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コロナ下で見たヒガンバナ

■花芽、蕾のヒガンバナ
 2021年9月12日、コロナ下の三蜜を避け、気分転換を図るため、久しぶりに入間川の遊歩道に行ってきました。

 夏の間、あれほど生い茂っていた桜木が、いつの間にか葉を落とし、そこかしこに散らばった枯れ葉が、辺り一面を秋色に染めていました。もう、すっかり秋の気配です。

 ふと、道路脇に目を落とすと、落ち葉の合間から淡い黄緑色の茎が何本か伸びています。葉がなく、茎がむき出しになっています。茎だけの姿がなんともおぼつかなく、いかにも頼りなさそうに見えました。

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 よく見ると、茎の先に小さな花芽が付いています。淡い色に包まれていて、まだ何色の花が咲くのかわかりませんが、新たな命が開花を待っているのです。周囲の雑草がきれいに刈り取られているせいか、地面からすっくと伸びた姿がとても印象的でした。

 周囲を見渡すと、濃い赤が透けて見えている花芽もありました。

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 はっきりとした赤い色が見えるので、これは花芽というより、もう少しで蕾になろうとしている移行期のもののようです。この花芽とも蕾ともつかないものを見て、ようやく、この茎だけの植物の正体がわかりました。

 ヒガンバナです。

 そういえば、間もなくお彼岸を迎える季節になっていました。ヒガンバナは時期を違えることなく、新芽を出してきているのです。改めて、自然のタイムスケジュール管理のすごさに驚かされました。

■葉のないヒガンバナ
あらゆる生命体は適正なタイムスケジュールの下、生を受け、一定のライフサイクルを経て、死を迎えるのでしょう。ヒガンバナを見たとき、自然のメカニズムの一端を見たような思いがしました。

 先の方に、赤い蕾が群生しているのが見えます。

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 蕾の重みのせいでしょうか。茎が倒れ掛かっているのがいくつかあります。おそらく、葉がないのでバランスが取れず、蕾を支えきれないのでしょう。改めて、葉のないことの不思議に思い至りました。

 それにしても、ヒガンバナにはなぜ、葉がないのでしょうか。

 そういえば、ヒガンバナは、花が咲こうとしている時に葉がなく、花が咲き終わると、葉が伸びてくるといわれていることを思い出しました。「葉見ず、花見ず」の花だといわれているのですが、葉のない期間、ヒガンバナはどのようにして光合成をおこなっているのでしょうか。

 ネットで検索してみました。すると、私と同じような疑問を持った人がyahooの知恵袋に疑問を提出していました。それに対する回答がとてもわかりやすかったので、ご紹介しておきましょう。
(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1219402062)

秋:お彼岸の頃に開花→他の草木も葉が未だ茂っていて、ヒガンバナが光合成を行うのに邪魔! 他の草木の葉が枯れだす頃に葉を展開(ヒガンバナの葉は草丈が低いので、他の草木が枯れ始めると葉を伸ばし始める)。

冬:他の草木が枯れてしまった冬場、草丈の低いヒガンバナの葉は、精一杯光合成を行って養分を球根に蓄える。(ヒガンバナは、人の手が入った開けた明るい環境が好きで、常緑林の下部のように、冬でも薄暗いような環境では育たない)。

春:他の草木の葉が茂り始めると、ヒガンバナは休眠の準備。

夏:草丈の高い草木が葉を茂らす夏場、ヒガンバナの地上部は枯れ、地下の球根の状態で秋の開花時期を待つ。

この説明を見ると、ヒガンバナはどうやら、普通の植物のライフサイクルとは逆になっているようです。

■赤いヒガンバナ
 遊歩道を歩いていくと、落ち葉の中から這い出てきたかのようなヒガンバナの群生が見えます。すっきりと長い茎の先に、赤い蕾がいまにも花弁を開こうとしているかのようです。

 先ほどのものよりさらに茎が長くなっているように見えます。茎が長い割には姿勢を崩すこともなく、どれも毅然とした恰好で立っています。これから花開こうとするものならではの力強さが感じられます。

 一方、垂れ下がっている巨大な桜木の枝から葉はほとんど落ち、残っている葉も黄色く色づいています。

 ついこの間まで、遊歩道を両側から包み込むように、桜木が葉を繁らせていました。いつの間にか、その桜木から葉が落ち、ところどころ残った葉もすっかり色褪せています。落ちた枯れ葉がアスファルト道路に張り付いているのを見ると、思わず、哀愁を感じさせられてしまいます。

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 遊歩道を囲む木々は生の輝きを失って葉を落とし、晩節に入ろうとしているのです。ところが、川べりには赤いヒガンバナがちらほら見えます。こちらは今が盛りとばかり、艶やかな姿を見せています。

 余分な負担を減らし、休眠しようとする木々があれば、これから生を謳歌しようとするものもあります。老若が共生して、川べりを彩っていました。

 この場面だけで、季節の移り変わりがはっきりと見て取れます。

 まるで桜木の枝が誘導するかのように、枝先に広がる川べりには、赤い一塊の花が咲いていました。雑草の中で赤いヒガンバナがすっくと立ち、寄り添うように咲いているのが可愛らしく、見ていると、ふっと気持ちが緩んでくるのを感じます。

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■テントを張って川辺で遊ぶ若者たち
 季節に合わせて様相を変えていく自然の営みに驚嘆しながら、ヒガンバナを見ていると、突如、嬌声が聞こえてきました。

 入間川を見ると、向こう岸で青とオレンジ色のテントが見えます。川を隔てた向かい側の浅瀬で、若者たちがテントを張っていたのです。

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 川面に若者たちの賑やかな声が響き渡ります。静けさに満ちたこの辺り一帯が、ヒガンバナと若者たちで生気を取り戻したようでした。

 緊急事態宣言が9月30日まで延長され、三蜜を回避し、外出自粛が要請されています。どこにも行き場がなくなった若者たちが週末、テントを張って興じる楽しみを見つけたのでしょう。

 ここなら、三蜜を避けることができ、仲間と共に開放感を味わうことができます。嬉々とした若者たちの声が躍動する生を感じさせてくれます。コロナ下で封印されていた賑わいを味わうことができ、ちょっとした幸せを感じました。

 とはいえ、このところ、若者の感染者数が拡大しているといわれます。

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https://www.sankei.com/article/20210828-7BAHM54QKRNG7C3GBQRYF5LIFE/

 しかも、これまで重症化しにくいといわれていた30代、20代、10代の中から重症者が出始めているそうです。その結果、専門家は若年層にもワクチン接種を進める体制づくりが必要だと指摘しているといいます。

 一方、若者ほどワクチンの副反応が強いとも報道されています。

 そのせいか、若者たちが川辺で楽しんでいる賑わいにも、心なしか、哀感がこもっているように思えてなりませんでした。コロナで職を失い、行動を制限され、挙句の果ては、ワクチン接種で強い副反応を経験しなければならないのですから・・・。

■赤い色は生きるエネルギーの象徴?
 なおも遊歩道を歩いていくと、巨大な桜木の近くで、赤いヒガンバナが群れて咲いているのが見えました。

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 まだ蕾のものもあれば、開花したものもあります。ここでも、ヒガンバナは密集して咲いていました。まるで身を寄せ合って、自らを守ろうとしているかのように見えます。

 遊歩道から道路側に降りてみると、斜面に、真っ赤なヒガンバナが一塊になって、咲いていました。

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 開花して間もないのでしょうか、この花は形が乱れることもなく、完璧に美しい姿を維持していました。赤いリボンで造られたかのような花の中心から、雄蕊が限りなく細く長く、繊細な弧を描いています。折れもせず、傷つきもせず、まるで花弁を保護するかのように、放射線状に外側に伸びているのです。周囲の濃い緑の葉にヒガンバナの赤が映え、ひときわ輝きを増しています。

 近くで見たせいか、この赤いヒガンバナからは情熱を感じさせられました。葉がなくても決してひ弱ではなく、むしろ生きるエネルギーのようなものすら感じさせられました。

 遊歩道の先の方を見ると、白い花が一つ、濃い緑の葉陰で咲いているのが見えました。

■白いヒガンバナ
 近づいて見ると、白いヒガンバナでした。白い花というだけでも珍しいのに、こちらは群れることなく、一つだけ孤高を楽しむように咲いていました。

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 先ほど見た赤いヒガンバナと形状は同じなのですが、こちらの花にはそこはかとない優雅さや気品が感じられます。他とは距離を置いて、一つだけ凛とした姿勢で立っていたからでしょうか。

 遊歩道に戻ってみると、桜の巨木の幹の下の方に、白いヒガンバナがひっそりと咲いていました。小さくて、うっかりすると見落としてしまいそうでした。

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 巨木の幹を背後にしているせいか、優雅な形状がくっきりと浮き彫りにされていました。こちらも、群れをなさず、孤立して咲いていましたが、葉がないせいか、巨木に張り付いているように見えます。

 ちょっと違和感を覚えました。

 白いヒガンバナというだけでも珍しいのに、群生せず、一つだけ咲いているのを二度も続けて見たのです。違和感を払拭しきれないまま歩いていると、今度は、白いヒガンバナが群生していました。

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 興味深いことに、この一塊のヒガンバナは、花を咲かせているものがあれば、今にも開花しそうな蕾、成り立ての蕾、花芽の者、といった具合に成長の度合いの異なるものが寄り添うように群生していました。同じ根から生まれたとはいえ、その成長度合いがこれほど異なるのも珍しいのかもしれません。

■彼岸に咲くヒガンバナ
 遊歩道の向かい側には葉を落とした桜木が佇み、その先には入間川が見えます。この白いヒガンバナを見ているうちに、不意に、「彼岸」という言葉が脳裏でこだまし始めました。そして、どういうわけか、これらの白い花々が、川を越えて旅立っていった人々の化身のように思えてきました。

 毎年、彼岸の頃になると、決まって、花を咲かせるのがヒガンバナです。

 川のこちら側で咲く白いヒガンバナは、まるで彼岸から戻ってくる祖霊を待ち構えて佇んでいるかのように見えます。

■天界の白い花?
 群生している白いヒガンバナの中に、華麗な姿を見せているものがありました。クローズアップしてみましょう。

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 先ほどの赤いヒガンバナと形状は同じですが、白いせいか、清らかで聖なるものという印象を受けます。

 この白く繊細な形状の花を見ていると、ふいに、「曼殊沙華」という言葉が脳裏を過ぎりました。「曼殊沙華」はヒガンバナの別名ですが、宗教的な響きが感じられます。清らかで優雅な姿形から、この世のものではない、幽玄の美が滲み出ていたからでしょうか。

 goo辞書を見ると、曼殊沙華について、「《(梵)mañjūṣakaの音写。如意花などと訳す》仏語。白色柔軟で、これを見る者はおのずから悪業を離れるという天界の花」と説明されています。

 古代インドのサンスクリット語で、この花に命名されたのが曼殊沙華なのだそうです。つまり、曼殊沙華とはそもそも仏教語であり、その意味は、白くて柔軟なこの花を見ると、自然に良い行いをするようになる天界の花だというのです。

 実際、私はこの白いヒガンバナを見ているうちに、なにか奥深い世界に引き込まれるような気がしました。おそらく、古代インドの人々もそうだったのではないかと思います。確かに、この白いヒガンバナには、時空を超えて人に霊的なものを感じさせる何かがありました。

 ヒガンバナは葉がなく、長い茎の上に、優雅で繊細な姿の花を戴いています。その姿は決して尋常の花とはいえません。

 通常の花のライフサイクルとは逆のライフサイクルを辿っているのです。だからこそ、ヒガンバナを目にしたとき、ことさらに、この世の花とは思えないほど優雅で幽玄の美を湛えていると思えるのでしょう。

 古代インドの人々がヒガンバナを「天界の花」と認識し、曼殊沙華と命名したのは、「通常ではありえない」「白い」「優雅」といった要素があったからだという気がします。

■コロナ下で見たヒガンバナ
 さらに、道路側を歩いていくと、赤と白の彼岸花が隣り合わせに咲いているのに出会いました。赤はまだ開花しきっていませんが、白はどの花も満開です。

こちら →
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 あまり見かけない白いヒガンバナがここでは満開でした。

 お彼岸を前に、滅多に見ない白いヒガンバナをいくつも見かけました。そのせいか、つい、彼岸を連想してしまいました。

 実際、コロナ下の今、これまで以上に死が身近になりました。「彼岸、此岸」という言葉が実感を伴って感じられるようになったのです。

 いまだに、Covit-19の由来を特定できず、変異株が次々と現れては、留まることがありません。毎日、感染者数、死者数が報道され、誰もがコロナを意識せずに暮らすことができなくなってしまいました。

 ワクチンを打ってもその効果は限定的で、感染を防ぐことはできず、しかも、変異株に有効かどうかも定かではありません。その一方で、ワクチンの副反応で命を落とす人もでてきています。詳細は明らかにされないまま、不安だけが募っているというのが現状です。

 そんな折、元ジョンズ・ホプキンズ大学のロバート・ヤング博士が4種類のワクチンの成分分析をした結果を公表されました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。日本語訳:中桐香代子氏)

 この表を見てわかるように、どのワクチンにも酸化グラフェンや金属が含まれています。

 実は、ファイザーの元研究者がワクチンに酸化グラフェンが含まれていると指摘したことがありました。2021年7月29日のことです。

こちら →
https://vaccineliberationarmy.com/2021/07/29/former-pfizer-employee-exposes-deadly-graphene-oxide-in-the-covid-vaccine/

 ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンに酸化グラフェン含まれているといいます。
(※ http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52066994.html)

 不思議なことに、関係者から重要な情報が提供されたにもかかわらず、政府はそれについて検証することもなく、いままでワクチンが投与されてきました。挙句の果てはワクチンパスポート発行によって、各世代に接種を強行しようとすらしています。

 ロバート・ヤング博士の分析結果を紹介した中桐香代子氏は、厚生労働省に次のような質問を提起しています。

こちら → https://ameblo.jp/kayokonakagiri8/image-12695698547-14995864802.html

 果たしてどのような回答が返ってきたのでしょうか。

 この度、ファイザー社やジョンズ・ホプキンズ大学の元研究者から相次いで、ワクチンに関する情報提供がありました。おそらく身の危険を顧みず、彼女と彼は、良心に従った行動をとったのでしょう。コロナ下の「白い天界の花」だといわざるをえません。(2021/9/15 香取淳子)

ラップ、ヒップホップで格差社会を生き抜くカリビアン・ディアスポラたち

■映画『イン・ザ・ハイツ』
 2021年7月30日、日本で『イン・ザ・ハイツ』が公開されました。ユーチューブにアップされた8分30秒の予告映像を見ると、物語の舞台となったワシントンハイツの地域特性がよくわかります。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=buSZqumGhNE&t=407s
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 まず、冒頭のシーンから見てみることにしましょう。

 消火栓の安全ピンを抜き、立ち上がる水しぶきを浴びて大騒ぎする子どもがいれば、ビルの窓には身を乗り出し、うちわのようなもので風を送りながら語り合う女性たちの姿が見えます。そうかと思えば、路上では男性がホースで水を撒いています。子どもも大人も思い思いのやり方で暑さをしのいでいるのです。

 いずれも短いショットで捉えられ、次々とテンポよく、流れるようにつなげられています。そして、ようやく、主人公ウスナビの登場です。

 家を出て急いで階段を下り、路上を歩きはじめたウスナビはたちまち、マンホールのフタに足を取られます。靴底にガムがくっついているのを見て、困った表情を浮かべるウスナビ。子どもたちはそれを見て笑い転げます。

