ヒト、メディア、社会を考える

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第51回練馬区民美術展が開催されています。

■練馬区民美術展の開催
 第51回練馬区民美術展が練馬区立美術館で開催されています。期間は2020年2月1日(土)から9日(日)、開催時間は午前10時から午後6時(最終日は午後2時終了)までです。

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 会場では洋画、日本画、彫刻、工芸の4部門に分けて、展示されていました。

 私は今回、「春の日」というタイトルの油彩画(F15号)を出品しました。

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 油彩画(洋画)部門の展示作品は87点でした。レベルの高い作品が多く、それぞれ見応えがありました。足を止めて見入ってしまった作品がいくつもありました。そのうち、強く印象に残った作品をご紹介していくことにしましょう。

■黒田依莉子氏の『深海の記憶』
 区長賞を受賞した作品です。この作品を会場で見たとき、言葉では表現しきれない不思議な魅力を感じました。写真撮影をして自宅で見直してみると、さらに深淵さが増して感じられ、引き込まれてしまいました。

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 画面左側に見えるやや褐色がかった乳白色の物体は、巨大な深海魚の一部なのでしょうか。まるで馬の臀部から脚部にかけての筋肉のように、所々、隆起が見られます。そこには肉塊の持つ柔らかさとその内側にある筋肉の強靭さが感じられます。よく見ると、かすかに朱が添えられている箇所があり、それが血のようにも見えます。

 視線を右にずらすと、頭がい骨と背骨と尾ヒレだけの魚が泳いでいます。肉片は食べられてしまったのでしょうか、骨の白さが不気味です。その真下でクラゲが浮遊していますが、クラゲの傘はまるで押しつぶされたかのように平板です。中心部には赤くて丸い口のようなものがあり、そこから放射状に赤い線が伸びています。いずれも赤く塗られていますから、これもまた血のように見えます。

 その左下にはタコ壺のようなものが転がっています。中にタコが入っているのでしょうか。つい、覗いてみたくなります。その右側には巻き付けられた縄の先が見えます。おそらく、タコ壺を固定するためなのでしょう。さらに目を凝らすと、背後に張り巡らされた漁網に引っかかった海老のようなものが見えてきます。

 やや引いてみると、クラゲは長い触手を縦横無尽に伸ばしており、その動きの中に水の質感が感じられます。水中だということは、肌色の物体の周辺から浮き上がっていく卵のようなものからも感じられます。

 膜につつまれ、真珠のように鈍い光を放ちながら、卵が肌色の物体から次々と水中に浮遊しはじめています。生命が誕生しているのです。

 興味深いことに、馬の臀部のように見える物体の上に、長方形の金箔のようなものが描かれています。自然界と交じり合うことのない人工物です。画面の下に描かれた縄も壺もヒトが作り出した人工物ですが、こちらは自然界と交じり合い、共生し、やがては朽ちていきます。ところが、金箔のように見えるものはいつまでも朽ちることなく、自然界とは異質なまま存在し続けるのでしょう。

「深海の記憶」とは海中から誕生した生命の根源を指しているのでしょうか。あるいは、深い記憶の底に眠る、個体発生と系統発生との連鎖を指しているのでしょうか。この画面からは、生命が誕生して以来の時間の堆積が感じられます。

 その一方で、さまざまな形状、大きさ、色彩のモチーフが画面に多数レイアウトされており、微妙に層化された奥行が生み出されています。それは水平方向に造形された層と、垂直方向に造形された層と一体化し、生命を育む空間の厚みと歴史を感じさせます。

 さらに、画面左上には金箔のようなものが描かれています。異質のものを配することによって、画面にコンフリクトが生み出され、劇的な構成になっています。とても興味深く、眠っていた感覚を甦らせてくれるような作品でした。

■加藤保典氏の『グラス』
 努力賞を受賞した作品です。何気ないモチーフを描きながら、奇妙な魅力があります。

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 グラスが5個、描かれています。このうち、見る者にとって違和感なく存在しているのはただ1つで、それ以外は描かれた視点がそれぞれ大きく異なっています。それが不思議な調和を保ちながら、重なり合って、一つの世界を創り出しています。

 グラスが5個、描かれていると書きましたが、ひょっとしたら、それ以上かもしれません。見る者にそう思わせてしまうほど、ただ一つのグラス以外は見たままを描かず、複雑に絡ませながらレイアウトしています。グラスの底面と上の縁、いずれも円形ですから、重ね合わせ、逆さまにして見せることが可能です。上部も下部の円形だということを利用して、まるでパズルのような絵柄を生み出しているのです。

 この作品を見ていて、ふと、セザンヌのリンゴを描いた作品を思い出してしまいました。タイトルは、『リンゴとオレンジのある静物』です。

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(1999年制作、オルセー美術館所蔵)

 真ん中のリンゴ以外はすべて、どこか違和感があります。リアリティに欠ける表現で描かれているからでしょう。食器の描き方も、布の描き方も雑に見えます。そう見えてしまうのは、セザンヌが遠近法を無視し、立体表現を無視したうえで、複数の視点を組み込んで描いているからでした。

 セザンヌのこの作品は、見る者に違和感や不安定を感じさせます。それは、遠近法や統一した視点といった作法から離れ、微妙に異なる複数の視点を画面に取り入れることによって生み出されていました。

 一方、展示されていた『グラス』は、極端に異なる複数の視点を画面に持ち込み、モチーフを描いた結果、見る者に謎解きの衝動を呼び起こしていました。こちらは不安感というよりは解明欲求を喚起させます。

 いずれも見る者を画面に引き付け、考え込ませる力を持っています。両者に共通するのは、一つの画面に異なる複数の視点を取り込んでいるということです。

 私がこの作品に奇妙な魅力があると思ったのは、現代的な要素が巧みに表現されていたからでした。透明なグラスには無機的でメカニックなイメージがあります。そのグラスをモチーフに、作者は極端に異なる複数の視点を一つの画面に取り込んでいました。だからこそ、シャープで脆い現代性を盛り込むことができたのかもしれません。

 現代社会では、人々は日々、明らかに異なる視点で発信された情報に晒されています。それだけに現状を把握するのにどれほどコストがかかり、負荷がかかっていることか・・・。

 この作品には、現代社会がヒトに押し付けているストレスが象徴されているようにも思えます。鋭角的で、繊細で、とても興味深い作品でした。

■伊藤茂子氏の『まどろむ頃』
 奨励賞を受賞した作品です。会場でこの作品を見たとき、ほっと気持ちが和むのを感じました。

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 淡い色調の画面からは、爽やかな空気と暖かな陽射しが感じられます。中心からやや左寄りに配置された数本の木々をメインに、画面が構成されています。葉は落ち、幹と枝だけの木々が柔らかな陽射しを受けて立っています。下草の生えた地面には水たまりができていて、木々の一部が水に映っています。

 枯草のように見える薄い黄土色のそこかしこに黄緑が配色されており、春の芽吹きが感じられます。遠くを見ると、木々の上部がピンク色で霞むように描かれており、桜を連想させられます。

 この作品には全体に春の雰囲気があります。それも、ようやく訪れたばかりといった趣の、早春を感じさせられます。この作品を見て、私がほっとした気持ちになったのは、見る者の緊張を解きほぐし、安らかな気分にしてくれる何かが画面から滲み出ていたからでしょう。

 それは、安定感のある構図のせいかもしれませんし、柔らかい色調のせいかもしれません。あるいは、水と木、草と空といった何気ないモチーフを優しく包み込んで作品化する画力のおかげかもしれません。

 この作品ではモチーフのエッジははっきりと描かれておらず、色彩だけで識別させています。境界線を引かずにコントラストを抑え、穏やかな色調で全体を整え、いってみれば、朦朧とした表現で画面全体が包み込まれていました。まさに、タイトルの「まどろむ頃」そのものの世界が描出されていたのです。油彩画でありながら、日本的な感性の感じられる作品でした。

■絵画が喚起するさまざまな衝動
 さまざまなジャンルの展示作品を見ていると、不意に、キャンバスを通して私は何を見ているのだろうかという疑問が頭をよぎりました。一目で立ち去る作品もあれば、その前でじっと佇んで見入ってしまう作品もあります。なんらかの判断基準が働いて、そのような鑑賞態度になるのでしょうが、それが何なのか、気になったのです。

 今回の展示作品はどれもレベルが高く、上手か否かで判別しているわけではないのは確かです。モチーフで見ているのかといえば、そうでもなく、色彩や構図、マチエールといったものでもないような気がします。

 それでは何かといえば、見る者を刺激し、なんらかの情感を喚起するような作品だということになりそうです。

 『深海の記憶』、『グラス』、『まどろむ頃』等の作品の前で、私はしばらく、佇んで見ていました。作品と対話していたといってもいいかもしれません。画面から放たれる刺激を受けて考えさせられ、自分なりの見解を見つけようとしていたのです。

 これらの作品には作者が感じ、考え、思い悩んだ軌跡が反映されていました。だからこそ、画面を見ていた私もそれに反応しようとしたのでしょう。そのことに気づいてからは、絵画の価値は、見る者に何らかの衝動を喚起させる力を持つか否かで判断されるのではないかと思うようになりました。もちろん、判断基準は人それぞれで、私の場合は、という注釈つきですが・・・。(2020/2/2 香取淳子)

2020年、明けまして、おめでとうございます。

■富士山は日本一の山
 昨年12月初旬、羽田空港から伊丹空港に向かう途中、右手に富士山が見えました。慌ててスマホを取り出し、撮影したのが下の写真です。


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 冠雪した富士山は、みごとなまでに華麗でした。しかも、山頂から裾野に向けて広がる稜線には、雄々しさが感じられます。限りなく美しく、威厳がありました。改めて、富士山は日本一の山だと思いました。

 富士山は日本の象徴といわれてきましたが、それは、美しく、威厳のある姿に日本社会を彷彿させるものがあったからでしょう。撮影した富士山を手にしているうちに、ふと、日本の持つ美しさについて、思いを巡らせてみたいという気になりました。

 そうこうしているうちに、もう大晦日です。

 年越しそばを食べ、夜もすっかり更けてくると、そのうちに近くのお寺から除夜の鐘が響いてきます。静けさの中で、心に染み入るように深く、ゆっくりと響く鐘の音です。聞いていると、これもまた日本の美しさの一つといえるのかもしれないと思えてきます。

■除夜の鐘、お焚き上げ
 除夜の鐘を聞くと、どういうわけか、いつも、気持ちが洗われるような気になってしまいます。一年を振り返り、不愉快に思ったこと、失敗したこと、後悔するようなこと、心の隅に溜まった澱のようなもの一切合切を、この鐘の音がゆっくりと洗い流してくれるような気持ちになっていくのです。

 すでに12時を過ぎ、新年を迎えています。

 寒い中、鐘の音の誘われるように家を出て、お寺とは反対方向の神社に向かいました。

 大勢の人々が、参拝のために並んでいます。


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 参拝者には、甘酒がふるまわれていました。
私も一杯いただきましたが、口にした途端、たちまち身体中が温まっていくのを感じました。甘酸っぱい味わいが、大晦日のこの行事と結びついて記憶に残ります。

 甘酒を飲んで身体の内部が温まりましたが、今度はお焚き上げの焚火で、身体の外部も温められました。神社の境内で、パチパチと軽い音を立てながら、火の粉を散らしながら、勢いよく火が燃えあがっていました。


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 ここで、去年のお札やお守り、正月飾りなどが焼却されているのです。
お焚き上げには、浄火によってそういったものを天に還すという意味があるそうです。そういえば、燃え盛る炎は、天に向かってめらめらと高く昇っていました。

 炎にはどうやら、ヒトの心を強く揺さぶる力があるようです。じっと見ていても、決して飽きることがありません。それどころか、見つめているうちに、次第に内省的になっていくのを感じます。ゆらめく炎の奥に、来し方行く末を思わせる何かが潜んでいるようでした。

 ヒトは老い、やがて死んでいきます。残された人生をどう生きていくか、日々、心にとどめて暮らしていこうという気になりました。

■元旦のとげぬき地蔵
 今年の元旦はとげぬき地蔵に行ってみることにしました。巣鴨地蔵通り商店街は、かつて「おばあちゃんの原宿」といわれたところです。


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 久しぶりに商店街を歩いてみると、意外にヒトが少なく、驚きました。以前、来たときは混み合っていて、歩くのも大変でしたが、今回はかなり余裕があります。


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 しかも、一目で高齢者とわかる人々の数が大幅に減って、若者、家族連れ、中高年夫婦などが目立ちました。もはや「おばあちゃんの原宿」とはいえなくなっているのです。考えてみれば、「原宿」という言葉もいま、どれだけブランド価値があるのか疑問です。時代の移り変わりの速さには驚くばかりです。

 さて、とげぬき地蔵のある「高岩寺」に着きました。


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 高岩寺は巣鴨にある曹洞宗のお寺で、本尊は地蔵菩薩です。この地蔵菩薩は秘仏なので、その代わりに、その姿を掘った御影が境内に置かれています。参拝に来た人々はこの御影に祈願すると、ケガや病気などの平癒に効験があるとされています。

 私は境内で販売されていた石の小さなお地蔵さんを買いました。


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 赤い帽子に赤い涎掛けを付けています。その涎掛けには「御願い地蔵さん」と書かれており、背面には「御願いかなう 御願い地蔵さん」と書かれたシールが貼られていました。

■車内で見かけた高齢者
 帰る途中、地下鉄の車内で、隣に座った女性が、新聞の切り抜きに鉛筆でなにやら書いているのに気づきました。不思議に思って、ちらっと見てみると、なんと数独パズルをしていたのです。80歳は過ぎているでしょう、真剣な面持ちで鉛筆を握っています。再び、覗いてみると、「中級」と書かれています。


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 すでにいくつか数字が書き込まれていますが、とても難しそうです。

 帰宅してからネットで調べてみると、数独の解き方の映像があることがわかりました。中級の解き方のテクニックについての動画をご紹介しておきましょう。

こちら →https://youtu.be/xPvR6UsuW1w

 ちょっと見ただけでも、かなり難しそうです。地下鉄の電車内で見かけた女性は、脳トレのつもりで数独パズルを解いていたのでしょうか。

 電車を乗り換えて座った席の隣も、高齢女性が座っていました。こちらは真剣な表情でスマホに文字を打っています。ちらっと画面を見ると、「あけおめ」と書かれていました。どうやら年賀状のようです。びっくりしてしまいました。どうみても、70歳以上の女性です。それなのに、若者用語を使って、年賀用のメールを送信しているのです。孫宛に送っていたのかもしれませんが・・・。

 何か、大きな変化が起きつつあるのでしょうか。

■エイジレス社会に向けた動向か?
 高齢者の人口が増えるにつれ、日本社会はいつのまにか、高齢者の動向に左右されるようになっています。時代の動向は、技術、人口のマジョリティ層、社会体制などによって影響されますが、日本の場合、人口のマジョリティ層は高齢者で、今後さらに増加していきます。

 高齢者が少数ではなく、マジョリティになってしまった今、もはや特別扱いされることは少なくなってきました。老いても、自助努力が求められるようになっているのです。

 実際、元旦なのに、巣鴨とげぬき地蔵商店街では、明らかに高齢者とわかる人々の数が減っていました。また、帰りの電車内で見かけた高齢者はいずれも、まるで若い世代のような行動を取っていました。高齢者はもはや、いわゆる「高齢者」のままのんびりとは生きていけなくなっているのでしょうか。

 一方、大晦日には、数多くの若者たちが近くの神社に参拝に訪れ、お焚き上げを見守っていました。ここでは高齢者の姿は少なく、意外な気がしました。深夜で冷え込んでいたからでしょうか、やって来る高齢者がいたとしても甘酒を手にしたら、早々に引き上げていたのです。

 大晦日と元旦、たまたま、神社と電車内で見かけた光景はどちらも、私には意外なものでした。人々はもはや、高齢者だから、若者だからといった年齢意識に拘らず、自分にとって必要と思われる行動をとり始めているように思えました。技術革新によって、さまざまな障壁が壊されてきていますが、いよいよエイジレス社会に進みつつあるような気もします。今年はいったい、どのような年になるのでしょうか。

 今年も、どうぞよろしくお願いいたします。(2020/1/1 香取淳子)

知って理解し、実践して把握する、パラリンピック大会の意義

■マセソン美季氏の日本社会に対する印象
 慌ただしく日々を過ごしているうちに、明日はもう大晦日です。今回は、前回書ききれなかった「日経2020フォーラム」のパネル討論をご紹介することから始めましょう。

 このパネル討論は2019年11月19日に行われ、「パラムーブメントがニッポンを変える」というタイトルの下、野村ホールディングスの池田肇執行役員、日本パラバレーボール協会代用理事の真野嘉久氏、UUUM社長の鎌田和樹氏、日本財団パラリンピックサポートセンターのマセソン美季氏、等々が登壇し、それぞれの立場から意見表明されました。

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 最も印象に残ったのは、マセソン美季氏の日本社会に対する印象でした。

 すでにマセソン美季氏をご存じの方もいらっしゃるでしょうが、そうではない方もおられると思いますので、まず、略歴をご紹介しておきましょう。

 マセソン美季氏は東京学芸大学1年生だった1993年、交通事故で脊髄を損傷し、下半身不随になってしまいました。人生これからというときに車いす生活を強いられ、どれほど悲嘆にくれたことか、想像もできないほどです。

 ところが、1995年に車いす陸上競技に出会って、マセソン美季氏はアイススレッジ・スピードレースに打ち込むようになりました。その結果、1997年の長野パラリンピックプレ大会では3種目で2位に入り、1998年の長野パラリンピックでは金メダル3個(500m、1000m、1500m)、銀メダル1個(100m)を獲得しています。

 さらに、東京学芸大学を卒業後は米イリノイ州立大学に留学し、障碍者スポーツの指導について学びます。そして、2001年には長野オリンピックで出会ったカナダのアイススレッジホッケーの選手と結婚して、男児二人を出産し、現在はカナダのオタワに居住しています。

 このような輝かしい来歴を知ったとき、私はその精神力と絶え間なく続けてこられた努力に感銘せざるをえませんでした。

 それでは、本題に戻りましょう。

 私が強く印象づけられたのは、交通事故で車いすに乗るようになった途端に、周囲からの視線や態度が変わったとマキソン氏が述べられたことでした。そのとき、周囲の人々との間にバリアーができたことを感じたといいます。

