■戦闘終結に向けた協議
4月11日午後、アメリカとイランはパキスタンの首都イスラマバードで、戦闘終結に向けた協議を行いました。協議は21時間にも及びましたが、合意には至りませんでした。
話し合いの席に着いたのは、アメリカ側が、バンス副大統領、ウィットコフ中東担当特使、トランプ大統領の娘婿クシュナー氏などで、イラン側が、ガリバフ国会議長が率いる代表団、アラグチ外相などでした。
停戦に向けた協議内容のうち、両者の主張が対立するものについて、日経新聞は各種報道に基づき、次のようにまとめています。

(※ 日経新聞、2026年4月12日)
「ホルムズ海峡」、「イラン核開発」、「イランへの経済制裁」、「レバノンン戦線」など、いずれも両者が譲り合うことのできない難題です。このうち、全世界に大きな影響を及ぼしているのが、ホルムズ海峡に関する対立です。
イランは、2026年2月28日夜(現地時間)から、ホルムズ海峡を封鎖しました。アメリカとイスラエルによる攻撃への対抗措置でした。イラン革命防衛隊が、全船舶の航行禁止を通告し、ホルムズ海峡の「事実上の封鎖」を開始したのです。
ホルムズ海峡の封鎖は、世界はもちろん、アメリカにとっても大きな痛手でした。
当然のことながら、アメリカはイランに、ホルムズ海峡の早期開放を求めました。ところが、イランは、戦闘終結後もホルムズ海峡の管理を続けると主張して譲らず、合意が得られませんでした。
ホルムズ海峡の管理こそ、イランにとって強力な外交カードだったからです。
■外交カードとしてのホルムズ海峡
実際、ホルムズ海峡の封鎖以降、アメリカの3月の消費者物価指数(CPI)は、ガソリン高の影響を受けて、前年同月比3.3%も上昇しました。約2年ぶりの物価高によって、消費心理は冷え込み、消費者態度指数は1952年以降、最低を更新しました(※ 日経新聞、2026年4月12日)。
ホルムズ海峡の封鎖が、アメリカにも大きな打撃を与えることが明らかになったのです。このまま戦闘状態が続けば、人々の生活は困窮化し、不満が高まるのは目に見えています。非難の矛先がアメリカ政府に向かえば、11月に中間選挙を控えたトランプ大統領は深刻な影響を被ることになるでしょう。
トランプ大統領は、早々に戦闘を終結し、ホルムズ海峡を開放しなければならなかったはずです。
ところが、イラン側は、アメリカがイランの合意案を受け入れない限り、「ホルムズ海峡の状況は変わらない」と強硬な態度を貫きました。イラン外務省の報道官のバガイ氏は、「イランは国益を守るための手段を講じ続けなければならない」と説明し、妥協しませんでした。
困り果てたアメリカのバンス副大統領は、交渉の合間を縫って、何度もアメリカにいるトランプ大統領に電話をしていたそうです。一方、トランプ大統領は、記者団から協議の進捗状況を問われ、「合意するかもしれないし、しないかもしれない。それでも米国の立場からみれば勝利だ」と強調したといいます。
いかにもトランプ大統領らしい強気の発言です。
実際、アメリカは、イランの首脳陣を殺害し、主要な軍事施設等と消滅させ、国家としての存立基盤を大きく破壊しました。アメリカの勝利といえば、確かにそうなのですが、敢えて記者団にアピールしてみせたところに、有権者を意識したトランプ大統領の気持ちが透けて見えます。
戦闘終結に向けた協議は、このようにして不調に終わりました。それでも、完全に決裂したわけではなく、アメリカもイランも今後の追加交渉の可能性は残していました。
イランの外務報道官バガイ氏は、「パキスタンや他の地域の同盟国と協議を続ける」と発言し、アメリカの副大統領バンス氏も、米国の要求をイランが受け入れるかどうか、様子を見ると述べています。交渉の仲介役を務めたパキスタンのダール副首相兼外相も、今後も仲介役を担う考えを示しました(※ 日経新聞、2026年4月12日)。
今後、追加交渉の可能性はあるとはいえ、決められた停戦期間は2週間です。4月22日までに、両者が恒久的な戦闘終結で歩み寄ることができなければ、停戦合意は破棄されることになります。
戦闘終結に向けた両者の合意がなければ、ホルムズ海峡の危機から逃れることはできません。日本にとって存立危機事態になりかねないのです。
ちなみに、存立危機事態とは、日本が密接な関係を持つ他国が武力攻撃を受け、日本の存立が脅かされる明白な危険がある状態を指し、安倍晋三政権下の2015年に成立した安保関連法で規定されました。政府がそれを認定し、他に適当な手段がない場合に、集団的自衛権の限定的な行使が可能だと定められています。(※ https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2023/html/n260201000.html)
■ホルムズ海峡の危機は、日本の存立危機事態か?