 そこに、「ワシントンハイツの一日は始まる」という文字が被ります。こうしてワシントンハイツの朝のルーティーンが紹介されていきます。

 コンビニのシャッターに若者がペンキで落書きをしています。それを見て、慌てて追いかけてきたのが、この店の店主ウスナビです。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します)

「何してる!今朝も」とどなっていますから、若者は日常的にここで落書きをしているのでしょう。ワシントンハイツでは、犯罪に至らないまでも、ちょっとした悪さは日常茶飯事なのです。

 シャッターのカギを開けて、店に入ろうとしたウスナビが突然、振り返ってカメラを見、「おはよう」と観客に笑いかけます。

 落書きをしていた若者を追いかけてきたせいか、朝から疲れたような顔をしています。コンビニを経営しているウスナビが、この物語の主人公なのです。

 通りを隔て、遠景でウスナビのコンビニが捉えられています。「CITY MART TROPICAL PRODUCTS」と看板は英語で書かれていますが、外観や全体の色調はいかにもラテン系のお店です。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します))

■ウスナビとアブエラ
 コンビニのカギを開け、店内に入ったウスナビは、「俺はウスナビ 初耳だと思うけど」、「この街ではよく知られている」とラップで歌いながら、カウンターを飛び越え、コーヒーメーカーなど機器のボタンを押していきます。

 「訛りが複雑なのは」、「カリブの偉大な国」「ドミニカ出身だから」と続けます。背後の壁には「Caribbean Sea」と書かれた浜辺の絵がかかっています。「愛する祖国」「母親の死後帰っていない」「なんとか帰らなきゃ」と歌いながら、冷蔵庫を開けると、「牛乳が腐っている」「待てよ?」「なぜ牛乳が暖かい?」「暑すぎて、壊れたか?」「苦いコーヒーじゃ売れないよ」とシンクに捨てるウスナビを、カメラは排水口の下から捉えます。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します))

 牛乳が腐っているのを知って、ウスナビが慌てているとき、高齢の女性が店内に入ってきます。

 「ミルク抜きだよ」とウスナビがいうと、女性は「私のお母さんはコンデンスミルクだったわ」と、とっさに助け船を出します。

 「名案だ」、「いつもの宝クジ」と言いながら、ウスナビがカウンター越しに渡すと、女性は有難そうに宝クジにキスをし、「忍耐と信仰を!」と言って、出ていきます。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します))

 途端にウスナビはカメラ目線になって、観客に向かい、「彼女はアブエラ」「育ての親さ」「この街の皆のママ」と説明していきます。この街の母親代わりとして、皆に気を配り、共に夢を追いながら、アブエラは生きてきたのです。

 ウスナビは頃合いを見計らうように、「危ない街で育ったと?」と観客に問いかけてから、店から出ていきます。これは、ラテン系コミュニティには、犯罪やドラッグがつきものだという固定観念を踏まえてのセリフでした。

 確かに、ここにはちょっとした悪さをする子どもや若者がいます。とはいえ、決して、「危ない街」ではありません。なんといっても、皆の母親代わりのアブエラが、この街をしっかり見守ってくれているのですから・・・。ウスナビはおそらく、そう言いたかったのでしょう。

 2005年に、『イン・ザ・ハイツ』がブロードウェイで初演されたこ時、の作品は人々から素直に受け止められませんでした。というのも、この作品には犯罪やドラッグが取り入れられていなかったからです。当時、ラテン社会にはネガティブな固定観念を抱く人の方が多く、その種の要素のなかったこの作品はただの絵空事でしかなく、リアリティがあるとは思われなかったのです。

 そのブロードウェイのミュージカルを映画化したのが、映画『イン・ザ・ハイツ』でした。

■ブロードウェイミュージカルの映画化
 『イン・ザ・ハイツ』は、リン・マニュエル・ミランダ(Lin-Manuel Miranda)とキアラ・アレグリア・ヒュデス(Quiara Alegría Hudes)が共同で脚本を書き、2005年に初演されたブロードウェイミュージカルです。

 2008年には映画化に着手しましたが、それでも、当時はまだ、この作品は観客には新しすぎたとミランダはいいます。ラテン社会、ラテン文化への人々の認識はそれほど変わっていなかったのです。案の定、2008年11月7日、ユニバース・ピクチャーズが2011年の全米公開を目指して映画化を進めていると報じられましたが、この企画は頓挫してしまいました。

 その後、紆余曲折を経て、2018年5月17日、ワーナーブラザーズはミランダに5000万ドル支払い、映画化権を獲得しました(※ https://slate.com/culture/2018/05/in-the-heights-movie-rights-warner-bros-buys-lin-manuel-mirandas-musical-after-weinstein-bankruptcy.html)。

 ようやく映画化の目途がついたのですが、それでも、主要な撮影が始まったのはその後1年も経た2019年6月3日でした。ミランダは映画化までの経緯をどのように捉えていたのでしょうか。

■ラテン文化や社会へのネガティブな固定観念
 ネットを検索すると、ミランダがこの作品について語っている動画が見つかりました。12分4秒のこの動画にはこの作品が誕生する過程が克明に語られています。

こちら → https://youtu.be/WyyTo_sZ_sE
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 ミランダは、「やっと今、時代と観客がこの作品に追いついてくれたと感じている」と語り、「ラテン系アメリカ人が愛や喜びを表現する作品を受け止められる時代になった」と述べています。

 ミランダはこの動画の中で、「2009年に映画化権の契約が決まり、すぐにも製作できると思っていたが、その道のりは長かった」と嘆きます。というのも、「ラテン系俳優を主役にすることへのハリウッドの差別を経験した」からでした。

 ラテン社会や文化への偏見だけではなく、ラテン作品にラテン系の俳優を主役に起用することすら、当時は受け入れられなかったのです。

 ネットで検索すると、興味深い動画を見つけました。ちょうどミランダがブロードウェイではヒットしながらも、映画化がうまく進まず、悩んでいたころの動画です。ちょっとご紹介しましょう。

 2010年6月29日、ミランダがロサンゼルスに来ることを知ったファンが300名ほど集まり、フラッシュモブとしてダンスと歌を披露したのです。

こちら → https://youtu.be/Klf8IBrXFWY
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 街のどこからともなく、褐色、黄色人種の人々が集まり、ブロードウェイミュージカル『イン・ザ・ハイツ』のナンバーを歌って、踊っています。激しく、陶酔したような表情で、迫力のあるパフォーマンスを原作者に向かって、披露していたのです。これを見ただけで、このミュージカルがどれほど有色人種を勇気づけ、励ます内容のものであったかがわかります。

 緑色の服を着ているのがミランダですが、感極まった表情を浮かべているのが印象的です。どれほど嬉しかったことでしょう。この作品は当時すでに、一部には熱狂的な支持を受けていたのです。

 このミュージカルを映画化すれば、一定層に受け入れられることは確かでした。

 それでも、ミランダは先ほどの動画の中で、「僕らが思い浮かべる作品を完成させるには、時間がかかった」と感慨深げに言います。

 ふと、この映画のキーワードは何かしらと考えてみました。

 移民、再開発、差別、貧困、宝クジ、夢、故郷、故国の旗、ラテン系コミュニティといったような言葉が思い浮かびます。

 それぞれは相互に深く関係しています。移民、差別、貧困、ラテン系コミュニティ、故郷、故国の旗、これらは一つにまとめられそうです。それらは、歴史的、政治的、社会的、文化的、心理的に語ることができそうです。作品の背後に流れる大きな潮流といえるものです。

 一方、再開発は最近の出来事で、これは移民に対する圧力として作用しますから、葛藤要因、あるいは、問題提起という位置づけになります。再開発は、差別、貧困とも関連づけられそうです。これらは主に社会的に語ることができます。

 一連のキーワードがネガティブな印象を与える一方、ポジティブな影響を与えるのが、夢、宝クジです。この作品では、ラテン系コミュニティの住民に生きる希望を与えていたのが夢、そして、一抹の希望を与えていたのが、ウスナビの店で販売している宝クジでした。

 コミュニティの住民の誰もが毎日買っている宝クジが、この映画のストーリーで重要な役割を果たします。

■宝くじの当選券がウスナビのコンビニから出た
 ワシントンハイツの住民は毎日、ウスナビのコンビニで宝クジを買っていきます。ある日、当選券が出たという知らせが入りました。その時の動画をご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/J1THRAluOGI
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 ウスナビの経営しているコンビニに電話が入り、この店で販売した宝クジの中から当選券が出たという知らせがきました。電話を受けたソニーが急いで、プールに向かうウスナビたちに追いつき、報告すると、彼らは狂喜し、さっそくラップでその気持ちを表現しました。当選すればなんと96000ドルもの大金が手に入るのです。

 ベニーがさっそく、ラップに乗ってリズムを取りながら、「俺はリッチなビジネスマン」「タイガー・ウッズが俺のキャディ」「ザクザク入る金で買う」「キンキラの指輪フロド」と歌いあげます。

 興奮してそれぞれの思いを歌っていくうちに、ソニーが走り出して、プールに向かいます。出会う人々に、次々と、「9万6000ドル」と叫び、プールに飛び込みます。その後、ベニーがプールサイドを歌いながら、歩いていくと、プールの中では人々が踊り、やがて、カビエラ、バネッサらも踊り、夢を語ります。

 興味深いのは、ソニーです。

 いきなりプールに飛び込むと、しばらくして水の中から顔を出すと、いつにない真剣な表情で、彼の夢を語りはじめます。

 夢というよりは、宣言とでもいっていいようなものでした。周りの人は驚き、取り囲むようにして、ソニーの言葉に聞き入っています。
(先ほどの動画では2分58秒目から、ソニーの「大演説」が始まります)

 「9万6000ドルで住宅を供給」と歌い、「家賃高騰」、「高級化」とワシントンハイツの変化を訴え、「抗議もせず 搾取ばかり」と現状に不満を漏らします。

 ワシントンハイツの再開発で、家賃は高騰し、すべてのものが高級化しており、低所得層の移民は暮らしていけなくなっていました。そのことを短いフレーズでラップに乗せて、訴えているのです。

 まるで追い払おうとしているかのような政策なのに、住民たちは抗議もしません。それをいいことに、行政は搾取するばかりだとソニーは不満を漏らしているのです。皆、感心したように、聞いていました。

 さて、住民たちが集まったプールで、ウスナビたちは宝クジの当選番号を発表します。ところが、その場に当選者はいませんでした。

 後になってわかるのですが、当選券を買っていたのはアブエラでした。彼女はそのことを知らないまま、逝ってしまいましたが、「ウスナビへ」と書かれた小箱に当選券が入っていました。ウスナビに夢を託したのです。

 アブエラはワシントンハイツが停電した夜、ウスナビらに見守られ、「暑い、暑い、燃えるよう」といいながら、旅立っていきました。

 亡くなる直前のアブエラの心象風景を描いたシーンには、心打たれました。

■死を前にしたアブエラ 
 死を前にしたアブエラの心象風景を描いたシーンがありました。2分39秒の映像をご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/9pbWTsJ6DSk
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 1943年12月、凍てつくような寒い日に、アブエラは母親とともにニューヨークにやってきました。

 アブエラは昔を思い出しながら、地下鉄を降り、地下道を歩き続けます。

 「ここを掃除して」「時間に遅れるな」「体重を減らせ」「英語を覚えろ」「働け」と言われ続け、どうにかこうにか生きてきた。いつの間にか時は過ぎ、最近は手が震え始める。「胸が張り裂けそう」、「ママ、あなたの夢を受け継いで生きてきたけど」「夢の先に何があるの?」

 まるでこの世からあの世に向かって歩いていくように、地下道を歩き続けながら、これまでの人生を振り返り、ママに向かって、「夢の先に何があるの?」と問いかけるのです。

こちら →
(上記映像より。図をクリックすると、拡大します))

 やがて、「ママ、わかった」といい、「祈る以外、何ができるの?」と続け、迷う気持ちが吹っ切れたように、いつのもセリフ、「忍耐と信仰」とつぶやきます。そして、「暑い、暑い、燃えるよう」と言いながら、逝ってしまいました。

 見守っていたウスナビたちは、「彼女はここで生きた」、「褒め称えよ」と祈ります。それに合わせるように、大勢の人々が「アブエラ・クラウディアを褒め称えよ」と声を合わせていきます。手にしたローソクを高く掲げ、「褒め称えよ」と住民たちは気持ちを一体化させていくのです。

 この時、皆のために生きたアブエラの死が、コミュニティの住民の気持ちを一体化させ、新たな郷土意識が生まれつつあるように思えました。そして、その気持ちの一体化を具体的に表現するものがダンスと音楽でした。ラップ、ヒップホップ、ライト・フィートなど、思うままに身体を激しく動かし、エネルギーを発散させます。

■歌とダンスで苦難を乗りきるカリビアン・ディアスポラ
 ダンスの振付を担当したのがクリス( Christopher Scott )です。彼がインタビューに答えている動画がありますので、ご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/KZJqV09DgcU
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 「この作品は技術的にとても難しかった。全ての振付を10週間で考案し、監督と議論を重ね、ダンススタジオで10週間準備した」といいます。そして演じる俳優については「ダンスする俳優ではなく、ダンサーとして扱った」といいます。

 そのせいか、バネッサがクラブで踊るシーンなどプロ級の出来栄えでした。

こちら → こちら → https://youtu.be/VDTX0LodLuQ
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 バネッサは「このままじゃ台無しになると怖かった。大変だったけど、10週間、彼らと過ごし、応援してもらってこなすことができた」と当時を振り返っています。

 また、ニーナとベニーはまるで曲芸のようなダンスシーンで観客を驚かせました。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=dT_3cNh7aaE
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 ニーナは、「トレーニングでこんなに過酷なのは初めて。汗をかいて、イライラして。本当に難しい曲だった。「君ならできる」と励まされて、頑張った。おかげで、絶対できなかったことができるようになった」と語っています。

 一方のベニーは、「一番不器用な俺がこれをやるらしい。しかも、ハーネスなしで」と語り、ビルの壁面でのダンスの大変さを述べています。

 苦難を乗り越えた俳優たちは一様に、「私たちのダンスの豊かさを感じた」「これはみんなにとって大切な映画」「この映画では本物でありたい」「ちゃんと伝えたい」というようなことを口々に語っています。

 この映画を通して改めて、俳優たちはラテンの音楽、リズム、ダンスの奥深さを再確認したようでした。

 振付師のクリスは、「ダンスを通して、物語が伝わる」といっています。ダンスはまさに言語そのもの、大いなる伝達手段なのです。

 ドイツの哲学者アドルノ(Theodor Ludwig Adorno-Wiesengrund)は、「故郷を持たない人間には、書くことが生きる場所となる」と書いたといわれています。移民した先の大衆文化に溶け込めず、もちろん、もはや故国の文化の中で住まうことはできません。何が心の安定をもたらすのかといえば、ラテン系コミュニティの住民にとってはダンスであり、音楽なのでしょう。

 ダンスシーン、現代的感性にマッチする音楽、キレのいい映像編集、含蓄のあるセリフ、どれも素晴らしい出来栄えでした。とても見応えのある映画でした。映画にも新たなステージが切り開かれつつあるような気がしました。(2021/8/31 香取淳子)

Henry Lauは現代版モーツァルトか?③K-POP活動を中断、バークリーへ

ジュリアードではなく、K-POPへ

 オーディションを受けた翌週、Henryは合格通知を受け取りました。ところが、両親に反対されたので、一旦は丁重に断ったそうです。とくに父親は猛反対で、彼の大学進学を強く願っていました。