 ところが、結婚してカナダに移住すると、そのような違和感を覚えることもなく、すんなりと周囲に溶け込めたそうです。カナダには多様な人種、国籍の人々が住んでおり、異質な存在を異質なまま受け入れる寛容性が社会の中に醸成されていたからでしょう。

 そのような経験があるからこそ、マセソン氏は、日本も障碍者が自然に受け入れられるような社会になってほしいと願い、さまざまな活動を展開しているといいます。このエピソードを聞いて、私は障碍者にはさまざまな物理的なバリアーがある一方で、心理的なバリアーもあることに気付かされました。

 今回のパラリンピックに向けて、マセソン氏はどのような活動をされているのでしょうか。

■「不可能」を」「可能」に
国際パラリンピック委員会は、今回のパラリンピックに向けて、公認教材を開発しました。そこでマセソン氏は中心的な役割を果たしています。

こちら →https://im-possible.paralympic.org/

 これを翻訳して日本版を作成し、日本の教育現場で使いやすいようにしていく過程でも、中心的役割を果たしています。

こちら →https://www.parasapo.tokyo/iampossible/
 
 この教材は座学と実技で構成されており、子どもたちはパラリンピックの歴史やその意義、競技の魅力などを学ぶことができるように組み立てられています。学習していく過程で、共生社会を構築するための考え方や障害についての理解も学べるようになっているといいます。

 実例として2分13秒の映像が用意されていますので、ご覧いただきましょう。

こちら →https://youtu.be/Tmv4VpIPTO0

 子どもが障碍者スポーツを知って、理解するようになると、次第に障碍者に対する認識が変わっていきます。その結果、子どもの認識の変化を通して教師が変わり、親が変わるといった連鎖が起きるというのです。

 子どもに起きた認識の変化がどれほど周囲に作用するものか、画面では、実際に経験した教師や親が登場してそれぞれ感想を述べています。障碍者スポーツを通して認識が変化すれば、それは子どもの認識の枠内にとどまらず、親や教師にまで影響を及ぼしていく可能性があるというのです。このメカニズムを敷衍させれば、パラリンピックを契機に、共生社会への道筋が開けていく可能性も考えられるでしょう。

 さて、この教材には「I’m POSSIBLE」というタイトルが付けられています。

 会場でも説明されていましたが、「IMPOSSIBLE」(不可能)に「‘」を加えるだけで、「私はできる」と意味が変化します。アポストロフィを加えるだけで、「不可能」から「可能」へと、意味が真逆に変化するのです。なんとポジティブなスローガンなのでしょう。

 公認教材の表紙にもこのスローガンが書き込まれています。

こちら →
(さまざまな公認教材。図をクリックすると、拡大します)

 パラリンピックの説明をいろいろ見聞きするにつれ、次第に、「不可能から可能へ」というメッセージの可視化こそが、パラリンピック大会の意義であり、訴求ポイントでもあるような気がしてきました。

 マセソン氏もこのタイトルを踏まえ、パラリンピック大会の障碍者スポーツを普及させることの社会的意義とその効果を指摘しています。(『社会科 NAVI 2019 vol.21』)

 少し工夫するだけで、障碍者たちのできることが増え、可能性が広がるといいます。そのようなことを座学と実技で具体的に伝えていけば、子どもたちは困難にぶつかっても、諦めずに工夫を凝らして解決しようとするでしょう。そう考えるマセソン氏は、パラリンピック大会は子どもたちにとって重要な学習機会でもあるといいます。

 たしかに、些細な心掛けひとつで心構えが変わり、気持ちが大きく変わっていくものだとすれば、まずは実践してみる必要があるでしょう。マセソン氏らは障碍者スポーツと座学とを重ね合わせ、具体的に教えていけるような教材を開発しました。

 障碍者スポーツを実践して見せることによって、マセソン氏らは子どもたちの背中をそっと押し、障碍者の理解と受け入れを促そうとしているといえるでしょう。それこそ、「アポストロフィ」を加えるだけで、「不可能」を「可能」に変えることができたように、実践を通して、障碍者理解を進めようとしているのです。

■「知らなかった」から、「知る」を経て、「希望」へ
 マセソン氏は、人生最大の危機に陥りながらもそこから立ち上がり、障碍者スポーツを実践してパラリンピックで素晴らしい成績を収めました。さらには、いまなお、障碍者スポーツを通して社会貢献をされています。輝かしいばかりのキャリアです。

 それにしても、マセソン氏は何故、突如、訪れた障碍から立ち上がることができたのでしょうか。

 国連広報センターのインタビュー記事を読んでいて、その理由がわかりました。

 マセソン氏は、事故で車いす生活を送るようになるまで、パラリンピックや障碍者スポーツについて何も知らなかったそうです。ところが、病院の担当医が、脚が動かず寝たきりになっていた時期に、「まだスポーツができる」と教えてくれたのだそうです。悲嘆に暮れていたマセソン氏の心に、さっと希望の光が差し込みました。

 もともと水泳をしていたマセソン氏は、初めて外出許可が出たとき、プールに連れて行って欲しいと願ったそうです。医者と一緒なら何かあっても大丈夫、という気持だったといいます。第1回目のチャレンジに成功したのです。

 その後、担当医から教えてもらい、比較的負荷の低い水泳を通して、運動機能を回復させていきました。身体の状態を知り、それにふさわしいスポーツを実践していくことによって、気持ちが晴れていったといいます。

 マセソン氏は「自分が集中できることを早い時期に見つけ出すことができたのは幸運でした」と述べています。(※国連広報センターブログ)

 実は、1964年のパラリンピックでも、マセソン氏と同様、脊椎損傷で寝たきりになっていた人々がいました。

■1964年パラリンピックに参加したアスリートたち
 東京パラリンピックは1964年11月8日に開催されました。22か国から372人のアスリートが参加しましたが、このうち日本からの参加者は53名でした。脊椎損傷で車いすを利用している人々が9競技に参加したのです。

 当時、アスリートたちのほとんどは病院や施設で暮らしていました。ベッドで寝たきりの中、「命の終わりを不安な中でじっと待っていただけ」だったそうです。当時、脊椎を損傷すれば寝たきりになるのは当然で、褥瘡や泌尿器科系の病気が原因で亡くなる人も少なくなかったといいますが、彼らの死因の大きな要因は、「生きる希望が持てないこと」だったそうです。

 そんな中、東京でパラリンピックが開催されることになりました。ある患者は医者から告げられ、パラリンピックに出場することになったといいます。参加者の多くがそうだったでしょう。彼らはそこで海外の障碍者アスリートたちを目にし、驚いてしまいました。

 海外のアスリートたちは競技の後、選手村のクラブで歌ったり踊ったり楽しく過ごしていたそうです。実際に話をしてみて、日本人アスリートたちはさらに驚きました。彼らは仕事を持ち、家庭を持ち、日常的にスポーツをしていたのです。

 それに反し、日本のアスリートたちは病院で暮らし、スポーツをするわけでもなく、もちろん、仕事も家庭もない状態で生きていました。初めて海外のアスリートたちを見た彼らはあまりの違いに驚き、どう考えていいかわからなくなってしまったそうです。

 パラリンピック後、彼らは生活を大きく変えたといいます。海外のアスリートたちを見て、自身の生活を改善しようとしたのでしょう。地元に帰ってリハビリに取り組む人、免許を取って就職活動をする人、日常的にスポーツに取り組み記録を向上させる人、中にはパートナーを見つけて家庭を築く人もいたそうです。

 パラリンピックに出場して海外のアスリートと交流した結果、障碍をポジティブに受け入れ、社会とかかわって生きていくことの大切さに目覚めたのでしょう。彼らが自発的に生活スタイルを変えていったことの影響は大きかったようです。

 1964年のパラリンピック大会は障碍者の自立を促し、その翌年、日本身体障碍者スポーツ協会が設立されました。

 パラスポーツサイト「挑戦者たち」の編集長の伊藤数子氏は、「2020東京パラリンピックで私たちが遺していこうとしているレガシーの一つは共生社会の実現です」と書いています。(※「53年前の「東京パラリンピック」がくれた宝物」、『スポーツコミュニケーションズ』2017年7月1日)

 パラリンピックは果たして、共生社会に向けて、社会意識を変革しうるのでしょうか。

■パラリンピックは社会意識を変革しうるか
 もう一度、マセソン氏に戻りましょう。

こちら→
(図をクリックすると、拡大します)

 大学卒業後、マセソン氏はイリノイ州立大学で障碍者スポーツ指導法を学ぶようになりますが、そのきっかけとなったのが、海外の大会で何度も目にしたジュニアの選手が活躍する姿でした。

 当時20代だったマセソン氏は、海外では10代の障碍者アスリートたちが活躍していることを知って、驚きます。そして、海外には障碍者アスリートを受け入れる土壌があり、指導者層が厚いからこそ、彼らが十分に能力を発揮することができ、活躍できるのだということに気付きます。

 翻って、日本を見たとき、とてもそのような状況ではないことに愕然としてしまいます。そこで、マセソン氏は一念発起して留学し、障碍者アスリートたちを育てる指導法をイリノイ州立大学で学ぶことにしたのです。10代を育てていかなければ、障碍者スポーツのその後の展開はないと考えたからでした。

 さて、マセソン氏の来歴を辿ってみると、いくつかのターニングポイントを経て、現在に至っていることがわかります。まず、入院中に障碍者スポーツの存在を知ったことが大きなターニングポイントになりました。生きる希望を持てるようになったばかりか、スポーツをすることによって身体機能、精神機能が躍動させられ、機能回復の効果が表れたのです。

 さらに、スポーツを通して、生きる目標が生まれました。障碍者スポーツに邁進した結果、1998年のパラリンピックで金メダル3個、銀メダル1個という快挙を成し遂げたのです。これが第二のターニングポイントです。

 金メダルという大きな社会的承認を得ることによって、障碍者スポーツの指導、その普及への取り組みにも弾みがつきました。そして現在、2020パラリンピックに向けて公認教材の開発、障碍者スポーツの普及促進活動まで手掛けるようになっています。

 このようにみてくると、マセソン氏の場合、スポーツによって自身の障碍を克服することから始まり、障碍者に対する社会の意識変容を目指す働きにまで昇華されていったのです。いってみれば、個人的体験から社会的意識改革を目指すまで広がっているのです。それだけ障碍者を取り巻く現実が厳しいせいかもしれませんし、パラリンピック大会こそ、障碍者スポーツを多くの人々に知ってもらういい機会だと考えているからかもしれません。

 たしかに、障碍者スポーツに触れることによって、人々が障碍者を知り、理解することができるようになれば、障碍者とともに生きていける社会を構築していこうという気にもなっていくでしょう。ひょっとしたら、パラリンピック大会は大きな社会変革の契機になるかもしれません。

 超高齢社会が到来している日本では、心身機能の低下した高齢者の急増に備え、社会インフラの改良が求められています。物理的なバリアフリーが求められるのはもちろんのこと、視聴覚機能の低下による情報バリアフリーにも配慮する必要があるでしょう。

 日本は今後しばらく高齢人口が増大していきますから、障碍者や高齢者に優しい社会システムの構築が不可欠になります。誰もが共生できる社会を実現させようとすれば、社会の意識改革が必要ですが、2020年に開催される東京大会は十分、その契機になりうると思います。(2019/12/30 香取淳子)

パラリンピックは共生社会、インクルーシブ社会への糸口になりうるか。

■パラリンピックから見える共生社会のビジョン
 2019年11月19日、日経ホールで、「第6回日経2020フォーラム パラリンピックから見える共生社会のビジョン」が開催されました。

こちら →https://events.nikkei.co.jp/13981/

 第1部では、協賛企業の三菱電機の杉山武史社長と、清水建設の井上和幸社長による基調講演が行われました。三菱電機はオリンピック・パラリンピックのオフィシャルパートナー、清水建設はオリンピック・パラリンピックオフィシャルサポーターとして、両大会を支援しています。

こちら →https://tokyo2020.org/jp/organising-committee/marketing/sponsors/

 会場ではまず、両企業の社長から、30分ずつ基調講演が行われ、パラリンピックへの取り組み内容が報告されました。

 三菱電機は、「エレベーター・エスカレーター・ムービングウォーク」カテゴリーのオフィシャルパートナーとして、大会関連施設や周辺インフラのバリアフリー化を担当するといいます。社長の杉山氏は、「共生社会の実現に向けた私たちの取り組み」というタイトルでお話しされました。

 パラリンピック大会に向けた活動として三菱電機は、①車いすバスケットボールをはじめとするパラスポーツ支援、②障碍者スポーツ普及啓発活動、③心のバリアフリー、等々のプロジェクト活動を設定しています。

 これらの活動を通して、まず、「知る・学ぶ」を実践する。そこから得た「想いをカタチ」にする。そして、「共感する」、「喜び・嬉しさを共有」する過程を経て、ユニバーサルサービスに寄与する製品を開発する。・・・・、そのようなプロジェクト活動と連携し、「活力とゆとりある社会の実現に貢献」を目指すというのです。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 「パラリンピックからの学び」から、これまでは、「Impossible(不可能)」と感じていたことを、「I’m possible(私はできる)」と思えるようにしていくことを目標にしているというのです。

 一方、清水電機は、「施設建設・土木」カテゴリーのオフィシャルサポーターとして、国立代々木競技場第一体育館の耐震改修工事と有明体操競技場の建設を担当するといいます。有明体操競技場はすでに2019年10月29日、完成しています。

こちら →https://www.shimz.co.jp/company/about/news-release/2019/2019025.html

 記事に掲載された写真をみると、内装、外装とも木が使われており、穏やかでぬくもりの感じられる色調が印象的です。木質の大屋根にはカラマツが約1500m3、外装と観客席にはスギが約800m3使われており、木材使用量は合計約2,300m3になります。これは、今回、建設される競技施設としては最大の木材使用量なのだそうです。

 清水建設社長の井上氏は、「シミズによるインクルーシブな社会の実現」というタイトルでお話しされました。

 大会に向けた活動として清水建設は、①音声ナビゲーションシステムの開発と導入、②社内フォーラム開催による意識啓発、③障碍者スポーツ体験会、等々を設定しています。これらの活動を通して、誰もが健康で快適に暮らせるインクルーシブな社会の実現を目指すというのです。
 
 杉山氏の「共生社会」といい、井上氏の「インクルーシブな社会」といい、両社とも目指すところは同じでした。今回のパラリンピックを契機に、あらゆるヒトが暮らしやすい社会の実現に向けて貢献するという方針だったのです。

 それでは、印象に残ったところをご紹介しておきましょう。

■車いすバスケットに挑戦する鈴木亮平
 杉山氏の基調講演の中でとくに印象に残ったのは、パラリンピック・スポーツの動画を作成されているという点でした。帰宅して、さっそく三菱電機のHPを見てみました。すると、俳優の鈴木亮平氏を起用した動画がいくつか掲載されていました。

 がっしりした体格の鈴木亮平氏は、運動神経抜群のように見えます。豪放磊落な風貌で、アスリートたちの輪に溶け込んでおり、うってつけの役割だと思いました。このシリーズで、彼はさまざまなパラリンピック・スポーツにチャレンジしています。

こちら →https://www.mitsubishielectric.co.jp/tokyo2020/activities/challenge/

 ここでは、一般によく知られている車いすバスケットボールの動画、練習編を見てみることにしましょう。5分42秒の動画です。

こちら →https://youtu.be/jCV1brXH5j8

 意外なことに、体力があって、しかも、バスケットボール経験者だという鈴木氏が、最初から根をあげています。この動画は練習編ですから、基本的な動きが紹介されているだけなのですが、それでも、鈴木氏が思うように身体を動かせていないのです。それを見ているだけで、障害を持った状態でスポーツをすることがいかに大変なことかがわかります。

 それに反し、障害を持っているはずのアスリートたちは、敏速にチェアを操作し、巧みなボールさばきを見せています。これには驚いてしまいました。一連のシーンを見ているうちに、これまで障碍者に抱いていた弱者というイメージが瞬く間に覆されてしまいました。

 それにしても、障害を越えて、競技に臨むアスリートたちは、なんと強靭な精神力の持ち主なのでしょう。鍛え抜かれた身体能力と反射神経を総動員し、競技に打ち込む姿に無駄はなく、感動してしまいました。

 この動画は、本番に臨む前の練習編なので、①チェア操作、②ボール操作、③実践練習、と三段階に分けて制作されていました。

 まず、チェア操作の段階で、鈴木氏は障害を持つアスリートに大差をつけられてしまいました。体験の差ですが、運動神経のいい鈴木氏はすぐ操作に慣れていきます。ボール操作の段階では、鈴木氏はバスケットボール経験者のはずですが、うまくシュートできません。ゴールへの距離感がこれまでとはまったく異なるからでした。

 実践練習ではケガをするといけないので、鈴木氏は様々な防具をつけて競技に参加しました。ここでも、障害を持つアスリートたちに圧倒的な力の差をみせつけられるばかりでした。防具による負荷がかかっていたのです。このように練習編を見ただけでも、車いすバスケットには、知恵と工夫と胆力が必要とされていることがわかります。

 一通りの経験を経て、鈴木氏は「大変だけど、楽しかった」と感想を述べていました。通常のバスケットボール以上に、体力、知力、精神力、戦略が必要とされるからでしょうか。鈴木氏の清々しい表情が印象的でした。

 さて、実際の試合時間は、2分のインタバルを2回、10分から15分のハーフタイムを1回、はさみ、第1ピリオドから第4ピリオドまで各10分、合計40分です。車いすバスケットの試合をするのに、どれほど強靭な精神力と体力が必要なのか、想像すらできません。

 車いすの図が掲載されていたので、ご紹介しておきましょう。

こちら →
(https://miki-force.jp/lineup/bmachine.htmlより)
(図をクリックすると、拡大します)

 車いすバスケットを見るたびに、なぜ車輪が傾いているのか不思議に思っていましたが、この説明を見て、ようやくその理由がわかりました。素早く方向転換できるようにするための傾きだったのです。

 ここでご紹介動画はほんの一部分にすぎません。試合編の前編、後編もありますので、ご覧になるといいと思います。これらは試合風景を撮影しているので、迫力満載の動画です。障碍者イコール弱者ではないということが一目で確認できるでしょう。

 三菱電機はこれ以外にも、いくつものパラリンピック競技を取り上げ、動画を制作しています。いずれも鈴木亮平氏が経験するという形式で、作成されています。どれか一つ、ご覧になるといいでしょう。それだけで、アスリートに対する印象が大きく変わってくることは確かです。

