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05月

延期費用の負担を巡って迷走する日本

■IOCの不可解な行動

 2020年4月21日、テレビや新聞各社は、国際オリンピック委員会(IOC)が公式サイトで、オリンピックの追加費用負担について安倍首相が合意したと掲載し、翌日にはそれを削除したと報じました。

 たとえば、朝日新聞は、次のような記事を掲載しています。

こちら → https://www.asahi.com/articles/ASN4P5TW0N4PUTQP018.html

 これを読むと、IOCは4月20日、「安倍首相が現行の契約に沿って日本が引き続き負担することに同意した」と公式サイトに掲載していたようです。ところが、大会組織委員会がその掲載内容を否定し、削除を求めたところ、21日には公式サイトから削除されていたというのです。

 問題の記事は、IOCの公式サイトのQ&Aのページに掲載されていました。もちろん、いま、その文章を見ることはできません。現在、見ることができるのは変更された後のものです。

こちら → https://www.olympic.org/news/ioc/tokyo-2020-q-a

 この中の7項目目、「(UPDATED) WHAT WILL BE THE FINANCIAL IMPACT OF POSTPONING THE GAMES?」というのが、問題視されたものでした。その内容をご紹介しておきましょう。

Tokyo 2020 and the IOC confirm that it was agreed between the IOC and Japan on 24 March 2020 that the Games of the XXXII Olympiad will now be celebrated in 2021. This postponement was made in order to protect the health of all people involved in the staging of the Games, in particular the athletes, and to support the containment of the virus. It will now be the work of the IOC to assess all the challenges induced by the postponement of the Games, including the financial impact for the Olympic Movement.

The Japanese government has reiterated that it stands ready to fulfil its responsibility for hosting successful Games. At the same time, the IOC has stressed its full commitment to successful Olympic Games Tokyo 2020. The IOC and the Japanese side, including the Tokyo 2020 Organising Committee, will continue to assess and discuss jointly about the respective impacts caused by the postponement.

 そもそも、原文は、IOC公式サイトの「オリンピック東京大会に関するよくある質問」のコーナーで取り上げられた、「オリンピック延期後の財政的な影響はどうか?」という質問に対する回答として用意されたものでした。

 ところが、修正された上記の文章では、「安倍首相」の文字もなければ、財政支出に関する文言もありません。ただ、延期に取り組む心構えのようなものが書かれているだけDした。とても、延期後の追加費用に関する質問への回答とはいえません。

 先ほどの朝日新聞によると、日本の組織委員会は、IOCが公式サイトに掲載した記事に対し、「会談では費用負担について取り上げられた事実はなく、双方合意した内容を超えて、このような形で総理の名前が引用されたことは適切でない」ことを理由に、削除を要求したといいます。

 上記の文章を読むと、明らかに、日本の組織委員会から削除を要求され、修正されたものだということがわかります。IOCは日本の組織委員会の要求をいわれるままに聞き入れたのです。

 そこで、4月20日にIOC公式サイトに掲載された原文がどのようなものであったのかが気になってきました。

■原文ではどう書かれていたのか。

 ネットで探してみると、井上美雪氏が「東京オリンピック追加負担に「首相同意」 IOCが翌日削除」というタイトルの記事の中に、IOC公式サイトの該当箇所を写真撮影したものが掲載されていました(※ HUFF POST NEWS, 2020年4月21日)

 写真で記録された文章の文字を一つずつ、起こしてみました。

The postponement was made in order to protect the health of all people involved in the staging of the Games, in particular the athletes, and to support the containment of the virus. It will now be the work of the IOC to assess all challengers induced by the postponement of the Games, including the financial impact. Japanese Prime Minister Abe Shinzo agreed that Japan will continue to cover the costs it would have done under the terms of the existing agreement for 2020, and the IOC will continue responsible for its share of the costs. For the IOC it is already clear that this amounts to several hundred million of dollars costs.

The postponement was not determined by financial interests, because thanks to its risk management policies including insurance, the IOC in any case be able to continue its operations and accomplish its mission to organaise the Games.