2015年の安保関連法についての国会審議中に、安倍元首相が、存立危機事態の具体例として挙げたのが、機雷によるホルムズ海峡の封鎖でした。他国軍が武力行使の一環として機雷を敷設した場合、その掃海(除去)は武力行使に当たり得るという解釈です。
なぜ、この時、ホルムズ海峡の封鎖が具体例として挙げられたのかといえば、日本が原油輸入の9割超を中東に依存しているからです。原油を運ぶタンカーの8割が通るのがホルムズ海峡なので、機雷の敷設などでホルムズ海峡が封鎖されれば、日本のエネルギー供給に甚大な影響が及びます。まさに、日本の存立危機事態に該当するのです。
当時、想定されていた危機を図示すると、次のようになります。

(※ 日経新聞、2026年3月3日)
ホルムズ海峡に機雷が敷設され、日本に石油を運ぶタンカーが危険に晒されれば、日本の存立危機事態だとみなします。そうなった場合、同盟国アメリカか、機雷の掃海を求められれば、応じるというのが当時の安倍元首相の見解でした。
当時、安倍元首相および政府は、ホルムズ海峡で海上自衛隊が機雷を掃海するような事態になろうとは思いもせず、このような発言をしたようです。安倍氏は、国会で「現実問題として発生することを具体的に想定しているものではない」と答弁していたといいます(※ 日経新聞、2026年3月3日)。
ところが、当時は想定外だった存立危機事態が、いま、起きてしまったのです。
■高市内閣の対応
高市内閣は、イランがホルムズ海峡を封鎖すると、すぐさま、この件についての政府見解を発表しました。正確な情報が伝わらないまま、国民の間に不安が広がるのを避けたのでしょう。
木原稔官房長官が、3月2日の記者会見で、「現時点で安全保障関連法に基づく重要影響事態や存立危機事態に該当するとは判断していない」と説明したのです。
事態が発生してすぐに慎重な態度を表明したところに、高市政権の危機対応能力の高さをみることができます。
訪米直前の3月16日午前には、参院予算委員会で、高市早苗首相は、ホルムズ海峡の護衛参加について問われました。「まだ求められていないため仮定のことには答えにくい」とする一方、「日本政府として必要な対応を行う方法を現在検討中だ」と述べています。
さらに、「日本の法律の範囲内でどのように日本関係船舶及び乗員の命を守っていくか、何ができるかということを検討中」だとし、日本が独自の責任で判断すると強調しました(※ ロイター、2026年3月16日午後 2時45分)。
16日午前の国会で、ホルムズ海峡への自衛隊派遣について、高市首相が質問されたのには理由があります。
実は、トランプ大統領が3月15日、他国に対してホルムズ海峡の警備への協力を求めていると述べていたのです。具体的な国名は明かさず、7カ国と協議中だと述べるにとどめましたが、それでも、中国、フランス、日本、韓国、英国などが参加することを期待していると言ったことが報じられました(※ ロイター、前掲)。
これで火消しをしなければ、デマが広がり、国民の不安がつのります。高市内閣は、トランプ大統領の自衛隊派遣への期待発言に対し、迅速に手を打ちました。
翌16日、高市内閣は、日本とオーストラリアは、ホルムズ海峡を通過する船舶護衛のための自衛隊・海軍艦船派遣を現時点で計画していないと表明しました(※ ロイター、前掲)。訪米前にとりあえず、提携できるオーストラリアと共同で態度表明をしたのです。これは、日米首脳会談に向けての日本の態度表明でもありました。
日米首脳会談の開催は、ホルムズ海峡が封鎖されている最中に設定されていたのです。
そもそも日米首脳会談の日程が3月19日に開催されることになったのは、トランプ大統領のSNS投稿がきっかけでした。高市首相の衆議院選圧勝の報を喜び、「首相をホワイトハウスに迎えることを楽しみにしている」と、自身のSNSに2月5日(日本時間6日)に、投稿したからでした(※ 時事通信、2026年2月6日16時43分)。
