませんでした。ただ遠方では、あちこちで着色された光が揺らいでいるのが見えます。まるで来場者に誘い掛けているようにも見えます。いったい何があり、どういう仕掛けが施されているのでしょうか。

 取り敢えず、ヒトのいる方向に向かって歩いていくと、標識がありました。

こちら →

 左方向に行くと、ムーミンバレーパークとノルディック・スクエア(イベント広場)です。ムーミンバレーパークの文字を見て、開園するのは2019年3月16日だということを思い出しました。

 そこで、ムーミンバレーパークとは逆の右方向に向かい、湖畔沿いに歩いていくと、先ほどご紹介したマーケット棟に並んでレストラン棟があり、その先には、屋外レストラン広場がありました。

 そこには面白い形のテントが設えられており、中にはテーブルとイスが置かれていました。ここで休んだり、軽食を取ったりできるスペースになっているのでしょう。子どもが喜びそうな設えです。すでに親子連れが中に入っていました。

こちら →

 暗闇の中でこのテントを見ると、まるで波間に漂うクラゲのようにも見えます。

 そこから湖畔に目を転じると、着色された光を浴びて、木の幹や枝が華麗な姿を見せていました。これもまた、ヒトを幻想的な空間にいざなうための装置なのでしょう。照らし出された美しい枝ぶりに惹かれ、しばらく見入ってしまいました。

こちら →

 それにしても、ライトアップされた木々の立ち姿のなんと美しいことでしょう。

 湖畔の一角では、木々が青味を帯びた光に照らし出され、順序よく、静かに佇んでいます。それが暗闇に映え、水面の静けさを際立たせていました。光の祭典にふさわしく、自然の木に人工的な光と彩りが添えられ、美しく変身していたのです。

こちら →

 それでは、「森と湖の光の祭」の中心に向かっていくことにしましょう。

■森と湖の光の祭

 森に向かう湖畔の道を歩いていくと、至る所に起き上がりこぼしのような形状の光のオブジェが配置されています。触ってみると、健康ボールのような手触りです。つついてみると、起き上がりこぼしのように、すぐに元の位置に戻ります。それが道に沿って次々と配置され、暗闇の中で街灯のような役割を果たしていました。

 森の中を進んでいくと、ボーリングのピンのような形状のオブジェが置かれている場所がありました。

こちら →

 これらのオブジェは、撮影したときはたまたま赤紫色と青色で構成されたピンのようなものでしたが、時間の経過とともに、この色が次々と変化していきます。色が変化する度に周囲の景観も変化し、見る者を楽しませてくれます。

 さらに、起き上がりこぼしのような形状のオブジェが多数、置かれた広場がありました。

こちら →

 人々がオブジェの周囲に集まり、触ったり、つついたりしています。成人の身長ほどもある大きなオブジェがまるで自立した存在であるかのように立ち並び、ヒトからアクティブな行為を引き出していたのです。来場者にとっては、ちょっとした遊び道具にもなっていたのでしょう。

 やや引き下がってこの光景をみると、ヒトがオブジェの光に照らしだされ、まるで影絵のように見えます。どこまでも広がる暗闇を背景に、ヒトと光のオブジェがコラボして一種のアートシーンを創り上げていたのです。

 森の中に入っていくと、また違った光景が現れてきました。着色された光に照らされた木々と、光のオブジェ、そして、その中を歩いていくヒトが一体となって、瞬間、瞬間のアートシーンを創り出していました。

こちら →

 たまたま光のオブジェに重なるようにヒトが動き、そして、光に照らし出された木々がオブジェやヒトの色彩や形状にマッチした瞬間、その現場がアートになります。暗闇を背景にした現代アートが表出されるのです。

こちら →

 左下にピンクのオブジェが見え、右に見える小さなオブジェには人影が重なっています。ここでは典型的な光のオブジェを背景にした影絵効果が表れています。画面の中景には、左から右にかけてV状に青い光で照らし出された木々が浮き彫りになり、果てしなく広がる暗闇にアクセントをつけています。

 よく見ると、ただの暗闇に見えた背景に、うっすらと木々の枝や幹が見えてきます。おぼろな光を受け、背景に沈みこんだ木々や枝や幹からもまた、自然の深淵と広がり、興趣を感じさせられます。

 光のオブジェ、ヒト、自然が奏でるハーモニーがなんと包摂的な美しさに満ちていたことでしょう。

 時間を忘れてしまうほど、自然、ヒト、光のオブジェによって創り上げられる瞬間的なアートに魅せられてしまいました。湖畔から森に向かって歩いていくだけで、自然を巻き込みさまざまなアートシーンが創り出されていたのです。

 チームラボとはいったいどういうグループなのでしょうか。

■暗闇の中の光とサウンド

 インフォ―メンションセンターに置かれていたチラシを見ると、チームラボは、「2001年に活動を開始した学際的なテクノロジスト集団で、集団的な創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、デザイン、自然界との交差点を模索している」と紹介されています。さらに、「チームラボは、アートによって、人と自然、そして自分と世界との新しい関係を模索したいと思っている」とも書かれています。こうしてみると、今回の企画はそのコンセプトに従って表現されたものだということがわかります。これまでにない感覚を刺激され、とても面白い企画だと思いました。

 そういえば、チームラボは、「Digitized Nature」というアートプロジェクトを行っているといいます。

こちら →https://www.teamlab.art/concept/digitizednature

 これを見ると、チームラボは各地で、自然をそのままの形でアートに変えるプロジェクトを行ってきたことがわかります。そして、いまもなお、「自然が自然のままアートになる」というコンセプトの下、一連のプロジェクトを展開しているのです。

 今回、宮沢湖の「森と湖の光の祭」に参加し、印象に残った光景を、私はスマホで撮影した画像でご紹介してきました。ご覧いただいたように、視覚的訴求力の高いプロジェクトであったことは確かです。ところが、実は、音響もまた素晴らしかったのです。木々の間から流れてくる音響が、まるで太古の感覚を呼び覚ますように、ヒトの気持ちの奥深くに働きかけてきます。私がこれまでにない感覚を刺激されたと思ったのは、おそらく、この音響のせいでもあるでしょう。

 是非とも、この音響を味わってもらいたいと思い、音源を探しました。チームラボのホームページの映像から、その一端をご紹介します。音響に留意してこの映像を見ていただきましょう。

こちら →https://www.teamlab.art/ew/autonomous-onthelakesurface/

 現地では、このような音響が至ところから静かに聞こえてくるのです。なんとも奥ゆかしく、そして、力強く、心に響きます。暗闇の中を歩き続けているせいもあって、自然に内省的な気分にさせられていきました。

 チームラボのホームページを見ると、プロジェクトを推進するためのコンセプトが掲げられていました。私が興味を抱いたのは、いくつかのコンセプトのうち、「作品の境界を破壊する」というものでした。

こちら →https://www.teamlab.art/jp/concept/digital_domain_releases/

 説明文を引用しておきましょう。


 脳内では、本来、考えや概念の境界が曖昧である。考えや概念は、いろんな他の考えや概念と影響を受け合って存在している。それが、実世界で作品として存在するために物質に媒介される。そして、物質が境界を生んできたのだ。
 デジタルテクノロジーによって物質の媒介から解放された作品の境界は曖昧になる。作品は、他の作品と互いに影響を受け合いながら、変化し続ける。作品は独立した存在のまま、作品同士の境界は失われていく。


(チームラボHPより)

 いままでそのようなことは考えてもいなかっただけに、これを読んで、とても刺激を受けました。よく考えてみれば、確かに指摘される通りだと思います。この説明文を読んではじめて、私がなぜ、湖畔で内省的な気持ちになってしまったのか、なぜ原始の感覚を取り戻したような気分になったのかがわかったような気がしました。


 それにしても奇妙な体験でした。光のオブジェに誘われるように、気づくと70分ほども湖畔や森を歩き回っていたのです。普段なら途中で放棄してしまう距離なのに、歩き続けたのですが、不思議なことに、疲れを覚えることはありませんでした。

 いったい、なぜなのか、一夜明けて、考えてみました。

 確かに、暗闇の中で、幻想的な空間に浸っていました。そのせいで、知らず知らずのうちに、日常の些末なことを忘れ、疲労を忘れ、時間をも忘れてしまったのでしょうか。あるいは、いっさいの言語情報から離れ、非言語的な情報だけに頼るしかない状況下で、原始の感覚を呼び覚まさせられていたからでしょうか。思い返してみると、不思議な感覚でした。

 ひょっとしたら、これが、デジタルテクノロジーが行き着く果てのアートの形式、あるいはエンターテイメントの形式の一つなのかもしれません。いってみれば、ヒトがテクノロジーを媒介に自然、あるいは環境とコラボし、その都度、変化するアートシーンを鑑賞し、楽しむという形式です。

 そこには境界によって区切られることのない表現の面白みと、意外な発見があります。さらには、瞬間、瞬間に、ヒト、オブジェ、自然が相互に関係し合い、影響し合った結果の美しさがあります。一連のアートシーンからは、これまでのように鑑賞者が受け手として存在するだけではなく、創造者としても存在しうることが示されたのです。

 こうしてみてくると、チームラボはデジタルテクノロジーによって、鑑賞者の心の奥底から原始の感覚を呼び覚ませてくれただけではなく、創造者と鑑賞者との間の境界はいつでも簡単に取り払えることを示してくれたことがわかります。

 「森と湖の光の祭」はまさに、ヒトと自然と光のオブジェが相互に依存し合い、影響し合いながら創造されるアート空間、あるいはエンターテイメント空間でした。しかも、太古と現在を 感覚レベルで繋げてくれたのです。 デジタルテクノロジーを媒介に、 鑑賞者の感性を限りなく広げてくれたという点で画期的なプロジェクトだといえるでしょう。(2019/2/17 香取淳子)

アジア創造美術展2019 ①:仏心と和の心

■アジア創造美術展の開催

 「第16回アジア創造美術展2019」(国際墨友会主催)が、2019年1月23日から2月4日まで、国立新美術館で開催されました。私は2月3日に訪れたのですが、まず、会場に入った途端に驚いてしまいました。鎧兜が二つ、正面に設置されていたのです。

こちら →

 正面上方には、大きな円(環)が墨で力強く描かれています。まるでその大きな円(環)を支えるかのように鎧兜が二つ、左右に鎮座していたのです。鎧兜といえば武士の象徴であり、工芸品(美術品)としても貴重なものです。そして、鎧兜といえば武士道を連想し、武士道といえば日本人の倫理観の源泉の一つとして想起されます。

 鎧兜を見ていると、さまざまな思いが胸を過ります。重厚な鎧兜には、いまや多くの日本人から失われようとしている毅然とした態度、風格、和の心といったようなものを重ね合わせることができるでしょう。そう思うとなおのこと、グローバル化の波に押されて消えていった、生活文化とセットになって育まれてきた日本文化が偲ばれます。

 人目を引く大きな円(環)は、墨で勢いよく描かれています。

 濃く太く描かれた先端と、薄くかすれた最後尾との境目に、手描きの「Torch of Asia」が、円(環)をはみ出すように書かれており、その下に円(環)の中に収まるように書かれた活字の「Exhibition」が印象的です。日本(アジア)からの墨文化の光明で世界が繋がり、和を成すということが示されているのでしょうか。円(環)と文字のバランスが絶妙で、力強いメッセージが込められているように思えました。

 さらに、右手前には二本の竹が天井から吊るされており、そこに水墨画と、影絵の人物画がさり気なく掛けられていました。黒いシルエットで描かれた作品を見て、この作品が竹に掛けられていた理由がわかりました。墨竹画を踏まえて考案された、溝口墨道氏の墨人画だったのです。

 入口のコーナーは、展示物がユニークなら、そのレイアウトも斬新で見応えがありました。それでは次に、正面と右面が見える角度から、このコーナーを見てみることにしましょう。

こちら →

 左手前にはやはり天井から吊るされた二本の竹に水墨画が3枚掛けられています。右手前で見た水墨画と同様、張暁文氏の作品でした。いずれも墨で満洲の心が表現されています。右手の壁面上方には、黒地に白、赤、青で書かれた「アジア創造美術展」の文字が見え、その下に掛け軸が4点展示されています。

 この角度から入口の展示コーナーを見ると、手描きの「Torch of Asia」といい、掛け軸や水墨画や墨人画といい、国境を越えて、墨でつながる表現世界が端的に示されていることがわかります。そして、大きな円(環)は、無であり、悟りの世界であり、和でもあるのでしょう。まさに仏心と和の心です。入口の一角に設えられた展示コーナーには、今回の展覧会のコンセプトが凝縮されて表現されていたのです。見事な展示の仕方でした。

 それでは印象に残った作品を見ていくことにしましょう。

■小林東雲氏の作品

 会場に足を踏み入れるなり、見入ってしまったのが、入口近くに展示されていた、小林東雲氏の「慈母観世音菩薩」という作品です。

 なんとも劇的な構図に興味をかき立てられ、しばらく作品の前で佇んでいました。

 画面の右側に聳え立つように高く立ち上る波が描かれ、真ん中寄りの白く弾ける大きな波頭の下方には,小さな子どもが描かれています。白く弾け飛ぶ波頭の荒々しさに反し、子どもの姿があまりにも幼くてか弱く、その落差が印象的です。押し寄せる大きな波は太い黒で強調されており、いまにも子どもが呑み込まれてしまいそうで、ハラハラしてしまいます。画面の右側にはそのように観客をハラハラさせる危機的状況が描かれていたのです。