 これが、2020年4月20日に掲載されたIOC公式サイトの原文です。

 確かに、ここでは、「日本の安倍晋三首相が、2020年に向けた現行の契約条件の下で引き続き費用を負担し、IOCもその費用の分担について引き続き責任を負うことに同意した」と書かれ、さらに、「IOCにとっては数億ドルのコスト負担になることはすでに明らか」だと記されています。

 ですから、原文では、現行の契約条件の下、安倍首相は延期費用を負担することに同意したことがはっきり書かれているばかりでなく、IOCの負担分についても現行の契約条件下で合意されていることが示唆されているのです。

 上記の朝日新聞は、「追加経費は約3千億円規模の見方があるが、IOCは見解で、自らの負担額は数億ドル(数百億円)規模とした」と書いています。IOCが(独自の)見解で、数億ドルと見積もったということなのでしょう。

 さらに、菅氏は「延期に伴い、必要な費用については、16日に開催されたIOC組織委との会議において、コストを含む影響の取り扱いが共通の課題であることを確認し、今後共同で評価、議論することで合意したと承知している」と述べたと報じています。必要な費用分担については今後、両者で話し合い、協議していくというのです。

 日本側の言い分を見ていると、IOCが公式サイトを利用して、追加費用のうち、わずか5分の1程度しか負担しないと宣言しているように思えてきます。

 果たして、実際はどうなのでしょうか。

■気になるIOCの回答

 朝日新聞は記事の中で、削除理由についてIOCに取材したところ、次のように回答を得たと書いています。

 「IOCの情報発信の場で、安倍首相の名前を出すのは適切ではないと、組織委から合図(連絡)があった。彼らの希望をもちろん尊重した」

 IOCの回答からは、日本側のクレームの中心が、延期費用の負担ではなく、「安倍首相の名前を公式サイトで出した」ことであったことがわかります。ここに、面子にこだわり、国益を軽んじた姿勢が透けて見えます。

 IOCの回答を見て、私が気になったのは、費用負担の金額について、否定せず、訂正もせずにただ、「日本側の希望を尊重して」、該当箇所を削除しただけだということでした。

 確かに、IOCは削除要請を受けて、「安倍首相」の名前や金額を削除し、日本側の要望通り、下記のように文章を修正しています。

The IOC and the Japanese side, including the Tokyo 2020 Organising Committee, will continue to assess and discuss jointly about the respective impacts caused by the postponement.

 原文で具体的に書かれていた、「安倍首相が…、現行契約の下、日本側の負担に同意した」の箇所、そして、具体的な金額は削除され、その代わりに、「延期による影響については、両者は引き続き、共に評価し、議論していく」とだけ記されています。

 これではIOCが原文で表現していた肝心の部分が否定されたことにはなりません。つまり、追加費用のうちIOCが負担するのは数億ドルだけだという見解が否定されたことにはならないのです。

■負担金をめぐるせめぎ合い

 いま、明確に否定しておかなければ、やがてIOCの言い分が既成事実化してしまいかねないでしょう。なにしろ、IOCは原文で、「現行の契約の下、安倍首相が同意した」と記していたのですから・・・。

 一連の流れを見ていると、日本側の対応に危うさを感じざるをえません。

 IOC公式サイトの文章(原文)を読んで、誰もが印象に残るのは延期費用のうち、IOCが負担するのは数億ドルという箇所です。ところが、日本側はその箇所について、明確な訂正を要求していないのです。

 ジャーナリストの江川紹子氏もおそらく、そのことを危惧したのでしょう、自身のツイッターで、「「合意の事実はありません」に留まらず、日本は追加経費については払えません、ということを、日本側はまず宣言してもらいたい」という見解を示しています。(※ 2020年4月22日、ヤフーニュース)

 朝日新聞は記事の中で追加費用を約3千億円と見込んでいました。果たして、実際はどの程度になるのでしょうか。IOCの見解を踏まえれば、日本は途方もない金額を負担しなければならなくなる可能性があります。江川氏のいうように、「合意の事実はない」と指摘するだけではなく、「日本は追加費用の負担はできない」とはっきりというべきでしょう。

 ひょっとしたら、追加費用についてはっきり否定できない何かが、日本側にあるのかもしれません。

■開催への固執から一転して、延期で合意

 これまで何度か、オリンピックが中止されたことがあります。ところが、今回は、「延期」です。オリンピック史上はじめて、「延期」の決定がなされたのです。つまり、IOCは今回、敢えて、前例を覆す決定をしているのです。・・・、ということは、日本側が何らかの条件を提示して、IOCに「延期の決定」を要請した可能性があります。