 鈴木亮平氏を起用した一連の動画を見終え、私は、なにか勇気のようなものがふつふつと湧きでてくるのを感じました。なにごとも諦めずに努力を続けていれば、不可能なことはないということを実感できたような気がしてきたのです。

 こうしてみてくると、パラリンピックが観戦者にもたらす最大の効用は、おそらく、観戦者の心からポジティブな感情を引き出し、勇気を与え、希望を感じさせてくれることではないかという気がします。

■音声ナビゲーションシステム
 井上氏の基調講演の中で印象に残ったのは、音声ナビゲーションシステムの開発でした。建設会社の清水建設なのになぜ、他企業と連携して、このようなシステムを開発したのかという点に興味を覚えたのです。

 清水建設は日本IBMと共同で、音声ナビゲーションシステムの開発に取り組んでいるといいます。これはスマートフォンを使って、音声情報を提供しながら、誰でも簡単に目的地に着けるようにするシステムです。

 いまやあらゆる層に普及しているスマホを使い、視覚障碍者、車いす利用者、高齢者、外国人などが街中をスムーズに移動できるようにするサービスを提供しようというわけです。バリアフリーのナビゲーションシステムともいえるかもしれません。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 上図を見てわかるように、これは、スマホを使った地図と音声による道案内です。これまでも似たようなシステムがありましたが、日本語、英語、中国語、韓国語に対応している点、今回のオリンピック・パラリンピックに向けた仕様にもなっています。海外から大勢の観客が訪れたとしても、このシステムを使えば、かなりの部分、対応できるでしょう。

 実際、このシステムを使った実証実験が2019年10月に行われました。

こちら →https://www.shimz.co.jp/company/about/news-release/2019/2019020.html

 実証実験の結果は、下記のようなものでした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 これを見ると、車いす利用者は100%と、とても高く評価しています。予想以上の高評価ですが、一般歩行者、外国人も60%、視覚障碍者も70%、といった具合で、全般に高い評価をしていることがわかります。単なる道案内ではなく、段差、ビル内の案内も含まれている点にこれまでにない利便性を感じたのでしょうか。被験者からのフィードバックに基づき、改善されていけば、さらに使い勝手のいいシステムになっていくでしょう。

 井上氏は、清水建設は建設事業の枠を超えて、持続可能な未来社会の実現を目指していくといいます。そのためには、多様なパートナーと共に、時代を先取りする事業活動を展開していかなければなりません。上記でご紹介したナビゲーションシステムの開発はその一つですが、これは「SHIMIZ VISION 2030」に基づくものでもありました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 このビジョンには2030年と銘打たれています。オリンピック後の10年を見据え、三つの大きな目標が掲げられています。案内システムは、そのうちの「誰もが健康で快適に暮らせるインクルーシブな社会の実現」に向けた取り組みの一つでした。

■パラリンピックは共生社会、インクルーシブ社会への糸口になりうるか
 今回、基調講演をした三菱電機の社長と清水建設の社長はともに、2020年パラリンピック大会を機に社会変革を目指すと語っていました。興味深いことに、製造会社も建設会社もともに、パラリンピックを機に、共生社会あるいはインクルーシブ社会の実現に向けた社会変革を構想していたのです。

 果たして、2020年パラリンピック大会はそのような社会変革の契機になるのでしょうか。

 そこで、パラリンピックサポートセンターのHPを見てみました。すると、トップページに、次のようなキーワードが図示されていました。国際パラリンピック委員会は、出場するアスリートたちが持つ力こそ、パラリンピックを象徴するものだとして、4つの価値を掲げていたのです。すなわち、「勇気」、「強い意志」、「インスピレーション」、「公平」等々です。

こちら →https://www.parasapo.tokyo/paralympic

 確かに、車いすバスケットボールの動画を見て、私は感動してしまいました。障害を持つアスリートたちが、どれほど胆力があり、強い意志を持って競技に臨んでいるかを目の当たりにしたからでした。

 どんな困難があっても決して諦めようとせず、彼らは挑戦し続け、努力し続けて、困難を乗り越えてきたのです。そう思うと、気持ちが大きく揺さぶられてしまいました。障碍者スポーツを見ていると、ヒトは誰でも大きな力を与えられたような気になっていくのではないかと思います。

 障害を持つアスリートたちは、工夫し、努力しさえすれば、不可能を可能にできるということを目の当たりに見せてくれました。彼らはさまざまなバリアーを乗り越え、パワーを手にしてきたのです。そして、そのパワーはおそらく、今後の不確実性の高い社会を乗り越えていく大きな力になりうるものなのでしょう。

 そう考えると、競技し、観戦することを通して障碍者スポーツを体験する、あるいは、メディアを通して障碍者アスリートを知る、といったようなことがいかに重要か、よくわかります。障碍者スポーツを見て、知って、感銘する機会が増えれば、それまで障碍者に抱いていたイメージは容易に覆ります。そうなると、障碍者に対する障壁も自ずと低くなっていくでしょう。
 
 これまで見てきたように、両社はともに、分け隔てのない社会、あらゆるヒトが健康で快適に過ごせる社会の実現をモットーに掲げ、企業活動を展開しようとしています。一見、絵空事のように見えますが、実は、障碍者などの弱者のニーズに沿う製品やサービスの開発が事業活動として浮上しつつあります。

 モノが豊かに行きわたった今、「より便利に、より快適に」というだけではもはや消費需要を喚起できなくなってきています。しかも、高齢者人口は増加の一途を辿っていますから、さまざまな領域で消費需要は今後、低迷し続けるでしょう。

 そのような状況下で需要が見込まれるものの一つが、「障害の負荷を減らす」、「健康を維持する」ためのモノやサービスです。高齢になると誰しも、視聴覚機能が衰える、膝や腰を痛める、歩行が困難になる、といった障害を持つようになります。

 悲しいことに、どれほど健康で有能だったヒトでも、老いれば必ず、身体機能が衰え、歩行も困難になっていきます。そのような高齢者人口が日本では今後、さらに増大していきます。企業としては、そこにターゲットを定めるしかないでしょう。一見、絵空事に思えた三菱電機や清水建設の事業方針は理に適っているのです。

 ちなみに2020年パラリンピックの競技種目は以下の22種目です。それぞれの競技内容は動画で知ることができます。

こちら →https://tokyo2020.org/jp/special/paralympicsportsvideo/

 見てみると、それらの映像には字幕が付与されており、聴覚障碍者にも理解できるように配慮されています。また、視覚障碍者にわかるように、音声ガイドが提供されていました。視聴覚機能に障害を持つ観戦者にも配慮されていることがわかります。

 一方、大会組織委員会はアクセシビリティについてもルールを設け、障害を持つ人もスムーズに参加できるよう配慮しています。

こちら →
https://tokyo2020.org/jp/organising-committee/accessibility/data/support-guide.pdf

 考えてみれば、パラリンピックは全世界を対象にしたビッグイベントです。障碍者スポーツを観戦する滅多にない機会ですから、人々の意識変革を促す大きなきっかけになります。また、観戦者のアクセシビリティに配慮し、誰もが分け隔てなく観戦を楽しめる文化を醸成していけば、バリアーの低い社会に一歩、近づくことができるでしょう。

 こうしてみてくると、モノではなく、建造物でもなく、ヒトが健康で快適に暮らせるためのバリアーの低い社会の実現に向けたサービスこそが、今後の事業活動の中心になっていくかもしれません。工夫して臨めば、パラリンピックは誰もが「共に」、「分け隔てなく」暮らせる社会への糸口に十分、なりうるのです。(2019/11/29 香取淳子)

原ひろ子先生を偲ぶ

 いつの間にかもう10月28日、原ひろ子先生が亡くなられてから、あっという間に三週間が過ぎてしまいました。日が経つにつれ、その存在がいかに大きかったかを思い知らされています。最近、ようやく気持ちの整理がついてきましたので、この場で、原ひろ子先生を偲びたいと思います。

■突然の訃報
 2019年10月11日、「原ゼミの会」から訃報メールが届きました。原ひろ子先生が10月7日、午後6時38分に亡くなられたというお知らせでした。突然のことで驚いてしまいました。なんといっても、まだ85歳、思いもよらないことでした。

 定年退職して帰京してからは毎年、私は、「原ゼミの会」で原ひろ子先生にお目にかかっていました。先生の含蓄のあるお話しを聞くのが楽しみでした。毎回、言葉の端々から何かしら新鮮な刺激を受け、気持ちが鼓舞されていくのを感じさせられていました。今年は6月に開催される予定でした。ところが、腰椎骨折をされて、まだ痛みが残っているということで延期になってしまったのです。

 私の知り合いでも腰椎骨折を経験している人が何人かいますが、だいたい3か月を過ぎる頃から痛みが取れるということを聞いていました。ですから、そろそろ「原ゼミの会」開催のお知らせがくる頃だと思っていた矢先の訃報でした。

■東京大学大学院修了式での告辞
 その後、メンバーから連絡があり、2019年9月13日、東京大学大学院修了式で五神真・東京大学総長が告辞の中で、原ひろ子先生について触れられていたことを知りました。これから社会に出ていく大学院修了者に向けて、はなむけの言葉として、原先生の生き方とその業績を紹介されたのです。

こちら →https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message01_07.html
(英語表記の後、日本語表記があります)

 東京大学総長の五神真氏が原ひろ子先生のどこに着目されたのか、告辞内容をかいつまんでご紹介しておきましょう。

 原先生は、東京大学が女性に門戸を開いた最初の年に合格されました。1953年に入学された際、入学者約2000名中、女性はわずか8名でした。

 学部、修士課程では文化人類学を専攻され、日本の農・山・漁村で精力的にフィールドワークをされました。やがて「狩猟採集民について研究してみたい」と思うようになり、1959年、アメリカに留学されました。フルブライト奨学金を得てピッツバーグ大学大学院博士課程に進み、1960年にはブリンマー大学大学院人類学科に移り、1961年にカナダ極北で生活するヘヤ―・インディアンの調査研究を開始されました。

 当時、カナダ極北の地で生活する狩猟採集民は、リーダーがおらず、フラットな社会組織だと考えられていました。そこで、研究対象をヘヤー・インディアンに定めた原ひろ子先生は、大学院留学生の立場で、カナダの国立博物館に手紙を書いて支援を取り付け、現地に乗り込み、フィールドワークに励まれたのです。

 戦後間もない時期に、原ひろ子先生はなんと積極果敢に研究者人生を切り拓いてこられたのでしょう。

 青年期のこのような経験を知るだけでも、原ひろ子先生がいかに先進的で革新的な考えの持ち主であり、創造性豊かな努力家であったかがわかります。東京大学総長の五神真氏が、大学院修了者に向けた告辞の中で、原ひろ子先生を取り上げられた理由がよくわかります。

 大学院修了者たちは今後、不確実性の高い社会の中で研究活動を展開していかなければなりません。果たして研究者になれるのか、彼らは時に迷い、時に沈み込むこともあるでしょう。どのような場に身を置くことになろうとも、原ひろ子先生のように積極果敢に、そして、柔軟に道を切り拓いていこうとする姿勢がなければ、成果を得ることは難しいでしょう。原先生の来歴を告辞の中で紹介された五神真氏の思いがひしひしと伝わってきます。

■原ひろ子先生のお顔
 2019年10月13日、代々木斎場で執り行われたお通夜に行ってきました。先生のご遺影はにこやかで、可愛らしく、見ていると、悲しみの中でいっとき、気持ちが和んでいくような気がしました。茶目っ気のある先生の笑顔を思い出してしまったのです。研究者としての厳しさを見せられる反面、どんなヒトをも包み込むおおらかさがあり、笑顔の素晴らしい先生でした。

 最後に、お棺の中の先生にお別れをさせていただきました。先生は軽くお化粧を施されており、まるで少女のような初々しさが感じられました。普段、お化粧されないだけに、頬に薄く差された紅が印象的でした。可愛らしく、そして、穏やかで、とてもいいお顔でした。

 先生と出会った頃を思い出します。

■原ひろ子先生との出会い、そして、得たこと
 大学院在籍時、私は社会学系の研究室に所属していました。ところが、修了しても行き場がなく、途方に暮れていたところ、原ひろ子先生からお声をかけていただき、原研究室の補佐員になることになったのです。

 研究室に通うたびに何かしら新しい発見があり、ワクワクするような知的な刺激を受けていたことを思い出します。というのも、先生が直観力に優れ、観察力に優れた研究者だったからです。

 当時、私は数量化したデータを統計処理し、解析するという手法で調査研究を行っていました。まだ統計手法もそれほど洗練されていませんでしたので、果たしてこれで実態に即した分析ができるのかと疑問に感じていました。それなりに結果は出せるのですが、気持ちにそぐわないものを感じていたのです。

 ベースになる人間観、世界観を、私はもっぱら書物から得た知識によって作り上げていました。それでヒトや社会がわかったような気になっていたのですが、原先生と出会ってからは少しずつ、そのような認識の基盤が崩れていきました。

 原先生は、ヒトの何気ない言動、ありふれた事象の一つ一つに意義を見出し、生活文化の一環として捉えておられました。とても鋭く、説得力があり、魅力的でした。概念によってがんじがらめになって、方向を見失っていた私がようやく見つけた納得できるスタンスであり、パースペクティブでした。

 先生と接することによって私は、概念化以前、すなわち、言葉によって集約される以前の状態にまで、想像力を働かせることができるようにならなければいけないと気づかされたのです。

 もっとも、日常生活の断片から意義ある情報を掬い取るには、生来、直観力、観察力に優れていなければならず、さらには、柔軟な思考回路がなければ、観察結果を知見として結実させることも難しいでしょう。文化人類学というのは研究者の資質、能力に大きく依存した学問だという印象を持ったことを思い出します。

 原先生と接するようになってから私は、「生活文化」という概念に強く印象付けられ、そこに研究者としてのアイデンティティを覚えるようになっていきました。ですから、当時、論文を書いたり、学会発表をしたりする際、私は誇らしい気分で、所属先を「お茶の水女子大学生活文化研究会」としていたほどでした。もちろん、所属メンバーは私一人でしたが・・・。

■研究者として育てていただいたこと
 さて、私は補佐員として原研究室の事務作業を行う一方で、共同研究にも参加させていただきました。1983年、東大小児科の小林登先生を班長とする共同研究「厚生省母子相互研究班」の中の原ひろ子班(文化人類学)の一員に加えていただいたのです。原先生を長とし、文化人類学の馬場優子氏と実証社会学の私の3人のチームでした。

 この共同研究で私は初めて、原先生のご指導の下、文化人類学的手法で研究を行うことになりました。当時2歳9か月から3歳4か月の幼児4人に対し継続的に参与観察や心理テストを行い、それに合わせ、母親に対する調査を行いました。ホリスティックな観点から、母子コミュニケーションとテレビ視聴行動との関係について、実態把握を試みたのです。とても有益な経験でした。研究成果の一つは、「テレビとお話」というタイトルで、小林登・小嶋謙四郎・原ひろ子・宮澤康人編『新しい子ども学』第2巻(海鳴社、1986年)に収録されました。

 大学院終了後の数年間、私は原ひろ子先生という稀有な研究者を身近に感じながら過ごしました。おかげで、研究者としてのアイデンティティを確立することができ、研究者としての基礎的経験とその体力を身につけることもできました。調査研究、学会発表、論文執筆という一連の過程を先生の下で学ばせていただいたのです。

 さらに、ヒトとしての大きな収穫は、先生の言動から得た「気づき」の重要性でした。

■原ゼミの会
 「原ゼミの会」のメンバーもそれぞれ、研究者として、実践者として、先生にしっかりと鍛えられてきたのでしょう。定年退職後、東京に戻ってきてから、私は毎年、「原ゼミの会」に参加していますが、毎回、メンバーのパワフルな活動ぶりに驚嘆させられています。研究活動であれ、実践活動であれ、全国各地で「原ゼミ」のメンバーがパワーを炸裂させているのです。先生はいつも、にこやかにメンバーの報告を聞いておられました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 2016年7月10日、私は幹事の一人として「原ゼミの会」の開催を担当しました。このときも、和気あいあいとした雰囲気の中、メンバーからさまざまな研究活動や実践活動が報告されました。原ひろ子先生は終始にこやかに、メンバーの報告を聞いておられたことを思い出します。ご自身も第一線の研究者として幅広く活躍しながら、後輩の女性たちのパワーを引き出し、そして、暖かく見守ってくださっていたのです。

■読み返してみた『ヘアー・インディアンとその世界』
 先生のことを思い出しているうちに、ふいに、『ヘアー・インディアンとその世界』を読み返してみたくなりました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 今回、時間をかけて読んでみて、もっとも印象深かったのは、死をめぐる叙述の部分、すなわち、病院で聞いた話、そして、実際に死に際のヘヤー・インディアンに接した経験でした。

 原先生は、イヌヴィーク病院で聞き取り調査をした結果、死を間近にしたヘヤー・インディアンは、「経口食を拒否し、家族や親せき、知人に会いたがり」、やがて、「ついに黙ってしまって一晩のうちに死んでしまうのがほとんど」(p.365)だと書いています。
 
 また、実際に見聞したチャー二―の事例から、「死ぬと言い出してからは、紅茶を時折口に含むだけ」になり、テントに集まった家族、親戚、知人に見守られ、「横臥してぼそぼそと思い出話を続けるチャー二―に、みんなはフムフムと相槌を打っている」と原先生は書いています。

 チャー二―を取り囲んだ人々が、「それから?」と言って、話を促したりしないのは、(臨死の人の場合)「霊魂が肉体を出たり入ったりする」とヘヤー・インディアンの人々が考えているからだそうです。「人が目を閉じ、静止するとき、その人は自分の守護霊と交信するのだから、誰もそれを乱してはいけない。その人が目を開け、再びまわりの者とはなしはじめるまで待つ」(pp.367-368)というのです。

 さらに、「良い死に顔をして死んだ者の霊魂は、再びこの世に生まれるべく旅につく」とも考えられており、「良い死に顔で死ぬことは、死にゆく本人の願いでもあり、見送る人々の願いでもある」(p.368)と原先生は記しています。