こちら →

 画面左側を見ると、菩薩の背後でやはり波が立ち上がっていますが、子どもの背後の波ほど大きくありません。危機的状況を感じさせるものでもありませんし、菩薩の周囲はむしろ明るく光が射しています。怒涛の中でも菩薩の周囲だけは平安で安穏だということが示されています。その光は柔らかく伸び、菩薩を見上げる子どもの周囲にまで達していました。

 よく見ると、菩薩の天衣の端が子どもの身体全体を包むように巻き上がっており、小さな身体にも天衣のようなものがまきついています。その先端は波間に沈んでいますが、このような天衣の形状からは、子どもが無事、菩薩に受け入れられたことが示されているように思えます。

 危機的状況にありながら、子どもの表情が意外なほど落ち着いて見えるのは、おそらく、そのせいでしょう。

 じっと見ていると、あどけない顔の子どもが奇妙なほど静かで、限りなく寂しげなのが気になってきます。子どもながら、まるで諦観に達しているかのようです。不思議に思いながら、思わず、じっと見てしまいました。

こちら →

 子どもは顔を上げて跪き、手を合わせています。その頬やお尻、脹脛の肌は白くて柔らかく、無垢そのものです。この世の穢れを知らず、疑うことを知らず、天真爛漫に生きてきた子どもの姿が優しい筆遣いで描かれています。

 微かな笑みを浮かべ、子どもは膝をつき、手を合わせて見上げています。視線を辿ると、慈悲深い菩薩の顔に行きつきます。

こちら →

 菩薩は慈悲深い表情を浮かべ、左手に蓮華の花を持ち、右手首に数珠を掛けています。やや俯き加減になって視線を下方に落としていますから、遠目からは子どもと視線を絡ませているように見えます。ところが、よく見ると、視線は交差しておらず、微妙にずれていました。菩薩は目の前の子どもではなく、子どもを取り巻く状況そのものを見ているのでしょうか。解釈の余地が残されているところにこの作品の含意が感じられます。

 作者の小林東雲氏が会場におられましたので、何故、この絵を描かれたのか、尋ねてみました。

 小林氏は、東日本大震災の後、津波で流された子どもを探しまわる父親の姿をテレビで見て、心を打たれ、絵筆を執られたそうです。波にさらわれた子どもはきっとあちらで菩薩に出会い、見守られて幸せに暮らしているに違いない・・・、そういう思いを込めて描いたと述懐されました。

 そういわれてみると、菩薩が身にまとった天衣の端が子どもを守護するかのように包み込み、波間に揺らいでいます。その天衣の周囲には明るい光が射し込み、あたかも子どもが菩薩に見守られているような描き方です。子どもの父親がこの作品を見ることがあるとすれば、どれほど救われた気持ちになったことでしょう。

 この作品ははっきりとした制作意図の下、描かれました。ですから、メッセージ性の強い作品に仕上がっていますが、すべての作品がそうだというわけではありません。墨の流れる状態を見て描く場合もあると小林氏はいいます。その例として挙げられたのが「牧牛図」でした。

 禅宗には、修業の始まりから悟りまでの段階を、牛を見つけ、捉え、飼いならし、連れて帰るまでの10段階の過程に準え、10枚の絵で示された「牧牛十図」というものがあります。絵柄からいえば、この作品は第5段階のものを指すようです。すなわち、厳しい修行の結果、妄想を断ち切り、煩悩を脱してようやく飼いならすことができた段階を表現したものということになります。

 同時期に国立新美術館の3Fで開催されていた「第23回日仏現代国際美術展」に、この作品が出品されていると聞いて、さっそく見てきました。

 横たわる牛に寄り添うようにしている少年の姿が優しく清らかで美しく、感動的な作品でした。安心しきって横たわる牛の表情もまた安らかで落ち着きがあり、見ていて気持ちが安らぎます。

こちら →

 この作品の場合、予めこれを描こうと思って筆を執ったわけではなく、墨を流して出来た形状を見て、喚起されたイメージからモチーフを思いつき、作品化したと小林氏はいいます。水墨画というのは下絵を作ってもなかなか思うようには描けず、墨も筆もまた自在に運べるものでもありません。ですから、このように偶然に出会った墨の流れ、勢い、動きなどを活かして描くことも多いというのです。

 小林東雲氏の作品のモチーフからは仏心、そして、自然の出会いを活かして描くという技法には和の心を感じさせられました。

■溝口墨道氏の作品

 入口のユニークな展示コーナーの反対側の壁に展示されていたのが、6枚の墨人画です。その下にはパソコンが置かれ、墨人画で制作されたアニメーションが表示されます。パソコンが載った台には、世尊(仏陀)と無数のヒトが描かれた墨人画が置かれています。これら総体が、溝口墨道氏の作品、「仏の光」です。

こちら →

 壁に掛けられた墨人画は、6様の角度から世尊(仏陀)のシルエットを捉えています。一連の作品とパソコンで制作された墨人画アニメーション、そして、世尊(仏陀)と人々を描いたやや大き目の墨人画、それらが一体となってこの作品が構成されています。

 タイトルの下には説明文が書かれていました。溝口氏の制作意図を把握するため、引用してみましょう。


 ある時、世尊はラージャ・グリハ(王舎城)のグリドゥラ・クータ(霊鷲山)で、神々と菩薩、修行僧、一切の衆生に対して『偉大な説法』(大乗経)という教えを説いた。
 世尊が瞑想に入ると、天から燦爛たる花が降り、地が動く奇跡が起こった。
 その時、世尊の両眉の間の毛の環(眉間白毫相)から一条の光が、当方の一万八千の仏国土へ向かい放たれた 。
 その光は、それら仏国土の下はアヴィーチ(無限)大地獄から、上は宇宙の頂に至るまでを照らした。

 その国土の、教えを説く仏や法を求める僧、日常生活を送る衆生たちの姿の全てが見られた。(溝口墨道、展示説明文より)


 これを読むと、一連の作品を少しは理解できるような気がしてきます。壁に掛けられた6枚は、瞑想に入った世尊(仏陀)の様子を6つの角度から描いたものですが、姿勢の良さが際立っています。パソコン画面は墨人画アニメーションの一シーンを捉えたもので、僧侶や人々を前にした世尊(仏陀)の姿が背後から描かれています。人々に対し教えを説いている重要なシーンなのでしょう。

 俯瞰した構図で描かれているのが、世尊(仏陀)と取り巻く大勢の人々を描いた墨人画です。

こちら →

 こちらは、静かに瞑想にふける世尊を取り巻くように、多数の人々が描かれています。取り巻く人々は、一見すると、グリドゥラ・クータ(霊鷲山)で世尊(仏陀)の教えを聞く人々のように見えますが、説明文と照らし合わせて見ると、世尊(仏陀)の両眉の間から放たれた一条の光によって照らし出された一万八千の仏国土の僧や人々のようにも思えます。描かれた人々が皆、世尊の方を向き、手を合わせているところを見ると、時空を超えて世尊(仏陀)の言葉に耳を傾けようとするヒトそのものを指しているようにも思えます。

 溝口氏の作品からも、モチーフは仏心を感じさせ、表現技法からは和の心を感じさせられました。

■日常性の中の芸術、芸術の中の日常性

 会場を一覧して気づくのは、生活の中に取り入れられた作品、あるいは生活を取り入れた作品など、芸術作品ができるだけ身近に感じられるよう、展示に工夫が凝らされていたことでした。そのような配慮のせいか、諸作品も単なる鑑賞の対象に留まるのではなく、そこはかとなく生活の息吹が感じられ、実在する意識の結晶のようにも見えます。

 印象に残った作品あるいは展示をご紹介していくことにしましょう。

 まず、入口近くに展示されていた三田村有純氏の「虹色の階段」です。

こちら →

 蒔絵作品で日常の光景が捉えられていたのが、とても印象的でした。虹色の階段も寄り添って建つ家並みも傾斜のある道も、蒔絵で表現されているせいか、色彩に独特の深みが感じられ、見れば見るほど味わい深く感じられます。

 小林東晴氏の「月ながむる心」という作品も心に残ります。

こちら →

 二曲の屏風に月を眺める女性の後ろ姿が捉えられています。長い髪の毛が弧を描くように揺れているところに床しさが感じられます。誰もが日常的に目にする月を愛で、そこに様々な思いを重ねて鑑賞してきた日本人の気持ちが静かに、そして、美しく表現されています。

 書がまるでオブジェのように展示されているところに、洗練されたセンス、そして、斬新さを感じさせられました。

こちら →

 書が灯篭として展示されているところに、日本人ならではの美意識を感じさせられました。

こちら →

 温かな光を通して見える文字が新鮮です。ここに和紙による生活文化の一端を見ることができます。

 アジアの子どもたちから寄せられた作品コーナーでは、墨で書かれた寄せ書きが巨大ポールのように聳え立っていました。

こちら →

 さまざまな国の子どもたちが筆を持ち、墨で寄せ書きをしたものです。これを見ていると、この展覧会が墨の文化をアジアに広げていくきっかけになっている様子がうかがえます。

■仏心と和の心

 今回は、入口の展示コーナー、小林東雲氏の作品、溝口墨道氏の作品などを中心にご紹介してきました。いずれもこの展覧会のコンセプトが明確に表現されており、取り組み姿勢に新鮮さが感じされたからでした。

 なんといっても驚かされたのは、入口で展示されていた鎧兜です。この意表を突く展示物のおかげで、鎧兜が備えた日本の精神文化としての側面に気づかされたことは有益でした。鎧兜を見て、私はふと、武士道由来の倫理観を思い出したのです。グローバル化の大波の下、ともすれば見失いがちになる日本人としてのアイデンティティ基盤の一つとして、再考に値するのかもしれません。

 小林東雲氏の作品には、伝統芸術である水墨画にアクチュアリティを盛り込んだ柔軟性があり、興趣を覚えました。水墨画の題材、表現技法を使いながら、東日本大震災での被害例とその精神的救済とが一枚の絵の中に見事に表現されていたのです。そこに見られるのは仏心であり、和の心でした。

 溝口墨道氏の作品には、墨人画を使ってアニメーションを創り出した先進性があり、とても印象的でした。抽象度の高い墨人画を使って、世尊(仏陀)のエピソードが表現されていたせいか、エッセンスがストレートに伝わってくるような気がしました。仏心は墨文化とともに国境を越え、世界の隅々にまで行き渡るというメッセージなのでしょうか。取り上げられたエピソードに墨文化の広がりを連想させる要素があったことがなによりも興味深く思えました。

 そういえば、溝口墨道氏の作品の説明文に、「世尊の眉間から放たれた一条の光のように」と書かれていました。このフレーズからは、日本で育まれた墨の文化がやがて、アジア一帯、さらには世界の隅々にまで広がっていくことが予感されます。

 さて、会場には今回、ご紹介した以外に、さまざまな素晴らしい作品が展示されていました。改めて、墨の文化の多様性と奥深い精神性を感じさせられました。今回、ご紹介できなかった作品は、次回、ご紹介することにしましょう。(2019/2/8 香取淳子)

「蝦蟇仙人図」にみる曽我蕭白vs横山崋山

■横山崋山展の開催
「横山崋山展」が東京ステーションギャラリーで、2018年9月22日から11月11日まで開催されていました。開催期間中、私はとても忙しく、行けそうになかったのですが、たまたま手にしたチラシに掲載された祇園祭りの絵柄がおもしろく、気になっていました。最終日の午後、なんとか時間を作り、行ってきたのですが、実際に絵の前に立つと、絵柄から浮彫にされた崋山の構想力が斬新で、惹き込まれてしまいました。無理して出かけた甲斐があったと思った次第です。

 会場には関連する絵師の作品数点を含め、120点ほどの作品が展示されていました。展示リストは以下の通りです。

こちら →http://www.ejrcf.or.jp/gallery/pdf/201809_kazan.pdf

 つい渡辺崋山と間違えてしまいそうになるのですが、展覧会のタイトルをよく見ると、横山崋山でした。私には聞き覚えのない名前です。チラシの説明を見ると、崋山は「江戸時代後期に京都で活躍した人気絵師」で、「曽我蕭白に傾倒し、岸駒に入門した後、呉春に私淑して絵の幅を広げ、多くの流派の画法を身につけました。そして、諸画派に属さず、画壇の潮流に左右されない、自由な画風と筆遣いで人気を博しました」と書かれています。

 そういえば、会場の展示も「蕭白を学ぶー崋山の出発点―」から始まっていました。よほど影響を与えられたのでしょう。

 展覧会は、第1の「蕭白を学ぶー崋山の出発点―」から、第2「人物―ユーモラスな表現―」、第3「花鳥―多彩なアニマルランドー」、第4「風俗―人々の共感―」、第5「描かれた祇園祭―《祇園祭礼図巻》の世界―」、第6「山水―崋山と旅する名所―」等々のコーナーで構成されていました。

 それでは、作品を見ていくことにしましょう。

■「蝦蟇仙人図」に見る蕭白vs崋山
 会場に入るとすぐ目につくところに展示されていたのが、曽我蕭白の「蝦蟇仙人図」です。先ほど説明しましたように、崋山が傾倒していたといわれる絵師の作品です。蝦蟇仙人という奇妙なタイトルが付いています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。図録より)