 思い返せば、延期決定に至る経緯がなんとも不透明で、しかも、唐突でした。

 延期が決定されたのは、2020年3月24日でした。安倍首相がバッハIOC会長と電話で協議し、開催予定だったオリンピック、パラリンピックを1年程度延期することで合意したと報じられたのです。「東京2020」の名称を維持したまま、遅くても2021年夏までに開催することがIOC理事会で承認されたというのです。

 バッハ会長は、WHO(世界保健機構)のパンデミック宣言を踏まえ、日本からの延期の提案を承認したといいます。一方、安倍首相は事前の記者会見の場で、「完全な形での実施」ができなければ、延期も仕方がないと述べ、「中止は選択肢にない」と述べていました。両者の発言を突き合わせると、明らかに日本側の要望をIOCに聞き入れてもらったことになります。

 実際、バッハ会長は4月12日、ドイツ紙のインタビューに答え、「中止と違い、延期はIOCが独断では決められない」と語っています(※ 2020年4月13日、「日経新聞」)。

 こうしてみると、「延期」という選択は日本側の要望であったことがわかります。

 これまで開催予定だったオリンピックが中心になったケースはいくつかありますが、延期になったことは一度もなく、今回が初めてだそうです。

 最初に中止になったのは1916年のベルリン大会で、これは直前に始まった第1次世界大戦のせいでした。東京で開催されるはずだった1940年大会は、日中戦争のため1938年に返上しています。そして、1944年に予定されていたロンドン大会は第2次世界大戦のため、中止になりました(※ 日経新聞2020年3月12日)。

 これまでは、すべて戦争が原因で、予定されていた大会が中止になっています。

 ところが、今回はパンデミックが原因です。なぜ、中止ではなく、延期に決定されたのでしょうか。しかも、いつ収束するかもわからないのに、なぜ、「1年程度の延期」なのでしょうか。当時、私は不思議でなりませんでした。

 しかも、バッハ会長はドイツ紙のインタビューに答え、「中止の場合、IOCの保険が適用されるが、延期では適用されない」と述べています(※ 前掲。2020年4月13日、「日経新聞」)

 日本は保険が適用されなくても、中止ではなく、延期を選択したのです。当時の状況を思い返せば、アスリートや観客などを慮って延期を要望したわけではなさそうです。

■中止を要望する各国選手の声、競技団体の声

 新コロナウイルスの感染者は、中国の武漢市で発生して以来、瞬く間に世界に拡散していきました。感染者数は急増し、いつ収束するかもわかりません。感染は約170ヵ国・地域に広がっており、各国は出入国制限をするようになっていました。当然のことながら、五輪予選の延期や中止が相次いでいました。

 IOCによると、出場枠のうち、43%はまだ決まっていませんでした(※ 2020年3月23日 日経新聞)。誰が考えても、このままの状況では、オリンピックを今年7月に開催することは不可能でした。

 案の定、選手をはじめ現場の関係者から、次々と開催中止の声が上がり始めました。ついにはJOCの理事も中止発言をするようになりました。選手の健康、大会に向けたコンディションを考えたからでした。

 ところが、安倍首相、森大会委員長、小池都知事などの主催者は一様に、当事者の声を無視し、なんとしても開催すると言い張っていました。IOCも同様です。不自然なほど開催へのこだわりを見せていました。

 感染が拡大しはじめてから、IOCやバッハ会長がどのような発言をしてきたか、整理した図がありますので、ご紹介しましょう。


日経新聞、2020年3月23日

 イタリアで感染が急増しはじめた3月4日、バッハ会長は「東京五輪の成功に全力を尽くす」といっています。ところが、フランスやドイツ、スペインに感染が広がり始めた12日、「WHOの助言に従う」といっています。感染者が増えていく中、欧米を中心に選手や団体らがオリンピックの中止あるいは延期を求めるようになりました。IOCはこれらを無視することはできず、各国の選手代表らと電話会議をしたのが、3月18日です。

 翌19日に、バッハ会長はニューヨークタイムスの取材に、「違うシナリオを検討している」と答えており、それまでとはやや見解を変えました。それでも、21日段階ではまだ、「延期することはできない」とドイツのラジオ局の取材に答えていたようです。

 ところが、21日、スポンサーやTV放映権などでIOCに強い影響力のあるアメリカが延期に向けて動きだすと、IOCは、「延期」を含めた対応を検討すると発表したのです。22日の夜のことでした。