 『ヘヤ―・インディアンの世界』を読み返してみて、改めて、超高齢社会への大きな示唆を得たような気がしました。
 
 印象深かったのは、ヘヤ―・インディアンの人々が淡々と、「死の自己決定権」とでもいえるようなものを行使していたことでした。先ほどご紹介しましたように、彼らは死期を悟ると、食べ物を口にせず、近親者を集めてお話しをし、生命を終える準備をします。原先生の記述によれば、病院であれ、生活の場であれ、ヘヤ―・インディアンのそのような態度は変わることがありませんでした。時を超え、連綿と継承されてきた死生観だからなのでしょう。

■超高齢社会への示唆
 「守護霊」のお告げを受けると、ヘヤ―・インディアンの人々は死に支度を始めます。今様にいえば、身体の衰えを知ると、「死を自己決定」し、周囲にそれを告知してから、死の準備に入るのです。

 具体的に言えば、食を絶つ一方で、ローソクの火が消えるように、命が尽きるまで、集まった人々を前に次々と思い出を語り、さまざまな想いを語り、この世に別れを告げていきます。そのように肉体の死とその精神的な受け入れとを同期させることによって、死を完結させるのです。

 一方、集まった家族や親せき、知人たちにとっても、これは死を考えるいい機会になります。死期を悟った人が語るさまざまな思いを聞き、その心情に思いを馳せることによって、死を穏やかに受け入れることができます。自然の摂理として死を受け止めることができるからこそ、永遠の別れを静かに受け入れることができるようになるのでしょう。「再生」という概念がその場にいるヒトたちに共有されているからこそ成り立つ生活文化だと思いますが、見事だといわざるをえません。

 それに反し、コマーシャリズムに突き動かされて暮らしているうちに、日本人はいつの間にか、老いや死を受け止める生活哲学を見失ってしまったように思えます。若さ、明るさ、健康をアピールする商品が溢れる社会状況の中で、人々はひたすら若さ、効率性、清潔を追い求めて暮らしています。老いや死にはネガティブなイメージが付与され、生の一環として捉えられずに切り離されて、施設や病院に追いやられています。

 このような文化状況下の2019年、日本の高齢人口(65歳以上)は28.4%と過去最多となりました。今後、この比率はますます増大する見込みです。老いや死を受け止め、それを昇華させていく生活文化、あるいは生活哲学がないまま、果たして、超高齢社会を乗り切れるのでしょうか。

 欲望の肥大化によって稼働している現代社会では、「足るを知る」という言葉は空虚に響きます。そのような社会に生きる私たちは、ヘヤ―・インディアンの人々が共有していた自然と一体化した死生観など持ちようがありません。高齢者人口は今後、増加の一途を辿るというのに、高齢者はこれまでになく、不安で惨めで、落ち着きのない晩年を過ごさざるをえなくなっています。

 原先生は、ヘヤ―・インディアンの再生観について、下記のように記しています。

 「ヘヤ―・インディアンの再生観には、死者と生者を含めての時間を超えた、ヘヤ―の世界における人と人との深いつながりが認識されているように思われる。病や死に直面しての人々の心のつながりや、再生観に見られる人と人とのつながりは、ヘヤ―を外から眺めるとき、まことに重要な事象であると思われる。重要だというのは、この事象が、ヘヤ―文化が固有のヘヤ―文化として少数の人口によって支えられ、世代から世代へと伝えられるうえでの凝縮性というか求心性を保つ役割を担っていると考えられるからである」(p.374)

 この箇所を読んでいて、ふと、現代社会が見失った最も大切なものは、人々の根幹を支える生活文化であり、歴史ではないかと思えてきました。横断的なパースペクティブが優先されて、縦断的なパースペクティブが置き去りにされてしまった結果、人々はまるで根無し草のように、「今を生きる」だけの存在になってしまっているのではないかという気がしてきたのです。

 改めて、コマーシャリズムによる生活文化ではなく、縦断的で根のある生活文化の重要性がわかってきました。とはいえ、果たして、ヒトが生きて、死んでいく過程を支える生活文化、あるいは、生活哲学を、現代社会の中で構築することは可能なのでしょうか・・・。原先生を偲び、言われたことを思い出しているうちに、なんだか、先生から新たな研究課題をいだたいたような気分になってしまいました。(2019/10/28 香取淳子)

スマートコンストラクション:建機業界フロントランナー・コマツの進化

■コマツ、アフリカ市場の開拓
 2019年9月20日、日経新聞で「コマツ、アフリカに新工場」という記事が掲載されていました。見出しだけ読むと、コマツが機械の製造工場を新設するように見えるのですが、リード部分を読むと、補修工場を新設すると書かれています。一体、どういうことなのでしょうか。その背景を知りたい衝動に突き動かされて、私は一気にこの記事を読んでしまいました。

こちら →https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49991150Z10C19A9TJ2000/

 コマツは建設機械メーカーで、売り上げのほぼ9割が建設機械と鉱山機械だといいます。そのコマツがアフリカで建設する新工場が、なんと鉱山機械の補修工場だというのです。私が不思議に思うのも当然でしょう。

 建機大手のコマツが、今後の成長が見込まれるアフリカ市場に進出することに違和感はありません。でも、なぜ、補修工場なのでしょうか。

 そもそも私は建設機械業界に興味はなく、新聞記事で知る程度の知識しかありません。しかも、たいていは見出ししか読まず、中身はスルーしています。ところが、今回の記事は、見過ごすことができませんでした。どういうわけか、気になるのです。

 記事を読み進めると、アフリカ市場にはすでに欧米メーカーが大きく食い込んでいるようです。その一方で、中国メーカーが急速に追い上げてきており、コマツが対応を迫られているという構図が見えてきました。

 そこまで読んでようやく、私がこの記事に引っかかっていた理由がわかりました。似たような記事を読んだことを思い出したのです。補修工場を新設することに違和感を覚えただけではなく、なぜ、立て続けに似たような記事が掲載されたのかが気になったのです。

 さっそく、新聞の切り抜き帖を取り出してみて、記憶に引っかかっていたのは、2019年8月1日付の日経新聞の記事だということがわかりました。

 「コマツ、IoT網で主導権」という見出しの記事でした。

こちら →
https://www.nikkei.com/nkd/industry/article/?DisplayType=1&n_m_code=142&ng=DGKKZO48042280R30C19A7TJ1000

 1か月半も経たないうちに、似たような見出し、紙面構成の記事を二度みたのですから、気になったのでしょう。

 こちらのリード部分では、コマツがどのような過程を経て、データ強者になっていったのか概略が書かれていました。具体的に言えば、1999年に遠隔監視システム「コムトラックス」を発売し、2017年にデータ活用の情報基盤「ランドログ」を立ち上げ、2019年10月には「レトロフィットキット」(他社を含む建機に後付け機器)を試験導入し、2020年に本格発売するという事業展開でした。

 コマツが着手しているのは、まさにデータ・ドリブン型事業といえるものでした。「レトロフィットキット」の導入事業を進めていけば、コマツは建機業でのデータ経済圏で主導権を握ることができるという内容だったのです。

 このようなコマツの事業展開について日経新聞は、米キャタピラーや中国勢とのグローバル競争を見据えているからだと指摘していました。

■米キャタプラーや中国メーカーとのグローバル競争
 見比べて読むと、二つの記事の背後にある状況が見えてきました。それは、コマツを取り巻くグローバル競争です。先行する業界1位の米キャタプラー、そして、急速に追いついてくる中国勢、コマツが比較優位に立つにはどうすればいいのか、というのが課題であり、今回、報道された2件はいずれも、その打開のための事業戦略といえます。

 9月21日付の記事はアフリカ市場を巡るものであり、8月1日付の記事はIoT網を巡るものでした。

 まず、将来、成長が期待できるフロンティアとしてのアフリカ市場への対応から見ていくことにしましょう。

 記事によると、アフリカ市場のシェアの大半は、1920年代に進出したキャタピラーやスウェーデンのボルボなどの欧米メーカーが握っているといいます。コマツは1969年代に進出して日系企業のODA需要を取り込んできましたが、現地でのシェアはまだ低いとされています。その間隙を縫うようにしてシェアの伸ばしているのが、中国のメーカーだというのが最近の状況です。

 中国メーカーの躍進ぶりがどれほどすさまじいものか、この記事だけではよくわからないので調べてみると、韓国メディアが中国メーカーの躍進の様子を伝えているのを見つけました。中国勢の猛撃に遭っても、日本メーカーはまだ上位にいますが、韓国メーカーはたちまちのうちに追い抜かれてしまったのです。それに脅威を感じた韓国メディアが、建機メーカーの世界ランキングの結果を踏まえ、伝えています。

こちら →
(韓国経済comより。図をクリックすると、拡大します)

 上の図は2018年度の世界売上高ランキングに基づいたものですが、妙なことに、上位2位までと、中国メーカーと韓国メーカーだけが取り上げられています。うっかりすると、ランキング1位から6位までが取り上げられているように錯覚しかねないのですが、ランキングの配列が、記事内容に合わせて変えられています。

 中国メーカーと韓国メーカーを比較するためなのでしょうが、かなり変則的な表です。そこに韓国メディアの焦りが感じられます。中国勢に抜かれたことに脅威を感じ、不安感を掻き立てられた韓国勢の反応を韓国メディアは代弁していただけなのかもしれません。

 先ほどもいいましたが、業界1位のキャタピラー(米)はすでに1920年代に現地代理店を設置しており、アフリカで高いシェアを誇っています。業界2位のコマツ(日本)は、アフリカには1969年に進出していますが、シェアはそれほど多くありません。

 このようにランキング上位に大きな変動はないのですが、近年、中国勢が大きく躍進してきたのが、波紋を広げているのです。中国勢は2018年には業界6位、7位にランクアップしています。そのせいで、韓国メーカー(9位、20位)がランク落ちしたというのが韓国メディアの記事の主旨でした。

 韓国メディアは、中国勢の台頭の中でもとくに三一重工の躍進が目覚ましいことに注目しています。そしてその躍進の要因として、マーケティング活動の充実と製品のラインナップの拡大を挙げています。

 一方、日経新聞は、三一重工の躍進を、中国政府の「一帯一路」政策によるものだと分析しています。ODA案件が増えたおかげで、中国メーカーが急速にアフリカでシェアを伸ばしたというのです。私はCCTVで時々、「一帯一路」政策の現地での様子を伝える番組を見ていますが、日経新聞のこの分析は納得できます。

■ブルー・オーシャン戦略か?
 アフリカ市場はいまや唯一のフロンティアといえる貴重な市場です。ところが、その市場でコマツは、欧米メーカーの既得シェアを崩すことができず、中国勢からは猛烈な追撃を受けています。いってみれば、にっちもさっちもいかない状態に置かれているのです。

 そんな状況下でコマツが取った戦略が、鉱山機械の補修工場の新設でした。先ほどもいいましたが、コマツは建設機械と鉱山機械を主に扱っています。それがなぜ、鉱山機械に的を絞ったのでしょうか。

 日経新聞の記事によると、それは、アフリカには金やプラチナ、ダイヤモンドなどの資源が豊富で、鉱山機械の需要が多いからだといいます。鉱山機械は現地で需要が多いばかりか、その営業利益率は建機よりも1割程度高いそうです。メーカーにとっては大きなメリットがある事業なのです。

 しかも、鉱山機械の場合、鉱物を掘り起こすため摩耗が早く、月に数回、部品の交換需要が発生するといいます。補修だけではなく、新品の部品需要も期待できるのです。それを知って、なるほどと合点しました。

 コマツのHPを見ると、鉱山の中でダンプトラックとショベルカーが置かれている写真がありました。

こちら →
(コマツHPより。図をクリックすると、拡大します)

 2台のうち、小さく見えるのがダンプトラック930eと表示されています。ネットで調べてみると、これが世界最大のダンプトラックなのだそうです。どれほど大きいものか、知りたくてネットで検索すると、YouTubeに1分の43秒の映像がありました。見てみることにしましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=K5zg0z740OU

 これを見ると、ダンプトラックといいながら、まるでビルのような大きさです。それに比べると、普通の乗用車が必死で逃げ回る小動物のように見えます。鉱山で使われているのが、このダンプトラックです。HPを見ると、その隣のショベルカーはさらに大きいので、実際に見ると、想像を絶するほど巨大なのでしょう。

 これで鉱山を掘り、鉱物を掘り起こしていくのです。鉱物は硬いですから、当然、摩耗も激しいでしょうし、破損もするでしょう。人里離れた鉱山で故障すれば、業務はすぐさまストップしてしまいます。機械はできるだけ故障しないように、メインテナンスを徹底する必要があるでしょうし、故障したとしてもすぐに対応できる体制を整えておくことがなによりも重要になってくるでしょう。

 こうしてみてくると、業界2位のコマツが敢えて補修工場を新設したことの理由がよくわかります。現地の状況を見れば、高い需要が見込まれる事業内容だったのです。建機の補修をメインにしたビジネスモデルがとても新鮮に思えてきました。まさにブルー・オーシャンといえる事業でしょう。コマツの狙いは大当たりするかもしれません。

 そういえば、9月20日付日経新聞の記事の最後の方で、コマツの執行役員の見解が披露されていました。興味深いことに、「安い中国製品に最初は飛び付いたが、その後のサービスが乏しくて困っている顧客も多い」といっているのです。おそらく、それがアフリカ市場の実態なのでしょう。とすれば、中国製の建機が普及すればするほど、それに伴い、補修を提供するビジネスにも需要があるといえます。

 鉱物資源の豊富なアフリカでは、今後、さらなる建機需要が見込めることは確かですから、一見、奇妙に思えた建機の補修というビジネスは、実はとても有望な事業だという気がしてきました。

■データ・ドリブン社会に適したコマツの事業展開
 先ほどもいいましたように、私は建機業界については何も知りませんが、今後、機械が精密化すればするほど、操作できる人材の確保は難しくことは予想できます。その一方で、現場で不測の事態に対応できない事態も多々、発生するでしょう。そうなれば、メインテナンス、補修などのサービス需要が増えることは必至です。

 実は8月1日付の記事はその需要に対する事業内容でした。この記事には図が添えられていました。わかりやすく書かれていましたので、ご紹介しておきましょう。

こちら →
(2019年8月1日付日経新聞より。図をクリックすると、拡大します)

 この図を見ると、コマツはまず、遠隔監視システム「コムトラックス」を開発し、次いで、データ活用の情報基盤「ランドログ」を立ち上げ、そして、「レトロフィットキット」を試験導入し、2020年には本格発売するという行程を経ています。着実に進化しながら、事業展開していることがわかります。

 いずれも情報通信技術と建機を組み合わせたサービスです。これらのサービスによって、安全で正確に、そして、容易に仕事ができる環境を整備してきたのです。さらに、そこで派生したデータに基づき、さらなるサービスが提供できるような事業展開をしてきたことが示されています。

 それでは、コマツが提供してきたサービスを順にみていくことにしましょう。

 ネットで検索すると、コマツが開発したコムトラックス(KOMTRAX)に関する記事が見つかりました。2013年3月㏪に掲載された記事で、当時コマツの取締役会長であった坂根正弘氏の見解が記されています。

■ダントツ商品、ダントツサービス、ダントツソリューション
 坂根正弘氏は「コムトラックス」の開発当時を振り返り、油圧ショベルの盗難対策として構想した商品だったといいます。当時、盗んだ油圧ショベルでATMを壊して現金を強奪する事件が日本で多発していました。私も新聞テレビなどの報道を見た記憶があります。一連の時間をきっかけに、油圧ショベルに「GPSをつけたらどうか」ということになって、開発したのが「コムトラックス」だといいます。

 建設機械にGPSを搭載すれば、所在場所を確認することができます。さらに、通信機能を装備すれば、他のセンサー情報も取れるようになります。そうして、エンジンコントローラーやポンプコントローラーから情報を集めることができれば、その機械がいまどこにいるのか、稼働中なのか休止中なのか、燃料の残量はどのくらいなのかといった情報を取得できます。

 このように、一連の事件を奇貨として、コマツは、建設機械にGPSを搭載し、通信機能を使って、センターにデータを送信する仕組みを開発したのです。これが「コムトラックス」というシステムです。

 「コムトラックス」を開発することで何が起きたかといえば、「コマツの機械を盗んだらすぐ追跡される」と評判になったといいます。さらに、コマツは、500メートル以上車が移動したらお知らせメールが送信される、サーバーから命令するとキーを入れてもエンジンがかからないという仕組みを開発しました。

 その結果、油圧ショベルを盗んでトレーラーに乗せ、ATMの前に行ってもトレーラーから下ろせなくなりました。今度は、「コマツの機械は盗んでも使えない」ということが評判になって、盗難が劇的に減ったといいます。

 坂根正弘氏は、この「コムトラックス」をダントツ商品といいます。その後、「コムトラックス」は情報通信技術の進化とともに進化していきます。

 コマツのHPには「ダントツ商品」というコーナーがあります。

ダントツ商品

こちら →https://home.komatsu/jp/company/tech-innovation/products/

 坂根正弘氏は、ダントツ商品もいつかは競合他社に追いつかれるといいます。それでも売れ続ける仕組みをつくるには、ダントツサービス、さらには、ダントツソリューションを提供していく必要があるというのです。

 コマツのHPには「ダントツサービス」というコーナーがあります。

ダントツサービス

こちら →https://home.komatsu/jp/company/tech-innovation/service/

 たとえば、「コムトラックス」を搭載した機械であれば、データを収集・分析することができます。その結果にしたがって、顧客にこうすれば燃料消費を抑えられるといったようなフィードバック・サービスを提供できるといいます。

 また、コマツのHPには「ダントツソリューション」というコーナーがあります。

ダントツソリューション

こちら →https://home.komatsu/jp/company/tech-innovation/solution/

 たとえば、チリやオーストラリアでは、すでに無人ダンプトラックが動いているといいます。鉱山会社から無人ダンプが必要とされているからです。資源開発が進めば、掘りやすい現場は次々と掘りつくされて、次第に奥地に入っていかざるをえません。決められたルートを往復するだけの単純作業を強いられるダンプの運転手は、気の緩みから転落事故を起こす危険性があります。そのような危険を回避するために、鉱山などでは、無人ダンプトラックの需要が高まっています。

 そこに、飛行場の管制塔のようなコントロールセンターを設置し、数人の監視員が鉱山の中のダンプを管理できるようにすれば、安全でしかも最適な燃料消費も実現できることになります。ICTを活用することによって、結果として、顧客にソリューションを提供できることになるのです。