 Henryは後に、次のようなことを語っています。

「両親はずっとカナダにいて、いまアジアがどのような状態になっているか知らなかったし、K-POPもいまほどは知られていなかったので、反対するのも無理はなかった」
(※ http://www.mtv.com/news/3125103/henry-lau-interview-hollywood-journey/)

 実は、Henryにもまだ迷う気持ちがありました。子どもの頃からバイオリニストを目指して練習を積み重ねてきたのですから、それも当然でした。しかも、ジュリアード音楽院に進学する予定で、出願手続きまでしていたのですから、気持ちの切り替えが必要でした。

 揺れ動く思いを払拭するため、母親と一緒に、Henryは韓国のSM Entertainmentを訪れました。現地を見て、彼の気持ちは固まりました。母親もまた納得し、帰国してから父親を説得してくれたといいます。こうしてようやく家族の同意を得ることができ、HenryはK-POPの道に進むことができたのです。

 韓国SM Entertainmentに所属すれば、クラシックの道に進むよりもはるかに多くの人々に受け入れられ、音楽の道を進んでいくことができると感じたのでしょう。バイオリニストとK-POP、どちらを選択するかと迫られたら、やはり、K-POPを選択するしかなかったのではないかという気がします。

Super Junior-Mのメンバーとしてスタート

 2007年9月、HenryはSuper Junior-Mのメンバーとして、バイオリンパートを含む“Don’t Don”という曲でデビューしました。SM Entertainmentは、彼の持ち味を活かす方向でセッティングしてくれたのです。そして、10月、SM Entertainmentは、2008年にHenryをSJMの中国向けサブユニットとしてデビューさせると公式に発表しました。

 SM Entertainmentは、広東語、北京語を話せるHenryをより活かせる場は中国だと考えたのでしょう。中国は今後、発展を期待できる巨大なエンターテイメント市場でもありました。

 中国TVのバラエティ番組にHenryがグループ出演していた動画を見つけました。2008年8月30日に公開されています。

こちら → https://youtu.be/L1h0by0iIWk
(広告はスキップしてください。2分40秒あたりから、リンボーゲームが始まります)

 グループの中で誰が一番、身体が柔らかいかを競うリンボーゲームのコーナーで、Henryは最終的に、床から80㎝まで下げられた棒の下をかいくぐり、勝者となりました。身体の柔軟性を証明したのです。

 会場から拍手喝采を浴びたことはいうまでもありません。

 そういえば、オーディションの時、Henryがリンボーダンスの動きを取り入れたパフォーマンスで、会場を沸かせたことがありました。バイオリンを弾きながら、身体の柔軟性を極限まで見せつけたものでした。それは、すでに高校生の時、実践済みの動きでしたが、再び、中国TVのバラエティ番組で披露したのです。

 グループ最年少のHenryでしたが、ダンスやパフォーマンスにひときわ優れた能力をもっていることが徐々に、知れわたっていきます。

 やがて、Henryの得意とするバイオリンを演奏する場面も取り入れられ、誰の目にも、レベルの高いエンターテナーだということがわかるようになります。新人とはいいながら、次第に、一目置かざるを得ない存在になっていったのです。

 ダンス能力を買われたのでしょうか、その頃、フィリピンで行われた公演では、女性ダンサー2人を従え、ソロで舞台に立っています。

SSII in Philippines-Henry’s solo Sick of Love

 これは2010年4月13日に公開され、約4万人が視聴しています。2分20秒の動画です。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=tg9MXOktCY4
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 女性ダンサー二人をバックに、ソロでダンスを披露しています。この時期はまだSuper Junior-Mのメンバーとしてグループ活動をしている期間なのですが、よほどダンス能力を認められたのでしょう。あるいは、ファンからの声援の高さがこの企画に反映されたのかもしれません。

 大観衆を前に、Henryはソロで企画されたフィリピンでの舞台に立っています。歌も歌っていますが、ダンスがメインのショーでした。両手、両足をリズミカルに動かし、切れ味のいい、若さ溢れるダンスが印象的です。

 デビューしてわずか3年で、Henryは早くも海外でソロ公演をできるK-POPタレントになっていました。

 デビュー後2,3年頃の動画をみると、すでに、いかにもK-POPタレントらしくなっており、TVのバラエティ番組出演か、ダンスやパフォーマンス中心の舞台で活躍しています。動画をいくつか見ているうちに、ひょっとしたら、クラシック音楽を目指したHenryは後悔しているのではないかとちょっと気になりました。

 そこで、インタビュー記事を読み返してみると、興味深い内容が掲載されていました。

 なぜ、ジュリアードではなく、韓国SM Entertainmentを選んだのかと問われ、Henry は、次のように答えているのです。

 「私はダンスと歌が同じように大好きです。 ところが、クラシックの道に進めば、それを諦めなければなりません。K-POPの道を選ぶと、踊ったり歌ったりできます。だからといって、バイオリンやピアノを弾けなくなるということではありません。そう考えると、選択肢は一つしかありません。韓国SM Entertainment に所属することでした」
(※ http://www.mtv.com/news/3125103/henry-lau-interview-hollywood-journey/)

 一方、フォーブスの記事によると、デビュー当時、グループのメンバーとちょっとした軋轢があったようです。経歴が異質なのでそぐわない面があったのかもしれませんし、中国のTV番組を見ているとグループ出演なのにHenryが目立ちすぎているという印象を受けましたから、そのせいかもしれません。あるいは、文化の違いが影響していた可能性もあります。いずれにしても初期の数年間、Henryは一歩引いて、身を処していたようです。

バークリー音楽大学で学ぶ

 Henryは後に、このような経験は自分にとってはよかったと語っています。その期間、米ボストンにあるバークリー音楽大学に通うことができたからでした。
(※ https://www.forbes.com/sites/tamarherman/2019/04/18/henry-lau-talks-global-career-aspirations-upcoming-projects-how-haters-have-helped-him-thrive/?sh=273fddf04ca7)

 たまたまバークレー音楽大学でHenryと出会ったファンがその時の様子を記し、ネット上にあげていました。2010年7月3日のことです。それによると、Henryはどうやら12週間の作曲コースに在籍していたようです。
(※ https://sup3rjunior.com/2010/07/03/100702-henry-at-berklee-college-of-music-fanaccount/)

 実際、Henryは当時を振り返り、それまでは楽器を演奏したり、ダンスをしたりするだけで、歌ったり、作曲したりすることはなかったので、それらすべてをバークリーで学ぶことができたのはよかったと語っています(前掲URL)。

 バークリー出身の有名な中国人として中国のサイトには、Henryの名前が記載されています。
(https://web.archive.org/web/20140714112749/http://www.mfastudy.cn/xuexiao/html/230.html)

 バークリーでの勉強期間を経て、Henryは韓国に戻り、2013年に ‘Trap’を発表しました。ソロデビューを果たした最初の曲が‘Trap’だったのです。

Trap

 2013年6月22日に公開され、約24万回視聴されています。4分39秒の動画です。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=ANILESJmvIY
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 ピアノをイントロにHenry はまず、しっかりと観客の気持ちを掴みます。頃合いを見計らって、メインメロディをゆっくりとピアニシモにしたかと思うと、ささやくように、“I’m trapped”とつぶやき、すばやく、ピアノの上に飛び乗ります。

 そこで歌いながら、ステップを踏んで、軽く数歩後ずさりしてから、ピアノから飛び降ります。ここからが、ダンスの見せ場になります。男性ダンサー数人を従え、力強く、しかも軽快にダンスを披露していくといった展開です。

 髪を金髪に染め、フードをかぶり、当時、流行していたのでしょうか、シティボーイ風の衣装です。別人かと思ってしまうほど、風貌が変わっていました。いつの間にか、外見は完全にK-POPスターに変身していましたが、スニーカーで踏みしめる足さばきは依然としてリズミカルで、切れ味がよく、見事でした。要所要所の動作をストップして見せ場を作り、フォームの良さを強調して見せているところもダイナミックな印象を与えます。

 この曲はピアノで始まり、歌とダンスが披露され、やがて静かにピアノで終わるといった構成です。

 同時期に、衣装、装置を変えて、公開されたバージョンもありました。2013年6月10日に公開され、こちらは約352万回視聴されています。

こちら → https://youtu.be/kkXsptpE00A
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 この‘Trap’はさらに、2019年にバイオリンのイントロを加えて再構成され、リリースされています。

’VIOLIN INTRO+TRAP’

 2019年12月30日に公開され、約56万回視聴されています。4分59秒の動画です。

こちら → https://youtu.be/m43xjLQvEU4
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 暗闇の舞台に置かれたトラックに青いライトが当たり、ドラムの単調なリズムが強く響き、次第に会場の気分を一つにまとめあげていきます。やがて、何本もの線状の青いライトがHenryを映し出すと、バイオリンを手にした彼が荘厳な趣の曲を奏で始めます。

 背景の照明がオレンジ色に変わったと思うと、カメラが近づき、Henryの姿を捉えます。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します)

 ピアノがイントロのバージョンとは違って、劇的で力強い導入です。以前とは異なり、リーゼント風の黒髪で、黒のスタジャンを着ています。シティボーイ風であることに変わりはありませんが、バイオリンのイントロ版には甘さが消え、洗練された印象が強調されています。

 ジュリアード音楽院に入学せず、K-POP界に入ることを選択したHenryは当初、Super Junior-Mのメンバーとして活動していました。望んだこととはいえ、これでよかったのかと思い悩んだ時もあったのでしょう。先ほどもいいましたように、この時期、一時、休職し、2010年7月には米ボストンにあるバークレー音楽大学で作曲を学んでいます。

 その成果として2013年7月7日に発表したのが、この‘Trap’でした。18歳でデビューし、24歳でソロアルバムをリリースできるようになっていたのです。バイオリン、ピアノ、歌、ダンスを組み合わせた新領域の音楽を開拓することができたHenryは、いつの間にか、理想の音楽に向けて大きく一歩、踏み出していました。

 デビュー後わずか6年でこれだけの成果を出せたのは、鋭敏な感性、揺るがない意思、絶え間ない努力の賜物としかいいようがありません。(2021年7月5日 香取淳子)

 以下、次回に続く。

Henry Lauは現代版モーツァルトか?②クラシックキャリアを超え、SMオーディションに参加

 前回、バイオリン、ピアノを中心にHenryの演奏の一端を見てきました。動画をちらっと見るだけで、彼が卓越した才能の持ち主だということがわかります。バイオリニスト、ピアニストとして秀でているだけではなく、パフォーマーとしても優れたセンスの持ち合わせているのです。

 Henryは一体、どのようなキャリアの持ち主なのでしょうか。興味津々です。

 そこで、今回は、ユーチューブとネット情報を中心に、彼のキャリア形成について見ていきたいと思います。

幼少期からバイオリン、ピアノに親しむ

 Wikipediaによると、Henryは1989年にトロントで生まれた中国系カナダ人です。父が香港出身の広東人、母は高尾出身の台湾人で、兄、妹の3人兄弟の真ん中です。

こちら → https://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Lau

 Henryは5歳のころからバイオリンを習い始めたようです。日本でもだいたいその頃からバイオリンを習い始めますが、それは、バイオリンの場合、身体サイズに合わせて、楽器のサイズを選択できるからです。ピアノは大人と同じ鍵盤を弾かなければなりませんが、バイオリンは8分の1サイズからスタートすれば、演奏するのになんら支障はありません。

 5歳の時の発表会の動画がありましたので、ご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/NWkuMNSqOqs
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 緊張しながらも最後まで音を外さず、弾き終えています。5歳という年齢を考え合わせると、並大抵の集中力ではないことがわかります。

 7歳になると、Henryはピアノを習い始めます。以来、ほとんど毎日、バイオリンとピアノの練習に明け暮れていたのでしょう。

 15歳の時にはカナダ王立音楽院主催の大会で、バイオリンとピアノ部門(いずれもレベル10)で優勝しています。幼少のころからクラシック音楽に馴染み、日々、技能を磨いてきたことの成果が出たのです。

将来はバイオリニストへ

 Henryは子どもの頃から自宅で毎日、バイオリンを弾き、ピアノを弾いてその技量を高めていました。そして、高校では、課外活動でバイオリンクラブの部長を務め、指導的立場にも立っていたようです。家庭でも学校でも、クラシック音楽の世界に浸って過ごしていたのです。もちろん、好きでなければ続きません。

 16歳の時の動画が見つかりました。

こちら → https://youtu.be/47WbLx08chA
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 この動画を見ると、Henryがすでに相当の弾き手であることがわかります。これだけの技能の持ち主なら、自分自身はもちろんのこと、家族もまた、将来の進路はクラシック音楽の世界だと思っていたはずです。

 実際、Henryは後になって、米ケーブルTV・MTV記者のインタビューに答え、子どもの頃からずっとクラシックの道に進みたいと思っていたと語っています。
(※ http://www.mtv.com/news/3125103/henry-lau-interview-hollywood-journey/

 ところが、高校に入ってからのある日、Henryは予想もしなかったことを経験します。

 先ほどのインタビューの中で、彼は次のように語っていたのです。

 「高校に入って、学校の催し物に出てみると、女子生徒は皆、クラシック演奏よりもポップスやダンスの方に夢中になり、熱狂的になるのを知った。それで、私は間違ったことをしていると思い、さっそく、歌やダンスを学び始めました」(※ 上記URL)

 彼は高校に入ると早々に、バイオリンクラブの部長をしていました。ところが、女子生徒たちがクラシックよりもポップスの方に夢中になると知ってからは、すぐに、新たにダンスやポップスのクラブを立ち上げ、その責任者になっています。

 これまでHenryは、クラシック音楽を学び、研鑽を積み重ねてきました。上手になればなるほど、両親には喜んでもらえました。ところが、同世代からは、クラシック音楽にいくら秀でていても、その努力に見合う評価を得られないことを知りました。「私は間違ったことをしていると思った」と語ったほどですから、よほど悔しい思いをしたのかもしれません。

クラシックか、ポップスか?