 Wikipediaによると、蝦蟇仙人とは中国の仙人で、青蛙神を従えて妖術を使うとされているそうです。そういえば、この絵の下方に蛙が描かれています。これがその青蛙神なのでしょうか、大きな口を食いしばり、まるで睨みつけるように目を見開いて、仙人を見上げています。白い大きく膨らんだお腹が印象的です。よく見ると、両手を広げて上に向け、片足立ちで立っています。

 一方、仙人はといえば、まるで呪文を唱えてでもいるかのように、口を大きく開けて蛙を見つめ、押さえつけるような仕草で手を広げて下方に向けています。ひょっとしたら、蛙に対しなんらかの妖術を施そうとしているシーンなのかもしれません。

 この作品と並んで展示されていたのが、崋山の「蝦蟇仙人図」です。蛙といい、仙人といい、背景といい、同じ題材を描いたものであることは明らかです。おそらく、蕭白の作品を参考に、崋山が同じモチーフを描いたのでしょう。

 帰宅してから二人の生没年を調べてみると、横山崋山は1781あるいは84年の生まれで1837年に没していますし、一方、曽我蕭白は1730年の生まれで1781年に没しています。二人の生没年を見比べると、ちょうど崋山が生まれた頃、蕭白は亡くなっています。ですから、崋山は直接、蕭白に教えを請うたわけではなく、作品を通して私淑したということになるのでしょう。

 同じモチーフ、同じようなシチュエーションを同じ構図で扱いながら、二つの作品は微妙に異なっています。たとえば、崋山の作品は背景が単純化されているせいか、仙人と蛙の姿勢がよくわかります。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。図録より)

 仙人は桃を持った右手を後ろに回し、左手を蛙の頭上に大きくかざしています。右足は折り曲げて左脹脛に引っ掛け、しかも左踵をやや上げていますから、きわめて不安定な姿勢です。そして、顔面はといえば、俯き加減に黒目を上に寄せ、いかにも念力を放っているかのような異様な形相です。蕭白の描いた仙人にはこれほどの迫力はありません。

■モチーフと背景にみる、蕭白vs崋山
 蕭白が描く仙人は、両脚はしっかりと大地につけており、安定感があります。腕の挙げ方、背中から肩、腕にかけての筋肉の付き方、背骨の盛り上がり具合やわき腹の凹み具合など、人体構造を踏まえて描かれており、不自然さはどこにもありません。奇妙な姿勢を取る仙人の身体に沿って揺れる衣の描き方も柔らかく、リアリティが感じられます。

 仙人の顔はと言えば、目は比較的小さく、口は異様に大きく開けているとはいえ、ヒトに近い人相です。腕を上げ、うつむき加減に蛙を見下ろしているポーズで描かれていますが、身体の傾き加減、両脚の位置、そして、衣の揺れ具合のバランスが絶妙です。

 背後に目を向けると、仙人のポーズは頭上の木の枝の傾き、岩肌の傾斜とも呼応しており、画面に右から左への流れが生み出されています。風を感じることができますし、一種のリズムも感じられます。こうしてみてくると、蕭白は墨の濃淡やかすれ、滲みを巧みに使って、架空の世界をリアリティ豊かに描き出していることがわかります。

 一方、崋山の描いた仙人は、背中から腕にかけての筋肉の付き方、背骨やわき腹の骨、衣からはみ出た右腕の描き方がやや不自然です。おそらく、人体構造を意識せずに描かれたのでしょう。しかも、顔と上半身が大きく、全般に身体のバランスがよくありません。不安定なのです。それだけに、仙人の片足立ちの奇妙なポーズが強く印象づけられます。

 背景の山も、白黒の濃淡でエッジが強く描かれているのが印象に残ります。エッジが強すぎるせいか、画面上にモチーフと連動した動きは見られません。背景は極力、単純化され、モチーフを際立たせるためだけに墨の濃淡や強弱が使われているように思えます。こうしてみてくると、崋山の場合、画面にアクセントをつけるために墨の濃淡を使い、架空の世界をよりドラマティックに描き出す効果を狙っていることがわかります。

■サブモチーフの描き方にみる物語性
 これまで見てきたように、蕭白の絵と崋山の絵は同じモチーフを取り上げながら、微妙に異なっていました。大きく異なっていたのが、サブモチーフである蛙の描き方です。片足立ちをし、手を大きく広げて仙人に向けるポーズはとてもよく似ているのですが、顔とその姿が大幅に異なっているのです。

 たとえば、蕭白の絵の場合、蛙は片足立ちで、仙人の手に対抗するように両手を広げています。蛙のお腹は白く大きく膨らみ、傷ひとつありません。口は大きく曲げていますが、目はしっかりと仙人を見上げています。奇妙なポーズであることは確かですが、異様なところはどこにもありません。

 仙人もまた、口こそ大きく開けていますが、目に怒りが見られるわけでもなく、むしろ、微かに優しさが感じられます。手にした大きな桃の実を蛙に差し出そうとしているように見えなくもありません。奇妙なポーズ以外に違和感を感じさせるものはありませんから、これは仙人と蛙が交わす儀式のようなものなのかもしれないと思えてきます。

 一方、崋山の作品では、蛙のお腹に何か所も傷跡が見られ、くすんだ色をして痩せこけているように見えます。目は充血しているように見え、片足立ちしている姿もか細く不安定です。描かれた蛙の姿形がとても悲惨なのです。しかも、仙人の形相が凄まじいので、蛙の悲劇性が強調されています。仙人と蛙がまるで加害者と被害者のように見えてしまうのです。そして、視線をずらすと、蛙の悲惨さを補うかのように、仙人は後ろ手に桃の実と花を持っているのに気づきます。果たして、可哀そうな蛙にこれが見えているのかどうか。

 興味深いことに、仙人が後ろ手に持っている桃の実も花もほんのりと着色されていて、生気が感じられます。淡い色調から桃の実や花の香しさや美味しさ、柔らかな触感が伝わってきます。

 ちなみに中国ではかつて、桃は単なる果物ではなく、病魔や厄災を寄せ付けない力を持つとされていたそうです。そうだとすれば、仙人が後ろ手にした桃は蛙の傷を癒すためのものなのかもしれません。

 蛙の姿を見てその悲惨さに同情していた観客は、次に桃の実と花を見て、救護・治療を連想し、気持ちの安らぎを覚えます。危機感から安心感へと気持ちが転換していく過程がこの絵柄の中に生み出されているのです。一枚の絵が何段階にも観客の感情を揺るがしていくのです。これでは観客がこの作品世界に深くコミットしてしまうのも当然のことでしょう。

 サブモチーフである蛙と桃について、このような解釈が成り立つとすれば、淡く着色された桃の実と花はこの絵で語られるストーリーの着地点だといえるでしょう。ハッピーエンドの展開です。こうしてみてくると、崋山の卓越したストーリー構想力と表現力に感嘆しないわけにはいきません。蕭白に比べれば一見、稚拙に見える崋山の絵の方が、実は物語性に富み、訴求力の強い作品だったといえます。

■画面構成に込められた物語性
 このように見て来ると、崋山は蕭白の作品からモチーフを借りて似たような絵柄を作りながらも、そこにドラマティックな仕掛けをいくつか施していることがわかります。

 まず、背景を奥行きの感じられる山岳風景にし、蛙と仙人が、誰も容易に登ってこられないような高山のわずかに開けた場所に登場させたことが、ポイントとして挙げられるでしょう。空や地面には何も描かれていませんから、観客は蛙と仙人の所作を明瞭に捉えることができます。メインモチーフとサブモチーフをくっきりと浮き彫りにする構図です。

 背景で描かれた幾重にも連なる山々がこの作品の「序」であるとするなら、蛙と仙人の関わりの部分が「破」であり、仙人が後ろ手に隠し持っている桃の花と実が「急」に相当するのでしょう。崋山は一枚の絵の中に「序」「破」「急」で展開される三部構成のストーリーを持ち込んだのです。おかげで時間の広がりと空間の奥行が生み出され、この作品世界の豊かさが醸成されました。

 崋山の作品は、蕭白の作品を参考にしながら、モチーフの背後にあるストーリーを感じさせる絵柄、部分的な着色、余白の効果的な使い方、等々の工夫がなされています。その結果、一枚の絵の中にさまざまな時間や空間を感じられる印象深い作品に仕上がっています。

■顔輝の「蝦蟇鉄拐図」vs曽我蕭白の「蝦蟇・鉄拐仙人図」
 これまでご紹介してきたのは、曽我蕭白と横山崋山による「蝦蟇仙人図」ですが、Wikipediaによると、宋代に活躍した顔輝が描いた「蝦蟇鉄拐図」の影響で、蝦蟇仙人は鉄拐仙人と対の形で描かれることが多かったそうです。崋山のように蝦蟇仙人だけを取り出して描くのではなく、鉄拐仙人とセットで描かれてきたようなのです。

 そこで、元の絵を探してみると、両者を描いた顔輝の作品、「蝦蟇鉄拐図」を見つけることができました。14世紀の作品とされています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。京都国立博物館蔵)

 左側に蝦蟇仙人、右側に鉄拐仙人が描かれています。両者とも岩に腰を下ろし、旅の途中なのでしょうか、頭陀袋のようなものを携えています。描き方に奇をてらったところはどこにもなく、どちらかといえば写実的で、仙人というより普通のヒトの通常の所作のように見えます。

 曽我蕭白は、この顔輝の「蝦蟇鉄拐図」に想を得て、「蝦蟇・鉄拐仙人図」を描いています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。Wikipediaより)

 「蝦蟇・鉄拐仙人図」というタイトルの作品ですが、見てすぐわかるように、顔輝の「蝦蟇鉄拐図」とは印象がまったく異なります。右は先ほどからご紹介してきた蝦蟇仙人図ですが、左が鉄拐仙人図です。顔輝の「蝦蟇鉄拐図」とは左右が逆になっています。

 蕭白の描いた鉄拐は杖をつき、立ったままぷっと鼻と頬を膨らませ、ぶ厚い唇からふっと息を吐きだしています。その吐き出した吐息の中に、微かにヒトの形をしたものが描かれています。

 改めて顔輝の描いた鉄拐を見ると、岩に腰を下ろし、鉄の杖を胸元に抱え、衰弱したようすでした。説明文には「魂を噴出した所で元の体は脱け殻となってすでに死色を帯び、硬直しはじめている」と書かれていました。

 そうすると、蕭白が描いた吐息の中に見える微かなヒトの形は、鉄拐が死に際に吹き出したといわれる魂なのでしょうか。落ち窪んだ眼は虚空を眺め、心なしか、精神が無になっているようにも見えます。前面に頑丈な鉄の杖が強い筆致で描かれていますから、中国の故事通り、鉄拐の足が不自由だったことも示されています。

 ところが、蕭白の絵は、鉄の杖によりかかりながらも、足のつま先を上に向けてしっかりと大地を踏みつけています。これはエネルギーを感じさせるポーズです。顔面の頬の膨らみ具合といい、大地をしっかり踏み込んだ足元といい、とても死に体には見えません。ただ、よく見ると、顔面は所々、土気色になっているようにも見えます。

 これはおそらく、身体エネルギーを使い果たし、死に際に差し掛かった鉄拐が、最後のエネルギーを振り絞って、自身の精神を身体から解き放ったことが示されているのでしょう。滑稽なイメージで描かれた絵柄に、死に対する深淵な観念が浮き彫りにされています。顔輝の描いたオリジナルではわからなかったメッセージが、蕭白の絵からはしっかりと伝わってくるような気がします。

 こうしてみてくると、蕭白がオリジナルを相当デフォルメして描きながら、その本質を的確に捉えていたことがわかります。桃(蝦蟇仙人)や杖(鉄拐仙人)といったキーアイテムを押さえ、それらのメッセージを構成する要素を画面の目立つ位置に配置しています。しかも、メインモチーフは戯画的にデフォルメされて描かれていますから、顔輝の「蝦蟇鉄拐図」に込められたメッセージがいっそう強く印象づけられるというわけです。

 その蕭白の絵をさらに単純化し、カリカチュアしたのが崋山の作品でした。

■崋山のエスプリの効いたセンスの良さ
 「蝦蟇仙人図」をめぐり、蕭白と崋山、蕭白と顔輝の作品を比較しながら、ご紹介してきました。これまで見てきたように、オリジナルをデフォルメして理解しやすいように描き替えたのが蕭白だったとするなら、その蕭白の画風を模倣しながら、さらにメッセージ性を強めたのが崋山だったといえるかもしれません。

 蕭白がオリジナルの絵柄を再解釈して自身の作品として構築したとすれば、崋山はそこに物語性を加えることによって、絵柄に含まれるメッセージを強化したといえるでしょう。物事の本質を見つめ、それをしっかりと表現する能力がなければ、とてもこのような芸当はできるものではありません。

 このように考えてくると、改めて、チラシに書かれた文言が思い浮かびます。チラシには「崋山は作品の画題に合わせて自由自在に筆を操り、幅広い画域を誇りました」と書かれていました。

 今回、ご紹介した「蝦蟇仙人図」のような画題についても、崋山はどのように表現すれば見る者の気持ちに届くのか、より効果的にメッセージが伝わるのか、といったようなことを考え抜いたのでしょう。だからこそ、蕭白の作品にはなかった蛙のお腹の傷跡、桃の実や花の着色といった工夫を崋山は練り上げ、取り入れたのだという気がします。見る者の視線を誘導する仕掛けを作ったのです。