 坂根正弘氏はすでに2013年、ダントツ商品、ダントツサービス、ダントツソリューションを提供することによって、「コマツでないと困る」という信用を得ることができるといっています。

 「コムトラックス」に始まる商品、サービス、ソリューションの提供ことが顧客の信頼を得る最大の武器だといっているのです。そのような取り組み姿勢はコマツで継承され、さらに進化し、共有されています。

■スマートコンストラクションに取り組むコマツ
 コマツは4年前から「スマートコンストラクション」の取り組みを始めています。スマートコンストラクション推進本部長の四家千佳史氏がこれについて述べている記事を見つけましたので、ご紹介しましょう。

こちら →https://lexus.jp/magazine/20190306/316/tec_smartconstruction_ict.html

 これを読むと、スマートコンストラクションはコマツが手掛けてきたダントツソリューションの進化したものだということがわかります。すでに日本が直面している人手不足という課題に向けて、ICTを活用したソリューション体制を構築しようとしていることがわかります。

 コマツにはスマートコンストラクション専用のHPも設定されています。

こちら →https://smartconstruction.komatsu/

 ホーム画面には、スマートコンストラクションに向けたポリシーが載せられています。見てみることにしましょう。

 「労働力不足やオペレータの高齢化、安全やコスト、工期に関わる現場の課題を、お客様とともに解決していきたい」と考え、「現場全体をICTで有機的につなぐことで生産性を大幅に向上」させ、「未来の現場」を創造していくことによって、課題を解決していくというものでした。

 四家千佳史氏は、建設業界では人手不足が深刻な問題になっているが、とくに不足しているのが、工事を実際に行う技能労働者だといいます。技能労働者の多くが高齢で次々と退職しているのに、新規就労者数が少ないというのが実態で、入管法を改正して外国人労働者を増やしても、この人手不足は解消されないと指摘しています。

 人手不足だからといって、工事を減らすことはできず、新規の工事はもちろん、老朽化したインフラの保守や再整備の工事は不可欠です。では、どうすればいいのか。四家千佳史氏は、「建設現場の労働生産性をあげること。また、建設現場をスマートで安全なものにして、多くの人が参入できるようにする。それ以外に方法はない」といいます。

 そのために、建設現場を根本的に変える必要があるといい、四家千佳史氏が先頭に立って、「スマートコンストラクション」を2015年にスタートさせました。施工計画、施工作業など、これまではベテランの技術者の技量や経験に頼る部分が大きかった建設工事のやり方を根本的に変革する仕組みです。

 スマートコンストラクションでは、ICTを活用して現場のあらゆる要素を3次元のデジタルデータ化し、工事全体を可視化します。そうすることによって、生産性を劇的に高めることができます。さらに、これは人材不足の解消だけではなく、工事の安全性の向上にも寄与できる画期的なソリューションだと四家千佳史氏はいいます。

こちら →
(スマートコンストラクション概念図 コマツより。図をクリックすると、拡大します)

 まず、ドローンを使って施工前の現場を3次元で測量しデータ化します。それとともに、2次元の完成施工図面も3次元データ化します。この二つのデータを比較することによって、施工作業が必要な範囲、作業する場所の形状、施工時に出てくる土砂の量などを正確に割り出します。これらのデータに基づいてコンピュータ上で工事のシミュレーションを行い、何通りもの施工計画案を顧客に提案する、というものです。

 また、施工作業終了後には毎回、ドローンを飛ばして現場の測量を行います。そうすることによって、スケジュールに従って、設計図通りに施工されているかどうかを正確に確認することができます。そして、工事完成後の最終的な検査も、ドローンを使ってスピーディに正確に行うことができるというのです。

こちら →
(ドローンを使った日々の管理 コマツより。図をクリックすると拡大します)

 四家千佳史氏は、スマートコンストラクションによる施工計画はすべて3次元データに基づいているので、同じものは一つもないといいます。これまでの施工実績から得られた知的財産が反映されているからこそ、より現実に即した提案が可能になるのでしょう。ICT技術によって工事の情報全体が3次元デジタル化されているから可能なのだと指摘します。

■社会的課題解決にはICTの高度活用か?
 こうしてみてくると、このシステムの素晴らしさは、3次元デジタルデータによって現場が記録され、それが集積されることによって新たな発見がうまれ、それを踏まえてシステムが洗練されることによって、より現実的な解が得られるようになっていることでしょう。

 興味深いことに、コマツのHPではスマートコンストラクションの導入事例が報告されています。

こちら →https://smartconstruction.komatsu/case/index.html

 全国各地、さまざまな現場で導入されていることがわかります。なによりも現場の声を聞くことができるのが、素晴らしいと思います。現場が異なれば、携わるヒトも異なります。それぞれに活用に仕方があっていいと思いますし、このような事例の積み重ねが新たな発見につながり、新たな課題、ソリューションに向けた取り組みのスタートになるでしょう。

 今回、畑違いの領域に首を突っ込み、書いてみました。知識がないので、いろいろと調べ、考えていくうちに、コマツの取り組みを通して、今後の社会を考える手がかりを得られたような気がします。現代社会で発生しているさまざまな課題はどれも根っこの部分で共通のものがあるからでしょう。そうだとすれば、超高齢社会による課題もこのICTを適切に活用することによって、最適の解が得られるかもしれません。(2019/9/22 香取淳子)

ビッグデータの時代、新卒採用を巡って何が起きているのか。

 2019年8月9日、リクルートホールディングスは4月―6月期の連結純利益が前年同期比25%増で過去最高だったと発表しました。「じゃらん」(旅行)、「ホットペッパービューティ」(美容)、「リクナビNEXT」(中途採用)、「リクナビ」(新卒採用)など、データを活用したサービス事業が利益を生み出していたのです。

 近年、リクルートが成長戦略として推進してきたのが、AIを使い、個人と企業とのマッチングを行う事業でした。今期はそれらが軒並み、業績を上げていたのですが、その中の一つ、「リクナビ」が手掛けていたサービスで問題が発覚しました。

■リクナビ、内定辞退率を企業に提供
 2019年8月2日、就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、本人からの同意を得ないまま、個人情報を使って「内定辞退率」を算出し、38社に有償で提供していたことが報じられました。

 それを聞いた瞬間、私は思わず、耳を疑ってしまいました。リクナビといえば、大手の就職サイトです。それがユーザーである学生の信頼を踏みにじり、騙し討ちにするような行為で、大幅な利益を得ていたというのです。開いた口がふさがらず、私は不快感をおぼえ、不信感をつのらせてしまいました。

 この時の報道によると、リクルートキャリアは、学生の閲覧履歴をAIで分析し、選考や内定を辞退する確率を5段階で評価するサービスを開発していたといいます。「リクナビDMPフォロー」と名付けられたこのサービスがどのような仕組みになっているのか、私にはよくわかりません。

 ただ、ログインすれば、登録情報から自動的に個人が割り出されますし、その個人情報を閲覧履歴に紐づけて分析すれば、内定辞退の確率を個別に算出することができるのではないかという程度のことは推察できます。

 このサービスは2018年3月から開始され、38社が利用していまたといいます。利用料金は関連サービスと合わせて年額400万円から500万円だったそうです。内定辞退率は企業にとってそれほど高い価値を持つ情報なのでしょう。

 リクルートは人事担当者のニーズをしっかりと把握した上で、個別企業のニーズに合わせ、当該学生の内定辞退率を提供していました。学生の氏名を特定した上で、内定辞退率を算出し、企業ごとに情報を提供していたのです。

■内定辞退率の商品化
 内定辞退率が、人事担当者からのニーズが高く、価値の高い情報であることは確かでした。学生と企業とのマッチングが適切でなければ、内定者が辞退してしまうということは今後も多々、起こるでしょう。

 事前に当該学生の内定辞退率を把握することができれば、より承諾する可能性の高い学生に内定を出すことができると、企業が考えたとしても不思議はありません。企業にとって喉から手の出るほど欲しい情報なのです。ですから、内定辞退率の商品化は半ば当然のことだったといえるでしょう。

リクナビといえば、年間80万人もの学生が利用するサイトです。

こちら →https://job.rikunabi.com/2021/

 ほとんどの学生はこのサイトで企業情報を得、就職活動を展開しています。その結果、リクナビには学生の個人情報や企業の閲覧履歴が膨大なデータとして蓄積されていました。ユーザー数が多ければ多いほど精度の高い情報が得られますし、サービスを改善していくこともできます。

 ビッグデータの時代にはデータが価値を生みます。ビッグデータを処理する技術があり、インフラがあれば、内定辞退率を個別に算出し、商品化することは可能でした。最大手の就活サイト「リクナビ」だからこそできた情報サービスだといえます。

 一方、「リクナビ」は、企業側のニーズを的確に把握しやすい立場にありました。だからこそ、企業が把握している特定の個人情報に紐づけ、閲覧履歴をAIで分析し、企業が知りたい学生の内定辞退率を算出することができたのです。この仕組みを図式化すれば、以下のようになります。

こちら →
(2019年8月2日、日経新聞より。図をクリックすると、拡大します)

 そもそも学生の閲覧履歴など、これまでは単なるデータに過ぎませんでした。ところが、AIの登場によって、ただのデータを価値ある情報に転換することができるようになりました。データを利活用し、ビジネスに結び付けることができるのが、閲覧履歴などの個人情報です。

 もっとも、個人情報の利活用はビジネスに直結させることができる一方、個人の権利や利益を侵害する恐れがあります。

■本人の同意を得ず、個人情報を利用
 今回、問題になっているのは、本人の同意を得ないまま、個人情報が使われていたことでした。先ほどの図を見てもわかるように、情報のやり取りはすべてネット上で行われています。

 リクナビは学生と企業をつなぐプラットフォームですから、メインの顧客は学生だと思っていましたが、今回の一件からは、企業を重視したサービスが展開されていたことがわかります。企業のニーズに応えるために、本人の同意を得ないまま個人情報を使用していたのです。

 明らかに、個人情報保護法に違反していますが、8月2日の時点では、リクルートキャリアはこのサービスをいったん、休止するとしか表明していませんでした。個人情報の扱いに関する認識が甘かったのかもしれません。

 ところが、8月6日の報道では、このサービスを「休止する」から、「廃止する」に変更されていました。事件発覚後、リクナビに対する内部調査によって、個人情報保護法違反が明らかになったからでした。

 例えば、「2019年3月にプライバシーポリシーを変更した際、一部の画面で反映できておらず、不適切に個人情報を取得した」ことが明らかになったといいます。システム上、本人の同意を得られない状況があったことが示されており、これによって、7983人の学生に影響が及んだと説明されています。

 これはほんの一例です。これ以外の方法で、多くの個人情報が本人の同意なく、利用されていたのでしょう。正確に何人の学生の予測データが企業に販売されていたのか、この時点ではまだわかっていません。問題の根幹にかかわる情報の多くが不明だったのです。今後、このサービスの仕組みが明らかになってくれば、リクナビだけではなく、企業側の責任も問われる可能性がありました。

 案の定、調査が進むと、企業は自社が持つ学生の個人データをリクナビに提供していたことが明らかになってきました。考えてみれば、確かに、企業からのデータ提供がなければ、特定の学生のその企業に対する「内定辞退率」を予測することなどできるはずがありません。

 内部資料によると、企業はこのサービスを利用するために、リクルートから以下の作業を行うことが求められていました。すなわち、①採用のデータベースから、個人IDや選考結果、学歴など応募者情報をリクルート側に送付すること、②応募者に対して個人ID付きのURLの入ったメールを送信すること、等々です。

 つまり、学生の内定辞退率を算出するには、リクルート側が持っているデータだけでは不可能で、当該企業からのデータが不可欠でした。双方のデータを収集してAIが分析した結果、学生がその企業の内定を辞退する確率を予測することができる仕組みだったのです。

■新卒者の内定辞退率の推移
 企業が個人情報保護法に抵触してでも入手したかったのは、学生の内定辞退率でした。実際、手間暇かけて選考し、熟考の末、内定を出しても、辞退されてしまったのでは、元も子もありません。できることなら、確実に入社してくれる学生に内定を出したいというのが、企業の本音でしょう。

 ところが、近年、内定を辞退する確率が高止まりしているようなのです。ネットで検索すると、新卒者の内定辞退率の推移を示すグラフを見つけることができました。2013年以降、内定辞退率は以下のように推移しています。

こちら →
(日経新聞2018年12月1日付。図をクリックすると、拡大します)

 上のグラフを見ると、2014年以降、内定辞退率は急速に上昇しています。2016年から2017年にかけては一旦、下がるのですが、その後、再び上昇しています。2019年春の卒業生の場合、内定辞退率は66%にも及び、過去最高を記録していました。ちなみに、学生が内定を得た企業数は平均2.45社だったそうです。

 内定辞退率の推移をみていくと、企業の人事担当者がどれほど虚しい思いをし、徒労感を募らせていたかがわかろうというものです。しかも、内定辞退者数は60%以上で高止まりしています。このような状況が固定してくれば、企業の人事担当者が、内定を出した学生の辞退する確率を事前に把握したいと思うのも当然なのかもしれません。

 ある企業の人事担当者によれば、1名の内定承諾者のために、2名に内定を出し、2名の内定者を出すために3名を社長面接に繋ぎ、3名の社長面接に繋ぐために5名を役員面接に繋ぐといいます。そして、5名の役員面接に繋ぐために10名のマネージャー面接を設定し、10名のマネージャー面接を設定するために20名の人事面接が必要だといいます。

 さらに、20名の人事面接に繋ぐためにはイベントで300名の学生に接触しなければならないというのです。一人の内定承諾者を出すために、企業側はなんと300名の学生に接触していたのです。

 採用のための一連のプロセスを見ると、企業が新卒採用にどれほど時間とコスト、心的エネルギーをかけているかがわかります。企業側の現状がわかってくると、次第に、この種の情報サービスは必要なのかもしれないと思うようになってきました。

 とはいえ、本人の承諾を得て、個人情報を利用し、内定を得た学生の不利にならないようなシステムを構築することは可能なのでしょうか。個人情報を利用しなければ価値ある情報は得られず、本人の同意を求めれば、個人情報は得られない可能性があります。こうしてみると、現在の新卒一括採用システムそのものを考え直すことが必要になっているのかもしれません。

 せっかく内定を得ても、学生はちょっとしたきっかけで容易に辞退してしまうというのが実態だとすれば、インターン制を充実させ、就職前に就労経験を積む必要があるでしょう。学生側の就労意識に問題があるのだとすれば、大学側でキャリア教育を充実させる必要があるかもしれません。

 いずれにしても、これだけ内定辞退率が高いのは、新卒一括採用方式がもはや時代に合わなくなっているからだということも考えられるでしょう。

■新卒の通年採用の枠を拡大
 そういえば、2019年4月22日、経団連は、新卒学生の通年採用を拡大することで大学側と合意し、正式に発表しました。これまでの春季一括採用に加え、通年採用の枠を拡大すると経団連が宣言したのです。

 通年採用であれば、海外に留学した学生を採用しやすくなりますし、時期にとらわれずに優秀な学生を採用することができます。採用方式を多様化することによって、企業側は多様な人材を獲得することができるという判断から、経団連は新卒の採用方式を変更したのです。

 大学側にしてみれば、通年採用を拡大することによって、新卒一括採用に合わせたカリキュラムではなく、大学で学ぶべき教育課程を充実させることができます。インターン制度を使い、専門知識を活かして仕事をする機会を学生に提供することもできます。このような可能性を考えると、通年採用は、企業にとっても大学にとっても通年採用方式にはメリットがあるといえるでしょう。

こちら →
(日経新聞2019年4月22日付より。図をクリックすると、拡大します)

 もっとも、多様な採用方式が広がっていけば、新卒の採用時期が前倒しされる懸念があります。これについて経団連と大学側は、就職活動に多くの時間を割いて、大学4年時を浪費しないよう、「卒業要件を厳しくするよう徹底すべき」だという見解を確認し合ったと報道されています。学生にはしっかりと学んでもらい、知識、技能、見識などを習得してもらうという点で、受け入れる側と送り出す側は一致していたのです。

 デジタル競争の時代、世界に通用する人材を採用しなければ、企業を持続的に発展させることはできません。文系・理系を問わず、基本的な数学やデータ分析力を養い、語学やリベラルアーツの習得が必要だということが共通認識になっているといえます。今春、経団連が打ち出した通年採用は時代の要請でもあったのです。

 さて、日経新聞は2019年4月22日、通年採用の導入について、企業にアンケート調査を実施しました。その結果、すでに通年採用を始めていると答えた企業が24.5%、検討中が54.9%、検討していない企業は20.6%という結果でした。なんと8割弱の企業がすでに通年採用を実施しているか、検討していることがわかりました。

 そして、通年採用を評価すると回答した企業は53.8%、評価しないはわずか10.4%でした。「評価する」理由の上位は、①「就活ルール」が形骸化、②留学生や外国人材を採用しやすくなる、③優秀な人材を確保しやすくなる、④学生との「ミスマッチ」が起きにくい、⑤学生が学業に注力できる、等々でした。

 このアンケート調査の結果からは、企業が国内外を問わず、優秀な人材を求めていること、学生にはしっかりと勉強してほしいと望んでいること、等々が裏付けられました。組織内の和を重視するメンバーシップ型雇用から、能力重視のジョブ型雇用へと、明らかに変化し始めているのです。技術変化の激しいデジタルトランスフォーメーションの時代、優秀な人材の採用こそが、企業の命運を握るようになってきたからでしょう。

■ジョブ型雇用が意味するものは?
 IT関連企業は当初から、ジョブ型雇用を実施していました。今回、注目されているのは、大企業が加盟している経団連が、このような雇用方針の転換を表明したことでした。これまで組織内調和を重視し、メンバーシップ型雇用を行ってきた経団連が、組織の調和を乱しかねないジョブ型雇用を打ち出したのです。

 いったい、何故なのでしょうか。

 人材サービス企業の大手エン・ジャパンの沼山祥史執行役員が、興味深い見解を披露しています。

ご紹介することにしましょう。
(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO44519100Y9A500C1000000/?page=2より)

 沼山氏は採用の現状について、「メンバーシップ型の採用をしている企業の給与制度は、年功序列を前提とした職能給であるため、ほしい専門人材に柔軟な条件提示ができない。結果、条件面で有利な外資やベンチャーに負けてしまう。こうした現状を何とかしないと企業として生き残れないという危機感がある」と述べています。ジョブ型採用に移行すれば、人材獲得競争の面でメリットが大きいと指摘するのです。

