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Googleはイノベーションを促進するか?

Googleはイノベーションを促進するか?

安倍政権は成長戦略の一つとして、起業の開業率を現在の5%弱から倍に引き上げることを目標にしています。とはいえ、閉鎖的な日本の企業風土を見ると、それが可能なのかどうか、はなはだ心もとないといわざるをえません。これまでに何度か若手起業家が華々しくデビューしたことがありましたが、すぐに潰れてしまいました。日本には起業家を育てる風土はなく、志を持った人々にとって起業しやすい環境とはいえないのが実情です。そんな中、米グーグル出身の若手日本人が次々と起業をしているというのです。

■Google出身の若手起業家、次々と誕生

日経新聞(2014年4月18日付)は米グーグルの日本法人出身の起業家が増えていると報じていました。美容院やヨガ教室を対象に、スマホで予約を受けて管理するサービスを始めたクービック社長の倉岡寛氏、クラウド・コンピューティングを活用した会計サービスを展開するfreee CEOの佐々木大輔氏、広告関連技術のフリークアクト設立した佐藤祐介氏、ネットを通じだチケット販売・イベント管理サービスを手掛けるイベントレジストCEOの平山幸介氏、等々(下図、参照)。29歳から40歳の若手です。いったい、なぜ、グーグルはこれだけの人材を輩出することができたのでしょうか?

 

上記資料:日経新聞(2014年4月18日)より

 

■起業はGoogleの企業文化が生み出した?

この記事を書いた日経新聞の奥山和行記者は、グーグルでは起業が身近だったことに加え、グーグルの企業文化が新たな事業を興すことを後押ししたと分析しています。グーグルには、技術者が働きやすく、彼らの意欲を喚起する仕組みに大きなコストと時間を費やす企業文化があったというのです。さらに、規模の急拡大や海外対応に備えたサービスの開発がいわば前提となっているのが、グーグルの特徴だったといいます。たとえば、クービックはサービス開始直後から日本語に加え、英語と韓国語に対応していますし、イベントレジストは当初からインドネシア語を含む5か国語に対応しているようです。

■Google出身起業家の特徴

上図をみてもわかるように、グーグル出身の起業家が立ち上げているのはインターネットをベースに海外展開を目指す企業だという点に特徴があります。そもそもグーグル自体が、検索エンジンやクラウド・コンピューティング、ソフトウエア、オンライン広告などのインターネット関連のサービスや商品を提供する米の多国籍企業ですから、そこから巣立った彼らがそのような志向性を持つのも当然といえば当然のことです。そして、そのような彼らが起業したビジネスで成功を収める確率が高いということは、彼らが持つ能力や価値観、視点がいまの時代にきわめて適合的だということを示しています。

■デジタルエコノミー時代の競争

2014年3月14日、国際シンポジウム「デジタルエコノミーにおける競争政策」が開催されました。登壇者からの指摘が興味深く、考えさせられました。印象に残ったところをかいつまんで紹介することにしましょう。

たとえば、仏トゥルーズ大学のクレメール教授は「デジタルエコノミーでは起業の規模が大きくなると効率も大幅に向上する」と述べています。また、米ボストン大学のライスマン教授は「デジタル産業に移行したことで、規模の経済が働きやすくなり技術革新も激しくなった」と述べています。両者とも、デジタルエコノミーの時代には規模の経済が大きく働くようになるといっているのです。ですから、米グーグル出身の起業家たちはいずれも規模の急拡大に耐えるシステム、多言語に対応したサービスを構築したのでしょう。

クレメール教授はデジタルエコノミーでは技術革新が激しく、企業の独占はあまり長く続かないと述べ、AOLの例をあげています。私もAOLメールを使っていたことがありましたが、一時、AOLが市場を独占していたことは確かです。ところが、その後の技術革新の波に乗り切れず、独占的地位を失ってしまいました。このようにデジタルエコノミーの時代では、企業が安定して独占的な地位を占めることは難しく、競争が熾烈なものになっていくのは必至なようです。

■日本の国際競争力は?

