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絵画

シドニー・ビエンナーレ2018:芸術監督・片岡真実氏のパースペクティブを振り返る。

■オーストラリア学会・30周年国際大会の開催

 2019年6月15日から16日、青山学院大学でオーストラリア学会・30周年国際大会が開催されました。

オーストラリア学会30周年国際大会

 

 オーストラリア学会から送られてきたプログラムを見て、16日の朝、片岡真実氏が講演されることを知りました。片岡真実氏といえば、シドニー・ビエンナーレ2018で、アジア人で初めての芸術監督を務められた方です。残念ながら、私はこのビエンナーレに行っておりませんが、気にはなっていました。

 一体、どのような内容だったのか、概要だけでも把握できればと思い、6月16日、青山学院大学に出かけてみました。

 聳え立つ木々の豊かな緑の下、学内は気持ちのいい落ち着きと静けさに包まれていました。

青山学院大学

 

 片岡真実氏(森美術館副館長兼チーフキュレーター)の特別講演は、「多文化社会とアートーオーストラリアにおける文化創造の最前線」というセッションの冒頭で行われました。

講演する片岡真実氏

 

 とくに印象に残ったのは、このビエンナーレのテーマ設定に際し、片岡氏が、「世界を見るパースペクティブとして東洋的価値観を取り入れたい」と考えていたということでした。

■世界を見るパースペクティブ

 片岡氏はアジア人で初めて芸術監督に任命された方でした。当然のことながら、そのことは念頭に置かれていたのでしょう、片岡氏の発言を聞いて、俄然、興味が湧いてきました。

 いつごろからか、私は、いまの世界状況を打開するには西洋的価値観では難しいのではないかと思うようになっていました。まずは、世界各地の文化リーダーが集まる場所で、価値観のシフトが可視化される必要があるのではないかと考え始めていたのです。それだけに、この時の片岡氏の「東洋的価値観を取り入れたい」という発言に、私は引き付けられました。

 1973年に開始されたシドニー・ビエンナーレの芸術監督はそれまで、イギリス人が務めることが多かったといいます。ところが、2018年の芸術監督に片岡氏が選ばれました。欧米の価値観だけでは世界情勢をとらえきれないことが共通認識になりつつあったからかもしれません。

 片岡氏はアジア人として、これまでのシドニー・ビエンナーレの歴史に一石を投じる覚悟で臨んだのだと思います。1973年から2016年までの参加者名簿を会場に展示するという試みもその一つでした。

アーティストの名簿

 

 アーカイブはすでにできていますが、アーティスト名簿の掲示はまた別の効果があるような気がします。このように会場の一角にこれまでのアーティストの名前を掲示することによって、シドニー・ビエンナーレを縦断的に俯瞰することができ、それを踏まえて未来を見据える効果もあるように思いました。

 さて、第21回シドニー・ビエンナーレのテーマは、「SUPER POSITION : Equilibrium and Engagement」です。片岡氏は、量子力学の概念をテーマに取り入れるとともに、五行思想の考えからをサブタイトルに取り入れたのです。

■SUPER POSITION : Equilibrium and Engagement

 テーマの「SUPER POSITION」というのは、聞き慣れない言葉です。Wikipediaを見ると、量子力学の基本的な性質だと定義されており、「重ね合わせ」を指すそうです。これだけではよくわからないので、調べて見ました。すると、関連映像を見つけることができました。慶応大学の伊藤公平教授とオックスフォード大学のジョン・モートン教授による説明です。

こちら → https://youtu.be/ReOgrsEef8I

 これを見ると、「重ね合わせ」という概念は、電子などが複数の異なった状態で同時に存在し、一つの状態に特定できないことを指すようです。もっとも、そう聞いても、なかなか具体的には理解しがたい概念です。

 片岡氏はこのSUPER POSITIONについて、不確定性の理論だと説明した上で、この不確定性は、現代の世界を象徴するものとして捉えられているといいます。そして、片岡氏はその一例として、「現在のオーストラリアの下には、かつてのオーストラリアの地図がある」と説明し、「同時に二つのルールが存在する中で生きている」という認識を示してくれました。それを聞いてようやく、わかったような気になりました。

 そういえば、オーストラリアには、先住民のアボリジニが住んでいました。彼らには太古の昔からその地で連綿と生を紡いできた歴史がありました。かつて彼らはその歴史文化に基づく地図を持っていたことでしょう。ところが、いまやその地図はありません。1788年に上陸してきたイギリス人によってオーストラリアは植民地化されてしまったからです。

 いつ頃から現在の地図が作られたのかを知りたくて調べて見ると、オーストラリア大陸の古い地図を見つけることができました。

1872年の地図

http://kowtarow1201.seesaa.net/article/287819144.html より)

 

 上の写真は、1872年にアメリカで発行された地図から、オーストラリア大陸の部分を取り出したものです。この地図を見ると、イギリス人が上陸してからわずか84年後、オーストラリア大陸はすでに、統治に便利なように区切られていたことがわかります。

 北オーストラリア、アレキサンドラ、西オーストラリア、南オーストラリア、ビクトリア、ニューサウスウェールズ、クィーンズランドなど、北オーストラリアとアレキサンドラ以外は現在の州名のままです。さらに、海岸沿いには、現在の都市名がいくつも見えます。

 現在の地図も示しておきましょう。

現在の地図

 

 二つの地図を比べて見ると、1788年にオーストラリア大陸にやってきたイギリス人はわずか84年で、先住民の土地、言語、文化を簒奪したばかりか、行政区まで制定していたことを確認することができました。入植者たちが、先住民の土地に自分たちの居住地、街区、行政区を作っては、次々と新しく命名していったのでしょう。この地図の背後から、先住民が生きてきた痕跡が透けて見えてくるような気がします。

 このような経緯を振り返ると、片岡氏のいうように、現在のオーストラリア人は、意識するにせよ、しないにせよ、「同時に二つのルールが存在する中で生きている」といわざるをえないのかもしれません。

 ちなみに、入植者が入り込んだ1788年当時、アボリジニの人口は30万人から100万人だったと推定されていますが、1920年には7万人にまで減少してしまったそうです。現在の人口規模は65万人にまで回復しているそうですが、かつては250もの言語を持ち、多様な文化の下で暮らしていたアボリジニは、言語だけみても、現在は75にまで減少してしまったそうです。

 古い地図が新しい地図に書き換えられていく過程で、先住民の土地や文化は、多くの場合、入植者のものに置き換えられていきました。それでも、先住民たちは、記憶、言語、生活文化、ヒトとヒトの交わり中で、存続することができた言語や生活文化もあります。

 つまり、片岡氏は、現在のオーストラリアには、先住民の文化、入植者の文化、その後、オーストラリアに移植された文化等々が、さまざまな状態で同時に存在しており、何か一つの状態に特定できない現象があるというのです。「SUPER POSITION」とはまさにこのような現象を指すのでしょう。

 「SUPER POSITION」(重ね合わせ)はすでに、オーストラリアだけで見られる現象ではなくなっています。いまや、世界中、さまざまな国や地域でこのような現象を見出すことができるでしょう。しかも今、ハンチントンのいう「文明の衝突」がさまざまな場所で見受けられるようになっています。

 オーストラリアで開催されるシドニー・ビエンナーレだからこそ、そして、文明の衝突が懸念される世界情勢の現在だからこそ、片岡氏は「SUPER POSITION」をテーマに据えたかったのでしょう。

 さて、第21回シドニー・ビエンナーレにはサブタイトルが付けられており、それは、「 Equilibrium and Engagement」でした。

■ Equilibrium and Engagement(均衡とエンゲージメント)

 片岡氏は講演で、「世界を見るパースペクティブとして東洋的価値観を取り入れたい」といわれました。言葉を継いで、「五行思想を東洋の価値観として、世界に向けて発信していきたい」といわれました。

 そういえば、第21回シドニー・ビエンナーレのポスターを見ると、この五行思想が反映された図案になっていました。

ポスター

 

 中国で生まれた自然哲学に、五行思想というものがあります。万物は火・水・ 木・金・土など五種類の元素から構成されており、これらは「互いに影響し合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考え方です。

 ポスターの5色は、Wikipediaの五行についての説明図の色とほぼ同じです。


(Wikipediaより)

 

 この説明図では、五行は相互に「相生」(順送りに相手を生み出していく、陽の関係)と、「相剋」(相手を打ち滅ぼしていく、陰の関係)の関係にあることが、矢印(外側に示された黒の矢印と、内側に示された白の矢印)で示されています。

 片岡氏は以下のような図を使って、テーマについて説明されていました。


Equilibrium and Engagement

 

 この図を見ると、「相生」に相当する語として「CREATS」が当てられ、「相剋」に相当する語として、「DESTROYS」が当てられています。

 森羅万象の象徴である五元素の間には、相生と相剋の二つの側面が五元素の間を巡ることによって、穏当な循環が生まれ、それによって宇宙の永遠性が保証されるという考え方が、五行思想だといわれています。

 サブタイトルの「Equilibrium and Engagement」とは「均衡」と「関与」であり、まさに、この世のものにはヒエラルキーがなく、バランスを取りながら、全体が遊動しているという世界観です。この世界観こそ、アジア人で初めてシドニー・ビエンナーレの芸術監督になった片岡氏が世界に向けて発信したかったものでした。

 前置きがだいぶん長くなってしまいました。

 それでは、私が興味を覚えた四人の作家の作品について、第21回シドニー・ビエンナーレのHPを参照しながら、あるいは、関連情報を加えながら、ご紹介していくことにしましょう。

こちら → https://www.biennaleofsydney.art/archive/21st-biennale-of-sydney/

 ホーム画面のタイトルの下に掲載されているのは、Ai wei wei氏の「クリスタルボール」です。まず、Ai wei wei氏の作品からご紹介していくことにしましょう。

■Ai wei wei(艾未未)氏の作品

 2018年のシドニー・ビエンナーレで、もっとも印象深かったのが、Ai wei wei氏の“Law OF the Journey”という作品でした。


Law of the Journey

 

 全長60mにも及ぶ巨大なゴムボートのインスタレーションです。このボートには258人もの難民が、ひしめき合うように乗っています。これまでに見たこともにない、壮大な創作のエネルギーを感じさせられます。2017年に制作された作品です。

 このインスタレーションの一環として、4つのビデオ作品も展示されていたようです。日本でも上映された“Human Flow”もその一つでした。

彼が制作した“Human Flow”(『ヒューマン・フロー/大地漂流』)2019年はオスカー賞の有力候補になったほどの作品で、日本では2019年1月12日に公開されました。

こちら →http://www.humanflow-movie.jp/

 この映画のサイトのホーム画面にも、難民が鈴なりになってボートに乗り、国を脱出しようとしているところの写真が掲載されています。

こちら → https://www.humanflow.com/synopsis/

 Ai wei wei氏の体験が、このような映画として作品化されていたばかりか、今回、出品された作品にも結晶化されていたのです。

 Wikipediaによると、Ai wei wei氏は1957年に北京市に生まれた中国の現代美術家で、キュレーター、建築家であり、文化評論家、社会評論家でもある多彩な人物のようです。1981年から1993年までニューヨークでパフォーマンスアートやコンセプチュアルアートの制作に励んでいたといいます。

 1993年に中国に戻り、以後、中国現代美術の中心的人物であったようですが、その活動を咎められ、軟禁されてしまいます。保釈後、2015年にドイツに渡り、ベルリンで創作活動をしていましたが、2018年にはそこも離れ、世界各地で作品発表を行っているといいます。

●Law of the Journey

 このインスタレーションがどれほど巨大なものであったか、会場に設置しているところを撮影した写真がありましたので、ご紹介しておきましょう。


Law of the Journey 設置場面

 

 上の写真の右側に、クリスタルボールが置かれているのが見えます。Ai wei wei氏が出品したもう一つの作品です。写真ではとても小さく見えますが、これでも直径1メートルはある大きな球体です。巨大な水晶玉を使った作品で、2017年に制作されました。

●Crystal Ball

 この作品は、第21回シドニー・ビエンナーレのホーム画面に掲載されていました。巨大な球体がまるで世界の運命を占うかのように、設置されていました。壊さないように運び込むのが大変な作業だったと片岡氏はいいます。

クリスタルボール

 

 こうしてみてくると、片岡氏がAi wei wei氏の作品をいかに重視していたかがわかります。Ai wei wei氏は、さまざまな文化の交差するところに身を置き、その衝突を経験しながら、現代社会を俯瞰し、作品を制作していたのです。第21回シドニー・ビエンナーレの真髄はこれらの作品に集約されていたといっていいでしょう。

■Lili Dujourie氏の作品

 やや傾向の異なる作品もありました。Lili Dujourie氏の、「American Imperialism」(アメリカ帝国主義)というタイトルの作品です。

アメリカ帝国主義

 

 真っ赤な壁が鑑賞者に強烈な印象を残します。横から見ると、この壁に立てかけられているのが、こげ茶磯の薄い銅版だということがわかります。赤い壁とこの銅板の間に、赤く塗られていないままの白い壁の部分が見えます。一見しただけでは見ることのできない、この部分に、Lili Dujourie氏のメッセージが隠されているようにも見えます。

横から見た「アメリカ帝国主義」

 Lili Dujourie氏の初期作品は、1960年代、70年代の政治的社会的状況への批判的なものが多かったといわれています。1972年に制作されたこの作品は、鑑賞者には理解しにくく表現されていますが、ベトナム戦争など、当時のアメリカとその外交政策への批判が込められているように見えます。

■Esme Timbery氏の作品

 意表を突く作品は他にもありました。Esme Timbery氏が2008年に制作した作品で、壁一面に子どものスリッパが200セット、展示されていました。このインスタレーションは、多様な貝殻を組み合わせたデザインの素晴らしさと、輝かしく配色された色彩の組み合わせが印象的でした。


貝殻で作った子ども用スリッパ

 

 それにしても、200組の子供用スリッパで構成されたインスタレーションには驚いてしまいました。

 拡大して見ることにしましょう。


拡大したスリッパ

 5×9.5×5サイズの貝殻で作ったスリッパのセットがこのように整然と、展示されていたのです。色の合わせ方、さまざまな貝殻を寄せ集め、個性を追求した造形的な美しさ、それぞれが見事な手仕事といわざるをえません。

 引いて見ると、このようになります。


壁面いっぱいのスリッパ

 ヒトが履いていないスリッパだけが、整然と200セットも並べられています。

 華やかな色彩に彩られた壁面は、一見、美しく見えますが、考えてみれば、不気味な空間でもあります。というのも、これらのスリッパがすべて子どもサイズだからです。子どもがおらず、スリッパだけが多数、秩序づけて並べられているこの作品からは、母親の涙が感じられるような気がしてなりません。

 このインスタレーションを見ると、オーストラリアの歴史を知る鑑賞者は、ごく自然に、1869年から1969年に至るまでの期間、児童隔離政策が採用されていたことを思い出してしまうでしょう。

 実は、オーストラリアの先住民は18世紀に、暴力的に植民地化され、土地や文化を簒奪されたばかりではなく、19世紀末から20世紀半ばにかけて、児童隔離政策による種族根絶の危機すら経験してきたのです。

 このインスタレーションからは、アボリジニが耐えてきた悲哀を読み取ることができるだけではなく、長年の悲しみと苦労が見事なまでに昇華され、作品化されており、芸術作品として深い意義と味わいを感じ取ることができます。

 暴力的に支配され、土地や文化を簒奪されてきた先住民たちがどれほどの悲しみと悲惨な思いを抱えて生きて来たか、まして、子どもを奪われた母親たちがどれほど悲嘆にくれて暮らしてきたか、それにもかかわらず、彼女たちは美しい貝殻を集めてスリッパを作り続けてきました。Esme Timbery氏の作品はそのような過去と現在を表現したものでした。

 Esme Timbery氏は、オーストラリアの先住民Bidjigal族のアーティストとして活躍しています。海岸沿いのアボリジニは数千年にわたって貝殻で装飾品を作ってきました。彼女の曾祖母もその伝統を受け継ぎ、1910年にはイギリスで作品を発表したこともあるそうです。

 Esme Timbery氏はそのようなアボリジニの伝統を受け継ぎ、色彩の組み合わせもデザインも現代的なセンスで作品を仕上げました。そこには連綿と続いてきた文化と迫害の歴史が込められており、鑑賞者の気持ちに強く訴えかけるものがありました。

■Roy Wiggan氏の作品

 Esme Timbery氏の作品と同様、心の奥深く、原初的な感情が揺さぶられるような思いのする作品がありました。Roy Wiggan氏の「ilma」で、1994年に制作されたものです。

iluma

 

 鮮やかな色彩がとても印象的です。外側から青、橙、緑、茶、白、赤、といった具合にコントラストの強い色を隣同士に並べ、中には小さく、黒、黄と並べ、その下に赤でWという文字を平たくしたような曲線で構成されています。これが何を意味するのかはわかりませんが、整然と並べられ、秩序だって構成されているので、なんらかの記号のようにも見えます。

 シドニー・ビエンナーレ2018のHPを見ると、この作品のタイトルである「ilma」は、バルディ族(西オーストラリア州キンバリー地区に居住するアボリジニ)の儀式や、物語や音楽や法律を教えるための手段を指す言葉のようです。

 色彩やデザインによって、動物や植物だけではなく、気象学的事象や海洋現象、さらには、形而上学的概念なども表現できるようです。材質としては、伝統的なものでは樹皮、木綿、羽毛などが使われ、現在は、合板、アクリル絵の具、コットンウールなどが使われるようになっているといいます。

 さて、Roy Wiggan氏の作品「ilma」は、ニューサウスウェールズ州立美術館から委託され、Wiggan氏が1994年に制作したものだそうです。HPによると、その内容は、コーン・ベイ(西オーストラリア州、キンバリー)と彼の父親が生き延びた特別の物語を踏まえたものだと説明されています。

「ilma」は展覧会に出品する目的で制作された作品ではありませんが、Wiggan氏は、この作品が展示されることによって、鑑賞者が文化遺産を保存することの意義を感じてくれればと考え、出品依頼に応じたといいます。というのも、Wiggan氏はilmaの制作者であるばかりか、部族の長老として、若い世代に知識や伝統や習慣を伝えることによって、過去と未来の間に架け橋になるよう奨励してきたからでした。

 このようなHPの説明を読むと、この作品が単なる一個人の表現物を超えたものだということがわかります。長年にわたる民族の歴史、文化、情報が込められて表現された作品であり、いってみれば、文化遺産なのです。

 この作品が展示されているコーナーをご紹介しておきましょう。

展示コーナー

 

 「ilma」と似たような図柄の作品が二点、並べられています。その隣の壁面には、縦長に丸い図案が繋げられているように見える作品が5点展示されていました。遠目で見ると、記号というよりむしろ、装飾品のように見えます。

 今回、ご紹介した一連の作品を振り返ると、片岡氏が設定したテーマが現在の社会状況にふさわしく、しかも選ばれたアーティストたちの作品がそれに応えられる質の高いものだったという気がします。

 第21回シドニー・ビエンナーレでは、「SUPER POSITION」というテーマにふさわしい作品がいくつも展示されていました。今回、ご紹介した一連の作品はとくに、シドニーで今、開催されるビエンナーレならではの問題意識が明確に反映されており、見応えがありました。

■東洋の価値観とは

 第21回シドニー・ビエンナーレでは、35ヵ国から69名のアーティストが参加しました。日本人アーティストも3人、参加していましたが、今回取り上げたのは中国のAi wei wei(艾未未)氏、フランスのLili Dujourie氏、オーストラリア(アボリジニ)のEsme Timbery氏、Roy Wiggan氏、わずか4人の作品です。

 私はHPの写真で見ただけで、これらの作品を取り上げることに決めました。それは、彼らの作品はいずれも、社会、歴史、政治、文化といったヒトが生きていくためのベースになるものが取り上げられ、芸術の域にまで高められて、表現されているように思えたからでした。

 今回、ご紹介した作品はいずれも、私にとってはとても新鮮で、気持ちの奥深く揺さぶられるような深い意義を感じさせられました。このようなアーティストたちに参加の機会を提供した片岡真実氏に、キュレーターとしての優れた力量を見る思いがしました。

 果たして、片岡氏はどのようにアーティストを選び、出品作品を選んだのでしょうか。

 調べて見ると、2018年6月28日に公表されたインタビュー記事(VISUAL SHIFT, 2018/06/28)を見つけることができました。

 私が最初にご紹介したAi wei wei氏の「Law OF the Journey」について、片岡氏は、「まず、目に入るのは、60mの巨大な難民ボートですが、その台座周囲には論語や聖書、ギリシャ哲学、ハンナ・アーレントなどから多くの引用が散りばめられています」と述べています。

 写真を見た限りでは、そこまではわからなかったのですが、Ai wei wei氏の作品は、物質的な圧倒的迫力ばかりでなく、作品を読み解くための文字情報までも添えられていたというのです。これには驚きました。

 そして、片岡氏は現代アートについて、「これまで現代アートは西欧を軸に展開されていたので、それと日本だけを見ていればよかったのですが、そこから中国、インド、東南アジアと注目される地域が拡大し、一つの価値観では語れなくなってきました」と答えているのが印象的でした。

 今回、「SUPER POSITION」をテーマに設定したのは、まさにそのような現代美術を取り巻く環境が片岡氏の視野にあったからでしょう。

 私がご紹介した作品のいずれもが、価値観とその衝突を発端とし、その亀裂を表現しながらも、それを昇華させ、芸術の域にまで高められていたところが素晴らしいと思いました。衝突をそのまま放置せず、感情をコントロールしながら、別のエネルギーに転化させていくところに東洋的な価値観の役割が見られるような気がします。

 世界はいま、ICT技術の進展によって、これまでの秩序の体系が崩れはじめ、次第にアナーキーな状況に向かおうとしています。

 第21回シドニー・ビエンナーレで片岡真実氏が提供したコンセプトを振り返ると、調和のとれた世界システムを構築していくには、日本人こそ適しているのではないかという気がしてきます。

 日本人はこれまで、外来文化をその都度、日本文化と調和させ、異質のものを併存した状況で享受してきました。まさに、「SUPER POSITION」の状態を、「Equilibrium and Engagement」の状態に変化させてきたのです。今回、作品をいくつかご紹介していくうちに、日本人こそ、ヒエラルキーのないままヒトが存在しうるシステムを構築できる感性を持ち合わせているのではないかと思うようになりました。(2019/7/6 香取淳子)

金山農民画に見る、レトロでポップな感覚

■「金山農民画」展の開催

 日中友好美術館で、「金山農民」展が開催されました。開催期間は2019年6月6日から26日、開館時間は10:00~17:00です。6月13日付の日経新聞でこの展覧会の開催を知り、是非とも行ってみたいと思っていたのですが、なんとか都合をつけられたのが6月25日、終了日の前日でした。

 ビルに入ると、すぐ左手に会場が見えました。「中国のレトロ&ポップ」の文字が印象的です。

展覧会

 会場入り口の設えは黄色をベースカラーとし、タイトル通り、「レトロ&ポップ」な絵柄の作品が掲示されていました。なんともいえない懐かしさを覚えたことを思い出します。

 中国の美術に「農民画」というジャンルがあることを知ったのは、6月13日付け日経新聞の「農民の、農民による絵画」というタイトルの記事でした。筆者の陸学英氏によると、金山というのは上海市金山区のことで、「中国三大農民画の郷」といわれているといいます。

 チラシの説明文を読むと、金山農民画は、もともと絵を描くのが好きだった農民たちが余暇時間に描いたのが始まりだとされているようです。会場にはその金山の農民画70点が展示されていました。農民画と聞いて、てっきり、農村風景を写実的に描いた作品だと思い込んでいたのですが、実際はカラフルで装飾的な作品が多く、それぞれ不思議な味わいがありました。

展示作品はどれも農民の生活風景を描いたものですが、便宜上、モチーフの捉え方に沿って、いくつかに分類し、ご紹介していくことにしましょう。

なお、ショーケースの中に展示されていた作品は写真を撮影しにくかったので、壁に展示されていたもののみ取り上げることにします。結果として、建物を描いた作品は取り上げることができなかったこと、また、取り上げた作品の中には照明が反射して写り込んでいるものがあること、等々についてはご了承いただければと思います。