 Henryは新しくクラブを立ち上げると、夢中になって、ポップスやポップダンスを習得しました。学び始めて一年もすると、舞台に立てるほどの力をつけていたといいます。クラシック音楽の技能に加え、新たにポップスの技能まで身につけてしまったのです。

 ちょうどその頃、Asian Backstreet Boysがネット上で話題になっていました。この話題もHenryを悩ませることになっていました。クラシックのバイオリニストになるか、それとも、ネットで活躍するAsian Backstreet Boysみたいになるか、決断を迫られたと語っています(前掲URL)。

 Asian Backstreet Boysが何なのか、私はよくわかりませんでした。そこで、調べてみると、2006年頃、ユーチューブが生んだ初代国際スターのことでした。広州美術大学彫刻科専攻の美大生が口パクで歌っている動画を投稿し、一躍人気を得たグループのことを指すそうです。彼らの動画を見つけましたので、ご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/N2rZxCrb7iU
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 この動画はなんと、1529万回も視聴されています。

 前の方で、口パクで歌っているのが、韦炜と黄艺馨で、後ろでパソコンを操作しているのが肖静です。この3人がチームを組み、ネット上で世界を席巻していたのが、ちょうどHenryが高校生の頃でした。現在はBack Dorm Boysにグループ名を変更し、活躍を続けているようです(※ https://en.wikipedia.org/wiki/Back_Dorm_Boys)。

 Henryにしてみれば、口パクだけの素人でも、ネットで拡散すれば、世界中の話題を集められるのが不思議であり、興味深くもあったのでしょう。あるいは、クラシック音楽の世界と違って、素人でも容易に視聴者を引き付けられるネットの世界が脅威に思えたのかもしれません。

 しかも、彼らは中国人です。これまで世界を席巻してきた欧米人ではなく、アジア人が音楽の新領域を開拓しはじめていたのです。

 ネット時代の音楽界はこれまでとは明らかに異なったものになっていると、高校生のHenryが察知していた可能性があります。

 興味深いことに、この時期、Henryは電子バイオリンを習っています。自身の音楽能力をネットに対応できるよう変貌させているのです。

 さらに転機になったのが、自分が責任者となっているダンスとバイオリンのクラブの催し物を同時に開催しなければならなくなったことでした。

 この時、Henry は苦肉の策として、ダンスとバイオリンを同時に行うことを思いつきます。バイオリンを演奏しながら、ダンスをし、観客を喜ばせるパフォーマンスも披露するというアイデアです。

クラシック音楽界の将来に対する危機感

 高校に入ってから、彼はクラシックに限らず、ポップスやポップダンス、電子バイオリンの演奏といった具合に、音楽やパフォーマンス活動の幅を広げています。一連の行動を考え合わせると、Henryはおそらく、自分の将来をクラシック界に絞り込んでしまうことに、一抹の不安を覚えるようになっていたのではないかという気がします。

 先ほどもいいましたように、Henryは学校の催し物で、クラシック音楽よりもポップスやポップダンスに女子生徒たちが夢中になっている現実を知って、自分は間違ったことをしていると思ったと語っていました。

 高校に入ってさまざまなことを見聞するようになると、Henryは時代とズレたことをしているのではないかという不安に襲われ始めたのでしょう。ちょうどネットが普及し、人々は音楽も動画もネット経由で視聴するようになりはじめていました。そのような時代に旧態依然としたクラシックだけでやっていけるのかという漠然とした不安に襲われ始めていたのではないかと思うのです。

 だからこそ、彼はポップスやポップダンス、エレキバイオリンなどを習い始めたのでしょうが、結果として、Henryは現代社会に求められる感覚やセンスを身につけることになりました。

 ネット時代にはクラシックもポップスも同じ土俵で勝負しなければなりません。そうなれば、エンターテイメント性の強いポップスの方が有利なのは当然です。

 すでにスマホが普及しはじめており、クラシック音楽界がネット環境下で生き残るにはどうすればいいのかを考えていかなければならない時代を迎えていました。そのことを高校生のHenryは敏感に察知していたのでしょう。

2006年、韓国SM Entertainmentオーディションの開催

 トロントで2006年、韓国SM Entertainment Global Auditionが開催され、Henry はそれに応募しました。3000人の応募者中から選ばれたのはわずか2人で、Henry はそのうちの一人でした。

 Henry のスキルなら当然のことでした。

 当時、Henry はジュリアード音楽院に出願し、入学のための準備を進めていました。それなのになぜ、韓国SM Entertainmentのオーディションを受けたのでしょうか。子どもの頃から毎日のようにバイオリンを弾き、ピアノの練習をし、クラシックの道を目指していた彼がなぜ、SM Entertainmentのオーディションに応募したのでしょうか。

 Henryは後になって、Forbesの記者の質問に答え、次のように言っています。

 韓国SM Entertainment がトロントでオーディションをすることを知った友人が、「HenryならK-POPスターになれるよ」と言って、応募を勧めたといいます。その友人はさらに、「絶対になれるよ!」と太鼓判を押したので、応募する気になったというのです。
(※ https://www.forbes.com/sites/tamarherman/2019/04/09

 もちろん、彼にその気がなかったわけではありません。Asian Backstreet Boysのことを知っていたぐらいですから、K-POPにはおおいに関心を抱いていたはずです。友人の勧めはその呼び水になっただけのことでしょう。

 Henryはオーディションに応募しました。

 いったん応募すると決めたら、彼のことですから、勝つための戦略を練ります。演目としてビバルディの曲を使い、曲の速い部分でポップダンスを取り入れました。サワリの部分を華麗に弾きながら、同時に、パフォーマンスとポップダンスを見せるという戦略でした。

 バイオリンで奏でるクラシック音楽の素晴らしさに、随所に身体の柔軟性を見せるパフォーマンスを絡ませ、時に、ポップダンスまでも披露してみせました。オーディション向けにショーアップして演奏する姿に懸命さが感じられます。

 オーディション時の動画を見つけましたので、見てみることにしましょう。2分36秒です。

こちら → https://youtu.be/5fbUKgMQtPs
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 多少ぎこちない箇所があるとはいえ、バイオリン、パフォーマンス、ポップダンスの卓越したスキルを披露するには十分な構成でした。高校生のHenryがオーディションのためにバイオリンとポップダンス、パフォーマンスをミックスして見せる新領域のエンターテイメントを開発したのです。

 とくに人目を引いたのが、反り返ってバイオリンを弾く場面でした。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します)

 Henryはこの写真よりもさらに後ろに反り返り、床に背中がつきそうになるまで、身体を倒していきます。それもバイオリンを弾きながらですから、もはやアクロバットとしかいいようがありません。観客はハラハラドキドキしながら見てしまう・・・、といった仕掛けです。

 おそらく、リンボーダンスの動きを取り入れたパフォーマンスなのでしょう。観客の気持ちを引き付ける一方、バイオリンを弾く手に緩みはなく、しっかりとビバルディの難曲を弾き終えました。

 Henryがオーディションのために考え出した演目は、誰もが知るクラシックの名曲に、ポップダンスやアクロバティックなパフォーマンスを絡ませ、ショーアップして構成したものでした。自身のスキルを最大限に見せるための工夫が非凡でした。

 大変な逸材です。韓国SM Entertainmentの選考者たちは飛び上がって喜んだことでしょう。アジア市場を制覇できる可塑性に満ちたスターの卵が舞い込んできたのですから・・・。
(2021年7月4日 香取淳子)

以下、次回に続く。

Henry Lauは現代版モーツァルトか?①卓越した技能

■Henryに夢中
 
 最近ユーチューブを見ることが多いのですが、ふとした偶然でHenry Lauに出会って以来、ほとんど毎日、見るようになってしまいました。それでも、まったく見飽きることがありません。完全にはまってしまったのです。

 なぜかしら?と考えてみたのですが、二つほど理由が考えられます。一つには、その面影が今はいない下の弟に似ているせいかもしれません。弟も音楽が大好きで演奏会を開き、ファンのような人に付きまとわれたりしたこともありました。Henry のように細面でハンサム、身長は183㎝ありました。目はHenryよりもう少し大きく、どこにいても人目を引く存在だったのです。

 そして、もう一つは、Henry の有り余るほどの才能です。多分、音楽の才能だけではないでしょう。語学の才能、全体状況を瞬時に把握し、最適の行動を選択できる能力、切れ味のいいダンスなど、身体能力の高さ・・・、Henryは全般に右脳の働きが優れている人なのかもしれません。非凡な人だけが放つ輝くようなオーラに、私は惹かれました。

2020年9月号の“Forbes”韓国版では、Henryが表紙を飾りました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 オールラウンドなエンターテナーとして、“2020 Korea Power YouTuber”の一人に選ばれ、表紙を飾ることになったのです。てっきり、トップ10に入っていると思ったのですが、そうではありませんでした。

こちら → https://10mag.com/top-10-korean-youtubers-of-2020/

 トップ10に入っていたのは、お笑い系、食べ物系、子ども向け、化粧系、バラエティ系などでした。日本でも同様です。一般の人々にはやはりそのような内容が好まれるのでしょう。

 Henryが評価されたのは、ユーチューブチャンネルを開設して5カ月間で100万人の登録者を獲得しただけではなく、質の高い内容の音楽番組を提供していることが評価されたようです。

 “2020 Korea Power YouTuber”のリストは、フォーブスコリアが米国のフォーブス本社と協議してまとめられました。選考過程でアメリカ人の視点が入ったからこそ、アーティストとして、人々にポジティブな影響を与えていることが重視されたのかもしれません。

 私が見始めたのも、質の高さに驚いたからでした。それでは、Henryの音楽をみていくことにしましょう。まず、私が偶然、目にして驚いた映像からご紹介します。

■Henry & Shin Jiho(ピアノとバイオリンの協奏)
 
 Henryと若手ピアニストShin Jihoとが共演している映像で、2014年12月27日に公開されました。4分32秒の映像です。これは約786万回視聴されています。

こちら → https://youtu.be/SdzliZRtEo8
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 私はまず、深みのあるバイオリンの音色に引き込まれました。ピアノの伴奏ともぴったり呼吸があっており、久々に快いクラシック音楽を聴いたような気がしました。

 ところが、途中から曲調が変わり、現代ポップスのようになりました。途端に、Henryはバイオリンを横に抱え、まるでウクレレを弾いているかのようにリズムを取りながら、指でつま弾き始めたのです。

 観客は湧きました。ひと段落して落ち着きが戻ったかと思うと、今度はバイオリンでポップスを弾き始めます。観客は思わず笑顔になり、身体でリズムを取り始めます。すると、Henryは立ち上がり、バイオリンを弾きながら、足芸を見せるのです。マイケルジャクソンのような、床を擦るような動き方です。

 観客は手を叩いて、喜びます。

 頃合いを見て、Henryはエンディングに入ります。そして、ピアノのJihoと呼吸を合わせて、鮮やかに終わります。

 わずか4分32秒の映像でしたが、緻密で緩急自在の構成に驚いてしまいました。

 Henryはまさに卓越したバイオリニストであり、パフォーマーであり、なによりも観客を喜ばせるエンターテナーでした。どの観客も幸せそうに顔をほころばせているのが、とても印象的でした。質のいいエンターテイメントを見た思いです。

 実は、Henryはピアノも弾けるのです。

Jiho × Henry piano battle(ピアノの競演)
 
 先ほどはバイオリンとピアノの協奏でしたが、今度はJihoと Henryがピアノで競演するという企画です。2021年5月1日に公開され、38251回視聴されています。6分26秒の映像です。

こちら → https://youtu.be/8Y6kdg6I0Fg
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 最初から演出過剰かなという気がしました。二人とも実力がありますから、演奏だけで十分観客を引き付けられるのにと、ちょっと不満でした。冒頭の芝居がかった演出、Henryのラフな服装など、せっかくの演奏を台無しにすると思いました。

 ところが、そんなことを思ったのも最初だけで、すぐ二人の演奏に引き込まれていきました。しっかりとしたタッチで深い音色が快く、ピアノの音がこれほど豊かな響きを持っていたのかと驚かされました。

 とくに印象的だったのが、単純な音だけで二人が絡み合うところです。息がぴったり合っていて、音の応酬が面白く、まるで二人が会話をしているように思えました。連弾ではなく、音の絡み合い、つまり、相互作用が快活に二人の間で、展開されていたのです。

 ひょっとしたら、若い二人がピアノ演奏の新しい地平を切り開こうとしていたのかもしれません。

 日本人ピアニストとの共演もありました。
 
Henry × Yiruma Collaboration ‘River Flows in You’(日本人との共演)
 
 これは日本人ピアニストとの共演です。2014年8月1日公開に公開され、約425万回視聴されています。

こちら → https://youtu.be/wR_nfACHXw4
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 これまでとは違って、劇的な要素は少なかったですが、互いの呼吸を合わせながら、丁寧に弾いている姿勢が好ましく思えました。優しい曲を丁寧に弾いていくことで、音への気配りが感じられます。音の柔らかさに気づかいながらも、しっかりと音が出ていました。

 テンポの速い部分になっても、Henryは軽々と、音を飛ばさず流していきます。とくに速い箇所になると、Henryの安定したタッチ、音の切れといったようなものが強く印象づけられます。

’Faded’ on 2 piano live(イントロを一人で2台のピアノを演奏)
 
 Henryが一人で、2台のピアノでFaded’を弾いています。これはイントロですが、とてもインパクトがあります。この映像は2019年11月11日に公開され、約472万回視聴されています。

こちら → https://youtu.be/iVOH8tZZhws
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 まるでマジシャンのように2台のピアノを演奏しています。Henryは最初、左手でメロディだけを弾きます。主旋律を弾き終えると、今度は振り返って、もう一つのピアノに向かい、右手で伴奏をつけます。やがて、2台のピアノで右手と左手でメロディと伴奏を同時に弾いていきます。

 人間技とは思えないほど器用に、Henryは2台のピアノを扱っているのです。驚いてしまいました。しかも、これほど難しい弾き方をしているのに、不思議なぐらい、音がぶれることはありませんでした。

 左手でメロディ、右手で伴奏を2台のピアノで別々に弾いて、音が合っているのですから、驚きました。一種のパフォーマンスだと思いますが、これほどの芸当ができるのはHenry以外にいるでしょうか。

 次第に強く、速く、劇的に展開していきます。そして、歌い始めるといった展開です。舞台の中央にくるとダンサーが踊り、歌が中心になります。

 この時の演出はとても良かったと思います。舞台全体が白黒で統一されており、メカニックな印象でした。それだけに冒頭のピアノの単純なメロディが心に刺さります。Henryの服装も白黒、ダンサーは白か黒のどちらかに統一されていました。

 会場は幾何学的な視覚印象を与えるように設営されており、観客を異次元に誘い込む工夫が随所に見られました。そのせいか、Henry が2台のピアノを使って、メロディと伴奏を弾きわける技がことさらに素晴らしく見え、パフォーマーとしての演出が冴えていると思いました。演奏する行為そのものがショーアップされていたのです。(2021年6月30日 香取淳子)

 以下、次回に続く。

進化したタンポポ、夏目漱石、生存戦略

■道端で見かけたタンポポ
 2021年5月5日、スーパーに行く途中、道端でタンポポが咲いているのを見かけました。狭い空き地にひっそりと、草むらの中に紛れ込むようにして咲いていたのです。


(図をクリックすると、拡大します)

 花を咲かせているタンポポはわずか三つでした。それ以外は、綿毛が密で球形になったもの、まばらになったもの、綿毛がすっかり飛び散ったものなど、ヒトでいえば、老年期、終末期にさしかかったタンポポばかりでした。

 すべてが花を咲かせた状態だったら、どれほど見応えがあったでしょう。見えている茎の数からいえば、開花期には,30本ものタンポポが咲き乱れていたはずです。コンクリートの建物と道路の間に囲まれた殺風景な空間がいっとき、黄金に輝く華やかなステージになっていた様子が目に浮かびます。

 行動を制限され、鬱々と過ごしていた人々はきっと、煌めくタンポポの花に元気づけられたにちがいありません。なにしろ、ここのタンポポときたら、のこぎり型のギザギザの葉を大きく広げて、他のタンポポと距離を取っているのです。その様子はまるで三蜜を回避し、ソーシャルディスタンスを確保しているかのようでした。

 しかも、群れて咲いているのです。ヒトになぞらえれば、仲良く集い、コミュインケーションを楽しんでいるようにも見えます。コロナ下でこのタンポポ集団は、どんな環境下でも生を謳歌できることを示してくれていたのです。

 そう思うと、このタンポポ集団がたとえようもなく愛おしくなってきました。

 そもそも、この道は普段は滅多に通らないのですが、この日、たまたま通りかかったにすぎません。このところ「Stay Home」とやらにも飽き飽きしていました。運動不足を解消するにも、気分転換を図るにも、散歩ぐらいしか方法はなく、普段は行くことのない、この道を通ってみたのでした。

 その途上でたまたま、見かけたのが、このタンポポです。すでに盛りを過ぎていましたが、黄色の花からは元気をもらい、ふわふわした綿毛からはどこへでも飛んでいける自由を感じさせてもらいました。その途端、どんよりとした鬱々とした気分が晴れ、思ってもみなかった気分転換ができたのです。