このころ、私はなぜ、IOCやJOCは選手や観客の健康に留意せず、ひたすら開催にこだわり続けるのか、不思議で仕方がありませんでした。

■延期決定の背後に見える、経済的損失

 各紙は、関西大学名誉教授の宮本勝浩氏の試算を踏まえ、延期なら6408億円の損失、中止なら4兆5151億円の損失になると報じました。これを読むと、中止ではなく、延期にしなければならなかったのは、損失が膨大になるからだということがわかります。中止になれば、開催することによって得られる収入がゼロになるのですから、当然です。とはいえ、4兆5151億円とは莫大な金額です。

 こうしてみてくると、日本側がIOCに強く要望し、その結果、「延期」が決定されたことが推察されます。

 日刊スポーツは4月29日、組織委員会の森喜朗会長に取材し、その内容を記事にしています。なぜ、中止ではなく、延期だったのか、森氏へのインタビュー結果は以下のようにまとめられています。

「日本での新型コロナウイルス感染者が増え始めた2月上旬、森会長は組織委の幹部に延期した場合のシミュレーションをするよう内々に指示していた。中止を回避するため聖火を日本に持ち帰り、先手を打って日本側からIOCへ延期を提案したことも明かした」(2020年4月29日、「日刊スポーツ」)

 延期の決定から1か月余が過ぎ、ようやく森喜朗会長も口を開く気になったのでしょうか。日本の主催者が一様に、「通常開催を目指す」と言い続けた理由は、「日本側がその姿勢を崩したら、IOCバッハ会長は喜んで「中止」を選択しただろう」と明かしたのです。

 当時、「延期」に持ち込むための不自然な言動が繰り返されていました。経済的損失を考えれば、いまさら中止にするわけにはいかなかったのでしょう。新型コロナウイルスの感染者が日増しに増えているなか、政府、組織委員会、東京都だけは現実を見ないように頬かむりして、「通常の開催」を唱え続けたのです。

「延期」に持ち込むことがどれほど難題だったか、森氏によって、その舞台裏が明かされたわけですが、その理由は、アスリートや観客の気持ちに配慮したからではなく、経済的損失をより少なくするためでした。

■負担金を支払えるのか。

 延期に伴う追加費用について、組織委員会とIOCは最大で3千億円程度と見積もっていました。これは先ほどの宮本氏の試算の半額以下です。主催者側が低い方の数字を取り上げ、采配していることからは、いかにも軽い負担のように人々に印象づけようとしているように思えます。

 新型コロナウイルスの感染は世界中に及び、人々の健康を脅かし、経済を破綻させています。オリンピックのスポンサー企業もまた、経済の悪化により資金の余裕がなくなりつつあります。

 エコノミストの試算によれば、夏ごろまで感染拡大が続けば、日本のGDPは7.8兆円減少し、上場企業の純利益は最大24.4%減ると見積もっています(※ 2020年3月23日、日経新聞)。いまや、追加費用を日本が負担できるのかどうかも危ぶまれる状況になっているのです。

 4月28日、古賀茂明氏は一連の騒動について、次のように述べています。

「元々五輪予算1兆3500億円のうち、IOCの負担は850億円で、全体のわずか6%強だ。1年延期のための費用は約3千億円とされるが、IOCに従来の割合を極端に超えて支払えと言える理由は特にない。しかも、小池百合子都知事、安倍晋三総理ともに五輪中止の選択肢はなく、交渉上の立場は弱い。そう考えると、IOCが巨額負担をする可能性はなく、IOCの発表は常識的なものだったと考えられる」(2020年4月28日、「AERAdot.」)

 延期に至る経緯を思い起こせば、古賀氏の指摘はとてもよく納得できます。IOCはおそらく、契約に基づいて、自身の負担金額を算出したと考えられます。算出基盤にゆるぎない自信を持っているからこそ、IOCは日本からクレームを受けても、要望をそのまま聞き入れ、該当箇所を削除したのでしょう。

 日本側も、IOCの算出基盤を理解しているからこそ、該当箇所を削除しただけの修正を是とし、問題にしなかった可能性が考えられます。

■不透明な意思決定過程

 森氏はインタビューに答え、日本側が一丸となって開催を主張し続けなければ、IOCは喜んで中止しただろうと述べていました。本来であれば、オリンピックは「中止」されるはずだったのです。ところが、日本側は経済的損失を恐れ、無理やり、「延期」に持ち込みました。