■近景で捉えたモチーフ

 まずは近景でモチーフを捉えた作品から、ご紹介しましょう。

●薬草を採る娘

 会場に入ってすぐ右側の壁に展示されていたのが、「薬草を採る娘」でした。

薬草を採る娘

 画面中央に娘が、正面を向き、手を組み、やや緊張した面持ちでこちらを見つめています。背景には色とりどりの花々、蝶々などの動植物がぎっしりと描かれています。タイトルから推察すれば、これらは薬草の花なのでしょう。画面の左下には花々に埋もれるようにザルが描かれていますし、少女は黒いエプロンをつけています。

 その働きぶりが表彰されたのでしょうか、日焼け防止用の帽子を被り、胸には大きな花のついたリボンをつけています。薬草摘みの作業が評価され、このようにカラフルで美しく描かれているのです。

 この作品からは、農村では労働に応じて表彰されていたことがわかります。三つ編みにした髪に花を飾り唇に紅を挿し、やや緊張した面持ちには晴れがましさとともに恥じらいも見受けられます。まるでハレの日に記念撮影をしているかのような絵柄でした。農村の少女の初々しさが好ましく思えます。

●花と鶏

 まるで西洋画でよく見かける肖像画のように、鶏が横向きで描かれています。鶏が主人公として扱われており、背後に木に咲いた花々が描かれています。これまでに見たことのない絵柄です。

花と鶏

 深い緑色の地を背景に、鶏が中央に描かれ、その周囲に色とりどりの花をつけた小枝が描かれています。鶏の足は奇妙な楕円形のものの上に置かれています。足元は不安定ですが、身体部分は逆三角形のラインで描かれており、安定感があります。

 それにしても、奇抜な絵柄です。普段は地面を徘徊している鶏がどういうわけか、花を咲かせた木の中央に描かれています。木を支える土台であるはずの土が、いくつかの楕円形に分かれて描かれています。下草なのでしょうか、そこには小さな草花が描かれています。鶏がいかに農村の生活にとって大切な存在なのかが、わかるようなモチーフの取り扱いです。鶏も花も枝も装飾的に描かれています。これもまた農村の一光景なのでしょう。

 この作品を見ていると、色とりどりの花は幸せの象徴として捉えられていたのではないかという気がしてきました。

●旬の野菜

 会場の中ほどの壁に展示されていたのが、この作品です。あまりにも装飾的でポップな感覚の画面構成に驚いてしまいました。タイトルは、「旬の野菜」です。

旬の野菜

 色とりどりの野菜が画面いっぱいに隙間なく、描かれています。それぞれの野菜は大きさや色彩を考慮してバランスよく並べられており、とても美しく、つい、見入ってしまいます。

 農村の生活で豊かさをもたらせてくれるのは、野菜であり、その色合いや形状は彼らにとって、まさに美そのものなのでしょう。一つ一つがまるで人格をもっているかのように、丁寧に、個性豊かに、そしてシンプルに描かれていました。

 さまざまな野菜が一枚の画面に収められたこの作品はまるで、農村に住む人々は誰しも、が喜びも悲しみも共有して暮らしていることを象徴しているようにも見えます。さまざまな野菜画面一面に描き切ることによって、農村の価値と、その依って立つ基盤を描くことができたといえます。すばらしい象徴性があると思いました。

■中景で捉えた生態

 それでは、中景で捉えた農村の生態を描いた作品をご紹介しましょう。

●アシの池

 アシの池で遊ぶ5羽の白鳥が描かれています。タイトルは「アシの池」です。

アシの池

 白鳥はアシの生える池を好むようですから、この作品はそのような白鳥の生態を捉えて描かれたものなのでしょう。アシの葉にしても、水草にしても、シンプルな画像を多数、描くことによって、アシの池の様子が端的に表現されています。

 実際は、まるで図案のようなシンプルな画像をコラージュすることによって、一つの作品世界が創り上げられています。使われている色数も少なく、白鳥の白さが印象的です。記号的な要素の強い作品だと思いました。

●雪蓮花図

 展示作品の中では地味な色合いの作品で、印象に残ったのが、「雪蓮花図」でした。


雪蓮花図

 色数が少ないのに、どこかしら華やぎがあり、その一方で、落ち着いた色調で静かな中にも豊かさが感じられる作品でした。華やかさを感じさせられたのはおそらく、蓮の花が大きく明るく描かれていたからでしょうし、豊かさを感じさせられたのは、蓮池の様子が賑やかに描かれていたからでしょう。

 たしかに、蓮の花が咲き乱れているかと思えば、蓮の実がいくつもできており、トンボが飛んでいるかと思えば、蓮の葉の下の水面に、小さな魚が泳いでいます。植物も動物も共に、蓮池の中で調和して生きています。そのことが豊かさを感じさせるゆえんでもあるのでしょう。

 地球上で生きるものは一切合切、このように調和して生きていくのが道理だと訴えかけているようにも見えます。

 考えてみれば、蓮の花が咲く一方で、大きな蓮の実が成っているのは妙な話です。花が枯れてから実がなるのが通常ですから・・・。奇妙といえば、蓮の花は7月から8月にかけて咲くといわれているのに、トンボが飛んでいます。つまり、この絵の中に様々な季節の蓮池の様子が取り込まれているといっていいでしょう。蓮の生態を一覧できるように描かれた作品だといえるのかもしれません。

■遠景で捉えた群像

 それでは、遠景でモチーフを捉えた作品をご紹介しましょう。

●村はずれの魚市場

 村人が作業する光景を描いた作品があります。「村はずれの魚市場」というタイトルの作品です。


村はずれの魚市場

 種類ごとに分類された魚が入った水桶が、画面中央にいくつも置かれ、その間を縫うように、人々が働いています。ホースを持って水を桶に補充するヒト、水桶から魚を取り出しているヒト、会計をしているヒト、等々。画面上方には買い物客が傘を差し、手にかごをぶら下げて並んでいます。子連れのヒトもいれば、女性同士、単身で訪れたヒトもいます。

 右側のテーブルには、重さを量る吊り秤とソロバンが置かれています。魚の重さを量り、値段を計算するためでしょう。そして、会計を終えたヒトは魚をかごに入れたり、手で持ったりして帰っていきます。その手前にあるのは調理台なのでしょう、処理された魚の骨が見えます。

 この一枚の絵から、村の人々が魚を購入する様子がつぶさにわかります。タイトルからすると、どうやらこの魚市場は村はずれに設置されているようです。おそらく、辺り一帯が魚の臭いで充満しているからでしょう。

●納涼

 暑い夏の夕べ、村人が憩うひと時を描いた作品もあります。「納涼」というタイトルの作品です。

納涼

 中央に描かれているのが、家の前に椅子を出し、親子が団扇を片手に涼んでいる姿です。テーブルの上にはスイカとラジカセが置かれています。涼みながら、音楽を聴き、スイカを食べているのでしょう。腹帯だけの子どもがスイカを口に含んでいます。和やかな親子団欒のひととき、家族の後ろを犬が動き回り、周辺はひまわりが大きく花を咲かせています。

 一方、右側の家族は夫婦二人だけで夕涼みをしています。小テーブルにはポットが置かれていますから、お茶を飲んでいるのでしょう。二人とも団扇を手にしています。家々の周囲は実をつけた木々が立ち並び、豊穣がもたらす幸せが描かれています。

 画面真ん中には石の階段のようなものが置かれ、その左下に小さな船が一艘、停泊しています。水上には水連のような花が咲き、どういうわけか、その水連に接するように、画面右側にはかぼちゃがたくさんぶら下がっている棚があります。ありえない設定ですが、別段、違和感はありません。リアリティには欠けていますが、むしろ、農村生活で必要なアイテムが重視されて、描かれているように思えます。

●上海の祝日

 農村のヒトもたまには都会に出かけることもあるのでしょう。上海のにぎやかさを描いた作品があります。タイトルは、「上海の祝日」です。

上海の祝日

 サーチライトがさまざまな方向からカラフルな色を投げかけ、夜空を輝かせています。高層ビルが林立し、その下には新幹線が走り、龍踊を楽しむ人々の群れが描かれているかと思えば、バスが走り、車が走り、人々が歩いている姿が描かれています。さまざまなものが混在する上海の喧騒が、カラフルでイラストのような画像で表現されています。

 目にしたものをすべて一枚の絵に収めているのですが、そこには上海という都市のもつ多様性、先進性、そして、伝統と近代の混在が一目で分かる様に描かれています。真ん中に白い新幹線を配置することによって、カラーバランスが図られ、絵の混雑さが緩和されています。

■俯瞰で捉えた群像

 一連の作品の中で私が興味を覚えたのは、俯瞰で捉えられた群像の姿です。

●カニ獲り

 上海カニで有名なカニ獲りの様子を描いた作品です。タイトルは絵柄そのままの、「カニ獲り」です。

カニ獲り

 河川の何ヵ所かが、波打つような曲線を組み込んで設置された垣根で囲われています。その中に浮かぶ一艘の船には男が一人、櫓をこいでいます。船には大きな籠が置かれ、それ以外の道具は見当たりません。カニは生け捕りにしているのでしょう、籠の口は小さく、中ほどが大きく膨らむ形になっています。捕獲した蟹を逃がさないような構造になっていることがわかります。

 無数の水草の周辺をカニが動き回り、所々、ピンクの花も咲いています。カニの形や大きさが一様なら、水草も花も一様でした。図案化された絵柄が印象的です。

●春雨を干す

 春雨を干す作業が俯瞰画像の中で見事に捉えられています。作品タイトルは、「春雨を干す」です。

春雨を干す

 春雨を干す作業がカラフルに、そして、シンプルに描かれています。干された春雨を吊るすラインが斜め平行にどこまでも延々とつながっており、圧倒される景観が創り出されています。

 黒地を背景に、白く垂れ下がる春雨のラインが、画面の基調を作っています。その狭間で働く色とりどりの衣装を着けた女性たちの姿は、鑑賞者に視覚的な快さを感じさせます。カラーバランスの効果といえるでしょう。

 その一方で、画面を斜めに切り取るいくつもの平行線(春雨を吊り下げた竿のライン)が、静かな作業の中に整然とした動きを生み出しています。生と動、地の黒と春雨の白に対し、働く女性たちのカラフルな装い、色彩の対比が活かされ、シンプルでありながら、動きがあり、リズムも感じられる画面構成になっていました。

●ザリガニ養殖

 「ザリガニ養殖」というタイトルの作品があります。ザリガニを養殖するなど、考えてみたこともなかったので、このタイトルを見て、驚きました。

ザリガニ養殖

 調べて見ると、アメリカザリガニ産業はいま、中国で急成長中の新産業なのだそうです。中国水産学会(2017年)の報告によると、2016年度の総生産量は89.91万トンにも及び、中国はいまや、世界最大のアメリカザリガニの生産国になっているようです。

https://www.sankeibiz.jp/macro/news/180501/mcb1805010500001-n1.htm より)

 それにしても、この作品の構図とモチーフには牧歌的で、しかも、多様な情報が詰め込まれた面白さがあります。

 居宅を中心に、道路や地面を青色で三方向に延びるように描き、そのラインで区切られた三つのゾーンは、地を黄緑色で塗り潰し、川に見立てています。黄緑色の地のゾーンにはザリガニが無数に描かれ、その合間に何種類かの水草も描かれています。

 右側のゾーンには、船から餌を投げる男性が描かれ、居宅から下に伸びる道路では女性が餌を撒いています。居宅を中心に周囲がザリガニの生産拠点になっているのでしょう。家族総出で餌やりをしている光景が描かれています。

 中心部の居宅付近では、トラックが横付けになり、その右には収穫したザリガニを詰めた袋が数個描かれています。収穫したザリガニをこれから出荷するのでしょうか。この一枚の俯瞰図の中に、生産から収穫、そして出荷までの一連の作業が収められていることがわかります。

 家の背後に林のようなものが描かれる一方、家の手前には花を咲かせた大きな木が描かれています。これらは豊穣のシンボルとして描かれているのでしょうか。

●田植えに忙しい五月

 まるで地図のようだと思って近づいて見ると、「田植えに忙しい五月」というタイトルの作品でした。


田植えに忙しい五月

 道路や地面はオーカー色で描かれ、空が黄緑、田は青やモスグリーン、イエローグリーン黄色、黄緑とさまざまな色が使われています。モチーフを識別するため、カラーバランスを考えながら、着色されていることがわかります。

 区切られた田では、それぞれ別々の農作業が行われています。たとえば、左上の田では、数名が横並びになって苗床から、苗の束を作っています。畔道には苗を運ぶ女性が描かれています。その真下の田では、女性が数名、横並びになって苗を植え付けています。そして、その後ろには苗が束ねられて置かれています。

 すでに苗が整然と植えられた田がある一方で、牛を使って男性が土を耕している田もあります。その真下の田では、男性が殺虫剤のようなものを撒いていますし、右上の田では男性が肥料のようなものを撒いています。手前の道路には鍬を担いだり、肥料のようなものを運んだりしている人々が描かれています。

 興味深いことに、画面右下に水車が描かれています。近くの水溜まりから動力で水を汲み上げ、水田に放出している様子が描かれています。水田耕作に欠かせない水がこのように補給されているのです。

 さらに、画面上方を見ると、家々が立ち並び、その背後に、農村の人々を守っているかのように、木々が高くそびえているのが見えます。のどかで平和な農村の田植えの風景が、カラフルにシンボリックに表現されることで、過酷な農作業も実は楽しい側面があるのだと教えてくれているような気がします。

 こうしてみると、農村の田植え時の作業全般が、一枚の絵に見事に描かれていることがわかります。

■日常生活の一コマにドラマを見る

 室内の光景もまた、面白い観点から捉えられていました。二点ほどご紹介しましょう。

●「端午節」

 端午の節句のための粽作りをしている女性の立ち姿が描かれています。「端午節」というタイトルの作品です。


端午節

 テーブルの上に大きな籠が置かれ、その中に出来上がったばかりの粽が次々と詰められています。その右側には粽を包むための笹の葉、そして粽の中に入れる餡が大きな鉢に盛られています。テーブルの下を見ると、大きな酒甕が置かれています。これも端午の節句を祝うために用意されているのでしょう。

 女性は一心不乱に粽を作っていますが、ふと、テーブルの下に目を向けると、脚部に猫が手をかけテーブルの上の餡を狙っています。日常の何気ない光景がユーモラスに捉えられています。

●「逃げ場がない」

 日常生活の中に、ちょっとしたドラマの片鱗がうかがえる作品がありました。タイトルは「逃げ場がない」です。


逃げ場がない

 「逃げ場がない」というタイトルを見て、どういうことかと思い、絵をよく見ると、豪華な料理がセットされたテーブルの下で、鼠が二匹の猫に挟み込まれ、絶体絶命の状況に置かれています。

 左の猫はいまにも鼠の尻尾を捕まえようとしていますし、右の猫は正面から鼠に手をかけようとしています。まさに危機一髪ですが、鼠はおそらく、テーブルの上の豪華な料理をすこしばかり失敬したのでしょう、猫はそれを見逃さず、鼠を前と後ろから挟み撃ちし、根鼠を苦境に追い込んでいます。

 まさに「逃げ場がない」状況です。ドラマティックなシーンが日常生活の一コマの中にあることを教えてくれる作品です。

■投げ網、张美玲vs姚喜平

 「投げ網」というタイトルの作品が二点ありましたので、ご紹介しましょう。

●姚喜平氏の「投げ網」

 全般に色調の暗いのが、姚喜平氏の「投げ網」でした。

投げ網

 上方に一艘の船が描かれ、女性が漕ぎ、男性がそこから網を投げ、魚を捕獲しています。網の中には大きな魚が三匹、入っています。右下や真下にも同様の船が描かれていますが、こちらは網をなげたばかりで円を描いた状況で描かれています。

 陸ではバケツのようなものを持っている女性や子ども、男性の姿が描かれています。家族なのでしょうか、待ちわびている様子がうかがえます。画面の隅は水になびく海草がぎっしりと描かれ、画面の密度を高めています。

 この作品には投げ網漁に関わる人々が過不足なく描かれていますし、色彩のバランス、モチーフの配置なども的確で、状況説明に終わらないものが表現されていました。

●张美玲氏の「投げ網」

 暗い色調の中で投げ網につけられた赤いブイと船をこぐ男性が持つ櫓の赤が画面に彩りを添えています。

投げ網

 画面の中で赤いブイをつけた三つの投げ網がこの作品の中心に位置づけられています。その周辺は遠目に見ると、淡いブルーで色取られ、外周が暗い色調で構成されているように見えます。

 近づいて見ると、黒く見えたのは海草ですべて、一様に垂直に立ち、右から左方向への波に流されているからでした。魚は同じような大きさのものが、投げ網の周辺を回遊しており、そのせいか、そこで渦巻いているように見えます。

 三つの投げ網は三角形状に位置付けられ、それぞれ、黄色の綱で船に結び付けられています。右上の船には二人の男性が乗っており、一人は網を投げ、一人は櫓を漕いでいます。

 右下と真下の船は網を投げる男性が見えるだけです。

 海草が多数、垂直に描かれているせいか、画面が硬直して見えます。その硬直性を緩和させるために、漁網のブイの赤さを強調して描いたのかもしれません。モチーフの配置や色彩バランスにやや密度が欠けるかなという印象を持ちました。

■概念の絵画化

 展示作品全般にシンボリックな描き方がされていると思いましたが、その中でもとくに印象に残ったのが、「母の愛」という作品でした。概念の絵画化が図られているような気がします。

●母の愛

 それにしても、不思議な印象の残る作品でした。「母の愛」というタイトルがつけられていますが、絵柄からはその意味がわかりません。

母の愛

 真ん中に円状の網が描かれ、その中にカエルが多数泳いでいます。円の周縁に、東西南北の方向に4人の女性が配置され、その手前にそれぞれ、オタマジャクシが円を作っています。この絵柄がどういう意味を持つのか、考えてみてもわかりませんでした。

 タイトルを見ると、「母の愛」ですから、カエルがオタマジャクシを守ろうとしている光景なのでしょうか。そう思ってこの作品を見ると、カエルは女性の手元に近づき、噛みつこうとしているものも見られます。まるで、背後のオタマジャクシを庇おうとしているかのように、攻撃的になっています。

 この作品は完全に図案化されています。

 4人の女性が囲い込む網の外は、画面の四隅を結ぶ対角線上の、網の外縁にある部分から四隅まで、それぞれ四本の木の幹が描かれています。四隅を頂点に枝が垂れ下がり、葉が茂っている様子が描かれています。

 幹の焦げ茶色、葉の緑、そしてカエルとオタマジャクシが入ったオフホワイトの水中、ブルーの網、4人の女性の青い服に赤いエプロン、オーカー色の帽子、色の取り合わせの見事なばかりか、それぞれが背景色の黒に調和しています。図案の妙味と卓越したカラーバランスが相俟って、見事な作品になっていました。

 ここでも自然の中のヒトと小動物の関わり合いが描かれています。牧歌的であり、生命の原初的な姿が表現されていました。とてもシンボリックで、色のバランスもよく、図案としても美しいと思いました。

■プリミティブな表現の持つ訴求力

 金山農民画展の展示作品の中から17点ご紹介してきました。いずれもカラフルで大胆な構図、いくつもの視点を取り込んだ斬新な画面が魅力的でした。この展覧会のサブタイトル通り、「レトロ&ポップ」な感覚に満ち溢れた作品を見ていると、どこか懐かしく、そして、心弾むような気持ちになっていくのを感じました。気持ちが解放されていくのがわかるからでしょう。

 レトロな感覚が呼び覚まされたのは、描かれたモチーフのせいかもしれませんし、平坦な描き方のせいかもしれません。もはや目にすることができないような農村の光景だからこそ、懐かしい感情が湧き上がってきたのだと思います。そして、過ぎ去った日々への愛惜の情が喚起され、生きること、生きていくことの原初的な姿に想いを馳せるたからでしょう。

 一見、幼く見える描き方には、プリミティブな訴求力を感じました。画家たちが日常生活の中で見聞きしたことを、素直に受け止め、そのまま表現したからこそ、国境を越え、鑑賞者の気持ちに訴えかける力を持ちえたのだと思いました。

 たとえば、最後にご紹介した「母の愛」という作品の場合、カエルとオタマジャクシの入った網の水槽のようなものは、真上からの視点で描かれています。ところが、その周囲に座る4人の女性の姿は、真上からでも、真横からでも、どんな方向からでも捉えられません。四方に描かれた木も同様です。

 おそらく、ここで描かれたモチーフはすべて、立体であるにもかかわらず、平面で描かれているからこそ、さまざまな視点を一枚の絵の中に混在させても、モチーフは違和感なく調和し、存在することができているのでしょう。

 一連の作品を見ているうちに、このような描き方の中に、私たちがすでに失ってしまった何か大切なものが含まれているのではないかという気がしてならなくなりました。紙であれ、キャンバスであれ、描くという行為は、三次元のものを二次元の世界に置き換えることですが、その際、私たちは三次元の姿をどうすれば、二次元の世界で表現できるのかということを追求してきました。

 ところが、この展覧会に出品された作品はいずれも、三次元のものを二次元のままで表現されており、そこに斬新さが見受けられたのです。ひょっとしたら、二次元のまま表現しても、観客に違和感を抱かせないためのルールがあるのかもしれません。いずれにしても、この展覧会に出品された諸作品を見て、プリミティブな表現の持つ訴求力について考えてみたいという気持ちになりました。(2019/6/30 香取淳子)

第43回風子会展覧会:油彩画に織り込まれた日本的感性

■第43回「風子会展覧会」の開催

 2019年6月20日、「クリムト」展を見ようと思い、東京都美術館に行ってみると、チケット売り場はもちろんのこと、会場入り口にも長蛇の列ができていました。これでは会場に入っても、ゆっくり鑑賞することはできないでしょう。

クリムト展ロビー風景

 クリムト展は早々に諦め、1Fで開催されていた公募展に行ってみることにしました。第3展示室で開催されていたのが、風子会主催の展覧会で、今年で43回目になるといいます。開催期間は2019年6月14日から21日までですから、ちょうど最終日の前日でした。

風子会展覧会

 会場では油彩画83点と木工作品2点が展示されていました。

会場内展示作品

 テーマがさまざまなら、画風もまたさまざまな力作が展示されていました。作品を次々と見ていくうちに、画面の背後から作家の個性が色濃く浮き上がって見えてきます。素晴らしい作品がたくさん展示されていたのですが、今回は、とくに印象に残った作品だけをご紹介していくことにしましょう。

■「慈愛」

 まず、入口近くに展示されていた作品に目が留まりました。現代的な母子像です。モチーフと背景の色調が調和し、画面全体に統一感のある柔らかな雰囲気が醸し出されていました。近づいて見ると、母親の眼差しが限りなく優しく、深淵でした。その表情に引き込まれ、しばらく見入ってしまいました。

慈愛

(キャンバスに油彩、1,303×970mm)

 それにしても、なんと穏やかで、慈愛に満ちた眼差しなのでしょう。視線はひたすら、赤ちゃんに向けられています。赤ちゃんの頭部は母親の手よりも小さいので、おそらく、まだこの世に生を受けて間もないのでしょう、目を閉じたまま無心に親指をしゃぶり、必死で生きていこうとしています。

 母親はやや前かがみの姿勢でしっかりと赤ちゃんを抱え、その寝姿をじっと見つめています。まるで全身で赤ちゃんを支え、保護しているかのように見えます。愛おしく思う一方で、親として大きな責任も感じているのでしょう、きりっと結んだ口元に覚悟のほどがうかがえます。

 ジーンズを履いた母親が、木製ベンチに座って赤ちゃんを抱きかかえる姿からは、無償の愛が透けて見えます。自己犠牲をいとわず、見返りを求めない愛・・・、いまではもはや得難いものになってしまっていますが、この作品にはそれがありました。久しぶりに母子関係の原点を見る思いがしました。

 なによりもこの作品には、鑑賞者に安らぎと平穏を感じさせる安定感がありました。もちろん、それはモチーフや絵柄のせいでしょうし、あるいは、全体の色調や構図のせいかもしれません。