IMD(経営開発国際研究所)の2013年世界競争力年鑑によると、日本の総合評価は24位でした。それ以前も、22位(2008年)、17位(2009年)、27位(2010年)、26位(2011年)、27位(2012年)といった具合で、予想していたよりはるかに低いものでした。(以上のデータは http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_6019129_po_074406.pdf?contentNo=1 )日本の科学技術力は世界のトップレベルだと思っていただけに、ちょっとショックでした。

ところが、研究開発投資や人材などの科学インフラの項目では日本は2位にランクされているといいます。ですから、かなり改善の余地があることは事実でしょう。とくに、企業の大学教育への評価、起業家精神などについては順位が低いといわれていますから、日本の強みを生かせるようにきめ細かく対応していく必要があるのでしょう。

■世の中のニーズとのマッチング

気になるのは、東京大学名誉教授の畑村洋太郎氏の指摘です。彼は日経新聞(2014/4/18付)で「日本には今、技術がないのに、あるかのようなイリュージョンをみんなが持っている」と指摘しています。個々の技術はあるが、世の中の要求に対応する技術がないというのです。日経新聞編集委員の賀川雅人氏は中国などの追い上げ等を踏まえ、「日本の強みを生かせないままの失速が懸念される」とし、「日本は産学連携を強化してきたが依然不十分で、一層加速する必要がある」と結論づけています。

個別にみると、日本の科学技術に優れた側面はありますが、総合的な競争力という点では評価が落ちるのです。ニーズに対応しようとする姿勢が希薄なのでしょう。その点で、米グーグル出身の起業家たちは世の中のニーズを踏まえているだけではなく、さらに、急拡大への対応、多言語への対応なども基本要素としてサービスの構築を考えています。ビジネスとして成功するのも当然だという気がします。

■世界のベンチャーに目を向けるGoogle

グーグルは自身の体質を強化するために、世界のベンチャーに目を向けているようです。イスラエルのベンチャー企業Wazeを買収しました。この企業はスマホ向け地図アプリなどを開発しています。グーグルはこの企業が開発したアプリ利用者が提供するデータに基づき、渋滞情報などを効率的に更新していく技術に自社との親和性を感じたからだといわれています。

Peter CohanはグーグルがWazeを買収した理由を四つあげています。すなわち、①Waze利用者の参加、②フェイスブックやアップルからWazeの囲い込み、③グーグルマップにはない特色がWazeにはある、④グーグルマップの代替としてWazeを利用、等々です。

 

FAIRFAX, CA - DECEMBER 13:  The Google Maps ap...

上記の写真:http://www.forbes.com/sites/petercohan/2013/06/11/four-reasons-for-google-to-buy-waze/

■グローバルな競争時代に生き残るための次世代技術

時代の潮流に乗っているグーグルは、競争力を維持するために世界に目を向けています。自社に必要な技術をもつベンチャー企業を買収するだけではなく、次世代につながる技術にまで手を伸ばそうとしているのです。なんとグーグルは2013年末にかけて8社のロボットベンチャーを買収したというのです(日刊工業新聞2014/4/18)。ロボットが次世代技術だとみなしているからでしょう。検索エンジンでスタートしたグーグルですが、時代の流れに沿って、次々と技術を手に入れ、商品化してきたことがわかります。

ロボットは情報端末でもあります。ですから、インターネット経由で家電製品にリンクし、掃除機に掃除させたり、洗濯機に洗濯させることができます。使用履歴から個人の情報を集約することもできます。このようにしてロボットが消費者からデータを収集できれば、さらなるサービスを生み出すことができるでしょう。つまり、グーグルは次世代技術をベンチャー企業から次々と買収することによって、対応しようとしているのです。

グローバルな競争時代に生き残るためにグーグルは、複層的な手段を講じています。一つは自由で新しいアイデアを創出しやすく、それを事業化しやすい企業文化を醸成していることです。実際、そのような企業風土の中からベンチャービジネスを立ち上げ、成功している人々がいます。さらには、自社内では創出できないようなビジネスについては世界中に張り巡らした探索網を通してキャッチし、買収しています。科学技術に強く、製品化に長けているだけでは不十分であることがわかります。グーグルやアマゾンなどのやり方を見ていると、英語圏であり、インターネットを開発したアメリカの強さを感じずにはいられません。(2014/4/19 香取淳子)