 沼山氏さらに、「ジョブ型採用が広がると、学生時代から専門性を磨いたり職業経験を積んだりした人が就職の際に一段と有利になるだろう。だから、大学では専門的な勉強をしっかりとすることが求められる。また、インターンをするのも一つの手だ」といい、「就職してからも自己投資を怠らず、専門性に磨きをかけることが必要になってくる。年功序列のメンバーシップ型とは違い、ジョブ型は基本的に、自分で努力しないとキャリアアップも昇給もままならない」と述べています。

 最近、『AERA』の2019年8月5日号を読んだところ、「新卒の年収も一千万円時代」というタイトルの記事が掲載されていました。これもまた、ジョブ型採用の一例といえるでしょう。

■新卒年収、1000万円時代?
 ネット関連企業のDeNAは2017年、高いAI知識を持つ学生のための採用枠「エンジニア職AIスペシャルコース」を設け、年収を「600万円以上、最高1千万円」としたそうです。

 タイトルを見たとき、あまりにも高額の年収に驚いてしまったのですが、これは、優秀な学生をつなぎとめるためのジョブ型採用の一つでした。

 DeNAのAIシステム部長は、実際に1千万円の年収を提示する学生には最低条件として、「研究者としてトップレベルであること」、「学生時代に国際学会で発表し、論文が採択されていること」、「事業やサービスの提供を先導できること」などを求めるといいます。

 破格の年収には驚いてしまいましたが、採用基準をみると、極めて高い知識や技能、経験が求められています。グローバル化し、デジタル化した社会状況の中で、十分に能力を発揮できる人材が必要とされているのでしょう。

 人材獲得競争がし烈になっている今、求める人材を獲得しようとすれば、考えられないほど多額の報酬を提示せざるをえないようになっているようです。

 さて、2017年に「エンジニア職AIスペシャルコース」で、DeNAに採用された学生は、AI専門職の採用枠を設けている企業をターゲットに就職活動をしていたといいます。結果として、大学、大学院でしっかりと研究してきたことが評価されて、採用されました。

 大学や大学院でしっかりと学び、成果を出していれば、専門職を遂行できる人材だとして評価され、企業から高い報酬で採用されるのです。入社してから、専門を活かしてモチベーション高く働くことができれば、職場でも成果を上げやすく、企業も満足するというwin-winの関係が生み出されます。新卒学生に高い報酬を支払っても、高い確率で、それに見合う成果が得られるのです。

 DeNAと同様、新卒にも高額の報酬で報いるという企業は他にもありました。

こちら →
(『AERA』の2019年8月5日号より。図をクリックすると、拡大します)

 これを見ると、主に研究者、AIエンジニアとして力量のある人材が求められていることがわかります。デジタル技術に長けた優秀な人材を採用しなれば、企業の存続が危ぶまれる時代になっているからでしょう。

■ビッグデータの時代、何が求められているのか
 デジタル競争の時代を迎え、ビッグデータ、AIが主要な役割を果たすようになっています。企業が求める人材もそれに応じて変化しており、高度なデジタル人材の獲得競争がし烈になっているようです。

 ところが、従来の給与体系では優秀な若い人材の雇用は難しく、企業の成長を維持することはできなくなっています。既存社員よりも多額の報酬を支払ってでも、有能な新卒を採用しなければ、デジタルトランスフォーメーションへの対応が不可能になっているのです。

 そのような状況下で発覚したのが、就活サイト「リクナビ」の個人情報保護違反の案件でした。内部調査が進むにつれ、企業もまた学生の個人情報を本人の同意なく、リクルートに提供していたことが明らかになりました。就活サイトと企業が共同して学生の個人情報を勝手に利用し、個別に内定辞退率を算出し、新たな情報サービスとして企業に有償で提供していたのです。

 ビッグデータが価値を持つ時代を反映するような案件でした。

 一方、新卒に1000万円の報酬を提示する企業が出てきました。採用基準をみると、グローバルに展開するデータ経済の時代に活躍できる能力や技能、経験を備えていることが条件になっています。

 今回、ご紹介した新卒採用を巡る一連の案件はいずれも、デジタルフォーメーション時代に向けて社会が変革している過程で生み出されたものだといえるでしょう。新たな事業を創出し、企業が持続的に発展していくには、技術力、知識、経験、人間性など、きわめて高い能力を備えた人材が不可欠になっていることがわかります。

 さらに、「リクナビ」の一件では、個人情報が大量に集積すれば、新たな価値を生み出すこともわかりました。改めて、どのようにすれば個人情報を守れるのか、個人の権利や利益を侵害しないで利用するには個人情報をどのように扱うべきなのか、ルールの徹底が必要だと思いました。(2019/8/16 香取淳子)

デジタル・ガバメント:エストニア、会津若松市、デンマークから学べるものは何か

■マイナンバーカード、各種証明書と一体化へ
 2019年7月15日付け日経新聞で、政府がマイナンバーカードと各種証明書類を一体化する方針を明らかにしたことを知りました。ハローワークカードや障碍者手帳、お薬手帳などは2021年度中に統合し、マイナンバーカード1枚で、さまざまな用途に使えるようにするというのです。利便性を高めることによって、普及を促進させるというわけでしょう。

 カードの交付実績は2019年5月末の時点で約1702万枚、3年後には1億枚以上の普及を目標とするというのですが、果たして目論見通りに普及するのでしょうか。

 政府はすでに2019年6月4日、デジタル・ガバメント閣僚会議で、「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」をまとめています。

こちら →
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dgov/dai4/siryou1-2.pdf#search=’%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E6%99%AE%E5%8F%8A%E7%AD%96′
 
 これを読むと、上記の新聞記事もこの普及策の一環だということがわかります。今後、8月を目途に、各種証明書類との一体化を盛り込んだ詳細な工程表をまとめる予定だそうです。

 一連の流れを見ていると、政府はデジタル・ガバメントに関し、いつまでも堂々めぐりの施策立案の段階に留まっているような気がしてなりません。というのも、ほぼ同様のマイナンバーカードの普及対策は、総務省によって、3年前(平成28年7月1日)にもまとめられているからです。

こちら →
http://www.nga.gr.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/2/04%20160701jyouhouka.pdf#search=’%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E6%99%AE%E5%8F%8A%E7%AD%96′

 これをみると、マイナンバーカードを導入することによって、さまざまな行政サービスが可能になると謳われています。ところが、あれもできる、これもできる、といった盛り沢山な内容になっており、総花的で訴求力に乏しく、いまひとつ現実味が感じられません。

 何にポイントを置いて進めていくのか、早急に実現すべきものは何なのか、特段、ウエイト付けがされていないので、マイナンバーカードの普及策だといわれても、机上の空論に過ぎないように思えてしまいます。

 そう思っているときに、たまたま読んだのが下記の記事でした。

こちら →https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1906/19/news029.html
 
 「日本のデジタルトランスフォーメーションは「ディスラプション」に?今こそ欧州の中堅国に学べ!」というタイトルに引かれて読んでみたのです。なるほどと思わせられるところがありましたので、ご紹介することにしましょう。

■迷走する日本のデジタルトランスフォーメーション
 筆者の西野弘氏(HIイニシアティブ代表取締役)は、デジタルトランスフォーメーションにおける日本の凋落ぶりを、各種データから次々と明らかにします。

 たとえば、世界経済フォーラムで発表された2018年度の世界競争力レポートで日本は5位だったというのに、2019年度のIMD国際競争力ランキングで日本はなんと30位です。さらに、2018年度の世界デジタル競争力ランキングでも日本は22位でしかなく、全般に北欧を中心とした国が上位を占めています。

 もちろん、何を指標にするかによってランキングは異なってきます。そこで、評価方法をみると、IMD国際競争力ランキングでは、経済の規模だけではなく競争力の源泉となる行政の効率性や生産性、ヘルスケア、教育などが評価指標になっています。競争力が単なる経済規模から、科学研究や金融、生産性、ヘルスケアなどを重視した指標にシフトしているのです。

 国際デジタル競争力ランキングでは、ビジネスモデルや行政実務に留まらず、デジタル技術が一般社会での活用にためにどれだけ開発、適用されているかといったようなことが評価指標になっています。

 日本の場合、通信インフラの技術は優れているのですが、それ以外の分野は他国に比べ優位性があるわけでもありません。デジタル化について総合的な進化状況が問われるようになっている現在、ランキング結果が低くなってしまうのも仕方のないことなのかもしれません。

 ちなみに日本が22位であった、「デジタル競争力ランキング2018」では、1位のアメリカに次いで、シンガポール(2位)、スウェーデン(3位)、デンマーク(4位)、スイス(5位)、ノルウェー(6位)、フィンランド(7位)、カナダ(8位)、オランダ(9位)、イギリス(10位)という順になっています。欧州の中堅国、とくに北欧を中心とした国が上位を占めているのが印象的でした。いったい何故なのか、注目する必要があると思いました。

 この記事を書いた西野弘氏は、日本のデジタルトランスフォーメーションは迷走しているのではないかと指摘します。というのも、日本のIT投資額は年間10兆円を超えているのに、大した成果を挙げていないからです。先進国のはずなのに、日本のデジタル競争力が低いことには私も驚きました。

 欧州の状況に詳しい西野氏にしてみれば、日本の状況は奇妙に思えるほど進展していないのでしょう。だから、「日本がやろうとしているのはデジタルトランスフォーメーションの推進ではなく、自らの手でその可能性を破壊しようとしているのではないか」と危惧するのです。それほど日本は、巨額の資金を投与しながら、果々しい成果を挙げていなかったのです。

 そこで、西野氏は、このような現状を打開するため、日本は欧州から学ぶべきではないかと提案します。

 先ほどのランキングを見ても、欧州の中堅国が上位を占めていました。そもそも、欧州は産業革命の発祥地であり、伝統的な大企業が数多く存在します。その欧州でデジタルトランスフォーメーションがスムーズに進んでいるのですから、なにか社会文化的な要因が潜んでいるのかもしれません。

 日本がデジタルトランスフォーメーションに際し、西野氏が取り組むべきだとするのは、以下の4点です。

 すなわち、①欧州の中堅国やシンガポールのデジタルトランスフォーメーション・モデルを研究すべきである、②実証実験の段階で止まってしまうプロジェクトが多いが、社会実装にまで持ち込むべきである、③挑戦力を醸成するようにすべきである、④デジタルトランスフォーメーションは、大きな収益と社会的影響を生むと確信し、プロジェクトを実行すべきである、等々。

 そこで、思い出したのが、6月12日に開催された「日本・エストニア、デジタルガバメントフォーラム」でした。

■日本・エストニア、デジタルガバメントフォーラム
 前回(2019年6月14日)、「日本・エストニア、デジタルガバメントフォーラム」について、ご紹介しましたが、当日、私は午後から別用があって、残念ながら午後の部は出席できず、ごく一部分しか、ご紹介できませんでした。

 幸い、7月12日付日経新聞に、このフォーラムの特集記事が掲載されていました。早速、ネットで検索すると、当時の様子が日経チャンネルで提供されていることがわかりました。そこで、この映像を視聴し、何が議論されたのかを把握した上で、関連情報を加えながら、日本のデジタル・ガバメントの推進に必要なものは何なのかを考えてみることにしたいと思います。

 このフォーラムでは3つの分科会で議論を重ねた後、パネルディスカッションで分科会での議論を深め、提言を行うという段取りになっていました。ですから、パネルディスカッションの映像を視聴すれば、このフォーラムの全体像を把握できるのではないかと思います。

 それでは、まず、パネルディスカッションの映像を視聴し、日本のデジタル・ガバメントに必要なものは何なのかという観点から、印象に残ったところを中心に、ご紹介していくことにしましょう。

■パネルディスカッション
 パネルディスカッションの登壇者は、モデレーターの南雲岳彦氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング常務執行役員)、第1分科会から山口功作氏(エストニア投資庁 元日本支局長)とアルヴォ・オット氏(e-Government Academy会長)、第2分科会から安井秀行氏(アスコエパートナーズ代表取締役社長)と石黒不二代氏(ネットイヤーグループ代表取締役社長)、第3分科会から中村彰二朗氏(オープンガバメント・コンソーシアム代表理事)、三輪昭尚氏(内閣官房 情報通信政策監)の7人です。

 それでは、パネルディスカッションの映像を視聴していただきましょう。

こちら →https://channel.nikkei.co.jp/d/?p=190612estonia&s=1628

 ここで印象に残ったのは、第1分科会のモデレーターを務めた山口功作氏(エストニア投資庁・元日本支局長)のご発言でした。

 昨年まで10年間、山口氏はエストニア大使館でIDカードをはじめ、行政のデジタル化に関わってこられました。その山口氏が最初に言われたのは、日本では技術に関する議論は活発だが、概念についてはないがしろにされているように思えるということでした。

 日本ではデジタル・ガバメントに対する概念について、徹底的に議論されないまま計画が進められるので、途中まで進んでもまた最初に立ち返らなければならないことが多いと指摘されたのです。

 これを聞いて、私はなんとなく納得できるような気がしました。先ほど、いいましたように、マイナンバーカードの普及策一つとってみても、私には、いつまでも堂々巡りの段階にとどまっているようにしか思えませんでした。山口氏のお話しを聞いていて、会いナンバーカードの件も、最初の段階で議論を尽くし、市民・国民の観点から合意形成をしてこなかったからではないかと思えてきました。

■論議を尽くして、概念形成を
 さて、実際にエストニアのデジタル・ガバメントの構築に関わってきた山口氏は、以下の4点が肝要だと言われました。すなわち、①デジタル・ガバメントの概念について議論を尽くし、IDを使って何をするのか目標を定める、②必要なインフラを整備する、③システムに対する信頼を構築する、④それぞれの自治体がアプリケーションを創る、等々です。

こちら →
(パネルディスカッション、図をクリックすると、拡大します。日経映像より)

 デジタル・ガバメントの構築には行政ばかりではなく、市民、企業、教育機関、研究機関、医療機関等々、さまざまな個人や組織が関わってきます。それだけに、最初に議論を尽くし、デジタル・ガバメントの概念形成を確かなものにしておく必要があるのでしょう。

 そのような過程を踏まえてようやく、インフラの整備に向かうことができます。インフラの整備ができれば、システムに対する信頼の醸成、その後は、各自治体の必要に応じたアプリケーションの構築、といった具合に、段階的に計画を進めていくことができるのです。

 山口氏の見解に照らし合わせて考えてみると、これまで日本で行われてきたのは、行政主導のデジタル・ガバメント構想でしかなかったのではないかという気がしてきます。つまり、トップダウンで決定された施策には市民・国民の視点が欠けているからこそ、実用化段階でさまざまな不具合が生じるのではないかと思えてきたのです。

 マイナンバーカードに置き換えていえば、仮に制度自体はすばらしいものであったとしても、市民・国民の視点を欠くものであれば、受けいれられにくく、普及も進まないのは当然のことだといえます。

 日本でなぜデジタル化の推進が難しいのかといえば、明らかに、官主導、テクノロジー主導で展開されているプロジェクトだからだといえるでしょう。市民・国民の立場からデジタル・ガバメントの概念が議論され、目標が設定されていれば、その後の展開はよりスムーズだったのかもしれません。いまだにマイナンバーカードの普及で行き詰っているというようなことは起こりえなかったでしょう。

 日経チャンネルで、パネルディスカッションを視聴していると、恰好の事例が紹介されていることに気づきました。会津若松市が行っているスマートシティです。

■会津若松市の事例
 第3部会のコーディネーターを務めた中村彰二朗氏(オープンガバメント・コンソーシアム代表理事)は、「会津若松スマートシティプロジェクト」を進めています。その取組みスタンスがとても興味深いものだったのです。

 中村氏は、このプロジェクトについてまず、どうすれば、そして、何をすれば、市民が幸せを感じることができるのかということについて何度も議論を積み重ね、合意形成を経てから、地域の人々がプラットフォームを立ち上げたといいます。

 印象に残ったのは、行政、企業、大学、研究所、どこに所属していようと、全てのヒトが市民という立場からこのプロジェクトに参加し、課題に取り組んでいると言われたことでした。市長であっても、研究者であっても、皆、市民という立場でこのプロジェクトに参画し、課題に取り組んできたというのです。

 共通項は、生活基盤を会津若松エリアに置く人々です。その共通の立場で、自分たちの生活を豊かで、安心、安全なものにするために、デジタル技術をどう活用していくか、ということを考えてきたと中村氏はいいます。

 山口氏が最初に問題提起された概念形成の段階で、会津若松のプロジェクトの場合、「市民の視点、市民の立場」という基盤がしっかりと確立されていたのです。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。第3部会で提示された画像の一部より)

 上の図を見ると、会津若松市のプラットファームは2層で構成されていることがわかります。上段の「市民」と表示された層は、エネルギー、観光、予防医療、教育、農業、ものづくり、金融、交通など8つの領域が設定されており、このプラットフォームを基盤に市民、観光客、移住者、事業者などが情報の出し入れを行います。ここではマイナンバーカードを活用し、ワンストップで情報のインプット、アウトプットができるようになっているのです。

 その下の段が、「学」、「産」、「官」表示された層です。「学」ではIT人材の育成、「産」ではデジタル産業の集積機能移転と地元からの採用を目指し、「官」では先端プロジェクトを誘致・推進する役割を担います。まさに、デジタルトランスフォーメーションを準備し、継続させていくための層です。

 幸い、会津若松市にはIT人材の育成に定評のある会津大学があります。

こちら →https://www.u-aizu.ac.jp/intro/

 実際のデータを使って教育されたIT人材は、地域産業、街づくりの活性化、さらには行政の効率化に貢献できるでしょう。優秀なIT人材はデジタル産業を呼び込み、会津若松市に集積するようになるかもしれません。

 「市民・観光客・移住者・事業者」と表示された層は、多種多様なデータを集積したデータプラットフォームとAPI(Application Programming Interface)でつながった「学」・「産」・「官」と表示された層から、必要に応じた情報の提供を受けます。多種多様なデータが多様な媒体から自動的に収集され、それが「学」・「産」・「官」と表示された層を経由して、市民・観光客・移住者・事業者にとって有益な情報として還元されていく仕組みになっているのです。