■水平線を軸にした構成

 画面の中央に、赤ちゃんを抱いた母親の全身が配置されています。よく見ると、木製ベンチにはいくつもの水平線が内在しています。 脚部に始まり、腰板の手前とその奥、そして、背面といった具合です。 それらは長方形や台形などの形をしていますが、そこにはいくつもの水平線が内在しており、画面はそれらによって区切られています。

 大きな画面に木製ベンチを置くことによって、ごく自然な形で、潜在的な水平線をいくつも設定することができていたのです。その結果、片足を組んで赤ちゃんを抱きかかえる母親の不安定な姿勢を安定化させて見せる効果がありました。

 しかも、木製ベンチに潜在するこれらの水平線は、上方に向かうにつれ、狭くなっています。それが平面に奥行きを感じさせる一方、前かがみになった母親の姿勢を構造的に安定して見せる効果を生み出していました。

 母親の頭頂部を頂点だとすると、赤ちゃんの頭を支える左肘と、脚部を抱えるために伸ばした右手の肘とが底辺となって、三角形を形作っています。この三角形の底辺の水平線は、背後の木製ベンチに潜む水平線と調和し、ブレることなく画面を秩序付け、安定させています。

 まるで積木を重ねるように、いくつもの四角形を積み上げた上に三角形が置かれているので、構造的に安定して見えるのです。こうしてみてくると、森氏は、いくつもの水平線を含むモチーフを画面に取り込むことによって、自然な形で幾何学的に安定した構図を生み出していることがわかります。

 さらには、動きを生み出す斜線(顔の傾き、肩のライン、組んだ脚など)や曲線(セータ、ベンチに敷かれた布など)が加えられ、それらが、安定をもたらす水平線と巧みに組み合わされて、調和のとれた画面構成になっていました。

 そういえば、左上方に描かれた葡萄の枝もまた、横からほぼ水平に突き出しています。もし、このモチーフがなければ、母親の背後に意味のない空白ができてしまい、画面がダレてしまうでしょう。このモチーフを取り入れたおかげで、垂れさがる葡萄の実と上方に伸びる葉(いずれも曲線)が、背面から母子を柔らかく包み込む効果を生み出しています。

■色調に置き換えられた背景

 興味深いことに、この作品には背景がありません。画面には木製ベンチ、母親と赤ちゃん、葡萄の枝、というモチーフが描かれているだけです。正確にいうと、背景は、区切りも何もない淡い色調だけなのです。

 床面と思える部分は淡いモスグリーン、木製ベンチの背景あたりから次第に黄土系の肌色に変化し、そこから上方は淡いグラデーションで処理されています。ですから、どこから床でどこからが壁、どこまでが地面でどこからが地上なのか判然としません。それでも、画面には奥行が感じられ、モチーフにはしっかりとした実在感があります。

 見れば見るほど、不思議な気持ちになります。モチーフそのものはリアルに描かれ、実在感はあるのですが、背景はグラデーションをきかせた淡いアース系の色調で代替されています。ですから、モチーフはすべて、宙に浮いているように見えますし、抽象化された空間にモチーフが配置されているようにも思えます。

 この作品からは余分なものは一切、そぎ落とされています。だからこそ、慈愛という概念そのもの、あるいは、母子関係の原初的な姿が浮き彫りにされているように思えました。

 会場にはもう一つ、森和子氏の油彩画が展示されていました。こちらは風景画です。

■「林をぬけると男体山」

 小品ながら、目に留まったのが、「林をぬけると、男体山」という作品です。画面からホッとする安らぎと温もりを感じさせられ、引き込まれて見てしまいました。表示を見ると、作者は先ほどご紹介した森和子氏でした。

林をぬけると男体山

(キャンバスに油彩、410×318mm)

 会場の照明が額縁のアクリル面に映り込んでしまっているのが残念ですが、黄昏時の白樺林を描いた作品です。木の幹の数ヵ所と背後の山並みが、淡い紫系の色合いで描かれています。残照によって色合いが変化したのでしょう。その色調がなんともいえず、幻想的で洗練された美しさを創り出しており、惹かれました。

 画面右方と上方には淡い残照が描かれており、白樺の幹の白さをことさらに印象づけています。背後の山並みや白樺の幹のいくつかに置かれた淡い紫色が、下方の水面にも置かれ、画面全体に快い静謐感をもたらしています。黄昏時の微妙な光景が、柔らかな色調の中で見事に捉えられていました。

 画面中央より少し下に、明るいオーカー色で小道のようなものが描かれています。白樺の林をぬけると、おそらく、男体山に続く道に出るのでしょう。一本、一本、異なる表情を見せて立つ白樺の林の間を、爽やかな風がそっと吹き抜けていっているように見えます。

 先ほどご紹介した人物画といい、この風景画といい、森和子氏の作品には独特の世界が創り出されています。それが気になってスタッフに尋ねてみると、会場内におられるということでしたので、探し出し、「なぜ、この絵を描こうと思ったのか」聞いてみました。

 すると、森氏は、「山道を歩いていくと、男体山が見えてきたから、ああ、この林をぬけたら男体山だなと思って描いた」と説明してくれました。そして、下草の下に流れる小川のようなものは「水溜まり」だといいます。

■太陽の下、大地に根を据え、風にそよぎながら存在する

 森氏は、「空気はいつも流れているし、風は吹いている。光は射し込んでいるけど、いつも同じではない」といい、風景画を描く場合の心得として、「それをキャンバスの上で捉えようとすると、色合いで表現するしかない」と教えてくれました。

 確かに、空気には形がないし、色がついているわけでもありません。風も同様です。目で見て捉えることはできないけれども、確かに、存在しています。目に見えないものを見える形にする手段として、森氏は色合いで表現するというのです。

 また、森氏は光にもこだわっていました。光にも形も色もありませんが、反射してモノを明るく見せたり、輝かせて見せたりします。もちろん、光量も光の方向もまたいつも同じではありません。光が当たっている箇所もあれば、当たらない箇所があってモノの形が浮き彫りにされますが、それも、いつも同じではありません。つまり、自然界に存在するものは何一つ、固定されたものはないのです。

 風景を描く際、森氏は、描こうとする対象そのものだけではなく、そこに吹く風、包み込む空気、そして、射し込む光など、一切合切を含めて対象を捉えようとしていました。ですから、瞬間、瞬間で動いている空気も風も光も同様に、キャンバスに収めようとするのですが、そのような形のないもの、色のないものをどのように捉え、表現するのかといえば、色合いだというのです。

 たとえば、画面右側の白樺の木は左側に比べ、明らかに色合いが淡く、柔らかな色調で処理されています。おかげで、右方からの残照が幹に反映されていることがわかります。左右の幹を色分けすることによって光の存在を明らかにしているのです。

 さらに、木々の葉は一様に右に流れ、下草の葉は左右に流れるように描かれています。ですから、上方では左から右に風が吹き、下方はそれよりも弱い風が吹いていることがわかります。下草の下には水が流れています。森氏が「溜水」だと説明してくれた水流ですが、その水流の色合いに、空気の流れや水温が感じられます。

 対象を詳細に観察しているからこそ、森氏は、微妙な色合いの中に風や空気、光をモチーフの中に取り込むことができているのでしょう。微妙な色合いを創り出し、濃淡を効かせて組み合わせることによって、画面上にモチーフばかりか目には見えない自然現象(大気、風、光)を表現できているのです。

■再現するのではなく、表現する行為

 森氏の作品に私がほっとさせられるのは、おそらく、単にモチーフが描かれているだけではなく、それらを支えている大気、風、光までも捉えられているからでしょう。目に見えないものが表現されているので、作品を見たとき、モチーフを取り巻くニュアンスをくみ取ることができます。 人物画であれ、風景画であれ、そこに「生」を読み取ることができるのです。 だからこそ、鑑賞者はありのままの状態で捉えられているように思い、見ていて気持ちが和み、落ち着くのでしょう。

 森氏は自身の描き方について、「見た光景そっくりに描くのではなく、いったん心で受け止めて、それから描く」といいます。つまり、描くという行為は観察の結果、現実を再現するのではなく、まずは心で受け止め、自身のフィルターを通してから表現する行為だというのです。当然、要らないものは省き、要るものは加えることもあるでしょう。写実といっても、森氏の場合、現実をそのまま引き写すのではなく、対象を観察したときに心に映った像を描いているのです。

 振り返ってみると、私がこれまでさまざまな展覧会で見てきた油彩画作品のほとんどが、現実の再現に終始していたような気がします。 森氏のような油彩画の作品はあまり見たことがありませんでした。ですから、森氏の作品に新鮮味を覚え、興味を抱いたのです 。

 ところが、風子会展覧会では、西山加代氏の、「古木に咲く」、「窓辺にて」、「雨上がり」というタイトルの三作品にも、森氏の作品に通じるものを感じました。森氏にそういうと、実は、西山氏は森氏のお弟子さんだといいます。
似たような印象を受けたのがお弟子さんの作品だと知って、驚いてしまいました。

 森氏が出品されていたのは人物画と風景画であり、西山氏はすべて植物画でした。ところが、モチーフが異なっているのに、私は両氏の作品に似たような印象を抱いていたのです。ということは、つまり、森氏には独自の作風があり、それが西山氏に着実に受け継がれていることが示されているといえるでしょう。

 それでは、森氏のお話しを聞きながら、西山氏の「古木に咲く」を見てみることにしましょう。

■「古木に咲く」

 会場で一目見て、なぜか懐かしい気持ちがし、引き付けられてしまったのが、「古木に咲く」でした。

古木に咲く

(キャンバスに油彩、1,455×1,120mm)

 古木に赤バラと白バラが咲いています。その奥にはレンガの壁があり、手前右には名前も知らない草木が生えています。庭の一角なのでしょう、陽光が花や葉に射し込み、所々、明るく輝き、弾むような煌きを見せています。ささやかな幸せが感じられる光景です。

 森氏はいいます。

 「真っ白なキャンバスに向かうと、勢い込んで、見たもの全てを描こうとしがちです。大きなサイズになるほど、そうですね。でも、そうすると、すべてが説明になってしまいます。だから、一番、描きたいもの、目立つものを中心に描くようにと指導しましたね」

 そういえば、中央の大きなバラとその右上のバラは細部まで丁寧に描かれているのに、それ以外は形が崩れ、小さくなり、ただ色が置かれているだけのものもあります。葉も同様です。中央の大きなバラの周辺は葉の形をしていますが、だんだん形が崩れ、色彩がおかれるだけになっていきます。

 おかげで作品に奥行きが感じられ、モチーフが立体的に見えてきます。・・・、ということは、このような描き方は一種の遠近法といえるものなのでしょう。

 画面上方を見ると、みどりや黄色、白の混ざった明るい色だけが、左上から右下方向に流れるように描かれています。強烈な陽光が射し込んでいるのでしょうし、そこから微かな風も吹いているのでしょう。大気の流れが感じられます。

 その光の先が足元の草木に射し込み、葉先が白く光っています。形のない光と風がこのような形で表現されており、その実在を感じることができます。

■天地人三才

 この作品の構図について、森氏は「生け花と同じね」と説明してくれましたが、そのとき、私にはその意味がよくわかりませんでした。そこで、帰宅してから調べて見ると、未生流の生け花の造形理論に、森氏の説明に近いものがありましたので、ご紹介しておきましょう。ちなみに、未生流は文化文政期に生け花の様式を確立した流派です。

こちら → http://misho-ryu.com/about/course/

 とくに印象に残ったのが、「天地人三才」という考え方です。すべての生物は、天地の恩恵があってこそ存在しうるという認識の下、「天」と「地」の中に「人間」が存在すると考えるのが、三才説です。

 天がもっとも高い位置、地はもっとも低い位置、そして、人間はその中間の位置に配置されますが、その頂点を結ぶと、直角二等辺三角形になるというものです。未生流では、これがもっとも基本的な花形で、このように造形すると、一つの調和した世界が創り出されるという考え方です。

 その「天地人三才」の造形理論を応用したのが、この作品の構図だというわけです。二等辺三角形を構図の中に組み込むことによって、構造的な安定感が生まれるというのです。そう言われて改めて、西山氏の他の作品を見ると、「窓辺にて」、「雨上がり」も同様の造形理論に基づき、構成されていることがわかりました。

 確かに、安定した構図だからこそ、モチーフの形を崩しても絵画として成立するのでしょう。

 どの作品も、主役、脇役、端役といった具合にモチーフに強弱をつけ、比重の置き方の違いに応じた描き方がされていました。そのせいか、画面にリズムが生み出され、モチーフが放つ情緒のようなものまでも表現されていました。余分なものを排除し、適宜アクセントをつけることによって、作品の訴求ポイントが明確になっていたからでしょう。

■虚実等分の理

 80点余に及ぶ展示作品の中で、私は森氏の作品、そして、西山氏の作品に引き付けられました。それらに、これまで見てきた油彩画作品にはないものを感じ、新鮮味をおぼえたからでした。

 それらの作品には、ほっとするような安らぎやヒトを内省的にさせる静謐感があり、どこか懐かしい気持ちにさせられる情緒といったようなものがありました。生活感覚に馴染む居心地の良さが感じられたのです。油彩画でありながら、そこに柔軟な日本的感性を読み取ることができたからでしょう。

 実は、私は 最近、 油彩画作品に息苦しさを感じるようになっていました。それだけに、今回の展覧会で油彩画でありながら、日本的感性が感じられる作品に出会い、ほっとしたのです。そして、なぜ、そう感じたのかを考えてみたいと思ったのです。

 そういえば、先ほどご紹介した未生流の造形理論の中で、「虚実等分の理」というものがあったことを思い出しました。江戸時代、文化文政期に創流した未生斎一甫は、次のように考えていたといいます。

「あるがままの自然がただ尊いのではなく、人の手を介することで更なる本質的な美を表現することこそいけばなの本義である」というのが、「虚実等分」の考え方です。未生斎一甫は生け花の基本哲学としてこのような思想を提唱したのです。生け花の理論ですが、森氏の作品や西山氏の作品から、この考え方を読み取ることができるような気がしました。

 生け花では自然のままの花を使うことはしません。枝葉を切り落とし、姿を変え、花瓶を含めた全体の調和を考えながら、枝の高さや曲げ具合を調節し、形を整えていきます。未生斎一甫がいうように、あるがままの自然(現実の再現)ではなく、作者が自身のフィルターを通して加工する(心で捉えた現実を表現)ことによって、美を創り出すことができるのでしょう。

 一連の作品を見、そして、未生流の造形理論を知った結果、「虚実等分の理」や「天地人三才」の考え方の中に、日本的感性の基盤の一つがあるような気がしてきました。

■油彩画と日本的感性

 それでは、なぜ、森氏はこのような画法を築き上げたのでしょうか。尋ねてみると、お父様が絵を描く方だったそうです。油彩画を描くという行為が森氏の中ではすでに何十年も日常のものになっており、そこで培われてきた技法だったのでしょう。油彩画に関する知の集積が親子間で継承されてきたのだと思います。

 そういえば、会場に木工作品が二点、展示されていましたが、これも森氏の作品です。一つは傘立てです。

傘立て

  黒地に赤いバラの花が鮮やかに描かれています。

  もう一つは小さな衝立です。

衝立

 こちらはグラデーションの効いた背景色の中に、三面を使ってそれぞれ、ピンクのバラが可愛らしく、華やかに描かれています。

 いずれも木片にジッソを塗り、ヤスリで平にしてからアクリルで描き、ニスを塗って仕上げたといいます。これら木工作品を見ていると、生活の中にごく自然に油彩画が取り入れられていることがわかります。森和子氏の一連の作品を見ているうちに、日本人の日常生活にようやく油彩画が根付き始めたかなという気がしてきました。

 考えてみれば、日本に油彩画が取り入れられてまだ150年余、多くの人々にとって油彩画は長い間、展覧会で見たり、画集や本で見たりするものでしかありませんでした。今回、森和子氏や西山加代氏の作品と出会い、私にとって新たな発見がありました。そして、これを敷衍させれば、日本人にとって輸入文化でしかなかった油彩画もいずれ、日本文化と融合した形で油彩画の新境地が切り拓かれるようになるかもしれないと思うようになりました。(2019/6/26 香取淳子)

「女・おんな・オンナ」展:浮世絵は日本人の心に何を育んだのか。

■「女・おんな・オンナ」展の開催

 「女・おんな・オンナ」展(2019年4月6日~5月26日)が、渋谷区の松涛美術館で開催されていました。新聞広告でこの展覧会のことを知り、タイトルに興味をそそられたので、17日に行ってきました。サブタイトルは「浮世絵にみる女のくらし」です。

こちら →https://shoto-museum.jp/exhibitions/182ukiyoe/

 会期中に何点か展示替えがあったようですが、17日時点の出展数は136点で、浮世絵を中心にさまざまな装身具などが展示されていました。

こちら →https://shoto-museum.jp/wp-content/user-data/exhibitions/182ukiyoe/list.pdf

 会場は、「たしなむ」「愛でる」「あそぶ」「まなぶ」など、女性の生活行動にまつわる10章で構成されており、江戸時代の女性たちがどのように暮らしていたのか、実感をもって鑑賞できるような工夫がされていました。浮世絵以外に展示されていた着物や香道具、鏡台や化粧道具などはそれ自体が興味深く、まさに、「女・おんな・オンナ」というタイトルがぴったりの展覧会でした。

 同館の学芸員によると、この展覧会はそもそも春画の企画展として構想されたそうです。ところが、検討を重ねるうちに、女性の生活に焦点を当てたものにしようということになって、このような構成になったといいます。展覧会の監修は石上阿希氏(国際日本文化研究センター、特任助教)で、随所に女性ならではの視点と深い学識に支えられた研究者の視点が感じられました。

■『教訓親の目鑑 理口者』

 展覧会チラシの表に掲載されていたのが、喜多川歌麿が描いた『教訓親の目鑑 理口者』という作品です。


江戸博物館所蔵

 なによりもまず、典型的な浮世絵美人が寝転んで書を読んでいる絵柄に驚いてしまいました。しかも、読んでいる書のタイトルが『絵本 太閤記』です。女性の口元は黒く、いわゆる「お歯黒女性」なので、既婚者です。それが、育児もせず、家事もせず、昼間から寝転んで戦記物を読んでいるのですから、驚いてしまったのです。

 ところが、見ているうちにとても痛快な気分になっていきました。

 男性中心の社会状況の中で、取り繕うことなく主体性を失うこともなく、気ままにおおらかに生きている女性が実際にいたとすれば、なんと小気味いいことでしょう。思わず笑みがこぼれ、拍手喝采したい気持ちが込み上げてきました。

 実は、この展覧会はその種の驚きと小気味よさに満ち溢れていました。浮世絵を取り上げた展覧会だったからでしょうか、画面の端々から、女性たちがさまざまな場で生を謳歌している様子をうかがい知ることができたのです。

 そういえば、浮世絵は「浮き世」を絵にしたものです。ですから、画面には、どうせはかないこの世なら、浮かれて暮らそうというような楽観的な思いが込められています。その時代の風俗が描かれることが多く、とりわけ、一般の人々が好む美人画、役者絵、芝居絵、名所絵、春画などが題材として取り上げられてきました。

 もっぱら大衆の興味関心を引く題材が取り上げられ、大衆の嗜好性が反映されていたからこそ、浮世絵は人々の生活実態を巧みに描き出すことができていたのかもしれません。

 そもそも浮世絵は肉筆画から始まり、木版画によって多くの人々が楽しめるようになったといわれています。当初は、墨一色で摺られた墨摺絵あるいは紅摺絵などが主流で、錦絵のような華やかな色合いを楽しむことはできませんでした。

 ところが、その後、多色摺りの錦絵の手法が開発されると、華やかな色合いはもちろんのこと、多様な色味を表現できるようになりました。しかも、木版なので同じ絵柄を量産することができます。人々が安価に入手できるようになった結果、浮世絵はたちまち江戸時代の大衆娯楽として確固たる地位を占めるようになったのです。

 こうして出版業が活性化していくと、半ば必然的に、浮世絵に消費者が好む題材や視点が取り込まれるようになります・・・と書いてきて、ふと、先ほどご紹介した『教訓親の目鑑 理口者』が脳裏に浮かびました。

 あの絵柄は、ひょっとしたら実際の姿ではなく、当時の女性たちの潜在する願望を取り入れて描かれたものではなかったか・・・、そんな気がしてきたのです。それほど、『理口者』という作品には江戸時代の女性に対する私の固定概念を崩す力がありました。

 さて、浮世絵には肉筆画と木版画がありますが、会場で掛軸として展示されているのが肉筆画で、額装されて展示されているのが木版画でした。そして、本企画の原点となった春画は、第十章「色恋―たのしむ」のコーナーで20数点展示されていました。ここでも浮世絵ならではの洒脱な画材、構図が印象的でした。老若男女を問わず、大らかに性を楽しんでいた様子が浮き彫りにされていました。

 それでは、春画以外で印象に残った浮世絵をいくつかご紹介していくことにしましょう。

■『風俗士農工商』

 興味深いタイトルに引かれ、立ち止まって見入ってしまったのが、三枚で一組になった大判の錦絵でした。渓斎英泉が描いたものです。


千葉市美術館所蔵

 左側に二人、中央に三人、右側に二人と計七人の女性が描かれています。どの顔も同じような容貌で描かれていたせいか、絵柄はそれほど印象に残りませんでした。ところが、その上方の余白に書かれた文字を見て驚きました。「風俗士農工商」と書かれているのです。この文字を見てから、改めて画面を見ると、女性たちは皆、同じような面立ちですが、髪の結い方、衣装、履物、持ち物などは大きく異なっていることに気づきます。

 左側の二人は明らかに働く女性です。腰を下ろしている女性は藁で作った包みにシジミのようなものを入れて売っています。一方、立っている女性は左手に薬缶を持ち、右手で大きな桶を抱え、そこには湯呑茶碗と弁当のようなものが入っています。この女性はおそらく、農作業をしている人々に食事を運んでいる農婦なのでしょう。川で獲ったシジミを売る女性、農作業の合間に食事を運ぶ女性、この二人がセットで「農」としての身分が表現されています。

 画面中央に描かれた三人のうち真ん中の女性は扇を持ち、足袋を履き、着物の柄も他の二人に比べて一段と豪華です。当時、武士の女性は外出する際、扇を手にするのがたしなみだとされていましたから、明らかに武家の女性です。口元を見るとお歯黒ですから、きっと武士の奥方なのでしょう。左右にお付きの女中を従えています。こちらの三人は女性の姿を借りて、身分としての「士」が表現されています。

 そして、右側の二人も左側と同様、明らかに働く女性です。二人とも素足に高下駄を履き、右の女性は黒い法被のようなものを着て、肩には金槌や鉋のようなものを担いでいます。明らかに大工の装いですが、江戸時代、女性も大工として働いていたのでしょうか。ちょっと調べた限りではそのような記述は見当たりませんでした。ですから、これもまた、浮世絵美人の姿を借りて、「工」という身分を表したものなのかもしれません。

 大工の隣の女性はいかにも花魁らしく、結った髪に豪華な簪を挿し、上等の着物に前結びの帯をしています。身なりから判断すると遊女ですが、身分としては何に相当するのでしょうか。すでに「農」と「士」は描かれていますから、消去法でいえば、右側の二人には「工」と「商」が割り当てられているはずです。大工姿の女性は明らかに「工」を表しているので、遊女は「商」と分類されているのでしょう。どうやら風俗業は当時、商業と捉えられていたようです。

 この作品では、江戸時代に制度化されたといわれる「士農工商」という身分が、女性の姿を借りて見事に表現されていました。まさに一目瞭然という言葉通りでした。生業によって身分が固定化され、それに応じて、女性たちの身なり、ヘアスタイル、持ち物などが厳格に規定されていたことがわかります。

 外面を構成する諸要素がこのように身分によって厳格に規制された結果、まるで記号化されているかのように、誰が見てもその身分がすぐにわかる仕掛けになっていたのです。ところが、どういうわけか、女性たちの顔は一様に浮世絵の美人顔なのです。身分制度を表現した錦絵にもかかわらず、女性の容貌にはひとかけらの差異も見出せません。それが私には不思議でした。