 さて、この時期、忙しかった私が時間を作ってわざわざ最終日に出かけたのは、チラシに掲載された祇園祭りの絵柄が面白かったからでした。どのような絵なのか見て見たくて展覧会場を訪れたのですが、残念ながら今回、ご紹介することができませんでした。会場に入って最初に見た絵(蝦蟇仙人図)に引っ掛かってしまったからでした。知的な刺激を受け、この作品にこだわってしまった結果、他の作品を紹介しきれませんでした。

 会場では、エスプリの効いたセンスのよさが光る作品にいくつも出会いました。いずれも崋山の柔軟な発想、そして確かな表現力に支えられたものでした。いつか機会があれば、ご紹介したいと思います。(2018/11/22 香取淳子)

溝口墨道&赫舎里暁文展:民族文化を踏まえ、新たな表現の時空への誘い

■「溝口墨道・赫舎里暁文夫婦 日・満興亜絵画展」の開催
 銀座6丁目の創英ギャラリーで今、「溝口墨道・赫舎里暁文夫婦 日・満興亜絵画展」が開催されています。開催期間は2018年11月1日から6日まで、開催時間は10:30~18:30(土曜、日曜は17:00まで)です。案内メールをいただいたので、開催初日の11月1日、訪れてみました。

 ディム銀座8Fにある会場には、溝口墨道氏の作品20点と赫舎里暁文氏の作品18点が展示されていました。ざっと見て、溝口氏の作品は水墨画をベースに生み出された独特の画風が印象的でしたし、暁文氏の作品は満洲文字を組み込んだ情緒豊かな作品が心に残りました。

 まず、暁文氏の作品から、印象に残った作品について、ご紹介していくことにしましょう。ここでご紹介する作品は、私が会場で作家の許可を得て撮影したものですが、照明が写り込み、作品の素晴らしさを損ねてしまっているものもありますことをご了承くださいますように。

■満洲の魂と日本の風情
 暁文氏は満洲で生まれ育ち、溝口氏と結婚して日本に来られました。展示作品を一覧すると、満洲文化に根付いた作品と日本文化を踏まえた作品とがあり、それらは題材別にカテゴライズされるように思えました。そこで、似たような題材の作品を二点、あるいは、三点取り上げ、類別してご紹介していくことにしましょう。

〇「心のサマン」(2014年)と「満洲之夢」(2013年)
 満洲の魂とでもいえるような心情がしなやかに作品化されていたのが、「心のサマン」と「満洲之夢」というタイトルの作品でした。どちらも画面に満洲文字が描き込まれており、それが画面に奥行きを与え、微妙な陰影を醸し出していました。そのせいでしょうか、心の奥深いところで画面に引き付けられ、気持ちが揺さぶられました。

 たとえば、「心のサマン」を見てみましょう。私がもっとも惹かれた作品です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 真ん中に壺に入れられた蓮の葉が描かれ、その周囲には無数のヒトといわず、動物といわず、この世のさまざまなものが判然としない形態で描かれています。中には仏像のように見えるものがあったので、暁文氏に尋ねると、仏像ではなくヒトだといいます。満洲文化には仏像はなく、満洲人はあらゆるものに神が宿り、至る所に神がいると考えるのだそうです。

 それを聞いて、再び作品を見ると、蓮の葉を取り巻くように描かれた無数のヒトや動物、モノ、文字のひとつひとつに、尊い命が宿っているように思えてきます。実際、それらのいくつかには部分的に金が使われ、光り輝いて見えます。精霊が宿っているのでしょうか。光に照らされた部分が神々しく見えます。ちなみに背後に描かれている数多くの文字は満洲文字で、祈りの言葉が書かれているそうです。

 そういえば、「心の中のサマン」というのがこの作品のタイトルでした。サマン(薩満)は英語でいえばシャーマンですから、作者の心の中のシャーマンが、記憶の底に眠る満洲のヒトやモノ、土地、文化を呼び起こそうとしているのでしょう。作者の思いがひしひしと伝わってきて、観客の心を強く打ちます。

 同じように植物をメインの題材にし、祈る心を表現したのが「満洲之夢」です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)
 
 画面中央に大きな花が二つ、上下で描かれています。この花の名前を知りたくて暁文氏に尋ねたのですが、私が「サボン」と聞き間違えてしまったせいで、帰宅してからネットで調べてみても、描かれた花の形状と合うものは見つかりませんでした。ただ、「夜、綺麗に咲く」と言われたことを思い出し、それを手掛かりに検索してみると、この花がサボテンの花だということがわかりました。満洲蘭ともいうそうです。

 作品に戻ってみましょう。

 海のように深い暗緑色に所々、濃い紫色を交えた背景に、白いサボテンの花が二つ、周囲から浮き上がって見えます。夜花開くという妖艶な美しさが際立っていましたが、根が失われているかのように勢いがなく、うなだれているようにも見えました。満洲蘭といえば満洲の国章でもあります。ひょっとしたら、暁文氏は、この花に満洲文化の現状を重ね合わせて描いたのかもしれません。

 中央の二つの花を取り巻くようにして、短い満洲文字がいくつも、垂直に書かれています。暁文氏に尋ねると、どれも祈りの言葉なのだそうです。そうだとすれば、いまにも消えかかりそうなサボテンの花(満洲文化)の蘇生を願い、祈る気持ちを表現しようとしたのでしょうか。

 一目で満洲文化由来だとわかる作品もありました。

〇「奉霊図」(1990年)と「満州人の太鼓踊」(1990年)
 切り絵風にデザインされた作品として興味深く思ったのが、「奉霊図」と「満州人の太鼓踊」でした。残念ながら、この二つの作品の来歴についてはうっかり暁文氏に聞きそびれてしまいました。感じたことを中心に綴っていくことにしましょう。

 まず、「奉霊図」から見ていくことにしましょう。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 暁文氏に尋ねることができませんでしたので、この作品にどのような意味が込められているのかはわかりません。ただ、切り絵風にデザインされていますし、満洲文字が周囲に散りばめられていますから、この作品にもきっと、祈りの気持ちが込められているのでしょう。

 中国の伝統的な民間芸術といわれるのが切り絵です。その切り絵風にデザインされ、構成されたモチーフは装飾的で、工芸品の絵柄のようにも見えます。色彩に注目すると、真ん中の模様部分が白く明るく、左右、下方に黄色が散っています。そのせいか、この部分が膨らんで見え、まるで心臓のように、周囲に血液を送っているように見えます。所々、明るい黄色で着色された部分は血流に見えなくもありません。そのように見てくると、満洲文化はまだ生きていることが表現されているように思えてきます。

 そういえば、この作品のタイトルは「奉霊図」でした。「奉霊」という言葉には祖霊を祀る気持ちが込められています。そのことを考え合わせると、この作品には、消えかかっている満洲文化がまだ生き長らえており、いつかはきっと再生させるという暁文氏の思いが投影されているように見えます。

 さて、具体的に満洲の民族文化が描かれているのが、「満州人の太鼓踊」でした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 満洲人の民間芸能が描かれています。切り絵の手法で描かれているせいか、装飾的な美しさ、色彩のバランスの良さが印象的です。二人の女性が笑顔をこちらに向けて、小さな太鼓を叩きながら、踊っています。その背後の画面にはさり気なく、さまざまな満洲文字が書き込まれています。「奉霊図」とは違って、漢字も書かれているのが興味深く思えました。中国が実は多民族社会で、かつて満州族が支配した時期もあったことに気づかされます。

〇「故郷の山茶花」(2005年)と「雪つばき」(2017年)
 細密に描かれた工筆画として印象深かったのが、「故郷の山茶花」と「雪つばき」でした。いずれも、精密な描写の中に花弁と葉の嫋やかな優雅さが表現されています。

 優雅さと上品さが際立っていて印象的だったのが、「故郷の山茶花」でした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 左下から右上にかけての対角線上に、山茶花の花弁、葉、枝が伸びやかに描かれています。上に伸びる葉は画面を突き抜けるように描かれ、勢いの良さが表現されています。その一方で、左下には小さく伸びた枝に小さな葉と蕾がしっかりと描かれ、安定感が示されています。画面の対角線上に絶妙なバランスで花、葉、枝が配置され、山茶花の華やぎが感じられます。

 この絵を見たとき、私はまず、この構図に引かれました。山茶花の美しさがさまざまな局面から余すところなく捉えられていると思ったからでした。さらに、微妙なグラデーションで表現された花弁の色調、葉の形状とその表裏に刻まれた陰影、花芯の雄しべ、雌しべの繊細で細かな表情、それぞれの表現が精密で、嫋やかな風情が醸し出されており、引き込まれました。

 よく見ると、モチーフの背景には、色調を抑えた山茶花の花がいくつも描かれています。淡い色調で描かれた花々が背景の中に持ち込まれることによって、モチーフの山茶花が浮き上がって見えます。さり気なく、複層的にモチーフを強調する効果がもたらされているのです。そのせいか、画面全体から、余韻のある美しさとしっとりとした味わいを感じさせられました。

 日本的情緒が感じられたのが、「雪つばき」でした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 雪の重みで垂れ下がった葉や小枝に、雪がなおも降り続いています。冬の日、誰もがいつかは目にしたことのある光景です。そぼ降る雪の描き方が丁寧で、まるで目の前で雪が降っているような錯覚すら覚えます。ちらつく雪片の影でひっそりと花開いた椿の花が、なんと鮮やかで、華やかなことでしょう。日本の冬の日の光景が詩情を込めて捉えられています。

〇「秋韵二」(2017年)、「秋韵五」(2017年)、「秋韵四」(2018年)
 日本の自然を捉え、季節の叙情が見事に表現されているのが、「秋韵」シリーズの作品です。「秋韵」がどういう意味がよくわからなかったので百科で調べてみると、「秋韵犹秋声」と説明されていました。そこで、中国語の辞書でこの文章の意味を調べると、「秋の自然界の音声を指す。たとえば、風の音、落ち葉の音、虫の声」となります。結局、「秋韵」は風雅な秋の音色全般を指す言葉なのでしょう。

 まず、「秋韵二」から見ていくことにしましょう。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 紅葉したもみじの葉が画面いっぱいに描かれており、その左側の背後には太陽が淡い色調で描かれています。その対極にある右側は幅広く、やや暗い色調で覆われているので、ぼんやりとした太陽が印象づけられます。

 何枚も重なりあった紅葉したもみじの葉陰から、遠慮がちに姿を現している太陽がいかにも秋らしい、静かな奥ゆかしさを感じさせます。微妙な濃淡を創り、色調を変え、形状を変え、それぞれの葉を描き分けることによって、何枚ものもみじの葉がささやいているようにも見えます。まるで秋の日に奏でられたシンフォニーのようです。

 「秋韵五」では木に登る猫が描かれています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 この作品は工筆画法で描かれており、猫の毛並み、枝、そして、画面からはみ出してしまうほどの太い幹の描き方が秀逸です。左側には一部紅葉した葉をつけた枝が、垂れ下がっているせいか、風にそよいでいるような動きが感じられます。右側からも同じような葉と小枝が姿をのぞかせています。とてもバランスのいい構成で、植物と動物、静と動の組み合わせの妙が感じられます。

 尻尾を立て、下を見下ろす猫の表情、姿態はまるで生きているようです。揺れ動いているように見える垂れ下がった小枝と伸びた葉、そして、下を見下ろしている猫が「動」を表現しているとするなら、猫が乗っている中ぐらいの太さの枝と、右側の太い枝は「静」を表しています。中ぐらいの枝も太い幹も細部まで描き込まれてはいません。静と動、そして、疎と密のバランスよく、画面に安定感があります。動物と植物が共に生き生きと表現されており、秋の日の光景が詩情豊かに捉えられています。

 「秋韵四」でも、猫が描かれています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 先ほどご紹介した作品と同じように、猫を克明に描きながらも、こちらはやや抽象的な作風です。興味深いことに暁文氏は、紅葉したもみじは葉だけをあしらい、猫もまた本体だけを取り上げ、描いています。モチーフはリアルに描きながら、そのリアリティを支える背景は描いていないのです。

 とはいえ、もみじを見つめる猫の表情のなんと可愛いことでしょう。この作品はモチーフをリアルに描きながらも、リアリティを生み出す要素を切り離したために、現実感が希薄です。その結果、もみじの葉をまるでお手玉のようにして遊ぶ猫の可愛らしさを引き出すことに成功しています。この作品には、背景的要素を切り離して描く日本画の特徴がみられるといっていいのかもしれません。

 ここでは取り上げませんでしたが、「秋韵一」「秋韵三」は、紅葉したもみじの木を前面に大きく打ち出した構図の作品でした。一連の「秋韵」シリーズでは、もみじの木、紅葉したもみじの木と太陽、あるいは、もみじの葉と猫、などが題材として扱われ、日本の秋の光景がやさしく、詩情豊かに表現されていました。

 こうしてみてくると、暁文氏はまず、さまざまな題材の中に、満洲人が積み上げてきた精神の歴史、心の遍歴を表現しようとしていることがわかります。その一方で、季節との関わりの中で日本の光景を取り上げ、自然を愛しんできた日本人の心情をしっとりと謳いあげます。

 満洲人であれ、日本人であれ、心の奥底でつながりあえるベースとなる自然、その自然の背後にある精霊、あるいは、それら一切合切を包み込む時空、その種の目に見えない世界が表現されているようでした。心の奥深いところで気持ちが揺すぶられるような思いがします。

