1.研究者としての職を得るまでの研究活動(1982年~1994年3月)
私の研究活動は大学院修士課程での最終年度に実施した調査研究が最初です。大学院修了後、2~3年のうちに、内容分析研究、文化人類学的研究手法を学ぶことができました。この時期は大学院在籍から修了後の原ひろ子研究室で補佐員をしながらの研究活動でした。
その後はフリーで、研究対象に応じてこれらの研究手法を使い分け、研究活動を展開してきました。この時期は、城西女子短期大学、日本ジャーナリスト専門学校、東京スクールオブビジネス等で非常勤講師をしていました。
私の研究活動の基盤は、①大学院修士課程での社会学的調査研究、②鈴木みどり氏との内容分析研究、③原ひろ子研究室での文化人類学的手法による研究、等々に集約されます。それらについては以下で詳しく説明したいと思います。
■研究のスタート
私の最初の研究活動は、大学院での勉学を踏まえ、修士課程最終年度に実施した調査研究です。下記に示すように、最初の研究は社会学的手法で行いました。
1.「老人とテレビ」に関する文献を渉猟し、過去の研究を精査します。そこで、これまでに何が明らかになり、何がまだ明らかになっていないか、等々を把握します。これには相当時間をかけました。過去の研究をレビューした結果、私が構想した「老人とテレビ」はまだ手が付けられておらず、研究テーマとしては意義あるものだと判明しました。
2.次にどのような観点から研究を行うかについて考えました。そもそも「老人とテレビ」を構想したのは、高齢者はなぜテレビをよく見るのか、という疑問でした。そのような疑問から研究を行うのにもっとも相応しい研究枠組みは、「利用と満足研究」のアプローチです。ヒトがある特定のメディアに繰り返し接触するのは、そのメディア・コンテンツに接触することでなんらかの満足を得られるからだという観点からの研究です。研究目的にもマッチしていましたので、この研究フレームを使って調査を実施することにしました。
3.研究目的に沿って調査を実施するには、パイロット調査を実施しなければなりません。たいていの場合、少数サンプルに対する聞き取り調査し、そこで得られた知見を踏まえ、質問項目、質問文、等々を作成し、質問項目の順番を決めていきます。そのようにして調査票ができたら、今度は調査票の妥当性を第三者にチェックしてもらいます。そこで出された課題を再考し、調査票を完成させます。そして、質問票を印刷してもらいます。私の場合、学歴、職歴、家族構成、現在の生活環境、等々の関連から男女数名を選び、パイロット調査を行いました。
4.高齢者ほど多様です。どのような高齢者を対象に調査を行うかによって結果も異なってきます。私は高齢者全般の傾向を知りたいと思っていましたので、生活活動の面から高齢者を把握し、対象者として調査を実施しました。ただし、一人で外出でき、他人とコミュニケーションを取ることができるという条件を付与しました。板橋区の高齢者担当者にお願いをし、板橋区各地に設置されている「老人憩いの家」を対象にしました。「老人憩いの家」は地域の高齢者が集う場所なので、地域特性が如実に反映されます。そこで、地域特性を教えてもらい、さまざまな階層の高齢者に調査できるように地域設定をしました。さらに、高齢になっても学習意欲を失わない高齢者を対象にするため世田谷区の老人大学でも調査を実施しました。
5.実際に、「老人憩いの家」に行って調査をお願いすると、調査票がわからない、とか書けないという高齢者が出てきましたので、結局、調査票を使ってインタビューを実施することになってしまいました。期せずして半構造化された聞き取り調査を実施することになってしまったのですが、これが後で大変、役立ちました。3百数十人にインタビューする羽目になりましたが、調査項目以外に高齢者が自発的に話してくれる内容を書き留めていったノートが数字の読み取りに大変、役立ったのです。
6.調査票はSPSSで統計処理しました。東京大学計算機センターに通い、クロス集計、χ二乗検定、T検定、等々を中心とした統計処理を行いました。