■なぜ女性の姿で身分制度を描いたのか

 興味深く思い、この展覧会の図録を広げてみました。すると、本展の監修者である石上阿希氏が冒頭、「浮世絵は何をうつしたのか」という文章の中で、「なぜ渓斎英泉は敢えてこれほど均一的な人物群像図を描いたのか」と問いかけ、その理由をこの作品が「見立絵」だからだと記している箇所を見つけました。私は見立絵というものを知りませんでしたが、石上氏はこれについて以下のように説明しています。

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「見立絵は古典や史実などを題材として当世風俗で描くことで重層的なイメージをつくりだし楽しむものであるが、英泉はこの手法で、本来様々な年齢層の男女であるべきところの「士農工商」を美人に置き換えて描いた。(中略)これらの絵は、「浮世絵は何をうつしたか」を考える上で一つの重要な示唆を与えてくれる。何故制作者は、「男」の姿のままで実態を写しとるのではなく「女」、正確には「若くて美しい」女の姿で描くことを選んだのだろうか。その理由の第一は、これが多くの人々を対象にした商品だという点である。(中略)つまり、そのままを描いて出版することに問題がある場合、それを回避するために「女」という外見が選ばれることもあったのである。(中略)若くて美しい女のみが描かれるというこの不自然な点はこれらの図に限ったことではなく、多くの浮世絵版画に共通する特徴である。その理由はそれぞれあるにせよ、そこに描かれているのは、当時の社会に存在する多様な人々の中から選ばれたごく一部の人物の、ごく一部の側面であった」

(図録『女・おんな・オンナ』展、2019年4月、pp6-7.より)

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 石上氏のこの文章を読むと、浮世絵だからこそ、美人の姿を借りて描いたということになります。リアルに描くより、その方がはるかに大きな訴求力を持つからでした。さらに、事実をありのままに描いたのでは差しさわりのあるような場合、批判を回避するため、浮世絵美人に差し替えたというようなこともあったのでしょう。

 こうしてみてくると、石上氏の指摘通り、浮世絵を鑑賞するには、描かれたものをそのまま受け取るのではなく、その背景を省察し、描かれなかったものに思いを巡らす必要があることがよくわかります。制約の厳しい社会状況下で描かれたことを考えれば、むしろ、描かれなかったものを省察する方が実態に迫ることができるのかもしれません。

 もっとも、身分制度に縛られながらも、女性は気立てや器量、意思や機転などによって、その人生を変えることができたようです。さまざまな女性の暮らしを雙六の形式で表現した浮世絵がありました。『新板娘庭訓出世雙六』というタイトルの作品です。

■『新板娘庭訓出世雙六』

 渓斎英泉は、一枚の錦絵に女性の人生のさまざま段階を雙六形式で表現しています。


江戸東京博物館所蔵

 振り出しとして、生娘、女房、おてんば娘、めかけ、花嫁等が設定されており、サイコロを振って出た目数に従って進むというゲームです。上がりは「万福長者極楽隠居」でした。子守りや茶屋女、針医者など様々な女性の職業を経て、人生の終盤に至るのです。女性の人生は容貌や心がけ次第で出世したり、没落したりすることが、雙六を通して表現されていました。たとえば、おてんば娘の場合、育ち(出生身分)が悪ければ飯盛り女にしかなれず、蓮っ葉もの(性分)だと茶屋女、器量(容貌)が良ければ妾に慣れるといった具合です。

 この雙六には、どんな立場にいても心身を磨き、努力していれば、それなりの境遇が得られるという教えが含まれていますから、タイトル通り、女性に対する教訓集だったと見ることができます。面白いと思ったのは、上がりが豊かな楽隠居に設定されていたことでした。当時、家族に支えられ、経済的、時間的に余裕のある暮らしが理想とされていたようです。今も昔もその点では同じだと思い、彼女たちが急に身近に思えてきました。

 それにしても江戸の人々はなんとユニークな発想をしていたのでしょうか。出生時の身分がどうであれ、容貌や気立てなどによってその後の人生が好転することもあれば、暗転することもあるという人生訓が雙六というゲームの中で示されているのです。とても示唆深く、見ていて飽きることのない作品でした。

●「紫絽地鷹狩模様染縫小袖」

 会場に入ってすぐのコーナーで、江戸時代の着物が展示されていました。「紫絽地鷹狩模様染縫小袖」というもので、武家の女性が着用した小袖だと説明されていました。絽の生地に雪景色が描かれており、生地には風通しの良さ、絵柄には涼を感じさせる工夫が見られます。

 そういえば、浮世絵はどれも、着物がとても精緻に描かれています。絵柄はもちろんのこと、生地の質感も容易に想像できるほど丁寧に描かれているのが印象的でした。当時の女性たちが装うことに関心を抱いていたからでしょう。細部まで丁寧に描かれているところを見ると、ひょっとしたら、浮世絵は着物のカタログの役割を果たしていたのかもしれません。

 国産の生糸生産量は江戸時代に大幅に増加したといわれています。社会が豊かになるにつれ、女性たちの関心が装うことに向かい、浮世絵がそれに拍車をかけたからだと思います。浮世絵によって女性が可視化され、絵柄までも精緻に描かれた着物や帯が女性たちの消費意欲を喚起したのでしょう。

 生地の製法、染色等の技術、デザインなどが高度化し多彩な反物を生産できるようになるにつれ、呉服屋も繁盛していきました。そんな様子が描かれている浮世絵が何点か展示されていました。ご紹介しておきましょう。

■『かいこやしない草』

 着物に関する浮世絵で会場に展示されていたのは、『かいこやしない草』の第五と第十二の2点です。まず、第五から見ていくことにしましょう。これは北尾重政の作品です。


神奈川県立歴史博物館所蔵

 女性が桑の葉をちぎりもせず、そのまま蚕に与えている様子が描かれています。説明書きを見ると、「蚕は大眠(第4眠)を脱皮した後、桑の葉をたくさん食べるようになるので、刻んでいては間に合わないから」と書かれています。生糸の生産を急いでいる様子がうかがえます。

 子連れで働きに来ているのでしょうか、右側の女性の後方には子どもが張り付き、なにやらむずがっている様子です。左側の女性はそちらを気にしながら、せわしく手を動かし桑の葉を巻いています。働いている二人はいずれも裸足です。

 その二人をまるで監視しているかのように、下駄をはいた女性が見ています。ここでは三者三様、着物や帯の柄や生地の質感が丁寧に描かれており、身分の差がはっきりと表現されています。

 彼女たちが育てた蚕から繭が生み出され、生糸になります。その生糸を織ると反物となり、染色等の工程を経て、多種多様な女性の装いとなっていきます。

 第十二は、呉服屋が武士のお屋敷を訪問し、反物の説明をしているシーンが描かれています。作者は勝川春章で、中版の錦絵です。


太田記念美術館所蔵

 反物を持参した呉服商が、女性に説明しているシーンが描かれています。呉服商は膝に反物(「ちりめん」と書かれた紙)を置き、にこやかに説明しています。縮緬の反物を使えばこのような素晴らしい着物に仕上がりますよ、とでも説明しているのでしょう。

 女性は思案しているのか、長い煙管を口から外し懐中に手を入れたまま、着物の仕上がりパターンをじっと眺めています。後方の女性は反物を手に取ってしげしげと柄を眺め、生地の手触りを確認するかのように広げています。ここでも三者三様、着物の文様、色合い、素材感などが見事に表現されています。

 背後には風景を描いた屏風が置かれ、 女性は手の込んだ文様の着物を着ていますから、きっと裕福な家なのでしょう。だからこそ、呉服商はたくさんの反物を携えて訪問しているのです。現在に置き換えれば、デパートの外商に相当するのでしょう。呉服商の背後には三井のマークの入った大きな長持ちが置かれています。

 1683年に創業された越後屋三井呉服店は、店頭販売と定価販売で庶民の気持ちを捉え、繁盛したといわれています。店頭販売に力点を置くことによって、庶民が着物を購入しやすくなったことは確かでした。量産された浮世絵によって可視化された女性像が、女性の潜在的な欲求をあぶりだし、着物の販促効果を高めていったと思われます。

 そういえば、いずれの絵にも上方に説明書きがそえられていました。浮世絵と文字との馴染みがよく、当時の絵師や出版業者のセンスの良さがよくわかります。文字による説明を画面に配置することによって、内容がより正確に伝わる効果があります。こうしてみてくると、浮世絵は一種のジャーナルとして機能していたのではないかと思います。

 さて、『かいこやしない草』については東京農工大学附属図書館が電子書籍を出していますので、ご紹介しておきましょう。

こちら →http://web.tuat.ac.jp/~biblio/electron/files/ukiyoebook.pdf

 浮世絵によって女性が可視化された結果、美しくなりたいという女性の潜在欲求が喚起されました。それに伴い、生糸をはじめ、着物関連の生産者、仲介業者、消費者が相互に関連し合いながら、経済の活性化が進んでいきました。まず生糸産業が活性化し、社会が経済的に豊かになっていく過程で浮世絵が大きな役割を果たしていのです。

 浮世絵によって女性が可視化されたことで変化したものがもう一つあります。それは見られる存在としての市井の女性の登場です。

■『柳屋お藤』

 それまで美人として人々からもてはやされていたのは遊女か役者でした。ところが、経済的に豊かになってくると、町娘たちも装いを凝らし、輝き始めます。浮世絵師たちは好んで市井の美女を描くようになりました。明和の時代、名を馳せたのが、笠森お仙と柳屋お藤でした。お仙は水茶屋、お藤は楊枝屋の看板娘でした。

絵師の鈴木春信はこの二人をセットで何枚か描いています。

 左がお藤で、右のお茶を出している女性がお仙です。どちらも同じような浮世絵の美人顔でした。絵を見ているだけでは、美人と評判のこの二人のどこがどのように美しいのかわかりません。そこで、調べて見ると、『売飴土平伝』の中に二人の容貌を比較した文章があり、その内容が紹介されていましたので、ご紹介しておきましょう。

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 若き日の大田南畝は、『売飴土平伝(あめうりどへいでん)』(鈴木春信画)のなかの「阿仙阿藤優劣弁(おせんおふじゆうれつのべん)」という文章を書いて、二人の美女の容貌を比較し、論評している。 それによれば、お仙は「琢(みが)かずして潔(きれ)いに、容(かたち)つくらずして美なり」と化粧や髪飾りに頼ることなく、「天の生(な)せる麗質、地物の上品」をそなえているとする。一方のお藤は、眉を淡く掃き口紅は濡れたように化粧上手、象牙の櫛や銀の簪で髪を美しく飾って、隙(すき)がない。俗にいう「玉のような生娘(きむすめ)とはそれ此れ之を謂うか」と嘆賞する。両者の美の雌雄は決しがたく、人気も二分されて軍配の上げようがなく困ったところに王子稲荷大明神が現れて裁定を下し、決着する。お藤の方は浅草という繁華の地に在るのに対して、お仙の方は谷中の端の日暮里(ひぐらしのさと)という郊外で、しかもいち早く評判を取ったことから、お仙が勝ちとされるのである。「一たび顧みれば、人の足を駐(と)め、再び顧みれば、人の腰を抜かす」

https://julius-caesar1958.amebaownd.com/posts/4202761より)。

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 上記の文章を読むと、二人の美しさの違いがよくわかります。笠森お仙の方は化粧もせず、若さが匂い立つような美しさで、柳屋お藤の方は化粧上手で、都会の女性らしい磨き込んだ美しさがあったようです。

 さて、会場で展示されていたのは、北尾重政が描いた『柳屋お藤』で、細判紅摺絵です。


国立歴史民俗博物館所蔵

 楊枝屋の看板娘だったので、商品を展示した店先に立っている姿が描かれています。髪の結い方、ちょっとした仕草などに都会的で洗練された美しさがあるような気がします。実際、お藤は、先ほどご紹介したように化粧上手で、美しく見せるのが巧みな女性だったようです。

 浮世絵で描かれることによって、アイドル的な存在になっていったのが、笠森お仙であり、柳屋お藤でした。実際に美しかった小売店の看板娘が、浮世絵で描かれることによって著名になり、さらに多くの人々を惹きつけました。

 彼女たちが店先に立てば、評判を聞きつけてやってきた客たちが競い合ってお茶を所望し(笠森お仙)、楊枝(柳屋お藤)を買い求めます。美人による販促効果は抜群でした。浮世絵は当時、広報メディアとしても大きな役割を果たしていたことがわかります。

■浮世絵は何を育んだのか

 この展覧会のサブタイトルは「浮世絵にみる女のくらし」です。その名の通り、さまざまな浮世絵を通して女性の生活状況がわかるように構成されており、とても見応えがありました。

 それにしても、男性中心の身分制社会の下で女性たちはなんと逞しく、そして、しなやかに生きていたのでしょう。展示された浮世絵には、一生懸命に生き、生を謳歌していた女性の姿が随所に浮き彫りにされており、とても勇気づけられました。

 一方、一連の浮世絵からは、身分の違いを問わず、「よそおう」ことが女性たちにとってきわめて重要だったことが見えてきました。庶民の女性たちはいくつになっても働き者で慈愛深く、身綺麗にしておくことが求められ、身分の高い女性は対面を保つため、格式のある装いと態度振る舞いを求められていたのです。

 そして、浮世絵は美人画という形式で女性を可視化し、美しくなりたいという女性の潜在欲求を喚起しました。しかも、着物や帯が多色摺りで精緻に描かれますから、女性にとっては商品カタログの役割も果たしていました。その結果、浮世絵が庶民の娯楽として定着していくと、着物の需要が高まり、生糸が増産され、染色技術、デザイン力、縫製技術などが高度化していきました。浮世絵が経済活性化の糸口を開いたといっていいでしょう。

 庶民の女性たちが装いを凝らして輝き始めると、絵師たちが美しい市井の娘たちを描くようになります。彼女たちは浮世絵に描かれることによってアイドル化し、著名になっていきました。もちろん、その販促効果は抜群で、商品流通の活性化にも寄与しました。

 浮世絵は肉筆画から多色摺りの木版画(錦絵)の過程を経て、庶民の娯楽となっていきました。女性はもちろん男性もまた浮世絵の消費者になっていったのです。それに伴い、政治権力からの圧力を回避し、厳格な規制を低減化する知恵が生み出されたような気がします。浮世絵の画面から透けて見える楽観性、諧謔性はまさに庶民の知恵といえるものでしょう。

 浮世絵によって育まれた庶民の精神的パワーこそが、ひょっとしたら、幕末の混乱から維新後の改革をしなやかに受け入れた日本人の精神の土壌となっていたのかもしれません。(2019/5/29 香取淳子)

「クリスティーナの世界」から、アンドリュー・ワイエスのエッセンスを探る。

■アンドリュー・ワイエス展の開催

 アンドリュー・ワイエス展が、東京新宿区の美術愛住館で2019年3月16日から5月19日まで、開催されています。私はこれまでワイエスの作品を見たことがなかったので、4月5日、美術愛住館に行ってきました。地下鉄四谷三丁目駅から徒歩3分ほどの住宅街にある、こじんまりした美術館でした。

美術愛住館

 この美術館は、作家の堺屋太一氏と画家池口史子氏が20年ほど居住していたビルを改装し、2018年3月に創設されました。開館一周年記念として、「アンドリュー・ワイエス展」が開催されています。

 展示されていたのはいずれも、丸沼芸術の森(http://marunuma-artpark.co.jp/)が所蔵する「オルソン・ハウス・シリーズ」コレクション238点の中から選ばれた作品でした。1939年から1969年までの作品が、1F展示室に23点、2F展示室に16点と計39点、それに加え、オルソン・ハウスの模型が1点、展示されていました。

 1F展示室では、オルソン家に関する作品が展示されており、2Fでは、その住民であるクリスティーナを描いた作品「クリスティーナの世界」の習作を中心に、関連作品が展示されていました。オルソン家をテーマに展示作品が絞り込まれており、しかも、習作が多かったので、アンドリュー・ワイエスの創作過程を考えるには恰好の展示構成になっていました。

 それでは、印象に残った作品をご紹介していくことにしましょう。

■透明感のある色調、柔らかな陽光、日常性の中の煌き

 会場に入った途端、目に飛び込んできたのが、「オルソン家の秋」(水彩、紙、55.0×75.4㎝、1941年)でした。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 透明感のある色調がとても印象的です。水彩画とはいいながら、滲みを活かした作風はまるで墨彩画のようにも見えます。とくに白の扱い方がきわだっていて、画面に洗練された味わいが醸し出されており、惹きつけられました。

 次に印象に残ったのが、「穀物袋」(水彩、紙57.4×36.4㎝、1961年)です。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 柔らかな陽光が納屋に射し込み、穀物が詰まった袋を照らし出しています。直接、光が当たっている部分、影になった部分、照り返しで明るくなっている部分、それぞれが微妙に描き分けられていて、袋の中に入っている穀物のずっしりとした重さが感じられます。

 戸口に立っている男の影が床や穀物袋に及び,半身を見せただけの姿に密やかな存在感を与えています。よく見ると、影になったところにブリキのバケツが置かれているのがわかります。縁どられたわずかな白と黒い手提げだけで、隠れていたバケツを見える存在にしているのです。

 陽光が優しく、柔らかく、そして、温かく射し込み、ありふれた日常生活の一コマを浮き彫りにしています。ヒトが暮らす生活の中で、ともすれば見落とされがちな美しさがさり気なく捉えられていて、引き込まれました。

 1F展示室ではこのように、オルソン家に関する作品が主に展示されていました。一連の作品の中で、オルソン家の情景を捉え、見事に作品化されたものがあります。それが、「オルソン家の朝食」(水彩、紙、61.0×41.8㎝、1967年)です。

美術館入口のポスターを撮影。

 煙突から煙がたなびき、窓辺には人影が見えます。朝食の準備が始まっているのでしょう。ふと左上を見ると、上階の窓の破れた部分が衣類のようなもので覆われ、雨や寒さが室内に入り込まないよう塞がれています。オルソン家の人々が、貧しくても工夫を重ねて生きている様子がうかがいしれます。

 手前の草むらには小さな白い花がいくつも咲いています。無彩色の家を背景に、くすんだ濃い緑の草むらの中で、丁寧に捉えられた小さな花の白が効いています。早朝の陽射しが射し込む中、オルソン家にささやかな幸せのひとときが訪れていました。

 この作品は、美術館入口に掲げられていたポスターに採用されていました。オルソン家の朝食時の情景が、周囲の風景と絡めて見事に表現されている作品でした。

 1F展示室で見た作品の中から、三作品をご紹介しました。透明感のある色調といい、微妙な陽光の捉え方といい、そして、情景のエッセンスを切り取って表現する描き方といい、ワイエスの繊細な感受性と画力を感じさせられました。いずれもアンドリュー・ワイエスの特質が見事に表出している作品でした。

 何気ない日常生活の中に、ワイエスは煌きを見出しました。それを、印象的な構図と繊細な色遣いの下、白をシャープにあしらって作品化していくところに、ワイエスの特徴があるといえるでしょう。

 それでは、2Fに上がってみましょう。

■クリスティーナの世界

 2Fにはオルソン家の模型が置かれ、オルソン家のクリスティーナ関連の作品が展示されていました。展示されていた絵画16点のうち、なんと6点が「クリスティーナの世界」習作、1点が「アンナ・クリスティーナ」習作、「クリスティーナの墓」でした。それ以外は、オルソンの家が3点、自画像、その他です。ほとんどがクリスティーナ関連の作品だったのです。

 ところが、どういうわけか、2F全体を見渡してみても、肝心の「クリスティーヌの世界」が展示されていません。

 気になって、受付でもらった資料を見てみました。読んでみると、美術愛住美術館館長の本江邦夫氏が、「クリスティーナの世界」について触れている箇所が見つかりました。

「この絵が終戦後間もない1948年に描かれ、翌年、モダニズムの牙城ニューヨーク近代美術館(MOMA、1929年創設)のアルフレッド・バー2世(28歳で初代館長となった)に1800ドルで購入され、同館でもっとも有名な、そして門外不出の絵になっていったことはあまりにもよく知られた事実だ」(配布資料)

 これを読んでようやく、「クリスティーナの世界」と謳われながら、展示されているのは習作ばかりで、本作が展示されていないことの理由がわかりました。「クリスティーヌの世界」は、所蔵するニューヨーク美術館から門外不出の作品だったのです。

 とはいえ、本作がないのでは、この作品を考える手掛かりがありません。

 そこで、インターネットで探してみると、ユーチューブでこの作品を取り上げた2分ほどの映像を見つけることができました。ご覧いただきましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=2FCujuesEB4

 この映像では35秒辺りで、本作が映し出されます。私は一度、この作品を新聞で見たことがありますが、その時はこの作品が若い女性を描いたものだと勝手に思っていました。ピンクの服を着ていますし、スリムな体つきからそう判断してしまったのです。

 今見ても、もし作品についての説明を聞かなければ、そのように思ってしまうでしょう。それほどこの女性の後ろ姿は若く、可憐で、心細げでした。

 それでは、作品を具体的に見てみることにしましょう。

 先ほどご紹介したユーチューブ映像を静止し、撮影したものなので、画像には線が入っていますが、ご了承ください。概略はわかると思います。

ユーチューブ映像より。

 若い女性がたった一人、広い野原で腰を下ろし、草むらに手をついて、誰かを待っている様子です。ピンクの服の肩から腰にかけて射しかかる明るい陽射しが、女性の後姿をことさらに印象付けます。

 最初、この作品を見た時、私はなぜ、この女性はこんなところで腰を下ろしているのか、なぜ奇妙に身体を捻じった姿勢を取っているのか、不思議でなりませんでした。よく見ると、腕がとても細いことがわかります。そのことも気になっていました。

 先ほどご紹介した映像を静止し、部分的に撮影した写真で見てみることにしましょう。


ユーチューブ映像より。

 この写真を見て、なにより妙だと思ったのは、手です。草むらに置いた手の甲と指が異様に太く、女性の手とは思えないほど頑健で、しかも、どの指も汚れています。それに比べ、あまりにも腕が細くて白く、バランスがとれていませんでした。

  同様にして、足元を部分的に撮影した写真がこれです。


ユーチューブ映像より。

 横座りした女性の足元を見ると、スカートからはみ出した脚も、先ほどの腕と同様、まるで骨と皮のように細く、不安定です。これではとても身体を支えることはできないでしょう。女性の腕と手、脚の形状には違和感を覚えざるをえませんでした。

 体幹部に比べて細すぎる手や腕、脚は、身体構造上、リアルな描き方とはいえません。なにより、それ以外の部分のリアリスティックな描写とは明らかに異なっているのが奇妙でした。

 一体なぜ、このような描き方をしたのでしょうか。

 再び、先ほどご紹介した映像に戻ってみましょう。ナレーションでは、この作品の制作動機について、以下のように説明されていました。

 アンドリュー・ワイエスが窓から外を見た時、クリスティーヌが這っているのに気づき、ふいに創作意欲を刺激されたというのです。

 創作意欲を刺激されると、ワイエスはすぐさま、デッサンをしています。それが、下記の図です。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 まさに走り書きです。ただ、これはまだクリスティーヌの姿態と地平線を画面に留めたものにすぎません。この図からは、ワイエスが、彼女が這っているところだけを意識していたことがわかります。

 その後、構図を固め、全体像がわかるように描かれたデッサンがあります。それがこちらです。

ユーチューブ映像より。

 着想段階の図に比べ、地平線が上がった反面、女性の位置が手前に下がり、遠景の家がやや中寄りにズレています。画面全体に罫線が引かれ、モチーフの位置関係が計算された上で決定されていることがわかります。完成作品に近い構図です。ただ、手や腕や脚は曖昧に処理されています。どうやら、この時はまだ、手や腕をどういう形状にするか、脚をどうするか、考えがまとまっていなかったようです。

 私が最初にこの作品を見たとき、手や腕の大きさやバランスが悪くて妙だと思いましたが、ワイエスはこれらのデッサンを残していました。


ユーチューブ映像より。

 これを見ると、腕は細いのに手の付け根の骨格は太く、手の甲と指が太く、ごつい形状に変形しています。

 さらに、右手をつき、横座りになった姿勢の女性のデッサンがあります。左上方には、袖から下の二の腕、関節、腕のデッサンが描かれています。とくに、二の腕が不自然に湾曲して描かれているのが気になります。これらを見ると、ワイエスが右手の腕と関節、二の腕の描き方について悩んでいたことが推察されます。