■タンポポの不思議
 タンポポは地面スレスレに花を咲かせています。うっかりすると、ヒトや犬に踏みつぶされてしまいそうなほど低い位置でした。

 見ているうちに、タンポポの花には茎がほとんどないことに気づきました。平べったい黄色の花が、緑の葉の上にべったりと張り付いているのです。おそらく、そのせいで、地面に這いつくばっているように見えたのでしょう。

 見渡すと、辺り一帯は雑草が生い茂っています。その草むらの中で、黄色の花はひときわ輝いて見えました。鮮やかな黄色が目に眩しく、強く印象づけられます。まるでその存在を誇示しているかのようでした。

 これだけ存在感が強ければ、地面すれすれの低い位置で咲いていても、決して踏みつけられることはないでしょう。交通信号に採用されているように、赤や黄色は人に注意喚起を促す色です。しかも、黄色は赤よりも明度が高く、草むらで見るとなおのこと目立ちます。人目を引く鮮やかな黄色の花弁は、開花期のタンポポが生き残っていくための防衛機構の一つといえるのです。

 さらに近づくと、綿毛のタンポポが見つかりました。まだ風に吹き飛ばされておらず、完全な球形をしています。


(図をクリックすると、拡大します)

 花を咲かせているタンポポのすぐ傍で、綿毛になったタンポポが風に揺れています。すっくと佇む白い綿毛のタンポポの下に、黄色の花がそっと顔をのぞかせています。見比べてみるまでもなく、老いた綿毛のタンポポの方が、花を咲かせた若いタンポポよりも茎が長いのが、ちょっと不思議なでした。

 なぜなのでしょうか。

 一般に、ヒトもその他の植物も老いると縮み、小さくなるはずです。それなのに、タンポポは老いている方が縮みもせずに茎が長くなっており、背丈が高くなっているのです。気になって、周囲を見渡してみましたが、どれを見てもやはり、花を咲かせている方が綿毛よりも茎が短いことがわかりました。


(図をクリックすると、拡大します)

 この写真では、さまざまな形状のタンポポを見ることができます。球形の綿毛、ほとんど綿毛が飛び散ったもの、花の咲いたもの、そして、花が萎れて縮み、茶褐色になったもの、といった具合です。

 タンポポにもライフサイクルという概念があるとすれば、空き地のわずかな一角で、4つのライフステージのタンポポをまとめて見ることができたといえるでしょう。

■タンポポのライフサイクル
 タンポポには、一般の植物と同様、タネ、発芽、成長、開花、タネ分散の5段階があります。先ほどご紹介したタンポポはこの5段階のうち、開花(黄色い花)、タネ分散(綿毛)の時期に相当します。

 それでは、先ほどの写真に戻ってみましょう。

 長い茎の先に寝そべっているように見えるのが、まさにいま青春を謳歌している黄色の花です。その上に、綿毛をみごとに膨らませ、完全な球形になっているタンポポが見えます。よく見ると、白い綿毛が隙間なく、密集しているのがわかります。

 その右側のタンポポは、ほとんど綿毛が飛び散り、無残な姿を晒しています。種子をまき散らしてその使命を終え、末期を迎えているのです。

 さて、球形をした綿毛の下には、黄色の花が二つ、地面近くに咲いており、さらにその下に、花弁が褐色になったタンポポが二つ、葉陰に隠れているのが見えます。こちらはほとんど見落としてしまいそうなほど、縮んで小さくなっていますが、よく見ると、これも茎が長く横に伸びています。

 つまり、この一角では、①開花、②タネ分散の2ステージについてそれぞれ二つの段階があることが示されていました。すなわち、①開花ステージでは、花が咲き、枯れるまで、②タネ分散ステージでは、球形の綿毛からまばらな綿毛までです。それぞれ、段階を経て変化し、終末を迎えることが示されているといえます。

 開花期で興味深いのは、①花が開いた状態のものよりも、花が枯れて褐色になっているものの方が茎が短いこと、②両者ともに茎が横に伸びていることでした。このことからは、老いるにつれ、背が低く、茎が横たわっていくことがわかります。

 一方、タネ分散期のタンポポの場合、完全な綿毛と、綿毛がほとんどまばらになったものとに、茎の長さに変化はありません。こうしてみてくると、茎の長さは、タンポポのライフサイクルと密接な関係があるのではないかと思えます。

 そこで調べてみると、とても興味深い記事がみつかりました。

■ライフステージによって変化する茎の長さ
 「タンポポ(蒲公英)の綿毛のできるまで過程」というタイトルの記事によると、タンポポは、花が咲き終わると、茎は地面に横たわり、茎を通して根や葉から花に養分を送ります。その後、2週間ほど経って綿毛が膨らむころ、再び、茎が立ち上がるというのです。(※ https://santa001.com/)

 Wikipediaでも、同じような説明がされていました。タンポポの茎は分岐せず、花が咲き終わると、一旦、倒れますが、その後、花が咲いていたときよりも茎の丈は高くなると書かれています。

 これらの説明を総合すると、タンポポが茎の長さを変える要因は、老化であり、ライフサイクルに合わせた営みだということがわかります。

 さらにWikipediaの説明を読み進めると、タンポポは50㎝以上もの長さで、太いゴボウのような根をもっていると書かれていました。草丈は15㎝しかないのに、根は長いものでは1メートルにも及んでいるというのです。

 この説明からは、太く長い根がタンポポの茎の自由な動きを支えていることがわかります。しっかりと大地に根を張っているからこそ、タンポポの茎は、花が咲き終わると倒れ、綿毛が膨らむと長く伸びるという柔軟な動きができるのです。

 それではなぜ、開花期は茎が短いのでしょうか。

 タンポポといえばこれまで、地面近くに咲いている小さな花というイメージでした。実際、ここで咲いているタンポポの花も茎が短く、地面に這いつくばっているように見えます。


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 Wikipediaには、開花時のタンポポの茎の短さについても説明がありました。茎が短く、のこぎり状の葉が水平に広がっているのは、花や茎が踏みつけられたり、折られたりしても、容易に、再生できるからだそうです。

 つまり、茎が短く葉が水平に広がっているのは、開花期に身を守るための防衛メカニズムの一環だといえるのです。

 花弁が縮み、褐色になっているこのタンポポは、すでに花を咲かせる使命が完了しています。そこで、次のステージに備えて横に寝そべり、綿毛が膨らむのを待っているのでしょう。その姿はまるで妊婦がしずかに横たわり、胎児に栄養分を送っているかのようでした。

 タンポポの逞しさと賢さに感心してしまいました。

 用意周到な生き残り戦略がライフステージごとに組み込まれているからこそ、他の植物なら生きていけないような厳しい環境下でも繁殖していけるのでしょう。改めて、環境への柔軟で最適化された対応が生存戦略には不可欠だと思いました。

 翻って人間社会はいま、コロナ禍で、飲食、旅行、アパレル、エンタメなどの業界が大きな打撃を受けています。外出自粛、三蜜回避を要請された結果、これまで事業を支えてきた環境が激変してしまったのです。

 対応しきれずに廃業に追い込まれた事業者が多々ある一方で、この艱難辛苦を乗り越え、新たな事業スタイルを模索している事業者もあるようです。何もコロナ禍に限りません。5Gの普及にAIの進化、データドリブン経済の浸透など、今後、どの業界にも大きな変化が訪れることは明らかです。

 事業者ばかりではなく、現代社会を生きる人々もまた、タンポポのように逞しく、賢い対応力が求められる時代に突入したのでしょう。

 そんなことをぼんやりと考えているとき、興味深い新聞記事に出会いました。

■環境激変に耐えられるか
 2021年5月15日、日経新聞コメンテーターの梶原誠氏は、「30年後、その会社はあるか」というタイトルの記事を寄稿しています。

 記事の冒頭で梶原氏は、2021年5月1日に開催された米バークシャー・ハザウェイのオンライン株主総会で、同社会長のカリスマ投資家ウォーレン・バフェット氏のスピーチを引用しています。

 バフェット氏は、GAFAMが牽引する世界時価総額上位20社を示し、「30年後、何社が残っていますか?」と問いかけ、32年前の1989年の上位20社を提示したそうです。その結果、この32年間で、世界時価総額の上位20社は大幅に変化していました。日本企業、米国のエクソン、IBMなどがランキングから消え、代わりにGAFAMやテンセントなどの中国企業に置き換わっていたのです。

 バフェット氏はこのデータを踏まえ、企業間競争がいかに厳しいかを訴えたといいます。

 梶原氏は、このバフェット氏の警告を踏まえ、実例を紹介しながら、生き残りのためには何が必要なのかを説明しています。

 判断基準にしたのは、投資信託「コモンズ30ファンド」(30年間成長できる日本企業)に採用された銘柄の2019年末と2021年4月末のデータです。この2時点の業績を比較し、上昇に転じた銘柄の特徴を分析して、以下のようにまとめています。


(2021年5月15日日経新聞より。図をクリックすると、拡大します)

 この表で示されたSociety(社会)、Agility(俊敏)、Technology(技術)、Overseas(海外)、Resilience(復元)、Integration(融合)は、梶原氏が抽出した、上昇に転じた企業の成長要因です。上から順にみていくことにしましょう。

 たとえば、医薬品メーカーと医師をオンラインでつなぐエムスリーは、62位から26位に急上昇しています。逼迫する医療需要に応えた業務が、業績向上に寄与しています。この場合、社会的要請に対応できていることが成長要因になっていると梶原氏は分析しています。

 佐川急便を傘下に持つSGホールディングスは、176位から97位に上昇しています。コロナ下での海外での荷動き低迷を見越し、それまでの統合計画を断念しました。その決断を評価し、梶原氏は激動の時代には臨機応変に即時対応できる能力が必要だと指摘しています。

 半導体の検査装置で独占的なシェアを握るレーザーテックは、258位から86位に上がりました。政府が推進しようとしているDXにもデータセンターにも高性能の半導体が必要になるからです。今後の社会に不可欠な技術が成長要因になっているといえます。

 そして、部品メーカーのシマノは、83位から68位に上昇しています。海外売上高比率が約90%にも上っているからでした。人口減が進む日本では海外市場の重要性が今後、ますます高まるでしょう。海外市場の開拓は成長には不可欠の要因といえます。

 生理用品・紙おむつなどを販売するユニ・チャームはコロナ下でマスクを手掛け、58位から57位にランクアップしました。ランキング上位を保ち、わずかながらもアップしています。環境の変化に素早く対応した結果だといえるでしょう。梶原氏はこれをResilience(復元)力が寄与したと考えます。

 日本電産は、企業成長の原動力として、M&Aを積極的に展開しています。

こちら → https://www.nidec.com/jp/corporate/about/ma/

 「回るもの、動くもの」に特化してM&Aを行い、技術や販路を育て上げるために要する時間を買うという戦略の下、手っ取り早い成果につなげています。このような買収戦略によって日本電産は、27位から13位に上昇しました。

 梶原氏は、上記の6企業が採った戦略の特徴をそれぞれ、Society(社会)、Agility(俊敏)、Technology(技術)、Overseas(海外)、Resilience(復元)、Integration(融合)と表現し、これらの特徴を備えた企業こそ、今後、激変する環境下で生き残る可能性が高いと指摘しています。

 社会が変化すれば、社会的ニーズも変化します。その変化を見逃さず、朝令暮改といわれようと気にせず、迅速に適応していくことが必要になります。それには社会が求める高度な技術を装備することが不可欠ですし、収益を安定させようとすれば、国外を視野に入れた販売戦略も必要です。環境の変化で業績が悪化しても、臨機応変に対応していく野生の回復力が求められますし、自前ではできないことはM&Aで補うことも必要になります。

 こうして企業の生存戦略の一端を見てくると、改めて、タンポポの巧みな生存戦略に感心させられます。

■環境に最適化された生存戦略
 先ほど、タンポポの茎の長さがライフステージによって変化するといいましたが、実は、葉の形も生息場所によって変化します。たとえば、日陰では、太陽の光をできるだけ多く取り込むため、葉の数は少なく、葉の面積を増やすためにタンポポの葉特有の切れ込みも少なくなっています。

 逆に、日当たりのいい場所では、切れ込みを深くし、葉が重なっても下の葉にも太陽光が射し込むような工夫がされています。より多くの太陽光を浴びるために、環境に応じて葉の形状を変化させているのです。

 さらに、綿毛の段階で背が高くなるのは、広範囲に飛散できるようにするためでしたが、綿毛の構造もまた、できるだけ空中に長く滞在できるような構造になっていることが明らかになっています。

こちら → https://www.discoverychannel.jp/0000038949/

 身体の構造を環境に適合させることによって、タンポポはより多く、より広範囲に、種子をまき散らす工夫ができているのです。

 タンポポがどれほど賢い植物であるか、どれほど巧みな生存戦略を展開しているかがまとめられているので、ご紹介しましょう。

こちら → https://geolog.mydns.jp/www.geocities.jp/tampopo7007/kasikoi.html

これを見ると、タンポポが開花の終了から種子の実りを経て、種子の拡散に至るまで、環境要因を踏まえ、用意周到な戦略を練って生き延びていることがわかります。ライフサイクルに応じて身体の形状や構造を変化させるだけではなく、季節のもたらす気候の負荷を回避し、他の草花との競争を避けることによっても生き残りを図っているのです。

 そんなタンポポのしたたかさを、明治の文豪、夏目漱石はしっかりと見抜いていました。

■夏目漱石が捉えたタンポポ
 私は最近、夏目漱石を読み返しています。物事の本質を見抜き、的確で簡潔な表現力で構築された世界に魅力を覚えるようになったからでした。

 はたして、漱石はタンポポをどう捉えていたのでしょうか。ふと気になって、調べてみると、次のような句があることがわかりました。

 「犬去つて むつくと起る 蒲公英が」(夏目漱石)
(https://sosekihaikushu.at.webry.info/200912/article 18.htmlより)

 この句には見慣れない語句、「蒲公英」が含まれていますが、これはタンポポの漢語表記で、「たんぽぽ」と読みます。中国で使われている漢語表記をそのまま和名「タンポポ」に当てはめたもののようです。

 漱石は『明暗』を執筆していた際、漢詩を書くことを日課にしていたほどですから、タンポポも漢語表記の方が馴染み深かったのでしょう。改めて、漱石にとって漢詩は、小説と同様、思想を表現する手段だったことがわかります。

 この句も、漢詩の好きな漱石らしく、無駄な字句を省き、簡潔で本質を突いた表現が印象的です。

 この句はとても素直に、犬が立ち去った後、タンポポがむっくりと起き上がる様子が捉えられています。タンポポが擬人化されており、犬が立ち去るのをしっかりと見届けてから、注意深く身を起こしている様子がありありと目に浮かびます。「むつくと」という表現になんともいえない愛らしさとユーモアが感じられ、気持ちが和やかになります。

 一見、日常的な光景を綴っただけのように見えますが、タンポポの生態を知らなければ、「むつくと起る」というような表現はできません。タンポポの茎は開花期を過ぎれば横倒しになり、綿毛ができると途端に起き上がって茎丈が高くなることを漱石は知っていたのです。博学に支えられたスケッチの確かさが秀逸です。

 ありふれた光景の中で、漱石が目を止めたのは、したたかさに生き抜くタンポポの野性味でした。

■変化に適応し、高度に進化したタンポポ
 タンポポは寒帯から熱帯まで幅広く、さまざまな気候の下で生息しているといいます。しかも、路傍、空き地、畑地、牧草地、芝地、樹園地、川岸など、生息場所を選びません。日本では、沖縄から北海道まで全国各地でタンポポを見ることができますが、その多くは西洋タンポポ(外来種)と在来種との雑種だといわれています。