当時はまだ、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃もなく、日米首脳会談での議題といえば、関税問題であり、安全保障問題、そして、中国への対応ぐらいでした。比較的対応しやすく、日本の存立危機事態など考える必要もありませんでした。
ところが、2月28日にイラン攻撃が行われ、対抗策として、イランはホルムズ海峡を封鎖しました。石油の輸送が滞った結果、世界中にガソリン高による物価上昇が広がり、人々の生活が一挙に困窮化しはじめました。
日米首脳会談は、ホルムズ海峡が封鎖されている最中で行われました。
■トランプ大統領へのパフォーマンス
3月19日、高市首相はアメリカを訪問し、トランプ大統領と日米首脳会談を行いました。
高市首相は、ホワイトハウスに到着すると、トランプ大統領とハグし、報道陣の前で、「平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています」と発言しました。
この発言について一部のメディアや識者などは非難していましたが、評論家の峯村健司氏は、「考えに考え抜いたセリフ」だと評価しています。
こちら → https://www.youtube.com/watch?v=HKbKeKuPtOM
(※ 関西テレビ、2026年3月20日放送、CMはスキップして視聴してください)
一見、トランプ大統領を手放しで褒めているように見えるセリフですが、裏を返すと、「超大国と言われるアメリカの大統領だからこそ、ドナルド、あなたは平和と繁栄を守る責任があるんですよ」と言っているように取れると峯村氏はいうのです。
当時の映像を見ると、確かに高市首相は、トランプ大統領と再会した途端、大統領の懐に飛び込み、打ち解けた雰囲気で挨拶をしていました。一気に双方の緊張感が解けたせいか、その後の首脳会談も実になごやかなムードの中で行われました。

(※ 自民党HPより)
にこやかに握手を交わす、トランプ大統領と高市首相の表情が、実に印象的です。首脳会談の幕開けにふさわしい笑顔です。
■一定の距離を置きながらも、にこやかに新規プロジェクトの提案
緊迫した状況の中でも、高市首相が動じることはありませんでした。言葉を選び、バランスよく、気配りの行き届いた挨拶を行っています。
高市首相は冒頭で、ホルムズ海峡の封鎖や航行の安全を脅かす行為、周辺地域への攻撃を行うイランへ深刻な懸念を表明したうえで、アメリカをはじめとする国際社会とともに事態の早期鎮静化を図ると述べています(※ https://www.jimin.jp/news/information/212810.html)。
興味深いのは、高市首相が、「アメリカをはじめとする国際社会とともに」、「事態の早期鎮静化を図る」と述べていたことです。この絶妙な言葉選びに、高市首相の深い配慮が感じられます。
この時、高市首相は、日本を「同盟国」ではなく、「国際社会の一員」として位置付け、トランプ大統領はじめ閣僚たちに話しかけていたのです。微妙な匙加減で、アメリカとの距離を置き、日本の立場を伝えていたことがわかります。
実際、日本は同盟国として、アメリカのイラン攻撃に巻き込まれる可能性がありました。望んでもいないイラン攻撃に、「同盟国」日本は、加担を強いられるかもしれなかったのです。
ホルムズ海峡が封鎖され、まさに存立危機状態に陥っており、自衛隊派遣を要請される可能性がありました。だからこそ、まずはアメリカとは適度に距離を置く必要がありました。そうかといって、トランプ大統領の機嫌を損ねるわけにもいきません。
高市首相は、きわめて困難な立場に立たされていました。
そう考えると、高市首相が、敢えて報道陣の前で、「平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」と言ったのも、冒頭の挨拶で、「国際社会の一員」と位置付けたのも、日本のリスクを最大限に回避するための方策だったといえるでしょう。