『丸沼芸術の森所蔵 アンドリュー・ワイエス水彩素描展』より。

 足元を見ると、スカートから覗いた脚はか細く、腰回りも細く、スカートにはかなりのゆとりがあります。この女性の身体は相当、虚弱なのだという気がします。

 Wikipediaによると、クリスティーヌは下半身がマヒしていたと説明されています。そのことがわかると、骨と皮だけのように見えた脚の細さもマヒのせいだったのだと納得できます。手の甲や指が太く、ごつく見えたのは、手と指が足の役割を果たしていたからでしょう。

 調べてみると、彼女の病名はポリオではなく、遺伝性の進行性疾患であるCMT( Charcot-Marie-Tooth disease)だといわれています。

こちら →https://www.gizmodo.jp/2016/05/post_664594.html

 ちなみにこの作品は、ワイエスが1948年に、81.9×121.3㎝サイズの石膏ボードにテンペラで描いたものです。モデルはオルソン家のクリスティーヌですが、この時、彼女は55歳だったといわれています。

 ところが、作品の中の女性は10代か20代の若い女性にしか見えません。腰回りに贅肉が付いていませんし、姿勢に張りがあり、髪の毛もつややかです。

 そこで習作を振り返ってみると、その中の一つに、ドライブラッシュを使った水彩画があります。


ユーチューブ映像より。

 これは、6点ある「クリスティーナの世界」習作のうちの一つで、2Fに展示されていました。水彩で描かれ、透明感のある画風で若い女性の後姿が捉えられています。本作に比べ、やや立ちあがった姿勢で、腰や腿がしっかりと上半身を支えています。腰の捻じり方も不自然ではありませんし、二の腕も不自然に細くはありません。これを見ると、若い女性がごく自然に、地面に手をつき、何かを見ている姿勢に見えます。

 ワイエスはおそらく、試行錯誤を重ねながら、最終的な姿に調整していったのでしょう。その調整の過程で重視されたのが、手や指、腕、脚の描き方でした。先ほどご紹介した手や指、腕、足首などのデッサンを見ると、そのことがよくわかります。下半身マヒの状態で這っていくときの手や腕の形状を把握し、修正を積み重ねていったのでしょう。

■日常性、健気さの中に潜む美の発見

 今回はまず、1Fに展示されていた「オルソン家の秋」、「穀物袋」、「オルソン家の朝食」を紹介し、その後、2Fに展示されていた「クリスティーナの世界」習作を中心にご紹介してきました。これらの作品を通して見えてきたのが、アンドリュー・ワイエスのピュアで清らかな精神世界です。

 「オルソン家の秋」では、透明感のある色調に惹かれました。手前に紅葉しはじめた草花、遠景に建物と樹木が描かれています。興味深いのは、余白に相当する部分が随所に設けられ、情感に満ちた光景になっていたことです。ピュアな印象を受けたのはそのせいでしょう。さらに、建物にあしらわれた白が印象的で、洗練された美意識が感じられました。

 「穀物袋」では、柔らかな陽光の下、膨らんだ穀物袋に健気な労働の成果が浮き彫りにされています。農家ならどこにもありそうな穀物袋が、メインモチーフとして取り上げられ、輝かしく、丁寧に描かれています。ワイエスは、日常生活のありふれた一コマに美を見出し、作品化に成功したのです。

 「オルソン家の朝食」では、一日の始まりである朝食時の光景が、屋外から一つの情景として捉えられています。窓辺に佇む人影、煙突からたなびく煙、そして、破れた窓をふさぐ布といったモチーフに、オルソン家の人々の生活行動、生活倫理の痕跡を見ることができます。

 手前の草むらに咲く小さな白い花が、ひっそりと暮らすオルソン家に彩りを添えています。朝食時の光景を屋外から捉えることによって、オルソン家の生活ぶりを俯瞰し、象徴的に表現することができています。画面を通し、貧しくても健気に生きるヒトの息遣いが感じられました。

 最後に、「クリスティーナの世界」の一連の習作からは、下半身がマヒした女性の健気さと孤独がシンボリックに、そして、美しく作品化されていく過程が示されていました。

 先ほどご紹介したように、この作品を着想した段階の走り書きが残っていました。そこには、這って進む女性の後姿とその対角線上の彼方に矩形のようなもの、そして、地平線がラフに描かれていました。

 走り書きに次いで描かれたデッサンでは、女性の姿勢は修正され、傾きの度合い、腰のひねり具合など、完成作品にほぼ近いものになっていました。ただ、この段階では、手や腕、脚の形状はまだ曖昧でした。

 興味深いのは、デッサンでは女性が曲がりくねった道の上を這っているように描かれていたのに、完成作品ではこの道は消去され、一面、草の生えた野原に変化していました。そして、デッサンにはなかった小さな小屋のようなものが一軒、遠景の中ほどに描き加えられていました。

 デッサンと完成作品を見比べてみると、ワイエスの思考のプロセスを追うことができます。二つ並べて、見比べてみることにしましょう。

デッサン
完成作品

 家に通じる道が消去されたおかげで、女性は硬くごつごつした道を這って進んでいるのではなく、野原で一休みしているように見えます。そして、遠景中央付近に小さな家が一軒、付け加えられたおかげで、構図に安定感が生まれ、孤立感が減じられました。

 デッサンの段階ではおそらく、ワイエスが窓から目にしたクリスティーヌの姿が、そのまま捉えられていたのでしょう。ところが、いざ形にしてみると、それではあまりにも悲劇性が強すぎました。そこで、曲がりくねった道を消去し、辺り一面、草が生い茂る野原に変えたのではないかと私は思います。さらに、小さな家を一軒、描き加えることによって、地平線上の孤立感をやわらげたのでしょう。

 完成作品では、ピンクの服の肩や背中、腰部分に陽光が射し込み、明るさと華やかさが演出されています。よく見ると手や足首は異様なほど細く、手や指はごつく汚れています。ところが、ぱっと見ただけでは若い女性が野原で腰を下ろしている姿にしか見えません。ここでも、色彩と光の取り入れ方によって、悲劇性が抑えられています。

 ピンクの服に背後から射し込んだ陽射しは、野原にも大きく射し込み、温かさと爽やかさ、幸せ感を醸し出しています。ワイエス独特の透明感のある色彩がなんと快く、優しく感じられるのでしょう。

 下半身マヒの女性がたった一人、野原を這って進んでいます。見ていて辛くなってしまうような光景ですが、それほど遠くない彼方に家が見えます。一歩一歩、這い進めば、やがては辿り着ける距離です。そこに希望を見出すことができる構図にしたところに、健気に生きているヒトをエンカレッジしようとするワイエスの気持ちが透けて見えてきます。

 こうして、「クリスティーヌの世界」と一連の習作を比較して見て来ると、ワイエスは目にした現実をそのまま描くのではなく、感情を徒に刺激するような要素は削除し、画面構成に必要なものは現実には存在しなくても、描き加えていることがわかります。

 一連の習作からは、単なる写生をいかに芸術作品に高めていくか、ワイエスが繰り返した試行錯誤の過程を見て取ることができます。

 今回、ご紹介した作品はいずれも、モチーフそのものは日常生活の中で発見されたものでした。ワイエスは何気ない光景の中に見出した健気さを、卓越した画力によって、美に結晶化させてきました。

 彼の創作衝動を突き動かしたものは、健気に生きていこうとするものへの愛惜の情でしょう。はじめてワイエスの諸作品を見て、芸術の美しさ、深淵さに触れたような気がしました。素晴らしい展覧会でした。(2019年4月8日 香取淳子)

「手塚雄二展」:日本美の極致を楽しむ

■手塚雄二展の開催

 2019年3月11日の日経新聞で、日本画家の手塚雄二氏の個展が2019年3月5日から18日まで、日本橋高島屋8Fで開催されることを知りました。展示作品の中には、2020年に鎮座100年を迎える明治神宮に奉納するために制作された、「明治神宮内陣御屏風(日月四季花鳥)」も含まれているといいます。記事にはこの屏風を背景に、手塚雄二氏の写真が掲載されていました。

 

 この作品は日本橋高島屋で展示された後、横浜高島屋、大坂高島屋、京都高島屋を巡回してから本殿に納められ、その後は非公開になるそうです。今、見ておかないと永遠に見られなくなってしまうと思い、3月16日、展覧会場に行ってきました。

 展覧会のタイトルは「手塚雄二展 光を聴き、風を視る」です。会場には代表作から新作まで、過去最大規模の約70点が展示されていました。


ポスター

 このポスターに掲載されている作品のタイトルは、「おぼろつくよ」(91.7×102.7㎝、2012年)です。

 繊細なタッチで描かれた木々の葉の隙間から、おぼろ月が姿を現しています。すっぽりと抜けたような空間に、月がほんのりと霞んで見えます。自己主張することなく周囲に溶け込み、ひっそりと浮かんでいるのです。奥ゆかしさとはこのようなことを指すのだろうという気がしました。

 ひそやかな月の風情を守るかのように、木々が大きく枝を伸ばし、周辺の空を覆っています。水平軸で見ると、木々の葉の色はおぼろげながらも、左から右方向に、紫系、黄緑系、ピンク系へと変化しています。微妙なグラデーションと、その背後の空の霞んだ様子とが見事にマッチし、仰ぎ見た月の美しさが強化されています。

 垂直軸で見ると、木々の葉は、上半分ほどが青紫系で色付けられ、おぼろ月を囲むように淡い黄緑系、下方と右側がピンク系、といった具合に、所々、余白部分を残しながら、場所によって葉の色を微妙に変化させて描かれていました。

 水平軸、垂直軸ともに、グラデーションを効かせた色彩の変化によって、霞みがかった大気に包まれたしっとりとした情緒が描出されていました。おそらく、そのせいでしょう、この作品からは、清澄な空気、大気の気温、木々の揺らぎ、そして、葉のそよぐ音すら感じられます。

 それにしても、なんと情感豊かな作品に仕上がっているのでしょう。おぼろ月に照らし出された空の色合いといい、木々の葉の柔らかな色調といい、描かれたものすべてが調和し、融合しているところに、日本の美の極致を感じました。

 会場を一覧したところ、手塚氏の作品には全般にこの種の美しさが見受けられました。「おぼろつくよ」では、空を見上げた状態で描かれた構図の面白さがあります。さらに、おぼろな光の捉え方の斬新さ、木々の捉え方の大胆さ、葉の捉え方の繊細さ、等々が印象的でした。

 このような特徴は、約70点に及ぶ展示作品の中で、いくつも見出すことができました。それらはおそらく、手塚氏の作品の本質に関わるものなのかもしれません。

 そこで、今回は、①構図の面白さ、②光の捉え方の斬新さ、③木々の捉え方の大胆さ、④葉の捉え方の繊細さ、などの点で、特に印象に残った作品を取り上げ、ご紹介していくことにしましょう。

 それでは順に、上記のような特徴が見られる作品を見ていくことにしましょう。

■構図の面白さ

 斜めの線を取り入れ、画面に新鮮な感覚を生み出していた作品がいくつかありました。特に印象に残ったのが、「嶺」と「裏窓」です。

●「嶺」

 構図の面白さが際立っており、しばらくこの作品の前で佇んで見入ってしまいました。「嶺」(205.6×178.0、1990年)というタイトルの作品です。


図録より。

 嶺とは山の頂上、尾根といったような意味の言葉です。ところが、作品を見ると、「嶺」といいながら、山ではなくて、万里の長城でした。一瞬、違和感を覚えましたが、万里の長城は尾根伝いに築き上げられていることを思い出し、この作品はまさに「嶺」なのだと納得しました。

 あるいは、万里の長城が北方民族の侵略を避けるために造営されたことに着目すれば、「嶺」はウチとソトを分ける分水嶺ともいえるでしょう。

 画面の大部分を占めるのが、古びたレンガで造られた通路で、その両側は、レンガでできた低い壁で覆われています。遠方には敵台が見え、沈む夕陽に照らされた通路や壁のレンガの一部が明るく輝いています。頂上付近を見上げる位置から長城の一端が捉えられ、作品化されていました。

 興味深いのは、この通路の頂上がやや右下がりの斜めの線で描かれていることです。足元のレンガも同様、すべてのレンガがやや右下がりになるよう描かれています。ですから、水平であるべき通路が傾いているように見えます。そして、右側の壁は大きく左に湾曲しているのに左側の壁はそれほどでもありません。そのせいか、この通路全体が揺らぎ、うねっているように見えてしまうのです。

 この構図が気になって、しばらく見ていました。

 斜線や曲線で構成された通路と壁は、建造物というよりも何か壮大な生き物、例えば龍のようなものを連想させます。そう思うと、遠方に見える敵台は龍の頭部に見えなくもありません。

 通路に不自然な斜線が取り入れられているので、観客は軽い違和感を覚え、想像力が刺激されてしまいます。見えるものの背後に、何があるのか見ようとするのです。その結果、観客は、ただの建造物でしかない通路や壁に、時の流れや生命体を感じ、なんともいえない情緒を感じるようになります。

 仮にこの通路が水平に描かれ、不自然な傾きを見せていなかったとしたら、この作品が放っている不思議な情緒を生み出すことはできなかったでしょう。

 再び、作品に戻ってみましょう。

 残照を浴びた通路の上方が、明るく照らし出されています。沈みかかった夕陽が、最後の力を振り絞って、地平線近くから光を放っているのでしょう。画面の真ん中辺りだけが明るく、残照に照らし出されています。そのおかげで遠方の敵台が黒く浮き彫りにされ、ここが万里の長城の一角であることを改めて思い知らされます。

●「裏窓」

 建物の中から空を見上げた仰角の構図で描かれた作品です。建物を描いた作品としては、これまでに見たこともないとてもドラマティックな構図でした。

裏窓
図録より。

 タイトルは「裏窓」(217.4×166.6㎝、1992年)です。おそらくヨーロッパの街の一角なのでしょうが、このタイトルからは何の手掛かりもありません。そこで、手塚氏の年表を見ると、制作年の1992年は日本におられましたが、その前年の1991年にはフランス、イタリアを取材旅行されていました。おそらく、その時に構想された作品なのでしょう。

 この作品を見ていると、まるで地底から上空を見上げているかのような錯覚に陥り、閉塞感に襲われます。周囲の建物は堅固な石造りで、窓には鉄柵が取り付けられています。そして、外部に通じる空間としては、凸型に区切られた空だけです。

 日本人の感覚からすれば、息が詰まりそうな思いがする画面構成でした。

 もっとも、そこに西欧の生活文化の一端を見たような思いがしました。建物の壁面や屋根で区切られた矩形の空から、わずかな光が射し込んでいます。射し込む光に照らし出された箇所だけ、モノの形が見え、色が見えるのです。よく見ると、開け放たれた窓の外扉が、緑色に塗られていることに気づきます。

 ひょっとしたら、ここで暮らす人々は植物を渇望し、それに擬して、窓の外扉を緑色にしたのでしょうか。目立たないように取り入れられた緑色の中に、ここを生活空間として日々、生活を営む人々の工夫の跡を見ることができます。ヒトが描かれていなくても、ヒトの気配が感じられるのです。

 この作品は、構図に妙味があるばかりか、光の捉え方が絶妙でした。わずかな空間から射し込む光によって、建物の一角を端的に捉えたばかりか、必死で生きようとしている人々の工夫の跡を照らし出したのです。

■光の捉え方の斬新さ

 間接的な光によって、どこでも見かけるような風景を、別世界に変貌させた作品がいくつか展示されていました。特に印象に残ったのが、「こもれびの坂」と「炫」です。

●「こもれびの坂」

 会場でこの作品を見ると、左下から右上にかけての対角線によって、画面がほぼ二分割されていることに気づきます。それをベースに、上部から中央付近にかけて、木々の葉を通して、光が降ってくるという構成です。

 空から降り注ぐ光は、葉陰の形状に応じて坂道やその側面を照らし出し、まるで自由自在に模様をつけているかのようでした。大小さまざまな形状を地面や土の斜面にきらきらと浮き彫りにしているのが美しく、しばらく見惚れていました。

こもれびの坂
図録より。

 作品のタイトルは「こもれびの坂」(116.7×72.7㎝、1996年)です。

 一見、山道ならどこにでもありそうな光景ですが、葉陰からこぼれ落ちた光が、坂道を舞台に、非日常の煌びやかな空間を創り出していたのです。この場所、この瞬間でしか見ることのできない光景を、手塚氏は見事に結晶化し、印象深い作品に仕上げていました。

 左側から斜め右上方向にかけて、木々の暗さが画面を覆っています。その背後から射し込むわずかな光が、地面や土の斜面にさまざまな文様を創り出しています。人工の光と違ってピンポイントで照らし出されるわけではなく、葉が風にそよげば、それに応じて光が射し込む空間域が異なり、地面や斜面の文様もその都度、変化します。まさに自然が創り出したアート空間といえます。その瞬間を巧みに捉え、丁寧に美しく仕上げたのがこの作品です。

●「炫」

同じように、坂道を描いた作品があります。こちらも光の捉え方がすばらしく、印象的でした。



図録より。

 作品のタイトルは「炫」(170.0×215.0㎝、1988年)です。日本語ではあまり見かけない文字ですが、ゲンと読むようです。まぶしく照らす、目を眩ませるといったような意味があります。

 画面を見ると、確かに、坂を上った先は眩しい光に溢れていて、目がくらみそうです。木々の葉は黄金色に輝き、道路さえも上方は明るく浮き立って見えます。もちろん、道路の両側の岩のようなものも、光が当たっているところは輝きを増し、存在感を高めています。

 しかも、この光が光源からの直接的な光ではなく、木々の葉を通して射し込む陽光なので、眩しいとはいえ、柔らかく、優しく、見る者を浮き浮きした気持ちにさせてくれます。両側が暗く、真ん中が明るい陽光で照らされた道路なので、その先には、平安な世界が待ち受けているのではないかとも思わせてくれます。辺り一面を満遍なく包み込むような、慈愛を感じさせる色調が印象的でした。

 自然とともに生き、自然のさまざまな局面に美しさを見出してきた日本人の感性をここに見たような気がします。風景画でありながら、日本の精神文化を感じさせてくれる作品でした。

■木々の捉え方の繊細な美しさ

 樹木の豊かさ、深淵さを表現した作品がいくつか目に留まりました。中でも印象深かったのが、「静刻」と「新緑の沼」です。

●「静刻」

 実在する木々よりも水面に映った木々の方を大きく描き、意表を突く世界が描き出されていたのが、「静刻」(91.0×72.8㎝、1986年)です。これまでに見たこともないような構図でした。

静刻
図録より。

 会場でこの作品を見たとき、構図の面白さと水面を照らす柔らかい光に引き付けられました。画面の色構成にさわやかな美しさがあったのです。

 画面の上方、木が生えている辺りは輝きのあるオーカー系、そして、木の根元近くの水面は明るいイエロー系、遠ざかるにつれ、淡い黄緑系が広がり、そして、右下にごくわずかマリン系の色が置かれています。それらの色が帯状に、右から左下方向に流れるように配されているのです。まるで虹のような輝きと装飾的な美しさを感じました。

 色と色の間はグラデーションで境目を目立たせず、穏やかなトーンで処理されているところ、見ていて気持ちが和みます。切れ味の良さを感じさせながらも、さわやかな佇まいが印象的な作品でした。

●「きらめきの森」

 「静刻」と似たような色遣いで、木々が描かれている作品がありました。六曲一隻の屏風です。

きらめきの森
図録より。

 「きらめきの森」(172.6×360.0㎝、2005年)というタイトルの屏風で、横長サイズの画面に多くの木々が描かれています。こちらは「静刻」とは逆に、手前に輝きのあるオーカー系、その後ろに淡いベージュ系、そして、中ほどから上が黄緑系といった色の帯でモチーフが包み込まれていました。

 色が水平に帯状に置かれていたせいか、垂直に立つ木々の境界が曖昧になり、全体に靄がかかっているような空間が生み出されていました。その結果、モチーフはそれぞれ個として存在するのではなく、全体の雰囲気の中で存在しているように見えてきます。

 ふと見ると、画面の中央付近に黒っぽい小鳥が一羽、飛んでいるのに気づきます。悠然とした森の中で、誰からも脅かされることなく、低い位置で飛んでいるのが印象的でした。鳥や木々、そして、この空間に存在するものすべてがしっくりと調和し、生きている様子がうかがい知れます。この作品を見ていると、不意に、平和、平安という言葉が脳裏をよぎりました。

●「新緑の沼」

「きらめきの森」と似たような構図の作品が展示されていました。同じように横長の作品です。

新緑の沼
図録より。

 「新緑の沼」(175.0×355.8㎝、2017年)というタイトルの作品です。これは、チラシに掲載されていた近作です。新緑のさわやかさが余す所なく描かれており、思わず引き込まれて見てしまいました。構図は「きらめきの森」と似ていましたが、色遣いやモチーフの扱いなどは明らかに異なっており、こちらは奥行きが感じられる画面構成になっていました。

 靄がかかっているのでしょうか、全体にぼんやりとしています。手前は背後からの暗い影が地面に落ち、中ほどは草の色がやや鮮明になっていますが、その後ろはうっすらと白く霞み、幻想的な空間が広がっています。

 手前から中ほどにかけての木々は一本、一本、丁寧に描き分けられています。まるで木にも個性があるかのようです。それに反し、遠方の木々は淡い色彩とぼんやりとした形状で表現されていますから、遠近感が明確で、木立が遠くまで広がっている様子がうかがいしれます。

 地面から立ち上る湿気が、靄を作っているのでしょう。それが木立全体に広がり、ここに存在するもの全てを優しく包み込んでいるように見えます。木々がそれぞれ個性を打ち出しながらも、見事に全体と調和し、平穏な空間が創出されていました。靄を描き込むことによって、画面にしっとりした統一感が生み出されているのです。

 見ていると、次第に内省的になっていくのを感じます。とても精神性が感じられる作品でした。日本ならではの風景美が表現されているといえるでしょう。

■葉の捉え方

 葉の捉え方が面白く、印象に残る作品が何点か展示されていました。ここでは、「秋麗」と「麗糸」をご紹介しましょう。

●「秋麗」

 チラシに掲載されていた作品です。作品のサイズは78.0×111.0㎝で、2015年の制作です。

秋麗
図録より。

 緑色を残している葉もあれば、青味がかった葉、朱や黄色などに紅葉した葉、さらには色のくすんだ枯れ葉もあります。画面の左上と右下をつなぐ対角線のやや下辺りに余白を残し、それ以外はほとんど、大小さまざま、色とりどりの葉がそれぞれ向きを変え、形状を変えて画面を覆っています。このような画面構成には、色彩の競演がもたらす華やかさがあり、紅葉そのものの多様性を鑑賞できる効果がありました。

 よく見ると、紅葉した葉にはいくつもの穴が開き、落下寸前の状態だということがわかります。生命体が果てる寸前に見せる美しさだといっていいでしょう。欠けたもの(穴のあいた葉)、滅びるもの(枯れ葉)に美しさを感じる日本的な感性を感じ取ることができます。

 そして、余白部分に伸びた枝先に、小鳥が一羽、留まっています。うっかりすると見落としてしまいかねないほど小さく描かれています。この作品のメインモチーフが紅葉した葉だからなのでしょうか、まるで遠慮しているかのように描かれているところにも、日本的な感性が感じられました。

 もちろん、葉よりも小さな小鳥を余白部分に加えることによって、画面が引き締まり、紅葉したさまざまな色彩が醸し出す華麗さが強く印象づける効果はありました。

 興味深いのは、画面の上方から中ほどにかけての背景が、淡い褐色で色づけられていることでした。これによって、さまざまな色で描かれた葉にまとまりが生まれ、動的な様相を保ちながらも、一種の秩序が生み出されています。安定感のある構図になっているのです。