 外来種の侵入が確認されたのは1904年、北海道で食用や飼料として輸入された栽培種からだとされています。

こちら → https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80640.html

 今では、全国のタンポポの約8割が、外来種の西洋タンポポか、在来種との雑種だといわれています。在来種のタンポポは、外来種の西洋タンポポに席巻されながらも、交配して雑種となって生息範囲を広げ、生き残ることができたのです。

 こうしてみてくると、日本で生息していた在来種は外来種と交わることによって遺伝子が強化され、より多様な環境で生きられるようになったことがわかります。これも進化の一形態といえるのかもしれません。

 Wikipediaによると、タンポポは非常に進化しており、植物進化の系統ではトップグループに属するといいます。進化を重ね、さまざまな環境やライフステージに最適化させた生存戦略を編み出す一方、外来種との交配によって遺伝子を強化していったからでした。こうしてみてくると、生存戦略とは、より確実に子孫を残すための繁殖戦略だともいえるでしょう。

 コロナ禍に右往左往していても始まりません。気候変動、技術の進化、エネルギーの変化、世界的な人口増と先進諸国の高齢化、等々。社会を激変させる要因は次々に控えています。新型コロナは、今後はさらに大きな変化が押し寄せてくる前触れに過ぎないのではないかと思います。

 危機にどう対応するか、どのように生き延びるか、激変した社会に適応できる柔軟性をどう身につけていくか、したたかなタンポポを見倣う必要があるのかもしれません。(2021/5/30 香取淳子)

八重桜とコロナ変異株に見るしたたかな生存戦略

■入間川遊歩道
 2021年4月16日、久しぶりに入間川遊歩道に行ってきました。といっても、ほぼ2週間ぶりです。新緑の季節になると、遊歩道の風景は目まぐるしく変化します。

 案の定、桜は散って葉だけになり、前回、見たときとは全く異なった風景が、目の前に広がっていました。


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 早緑の葉が風にやさしくなびいているのを見ると、葉桜も悪くないなという気がしてきます。

 葉桜に覆われた遊歩道の先の方に、ピンクの花が咲いているのが見えます。


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 どう見ても、桜には見えませんでしたが、近づくと、どうやら八重桜のようです。厚ぼったくて、強靭で、どう見ても、この花には桜のイメージはありません。存在感が強すぎるのです。まるで牡丹のようでした。


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 さらに近づいていくと、満開の花弁の量と質感に圧倒されます。潔さの象徴のようなソメイヨシノとは違って、濃厚で生命力旺盛、なんともいえないしたたかさがあります。

 通り過ぎようとして、ふと、木の下で立ち止まってしまいました。

 見上げると、幾重にも重なった無数の花弁に覆われ、空が見えなくなっているほどでした。八重桜は豪華絢爛、見ていると、知らず知らずのうちに、気持ちが華やいでいくのが感じられました。


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 つい2週間ほど前に見た花とは、花弁の様相が全く異なっています。あまりにも違っているので、違和感を覚えたほどでした。

■八重桜
 たった一本なのに、際立った存在感を放っている桜木でした。通り過ぎて、振り返ってみると、改めて、この木が異質だということがわかります。


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 前回、見た桜はソメイヨシノでした。そよ風が吹いただけで、さらさらと花弁が舞い、散っていきます。そこには、パッと咲き、パッと散っていく潔さがあって、かつて多くの日本人が共有していた精神を連想させてくれました。ソメイヨシノ特有の淡白でさらりとした美しさが、遊歩道の両側に満ちていたのです。

 ところが、目の前で咲き乱れている花は、一見、桜とは思えないほど濃厚な印象です。八重桜と思い込んでいましたが、とたんに、確信が持てなくなってきました。

 気になって、スマホで調べてみると、カンザンという名称の八重桜でした。江戸時代にオオシマサクラを基にして作られたサトザクラの一種なのだそうです。

 さらに調べると、この桜の特徴は八重咲で、花弁は20枚から50枚、花と葉が同時に咲くと書かれていました。たしかに、どの花も花弁がいっぱいで、遠くから見ると、ふんわりと丸く、もこもこした感じです。花の量には圧倒されますが、葉もしっかりと付いています。

 それにしても、びっしりと隙間なく花が生い茂った姿がなんと逞しいことでしょう。見るからに儚げなソメイヨシノとは違って、生命力の強さが感じられます。

 そのまま遊歩道を歩いていくと、また、異なる花弁をつけた桜の木に出会いました。


(図をクリックすると、拡大します)

 こちらも花弁が多く、もこもこした感じです。白に近い淡いピンク色の花が、無数に咲き乱れ、辺り一帯を明るくしています。こちらもしっかりと葉が付いています。

 立ち止まって、スマホで調べてみると、イチヨウ(一葉)という名の八重桜でした。江戸時代以前からある栽培品種で、サトザクラの一種だそうです。花と葉が同時に開き、花弁の色は淡紅色ですが、花弁の内側が白いので、開花が進むと、白く見えるようになると書かれていました。目の前で咲き誇っている花の様相、そのものです。

 白っぽい色彩のせいか、こちらの方が多少はソメイヨシノに近い気がします。

■八重桜とソメイヨシノ
 わずか2週間ほどえ、入間川遊歩道の主役が入れ替わっていたのです。ソメイヨシノはすっかり花を落とし、葉だけになっていました。その代わりに、八重桜が咲き、早緑で覆われた川辺を、華やかに彩っていたのです。

 ぼんやりと眺めているうちに、不意に、変異という言葉、多様性という言葉が脳裏をかすめました。

 ソメイヨシノが先なのか、八重桜が先なのかはわかりません。ただ、異なった品種が存在することによって、桜という種そのものが、長く生き続けているのではないかという気がしてきたのです。
 
 スマホで調べると、カンザンという品種は、欧米で最も普及している日本原産の桜だそうです。寒冷地でも生育が良好で、花が大きく花弁の濃い紅色が、欧米人の美的感覚に合っているため、広く育てられているといわれています。

 イチヨウ(一葉)という品種は、オオシマザクラを基に生まれた日本原産の八重桜だと書かれていました。カンザンにしろ、イチヨウにしろ、サトザクラ群に属する日本原産の八重桜だったのです。

 一方、日本のイメージとして定着しているソメイヨシノは、江戸時代後期に開発された品種でした。昭和の高度成長期に、日本各地で植えられた結果、現在では、日本の桜の90%を占めるようになり、日本のイメージとなっていったようです。

 興味深いことに、亜種に見えたカンザンやイチヨウが日本原産のサトザクラの系統をひき、日本古来の品種と思えたソメイヨシノが江戸時代後期に開発された品種でした。

 帰宅して調べてみると、日本の桜は、ヤマザクラ、オオシマザクラなどの10種を基本に変異種を含めると、100種類以上が自生しているそうです。そこからさらに、さまざまな品種が開発され、合わせて200種類以上もあるといわれています。

こちら → https://gardenstory.jp/plants/42373

 種類の多さが桜という種そのものを長く生き続けさせてきたのかもしれません。品種が多いということは、多様な環境に適応できるということが示されており、桜の生存戦略の一つといえるでしょう。

 毎年、時期になれば、桜前線が報道されます。不思議なことに、南北に長い日本列島、どこでも桜が見られるのです。各地の環境に適して変異した品種、あるいは、人工的に開発された品種のおかげで、桜は長く生き残ってきたのでしょう。


(2021年版 お花見ガイドより)

 種類が多ければ、適応できる環境も広がり、長く生存し続けられるようになることがわかります。

■大阪府、緊急事態宣言の発令を要請
 2021年4月21日、朝起きて日経新聞を広げると、真っ先に、「大型商業施設も休業」という大文字のタイトルが目に飛び込んできました。その横に「大坂、緊急事態を要請」という副題も見えます。第1面です。

こちら → https://www.nikkei.com/article/DGKKZO71207890R20C21A4MM8000/

 連日のコロナ感染の拡大に歯止めのかからない大阪府が根を上げ、4月20日、政府に緊急事態宣言の発令を要請したのです。飲食店に対しては3案(①全面休業、②土日祝日休業、平日午後8時まで、③酒類提供を自粛し、午後8時まで)を検討し、大型商業施設にも休業を求める方向で政府と協議すると書かれていました。

 吉村知事は、「人と人との接触をできるだけ減らすために必要な措置を取る」とし、デパート、テーマパーク、ショッピングセンター、映画館、地下街など大勢の人が集まる場所を閉鎖する必要があるというのです。

 大阪府では、すでに「まん延防止等重点措置」が実施されていますが、その効果が弱く、より強力な防止対策が必要だと判断したからだそうです。気になるのは、大阪に引き続き、東京都も要請の方向で準備に入り、兵庫県も最終調整を進めているということでした。

 コロナ感染騒動から1年以上経ちました。政府をはじめ各自治体には、感染に関するさまざまなデータが集積しているはずです。ところが、いまなお、感染者数だけを根拠に、人の流れを止める方向でしか対策が練られていないように見えます。それが不思議ですが、さらに、多くの人々がそれに同意し、異を唱えないのが不可解です。

 そもそも、なぜ、大阪で突出して感染者数が多いのでしょうか。

 そのことの解明もないまま、徒に人の流れを止めても、それほど効果は期待できないのではないかという気がします。感染者はどういう経路で感染したのか、どういう行動をしたから感染したのか、といったような感染のメカニズムを明らかにし、その結果に基づき、人の流れを規制するというのが筋ではないかと思うのです。

 人が密集している場所といえば、満員電車、パチンコ店などが思い浮かびますが、果たして、そこから感染者が出たのでしょうか。

 私が知っているかぎりでいえば、カラオケ、ジム、居酒屋等の飲食店です。対面で長時間、マスクを外して、人と人がコミュニケーションを交わす場所で感染者が多数、出ています。つまり、人と人が密集し、滞留時間が長く、対面でマスクを外して接触するという条件が重なった場所で、感染が起きているのです。

 感染者が急増しているからといって、闇雲に人の流れを止めて解決するものではないと思うのは、その点なのです。

 感染経路や感染メカニズムを踏まえ、人の流れに関するデータを考え合わせて、対策を練らなければ、有効な結果が得られないのではないかという気がしてなりません。

 むしろ、人の流れを止め、経済活動を滞らせることによって、自殺に追い込まれる人が増えるのではないかと心配です。

 過去一年間のコロナ禍で、飲食、アパレル、サービス関係の仕事をしている人々の多くが職を失い、生活に苦しんだあげく、中には命を絶ってしまった人もいました。

 職を失い、生活費が尽きたところで、死を選択せざるを得なくなった人が多いとすれば、産業をつぶすようなことはしてはならず、感染防止策と併せて、生活をしのぐための経済支援をする必要があるでしょう。

 実際、昨年の自殺者数はリーマン・ショック以来の多さでした。

■新型コロナ死者数よりも多かった自殺者数
 警視庁と厚生労働省は2021年1月22日、2020年の自殺者数は前年比750人増(3.7%増)の2万919人だったと発表しました。これまで10年連続で減少していたのに、リーマン・ショック直後の2009年以降、11年ぶりに自殺者が増加したといいます。


(日経新聞2021年1月22日より)

 このグラフを見ると、2月から3月にかけて上がり、一旦下がって、6月から上がり始め、10月でピークになり、減少に転じています。国民全員に一時金が配布され、事業者への支援金が支給されたせいか、生活費が尽き、命を絶つ決意をするまで、多少、引き延ばされたのかもしれません。

 興味深いのは、男性は11年連続で減少しているのに対し、女性は2年ぶりに増加したということです。人口10万人当たりの自殺者数は0.8人増えて、16.6人でした。さらに、年齢別でみると、数として最も多いのは40代ですが、増減率でみると、20代が17%増(329人増)と最も高かったそうです。コロナ禍で倒産に追い込まれたのは飲食、アパレル、旅行などの業界でしたが、いずれも若い女性が多く働いている職場です。

 一方、厚生労働省は2021年2月22日、人口動態速報を発表しました。それによると、2020年の死者数は138万4544人で、前年に比べ、9373人も減少していました。


(2021年2月22日、日経新聞より)

 死因別にみると、大きく減少しているのが、呼吸器系疾患の肺炎でした。やはり呼吸器系疾患のインフルエンザも4番目に大きく減少しています。反対に、増えているのが、老衰、新型コロナ、がんという順でした。

 三蜜を避け、マスクを着用するといった新型コロナに対する防止策が、他の呼吸器系疾患の発生を抑制していたと考えられます。新型コロナによる死者数は約3500人でしたが、呼吸器系疾患による死者数はなんと約1万6000人も減少したというのです。

 コロナ禍にあえいだ2020年、世界各国で死者数は増えました。ところが、日本では減少しており、コロナ感染者数も人口規模からいえば、驚異的に少ないのです。

 なぜ、日本で感染者数、死者数が少ないのでしょうか。そのことに着目し、様々な角度から分析して感染対策を練り上げるという発想も必要でしょう。せっかく世界に稀なデータを持ちながら、日本政府はなぜ、欧米と同様、三蜜回避、人の流れを止めるという対策しか思いつかないのでしょうか。

 米テレビのCBS NEWSは、日本の自殺者がピークに達した2020年10月、次のような報道をしています。

こちら →
https://news.yahoo.co.jp/articles/468823530bb795058b5d12e78a29eb6889f409c1?page=1

(source: https://www.cbsnews.com/news/japan-suicide-coronavirus-more-japanese-suicides-in-october-than-total-covid-deaths/)

 このニュースばかりではなく、Bloombergニュースでも、日本ではコロナ禍によりメンタルヘルスに問題が生じ、自殺が増えたと解釈されています。そのようなケースもあるでしょうが、20代女性の場合、コロナ禍で職を失い、生活費を捻出できなくて自殺に追いやられたケースが多いのではないかと思われます。

 それだけに、感染者数が増えたからといって、安直に人の流れを止める方向に舵を切るのはどうかと思います。過去一年の不幸なデータを踏まえれば、できるだけ産業を潰さないような形で、感染を防ぐ方法を考える必要があると思うのです。

 感染対策として、もちろん、ワクチン接種も必要です。ところが、治験が十分でないワクチンを投与された結果、さまざまな副反応が報告されています。

■ワクチン接種
 朝読んだ記事には、感染対策として、「封じ込めのカギを握るのはワクチン接種だ。変異型の感染力が高くても人の免疫力が高まれば発症を抑えられる。海外では接種が先行している国で感染の拡大を押さえられている例がある」と書かれていました。

 感染対策の一環として、すでに高齢者や医療従事者を中心に、ワクチン接種は始まっています。

 ところが、2021年4月8日、アストラゼネカとオックスフォード大学が共同開発したワクチンで19人が死亡し、100万人に約4人の割合で血栓を発症するリスクがあると発表されました。

こちら → https://www.jiji.com/jc/article?k=2021040701380&g=int

 英政府は30歳未満には別のワクチンを投与するとし、18歳未満を対象にした治験を一時中止しました。一方、同記事には、WHOの諮問委員会がアストラゼネカのワクチンと血栓との因果関係について、「確証はない」と強調したことも記されていました。製薬会社に配慮したのかもしれません。

 薬害エイズ、子宮頸がんワクチンをはじめ、数多くの薬害を経験してきた日本では、ワクチン投与に関し、慎重で臨んでほしいと思います。英政府のように、リスクがあると判断すれば、自国が開発したワクチンでも即刻、使用をやめ、治験を中止するといった英断が必要でしょう。
 