 一方、溝口墨道氏の作品は、中国で見かけたさまざまな光景を墨人画の技法で描かれていました。

■中国百態シリーズ
 中国百態シリーズとして展示されていた墨人画のうち、印象に残った作品をご紹介していくことにしましょう。一連の作品には作品にまつわる文章がそれぞれ別途、絵の下に掲示されていました。

〇「上海航路の客船で、海が荒れたら日本人と中国人が二通りの様子になった」
 まず、「上海航路の客船で、海が荒れたら日本人と中国人が二通りの様子になった」というタイトルの作品を見てみましょう。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 この作品では二十数年前、墨道氏が上海航路の客船で遭遇した出来事が描かれています。まず、この絵の下に掲示された説明文には以下のように書かれていました。

****
 ある時私は中国の研修生とおもわれる大勢の若い女性の団体と日本行きの船で一緒になった。彼女らは恥じえての日本行きで興奮気味でにぎやかに船のあちこちで話す風景が見られ、存在感では日本人を圧倒していた。
 翌日になると海が少し荒れ歩く時も右に左に揺られながら壁を伝うような有様だった。彼女らの様子を見て驚いた。全員が横になりまるでこの世の終わりかのように呻きながら船酔いで苦しんでいる。一方日本人はと言うと笑いながら「揺れますね」などと挨拶し食事もしている。
****   (該当箇所を引用)

 このような説明を読んでから改めて作品を見ると、なるほどそういうことかと思わせられます。

 画面中ほどの右側には、壁を伝い、ガニ股になってバランスを取りながら歩いている二人の人物が描かれています。同じライン上の左側には、仰向けになったり、横向きになったり、膝を抱えて座り込んでいる女性たちの姿が描かれています。荒れる上海航路の船上で見かけた中国人女性たちの反応がさまざまに捉えられているのです。

 絵は一般的には写真と同様、時間と場所を特定した出来事しか表現できません。ですから、画面で描かれた時空以外の情報を、説明文から得ることによって、解釈に厚みと深みが出てきます。

 たとえば、説明文では「彼女らは初めての日本行で興奮気味に賑やかに船のあちこちで話す風景が見られ、存在感では(同乗した)日本人を圧倒していた」と書かれています。海が荒れる以前、若い中国女性の一団がいかに元気よく賑やかだったか、この文面から容易に想像することができます。

 ところが、いったん海が荒れると一転して、絵で表現されたような有様になってしまいます。それが墨画で端的に表現されています。墨道氏はこれについて、「この時日本人には遺伝的に海洋民族の祖先を持っており、中国の内陸部から来た彼女らの祖先は海に出たことがないからその遺伝がないのだと直感した」と結論づけています。

 墨道氏がかつて目にした光景が墨人画で表現され、それに説明文が加えられることによって、時間空間の広がりが生み出されました。その結果、抽象化された一枚の絵から日中文化論を引き出すことができているといえます。

 そういえば、東北大震災の際、日本にいた中国人は恐怖におののき我先に逃げ出したという報道を読んだことがあります。一方、日本人は大震災、それに継いで大津波にも襲われながら、秩序を乱すことなく平然と救援を待っていたという報道を思い出しました。

 墨道氏が経験したことと同様、危機に際した日本人の行動は日本文化の一環として捉えることができるのかもしれません。

〇「大学生が大学の外の人々を下に見る」
 さて、「大学生が大学の外の人々を下に見る」というタイトルの絵も興味深い作品でした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 まず、絵の下に掲示された説明文を読んでみましょう。

****
 中国は、科挙に受かった筆を武器とする文人官僚が国を運営してきたので、刀を差した武士が国を運営してきた日本とは、社会が全く違う。現在でも画家・書家の社会的地位は、日本のそれとは比較にならないほど高い。(中略)
私が留学した芸大は、専攻分野では全国トップで千倍以上の倍率を勝ち抜いて入ったから、私から見れば普通の若い画学生に見えた彼らは正真正銘のエリートだった。
 そんな彼らの一人が、ある日校門の外を忙しく行き来する庶民を見ながら私に「彼らはずうっとああなんだよな」と少し笑いながら言った。私は少年のような彼が、悪気なく、一般大衆を一まとめにして自己とは違った階層とすることに少し驚いた。
****  (該当箇所を引用)

 説明を読んでから、上の作品を改めて見ると、状況がよくわかります。
画面の遠景には、開いた校門前を荷車を引く者、人力車をこぐ者、荷物を持ち俯き加減に歩く者など、いわゆる生活に追われた庶民が歩いています。生きるために労働力を提供せざるを得ない人々でしょう。そして、近景では、校門前を行き来する人々を見て何やら話し合う二人の人物が描かれています。

 画面を三等分し、上からほぼ三分の一のラインに小さく、コマネズミのように働かないと生きていけない人々を描き、そして近景にはエリート層の大学生を配置し、社会を構成する二つの階級を描き分けています。校門を一つの境界として、社会には二つの階層が存在していることを示唆しているのです。そして、支配する者の側に立つ学生の言葉として、「彼らはずっとああなんだよな」という言葉を添えています。つまり、支配層、被支配層に二分化された社会構造は今後も続くことが示唆されているのです。

 墨道氏は「日本では大学の外にいる人を別の階層と感じる学生はいないと思う。支配者と非支配者が厳然と分かれる体制の根は深くなかなか変わらないだろう」と記しています。

 中国の階層化された社会構造はかつての科挙制度の遺産でもあり、今後もなくなることはないのかもしれません。校門の外が大勢なの対し、内側はたった二人です。この作品は、少数の優秀な人々が大多数の無知な人々を支配する社会構造を可視化したといっていいでしょう。

 この作品を見て私は、中国の知識人がよく「读书人」と言ったり、「书面语」あるいは「口语」と言ったりするのを思い出しました。科挙制度の痕跡なのでしょうか、読書階級(知識人)とそうではない人々をはっきりと二分し、使用言語についても微妙な線引きがあることを思い出したのです。

〇「公平」を唱えるのはダメ人間
 そういえば、「「公平」を唱えるのはダメ人間」というタイトルの作品がありました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 まず、説明文を読んでみましょう。

****
 留学時代、住宅地に住んでいたが、近くの卵屋には沢山の卵が積まれていた。
 日本のように生産日、消費期限が管理されていないので、どの様に売っていたのであろうか。
 私は通りすがりの一見には古いものを高く、地域住民には普通のものを定価で、近所の常連客には新鮮なものを安く、友人家族には新鮮なものを無料で、というようにしているのではないかと見ていた。
**** (該当箇所を引用)

 この説明文を読んでから、改めてこの絵を見ると、卵がいっぱい詰まった箱を両側に置いて、男が首をかしげた様子が気になります。同じ商品なら誰に対しても同じ値段で売るのなら悩むこともないのでしょうが、卵の新鮮度という変数、そして、買い手との関係性という変数を考え合わせた上で、値段を設定するのはどれほど大変なことでしょう。男は首をかしげ悩んでいるように見えますが、それも無理はありません。買い手にはすべて定価で売る場合より、損をする可能性もあるのでは・・・、とも思ってしまいます。

 墨道氏はこれについて、「中国では「平等・公平」に慣れた我々日本人には理解しがたい状況が日々進行している。全てが個人の交渉力、情報力、財力、地位、友人の多さ等で流動的に決まっていく。(中略)「何々すべき」「こうあるべき」などは最も用をなさないのが中国社会である」と結論づけています。

 これを読んで、私はふと、かつて読んだ『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(マックス・ヴェーバー)を思い出しました。簡単にいうと、プロテスタンティズムが生み出した勤勉の精神や合理主義は、近代的、合理的な資本主義の精神に適合し、近代資本主義を誕生させたというのです。

 このような見方を敷衍すれば、なぜアジアで日本だけが近代資本主義を発達させることができたかということの説明がつきます。近代化以前に節約、勤勉を重視する生活価値観が育まれ、一部合理的精神も芽生えていた日本社会は、近代的資本主義が必要とする精神をすでに持ち合わせていたということになるからです。

 一方でこの見方は、利にさとく、商売上手に見える中国でなぜ近代資本主義が発達しなかったのかという疑問への回答にもなります。誰に対しても同じ値段で同じ品質のものを販売することのない中国社会では、信頼をベースとする経済活動が成立しないからです。

 以上、展示されていた作品のうち、ご紹介できたのはわずか3作品ですが、いずれも墨道氏が留学時代に日常生活で経験した光景を描いたものでした。ちょっとした生活の断片にも中国文化の一端がしっかりと捉えられており、興味深いものがありました。

■墨人画
 墨道氏は2004年にこの墨人画法を開発したといいます。1990年に水墨画を極めるために中国に留学した墨道氏は、本科生から大学院まで中国美術学院で学び、研究しました。帰国してさらに水墨画を極めた結果、開発したのが今回、展示されていた墨人画です。水墨画の歴史、技法を踏まえ、独自の世界を創り上げるために開発したのが、この墨人画技法だったのです。

 墨道氏は水墨画の真髄は美学にあるといいます。それは構図の妙であり、下描きをせず一気に描くという瞬発力によって生み出されます。たしかに墨道氏の手掛けた墨人画は構図の妙が際立っていました。モチーフに何を選び、どのようなサイズで、どの位置に配置するか、あらかじめ頭の中で練り上げられていたからでしょう。

 たとえば、先ほどご紹介した「大学生が大学の外の人々を下に見る」の場合、遠景に小さく校門とその前を行きかう人々(労働者)、そして、近景には二人の人物の立ち姿(大学生)がやや大きく描かれていました。いってみれば遠近法によって、あちら側とこちら側が明確に区別されているといえるでしょう。

 大きな白い余白の中に、モチーフだけが影絵のように黒く描かれています。それも濃淡のない黒のベタ塗りですから、ヒトやモノの形状は明確になります。荷車を引く者、人力車をこぐ者、荷物を抱えて運ぶ者、それぞれの労働の形態が端的に表現されています。一方、手前の二人はズボンのポケットに手を入れて立ち、校門辺りを指さしながら、余裕のある姿勢を見せています。いずれも黒一色で描かれ、余分な情報が削ぎ取られているせいか、モチーフの所作、振舞いがダイレクトに伝わってきます。一見して、余裕なく働く人々と知識階級に属する人々との差異が明らかで、メッセージ性の強い画面構成になっているのです。

 興味深いことに、背景には何も描かれず、モチーフに付随するはずの影すらありません。ところが、観客は大きな余白に地面を感じ、空を感じ、空気を感じ、話し声すら感じて、描かれたモチーフの実在を感じ取ります。さらに見続けていると、やがて、それら一切が消失し、モチーフが放つエッセンスだけが残っていきます。大きな余白と黒一色で描かれたモチーフがもたらす効果でしょうか。

 墨道氏は『墨人画』という小冊子の中で、以下のように書いています。

****
 東洋絵画では、西欧絵画で単なる「描き残し」とされる「余白」が重視され、絵の重要な構成要部として積極的に扱われてきた。「余白」とは主題を際立たせる為とか、画家の稚拙さのための失敗ということでは決してなく、何かが描かれている部分と同等で、知覚・知識では捉えられないものを正しい方法(何も手を加えず心でしっかりと感じる)で絵の構成要素とする行為なのである。そこでは絵の具の厚みや遠近法に依らない二次元、三次元以上の高次元の豊富な内容が存在している。
****

 これを読んで、私が最近、ぼんやりと感じていたことが明確になってきたような気がしました。絵画の世界ではリアルに見えるための技法がこれまで積み重ねられてきましたが、カメラが登場して以来、写実的に描くことに意味が感じられなくなりました。どのようなフィルターを通してモチーフを表現するかにエネルギーが注がれてきましたが、それもまた意味をなさなくなりつつあります。

 墨道氏の墨人画を見ていて、何か新しい表現の地平が切り拓かれているような気がしたのは、おそらく、余白、すなわち、無の中にこそ存在するものに目を向ける試みが新鮮に感じられたからかもしれません。
 
■民族文化を踏まえ、新たな表現の時空への誘い
 暁文氏の展示作品は、これまでご紹介してきたように、満洲文化、満洲民族文化に属するもの、日本文化を感じさせるものに類別されるでしょう。満洲で生まれ育ち、結婚を機に日本で暮らし始めた来歴が諸作品にそのまま反映されていたといえます。満洲人の精神、満洲を具体的に表象する文化、そして、日本文化が自然との関わりの中で奏でる情緒、それぞれが卓越した技法の下、見事に作品化されており、感心しました。

 一方、墨道氏の展示作品は、中国で学んだ水墨画を発展させて独自の画法である墨人画を開発し、中国の日常生活で垣間見えた光景の数々を捉えたものでした。抽象化され、洗練された技法だからこそ表現できる中国文化の一端が見事に捉えられていました。情報が氾濫する現代社会だからこそ、黒一色と余白で構成される墨人画の魅力が引き立つように思います。

 今回、溝口墨道氏と暁文氏ご夫妻の展覧会に参加させていただき、絵画が表現できる世界の広がりを感じさせられました。満洲、中国、日本の文化を踏まえ、新たな表現の時空に誘われているような気になりました。お二人の今後のご活躍を期待したいと思います。(2018/11/4 香取淳子)

「ルーベンス展」に見る、生、老、死

■ルーベンス展の開催
 国立西洋美術館でいま、ルーベンス展が開催されています。開催期間は2018年10月16日から2019年1月20日までですが、友達に誘われ、10月18日に行ってきました。会場には第1から第7までのコーナーが設けられ、ベルギー生まれのルーベンスがいかにイタリアの美術作品から着想を得たのか、あるいは影響を与えたのか、といった観点から展覧会が構成されていました。