 この作品にも、構図の面白さとモチーフの配置のユニークさに加え、画面に統一感を与える帯状の色彩ゾーンが導入されており、印象的でした。

●「麗糸」

 葉の捉え方のユニークさに驚いたのが、「麗糸」(116.7×80.3㎝、1999年)です。

麗糸
図録より。

 蜘蛛の巣にひっかかった葉がいくつも、まるで糸でつながれた琥珀のネックレスのように優雅に描かれています。地面に落ちてしまうはずの枯れ葉が、蜘蛛の巣にひっかかって固定され、時に風に揺らぎながらも、思いもかけない美しさを見せているのです。

 よく見ると、その中心に黒い蜘蛛が描かれ、四方に伸びる糸をコントロールしています。蜘蛛が描かれた中ほどのゾーンの背後は、まるで光に照らし出されたかのように、淡く明るいベージュ系が配され、そこから上下に向かってグラデーションで暗みを増していき、上と下は柔らかい黒が配され、闇のようです。

 背景色に暗さが増すにつれ、蜘蛛の糸が目立ってくるという仕掛けです。

 この作品を見ていると、何気ないところに美しさを見出し、それを作品化してしまう構想力と画力に感嘆せざるをえません。

■日本の美を再発見し、楽しむことができた展覧会

 この展覧会には、「光を聴き、風を視る」というサブタイトルがついていました。手塚雄二氏の全作品を俯瞰すれば、おそらく、このように表現するのがふさわしいのでしょう。ところが、私は、多くの作品からむしろ、湿気や気温、空気、そして光の扱いの素晴らしさを感じさせられました。

 最初にいいましたように、私が展示作品を一覧して感じたのは、①構図の面白さ、②光の捉え方の斬新さ、③木々の捉え方の大胆さ、④葉の捉え方の繊細さ、等々でした。ですから、そのような観点から印象に残った作品をご紹介してきました。

 まず、構図の面白さという観点から、「嶺」、「裏窓」をご紹介しました。いずれも、外国の建造物をモチーフにした作品です。モチーフの選び方、扱い方、見せ方に意表を突く斬新さを感じました。いずれも堅固で頑丈に思えるレンガ造りの通路や壁、石造りの建物がモチーフでした。

 画面の大部分がそれに割かれているので色調も暗く、見ていると、息が詰まりそうな気持ちになってしまうのですが、そこにわずかながら陽射しを取り込むことによって、ヒトが生きる空間に変貌させられていました。歴史を感じさせ、生活文化を感じさせられたのです。全般に暗い画面の中で、イエローオーカー系の柔らかな色が効いていました。

 光の存在がいかにヒトの心を和ませるか、ヒトの生活に不可欠なものか、改めて感じさせられました。構図が面白いと思って取り上げた「嶺」、「裏窓」でしたが、いずれも光の捉え方もまた見事でした。

 光の捉え方という観点から、取り上げたのが、「こもれびの坂」と「炫」でした。いずれもどこかで見たことがあるような光景でしたが、それが、自然が織りなす美として結晶化されていました。

 光の量によって葉の色が異なり、照らし出される面積によって、土もまた微妙に色合いを変化させています。山中の坂道はこのとき、風によっても異なり、光によっても異なる動的なアート空間になっていたといえるでしょう。美しさを発見する視点の素晴らしさを感じました。

 そして、木々の捉え方の大胆さの観点からご紹介したのが、「静刻」「きらめきの森」「新緑の沼」でした。ここでは大胆な構図を取ることによって、私たちが普段、何気なく見ている木々に新たな光が当てられていました。そうして見えてきたのが、穏やかな陽光、湿り気のある空気、風の気配などです。

 最後に、葉の捉え方の斬新さという観点からご紹介したのが、「秋麗」、「麗糸」でした。穴のあいた葉や枯れ葉がこれほどまでに美しく見えるとは思いもしませんでした。

 ご紹介した作品を振り返ってみると、期せずして、いずれも日本美の極致とでもいえるものだったことに気づきます。私たち日本人は古来、風や大気、光に感応し、目にははっきりと見えないものに美しさを見出し、歌に詠んできました。手塚氏の作品にはこの種のきわめて捉えにくいものが、卓越した構想力と画力でみごとに表現されていたのです。

 私たち日本人はまた、穴のあいた葉や枯れ葉などの欠けたもの、生命を失う寸前のものにも、美を見出してきました。美は春や青春の中にあるのではなく、秋や老残の中にもあるということを古くから日本人は認識していたのでしょう。手塚氏はそのような感性で捉えた光景をさまざまに作品化してきました。

 さらに、手塚氏の作品の多くには、光によってモチーフが独特の風情で浮き彫りにされ、大気や風がそこはかとなく漂う気配が表現されていました。全般に繊細で柔らかな色調で画面が構成されていたせいでしょうか、個々のモチーフが全体と調和し、溶け込んでいるのが印象的でした。

 森羅万象、すべてのものが一つの大気の中に包み込まれていることを感じさせてくれたのです。

 手塚氏の諸作品を見ていると、ふと、日本人の感性はこうだったのかと思わせられるところが随所にありました。諸作品に気持ちの奥底で深い共感を抱いてしまったのは、おそらく、この種の感性が作品に反映されていたからでしょう。日本美の極致を楽しむことができた素晴らしい展覧会でした。

 印象に残った作品をご紹介するのに夢中になってしまい、肝心の 「明治神宮内陣御屏風(日月四季花鳥)」を忘れてしまっていました。 また機会があれば、ご紹介することにしましょう。 (2019年3月22日 香取淳子)

JOSHIBISION展覧会:チャレンジする新しい才能との出会い

■「JOSHIBISION2018-アタシの明日―」の開催

 「JOSHIBISION2018-アタシの明日―」が2019年3月1日から6日まで、東京都美術館で開催されました。ここでは、女子美術大学の大学院・大学・短期大学部の学生及び卒業生の中から厳選された作品が展示されています。2018年度女子美術大学の成果を一望できる貴重な展覧会でした。私は最終日の3月6日、訪れました。

会場入り口

 展示作品はどれもさまざまな工夫が凝らされていて、見応えがありました。今回は、とくに印象に残った三人の作家の作品を取り上げ、ご紹介していくことにしましょう。

 会場に入ってすぐ、目に飛び込んできたのが、中村萌氏(2012年、大学院修士課程修了)の作品でした。

■中村萌氏の三作品

 造形された子どもたちの表情がなんともいえず可愛らしく、思わず、立ち止まってしまいました。見た瞬間に気持ちが引き込まれてしまったのです。きわめて訴求力の高い作品でした。

中村萌氏の作品

 向かって右の作品を展示した台の下に、これら三作品のタイトルがまとめて書かれていました。向かって右が「Hello darkness」(油彩、楠)、向かって左が「waiting for spring」(油彩、楠)、そして真ん中が「cloud child」(油彩、楠)です。

 奇妙なタイトルだと思って、しばらく作品を見ているうちに、それぞれ、一日の時間帯、季節、天候を示すタイトルだということがわかってきました。

 「Hello darkness」では、子どもが右手を高く掲げ、「夜さん、こんにちは」(Hello darkness)といっている様子が表現されています。そして、「waiting for spring」では、ひたすら「春を待ちわびて」(waiting for spring)、寒さで縮こまっている様子の子どもが造形されています。さらに、「cloud child」では、「どんよりとした雲の中で佇む子ども」が創り出されています。子どもの姿を借りて、夜、冬、雲が擬人化されているのです。

 いずれの作品も、ともすれば、気持ちが暗くなってしまいがちな環境下で、子どもが健気に生きている様子がしっかりと、しかもユーモアを込めて表現されていました。一見、奇妙だと思ったタイトルが、実は、造形された作品の趣とぴったりと合っていることがわかります。

 どの作品にも、素朴な中に愛らしさがあるばかりか、力強い生命力が感じられました。木材(楠)にくすんだ色の油絵具で着色されているせいでしょうか。土着の強さ、揺るぎのなさ、そして、子どもたちの健気さまでもが巧みに表現されていたのです。

 観察力が鋭く、造形力が確かだからこそ、これだけの作品を制作することができたのでしょう。これらの作品を見ていると、次第に気持ちが和んでいくのを感じました。そればかりではありません、現代社会に生きる私たちが見失ってしまったものが何なのか、作品が教えてくれているような気がしてきたのです。作者が卓越した抽象化能力の持ち主だったからでしょう。表現されたものの背後にある真髄まで堪能することができました。しっかりとした概念の下で、これらの作品が制作されていたことがわかります。

 次のコーナーで目を奪われたのが、村野万奈氏(大学3年、美術学科洋画専攻)の作品です。

■村野万奈氏の「shelter」

 まず、作品が大きな布に描かれているのに驚いてしまいました。しかも、3つの作品が展示されていたのに、タイトルは一つ、「shelter」(アクリル、油彩、色鉛筆、綿布)でした。

 取り敢えず、展示順に三作品をご紹介していきましょう。便宜的に番号を振りました。


「shelter」 1

 木々の陰に子どもたちが隠れています。半身を隠しながら、どの目もじっと観客側を見ています。いったい、何があるのでしょうか。とても気になる絵柄です。

 次に展示されていた作品では、囲われた中を若者たちが俯き加減で、同じ方向に向かって歩いています。ところが、どういうわけか、一人だけ観客の方に顔を向けている若者がいます。なぜなのでしょうか。この作品も気になります。


「shelter」 2

 そして、最後の作品です。


「shelter」 3

 多数のヒトが描かれていますが、観客側を見ている者は一人もいません。ここでは観客への問いかけはなく、作品が画面の中で完結しています。何か異常事態が発生したのでしょうか。男女さまざまなヒトが輪になって集っているシーンです。手前に草木、そして、背後に山のようなものが描かれていますから、ここで集っている人々はコミュニティのメンバーのようにも見えます。

 幸い、タイトルの下に説明文のようなものが書かれていました。

「もういいや、隠れよう。

 きっと見つけてくれるよ。

 その時まで、バイバイ。また会おうね。」

 おそらく、これらのフレーズの一つ一つがそれぞれの絵の概念になっているのでしょう。一連の作品に、観客の注意を喚起し、興味を呼び起こし・・・、という流れを見ることができます。ストーリー性のある作品でした。

 この作品で興味深かったのは綿布を支持体としていたことでした。しかも、大きな綿布の上にアクリル、油彩、色鉛筆で着色されていたのです。その布が吊り下げられているのですから、当然のことながら、絵具の重みで画面には皺ができ、弛みができます。上部の弛みはとくに印象的でした。それらの微妙な弛みや揺らぎが恰好の空気感となって、画面を一種の生命体のように息づかせていたのです。新しい表現手法に工夫の跡が感じられ、素晴らしいと思いました。

 最後のコーナーで、斬新な感覚に溢れていたのが、サ・ブンティ氏(大学院1年、美術研究科前期課程、洋画研究領域)の作品です。

■サ・ブンティ(ZHA Wenting)氏の「八駿猫」

 大きな平台に置かれていたのが、サ・ブンティ氏の「八駿猫」(アクリル、色鉛筆、インク、水彩紙)でした。なによりもまず、作品の大きさとモチーフの斬新さに驚いてしまいました。


サ・ブンティ氏 の作品

 会場におられたサ・ブンティ氏に尋ねてみると、作品自体の大きさは3m×1mで、表装した状態では3.6m×1.3mにもなるそうです。平置きなので俯瞰することができず、全体像がよく見えませんでした。そこで、壁に掛けた状態で撮影した写真を、サ・ブンティ氏から見せてもらいました。

 この写真を見ると、8頭の馬が水面を激しく蹴散らしながら疾走している様子がよくわかります。縦にして見ると、馬に蹴散らされた波が荒々しく立っている様子がくっきりと見えてきました。そして、水面の色と背景のピンク系の淡い色の濃淡がよく調和し、モチーフを柔らかく包み込んでいることに気づきます。

●「八駿猫」

 画面の右上に「八駿猫」と書かれています。この作品のタイトルですが、聞いたことのない言葉です。そこで、タイトルの下に書かれている説明文を読むと、以下のように書かれていました。

「動物も人間社会のような環境を持っていると仮定すれば、動物の目から見たこの世界は全く異なる物なのではないだろうか。今この思想に基づいて、連作を創作している。
この作品は、ネコの頭と馬の身体が融合して生まれた新しい神獣をイメージして出来上がったものだ。構図は中国水墨画「八駿馬」に基づいている。」

会場での説明文より。

 どうやら、「八駿馬」、「ネコの頭と馬の身体が融合した新しい神獣」というのがこの作品のキーワードのようです。そう考えると、「八駿馬」に基づき、「八駿猫」というタイトルのこの作品が生み出された経緯を理解することができます。

 それでは、具体的に作品を見ていくことにしましょう。

 白、グレー、茶、卵黄、さまざまな色の馬が重なり合って、水しぶきを上げながら疾走しています。宙に浮かんだ脚、水面を蹴散らす脚、駿馬たちが目にも止まらない速さで描けていく様子が、躍動感に溢れた構図で描かれています。どの馬も脚、胴体、臀部などの筋肉の付き方が見事です。この部分が「八駿馬」に相当するのでしょう。

 頭部を見ると、大小さまざまな猫がさまざまな表情を浮かべています。左端の猫は大きく目を見開いてきょとんとした顔をしていますし、その右の白い猫は顔を上に向け、愛らしい横顔を見せています。そして、グレーの猫は恥じらう様子を見せながら、顔をそっと観客側に向けています。その右の茶色の猫は観客側を見つめ、右端の猫は大きく口を開けて顔を上に向け、怒ったような表情を見せています。

 画面が大きすぎて、5匹の猫の顔を収める写真しか撮影できませんでしたが、これが「八駿猫」に相当するのでしょう。さまざまに描き分けられているところに、卓越した画力を感じさせられました。毛の一本一本が色鉛筆で描かれているのです。

 これを見ていると、一口に猫といっても実体はさまざまだということがわかります。色や毛並みが異なれば、顔付きも異なっています。それぞれの性格を反映するかのように表情もさまざまに表現されていました。人間社会と同様、猫もまたそれぞれ、個性をもつ存在であることが示されています。そして、それらが全て逆さまに描かれているところに、メッセージ性が感じられます。

●「八駿馬」vs「八駿猫」

 調べてみると、「八駿馬」は紀元前11世紀ごろ、周王朝の穆王が所有していたという8頭の駿馬を指すことがわかりました。「絶地」(土を踏まないほど速く走れる)、「翻羽」(鳥を追い越せる)、「奔霄」(一夜で5000㎞走る)、「越影」(自分の影を追い越すことができる)、「踰輝」と「超光」、(いずれも、光よりも速く走れる)、「騰霧」(雲に乗って走れる)、「挟翼」(翼のある馬)、といった具合に、8頭の駿馬がいかに速く走るかがさまざまに形容され、説明されていました。

 ただ、それだけでは具体的なイメージを思い浮かべることができません。そこで、画像を検索してみると、さまざまな画像が見つかりました。その中で最もわかりやすいものを一つご紹介しておきましょう。

 こちらは水墨画のように抽象化されていないので、わかりやすく、イメージしやすいと思います。水面を蹴散らすように駆け抜ける8頭の駿馬の様子が克明に描かれています。野を駆け、川を駆け、海までも駆け抜ける勢いが伝わってきます。とてもリアルな画像です。

 再び、サ・ブンティ氏の作品に戻りましょう。

 具象画の「八駿馬」とサ・ブンティ氏の「八駿猫」を見比べてみると、「八駿猫」で描かれた世界がいかに可愛らしく、ファンタジックに仕上げられているかがわかります。

 「八駿馬」に基づいて書かれていますから、「八駿猫」でも8頭の馬が水面を駆けている様子が描かれています。水しぶきが激しく散っていますから、駿馬の速さを容易に想像することもできます。

 「八駿馬」と決定的に異なっているのが、頭部の表現とピンク系の背景色、そして、波間に漂う魚のようなモチーフです。これらの要素こそ、この作品の独自性であり、伝統に持ち込まれた革新性であり、さらには、観客が「八駿猫」にファンタジックなものを感じる要因になっているのでしょう。

●構想と構成

 駿馬が疾走する足元の水面に、何やら妙なものが見えます。よく見ると、この奇妙なものは波間に漂うように、随所で浮遊しています。

 尾ヒレ、背ヒレが描かれていますから、きっと魚なのでしょう。ところが魚の顔に相当する部分には眉や鼻、口が描かれており、明らかに人間の顔をしています。まるで人面魚のようなものが波間に浮かんでは消えていくように描かれているのです。

 サ・ブンティ氏に尋ねてみると、もし私がこの水面下にいる魚だったら、何が見えてくるだろうかと思って描き込んだといいます。そして、これも作品コンセプトに基づくものだと説明してくれました。

 そういわれてみると、猫の顔を逆さまにする、魚の顔を人間にする・・・。一見、奇妙に思えたモチーフの描写も、実は、ヒト中心で動いている現代社会への問いかけではなかったかと思えてきます。

 ヒト中心に組み立てられた世界は、動物から見れば、どう見えるのか。ヒトが劣位に置かれた場合、世界はどう見えてくるのか。さらには、ネガティブなイメージはポジティブなものに変換できるのか、といった具合に、この作品にはいくつものテーマが含まれており、知的な刺激を受けました。

 この作品を見ていると、絵画は非言語的な媒体だといいながら、実は、明確なコンセプトに基づいた論理的な画面構成がいかに重要かを思い知らされます。つまり、構想を作品化する過程で、言語的な処理が必要なのです。論理的に作品化を考えたからこそ、作者は画面上の全てのモチーフを、整合性を保って配置することができたのでしょう。

■チャレンジする新しい才能との出会い

 この展覧会に参加し、素晴らしい作品に出会うことができました。ここでは特に強く印象づけられた三人の作家をご紹介してきました。三者三様、チャレンジ精神にあふれており、新しい才能の出現を感じさせられました。

 中村萌氏は、木材(楠)に油絵具で着色するという技法で、独自の作品世界を構築していました。作品はどれも一見、可愛らしく、微笑ましく、ほのぼのとした印象が強いのですが、実はとても力強く、観客の気持ちを本源的なところで強く揺り動かす力がありました。

 そして、村野万奈氏は、綿布にアクリル、油彩、色鉛筆で着色するという技法で、独特の世界を創造していました。三つの展示作品にタイトルは一つでしたから、三幕構成で制作された作品だといえるでしょう。一幕目と二幕目は謎を残すような画面構成でした。ストーリー性のある作品構成に新鮮さをおぼえました。

 最後に、サ・ブンティ氏は、水彩紙に、色鉛筆、アクリル、インクで着色し、伝統を踏まえながらも、見たこともない斬新な作品世界を生み出していました。コンセプトが明確で、しかも、きわめて論理的に作品化されているところに豊かな知性を感じさせられました。

 ご紹介した三人の作家の作品を見ていると、新しい才能が次々と誕生しつつあることを感じさせられます。いずれもモチーフや表現技法、素材の可能性に挑戦し、独特の世界を創り上げようとする熱意が感じられました。そこに、芸術家に必要なチャレンジ精神を見たような思いがしました。今後、彼女たちがどのような表現世界を展開してくれるのか、おおいに期待したいと思います。(0219/3/8 香取淳子)

アジア創造美術展2019 ②:多様な墨芸術の胎動

■多様な国、文化を踏まえた作品

 前々回のブログでお伝えしたように、「アジア創造美術展2019」は、明確なコンセプトの下、多様な作品が展示されており、とても見応えがありました。先回、ご紹介しきれなかった作品をピックアップし、今回、取り上げてみたいと思います。

 振り返ってみると、改めて、なんと国際色豊かな展覧会だったのかと思います。水墨画でありながら、中国、ロシア、スイス、イギリス、ポーランド、バングラデシュ、モルドバ共和国など、海外から多数、出品されていました。出品者の国や文化が多様なら、年齢もさまざまでしたし、作品様式も多彩でした。

 絵画形式の作品はもちろんのこと、伝統的な軸があるかと思えば屏風があり、灯籠があるかと思えばオブジェがあるといった具合です。いずれも墨だからこそ表現できる特性が際立つ作品ばかりでした。墨芸術が国境を越え、いかに幅広くさまざまな地域に浸透し、享受されているかがわかります。

 会場の一端をご紹介しましょう。

会場風景

 

 今回は、多数の作品の中から印象に残った作品をいくつか、ご紹介していくことにしましょう。

 全体をざっと見て、その中から、①民族文化の滲み出た作品、②新奇性、先進性、テクノロジーを取り込んだ作品、③実在感、ニュアンスの表現に優れた作品、という観点から、それぞれ2,3点ずつ取り上げてみました。作者にお話しを聞く機会がなかったので、誤解しているところがあるかもしれませんが、その点はご了承いただければと思います。

■民族文化が滲み出た墨芸術

 モチーフの背後から民族文化が色濃く滲み出ている作品がいくつかありました。張暁文氏の「湧」と久山一枝氏の「菊花」です。いずれも民族文化を踏まえながらも、現代的要素が取り入れられており、印象的でした。

 それでは、順に、ご紹介していきましょう。

●張暁文氏の作品

 入口近くに展示されていたのが、張暁文氏の「湧」という作品です。4枚の絵が段差をつけて、右から左に下がっていくようにレイアウトされていました。賛助出品として展示されていた作品です。

 

 4枚の絵に共通するのは、墨の濃淡で表現された拡散性のある図柄です。作者の制作意図がどういうものだったのかわかりませんが、取り敢えず、観客の目から見た解釈を試みてみましょう。説明しやすくするため、4枚の絵に左下から順に番号をふってみました。

 まず、左下の作品(①)から見ていくことにしましょう。

 画面の下半分に、墨の濃淡で表現された洞窟のようなものが見えます。中央左付近には深い窪みがあり、上半分は淡い黄色や紫色の痕跡がごくわずかに残る乳白色が広がっています。そのせいか、この部分は洞窟の中の鍾乳石に見えます。

 その鍾乳石に見える岩盤状のものに所々、丸い穴が見えます。波の浸食作用によって形成されてきた石灰石のようなものの中に、大小さまざまな穴が開いているのです。所々、白い突起物のようなものも見えます。何千年もの時を経て、創り出されてきた洞窟の中の形状が独特で、とても印象的でした。

 興味深いことに、白い突起物のようなものは拡散性を持ちながらも、画面の内側に向いています。精巧に作られた文様のように見えなくもありません。ですから、この洞窟のようなものは、長い年月を経て形成された基層となる文化が象徴されているように見えます。

 次に、その隣の作品(②)を見てみることにしましょう。

 この絵は全般に明るく、暖かな印象があります。背景にごく淡い赤、黄色などが取り入れられているせいでしょう。淡いグレー地のあちこちに、淡い赤や黄色が境界も曖昧なまま、滲みが広がった状態で配されているのです。

 線や円が多用されており、どちらかといえば、わかりやすい図柄です。左下から放射線状に多数の線が伸び、その上に大小さまざまな円が拡散するように描かれています。グレー地に淡い赤や黄色が散った背景の上に描かれているせいか、

 大小さまざまな墨の円がパっと咲いた花のようにも見えます。これらの円は多様な形で結実した文化の結晶と見ていいのかもしれません。

 それでは、その右隣の作品(③)を見てみましょう。

 この作品からは、荒れ狂う海が連想されます。タッチの強弱や明暗を軸に、墨のさまざま表現技法を駆使して描かれています。そのせいか、激しさ、荒々しさが際立って見えます。画面の下半分は波が大きく打っては返す様子が描かれています。白く描かれているとことは波頭が立っているところなのでしょうし、黒く見えるところは沈み込んだ海面なのでしょう。

 上半分に見える小さな黒点や白点は、激しく飛び散る波しぶきなのでしょう。高くそそり立った波しぶきのせいで周囲が曇り、空も見えなくなっています。この作品で表現されているのは、これまで蓄積されてきたものすべてが破壊されるほどの異変、まさに、天変地異ともいえるほどの激変です。

 最後に、右端の作品(④)を見てみることにしましょう。

 この作品には②と同様、部分的に着色されています。墨が基調であることに変わりはないのですが、画面の下半分から上方に向けて黄色の濃淡が同心円上を中心に向かっていくように形取られています。