こちら →https://aizuwakamatsu.mylocal.jp/detail?wid=44320118&cid=22534&pf=r
 
 このプロジェクトでは、市民・観光客・移住者・事業者などのエンドユーザーが情報の出し入れを行う際に使うのが、マイナンバーカードになっています。

■マイナンバーカードへの懸念は払拭できるか 
 会津若松市の事例でも、マイナンバーカードの普及が前提となっていました。スマートシティ、あるいは、デジタル・ガバメントを推進していくにはマイナンバーカードの普及が不可欠なのです。

 政府は、下記のような普及策を推進しています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。2019年6月4日付日経新聞より)

 これをみると、行政側の利便性だけではなく、利用者にとっての簡便性や利点なども考慮されていることがわかります。今後、さらに普及することは確かでしょう。ただ、最終的にネックになるのは、個人情報を行政側に提供することへの漠然とした不安でしょう。

 前回の報告(2019年6月14日)でもご紹介しましたが、エストニアではX-Roadというデータ交換基盤を整備することによって、安全性を担保し、利用者に安心してもらえるようにしています。その後、スマホの普及によって、mobile ID、smart IDといった具合に、技術の進展に応じてカードを進化させており、安全性を確保しながら利便性を高めているのです。

 これに関し、第3分科会で登壇された安岡美佳氏(北欧研究所代表)が、興味深い体験談を披露してくださいました。

 安岡氏は2005年にデンマークに赴き、大型ITシステムの研究に加わってこられたそうです。以後、デンマークに滞在されていますが、当初は自分に番号が振られ、政府に個人情報が筒抜けになっていることがとても嫌だったそうです。ところが、次第にそのような気持ちはなくなっていったといいます。

 というのも、IDカードがあることで便利なことの方が多く、ネガティブなことは何も経験しなかったからだというのです。そのような経験から、安岡氏は、日本でも利用者に利点の方が多いと感じてもらえれば、不安は解消されていくのではないかといいます。

 安岡氏は、「より健康に、より幸せに、IoTがもたらすデンマーク医療・福祉のミライ」という記事を書いています。

こちら →
https://www.huawei.com/jp/about-huawei/publications/huawave/23/HW23_Better%20Connected%20Healthcare%20in%20Denmark

 高齢化率の高いデンマークでは、1968年には個人番号制度が導入され、1970年に納税記録、1977年に個人医療記録と紐づけられた結果、今ではIoTを活用して、税収を確保し、さまざまな医療サービスを提供できるようになっているというのです。

 安岡氏は、このような取組みを通して、デンマークはやがて医療福祉の分野で世界をリードしていくだろうと予測しています。

 超高齢社会の日本がデンマークの取組みから学ぶべき点は多そうです。

■超高齢社会の日本が学ぶべきことは何か?
 中村氏は、「会津若松スマートシティプロジェクト」を進めてきた経験から、プロジェクトを主導する組織はさまざまでも、皆、市民という立場から発想しなければならないと言います。それは、病院や学校、自治体、企業といった組織はいずれも市民が構成メンバーだからです。

 さらに興味深かったのが、都市OSの標準化が必要だと言われたことでした。全国に1800もある自治体がそれぞれ独自のOSを開発していては費用もかかるし、効率も悪い、エストニアやEUを参考にしながら、あるべきOSを構築する必要があるのではないか提案されたのです。

 技術のことはわかりませんが、仕様が異なれば、自治体間、あるいは国との間のデータ流通に支障があるかもしれません。お話しを聞いていて、共通のOSは必要だという気がしました。

 さて、エストニアでは現在、94%の国民がIDカードを所有し、活用しているといいますが、普及率50%に達するのに5年以上かかったといいます。普及させる過程で尽力された課題が、いかに安全性を担保するかということでした。

 試行錯誤の上、エストニアが安全なデータ交換基盤を開発したのが15年前です。分散システムの中で作動するX-Roadというデータ交換基盤を開発して以来、国民に安心してもらえるようになったそうです。

 エストニアはいまやサイバーセキュリティ領域の先進国です。セキュリティに関する知が集積されてきたからでしょう。サイバー空間で行われる戦争への既存の国際法の適用を分析した文書には、「タリン・マニュアル」というエストニアの首都名が付けられています。

 安岡氏は、デンマークでは高齢化率が23%に及び、労働者不足、国庫のひっ迫が懸念されており、その解決策として、大きな期待が寄せられているのがIoT関連機器とサービスだといいます。IoTを活用して個人情報と連結し、個々人に適切な医療・福祉サービスができるようになったというのです。そして、自助努力を基盤とした在宅介護を進めていくには、デジタル技術によるサービスが欠かせないといいます。

 超高齢社会の日本では尚のこと、デジタル・ガバメントにシフトしなければ、いずれ立ち行かなくなってしまうでしょう。

 今回のフォーラムの中では、セキュリティの面ではエストニア、市民・国民を視点にした取組みでは会津若松市、IoTを活用した医療・福祉サービスではデンマーク、それぞれの実践事例が日本の参考になると思いました。成功した先行事例から多くを学び、日本の社会状況に合ったデジタル・ガバメントへの取組みを急ぐべきでしょう。

 考えて見れば、日本の高齢化率は2018年時点で、27.7%です。できるだけ早くデジタル・ガバメントにシフトし、IoTを活用した医療・福祉サービスを提供していくのが、喫緊の課題になっています。

 今回のフォーラムは、登壇者の人選が適切で、しかも、プログラムの構成がよかったので、議論を深めた上で提言に至ることができていました。開催当日、私は午前の部しか出席できませんでしたが、その後、日経チャンネルで映像が提供されましたので、内容をフォローすることができました。参加し甲斐のあるフォーラムだったと思います。(2019/7/21 香取淳子)

超高齢社会の日本、デジタルガバメントへの移行は可能なのか。

■日本・エストニア、デジタルガバメントフォーラムの開催
 2019年6月12日、日経ホールで「日本・エストニア;デジタルガバメントフォーラム」が開催されました。最近、デジタルファースト法案が成立しましたが、果たして、日本はデジタルガバメントに移行できるのかと思っていました。ですから、新聞でこのフォーラム開催を知ったとき、タイトルに引かれ、参加することにしたのです。

 行ってみると、参加者の圧倒的多数は中壮年の男性で、女性はちらほらと見かける程度でした。

こちら →
(フォーラム開始前の会場風景。図をクリックすると、拡大します)

 おそらく、行政、企業、研究者なのでしょう、ダークスーツにノートパソコンにスマホといった典型的なスタイルの男性たちが次々と入場し、開始直前にほぼ満席になりました。タイムリーなテーマだったし、今後の日本社会を決定づける重要なテーマだったからかもしれません。

 このフォーラムは、①講演を通しての情報提供、②分科会での討議、③提言につなげるパネルディスカッションといった具合に、朝10時から夕方5時50分まで、全体が三部構成で組み立てられていました。登壇者と参加者が情報を共有しながら、討議を行い、最終的にデジタルガバメントに向けた提言を行うという流れになっていました。

 分科会は、①「エストニアでデジタル化ができて、なぜ日本にできないのか?」、②「どうすれば進む!日本社会のデジタル化!」、③「世界へ発信していく日本のデジタル社会の姿とは?」など、三つ設定されていました。

 私は分科会①に出席したかったのですが、どうしても避けられない用事があって、残念ながら午後の部からは退席せざるをえませんでした。

 当日の様子は後日、日経新聞で報道されるということでしたので、紙面で内容を捕捉したいと思いますが、私が見聞きした限りでいえば、とても充実した内容だったので、印象に残ったところを中心にご紹介していくことにしましょう。

■digitizationからdigitalizationへ
 最初に、印象に残ったのが、情報通信技術政策担当、内閣府特命担当大臣であり、日本エストニア友好議員連盟の平井卓也氏のお話しでした。

 平井氏はまず、10歳の女の子がクラウドファンディングで資金を集め、エストニアに行ってロボティックの研究をしたいという事例を紹介されました。そして、多くの子どもたちが今、デジタル化に大きな関心を寄せるようになっており、いわゆるデジタル・ネイティブ世代のポテンシャルが想像以上に高いと報告されたのです。子どもの頃からスマホとともに生きてきた世代にとっては当然のことなのかもしれませんが、私もこれを聞いて驚きました。

 次に、令和(beautiful harmony)の時代を生きる日本の次世代は、高齢世代とうまく調和しながらSociety5.0 を作り上げていくことが大切だと述べられました。それこそが、beautiful harmonyの精神だというのです。実際、少子高齢化が今後も続く日本では、人口の4割が65歳以上、50歳以上が6割という状態がしばらく続きます。したがって、次世代が高齢世代を取り込みながら、デジタル化を進めていく必要があるのです。

 世界でも突出して高齢化率の高い日本は、このままではデジタル後進国になりかねません。まさにピンチとしかいいようのないのが現状ですが、だからこそ、それをチャンスに変えていく必要があるというのが平井氏の主張でした。

 まずは行政のデジタル化を進め、イノベーションを起こし、さまざまな社会的課題を対処していくことが肝要で、そのためには、マインドセットを変えていく必要があるというのです。

 マインドセットという聞き慣れない言葉を聞いて、調べて見ると、どうやら、ベストセラーになった“MIND SET”(『マインドセット』、キャロル・S・ドゥェック著、今西康子訳、2016年)から来ているようでした。その意味は思考様式といったようなものですから、これまでとは考え方を変えて、行政改革に取り組まなければならないということでした。つまり、行政のデジタル化を進めるといっても、今の行政組織をそのままデジタル化するのではなく、新しいインフラを構築する覚悟で臨まなければならないということなのです。

 平井氏はさらに、エストニア政府関係者が2013年頃に言われた言葉として、digitizationが重要なのではなく、digitalizationが重要だということを紹介されました。digitizationとdigitalizationとは似たような言葉ですが、その意味が異なります。今、必要なのは、digitalizationなのだという指摘でした。digitalizationは単なるデジタル化ではなく、デジタル化されたデータを利活用し新たな価値を創り出すことまで含まれているのです。

 聞いていて、ふと、2000年頃、globalizationとglobalizationとの違いが議論されたいたことを思い出しました。あの頃は“global”という言葉を軸に世界が動いていたのです。翻って今、“digitalization”という流れの中で世界が大きくうねり始めています。改めて、“digital”をキーワードに、新たな時代に突入しつつあることを実感させられました。

 さて、マイナンバーカードのお手本にしたのはエストニアのIDカードだったそうです。さらに、サイバーセキュリティに関しても、日本はタリン協定に参加し、防衛省からエストニアに人材を派遣し、digitalization下の安全対策を進めているそうです。調べて見ると、『防衛研究紀要21』に河野桂子氏が<「タリン・マニュアル 2」の有効性考察の試み>というタイトルの論文を書いていました。

「タリン・マニュアル 2」とは、サイバー活動に適用される国際法に関する文書のことで、2017年2月5日、NATOのサイバー防衛センターによって発表されました。これに関しては、発表後、ワシントンDC、デン・ハーグ、タリンなどで評議会が開催され、国際的に立ち上げられたといいます。

こちら →https://the01.jp/p0004346/

 この「タリン・マニュアル 2」は、2013年に発表された「タリン・マニュアル1.0」に続くものだそうですが、この「タリン・マニュアル1.0」は当時、サイバー空間で行われる戦争に既存の国際法をどのように適用できるのかを最も包括的に分析した文書だといわれていたようです。

こちら →
https://www.securityweek.com/security-think-tank-analyzes-how-international-law-applies-cyber-war

 核攻撃ばかりではなく、サイバー攻撃の脅威が現実のものになっている今、新たな手段の攻撃に対しどう対処するか、国際的な指針が必要になってきているのです。行政のデジタル化を進めてきたエストニアはいち早く、その指針作成にも取組んできたようです。私たちが知らないところで着々とデジタル化に対応して国家戦略が展開されていることがわかります。

 さて、このフォーラムにはエストニアから13名が参加されていましたが、最初に登壇されたのが、経済通信副大臣のヴィルヤ・ルビ氏でした。ルビ氏は世界がデジタル化によって再編成されるにつれ、国境がなくなっていくとともにサイバー攻撃の恐怖も増大しているといいます。そんな中、エストニアが提供するe-government academyは世界130ヵ国と協業しており、日本とエストニアの関係は近年、とても緊密なものになっているといいます。Society5.0の下では、常に学び続けること、共に学び合うことが基本だといいます。

 それでは、e-Government Academyとはどういうものなのでしょうか。

■e-Government Academy
 まず、e-Government Academy戦略・開発担当副ディレクターのHannes Astok氏、続いて会長のArvo Ott氏のお話しがありましたが、両氏を含むチームメンバーについては下記に紹介記事がありました。

こちら → https://ega.ee/team/

 さて、Hannes Astok氏は講演の中でまず、45年前のエストニア人夫婦の写真を提示し、続いて、これを加工し、彼らの前にパソコンとケーブルを置いた写真を提示し、これが今の状況だと説明しました。

こちら →
(“Estonian e-government ecosystem: analogue and digital elements”より。図をクリックすると、拡大します)

 9世紀の写真を加工し、2016年の技術環境に変更したのが上の写真ですが、今や普通の人々がパソコンを操作し、調べものをし、スカイプで話し、ユーチューブの映像を見て楽しむようになっているのです。

 このように国民がさまざまなデジタルデバイスを使っているのなら、行政もまたデジタル化し、生活改善に寄与できる方向に変えていく必要があると考え、エストニアは行政のデジタル化に着手したといいます。もっとも行政にはアナログの要素とデジタルの要素がありますから、それを見極めながら、国民がいつでもどこでも行政サービスを受ける環境を創り出すことが大切だと指摘します。

 これについてはHannes Astok氏が作成した、“Estonian e-government ecosystem: analogue and digital elements”と題するパワーポイントの資料がありましたので、ご紹介しておきましょう。

こちら → 
https://www.itu.int/en/ITU-D/Regional-Presence/AsiaPacific/Documents/Events/2017/Sep-SCEG2017/SESSION-1_Estonia_Mr_Hannes_Astok.pdf#search=’eestonia+ecosystem’
 
 さらに、e-GovernmentについてはHannes Astok氏による紹介冊子がありました。

こちら → https://ega.ee/publication/introduction-to-e-government/
 
 さて、日本のマイナンバーカードはエストニアのIDカードを参考にして作成されたといいます。どのようなコンセプトを参考にしたのでしょうか。

 このIDカードについてもHannes Astok氏が説明してくれました。

■Estonian ID card
Hannes Astok氏は、行政のデジタル化を進めるに際し、想定されるボトルネックに対処するには、ワンストップサービスを提供することだといいます。そのためには、すべての行政サービスに関する情報をデジタルフォーマットに変換する必要があり、その一方で、国民を確認し承認するためのIDカードが必要だというのです。

 エストニアでは2002年からエストニア国民ID(国民識別番号)カードが発行されました。対象者はエストニア国民とエストニアへの移住者です。

 カードの表側には、所有者の写真、所有者の自筆署名、所有者の氏名、所有者の国民ID番号、所有者の生年月日、所有者の性別、所有者の市民権、カード番号、カードの有効期限が記載されています。

 そして、裏側には、所有者の出生地、カードの発効日、その他、居住許可に関する項目等々、表裏の印刷データを機械的に読み取り可能なフォーマットに変換した文字列が記載されています。
 
 個人を特定する重要な情報が入っているわけですから、このカードは技術的、法的、サイバーセキュリティその他の面で安全なものにしなければなりません。そこで15年前に開発されたのが、X-Roadです。分散システムの中で作動するX-Roadというデータ交換基盤が整備されたので、安全なのだそうです。

 それがスマホの普及によって、mobile ID、smart IDといった具合に、技術の進展に応じてカードも進化してきました。それに伴い、国民のアクセスも大幅に向上したといいます。それによって行政手続きのコストが大幅にカットされ、1720億円が節約されたといいます。人口125万7000人のエストニアでそうなのですから、1億2000万人余のにほんではさらに大きな節約が可能になるでしょう。

 もちろん、税の申告も電子申請になっていますから、いまではほとんどの国民がオンラインで税申告をするようになっているようです。

■tax declaration online
 e-Government Academy会長のArvo Ott氏は、2000年以降、税の申告もオンラインで行っており、2011年以降はほぼ100%が電子申請を行っているといいます。申請については下記のような手続きをするようです。

こちら → https://thisestonianlife.com/taxes-online-estonia/
 
 ただし、これをスムーズに進めるためには、国民が不安を抱かないように、プライバシー、セキュリティについて保証して進めることが必要だといいます。

 エストニアでは税の申告だけではなく、金銭取引、事業登録などもすべてオンラインで処理できるようになっているようです。

こちら → https://e-estonia.com/solutions/business-and-finance/e-tax/

 これを見ると、会社設立の98%、銀行取引の99%、税申告の98%がオンラインで行われていることがわかります。このことからは、行政サービスのオンライン化と合わせて民間サービスのオンライン化を行い、相互にやり取りができるようになっていることがわかります。

 エストニアではこのように事業や財政のオンライン化によって一貫したサービスが可能になっています。人々にとっては利便性が図られ、行政や民間事業主にとっては利便性ばかりか、無駄な経費がかからなくなりますから、大幅な節約ができます。

 こうしてみてくると、日本がエストニアに倣ってマイナンバーカードを創設した理由もわかってきます。行政サービスのオンライン化のために、個人認証手段としてのマイナンバーカードは不可避なのです。

 少子高齢化がさらに進み、医療負担、年金負担が今後さらに高まっていくことを考えれば、手続きにかかる無駄な経費は省いていくのが当然だということはわかりますが、果たして、日本で行政サービスのオンライン化は可能なのでしょう。

■超高齢社会の日本、デジタルガバメントへの移行は可能なのか。
 2019年5月、デジタルファースト法案が成立しました。さらに、2019年6月4日、政府はデジタルガバメント閣僚会議でマイナンバーカードの普及促進のための総合対策をまとめました。その中で興味深いと思ったのは、健康保険証として使えるようにし、2022年度中にほぼすべての住民にカードを交付するというものです。

 私は超高齢社会の日本で行政サービスのオンライン化は難しいのではないかと思っていますが、マイナンバーカードを健康保険証として使えるようにすれば、普及が進む可能性が高くなると思います。というのも、高齢者がもっともよく使うのは健康保険証なので、そこにマイナンバーカードを紐づけることによって、普及が進むことは明らかです。

 さらにはお薬手帳としても使えるようにすれば、マイナンバーカードによって治療の透明性を高めることも期待できるでしょう。無駄な投薬は回避されるようになるでしょうし、当然、膨張し続ける医療費の削減にもつながるでしょう。