その一方で、高市首相は、トランプ大統領にプロジェクトの提案も行っていました。外務省はじめ関係各省庁が連携して、周到に準備し、実効性のある提案でした。

(※ 自民党HPより)
日米首脳陣の笑顔が印象的です。日米双方にメリットのある、さまざまな事業提案がなされたのでしょう。彼らの明るい表情からは、会談がみごとに成功したことが示唆されています。
一例をあげましょう。
イラン情勢によるエネルギー供給が懸念される中で、日本がアメリカとともに、米国産エネルギーの生産拡大に取り組み、米国から調達する原油を備蓄する共同事業を実現するというものです(※ 前掲、URL)。
これは、明らかに、アメリカがメリットを感じ、日本にもメリットのあるプロジェクトでした。高市内閣の精鋭が準備したのは、このような日米の国力を強化するためのプロジェクトだったのです。
日本にとって、このプロジェクトは、エネルギー安全保障対策の一環であり、アメリカとの政治リスクを回避するための方策であり、なによりエネルギー調達の多様化を図るものでもありました。
■類まれな策士であり、危機を乗り越える力を備えた政治リーダー
振り返ってみれば、今年の議長国フランスの主催で、3月11日に、G7首脳によるオンライン会議が行われていました。そこで首脳たちは、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃で、緊迫化する中東情勢および、経済・エネルギーへの影響について協議しています。

(※ 内閣広報室より)
高市首相は、G7首脳とともに、原油輸送の要衝であるホルムズ海峡付近で、複数の船舶が攻撃を受けたことを深刻に懸念すると表明し、ホルムズ海峡で安全な航行を確保することが必要だと世界に呼びかけました。
「ホルムズ海峡における航行の安全等を脅かす行為を日本として非難し、直ちに停止するよう求める」とし、「G7や湾岸諸国を始めとする国際社会と連携し、事態の早期沈静化に向け、引き続きあらゆる外交努力を行っていく」と日本の立場を表明しています。(※ https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/epc/pageit_000001_00010.html)
高市首相は、G7とともに日本はホルムズ海峡危機を懸念すると表明しています。これは、アメリカの同盟国として見なされがちな日本の立場を再定義し、ホルムズ海峡への自衛隊の派遣要請を柔らかく回避する策でもありました。
そして、オンラインでのG7協議の結果を踏まえ、中東情勢やホルムズ海峡危機への懸念を共有し、今後、それらの課題に共同で対応していくことを確認したのです。つまり、訪米一週間前に、高市首相は、G7協議の場で、日本は西側先進諸国とともに、共同で課題に対応していくことを確認しているのです。
その後、訪米2日前には、オーストラリアと共同で、現時点ではホルムズ海峡に自衛隊を派遣することは計画していないと表明しています。日本は単独でアメリカに対峙するのではなく、ホルムズ海峡危機には、G7諸国やオーストラリアともに、共同で対応するというスタンスを確認していたのです。
このように周囲を固めてから、高市内閣は渡米し19日にトランプ米大統領との会談に臨みました。
そして、日米首脳会談で、ホルムズ海峡の安全確保策が議題になった際、高市首相は、ホルムズ海峡に日本が自衛隊を派遣するには、憲法9条の制約がある旨を伝えたのです。
こうしてみてくると、高市首相は類まれな策士であり、時代を見据える力を備えた政治リーダーだといわざるをえません。(2026/4/17 香取淳子)
































