 左下方から右にかけて、墨のかすれや濃淡を使いながら、大きな弧が3つ描かれています。求心的な構造になっていると思ったのはこの弧のラインの一端が同心円状になっていたからでしょう。そこから先は淡い墨のグラデーションで処理され、やがて、淡い黄色の混じった白に収斂されていきます。まるで、暗い過去から明るい未来へというメッセージが込められているかのようでした。

 よく見ると、この作品には満洲文字が書かれています。何が書かれているのか、意味はわかりませんが、文字の書かれた場所やその大きさを見る限り、書と画が一つの画面の中で調和していることがわかります。おそらく、4枚の絵のコンセプトが総合して④の作品に示されているのでしょう。ふと、「書画」という言葉は中国では、「美術」を指すことを思い出しました。

 このように見て来ると、①から④で示されたものはいわゆる「起承転結」に相当するもので、「湧」という作品全体の概念構成になっていると考えられます。

 そこで、引きさがって全体を見ると、作品の右下に、《赫舍里・暁文の「満洲画」》と題する文章が掲げられていました。ご紹介しておきましょう。


 満洲民族は、中国の歴史書では2000年前から記載され、かれらが建てた清王朝は300年間中国全土を治め、更に初めてチベット、ウィグル、モンゴルの全地域を版図に組み込んだ大帝国であった。
 赫舍里・暁文の「赫舍里」は彼女の満洲氏族名「赫舍里氏」のことである。
 氏は、既に中国に於いて、成績を残した中国画家であるが、来日25年の日本画研鑽、満洲の歴史研究により、「満洲画」の試作を開始した。
 そして、「満洲画」シリーズを発表し、満洲文字と中国画、日本画、北方民族の感性を合わせた、新しい絵画様式の感性に成功している。


説明文より。

 この説明文を読んでから、改めてこの作品を見ると、①から④の作品にはそれぞれ、満洲文化が辿ってきた過程が表現されており、最後の④の作品には満洲文字を添え、伝統を引き継いだ張暁文氏の心意気が表現されているのではないかという気がしてきました。

 そういえば、この作品のタイトルは「湧」です。「湧」には「水が湧き出る」、「盛んにおこる」といった意味合いがあります。上記の説明文を踏まえ、①から④の作品を重ね合わせて考えてみると、張暁文氏はおそらく、水が湧き出るように、自然発生的に育まれてきた満洲文化(①)を踏まえ、墨芸術が開花し(②)、時を経て、怒涛の荒波に曝されながらも(③)、息を吹き返し、勢いを増して発展していく(④)ことを願って、この作品を制作されたのではないかと思いました。

 満洲文化を踏まえ、4つに分けて概念構成を明示した展示方法に新鮮さを感じました。

●久山一枝氏の作品

 同じコーナーに展示されていたのが、久山一枝氏の「菊花」です。大きな菊の花弁がとても豪華だったのが印象的でした。モノクロ表現でありながら、パっとした華やぎが感じられ、思わず、足を止めて見入ってしまいました。この作品は賛助出品として展示されていました。

菊花

 

 花弁の先が巻き上がるような形状で、大輪の花がいくつも咲き誇っています。形状からいえば、きっと大菊なのでしょう。大菊の直径は20㎝ほどにもなるといいます。その大輪の花が画面いっぱいに、さまざまな方向を向いて咲き誇っているのですから、まさに豪華絢爛としかいいようがありません。

 一般にこの形状の菊花は、一枝にいくつもの花弁を咲かせるものではないそうです。ところが、この作品ではいくつもの花が描かれています。「く」の字の形をした窪みのようなものを背景に、小さな葉がいくつも描かれ、菊花の周辺には丸くて白い円形のものが拡散するように描かれています。伝統的なモチーフを扱いながら、現代的なテイストが感じられる装飾的な作品でした。

 中心部分をクローズアップして見てみることにしましょう。

 窪みの部分には、小さな葉のような形態のものが多数、濃淡で奥行きを表現しながら描かれています。見ていると、まるで暗い穴底に落ち込んでいくような錯覚すら覚えます。大輪の菊花が醸し出す華やかさの背後に、得体のしれない闇が広がっているようにも見えてきます。

 暗闇を適宜、配した画面構成だからこそ、この作品で描かれた大輪の菊の花がことさらに高貴で美しく、豪華に見えたのかもしれません。

 そもそも、菊花を図案化した紋章は武家の家紋として使われてきましたし、八重菊を図案化した菊紋のうち、十六八重表菊は皇室を表す紋章でもあります。さらには毎年、秋になれば、菊花展が全国至る所で開催されており、人々の生活文化の中にしっかりと根付いています。したがって、菊花はまさに日本文化そのものといえるでしょう。

 この作品のモチーフは、日本文化を象徴するものであり、伝統を踏まえたものといえます。ところが、構図や画面構成には現代的な装飾性が取り入れられ、伝統と現代とが一枚の画面の中で巧みに融合していたという点で、新鮮さが感じられました。

■墨芸術が拓く新たな地平

 会場をゆっくり歩いていくと、伝統を踏まえながらも、墨芸術の地平を切り拓こうとする意欲を感じさせられた作品が何点か目に留まりました。林明俊氏の「鳴秋」、鎌田明風氏の「松鼠在秋天」、岡島英号氏の「UNUS」です。

 順にご紹介していくことにしましょう。

●林明俊氏の作品

 最初、ざっと見たときは、色遣いが変わっていると思っただけで、見過ごしてしまいました。なんとなく気になったので引き返し、改めて見てみると、色遣いと筆致が斬新で、新鮮な印象がありました。滲みの表現に先進性を感じさせられたのです。それが、中国から一般作品として出品されていた林明俊氏の「鳴秋」という作品でした。

鳴秋

 

 最初、見過ごしてしまったのは、おそらく、色遣いに違和感を覚えたからでしょう。ところが、改めて見返してみると、違和感を覚えた箇所には、一定の流れと動き、有機的な繋がりが感じられ、画面構成上、重要な役割を果たしていることに気づきました。

 よく見ると、左上から右下へという流れの中で大胆に着色された黄色や赤の色遣いには、違和感よりもむしろ、紅葉した木々の葉が風に吹かれて落ちていくダイナミックな様態が感じられます。黄色や赤が、滲んだ点になったかと思えば、濃いシャープな線になって下方に流れ、紅葉した葉が見せる華やかでランダムな動きとして表現されているのです。

 一方、右端の黄色や赤は墨と交じり、黒ずんでいます。おそらく、紅葉した葉がやがて枯れ葉に変貌していく様子が抽象的に表現されているのでしょう。一枚の画面の中でさり気なく、華やかな紅葉シーンと、枯れ葉となって散っていく変容過程が収められていました。滲みと濃淡が巧みに組み合わされて、秋のひとときが詩情豊かに表現されていたのです。

 さて、この作品のタイトルは「鳴秋」です。それは、ハラハラと落ちていく紅葉した葉の音を表しているのでしょうし、実際に、小鳥の鳴き声を指してもいるのかもしれません。

 見ると、左中ほどに緑色の小鳥が幹に止まっています。紅葉した木の幹にそっと立ち、小鳥もまた秋の風情を楽しんでいるように見えます。画面の中で小鳥だけが色濃く、強い筆遣いで描かれていますから、小さいながらも目立ちます。太い木の幹は淡い墨の滲みで表現されており、墨で小さく散らされた樹皮の模様がはっきりと見えますから、まるで木が呼吸しているかのようです。

 この作品ではメインモチーフを小さくても濃く、強く描き、それ以外は淡い墨の滲みを多用し、画面全体が重くならないような工夫がされています。そのせいか、抽象画のような画面構成でありながら、水墨画ならではの優しさ、柔らかさ、そして、穏やかな流れや動きが見事に表現されていると思いました。

●鎌田明風氏の作品

 意表を突かれたのが、鎌田明風氏の「松鼠在秋天」(秋のリス)で、タイトルが中国語で書かれています。作家部門で出品されていた作品です。


松鼠在秋天

 

 一見、軸装された水墨画に見えますが、どういうわけか、画面は背後からプロジェクターの光で照らし出されています。不思議に思って近づいてみると、描かれたリスが驚いて木に駆け登り、あっという間に逃げてしまいました。

 今度は私の方が驚いて、少し引き下がって床を見ると、ラインが引かれており、ここから近づくと栗鼠が逃げますと書かれています。見上げると、吊るされた作品の周囲には、ポールで組み立てられた矩形の装置が見えます。おそらく、この装置のどこかにセンサーが仕組まれており、観客が作品に近づくのをキャッチし、アニメーションが作動するよう設計されているのでしょう。

 

 実際、作品に近づくと、リスがアニメーションで動き、素早く木を駆け上っていきます。まるで本物のリスが絵の中に隠れているのかと思ってしまうほどでした。水墨画で描かれた画面の中にアニメーションが組み込まれていたのです。しかも、このアニメーションの駆動は観客の行為(作品に近づく)によってスイッチが入る仕掛けになっていました。観客が作品との相互作用を楽しめるようにもなっていたのです。

 画面を見ると、対角線上に左下から右に伸びる形状で木の幹が描かれており、その左下に一匹のリス、中ほどやや上の枝にまた一匹のリス、そして、右上方部に一匹のリスが描かれています。いずれもリスの周辺は黄色く照らし出されていますから、素早い動きでも観客は容易にキャッチできます。

 構図といい、複数のモチーフの色彩バランスといい、安定した画面構成が印象的でした。安定感のある画面構成だからこそ、観客はごく自然に、リスの動きを受け止めることができたのでしょう。作品として素晴らしいだけではなく、プロジェクションマッピング技術を使った見せ方にも工夫が凝らされており、先進性が感じられました。

●岡島英号氏の作品

 なんとも奇妙な作品です。気になって近づいて見ると、岡島英号氏の「UNUS」というタイトルの作品でした。作家部門での出品です。


UNUS

 

 天井から墨の滲んだ布が水平に広げて何枚か、吊り下げられています。墨の広がりや形状がそれぞれ違いますから、おそらく、そこになんらかの意味が込められているのでしょう。その下には組み立てられたポールに、墨の滲んだ布が垂直に吊るされています。ポールを囲うように吊るされた布は、傍らを観客が行きかう度に、連動して微かに揺れ動いています。まるでそこだけ微風が吹いているかのようでした。

 ポールの下を見ると、床に何やら置かれています。どうやらこの作品の設計図のようです。左側に置かれているのが展示で使用された布の図案、構成図、組立図で、右に置かれているのが完成図で、これが最終的な作品の形です。いずれも墨で描かれていました。

 右側にはさり気なく小さな用紙が置かれ、そこには作品タイトルと作者名、制作意図、作者の来歴が書かれていました。作品内容を説明する重要な情報です。それが小さな紙にまとめられ、床に置かれていたのです。うっかりすると、見落としてしまいかねません。あまりにも無造作な展示方法を見て、作者はこれで観客を試しているのかもしれないと思ってしまったほどでした。

 さて、この作品のタイトルは、「UNUS」です。聞き慣れない言葉なので、タイトルだけでは何もイメージすることができません。作者はいったい、この作品で何を表現しようとしたのでしょうか。

 手掛かりを求めて、床に置かれた小さな紙に近づいてみました。すると、以下のような説明文が目に入りました。


UNUSはラテン語で1や全を意味する言葉。

16枚重ねた不織布の上に点、円、線の流れを1筆で描き、浸透させて16分割して再配置。
1つのきっかけからなんらかの環境が生じ、そこに様々な人々も生まれた(含まれた)過程を再体験している。
4つの垂直面に色の濃い、薄い、大きい、小さい、人のような形。
水平軸に黒くて大きな渦、薄く淡い月、領土のような形。
元々は1筆、その違いにどんな意味があるのか、ないのか。
遠ざかって見えるもの、見失うもの、
近くに寄って見えるもの、見えてしまうもの、
立場や視点の違いにどんな意味があるのか、ないのか。


説明文より。

 この説明文を読んでようやく、作品鑑賞の手掛かりを得ることができました。

 まず、タイトルは「1、あるいは全を示すラテン語」だということでした。これを敷衍させ、両者を結合させれば、「UNUS」を1(要素)と全(全体)と読み直すこともできます。

 再び、文面を読むと、「1つのきっかけからなんらかの環境が生じ、そこに様々な人々も生まれた(含まれた)過程を再体験している」と書かれています。これがおそらく制作意図なのでしょう。この文面からは、ヒトはさまざまな連鎖体系の中で生きているという考え方が示されています。「再体験している」というフレーズからは、個体発生は系統発生を踏襲するという概念まで読み取ることができるかもしれません。

 作品様式としては、「4つの垂直面に色の濃い、薄い、大きい、小さい、人のような形。水平軸に黒くて大きな渦、薄く淡い月、領土のような形」を表現したということでした。確かに、天井近くの水平面には、渦(海)、月(空)、領土のような形(大地)を表す布が吊り下げられ、垂直面には、墨の濃淡や大小でヒトを表す布が張られていました。

 こうして見て来ると、この作品には作者のホリスティックな考え方が浮き彫りにされているように思えてきます。

 ヒトは、自然を含むさまざまな環境の下で生きているだけではなく、代々の祖先を継承した存在であり、さまざまな連鎖体系の中で繋がり合っている存在だというが示されているといえるでしょう。まさに日本文化に内包された概念です。

■墨ならではの実在感、ニュアンスの表現

 墨だからこそ表現できる実在感、あるいは微妙な表現が際立つ作品がいくつかありました。矢形嵐酔氏の「欧州夕刻街路」、王羽氏の「秘境梵音」、宮本信代氏の「ナニ?」です。

 それでは順に、見ていくことにしましょう。

●矢形嵐酔氏の作品

 入口近くに展示されていた作品の中で異彩を放っていたのが、矢形嵐酔氏の「欧州夕刻街路」です。水墨画なのに油彩画を思わせる雰囲気があり、立体的な奥行きと重量感が印象的でした。賛助出品として展示されていた作品です。


欧州夕刻街路

 

 両側に石造りの建物が並び、その間の狭い道路にはヒトや車が多数、描かれています。

 両側に石造りの建物…‥、と書きましたが、実際は左側の建物ははっきりと描かれているわけではありません。左端に窓のようなものが部分的に描かれているだけなのに、観客は、左側にも右側と同じようにどっしりとした建物が建っているように想像してしまいます。

 なぜ、そう思ってしまうのでしょうか。

 改めて作品を見てみると、画面の左上方から真ん中にかけて、かなりの面積が白、あるいは淡い墨の濃淡で処理されています。そして、中央辺りから下、斜め右方向に描かれた道路もまた、白、あるいは淡い墨の濃淡で表現されています。明るく見える箇所に観客の視線が誘導されていく仕組みです。

 ですから、右上方向から射しこむ陽光によって建物や道路が、明るく照らし出されているように見えてしまいます。建物の形状をはっきりと描かなくても、観客は建物の実在を感じ、街並みを想像します。モチーフの形状よりも、淡い墨の濃淡によって表現された陽光の存在が、画面に奥行きを感じさせ、石造りの建物の堅牢さを際立たせる効果をもたらしていたのです。

 興味深いのは、墨の滲みの濃淡と白の使い方が素晴らしく、画面に、墨ならではの空気感と陰影がごく自然に付与されていたことでした。おかげで、この街の佇まいに、油彩画では表現できない風格と情緒が漂い、しっとりとした情感が醸し出されていたように思います。

 たとえば、遠景の中央からやや左寄りに淡い墨の途切れた箇所があり、そこに配された白が、まるで雲間から射し込む光のような役割を果たしていました。その陽光はちぎれたような形状を残しながら、下に降り、地上近くにひときわ明るい箇所を生み出しています。それが弧状の橋のようなものをくっきりと浮かび上がらせ、観客の想像力を刺激します。ごくわずかな余白といえるようなものが画面に設定されることによって、想像力の働く余地を創り出しているのです。

 この絵の前に立つと、どういうわけか、しっとりとした情感が喚起され、気持ちの奥深く揺さぶられるような気持ちになってしまいます。墨の滲みやその濃淡を使って、遠景がけぶって見えるよう描かれていたせいでしょうか、郷愁を誘われるような深い味わいがありました。

●王羽氏の作品

 一見するなり、気持ちが強く引き付けられ、立ち止まって見入ってしまったのが、王羽氏の「秘境梵音」でした。展示されていた一角で、際立って見えたのです。一般部門、中国からの出品でした。

 老いた女性の肖像画で、画面の中に特段、意表を突かれるような要素があったわけではありません。ですから、多くの展示作品の中でなぜ、この作品が際立って見えたのか、私自身、不思議に思うほどでした。ところが、数歩、引き下がってみても結果は同じでした。やはり、この作品が飛び込むように目に入ってくるのです。


秘境梵音

 

 幾重にも皺の寄った額、大きく垂れ下がった眉と瞼、皺が深く刻まれた頬、大きな鼻にすぼんだ口元、顎から首にかけての皺の寄ったたるんだ肌・・・・。どれも老いの兆候そのものです。

 いってみれば、老いが深く刻み込まれた顔でしかないのですが、私はこの顔に強く引き付けられてしまったのです。遥か彼方を眺めるこの女性の表情に引き付けられたのでしょうか。それとも、目の表情に集約的に表現されている何か、言葉では説明しえないものに釘付けになってしまったのでしょうか。

 悲しそうであり、不安そうでもありますが、絶望しているわけでもない、微妙な表情です。長年の労苦が刻み込まれた顔であることは明らかですが、悲壮感はなく、どこかしら清らかなものさえ感じさせられます。

 視線を落とすと、女性は手に何か、子どものおもちゃのようなものを持っています。そういえば、この作品のタイトルは「秘境梵音」でした。何か関連があるのかもしれないと思い、まず、画像で調べてみましたが、該当する画像はありませんでした。

 再び、作品を見ると、左手に数珠を持っているのに気づきました。そこで、「チベット仏教」、「仏具」というキーワードで画像を検索してみると、似たような形状のものが見つかりました。マニ車です。

 Wikipediaによると、マニ車とは主にチベット仏教で用いられる仏具を指し、円筒形で、側面にマントラが刻まれ、内部にはロール状の経文が収められているそうです。使い方としては、マニ車を右回りに回転させると、回転させた数だけ経を唱えるのと同じ功徳があるとされていると書かれていました。

 説明文と同じページに、老いた女性が寺院でお祈りしている写真が掲載されていました。左手首に数珠をぶら下げ、右手でマニ車を高く掲げて、祈っている姿でした。この写真を見てようやく、この作品を理解できるような気がしてきました。

 作品の女性は、何かを見つめているような、何か考え事をしているような、“”心ここにあらず“といった表情を目に浮かべていました。だからこそ、私は気になって、視線の先にいったい、何があるのかと思ってしまったのですが、実はマニ車を回転させながら祈り、現実ではない、遥か彼方に想いを馳せていただけだったのかもしれません。

 そういえば、この作品のタイトルは「秘境梵音」です。調べてみると、梵音には、読経の声という意味があるようです。ですから、作品の女性はマニ車を回転させ、心の中で経文を唱えていたのだということがわかります。この女性の表情に清らかなものを感じさせられたのはそのせいだったのかもしれません。

 よく見れば、マニ車を握る右手、数珠を持つ左手、いずれもやや不自然ですし、衣服の表現もやや雑な印象があります。目や顔の表情にみられた繊細で的確な表現に比べ、見劣りがすることは確かです。

 ところが、そのことがこの作品の価値を低めているわけではありませんでした。逆に、顔や目の表情の素晴らしさが強調され、観客の感情移入を誘う作品になっているような気がします。

●宮本信代氏の作品

 この作品を見た瞬間、思わず笑みがこぼれてしまうのを感じました。それほど、幼児の微笑ましいシーンが的確に捉えられていました。宮本信代氏の作品、「ナニ?」です。この作品は作家部門で出品されていました。


ナニ?

 

 何かを凝視している女の子の視線、半開きの口元、ぷっくらした頬、額にかぶった柔らかな毛、透き通るような白い肌、どれ一つとっても、観客の誰もが知っている幼子の特性が見事に描き出されています。

 子どもは凝視するあまり、右足を浮かせ、つられて軽く、お尻を浮かせています。本能的に姿勢を安定させようとしているのでしょうか、ぎこちなく指を折り、左手をついています。不安定な姿勢になりながらも、それでも視線を動かすことをせず、凝視の姿勢を崩しません。見ることに集中しているのです。幼児の行動特性の一つといえるものが巧みに捉えられていました。

 表情といい、動作といい、何もかもが好奇心の対象になっている時期の子どもの描き方が見事です。作品を通して、作者の観察力の鋭さ、表現力の的確さに加え、モチーフを見つめる姿勢の優しさが伝わってきます。

 右肩から肘にかけて白く表現され、そこからやや位置をずらして膝から脛、靴の表面もやはり白く表現されています。そして、白く表現された箇所の周辺は淡い墨の濃淡で処理されていますから、その部分に温かな陽射しが射していることがわかります。

 柔らかな陽射しの下で、子どもの日常生活の一端が愛情豊かに捉えられており、心温まる思いのする作品でした。子どもの肌の柔らかさ、微風に揺れる髪の毛、肌触りのよさそうな衣服の襞、どれも墨ならではの微妙な表現が素晴らしく、印象に残りました。

■多彩な展示作品に見る墨芸術の可能性

 「アジア創造美術展2019」では秀逸な作品が多数、展示されていました。おかげで、多様で多彩な墨芸術を堪能することができました。

 今回は、前回ご紹介できなかった作品について、①民族文化の滲み出た作品、②新奇性、先進性、テクノロジーを取り込んだ作品、③実在感、ニュアンスの表現に優れた作品、という観点から、それぞれ2,3点ずつ取り上げてみました。紹介文を書きながら、改めて墨芸術の可能性を感じさせられました。

 さて、この展覧会には海外からの作品が多数、出品されていました。日本とは異なる文化圏で、墨を使ってさまざまな作品が制作されていたのです。そのことがまず、意外でした。さらに、それらの作品がどれも素晴らしかったので、驚いてしまいました。墨がもたらす変幻自在を自家薬籠中の物にできる力量のある作家が多かったのです。

 偶然、生まれた滲みの形状に、作家がわずかに手を加え、芸術作品に変貌させることができるのは、墨ならではの興趣でしょうし、墨芸術ならではの妙味ともいえるでしょう。しかも、それぞれの作品に込められた世界観には、和文化に内包された自然との共生、ホリスティックな世界観と重ね合わせることができるものが数多く見受けられました。

 墨芸術はまさに自然とともに存在し、自然に沿って形作ることができるという点で、和文化となじみ、世界文化とも調和していける芸術形式なのだと思います。今回、この展覧会に参加し、墨芸術の新たな可能性とその胎動を感じることができました。出品された作家の方々の今後のご活躍に期待したいと思います。(2019/2/27 香取淳子)

チームラボ「森と湖の光の祭」:原始の感覚を甦らせてくれる現代アート

チームラボ:「森と湖の光の祭」の開催

 チームラボによる「森と湖の光の祭」が2018年12月1日から2019年3月3日まで、埼玉県立奥武蔵自然公園の宮沢湖とその湖畔で、開催されています。私は西武池袋線をよく利用しますので、これまで何度か駅でポスターを見かけていました。その都度、いつかは行ってみたいと思っていたのですが、2019年2月16日夜、ようやくその機会が訪れました。

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 看板には日本語表記の下に「Digitized Lakeside and Forest」の文字が見えます。湖畔とその周辺の森がデジタルテクノロジーによって、ショーアップされるということなのでしょうか。

 遠方を見ると、暗闇の中にさまざまな色彩の光が揺らぎ、幻想的な空間が創り出されています。果てしなく広がる暗闇の下で、さまざまな色が互いに競い合っているように見えますし、時に、絶妙なハーモニーを奏でているようにも見えます。これまでに見たことのないスペースが広がっていました。

 それでは、湖畔に近づいてみることにしましょう。

 軽い坂を下りていくと、まず目に入ってきたのが、メッツァヴィレッジという建物です。

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 この建物を横から見ると、物品販売のマーケット棟になっていることがわかります。その前のスペースにはテーブルセットがいくつか置かれています。一休みしたり、軽い飲食ができるようになっているのでしょう。

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 外は寒いので私はマーケット棟の中に入って、狭山茶のソフトクリームを食べました。まろやかなお茶の香りが芳しく、格別の味わいがありました。