 また、2021年4月14日には、ワクチンを投与された後、死亡した女性が報道されていました。

こちら → https://www.yomiuri.co.jp/national/20210414-OYT1T50205/

 医療従事者だから、この女性は早期にワクチンを投与されたのでしょう。基礎疾患はなく、副反応を疑う症状もないまま、接種後、10日ほどで亡くなっています。死因は脳内出血だったといいます。

 やはり、ワクチンを2回接種した女性の医療従事者が感染したことが報告されています。

こちら → https://www.yomiuri.co.jp/national/20210412-OYT1T50018/

 これについて、厚生労働省担当者が、「ワクチンを接種して感染リスクを低くすることができるが、ゼロにできるわけではない」と述べたことが記されています。

 さらに、次のような報道もありました。

 2021年4月14日21時04分の『Newsweek』日本版によると、人口の4割がワクチン接種を済ませているにもかかわらず、ミシガン州で爆発的に感染者が増えているというのです。

こちら → https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/04/post-96075.php

 感染力の強い英国型変異ウイルスN501Yが、その原因だといいます。

 しかも、このウイルスに感染すると、死亡率も高いという報告もあります。

こちら → https://www.tokyo-np.co.jp/article/98385

 英エセスター大学が3月に発表した報告によると、変異型と従来型の感染者、それぞれ約5万5000人について調べたところ、死者は変異型が227人、従来型が141人だったということです。その一方で、ロンドン大学はこれとは違う結果を発表しており、治験が十分でないまま投与されているワクチンの現状が示されています。

■日本型対策は考えられないのか?
 日本の場合、感染者数は圧倒的に少なく、死者も少ないといわれています。なぜそうなのかということを明らかにすれば、そこからヒントを得て、有効な感染対策を立てることもできるのではないでしょうか。

 過去一年のコロナ経験を振り返ってみれば、日本の場合、世界各国に比べれば、感染者数は少なく、死者数も少ないことが判明しました。

 コロナ禍で各国では死者数が増えていたというのに、日本だけが減少していたのです。しかも、大幅に減少したのが呼吸器系疾患による死でした。明らかに新型コロナへの感染対策が他の呼吸器疾患に効いていたのです。

 第4波が到来した現在、感染者の大半は英国型変異株によるものだといわれています。しかも、こちらは感染力が強く、重症化しやすいとも報道されています。ですから、2020年の従来株に有効であったものが、この変異株にも効くかどうかはわかりません。

 ただ、未知のウイルスに対し、日本人はかなり抵抗力を持っていました。問題は、その従来株から派生した変異株にも有効なのかどうかです。

 それを把握するには、なによりもまず、今回、なぜ、大阪で感染者が激増しているのか、感染者の特性、感染経路などを明らかにする必要があります。そうした上で、従来株と比較し、英国型の変異株に対する対策を練り上げるのを優先すべきだと思うのですが・・・。

 ところが、長崎大学は興味深い研究成果を発表しています。「5-ALA」と呼ばれるアミノ酸が新型コロナウイルスの治療薬として期待できるというのです。

こちら → https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/about/info/science/science225.html

 長崎大学では、試験管で培養したコロナウイルスに「5-ALA」を投与すると、増殖が抑制されることを確認しました。この方法は、すでにサプリメントとして使われているので、安全性が高く、安定的に、適切な価格で供給することができるメリットがあるといいます。すでに使われているサプリメントを利用するので、室温での安定性が高く、経口で投与できます。安全でしかも利用しやすいメリットがあるのです。

 まだ治験が十分ではなく、安全性が確認できていない現在のワクチンよりも、すでに安全が確認された薬剤を利用するメリットは、はるかに大きいといえるでしょう。

■八重桜、コロナ変異株に見る生存戦略
 ふと、先日、入間川で見た八重桜を思い出しました。スマホで撮影した写真を探していると、別の角度から写した写真が見つかりました。


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 手前に枯れた桜の木が見えます。その背後に無数の花を咲かせた八重桜の木が見えます。カンザンです。

 枯れる木と旺盛な生命力をみせつけている木が、ともに一枚の画面に写っています。どちらも桜木です。両方の桜木を見ているうちに、ふと、最近、猛威を振るい始めたコロナ変異株が重なって見えてきました。

 そして、最近、読んだ記事を思い出したのです。

こちら → http://jsv.umin.jp/news/news20210225.html

 2021年2月時点で、「高い感染効率やワクチン効果への影響が懸念されている変異株は、以下の3系統変異株である」とし、①英国型変異株、②南アフリカ型変異株、③ブラジル型変異株が挙げられています。

 ウイルスの特性として、「ウイルスの生存は宿主集団における効率的な増殖と伝播に依存する」とされています。そして、そのウイルス側の長期生存戦略は、「宿主免疫反応からの逃避」であり、その逃避法としてもっとも有効なのは「遺伝子変異」である、と書かれていました。

 ヒトから見れば、感染力が強くて重症化しやすい、やっかいな変異株です。ところが、ウイルスから見れば、必死の生存戦略の一環なのです。

 従来株よりも旺盛な感染力でヒトに脅威を与えている変異株を連想させたのが、入間川遊歩道で見かけた八重桜でした。

 カンザンというその八重桜は、実は、ヤマザクラの変異株でした。

 それが生命力旺盛に花を咲かせているのを見て、コロナ変異株を重ね合わせてしまったのです。桜もウイルスも変異することによって生き延びているのだとすれば、もはやこの勢いを止めることはできないでしょう。自然の営みの一環だからです。

 コロナ変異株も、いずれは、インフルエンザのように、ヒトがあまり気にしないで共存していかざるをえない呼吸系疾患の一つに位置づけられるようになるのでしょう。(2021/04/21 香取淳子)

桜と現代社会に見る破壊と創造

■上野公園の桜
 2021年3月27日、黒田記念館に行く途中で、上野公園の桜を見ました。満開でしたが、午前中だったせいか、土曜日なのにそれほどの人混みではありませんでした。

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 カメラを手に一人で桜を見上げている人、何やら語り合いながらゆっくりと歩を進めるカップル、遠目からでも和気あいあいとした雰囲気が伝わってきます。仕事から解放されているせいか、コロナ下でも、人々の表情はリラックスした様子でした。

 例年なら、花の下で宴会ということになるのでしょうが、今年はコロナで宴会は中止です。立ち止まらないで桜を鑑賞するといったルールまで設定されているようです。昨年来、コロナは人々の生活からさまざまなものを奪ってしまいましたが、桜鑑賞も変則的なものになっているようです。

 さて、桜といえば、3月の入試合格発表や卒業式、そして、4月の入学式や入社式などの行事を連想させられます。コロナ以前、そのような儀式は日本人にとって、人生の節目の象徴であり、別れと出会いの季節の象徴でもありました。

 ところが、今年はコロナのせいで、卒業式や入学式を取りやめる学校が多かったようです。そうなれば、卒業式、入学式用のイベントやファッション関連の消費が激減しますから、関連業界はいまごろ、大変なことになっているのでしょう。もちろん、旅行や飲食業界が大変なことはいうまでもありません。

 緊急事態宣言が解除されても、感染者が減っているわけでもなく、3月30日の東京都の感染者数は364人で、前日比130人増でした。変異種による感染も増えているようですから、コロナ感染はこのまま続く可能性があります。

 となれば、私たちは今後、コロナと共に生きていくしかありません。このままの状態が日常化し、いわゆるニューノーマルが常態化するのです。

 それでは、ニューノーマルとはどういうものか、次の記事をご紹介しておきましょう。

こちら → https://www.i-learning.jp/topics/column/useful/newnormal.html

 この記事にあるように、今後、働き方はもちろんのこと、教育、消費、行政など、社会の多方面でこれまでとは違った様式に変化せざるをえなくなっていくのでしょう。

 それでも、桜は例年通り、開花し、そして、散っていくのでしょう。そう思いながら、上野公園の桜を見ているうちに、入間川の桜並木を見てみたくなりました。

■入間川の桜並木
 入間遊歩道に着いてみると、桜が満開でした。

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 遊歩道の両側に桜並木が続き、桜の木が次々と、土手沿いに長く、枝を伸ばしています。川べりで見る桜は、上野公園で見た桜とは違って、また別の趣がありました。

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 風格のある桜木の枝が何本も、風雅な線を描いて、川に向かって伸びています。その右下を歩く人の姿がとても小さく見えます。まるでヒトと自然との関係を象徴するかのようでした。

 桜木に近づいて見ると、太い幹や枝から小枝が何本も伸びていて、その先に桜の小さな花が風にそよいでいました。強靭さと可憐さとが同居しているのです。そんなところに、たとえようのない興趣を感じました。

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 さらに行くと、一本の枝が折れて、木肌が赤らんで見える桜木がありました。

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 折れたところに陽が当たり、何か特別の木でもあるかのように見えました。よく見ると、折れ曲がった枝には多くの筋が入っています。この部分はやがて、朽ち落ちてしまうのでしょう。

 この木を見て思い出したのが、つい10日ほど前、ここで見た桜の木です。たまたまi-phoneで撮影していたことを思い出し、開いてみました。

■桜木の幹に刻み込まれた傷痕
 幹から枝分かれしたうちの手前の一本が、砕かれたように短くなっています。

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 巨大な幹から分かれた枝の一部が大きく割れ、その上部が朽ちていたのです。

 朽ちた部分をよく見ると、ささくれ立った木の真ん中が空洞になっています。そこだけアップしてみましょう。

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 なんとも無残な姿です。樹皮によってかろうじて形を保っているとはいえ、上の方はすでに朽ち果て、目の前にあるのはその残骸としかいいようがありません。厳しい冬の爪痕なのでしょうか、それとも、経年変化によって自然に破断したのでしょうか。桜木の生命の一部がざっくりと割れ、ぽっかり穴が開いているのです。

 大きな力でたたき割られたように見えますし、強風に煽られて折れ、折れた部分が朽ちて切り取られた跡のようにも見えます。いずれにしても、何か大きな力によってダメージを与えられ、生命体の一部が死滅してしまっているのは明らかでした。

 その姿がたとえようもなく痛々しく、見ていると、つらい気持ちになってしまいました。

 もっとも、朽ちた幹の背後から、淡いベージュの小さな枝が何本も上方に伸びています。しかも、それらの枝には、小さなふくらみがいくつも付いています。おそらく新芽なのでしょう。朽ちた枝のすぐ傍らから、小さな枝がいくつも伸びており、そこから新芽が噴出しているように見えました。朽ちた部分と新芽とが巨木の中で共棲しているのです。

 あの時の桜木はいま、どうなっているのか、ふと、気になりました。

 探してみると、特徴のある幹だったので、すぐに見つかりました。

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 驚いたことに、見違えるように華やかになっていました。一部が朽ちて、中が空洞になってしまっていることに変わりはないのですが、その周囲から、目覚ましいばかりに多くの小枝が伸び、小さな桜花が無数に咲いていたのです。

 見た途端、ほっとしました。そして、なんだか急に嬉しくなってきました。朽ちてなお、生き続けられる生命力に感嘆させられ、勇気づけられるような気がしてきたのです。

 朽ちた木が気になって、辺りを見渡すと、どの木にもなにがしか傷痕が刻み込まれていることに気づきます。大きいものがあれば、小さいものもあり、深いものがあれば、浅いものもありました。それらの傷痕に、その木の歴史が示されているようでした。

■桜木の枝に見る生と死のドラマ
 並木道を歩いていくうちに、これらの桜木の一本、一本にそれぞれのドラマがあるという気がしてきました。ただの植物でありながら、生命活動を営み、やがては老い、そして、死を迎えるという点で、ヒトと変わるところはありません。

 ふと見ると、幹がざっくりと縦に割れ、空洞ができている木が目にはいりました。樹皮が剥がれ、中から赤茶色の木肌がみえます。

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 この傷痕の周辺から小枝が伸び、桜の花が小さく開いています。開花したばかりのようです。まるで傷痕を補償するかのように、傷ついた幹のすぐ傍らから、新しい生命が活動しはじめているのです。これにはちょっと感動してしまいました。

 見ているうちに、ふいに、ホメオスタシスという言葉が思い浮かんできました。

 ホメオスタシスとは、生物の体内環境を一定に保とうとする現象を指します。生命体を維持するための防衛機制でもありますが、このメカニズムは汎用性が高いのか、生物学だけではなく、他の領域でも使われています。

 私はかつて心理学の領域でこの言葉を知りましたが、この桜の枝を見ているうちに、なぜか急に思い出されてきたのです。

 樹皮が剥がれ、木肌が空洞になるというダメージを負った枝が、その補償作用として生命活動を活性化させ、新たな生命をその周囲に生み出していました。生命体の一部が損傷されるという現象の傍らで、新たな生命が育まれるという矛盾した現象は、ホメオスタシスのメカニズムでしか説明することができません。

 似たような木がありました。

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 こちらは枝分かれのところでざっくりと穴が開き、空洞ができていましたが、そのすぐ下から小さな枝が出て、桜の花が咲いていました。ピンク色をした蕾もいくつか見えます。それらが今後、大きく花開いていくことでしょう。

 ホメオスタシスという概念を私はすっかり忘れていましたが、桜木に劇的な場面をいくつも見ていくうちに、意識の底に沈んでいたものが浮上してきただけではなく、はっきりとした信念に変わっていきました。

 ホメオスタシスの現象こそが、生命体であることの証でもあるのでしょう。

 ダメージを受け、一部が傷ついたとしても、生命体全体でそれを補い、それまで以上の生命活動を展開するといったプロセスを、私はこれらの桜木に見ることができたのです。

 ふと、コロナ騒動が脳裏をかすめました。

 地球規模でのコロナ感染爆発は、ヒトの生命を奪い、仕事を奪い、社会制度を大きく変貌させようとしています。今、現代社会がコロナによって大きなダメージを受けていることは確かです。果たして、桜木に起きたようなホメオスタシス現象が、現代社会にも起きるのでしょうか。

■破壊、創造、維持
 コロナ感染死はもちろんのこと、ヒトやモノの移動が滞り、経済に大きなダメージが与えられています。その結果、多くの自殺者が出ているようです。コロナは直接的死因だけではなく、間接的死因にもなっているのです。

 身の周りに感染者がいないので、私自身はコロナ感染の脅威が実際、どれほどのものなのかよくわかりません。ただ、毎日、感染者数がメディアで報道され、いまだに、三蜜回避、外出自粛、手指の消毒、マスクの装着などが要請されています。経済、社会、生活、文化に深刻な影響があることは事実でしょう。

 興味深いことに、経済や生活に大きな支障が出る一方で、三蜜回避のためのリモートワーク、zoom会議、オンライン授業、オンライン観戦などがあっという間に普及しました。

 このような状況を考え合わせると、これまで私には実感の伴わなかったコロナ感染も、ひょっとしたら、新たな社会を創り出すための破壊のトリガーではなかったかという気がしてなりません。

 見上げると、横に伸びた大きな枝から数多くの小枝が伸び、空を覆うほどたくさんの桜の花が咲き誇っていました。

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 よく見ると、この枝の上部はひび割れ、横に長く穴が開いています。この枝全体が黒っぽい色をしているのではっきりしませんが、どうやら古い傷痕のようです。

 桜花の咲き方を見ると、傷痕のある木の方が、ダメージを補うため、生命力が活性化するのではないかという気がしてきます。この木にも、ホメオスタシス現象を見ることができました。