 当然、延期に伴う費用の負担についても、契約に基づく規定があったはずです。

 新型コロナウイルス感染が世界中に広がっているいま、どの国も経済が停滞し、追い詰められてきています。公式サイトでIOCが敢えて延期費用の負担に言及したのは、日本が規定通り費用を負担するか否か危惧し始めたからかもしれません。

 なにしろ、延期に至る意思決定過程はあまりにも不透明で、不自然でした。日本側は直近の経済的損失だけを考え、強引にオリンピック史上経験のない「延期」に持ち込みました。中止であれば保険が適用され、延期なら保険が適用されないというのに、日本側は敢えて、非合理な決定をしたのです。

 日本側の思考法や意思決定の在り方に、IOCが懸念を覚えていたとしても不思議はありません。バッハ会長がドイツ紙のインタビューに答え、費用負担を「数億ドル」と明かし(2020年4月13日、「日経新聞」)、IOCの公式サイトにも「数億ドル」と記載しました(4月21日)。一連の動きからは、今後の焦点が延期費用負担を巡るものであり、IOCが早々に日本側の動きを制したと考えられます。

 そのような流れのなか、安倍首相は4月28日、延期費用の支払いを約束した事実はないと否定しました。

こちら → https://www.asahi.com/articles/ASN4X4J07N4XUTFK01L.html

 確かに、安倍首相は衆議院予算委員会で、国民民主党の渡辺周氏の質問に答え、「IOCに対して費用を負うと約束した事実はない」と述べたと報じられています。同様の内容を「日刊スポーツ」も報じています。今回、安倍首相は公の場ではじめて、延期費用の負担を否定したのです。

 公式サイトにIOCの見解が掲載された時点(4月21日)では、安倍首相はこれについて言及せず、菅官房長官が、「追加費用に関する合意の事実はない」と述べていました。この文言には、合意には達していないが、話し合いはしたという含みがあります。ですから、両者が今後、話し合いを重ね、協議していくという方向につながります。

 ところが、今回、安倍首相は「IOCに対して費用を負うと約束した事実はない」と述べているのです。これは、責任者である首相がIOCの見解を完全否定したことになります。虚偽だと宣告しているようなものですから、今度はIOCからクレームがつけられても文句はいえません。

■誰のためのオリンピックなのか。

 安倍首相が、新型コロナウイルスの影響で「スポンサーのなかには厳しい状況の中にあるところもあると承知している」との認識を示したと朝日新聞は記しています。ですから、予算委員会で渡辺氏から質問された際、首相はとっさに国内世論やスポンサー企業を思い浮かべ、このような答弁をしたのかもしれません。

 実際、今の状態では、とてもオリンピックどころではないという意見が、国民からもスポンサー企業からも出てくるでしょう。

 IOCの見解を完全否定しておかなければ、大変なことになるという思いが、安倍首相の脳裏をよぎったのかもしれません。オリンピックを強引に、「延期」に持ち込んだように、開催を阻む要因をその場しのぎの答弁で抑え込もうとした可能性があります。

 一国の首相が、そのような行き当たりばったりの対応を繰り返せば、どのような結末を迎えることになるのでしょうか・・・。ふと、日本の将来に暗雲が垂れ込めているような気がしてきました。

 今回、オリンピックの延期に伴う費用負担を巡って、いろいろ調べてみました。はっきりと見えてきたのが、日本政府の意思決定過程がいかに不透明で、その場しのぎに終始しているかということでした。しかも、事後、納得できるような説明がありません。

 不透明だからこそ、非合理なこともまかり通ってしまいます。その結果、一見、思い通りに事が運んだように見えたとしても、最終的には大きな代償を支払うことになってしまうのです。

 延期費用を巡る騒動からは、日本政府の意思決定過程の不透明さが浮き彫りにされました。重大な意思決定が、理念もなく、合理性を欠き、データを踏まえずに行われていました。

 オリンピックはいったい誰のためのものなのか。日本政府をはじめ主催者側はその原点を踏まえず、不透明ななかで意思決定を行いました。経済的損失を第一義的に考えたからでした。その結果、今、延期費用についても迷走しています。理念を置き去りにした日本の態勢には、危うさと不安を感じずにはいられません。(2020/5/2 香取淳子)