こちら →http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2018rubens.html

 ルーベンス(Peter Paul Rubens、1577-1640)は、ベルギーのアントウェルペンという町で工房を持ち、制作活動をしていましたが、若いころ数年間イタリアに滞在し、古代彫刻やルネッサンス期の美術、カラバッジョらの美術の影響を受けて、自身の表現技法を確立したといわれています。ですから、この会場にはルーベンスの作品や古代美術、イタリアの画家たちの作品など、計70点が展示されていましたが、必ずしも年代順に展示されていたわけではありません。

 さて、「ルーベンスの世界」と題された第1コーナーでは、「クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像」(1615-16年)、「眠るふたりの子供」(1612-13年)といった見覚えのある作品が展示されていました。どちらも国立西洋美術館の常設展で見たように記憶していたのですが、どういうわけか、「クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像」の方はリヒテンシュタイン侯爵家のコレクションになっていました。

■子供の顔
 常設展ではじめて、この「眠るふたりの子供」を見たとき、そのあどけなさに引き込まれ、しばらく見入ってしまったことを思い出します。今回、改めて見て、子供の情景が的確に捉えられ、その本質が完璧なまでに表現されていることに感心しました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。国立西洋美術館蔵)

 赤味のある頬からは温かな体温が感じられますし、半開きの口からは微かな寝息すら聞こえてきそうです。無心に眠る二人の子供たちの表情はいずれも、誰もがいつか、どこかで見たことがあるような子供の寝姿です。この作品には、子供だからこそ放つことができる生の豊かな一側面が捉えられているといえます。

 子供がふとした瞬間に見せる微妙な表情を見事に捉えているのが、「クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像」です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。リヒテンシュタイン侯爵家蔵)

 赤味のある頬と柔らかくきめ細かな肌からは、生き生きとした子供の生命力が感じられます。正面を見据えた目、きりっと結んだ口元が印象的です。聡明で、明朗快活な子供なのでしょう。いまにも画面から話しかけてきそうです。

 第一コーナー「ルーベンスの世界」で取り上げられていた作品は7点、そのうち5点がルーベンスの作品で、3点が子供を描いた作品でした。上記2点と「幼児イエスと洗礼者聖ヨハネ」(1625-28年)です。いずれも子供の生き生きとした表情が余すところなく捉えられ、輝くような色彩で表現されているのが共通しています。

 生命の輝きが豊かな色彩、動きのある構図で描かれており、生を讃える情感が溢れています。ルーベンスが描いた多数の作品の中でもとくにこれらの作品は、「バロックの誕生」にふさわしいといえるでしょう。

■高齢者の顔
 第2コーナーで印象に残ったのが、「老人の頭部」(1609年頃)です。63.5×50.2㎝の比較的小さな作品だとはいえ、有名人でもない一般の高齢者の横顔を題材としています。それが珍しく、印象に残りました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。エルミタージュ美術館蔵)

 精密に高齢者の横顔が描かれています。髭と頭髪に覆われていますが、目の周辺の描き方から、顔面の物憂げな表情を容易に想像することができます。

 おそらく同じ人物なのでしょう、正面を向いた「髭をはやした男の頭部」(1609年頃)というタイトルの作品も展示されていました。こちらも髭や髪の毛が丁寧に描かれており、正面を向いた男は横顔から予想された通り、哀感が漂っていました。取り立ててドラマティックなわけではないのですが、顔面の表情を克明に描くことによってその内面が深く描出されており、心打たれます。

 このコーナーでは「毛皮を着た若い女性」(1629-30年頃)など女性を描いた作品も展示されていましたが、生き生きとした躍動感は感じられませんでした。丁寧に描かれてはいるのですが、類型的な描き方に終始しているように思えたのです。

 圧倒的な存在感を感じさせられたのが、「セネカの死」(1615-1616年)でした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。プラド美術館蔵)

 調べてみると、ネロから自殺を強要されたセネカはドクニンジンを飲んでも死にきれず、終には、静脈を切り、血を流れやすくするために湯を張った盥に身を沈めたといわれています。この作品は、今まさに身を沈めようとしているシーンを描いたものです。天を見上げる視線や半開きになった口元には、死に際の苦悩が表現されている一方、死に臨んでも哲学者らしく冷静沈着に振舞おうとするセネカの精神力が見事に描かれています。

 目の表情、口元、皺、肌のたるみ具合など、年齢を重ね、知性を醸成してきた顔が精緻に描かれています。さらに、身体は筋肉隆々の頑健さが強調して描かれており、強靭な生命力が宿っていることが示されています。それにもかかわらず、暴君ネロによって無残にもその生命が終わらせられようとしているのです。セネカの無念さがひしひしと伝わってきます。

 会場でルーベンスの作品を次々と見ていくうちに、脇役ですら高齢者の顔が表情豊かに捉えられていることに気づきます。

 たとえば、「エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち」(1615-1616年)という作品があります。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。リヒテンシュタイン侯爵家蔵)

 この作品で私が強く印象付けられたのが、老婆の顔です。若く美しい裸身の女性たちの中にいて、一人だけ暗い色調の衣服をまとい、顔を正面に向けています。裸体で描かれた娘たちや子供は輝くような肌色で描かれ、弾けるような若さが表現されています。一見、華やかなのですが、女性や子供はどちらかといえば類型的に描かれ、ポーズも固まっています。

 ところが、背後からぬっと顔を出すようにして描かれたこの老婆は奇妙な存在感を放っています。若くもなければ美しくもない、歯牙にもかけられない存在のように見えるのに、この作品でもっとも存在感を感じるのがこの老婆でした。それはおそらく、この顔がリアルに表情豊かに描かれているからでしょう。老婆の表情からは先ほどご紹介した、死に臨んだセネカのような崇高な知性すら感じさせられました。

■キリスト哀悼
 第3コーナーには「英雄としての聖人たち」とタイトルが付けられており、関連する諸作品が展示されていました。その中で印象に残ったのが、「キリスト哀悼」(1601-02年)という作品でした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。ボルゲーゼ美術館蔵)

 会場でこの作品を見たとき、よくある宗教画だという印象しかありませんでした。人体の骨格の描き方はリアリティに欠け、キリストの周りを取り巻く人々の表情もバラバラでぎこちなく、統一感がありません。ですから、さっと見ただけでスルーしたのですが、次に、同じタイトルの作品(1612年頃)を見た瞬間、強い衝撃を受けました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。リヒテンシュタイン侯爵家蔵)

 まず視線を引き付けられるのが、血の気を失ったキリストの顔色です。そのまま視線を下方にずらすと、足もまた同じように青味がかった色で表現されています。息絶えて血が通わなくなって、少しずつ身体が変化し、すでに硬直し始めているのでしょうか。ただ、上半身にはまだやや赤味が残っています。おそらく、死後それほど時間が経っていないときの状況なのでしょう。人体を生物学的に理解し、構造学的な視点も取り込みながら描かれているせいか、ぞっとするほどのリアリティがありました。

 次に気になったのが、キリストの頭部を抱きかかえるようにして、右手で額に刺さった棘のようなものを抜き、左手で片方の目を閉じさせようとしているマリアの姿です。キリストと同じように土気色の肌をしていますが、こちらの肌色には深い悲しみが表現されています。キリストを見つめる視線、そして、軽く閉じられた口元からは慈しみの情が溢れており、見る者の気持ちを打ちます。
 
 キリストの身体は画面の対角線上に置かれ、上部と右上半分に悲しみに浸る人々が配置されています。頭部周辺にはマリアと使徒、周辺には信徒といった具合にレイアウトされており、それぞれのキリストとの関係性が示されています。

 キリストの身体に寄り添う人々の輪の外側に、一人の若い女性が泣きはらした顔を天に向けています。半開きの口、茫然とした表情をのぞかせています。あまりにも強い悲しみで、彼女は一時、感情を失っているようにも見えます。キリストの傍らにいて、気丈にもキリストの苦しみを取り除こうとしているマリアの姿とは対比的に描かれています。

 キリストが昇天しようとしているとき、取り巻く人々はそれぞれ独特の姿勢で、その死に際に向き合い、深い悲しみを表現しています。各人各様の祈りのスタイルが丁寧に描き分けられており、キリストの死を巡る哀悼の刻が見事に表現されています。人々の感情が凝縮された濃密な時間が、リアリティ豊かに画面から伝わってきます。

■ローマの慈愛(キモンとペロ)
 第7コーナーで展示されていた衝撃的な作品があります。「ローマの慈愛(キモンとペロ)」(1610-12年)です。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。エルミタージュ美術館蔵)

 まず題材とその構図に驚いてしまいました。見た瞬間、エロティックなピンナップに見えてしまったからでした。これまで美術館でこのような絵柄は見たことがないと思いながらも、よく見てみると、若い女性の顔は慈愛に溢れ、老いた男性は瀕死の状態で判断力も失っているようでした。これではとてもピンナップとはいえません。

 そうはいっても気になったので、帰宅してから調べてみました。すると、この作品は歴史家ワレリウス・マキシムの著『忘れざる行為の9冊の書とローマ人の言葉』に書かれた物語に基づいて描かれ、父親に対する娘の献身的な愛が象徴的に表現されているといわれているようでした。

こちら →http://mementmori-art.com/archives/24650902.html
 
 上記の記事には、同じ物語を題材に描かれた15の作品が紹介されていますが、諸作品の中ではルーベンスのこの作品がもっとも美しく、説得力が感じられます。

 心配そうな表情で父親を見守る娘の表情がなんともいえず穏やかで、まるで母親が子供を包み込むような深い愛情がひしひしと伝わってきます。一方、衰弱しきった父親はすでに判断力を失っているのか、虚ろな目をして乳首に口を寄せています。娘と父親という立場がこの場面では救おうとする者と救われようとする者とに逆転しているのです。

 この作品からは、死線を彷徨っているときはもはや娘でも父親でもなく、ヒトとしての根源的な愛が表出してくるのだということが示されています。一見、エロティックに見える絵柄から、家族愛を超えた深い愛がほのかに見えて、実に感動的でした。

■ルーベンスの作品に見る、生、老い、死
 会場で70点ほどのルーベンスの作品を鑑賞しましたが、私が強く印象付けられたのは、上記でご紹介した諸作品でした。無心のあどけなさでヒトを魅了する子供の顔。老いが刻印されながらも知性が滲み出ている高齢者の顔。そして、愛する者、尊敬する者の死を前にした人々の顔。いずれも単なる顔付きや態度が描かれているだけではなく、その背後に潜む気持ちや精神のありようまでもが表現されており、気持ちを揺さぶられました。

 会場には、『人間観相学について』という書物なども展示されており、ルーベンスがヒトを観相学の観点から捉えていたこともわかりました。顔や人体を的確に描くには、骨相学、観相学の知識が必要なのでしょう。ルーベンスを展覧会で見るのは今回が初めてでしたが、ヒトを身心の観点から捉えようとしている姿勢が明確で、とても考えさせられました。時代を超えて生き続ける画家の作品には、ヒトに対する理解が深いのだということが実感されました。(2018/10/19 香取淳子)

中国の若手表現者にみるクリエイティビティの高さ

■「アートネクストジェネレーション在日本中国遊学者作品展」の開催
 2018年8月14日から24日、中国文化センターで「アートネクストジェネレーション在日本中国遊学者作品展」が開催されました。中国の若者たちは日本で何を学び、どのような表現活動を展開しているのでしょうか。ちょっとした興味を覚え、8月16日、会場を覘いてみました。

 会場には、さまざまなジャンル、さまざまなモチーフの個性豊かな作品が展示されていました。それぞれが斬新で、バラエティに富んだ表現力の豊さに驚いてしまいました。とりわけ以下の3つの作品が私にとっては印象深く、さまざまな点で刺激を受けました。

・「主人がいない時Ⅰ」(キャンバス、油絵顔料、查雯婷、2017年制作)、
・「ライオンナニーの旅」(手描きアニメーション、端木俊箐、2018年制作)、
・「阿頼耶識漫遊記」(キャンバス、漆喰、鉱物顔料、張源之、2017年制作)

 幸いなことに、8月16日、私が興味深く思った作品の作家、お二人にお話しを聞くことができました。ところが、もう一つ、気になった作品の作家はこの日、不在でした。そこで、8月22日に再度、会場を訪れ、作家にお話しを伺うことができました。
 
 今回は、印象に残った3点について、お話しを聞いた順にご紹介していくことにしましょう。

■主人がいない時Ⅰ
 会場に入ってすぐ、目に飛び込んできたのが、「主人がいない時Ⅰ」というタイトルの作品でした。現在、日本女子美術大学大学院修士課程に在学中の查雯婷さんが制作したものです。入口から遠く離れたコーナーに展示されていましたが、見た瞬間、強く引き付けられてしまうほど印象的な作品でした。

 まず、この作品から鑑賞することにしましょう。

こちら →
(1620×1300㎝、油彩、水彩、2017年制作。図をクリックすると、拡大します)

 巨大な猫が段差のある二つの本箱を、前両足と後両足で踏みつけ、平然とした面持ちでこちらを見ています。まるで自分がこの空間の主人公だといわんばかりの表情で、鋭い視線をこちらに向けています。射すくめるようなその目つきには恫喝するような威圧感すらあります。画面のほぼ3分の1を、この猫が占めており、強烈な存在感を放っています。