*研究のスタート時点で、私は「利用と満足研究」のアプローチと質問紙調査の結果を統計的に処理するという社会学的手法を学びました。
■民間団体での研究
鈴木みどり氏が発起人となって設立されたFCT(子どもとテレビの会)という民間団体がありました。主婦が中心メンバーとなっており、子どもに対するテレビの影響について調査を行い、結果を公開することによって、テレビをよりよくしていこうという団体でした。活動内容が魅力的に思われたので、参加していました。研究会に参加したり、ガジェットに文章を書いたりしていましたが、やがてFCTが着手したテレビ番組の内容分析にも関わるようになりました。子どもが視聴する時間帯のテレビ番組(在京キー局およびNHK)を1週間分録画し、テープを見ながら、内容分析をするという研究活動でした。その時、私はアニメーションを担当し、1週間分の番組のチェックシートを分析しました。これもまた数量的なものでした。
*民間団体での調査経験を通して、内容分析研究の一端に触れることができました。
■原ひろ子研究室での研究
大学院修了後は原ひろ子研究室の補佐員として仕事をしながら、原先生の研究プロジェクトに参加させていただきました。当時、原先生が関わっておられた厚生省の母子相互作用研究班(代表は東京大学医学部小児科の小林登先生)の一員として研究プロジェクトに入れていただいたのです。原先生からは文化人類学的な調査手法を教えていただきました。これまで大量調査しかしてこなかったのですが、それでは物事の深い部分が見えてきません。対象を横断的に捉えるのではなく、縦断的にホリスティックに捉えなければ、対象を深く見据えることができないと原先生から教えていただきました。そこで、ここでは少数サンプルを継続的に追うことにしました。
2歳から3歳の幼児を対象にテレビ接触の実態を把握し、テレビが子どもにどのような影響を与えるのかを見ようというものでした。幼稚園にもいかず日中、母と暮らすことの多い幼児にテレビは大きな影響を与えているのではないかという仮説の下に、典型的な都会の子ども(核家族サラリーマン家庭、マンション居住)を対象にしました。1年に2回、対象児童の家を訪問し、子どものテレビ視聴の実態を参与観察するのです。同時にその時期、母親に幼児の1週間分の視聴日記を書いてもらいます。さらに、参与観察に訪問した際、親子関係テストや知能テスト、等々を実施しました。それを3年ほど継続して行いました。
*少数サンプルに対する縦断的でホリスティックな研究を経験することで、文化人類学的手法は対象を深く把握し、そのメカニズムを知るには大変、役立つ手法だということを知りました。一週間分の視聴記録と母親への聞き取り調査、本人のテレビ視聴の参与観察の結果からさまざまなことがわかってきました。得難い経験をしたのです。
以上の研究活動を整理すると、以下のようになります。
NO | 研究テーマ | 研究期間 | 研究主体 | 研究資金 |
1 | 老人とテレビ | 1982年3月~4月 | 香取 淳子(修士論文のための調査研究) | 私費 |
2 | テレビ診断 | 1982年6月 | FCT | FCT |
3 | 老人のテレビ利用と要求充足に関する実証的研究 | 1983年10月~1984年9月 | 老人視聴者の利用満足研究会 | NHK放送文化基金 |
4 | 幼児とテレビ | 1983年4月~1985年3月 | 厚生省母子相互作用臨床応用研究班 | 厚生省 |
5 | 主婦の情報接触行動 | 1984年5月~6月 | 香取 淳子 | 私費 |
6 | 子どもとテレビ | 1985年4月~1986年3月 | お茶の水女子大学・原ひろ子教授との共同研究 | 日本精神分析財団 |
7 | 幼児のテレビ接触行動 | 1985年10月~11月 | 香取 淳子 | 私費 |
8 | 老いとメディア | 1991年4月~1994年3月 | 超高齢化プロジェクト(副田義也・班) | 日本生命財団 |