 もちろん、医療機関がそれに対応できるよう整備しなければなりませんが、2022年度中には全国ほぼすべての医療機関が対応できるようにするということです。今度こそは、政府の本気度がわかります。

 もっとも、2019年6月11日の日経新聞夕刊の記事によると、2018年度中に個人番号を含む情報が漏洩するなどのマイナンバー法違反または違反の恐れのある事案が、134機関で279件あったと政府の個人情報保護委員会で発表されたそうです。134機関の内訳は、地方自治体が80、国の行政機関が9、民間事業者が45でした。その原因としては、電子メールの誤送信、書類の紛失、不正アクセス、等々のよるものでした。

 このような状態を見ると、まだ安心して個人情報を行政機関によって一元管理されたくないという気持ちになってしまいます。エストニアの場合、個人情報を安全に管理するための仕組みを同時に開発して進めていました。日本の場合、どうなっているのでしょうか。

 今後の社会状況を考えれば、日本こそ、デジタルガバメントへの移行は不可欠だと思いながらも、このような情報管理の甘い実態を知ると、まだ難しいのではないかと思えてなりません。なにしろ、超高齢社会の日本です。高齢者がカードを紛失してしまった場合、悪用されないための手段はあるのでしょうか。個人情報を保護するにはどうすればいいのか、高度なセキュリティシステムを導入するにはどうすればいいのか、安全に活用するための論議の過程をその都度、公開しながら進めてもらいたいという気がしています。

 神戸市長や会津若松での事例なども報告されましたが、今回のフォーラムで印象に残ったのは、これまでご紹介してきた事柄です。私が出席できなかった分科会等の情報については、後日、日経新聞で報道されてから、考えてみることにしましょう。(2019/6/14 香取淳子)

デジタルファースト法の成立で、何が見えてきたか。

■デジタルファースト法案の成立
 2019年5月24日、デジタルファースト法案が参院本会議で可決されました。すでに衆議院では4月26日に可決していますから、これでこの法案が成立したことになります。一体デジタルファースト法案とはどのようなものなのでしょうか。

 総務省は以下のように概要を示しています。

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(総務省HPより。図をクリックすると、拡大します)

 これを見ると、情報通信技術を活用し、行政手続きの利便性の向上を図り、行政運営の簡素化・効率化を図るための法案だということがわかります。パソコンの普及だけではなく、スマホの普及率の高さがこのような行政のデジタル化を可能にしたと思います。ほとんどの人がスマホを日常的に操作できるようになったからこそ、行政サービスのデジタル化も実現可能になってきたのです。

 さて、行政のデジタル化に関する基本原則としては、①デジタルファースト(個々の手続き・サービスをデジタルで完結させる)、②ワンスオンリー(一度提出した情報は、二度提出する必要がない)、③コネクテッド・ワンストップ(民間サービスを含め、関連手続きは一度で済ますことができる)、だとされています。2019年から実施されるようになります。

 行政手続きのオンライン化が行政側にメリットがあることは確かです。人手を省くことができますし、人為的なミスがなくなり、正確に処理できます。さらには、データを積み上げ、相互に関連づけることも可能ですし、データに基づいた行政サービスも提供できるようになるでしょう。では、利用者側にどのようなメリットがあるのでしょうか。

■利用者にとってのメリットは?
 具体的に示された例でいえば、引っ越しの際、ネットで住民票の移動手続きをすると、その情報に基づき、電気、ガス、水道等の変更手続きもできるようになるというのです。確かに、これまでは住所変更をすれば、電話、電気、ガス、水道などの生活インフラそれぞれについて変更手続きをしなければならず、面倒でした。それが一度、住民票の移動手続きをするだけで、関連手続きがすべて自動的にできてしまうのだとすれば、これほど便利なことはありません。

 さらに、死亡や相続などの手続きもネットで済ませられるといいます。かつて相続の手続きが煩雑で大変だったことを思い出します。ですから、ネットで手続きが完了できるのだとすれば、便利になることは確かです。

 もっとも、引っ越しにしても、身内の死亡や相続にしても、そう何度も経験することではありません。ですから、いま、ご紹介したような行政サービスの利便性を提示されても、どれほどの人々がそれをメリットだと感じるでしょうか。利用者がメリットを感じるのは、行政サービスにかかるコストに比べ、はるかに利便性が高かった場合です。

 実は、そのようなサービスを受けるためには、オンラインで申請をすることが原則になりますし、本人確認や手数料納入もオンラインで行われるようになります。つまり、利用者側にその前提となる条件が課せられるのです。本人確認のためのマイナンバーカードや決済のためのクレジットカードが必要となりますから、これまでそのようなものを必要としないで暮らしてきた人々は、それを大きなコストだと思うでしょう。

 実は、マイナンバーは交付から約3年たっていますが、普及は進んでおらず、約1割にとどまるといわれています。利用者にとって大きなメリットが感じられないのに、個人情報がどのように利用されるかわからないので、ほとんどの人が躊躇っているのです。ですから、マイナンバーカードを使わなければならない場合、通知カードで代用する人が圧倒的に多いというのが現状です。

■マイナンバーカード普及率
 マイナンバーカードが普及しなければ、行政手続きの電子化が進むはずもありません。そこで、政府はこのデジタルファースト法案の成立を契機に、今後、通知カードを廃止し、マイナンバーカード利用の促進を図っていこうとしています。相当、強引なやり方ですが、マイナンバーカードの普及が進まなければ、行政のデジタル化も進まないのですから仕方のないことなのかもしれません。

 NECは、「今なぜデジタル・ガバメントなのか」というレポートを発表し、その中で行政のデジタル化について下図のような概念図を示しています。行政手続きのデジタル化で省力できる仕組みが現状と比較して書かれているので、よくわかります。ご紹介しておきましょう。

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(NECのHPより。図をクリックすると、拡大します)

 現状では甲と乙が印紙を貼った契約書を交わし、契約が成立することになるのですが、それでは手間暇がかかります。そこで、将来は甲と乙がマイナンバーカードあるいは生体認証で本人確認を行い電子化された契約書を交わすと、クラウド上で契約書の有効性が確認され、認証局による認証を受けたうえで契約が完了となり、電子署名とタイムスタンプの入った電子文書が発行されるという仕組みです。

 利用者はパソコン画面で操作するだけで済みます。印紙代や郵送料等もかからず、コストが低減されます。

 対面での交付手続きもパソコン上で処理し、マイナンバーカードあるいは顔認証等で本人確認をし、オンラインで申請すると、行政機関によってマイナンバーに資格付与されるか、あるいは、本人限定郵便等で通知されるという仕組みです。

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(NECのHPより。図をクリックすると、拡大します)

 対面手続きの場合もオンライン上で処理すれば、やはり大幅に時間や関連経費が節約できることがわかります。ただ、行政のデジタル化には、本人確認のためにマイナンバーカードがとても重要な役割を果たすということを把握しておく必要があります。政府が半ば強制的にマイナンバーカード利用を推進しようとする背景をここにみることができます。

 ところが、2019年3月18日朝刊の東京新聞によると、3月13日時点でマイナンバーカードの普及率はまだ12.8%だといいます。発行日から5回目の誕生日に「電子証明書」の有効期限が切れますが、このままではカードを更新しない人が続出する可能性があります。

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(東京新聞2019年3月18日朝刊より。図をクリックすると、拡大します)

 マイナンバーカードは2016年に始まりましたが、約4年経過してもまだ1640万2088人しか利用していないのです。

■なぜ、普及しないのか
 一言でいってしまえば、利用者にとってメリットが感じられないからでしょう。東京新聞の記者は、政府は2020年度末には健康保険証の代わりにカードを使える仕組みを導入し、さらなる利便性をアピールするする方針だと書いています。健康保険証を廃止してマイナンバーカードに一元化してしまうのならともかく、代替として使えるという程度では普及は進まないでしょう。

 ニッセイ基礎研究所の清水仁志氏は「マイナンバーカード普及の課題」と題する論考の中で、マイナンバーカードにはセキュリティ面でのデメリットがあるとし、カードの紛失等によるマイナンバーの流失、カードの不正利用、さらに、パスワードを知られると、オンライン上の個人情報まで抜き取られてしまう恐れがあると指摘しています(『研究員の眼』2018年12月4日)。

 清水氏はさらに、内閣府が実施した調査データを紹介しています。

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(内閣府「マイナンバー制度に関する世論調査」2018年11月より)

 左側の図を見ると、取得した理由の第1が、「身分証明書として使えるから」であり、第2は、「将来利用できる場面が増えると思ったから」です。一方、右側の図を見ると、取得しない理由の第1が、「取得する必要がかんじられないから」で、第2が、「身分証明書になるものは他にあるから」でした。

 こうしてみると、取得理由からも、取得しない理由からも結局、特に早急にマイナンバーカードを持つ必要がないという実状がわかってきます。

 筆者の清水氏は、「現在、マイナンバーカードは任意取得であり、カード普及のためには、カード取得のデメリットよりもメリットを強く感じてもらうことが必要だ」と結論づけています(前掲)。

■セキュリティへの不安
 いろいろ調べているうちに、調査時期はやや古いのですが、興味深いデータを見つけることができましたので、ご紹介しましょう。『内閣府マイナンバー制度に関する世論調査』(調査実施2015年1月/n=1,680)を参考に、マイナンバーに対する懸念のデータをZDNet Japan編集部が作成したものです。

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(ZDNet Japan編集部(https://japan.zdnet.com/)作成。図をクリックすると、拡大します)

 これを見ると、第1が、「個人情報漏洩によりプライバシーが侵害される」(32.6%)、第2が、「マイナンバーや個人情報の不正利用による被害」、第3が、「国により個人情報が監視・監督される」(18.2%)でした。

 上記に挙げた懸念の内容は、行政のセキュリティ体制の甘さを考えると当然のことです。私もセキュリティの観点からこれ以上、カード類を増やさないようにしています。

 そういえば、2018年の調査でも、「マイナンバーを取得しない理由」として第3に「個人情報の漏洩が心配だから」、第4に「紛失や盗難が心配だから」が挙げられていました。

 こうしてみてくると、マイナンバーカードの普及を促進させようとすれば、なによりもまず、①取得する必要性を感じさせること、②セキュリティ体制を万全なものにすること、等々が不可欠だという気がします。

 それではデジタルファースト法成立後、政府はどのような全体構想の下、行政のデジタル化、すなわち、デジタル・ガバメントに誘導していこうとしているのでしょうか。
 
■デジタル・ガバメント構想
 デジタル・ガバメント構想自体は20年ほど前からありましたが、現在は「デジタル・ガバメント推進方針」(2017年)に基づき、デジタル・ガバメントの実現に向けて取り組んでいるところです。そんな中、2019年3月30日、官邸は「世界最先端のデジタル・ガバメントの実現に向けて」という構想を発表しました。

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https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai14/siryou5.pdf
 まず世界的にデジタルトランスフォーメーションが進む中で、取り残されているのが日本の行政部門だという認識が示されます。国民生活やビジネスを取り巻く環境が大幅に変化する中、デジタルを前提とするビジネスへの転換、組織改革が世界的なうねりとなって展開されているのに、日本の行政部門は旧態依然としてアナログ型行政から抜け出せていない、このままでは日本がやがて隘路に陥るのは必至だという認識です。

 ニッセイ基礎研究所の清水仁志氏は「デジタル・ガバメントに向けた取組み」という論考の中で、デジタル・ガバメントの目的を要領よく整理していますので、ご紹介しておきましょう(下図)。

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(『研究員の眼』2019年5月13日より。図をクリックすると拡大します)

 この図でいえば、日本は現在ようやく①と②に達しようとしているところですが、やがては③に至ります。そうなると、行政が所有するデータを利活用したさまざまなイノベーションが可能になるという政府の将来構想を見て取ることができます。

 逆にいえば、現段階を首尾よく通過しなければ、デジタル・ガバメントは成り立たず、ICTを踏まえたさまざまな社会的課題の解決も達成できなくなるということになります。マイナンバーカードの普及率の低さからは、日本の行政デジタル化は相当、遅れているといわざるをえません。

■海外の評価は実態に即しているのか
 ところが、清水氏は、日本のデジタル・ガバメントへの評価は意外にも高いといいます。その根拠となるデータとして、国連と早稲田大学のデータを挙げていますので、ご紹介しましょう(下図)。

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(『研究員の眼』2019年5月13日より。図をクリックすると拡大します)

 これを見ると、国連のデータでは日本は10位、早稲田大学のデータでは7位にランクされています。確かに予想よりも高い評価です。何を指標にしてランキングしたかによって順位は決まりますが、清水氏は、日本の場合、デジタル・ガバメントに向けた取組み計画の策定や、政府C10制度などが評価されたからではないか。すなわち、情報システムの最適化に加え、組織や部門を超えて企業グループを俯瞰し、経営の変革を推進する主導的役割を果たせるように、各府庁が横断的に推進している点が高く評価されたからだとみています。

 おそらく、その通りなのでしょう。最先端の知識と技術を組み合わせ、民間の力を借りながら、政府の省庁横断的に果敢に取組む姿勢が評価されたのだろうと思います。計画は素晴らしく、ロードマップも過不足なく組み立てられていたのでしょう。

 ところが、実際はデジタル・ガバメントの基盤であるマイナンバーカードすら、笛吹けども踊らずの状態で、ほとんど普及していないのです。生活者としての実感をいえば、トップレベルの構想は素晴らしいのかもしれませんが、生活者レベルではそれがうまく展開していないような気がします。ですから、日本ではそれほどデジタル化が進んでいるとは思えないのです。

 たとえば、ソウルやバンコク、シンガポールに旅行すると、ほとんどの買い物はカードで決済できましたが、日本の場合、東京でもいまだに現金しか扱わないところがあって不便だなと思うこともしばしばです。

■デジタル・ガバメントは日本で機能しうるのか
 行政のデジタル化に対する私の実感は、電通の調査結果によって裏付けられました。ロンドンの電通が英オックスフォード大学の研究機関と共同で、デジタル経済の充足度について実施した調査があります。その結果を見ると、日本はなんと24か国中最下位の24位なのです。

 たまたまタイの英字紙バンコクポストの2019年4月10日の記事にこの図が掲載されていましたので、ご紹介しましょう。

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(資料:Dentsu Aegis Network Digital Society Index Survey 2018, BANGKOG POST 2019/Apr/10)

 これはタイの英字紙の記事に掲載されていた図なので、タイの項にマーカーが引かれています。見ると、タイではデジタル経済に対し、心理的ニーズこそ低いものの、基本ニーズ、自己実現ニーズ、社会的承認ニーズ、いずれもきわめて高いのが特徴です。この傾向は中国やインドと似通っています。いずれも、デジタルに対する基本ニーズ、自己実現ニーズ、社会的ニーズが高く、それはすなわち、彼らのデジタル化に向けたモチベーションが高いということになります。

 一方、日本はといえば、心理的ニーズ(シンガポールに次いで低い)以外のすべての項目で諸国に比べ、最も低いという結果でした。一般に、調査結果を見る場合、どのような人々を対象に、どのような項目を設定して調査したのかによって、結果は影響を受けますが、それを割り引いたとしても、日本の結果の低さには驚かざるをえません。すべての項目で平均をはるかに下回っているのです。つまり、日本の人々の間では諸国に比べ、デジタル化に向けたモチベーションがきわめて低いということになります。

 この図を見ているうちに、やがて、このランキングの結果には、マイナンバーカードの普及の低さに通底するものがあるのではないかと思えてきました。つまり、その国の人口構成やデジタル社会への変革のモチベーションの多寡などが、介在しているのではないかと思えたのです。

 たとえば、人口構成が比較的若い、経済的に比較的に豊かではない、社会が比較的に安定しない、等々の諸国では、人々の間でデジタル化に向けた種々のニーズが発生するのではないでしょうか。いってみれば、満たされないが故のニーズ、あるいは上昇志向故のニーズです。

 現状に不満感を抱いている人々にとって、今よりも豊かで安定した生活をするには、世界の潮流であるデジタル化の波に乗るしかありません。それには、旧態依然とした制度を壊そうとするぐらいのチャレンジ精神がなければ対応しきれないことはわかっています。もっとも、チャレンジしさえすれば、大化けするかもしれませんから、モチベーション高く頑張る人が次々と登場してくることでしょう。

■高齢社会を踏まえた取組みを
 超高齢社会の日本では、新しいことにチャレンジしようとする人が年々、減ってきているような気がします。それは、変化を好まず、新しいことに興味を示さなくなる高齢者の人口が増えてきているからだと思います。高齢になると大抵の場合、身の回りのことか、健康や生活の安定にしか興味を示さなくなりますし、現状を肯定し、変革を求めなくなります。ですから、デジタル化へのニーズが低いのも当然ですが、その高齢者が人口のボリュームゾーンを占め、今後も増え続けるのが日本の現状です。人口動態の側面からみれば、半ば必然的に、高齢者の生活価値観や生活意識が社会全体の潮流を方向づけ、牽引していくようになります。・・・、このままでは、とても行政のデジタル化は進まないでしょう。

 そのような社会状況の中で行政のデジタル化を進めるとすれば、どうすればいいのか・・・、と考え、思いつくのは、今回デジタルファースト法案で示されたサービス以外に、高齢者がもっと身近に感じられる行政サービスを提供できないかということです。たとえば、医療サービスなどの利便性、効率性を図ることとセットで行政のデジタル化を推進すると、より多くの高齢者がそのメリットを感じ、デジタル化を受け入れるようになるかもしれません。

 もちろん、それに合わせて、高齢者に対するIT教育を行政が無料で推進する必要があります。基本的なパソコンの扱い方、スマホの扱い方などを伝える場が必要になってくるでしょう。民間や市民団体などの力を借りながら、高齢者に負担の少ない方法で、基本なIT教育の場を提供することが大切だと思います。

 科学技術の大国であったはずの日本がいつの間にか、世界的なデジタル化の潮流の中で大国の座から退き、遅れを取りつつあります。そこに介在するのは、高齢者の比重の高い社会構造、それに呼応するかのようなチャレンジ精神の喪失、低く安定した社会状況、等々です。次世代のために、どうすれば行政のデジタル化を適切に推進することができるのか、まずは大きな人口ゾーンである高齢者の不安を取り除きながら、高齢者を包摂する形で取組む必要があるのではないかと思います。(2019/5/31 香取淳子)