 一方、猫の周辺には、その存在の強さを緩和させるかのように、淡く柔らかなペールピンク系の背景色が施されています。その上に、四角いテーブルや本、ハートマークのついた円形テーブル、植木鉢がそれぞれバラバラに、どういうわけか、逆さまになって宙に浮かぶような恰好で描かれています。しかも、それぞれがとても小さいのです。どうやらモチーフによって大きさにウェイト付けがされているようです。

 それでは、モチーフの大きさの面からこの構図を見てみることにしましょう。

 猫の巨大さに比べて二つの本箱はやや小さく、背景に散らばった本やテーブルなどは極端に小さく描かれています。大きなモチーフを画面の中心に置き、中程度のモチーフを画面の下方に置くことによって安定感を確保し、小さなモチーフをさまざまな方向に散らすことによって、画面に奥行きと広がりを生み出していることがわかります。大中小のモチーフの配置を工夫することによって、安定感を確保し、奥行きと自由な広がりを演出しているのです。

 モチーフと構図との関係をさらに見てみることにしましょう。

 大きなモチーフ(猫)は斜めのライン、中程度のモチーフ(本箱)は垂直のラインでレイアウトされています。斜めのラインはやや不安定ですが、背中のなだらかな横ラインと湾曲して立っている尻尾の斜め縦ラインと呼応し、画面に柔らかな境界を創り出しています。ラインはいずれも引力に従っていますので、見ていて違和感はありません。

 ところが、背景に散らばった小さなモチーフはいずれも、重力が効かない空間で浮遊しているように描かれています。引力に従わないモチーフが猫の背中から尻尾のライン辺りで浮遊しているのです。一つの空間にさり気なくラインを設け、相反する価値観、あるいは世界観を表現しているように見えます。

 こうしてみてくると、いかにも若者らしいモチーフや構図に見えていたものが、実は、緻密に計算された上で考案されたモチーフであり構図だという気がしてきます。モチーフの大きさと配置によって空間を自在に創り出したばかりか、重力の効かない異空間をも創り出しているのです。この刺激的な構図に、融通無碍な遊び心と深い知性が感じられました。

 さて、遠くから見ていると、わからなかったのですが、近づいて見ると、猫の顔が逆になっていることに気づきます。口が上にあり、両耳がいずれも頬の辺りから出ているのです。それなのに、初めてみたとき、なぜ違和感を覚えなかったのでしょうか。

クローズアップした猫の顔を見てみましょう。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 確かに、顔部分だけ逆さまになっています。赤い小さな口に繋げるように、黄色の小さな鼻が描かれており、両耳も頬に見えるところから出ています。

 ところが、逆さまに描かれた顔を見ても、どういうわけか、大した違和感はありません。いかにも猫の目らしい、インパクトの強さに比べれば、逆さになった赤い口やオレンジ色の鼻など、それほど印象に残るものではありません。むしろ、この猫が特別な存在であることを示す装飾品でしかないというようにも思えてしまうほどです。

 なぜ、そう思えるのか、不思議に思って、会場で撮影した写真を、帰宅してからひっくり返して眺めてみました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 猫の目がまるでパンダのように垂れて見えます。獰猛さは欠片もなく、これでは、ただのんびりとこちらを眺めているにすぎません。確かに、両耳や口や鼻は正常な位置に収まっており、その点はまったく違和感はありません。ところが、この顔つきではインパクトに欠け、猫に見えなくなってしまいます。こうしてみてきて、はじめて、作者にとって猫の顔を逆さにすることが必然だったことがわかります。

 もう一度、この顔を逆さにすると、途端に、目尻が上がって吊り目になり、猫がモノを凝視しているときの鋭い目つきになります。吊り目で描かれた眼光は鋭く、猛禽類の獰猛さが現れます。

 私が初めてこの作品を見て、強く印象づけられたのは、ひょっとしたら、この目のせいだったのかもしれません。そして、猫の顔が逆さになっていることに気づかなかったのも、おそらく、この猫の目がヒトの心を射抜くような強さで描かれていたからでしょう。逆さまになっていることから来る違和感を消し去るほどの威力があったのです。

 それでは、目の部分をクローズアップして見てみましょう。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 強い光を放ち、吸い込まれてしまいそうな深い目をしています。まさに猫の目です。この目の強さを引き立てるように、周りの毛が一本一本、微妙に色を使い分けながら、丁寧に描かれています。目が圧倒的な威圧感を発しているのに反し、周囲の毛には優しく柔らく、快い温もりさえ感じられます。

 よく見ると、目の表現が毛の表現と微妙に異なっています。毛があくまでも柔らかく、滑らかに描かれているのに対し、目はまるでガラスの球体のように硬質の輝きを放ち、底知れない深淵さを感じさせます。猫の顔の中に二つの相反する要素が描かれているのです。

 なぜ、そう見えるのか不思議に思い、作家の查雯婷さんに尋ねてみました。すると、猫の全身は水彩で描き、猫の目とそれ以外のモチーフは油彩で描いたといいます。いわれてみると、この作品の説明に「油彩、水彩」と書かれていました。查雯婷さんはモチーフによって技法を変え、画面に適切な強弱をつけていたのです。

 どういうわけか、この絵の前に立つと、私は思わず深読みをしてみたくなるような誘惑に駆られます。それはおそらく、この作品にはさまざまな謎が仕組まれているからでしょう。推理小説を読むのにも似た面白さがあります。

 それにしても、なぜ、このような作品を制作しようと思ったのでしょうか。再び、查雯婷さんに尋ねてみました。

 すると、「動物がヒトの世界を見れば、どのような社会に見えるだろうか」という発想で、この作品を制作したといいます。そして、「猫が好きなので、猫を主人公にした」そうです。それが、上半分の画面で描かれたモチーフがすべて逆さまになっている理由だといいます。

 そういわれて改めて画面を見ると、逆さまになっているのは四角いテーブル、ハートマークのついた円形テーブル、「美術史」と書かれた本、読みかけの本、植木鉢などです。ヒトにとって大切なものでも猫にとってはなんの価値もないということを示しているのでしょう。

 猫が好きだから主人公にしたと查雯婷さんはいいます。ですから、猫に託して自身を表現しているとも考えられます。そうだとすれば、この絵の解釈がこれまでとは異なってきます。

 たとえば、猫が踏み台にしている二つの本箱には重厚な本が並べられています。それらの本はこれまでヒトが育んできた学識の象徴のようにも見えます。だとすれば、この部分は、過去の英知を踏まえ、現在を着実に生きていることをシンボリックに表現したものと考えられます。

 一方、猫は前脚を本箱の端ギリギリのところに置き、後ろ脚はどういうわけか片方をあげています。巨体を支えるには不自然な姿勢です。前脚はもう少しで落ちそうな不安感を与え、後ろ脚はもう少しで倒れそうな不安感を与えます。鋭い視線をこちらに向けていますが、その姿勢は不安定です。

 そう見て来ると、小さく描かれたモチーフが空中に浮遊し、すべて逆さまになっていることの理由もわからないわけではありません。画面の上半分は、未来の不安感が表現されているといえるでしょう。AI主導で展開していく未来社会は、これまでの価値観、世界観が顛倒してしまう可能性があります。

 こうしてみてくると、この作品を深読みしたくなる誘惑に駆られた理由がわかってきました。身近な材料をモチーフにしながら、ヒトの認識に挑戦し、未来への問いかけがさり気なくこの作品には含まれていたからでした。

 「主人がいない時Ⅰ」というのがこの作品のタイトルですが、「Ⅰ」という数字から想像できるように、查雯婷さんは今後も継続して、このシリーズを制作していくといいます。

■ライオンナニーの旅
 会場には映像装置が置かれ、アニメーションが映し出されていました。ちらっと見ただけで、その独特の画風にとても斬新な印象を受けました。今年、東京芸術大学大学院修士課程アニメーション専攻を修了した端木俊箐さんの作品です。

こちら →
(手描きアニメーション、2018年制作。図をクリックすると、拡大します)

 セリフも字幕も入らない7分ほどの手描きアニメーションでしたが、効果音とオリジナル音響で、作品の雰囲気はほぼ理解できたような気がします。なによりも素晴らしいのは、淡い色彩で綴られる画面でした。もちろん、映像だけではわからないところもありましたので、端木俊箐さんに尋ねながら、「ライオンナニーの旅」をご紹介することにしましょう。

 タイトル画面に描かれたキャラクターが、主人公のライオンナニーです。タイトル文字であれ、キャラクターの造形であれ、柔らかく、不揃いで、手描きアニメーションならではの身体性が感じられます。

 ライオンナニーは黄色を主に、柔らかく、省略した粗い線で造形されています。そして、背景は群青色の濃淡で描かれています。そのせいか、キャラクターの幼さと優しさ、おぼつかなさと不安感が表現されています。

 果たしてライオンナニーは作家の分身でしょうか。気になったので、端木俊箐さんに尋ねてみました。思った通り、「自分になぞらえて主人公を設定した」といい、「髪の毛が多いのがライオンみたいだから・・」と付け加えました。

 来日以来、端木俊箐さんは電車に乗るたびにスケッチをしていたそうです。車内で見かける人々を観察して、その場でスケッチしていたのです。それが蓄積し、一冊の本になるほどの分量になっていました。この作品のベースにはこの膨大なスケッチがあります。

 端木俊箐さんは、電車内で見かけたヒトや光景をスケッチしたものを整理し、その中から気に入ったものを選んでアニメーションの素材にしたといいます。時間をかけて描いてきたスケッチが材料になっているのですから、一コマ一コマが絵画作品の趣があるのも当然かもしれません。

 たとえば、ナニーが電車に乗っているときのシーンを見てみましょう。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 満員電車の中で圧し潰されそうになっている様子が、独特のタッチで表現されています。混みあう電車内の情景を敢えてリアルに描かず、社内の人々を太くジグザグの折れ曲がった線だけで表現しています。この抽象化の効果が斬新で、主人公ナニーの心細さが見事に浮き彫りにされています。

 ナニーは黄色、そして、その周辺の人々は青系統の色の線で表現されています。乗客を青系統の色にすることによって、混みあう電車内の人々の冷たさが暗黙裡に表現されています。混みあった車内で、他人を構う余裕がなくなってしまえば、もはや血の通うヒトではなく、ただの棒でしかないのかもしれません。

 しかも、黄色と青は補色関係にありますから、ナニーの姿がいっそう際立ちます。この色遣いといい、余白を残した画面構成といい、柔らかく、繊細な感性に驚きました。それほど多くのアニメーションを見てきたわけではありませんが、これまでこのような画風のアニメーションを見たことがありません。

 一方、画面は絶えず、電車の効果音に合わせ、揺れ動いています。その度に、両脚を閉じ、両手を揃え、うなだれた姿勢のナニーも動きます。自分の意志ではなく、周りの動きによって動かされていることがわかります。補色の効果ばかりではなく、このような動きの表現によって、ナニーの痛み、心細さ、不安感などがとてもよく示されています。

 この作品の制作意図として、端木俊箐さんは、無邪気な子どもがさまざまな人々を見て世界を知り、成長していく様子を表現したといいます。

 冒頭から、車内で見かけた人々の姿態がさまざまに描かれたシーンが3分間ほど続きます。おそらく、これが、「さまざまな人々を見て世界を知る」ためのシークエンスなのでしょう。そして、3分59秒で場面が転換します。

 真っ暗なトンネルを抜けた後、停車した駅で、馬が乗車してくるのです。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 まつ毛の長い馬で、とても優しそうです。馬の背後には、山々が淡い黄色やオレンジ、薄いオレンジで彩られているのが見えます。その色調のせいか、馬の穏やかな温かさが際立って印象づけられます。

 ナニーと馬はたちまち意気投合し、ともに語らい、車窓から走り去る風景を眺めて、楽しいひと時を過ごします。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 これまで通りナニーは黄色で表現され、一方、ナニーが気持ちを通い合わせた馬は青色で表現されています。着色部分は少ないですが、補色関係にある色が使われているので、二人の様子がくっきりと浮き上がって見えます。

 電車内で二人はさまざまなことを語り合い、心を弾ませながら充実した時を過ごします。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 車窓から見ると、風景が流れて見えるように、外から車内の二人を見ると、このように流れるように見えるのでしょう。黄色の太目の色帯が切れ切れになって横に流れていきます。豊かな発想力に裏付けられた表現です。

 やがて、馬が下車する駅に到着しました。馬はナニーも一緒に降りようと手を引っ張りますが、ナニーが下車する駅ではないので、ナニーは振り切って車内に留まります。電車のドアは自動的に開き、馬が下りていくと、まるで何事もなかったかのように、自動的にドアを閉じます。このシーンでは、個々人の感情にはお構いなく、世の中のシステムは動いているということが示されています。

 ナニーは再び、一人になって電車に揺られています。ナニーの下車する駅はまだです。

 ふと車窓から外をみると、名残惜しそうな表情でナニーを見つめる馬の姿がありました。先ほどまで楽しく語らっていたあの馬が、いつの間にかユニコーンになっています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 ナニーが見つめる中、ユニコーンは空高く、舞い上がっていきます。やがて、いまにも月に届きそうなほど遠くに行ってしまいました。もはや会うことも叶わない、永遠の別れが訪れたのです。