 それにしても、広大です。しかも、暗闇なので全体像がわからず、どの方向に行けばいいのかもわかりませんでした。ただ遠方では、あちこちで着色された光が揺らいでいるのが見えます。まるで来場者に誘い掛けているようにも見えます。いったい何があり、どういう仕掛けが施されているのでしょうか。

 取り敢えず、ヒトのいる方向に向かって歩いていくと、標識がありました。

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 左方向に行くと、ムーミンバレーパークとノルディック・スクエア(イベント広場)です。ムーミンバレーパークの文字を見て、開園するのは2019年3月16日だということを思い出しました。

 そこで、ムーミンバレーパークとは逆の右方向に向かい、湖畔沿いに歩いていくと、先ほどご紹介したマーケット棟に並んでレストラン棟があり、その先には、屋外レストラン広場がありました。

 そこには面白い形のテントが設えられており、中にはテーブルとイスが置かれていました。ここで休んだり、軽食を取ったりできるスペースになっているのでしょう。子どもが喜びそうな設えです。すでに親子連れが中に入っていました。

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 暗闇の中でこのテントを見ると、まるで波間に漂うクラゲのようにも見えます。

 そこから湖畔に目を転じると、着色された光を浴びて、木の幹や枝が華麗な姿を見せていました。これもまた、ヒトを幻想的な空間にいざなうための装置なのでしょう。照らし出された美しい枝ぶりに惹かれ、しばらく見入ってしまいました。

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 それにしても、ライトアップされた木々の立ち姿のなんと美しいことでしょう。

 湖畔の一角では、木々が青味を帯びた光に照らし出され、順序よく、静かに佇んでいます。それが暗闇に映え、水面の静けさを際立たせていました。光の祭典にふさわしく、自然の木に人工的な光と彩りが添えられ、美しく変身していたのです。

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 それでは、「森と湖の光の祭」の中心に向かっていくことにしましょう。

■森と湖の光の祭

 森に向かう湖畔の道を歩いていくと、至る所に起き上がりこぼしのような形状の光のオブジェが配置されています。触ってみると、健康ボールのような手触りです。つついてみると、起き上がりこぼしのように、すぐに元の位置に戻ります。それが道に沿って次々と配置され、暗闇の中で街灯のような役割を果たしていました。

 森の中を進んでいくと、ボーリングのピンのような形状のオブジェが置かれている場所がありました。

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 これらのオブジェは、撮影したときはたまたま赤紫色と青色で構成されたピンのようなものでしたが、時間の経過とともに、この色が次々と変化していきます。色が変化する度に周囲の景観も変化し、見る者を楽しませてくれます。

 さらに、起き上がりこぼしのような形状のオブジェが多数、置かれた広場がありました。

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 人々がオブジェの周囲に集まり、触ったり、つついたりしています。成人の身長ほどもある大きなオブジェがまるで自立した存在であるかのように立ち並び、ヒトからアクティブな行為を引き出していたのです。来場者にとっては、ちょっとした遊び道具にもなっていたのでしょう。

 やや引き下がってこの光景をみると、ヒトがオブジェの光に照らしだされ、まるで影絵のように見えます。どこまでも広がる暗闇を背景に、ヒトと光のオブジェがコラボして一種のアートシーンを創り上げていたのです。

 森の中に入っていくと、また違った光景が現れてきました。着色された光に照らされた木々と、光のオブジェ、そして、その中を歩いていくヒトが一体となって、瞬間、瞬間のアートシーンを創り出していました。

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 たまたま光のオブジェに重なるようにヒトが動き、そして、光に照らし出された木々がオブジェやヒトの色彩や形状にマッチした瞬間、その現場がアートになります。暗闇を背景にした現代アートが表出されるのです。

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 左下にピンクのオブジェが見え、右に見える小さなオブジェには人影が重なっています。ここでは典型的な光のオブジェを背景にした影絵効果が表れています。画面の中景には、左から右にかけてV状に青い光で照らし出された木々が浮き彫りになり、果てしなく広がる暗闇にアクセントをつけています。

 よく見ると、ただの暗闇に見えた背景に、うっすらと木々の枝や幹が見えてきます。おぼろな光を受け、背景に沈みこんだ木々や枝や幹からもまた、自然の深淵と広がり、興趣を感じさせられます。

 光のオブジェ、ヒト、自然が奏でるハーモニーがなんと包摂的な美しさに満ちていたことでしょう。

 時間を忘れてしまうほど、自然、ヒト、光のオブジェによって創り上げられる瞬間的なアートに魅せられてしまいました。湖畔から森に向かって歩いていくだけで、自然を巻き込みさまざまなアートシーンが創り出されていたのです。

 チームラボとはいったいどういうグループなのでしょうか。

■暗闇の中の光とサウンド

 インフォ―メンションセンターに置かれていたチラシを見ると、チームラボは、「2001年に活動を開始した学際的なテクノロジスト集団で、集団的な創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、デザイン、自然界との交差点を模索している」と紹介されています。さらに、「チームラボは、アートによって、人と自然、そして自分と世界との新しい関係を模索したいと思っている」とも書かれています。こうしてみると、今回の企画はそのコンセプトに従って表現されたものだということがわかります。これまでにない感覚を刺激され、とても面白い企画だと思いました。

 そういえば、チームラボは、「Digitized Nature」というアートプロジェクトを行っているといいます。

こちら →https://www.teamlab.art/concept/digitizednature

 これを見ると、チームラボは各地で、自然をそのままの形でアートに変えるプロジェクトを行ってきたことがわかります。そして、いまもなお、「自然が自然のままアートになる」というコンセプトの下、一連のプロジェクトを展開しているのです。

 今回、宮沢湖の「森と湖の光の祭」に参加し、印象に残った光景を、私はスマホで撮影した画像でご紹介してきました。ご覧いただいたように、視覚的訴求力の高いプロジェクトであったことは確かです。ところが、実は、音響もまた素晴らしかったのです。木々の間から流れてくる音響が、まるで太古の感覚を呼び覚ますように、ヒトの気持ちの奥深くに働きかけてきます。私がこれまでにない感覚を刺激されたと思ったのは、おそらく、この音響のせいでもあるでしょう。

 是非とも、この音響を味わってもらいたいと思い、音源を探しました。チームラボのホームページの映像から、その一端をご紹介します。音響に留意してこの映像を見ていただきましょう。

こちら →https://www.teamlab.art/ew/autonomous-onthelakesurface/

 現地では、このような音響が至ところから静かに聞こえてくるのです。なんとも奥ゆかしく、そして、力強く、心に響きます。暗闇の中を歩き続けているせいもあって、自然に内省的な気分にさせられていきました。

 チームラボのホームページを見ると、プロジェクトを推進するためのコンセプトが掲げられていました。私が興味を抱いたのは、いくつかのコンセプトのうち、「作品の境界を破壊する」というものでした。

こちら →https://www.teamlab.art/jp/concept/digital_domain_releases/

 説明文を引用しておきましょう。


 脳内では、本来、考えや概念の境界が曖昧である。考えや概念は、いろんな他の考えや概念と影響を受け合って存在している。それが、実世界で作品として存在するために物質に媒介される。そして、物質が境界を生んできたのだ。
 デジタルテクノロジーによって物質の媒介から解放された作品の境界は曖昧になる。作品は、他の作品と互いに影響を受け合いながら、変化し続ける。作品は独立した存在のまま、作品同士の境界は失われていく。


(チームラボHPより)

 いままでそのようなことは考えてもいなかっただけに、これを読んで、とても刺激を受けました。よく考えてみれば、確かに指摘される通りだと思います。この説明文を読んではじめて、私がなぜ、湖畔で内省的な気持ちになってしまったのか、なぜ原始の感覚を取り戻したような気分になったのかがわかったような気がしました。


 それにしても奇妙な体験でした。光のオブジェに誘われるように、気づくと70分ほども湖畔や森を歩き回っていたのです。普段なら途中で放棄してしまう距離なのに、歩き続けたのですが、不思議なことに、疲れを覚えることはありませんでした。

 いったい、なぜなのか、一夜明けて、考えてみました。

 確かに、暗闇の中で、幻想的な空間に浸っていました。そのせいで、知らず知らずのうちに、日常の些末なことを忘れ、疲労を忘れ、時間をも忘れてしまったのでしょうか。あるいは、いっさいの言語情報から離れ、非言語的な情報だけに頼るしかない状況下で、原始の感覚を呼び覚まさせられていたからでしょうか。思い返してみると、不思議な感覚でした。

 ひょっとしたら、これが、デジタルテクノロジーが行き着く果てのアートの形式、あるいはエンターテイメントの形式の一つなのかもしれません。いってみれば、ヒトがテクノロジーを媒介に自然、あるいは環境とコラボし、その都度、変化するアートシーンを鑑賞し、楽しむという形式です。

 そこには境界によって区切られることのない表現の面白みと、意外な発見があります。さらには、瞬間、瞬間に、ヒト、オブジェ、自然が相互に関係し合い、影響し合った結果の美しさがあります。一連のアートシーンからは、これまでのように鑑賞者が受け手として存在するだけではなく、創造者としても存在しうることが示されたのです。

 こうしてみてくると、チームラボはデジタルテクノロジーによって、鑑賞者の心の奥底から原始の感覚を呼び覚ませてくれただけではなく、創造者と鑑賞者との間の境界はいつでも簡単に取り払えることを示してくれたことがわかります。

 「森と湖の光の祭」はまさに、ヒトと自然と光のオブジェが相互に依存し合い、影響し合いながら創造されるアート空間、あるいはエンターテイメント空間でした。しかも、太古と現在を 感覚レベルで繋げてくれたのです。 デジタルテクノロジーを媒介に、 鑑賞者の感性を限りなく広げてくれたという点で画期的なプロジェクトだといえるでしょう。(2019/2/17 香取淳子)

アジア創造美術展2019 ①:仏心と和の心

■アジア創造美術展の開催

 「第16回アジア創造美術展2019」(国際墨友会主催)が、2019年1月23日から2月4日まで、国立新美術館で開催されました。私は2月3日に訪れたのですが、まず、会場に入った途端に驚いてしまいました。鎧兜が二つ、正面に設置されていたのです。

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 正面上方には、大きな円(環)が墨で力強く描かれています。まるでその大きな円(環)を支えるかのように鎧兜が二つ、左右に鎮座していたのです。鎧兜といえば武士の象徴であり、工芸品(美術品)としても貴重なものです。そして、鎧兜といえば武士道を連想し、武士道といえば日本人の倫理観の源泉の一つとして想起されます。

 鎧兜を見ていると、さまざまな思いが胸を過ります。重厚な鎧兜には、いまや多くの日本人から失われようとしている毅然とした態度、風格、和の心といったようなものを重ね合わせることができるでしょう。そう思うとなおのこと、グローバル化の波に押されて消えていった、生活文化とセットになって育まれてきた日本文化が偲ばれます。

 人目を引く大きな円(環)は、墨で勢いよく描かれています。

 濃く太く描かれた先端と、薄くかすれた最後尾との境目に、手描きの「Torch of Asia」が、円(環)をはみ出すように書かれており、その下に円(環)の中に収まるように書かれた活字の「Exhibition」が印象的です。日本(アジア)からの墨文化の光明で世界が繋がり、和を成すということが示されているのでしょうか。円(環)と文字のバランスが絶妙で、力強いメッセージが込められているように思えました。

 さらに、右手前には二本の竹が天井から吊るされており、そこに水墨画と、影絵の人物画がさり気なく掛けられていました。黒いシルエットで描かれた作品を見て、この作品が竹に掛けられていた理由がわかりました。墨竹画を踏まえて考案された、溝口墨道氏の墨人画だったのです。

 入口のコーナーは、展示物がユニークなら、そのレイアウトも斬新で見応えがありました。それでは次に、正面と右面が見える角度から、このコーナーを見てみることにしましょう。

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 左手前にはやはり天井から吊るされた二本の竹に水墨画が3枚掛けられています。右手前で見た水墨画と同様、張暁文氏の作品でした。いずれも墨で満洲の心が表現されています。右手の壁面上方には、黒地に白、赤、青で書かれた「アジア創造美術展」の文字が見え、その下に掛け軸が4点展示されています。

 この角度から入口の展示コーナーを見ると、手描きの「Torch of Asia」といい、掛け軸や水墨画や墨人画といい、国境を越えて、墨でつながる表現世界が端的に示されていることがわかります。そして、大きな円(環)は、無であり、悟りの世界であり、和でもあるのでしょう。まさに仏心と和の心です。入口の一角に設えられた展示コーナーには、今回の展覧会のコンセプトが凝縮されて表現されていたのです。見事な展示の仕方でした。

 それでは印象に残った作品を見ていくことにしましょう。

■小林東雲氏の作品

 会場に足を踏み入れるなり、見入ってしまったのが、入口近くに展示されていた、小林東雲氏の「慈母観世音菩薩」という作品です。

 なんとも劇的な構図に興味をかき立てられ、しばらく作品の前で佇んでいました。

 画面の右側に聳え立つように高く立ち上る波が描かれ、真ん中寄りの白く弾ける大きな波頭の下方には,小さな子どもが描かれています。白く弾け飛ぶ波頭の荒々しさに反し、子どもの姿があまりにも幼くてか弱く、その落差が印象的です。押し寄せる大きな波は太い黒で強調されており、いまにも子どもが呑み込まれてしまいそうで、ハラハラしてしまいます。画面の右側にはそのように観客をハラハラさせる危機的状況が描かれていたのです。

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 画面左側を見ると、菩薩の背後でやはり波が立ち上がっていますが、子どもの背後の波ほど大きくありません。危機的状況を感じさせるものでもありませんし、菩薩の周囲はむしろ明るく光が射しています。怒涛の中でも菩薩の周囲だけは平安で安穏だということが示されています。その光は柔らかく伸び、菩薩を見上げる子どもの周囲にまで達していました。

 よく見ると、菩薩の天衣の端が子どもの身体全体を包むように巻き上がっており、小さな身体にも天衣のようなものがまきついています。その先端は波間に沈んでいますが、このような天衣の形状からは、子どもが無事、菩薩に受け入れられたことが示されているように思えます。

 危機的状況にありながら、子どもの表情が意外なほど落ち着いて見えるのは、おそらく、そのせいでしょう。

 じっと見ていると、あどけない顔の子どもが奇妙なほど静かで、限りなく寂しげなのが気になってきます。子どもながら、まるで諦観に達しているかのようです。不思議に思いながら、思わず、じっと見てしまいました。

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 子どもは顔を上げて跪き、手を合わせています。その頬やお尻、脹脛の肌は白くて柔らかく、無垢そのものです。この世の穢れを知らず、疑うことを知らず、天真爛漫に生きてきた子どもの姿が優しい筆遣いで描かれています。

 微かな笑みを浮かべ、子どもは膝をつき、手を合わせて見上げています。視線を辿ると、慈悲深い菩薩の顔に行きつきます。

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 菩薩は慈悲深い表情を浮かべ、左手に蓮華の花を持ち、右手首に数珠を掛けています。やや俯き加減になって視線を下方に落としていますから、遠目からは子どもと視線を絡ませているように見えます。ところが、よく見ると、視線は交差しておらず、微妙にずれていました。菩薩は目の前の子どもではなく、子どもを取り巻く状況そのものを見ているのでしょうか。解釈の余地が残されているところにこの作品の含意が感じられます。

 作者の小林東雲氏が会場におられましたので、何故、この絵を描かれたのか、尋ねてみました。

 小林氏は、東日本大震災の後、津波で流された子どもを探しまわる父親の姿をテレビで見て、心を打たれ、絵筆を執られたそうです。波にさらわれた子どもはきっとあちらで菩薩に出会い、見守られて幸せに暮らしているに違いない・・・、そういう思いを込めて描いたと述懐されました。

 そういわれてみると、菩薩が身にまとった天衣の端が子どもを守護するかのように包み込み、波間に揺らいでいます。その天衣の周囲には明るい光が射し込み、あたかも子どもが菩薩に見守られているような描き方です。子どもの父親がこの作品を見ることがあるとすれば、どれほど救われた気持ちになったことでしょう。

 この作品ははっきりとした制作意図の下、描かれました。ですから、メッセージ性の強い作品に仕上がっていますが、すべての作品がそうだというわけではありません。墨の流れる状態を見て描く場合もあると小林氏はいいます。その例として挙げられたのが「牧牛図」でした。

 禅宗には、修業の始まりから悟りまでの段階を、牛を見つけ、捉え、飼いならし、連れて帰るまでの10段階の過程に準え、10枚の絵で示された「牧牛十図」というものがあります。絵柄からいえば、この作品は第5段階のものを指すようです。すなわち、厳しい修行の結果、妄想を断ち切り、煩悩を脱してようやく飼いならすことができた段階を表現したものということになります。

 同時期に国立新美術館の3Fで開催されていた「第23回日仏現代国際美術展」に、この作品が出品されていると聞いて、さっそく見てきました。

 横たわる牛に寄り添うようにしている少年の姿が優しく清らかで美しく、感動的な作品でした。安心しきって横たわる牛の表情もまた安らかで落ち着きがあり、見ていて気持ちが安らぎます。

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 この作品の場合、予めこれを描こうと思って筆を執ったわけではなく、墨を流して出来た形状を見て、喚起されたイメージからモチーフを思いつき、作品化したと小林氏はいいます。水墨画というのは下絵を作ってもなかなか思うようには描けず、墨も筆もまた自在に運べるものでもありません。ですから、このように偶然に出会った墨の流れ、勢い、動きなどを活かして描くことも多いというのです。

 小林東雲氏の作品のモチーフからは仏心、そして、自然の出会いを活かして描くという技法には和の心を感じさせられました。

■溝口墨道氏の作品

 入口のユニークな展示コーナーの反対側の壁に展示されていたのが、6枚の墨人画です。その下にはパソコンが置かれ、墨人画で制作されたアニメーションが表示されます。パソコンが載った台には、世尊(仏陀)と無数のヒトが描かれた墨人画が置かれています。これら総体が、溝口墨道氏の作品、「仏の光」です。

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 壁に掛けられた墨人画は、6様の角度から世尊(仏陀)のシルエットを捉えています。一連の作品とパソコンで制作された墨人画アニメーション、そして、世尊(仏陀)と人々を描いたやや大き目の墨人画、それらが一体となってこの作品が構成されています。

 タイトルの下には説明文が書かれていました。溝口氏の制作意図を把握するため、引用してみましょう。


 ある時、世尊はラージャ・グリハ(王舎城)のグリドゥラ・クータ(霊鷲山)で、神々と菩薩、修行僧、一切の衆生に対して『偉大な説法』(大乗経)という教えを説いた。
 世尊が瞑想に入ると、天から燦爛たる花が降り、地が動く奇跡が起こった。
 その時、世尊の両眉の間の毛の環(眉間白毫相)から一条の光が、当方の一万八千の仏国土へ向かい放たれた 。
 その光は、それら仏国土の下はアヴィーチ(無限)大地獄から、上は宇宙の頂に至るまでを照らした。

 その国土の、教えを説く仏や法を求める僧、日常生活を送る衆生たちの姿の全てが見られた。(溝口墨道、展示説明文より)


 これを読むと、一連の作品を少しは理解できるような気がしてきます。壁に掛けられた6枚は、瞑想に入った世尊(仏陀)の様子を6つの角度から描いたものですが、姿勢の良さが際立っています。パソコン画面は墨人画アニメーションの一シーンを捉えたもので、僧侶や人々を前にした世尊(仏陀)の姿が背後から描かれています。人々に対し教えを説いている重要なシーンなのでしょう。

 俯瞰した構図で描かれているのが、世尊(仏陀)と取り巻く大勢の人々を描いた墨人画です。

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 こちらは、静かに瞑想にふける世尊を取り巻くように、多数の人々が描かれています。取り巻く人々は、一見すると、グリドゥラ・クータ(霊鷲山)で世尊(仏陀)の教えを聞く人々のように見えますが、説明文と照らし合わせて見ると、世尊(仏陀)の両眉の間から放たれた一条の光によって照らし出された一万八千の仏国土の僧や人々のようにも思えます。描かれた人々が皆、世尊の方を向き、手を合わせているところを見ると、時空を超えて世尊(仏陀)の言葉に耳を傾けようとするヒトそのものを指しているようにも思えます。

 溝口氏の作品からも、モチーフは仏心を感じさせ、表現技法からは和の心を感じさせられました。

■日常性の中の芸術、芸術の中の日常性

 会場を一覧して気づくのは、生活の中に取り入れられた作品、あるいは生活を取り入れた作品など、芸術作品ができるだけ身近に感じられるよう、展示に工夫が凝らされていたことでした。そのような配慮のせいか、諸作品も単なる鑑賞の対象に留まるのではなく、そこはかとなく生活の息吹が感じられ、実在する意識の結晶のようにも見えます。

 印象に残った作品あるいは展示をご紹介していくことにしましょう。

 まず、入口近くに展示されていた三田村有純氏の「虹色の階段」です。

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 蒔絵作品で日常の光景が捉えられていたのが、とても印象的でした。虹色の階段も寄り添って建つ家並みも傾斜のある道も、蒔絵で表現されているせいか、色彩に独特の深みが感じられ、見れば見るほど味わい深く感じられます。

 小林東晴氏の「月ながむる心」という作品も心に残ります。

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 二曲の屏風に月を眺める女性の後ろ姿が捉えられています。長い髪の毛が弧を描くように揺れているところに床しさが感じられます。誰もが日常的に目にする月を愛で、そこに様々な思いを重ねて鑑賞してきた日本人の気持ちが静かに、そして、美しく表現されています。

 書がまるでオブジェのように展示されているところに、洗練されたセンス、そして、斬新さを感じさせられました。

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 書が灯篭として展示されているところに、日本人ならではの美意識を感じさせられました。

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 温かな光を通して見える文字が新鮮です。ここに和紙による生活文化の一端を見ることができます。

 アジアの子どもたちから寄せられた作品コーナーでは、墨で書かれた寄せ書きが巨大ポールのように聳え立っていました。

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 さまざまな国の子どもたちが筆を持ち、墨で寄せ書きをしたものです。これを見ていると、この展覧会が墨の文化をアジアに広げていくきっかけになっている様子がうかがえます。

■仏心と和の心

 今回は、入口の展示コーナー、小林東雲氏の作品、溝口墨道氏の作品などを中心にご紹介してきました。いずれもこの展覧会のコンセプトが明確に表現されており、取り組み姿勢に新鮮さが感じされたからでした。

 なんといっても驚かされたのは、入口で展示されていた鎧兜です。この意表を突く展示物のおかげで、鎧兜が備えた日本の精神文化としての側面に気づかされたことは有益でした。鎧兜を見て、私はふと、武士道由来の倫理観を思い出したのです。グローバル化の大波の下、ともすれば見失いがちになる日本人としてのアイデンティティ基盤の一つとして、再考に値するのかもしれません。

 小林東雲氏の作品には、伝統芸術である水墨画にアクチュアリティを盛り込んだ柔軟性があり、興趣を覚えました。水墨画の題材、表現技法を使いながら、東日本大震災での被害例とその精神的救済とが一枚の絵の中に見事に表現されていたのです。そこに見られるのは仏心であり、和の心でした。

 溝口墨道氏の作品には、墨人画を使ってアニメーションを創り出した先進性があり、とても印象的でした。抽象度の高い墨人画を使って、世尊(仏陀)のエピソードが表現されていたせいか、エッセンスがストレートに伝わってくるような気がしました。仏心は墨文化とともに国境を越え、世界の隅々にまで行き渡るというメッセージなのでしょうか。取り上げられたエピソードに墨文化の広がりを連想させる要素があったことがなによりも興味深く思えました。

 そういえば、溝口墨道氏の作品の説明文に、「世尊の眉間から放たれた一条の光のように」と書かれていました。このフレーズからは、日本で育まれた墨の文化がやがて、アジア一帯、さらには世界の隅々にまで広がっていくことが予感されます。

 さて、会場には今回、ご紹介した以外に、さまざまな素晴らしい作品が展示されていました。改めて、墨の文化の多様性と奥深い精神性を感じさせられました。今回、ご紹介できなかった作品は、次回、ご紹介することにしましょう。(2019/2/8 香取淳子)