 ナニーは一人残されましたが、まだ下車する駅には到着していません。どれほど仲良くしていても、目的地が違えば、下車する駅も異なります。いつまでも一緒にいるわけにいかないことを馬との別離を通して、ナニーは学んだのです。

 そして、エンディングロールが流れます。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 そこには、以下のような文が日本語、中国語、英語で表示されています。

「私達は人生で一番暗い時に出会い 
 限られた時間の中で別れる
 惑星が回り続けて
 交わった軌道も平行に戻った
 世界の隅に隠れたあの物語は
 私 君 星と月が知っている」

 ここで書かれていることが、この作品を制作する動機付けになったのでしょう。端木俊箐さんは実際、親友と二人で来日し、一緒に芸大に入ったといいます。しばらくは共に学び、共に旅行し、充実した時を過ごしていましたが、ほどなく、二人は別れることになりました。お互いの進路の違いのためでした。

 端木さんにとって、この経験はよほど深く心に残ったのでしょう、大切なヒトとの別離は時を経て、創作のエネルギーに転化されました。端木さんは、ナニーに自身をなぞらえ、馬に友人を仮託し、このアニメーションを制作したのです。

■阿頼耶識漫遊記
 入口近くに展示されていた作品です。描かれている内容はよくわからなかったのですが、画面全体から何か深いものが発散されており、気になりました。東京芸術大学大学院修士課程絵画科壁画第二研究室を2017年に終了した張源之さんの作品です。

こちら →
(900×1300㎝、漆喰、鉱物顔料、2017年制作。図をクリックすると、拡大します)

 この絵の前に立てば、いつまでも立っていたくなるような吸引力があります。それが一体、何なのか、どういうところに私は引き付けられているのか、よくわからないまま、この絵の前に立つと、古い記憶が次々と蘇ってくるような不思議な感覚に陥ります。本源的な何かに向き合っているような気持ちになってしまうのです。

 一体どういうヒトがこの絵を描いたのか、気になって仕方がなく、再び、会場を訪れました。

 8月22日、ようやく作家の張源之さんにお話しを聞くことができました。なぜ、私はこの絵に深いところで引き付けられているのか、質問をしながら、それを解明していくことができればと思います。

 まず、なぜ、角を生やした馬を取り上げたのか、尋ねてみました。すると、張源之さんは、これは「馬ではなく、牛」だといいます。インド仏教で聖なる動物とされている白い牛を表現したというのです。そう言われて、改めて首から肩にかけての骨格と肉の盛り上がり方を見ると、なるほど牛に見えます。

 それにしてもなぜ、画面の半分ほども占める面積でこの牛を描いたのでしょうか。そして、白い牛の真正面に描かれている、炎に包まれたヒトのようなものは一体、何なのでしょうか。

 再び、張源之さんに尋ねてみました。すると、「白い牛は知恵のシンボル」で、その前にあるのは、「私の曼陀羅」だというのです。

「私の曼陀羅」といわれた部分を拡大してみましょう。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 拡大して見ると、ヒトらしい像を中心に、下方には鳥の頭部のようなものがいくつも層をなして渦巻き状に左に流れ、上部から右は形を成さないまま白っぽい気体のようになって、牛の顔から角にかけて流れています。

 さらに、ちょっと引いて距離を置き、この部分を見てみました。すると、ヒトを渦の中心に、左方向で旋回する大きな渦巻きのように見えてきます。渦巻きの表面は裏が透けるように、淡い色調の絵具が置かれています。そのせいか、ヒトの精神作用が気体のようなものになって空中を飛び、牛の周囲に放散されているように見えます。

 ところが、気体のようなものを全身に浴びても、牛は穏やかな表情を変えることなく、目を静かに閉じています。その表情にはまるで瞑想にふける僧侶のような落ち着きがあり、静かな安定感が感じられます。ひょっとしたら、この光景が私の気持ちを深いところでしっかりと引き寄せたのかもしれません。

 それにしても、なぜ張源之さんはこの絵を描いたのでしょうか、気になって、尋ねてみました。

 日本に来て芸大で学び始めた頃、古美術見学旅行に参加し、奈良や京都で多くの壁画を見たそうです。描かれた天女の中に姿勢や色遣いが敦煌や西安の古墳壁画に似ているものを見つけ、張源之さんは日本との深いつながりを感じたといいます。この時の感動を表現したのがこの作品で、修士課程の修了制作だそうです。

 そういえば、この作品のタイトルは「阿頼耶識」でした。アラヤシキと読むのだそうですが、意味はまったくわかりません。張源之さんに聞くと、「仏教の言葉で、人類の共通の意識を指す」のだといい、さらに、「ユングの集合無意識のようなもの」だと説明してくれました。

 曼荼羅と聞いた時、なんとなくユングを思い浮かべましたが、張源之さんの説明を聞いて、私がこの絵に惹かれた理由がわかったような気がしました。おそらく、張源之さんが表現した精神世界に、時代を超え、居場所を超え、文化を超えて通じ合える何かがあったのでしょう。だからこそ、私の精神世界がそれに呼応したのです。それこそユングのいう集合無意識のように、深いところでつながっていたからこそ、この絵を見た瞬間、私は引き寄せられたのだという気がしました。

 さて、画面の右側にはさまざまな造形物が見えます。馬に乗っているヒト、建物の一部、花や木、犬、そして、僧侶のようなヒト、いずれも判然と描かれてはいませんが、それだけに、一体これは何なのだろうと不思議な気持ちにさせられます。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 気になったので、張源之さんに聞いてみました。すると、これらは張源之さんの夢、あるいは、これまでに出会ったヒトやモノだというのです。建物の一部に見えるものは寺院だといいます。子どものころから仏教のお寺に通っていたそうで、その時の思い出が寺院の一角や僧侶の姿に仮託して描かれていたのです。いずれもはっきりとわかるように描かれていなかったのは、それらがリアルな実体ではなく、記憶、あるいは想念の世界の存在だからでしょう。

 この部分を少し引いて見ると、それらは白い牛の身体に埋め込まれるように配置されていることがわかります。知恵のシンボルとされる白い馬の胴体部分に、記憶や想念の手がかりとなる具象の断片が、モチーフとして埋め込まれていたのです。

 見ることができず、意識することもできない世界が、この作品では余すところなく表現されていました。言ってみれば、ユングのいう集合無意識のようなものがこの絵に反映され、含蓄の深い絵が描出されていたのです。この作品を見た瞬間、何か気持ちの深いところで引き付けられ、離れがたい思いがしたのはそのせいでしょう。とても興味深い作品でした。

 さて、この作品は壁画の技法が採られています。下地は漆喰で、その上は鉱物顔料である顔彩が使われています。イタリアのフレスコ画の技法と違って接着剤としての膠が必要だと張源之さんはいいます。フレスコは生乾きの漆喰を薄く壁に塗り、それが乾かないうちに水で溶いた顔料で描いていく技法です。張さんの場合、漆喰に膠と使って顔料を定着させていきます。長い歴史を持つ壁画の画法を使って作品を仕上げたのです。

 その質感には圧倒的な迫力がありました。精神世界の深さを表現することができたのは、壁画の技法で制作したからかもしれません。古い技法だからこそ表現できた世界だともいえるでしょう。

 もちろん、描かれた内容もヒトの心の奥深く、形を成さないまま存在している精神の核ともいえるものを引き出していました。科学技術が進歩しても、いまだに解明しきれないのが精神の領域です。その未開拓の領域を張さんは、仏教徒という経験を活かして可視化しました。作品を見る限り、成功していると思います。

■中国アートネクストジェネレーションの台頭
 中国文化センターで開催された留学生たちの作品展を覗いてみて、そのクリエイティビティの高さに驚いてしまいました。今回は会場でお話しを聞くことのできた三人の作家の作品だけを取り上げましたが、他にも素晴らしい作品が多く展示されていました。

 私は日本の美大生の卒展や修了展などにも何度か行ったことがありますが、最近は似たような作品を目にすることが多く、失望していました。それだけに、今回、留学生の諸作品を見て、なかなか着想できないような斬新なテーマ、卓越した技法の諸作品を見て圧倒される思いがしました。

 なぜ中国の若手表現者たちは高いクリエイティビティを発揮できているのでしょうか。

・查雯婷さん(「主人がいない時Ⅰ」)
 たとえば、查雯婷さんは身近なモチーフをユニークな発想で作品化していました。素材の扱い方といい、形態上の処理といい、独特のフィルターが効いていて、画面全体に若々しいポップな感覚がみなぎっていました。

 中国の大学での専攻を聞くと、アニメーションでした。なぜ、専攻を変えたのかと聞くと、「自由に表現したかったから」といいます。手描きアニメーションならまだしも3Dアニメーションになると、他人の協力が必要で、グループ作業なので制作に時間がかかるし、自由に制作できない不自由さがあるからだと説明してくれました。

 子どもの頃から日本のアニメが大好きで、「名探偵コナン」や「ワンピース」、「進撃の巨人」などをよく見ていたといいます。それを聞いて、查雯婷さんの作品に現代的で、鋭角的なセンスを感じたのは、そのせいかもしれないと思いました。メリハリの効いた訴求力があったのです。

 作品の背後にはストーリーがあり、モチーフには、観客が違和感を覚える謎がいくつか仕組まれていました。言ってみれば、観客を引き込むフックがいくつかあったのです。その結果、この絵を見ると、ヒトは思わずその解明に向かいたくなるという複雑な仕掛けがあったのです。

 若者らしいモチーフの選択や色遣いなどを見ると、一見、取っつき易く、気軽に鑑賞できる作品のように見えます。ところが、実に複雑で、多元的、複層的な世界が表現されていました。とても知性的な作品だと思います。

・端木俊箐さん(「ライオンナニーの旅」)
 一方、端木俊箐さんは油絵を志しながらも、大学ではアニメーションを専攻することになったといいます。アニメーションの制作技術は中国の大学で学び、日本に来てからはもっぱら作品制作を続けているということでした。やはり日本のアニメが大好きで、とくにスタジオジブリやスタジオ4℃などの作品に興味があるといいます。細田守の長編アニメ「サマーウォーズ」も中国ではよく見ていたそうです。

 そう聞くと、私がこの作品に惹かれた理由もわかってくるような気がします。全編を通して、独特の画風で紡がれていましたが、おそらく、そこに、ジブリ系アニメの痕跡を感じたのでしょう。表現方法はまったく異なるのですが、画面から垣間見える本質に共通性が見受けられたのです。

 画面に映し出された一カット、一カットの絵が優しく、穏やかで、繊細でした。ストーリーよりも何よりも私はこの絵に惹かれました。ヒトの心に沿うようなきめ細やかな感性がありました。絵が好きで、描くことがなによりも大好きだったという端木俊箐さんの特性が、この作品に色濃く反映されていました。

・張源之さん(「阿頼耶識漫遊記」)
 蘭州市出身の張源之さんにとって、子どもの頃から敦煌の壁画は身近な存在でした。壁画は人類の歴史とともに誕生し、現在に至るまで生き続けている、古いけれど、とても斬新な芸術だと張源之さんはいいます。中国の大学では中国絵画、壁画を学びました。中国絵画を通して、筆の扱いや輪郭線の処理などを習得し、卒業後は敦煌現代石窟芸術センターで芸術設計ディレクターとして働いていました。

 張源之さんは12歳ごろから仏教に関心を抱くようになり、種々の本を読んで理解を深めていくうちに、敦煌壁画にも興味を持つようになったそうです。壁画にはヒトを感動させる深い精神世界があるといいます。

 今回の作品にはそれが見事に反映されていました。現代社会は自分ひとり良ければいい、お金があればいいという風潮が蔓延していますが、お金よりも精神が大切で、ヒトは皆、繋がって生きており、皆が幸せになってはじめて自分も幸せになれると張源之さんはいいます。大乗仏教の考え方ですが、作品にもその信念がしっかりと描き込まれていたように思います。

 お話しを聞いてみると、三者三様、それぞれ体験に裏打ちされた信念がありました。その信念が作品のオリジナリティを生み出し、画面から独特の訴求力が発散されていました。

 ここでご紹介した3人の作家に共通するのが、技術力の確かさと内発的なテーマの発掘でした。直接、お話しを聞いたからこそわかったことですが、それぞれ、自身の経験を踏まえ、それを拠り所としてコンセプトを創り出していました。

 自分が思い悩み、苦しんだ経験を深く掘り下げたからこそ、作品のコンセプトも明瞭になったのでしょう。表層にとどまらず、深層に至る深みを作品に反映させることができていました。よく考え抜かれたからこそ、説得力のある作品になったのでしょうし、見る者を感動させる力を持ちえたのだと思います。

 この展覧会に参加して、改めて、いい作品とは何かということを考えさせられました。手っ取り早く観客を虜にするには、それなりの技法があるのでしょう。ところが、今回、印象に残った三作品はその種のものではありませんでした。心血注いだ痕跡が画面の随所に見受けられ、それが見る者の気持ちを揺り動かしていたのです。もちろん、技術力も素晴らしく、日々の鍛錬と表現のための工夫を怠らない姿勢が印象的でした。

 今回、三者三様のクリエイティビティの高さに圧倒されましたが、それは、自身の経験を深く掘り下げるだけではなく、歴史を知り、文化を深く把握することによって、もたらされたものなのかもしれません。それには、自身を省察するだけではなく、先人の知識や経験を踏まえ、考えを深められる知性が必要なのでしょう。(2018/8/26 香取淳子)