 見渡すと、青空を華やいで見せている木もありました。

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 この木は地中から勢いよく水分や栄養分を吸い上げているのでしょう。枝先に咲いた花々が生き生きとし、それぞれに艶があります。大きな生命力を感じさせられます。おそらく、この木もかつて、大きなダメージを負ったことがあるのでしょう。

 一連の傷痕の刻まれた木々を見ていくうちに、旺盛な生命力の背後には大きな傷痕があるという、信念に近いものが固まりつつあります。傷が深ければ深いほど、それを回復させるためのエネルギーが大量に消費され、結果として、盛大な生命力の発露につながるのではないかという気がしてきたのです。

 見上げると、桜木の枝の背後に、青空が限りなく広がっていました。

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 大小さまざまな桜花が空を彩っています。さんさんと降り注ぐ太陽の光に照らし出され、白い小さな花が輝いて見えます。まだ蕾もたくさん、付いています。すぐにも一斉に開花するようになるのでしょう。

 どんなことがあっても、季節は忘れることなく、訪れてきます。

■桜の傷痕と現代社会のコロナ禍
 つい数日前は花もなく、朽ちて穴が開き、痛ましい姿をさらしていた桜木が、今は見違えるほどの姿に変貌していました。よく見ると、朽ちていることに変わりはありませんし、ぽっかりと空洞ができていることにも変わりはありません。

 違っているのは、その傍らや背後から小さな小枝が勢いよく伸び、その先には小さな花がいくつも咲いていることでした。傷痕を乗り越え、新たな生命が生み出されていたのです。

 破壊があって、創造があるという回復のプロセスを、これらの桜の木に見たような気がしました。改めて、生命体は、破壊と創造を繰り返して維持されるのだということを思い知らされました。ホメオスタシスのメカニズムこそが生命体を維持しているのです。

 翻って、現代社会を考えてみると、グローバル資本主義経済下で、どの国も格差が拡大しました。富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなるといった現象が常態化しています。また、先進諸国で高齢化が進行する一方、世界的には人口が激増しています。これまでの社会システム、経済システムが立ち行かなくなろうとしているのです。

 既存のシステムが立ち行かなくなったとき、どうすればいいのでしょうか。

 そのまま自然崩壊を待つか、それとも、意図的にミニマムな破壊を引き起こして、次世代に有効な創造を図るか・・・。社会も生命体と同様、ホメオスタシスのメカニズムが作用するのだとすれば、まずは、破壊が必要になるでしょう。

 ホメオスタシス現象を現代社会に生じさせようとすれば、桜木の傷痕に相当するダメージが必要になります。できるだけ穏便で、しかもミニマムで有効な破壊力を持つものとして、ひょっとしたら、地球規模で感染の広がったコロナ騒動がその役割を果たすようになるのかもしれません。

 すでにコロナ下でニューノーマルが機能し始めています。

 破壊と創造というメカニズムに照らし合わせれば、コロナ感染という破壊現象で社会システムは大きなダメージを受けますが、その収束後、ニューノーマルの下で新たな社会システム、経済システムが起動し、人々はより快適に暮らせるようになるのではないかという展望です。

 ちょっと楽観的すぎるでしょうか・・・?

 今日、『ノマドランド』(日本公開は2021年3月26日)という映画を見てきました。2017年に出版されたノンフィクション『ノマド漂流する高齢労働者たち』を原作に、2020年にアメリカで製作された映画です。とても見応えがありました。

 この作品で私は、グローバル資本主義経済下で職を失い、家を失い、定住できなくなった人々の生活の一端を知りました。ノマドとして生きていかざるをえない人々を見ていくうちに、明日の日本を見たような気がしてきました。すでに社会システムが行き詰っていることは確かです。(2021/3/31 香取淳子)

枯れたアジサイに見た、春の訪れ

■久しぶりの入間川遊歩道
 2020年2月25日、好天に誘われ、久しぶりに入間川遊歩道を訪れてみました。着いてみると、桜の木々が巨大な幹を惜しげもなくさらけ出していました。晴れ渡った青空の下、春とは違った眺めを提供してくれていました。

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 立ち並んだ桜の巨木はすっかり葉を落とし、幹と枝だけになっていました。いっさいの装飾を削ぎ落し、素の形になっていたのです。

 葉も花もないので、一見、味も素っ気もないように見えるのですが、よく見ると、幹の形状はそれぞれ異なり、味わいのある個性豊かな佇まいをしているのがわかります。葉で覆われ、花を咲かせていた時とは違って、逆に、壮大さが際立って見えました。

 幹からさまざまな方向に伸びている枝もまた、多様な形状を誇示していました。風雅な曲線を描いて垂れさがっているものがあれば、重力に抗うように、空に向かって高く伸びているものもあって、まるで青空をキャンバスに描かれたアートのようでした。

 巨木の下の草叢は一部を残して、枯れていました。垂れ下がった枝に沿って視線を落とすと、川べりで群生したススキが揺れているのが見えました。

 さらに歩を進めました。

■澄み渡った川面
 立ち止まって見渡すと、色彩を失った世界が広がっていました。

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 川辺は一面、枯れススキで覆われています。

 すぐ傍の大きな桜木の幹が下草の生えた斜面に巨大な影を落としています。その脇にそっと寄り添うように生えている灌木も枯れて、土色をしています。巨木から伸びる枝が、斜面を超えて川を跨ぎ、画面を鋭角的に切り取っています。その対岸の岸辺に生えている草もまた土色をしています。

 遊歩道を取り巻く周辺は色彩を失った世界でした。それだけに、川面の澄み渡った青がとても印象的です。川べりではススキの白い穂先が風に従って揺れています。遠目からでもはっきりと見えるほど澄んだ空気がたちこめていました。

 桜の大木が大きな影を落とした斜面に、突如、冷たい風が吹き付けてきました。遊歩道上にいる私にも刺すような冷気が及び、まだ冬が居座っていることを感じさせられます。

 ふと反対側の桜木を見ると、その脇に、枯れたアジサイがひっそりと立ち尽くしていました。

■桜木の下の枯れたアジサイ
 花も葉もほとんどが風で吹き飛ばされてしまったのでしょう、茎だけになっています。

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 道路側の斜面には常緑の草木が植えられています。そのせいか、枯れた土色のこのアジサイがことさらにみすぼらしく見えます。

 思い立って、道路側に降りてみることにしました。

■そこかしこに枯れたアジサイ
 道路側に降りてみると、その斜面には、枯れたアジサイがひと塊の棒のような姿を晒していました。かつては華やかに開いた花の競演ステージになっていた場所が、いまや土色の枯れた茎の集積場になっていたのです。

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 そこかしこに枯れたアジサイの無残な姿がありました。それに反し、桜木は葉が落ちてしまっても、大きな幹と枝ぶりがくっきりと力強く、目立っていました。飾るものがなくても、壮大で揺るぎのない存在感があったのです。

 それでは、枯れたアジサイに近寄って見ましょう。

■ドライフラワー状態のアジサイ
 巨大な桜木の下にドライフラワー状態になったアジサイがありました。

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 この写真ではちょっとわかりづらいのですが、桜木の左側、遊歩道近くにガクアジサイの形をそのまま残して枯れているアジサイがあります。その右隣の3本は花も葉も落ちてしまっていますが、桜木の太い幹が分かれた右側にも3つ、ガクアジサイの形を残したまま枯れているアジサイがあります。

 いずれも葉は落ちてしまっているのに、花の部分だけ残っているのです。ドライフラワーを見ているような妙な気分になりました。

■葉が枯れて縮んだアジサイ
 遊歩道を少しずつ歩を進め、次々と枯れたアジサイを見ていくうちに、一口に枯れたアジサイといってもその形状はいろいろだということがわかってきました。もっとも多いのは、葉が付いたまま枯れて、縮んでいるものでした。

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 この枯れたアジサイには、太陽の陽射しがさんさんと降りそそいでいます。遊歩道にはくっきりとした黒い影が刻み込まれていますから、それがどれほど強い光量かがわかろうというものです。

 ところが、このアジサイの葉も茎も枯れ果ててしまっているので、太陽の恩恵を享受できていません。見ているうちに、せっかくの太陽の陽射しを、命を育む貴重なエネルギーとして取り込めていないのが残念に思えてきました。

 ふと前方を見ると、この先にも、同じように茎と葉の一部分だけが残ったアジサイの姿が見えました。

■枯れたアジサイから新芽
 近づいて見ると、こちらは枯れた葉の下から新芽が出てきていました。

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 枯れた茎から、枯れて縮んだ葉を押しのけるようにして、青々としたアジサイの新芽が顔を出しているのです。それを見たとたん、胸の奥底からこみ上げてくるものがありました。

 感動しました。見ると、その後ろにも、その下にも枯れた茎から新芽が出てきています。

 こうしてみると、太陽の陽射しは着実に、枯れたように見えるアジサイにもしっかりとエネルギーを与え、新たな命を吹き込んでいたのです。

 道路側に降りてみると、枯れた茎から次々と新芽を出しているアジサイが見えました。

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 なんと勢いよく、次々と小さな芽を出していることでしょう。土色の茎から健気に顔をのぞかせている新芽が、なんともいえず愛おしく思えます。

 ふいに、「冬来たりなば、春遠からじ」という有名な一句を思い出しました。誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。文語体なので、いかにも日本の成句のように思えますが、実は、イギリスの詩人シェリー(Percy Bysshe Shelley, 1792- 1822年)が書いた「西風に寄せるオード」(”Ode to the West Wind”)の最後の句の日本語訳なのです。

 原文は、“If Winter comes, can Spring be far behind?”です。

 日本語訳ですぐにわかるように、このフレーズには、春を待ちわびる気持ちが込められています。今回、原文を取り出してみたところ、WinterもSpringも大文字になっていることに気づきました。擬人化されているのです。

 季節が擬人化されているからこそ、冬が来れば、まもなく春がやってくるという語意に、春の訪れを待ちわびる作者の心情を込めることができているのでしょう。小文字を大文字に変えるだけで、単なる説明ではなく、言葉で表現しきれない微妙な心情が豊かに表現されていることがわかります。

■春はもうそこまで
 シェリーの詩を思い出すと、今度は連鎖反応的に、“Spring is just around the corner”というフレーズが頭を過りました。

 はるか昔、テスト前に友人と一緒に英語の勉強をしていたときの状況が甦ってきたのです。

 こちらのフレーズは、英語学習用の例文の一つですが、“just around the corner”という表現が実に具体的です。まるで春を抱えたオジサンがもうそこまでやってきているというイメージがあって、面白く、高校生の頃はシェリーの詩の一節よりもこちらの方が気に入っていました。

 いずれにしても、季節が擬人化されているからこそ、春を待つヒトの想いをさり気なく、言葉に託すころができているのでしょう。
 
 軽く伸びをしてから、周囲を見渡すと、道路側の斜面に、水仙がそっと花を咲かせているのが見えました。

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 普段なら気づかず、見過ごしてしまうほど小さい花です。それが、枯れずに冬を越した草叢の中に、遠慮がちに花弁を開いていたのです。時折、強く吹きつける風に、激しく揺られながらも、凛とした姿勢を崩さないのに惹かれました。

 2021年の年初、高校時代の同級生が二人、逝去されたことを知りました。ショックでした。同窓会でいつか会えるだろうと思っているうちに、果たせないまま永遠の別れを迎えてしまいました。それが残念でなりませんが、枯れた茎から顔をのぞかせたアジサイの新芽を見ているうちに、形を変えた命の存続というものもあるのではないかという気がしてきました。

 風が強く、冷たく、まだとうてい春とはいえませんが、アジサイの新芽を見てから、なんとなく気持ちが和み、優しくなっていくのが感じられました。枯れた葉にひっそりと身を潜め、春はもうそこまで来ているのです。(2021/2/27 香取淳子)

2021年、初詣の異変

■コロナ禍に見舞われた初詣
 今年の初詣は巣鴨のとげぬき地蔵に出かけました。行ってみて驚いたことは、元日なのにシャッターを下ろしている商店が7,8軒もあったことです。駅からとげぬき地蔵に向かう立地条件のいい商店街なのに、店が閉じられているのです。中には、更地になっているところが2箇所もありました。

 かつては「おばあちゃんの原宿」といわれ、賑わいを見せていただけに、寂寥感に襲われそうになります。行き交う人々の中に高齢者は少なく、外国人や家族連れが目立っています。日本の今後を象徴しているのでしょうか。

 コロナ感染を恐れ、自宅に引きこもっているのでしょう、今年は高齢者の数も少なく、参拝者は去年の半分以下でした。おかげで、押し合うこともなく、ゆっくりとお参りをすることができましたが、初詣の活気はどこにもありません。

 なにもとげぬき地蔵に限りません。ドコモ・インサイトマーケティングが2021年1月1日に実施した調査結果によると、全国各地の神社等の参拝客は去年に比べ、大幅に減っていることがわかりました。

こちら → https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ301LR0Q0A231C2000000

 地方都市ほど減少が目立つという結果でした。

 コロナ感染を回避するため、事前に、三が日を避けた「分散参拝」や、12月から先行して正月の縁起物を販売する「幸先詣」を呼び掛けたことも原因の一つかもしれません。

こちら → https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66775290Y0A121C2CE0000

 現在、日本には大小さまざまな神社があります。それがコロナ禍のせいで、参拝に制約が設けられたり、さまざまな行事が中止になったりしています。

 初詣の風景は明らかに例年とは異なっていましたが、実は、大晦日の光景も同様でした。

■参列者のいない大晦日の神社
 2020年12月31日、夜12時前に近くの神社に行ってみました。このところ、大晦日のこの時刻に家を出るのが恒例になっています。

 月明かりに照らされ、神社に出かけるのが楽しみでした。冷気漂う中、神社までの道のりを歩いていると、2020年から2021年への境界を、この足で跨いでいるような気分になるからでした。

 車は滅多に走っておらず、たまに歩いている人がいたとしても、それは大抵、参拝に出かける人か、参拝を終えて帰っていく人々でした。そういう人々に出会うと、見知らぬ人なのに、どういうわけか、親しみをおぼえてしまいます。

 月明かりにしても、ピンと張りつめた清澄な空気にしても、気持ちを切り替え、日常生活から解放させてくれる効果があります。次第に日常の雑事を忘れ、まるで誘われるように、今年もまた、大晦日の神社という異空間に向かっていました。

 あと5分ほどで神社に着くといった辺りで、ふと、奇妙な感じがしてきました。

 例年なら、家を出るとすぐ、お囃子の笛の音が聞こえてくるのですが、どういうわけか、今年は何も聞こえてきません。もうすぐ神社だというのに、いつもの騒々しさがないのです。

 いつもは空気が澄みわたっているせいか、家を出ると早々に、遠方から弾んだような調子が響いてきます。近づくにつれ、その音が大きくなり、賑わいが伝わってきます。その微妙な変化が耳に快く、気持ちが浮き立ってくるのが通例でした。

 ところが、今回、なんの音も運んできません。辺り一帯の空気は、依然としてピンと張りつめたまま、まるで時間が止まったかのようです。

 不思議でした。

 ひょっとしたら、コロナのせいで神社が閉鎖されているのでは・・・? 嫌な予感がしました。

 いよいよ神社を囲む石の柵が見えてきました。近づいて見ると、明かりはついていますが、境内は閑散としています。

こちら →
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 正面に回ってみても、見えるのは氏子さんばかりで、参列者はほとんどいません。いつもなら、参拝者が長蛇の列を作っているところが、ただ、提灯が立ち並んでいるだけになっています。右側のテント付近にいる人々は氏子さんたちでした。

こちら →
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■中止になった大晦日の神事
 改めて境内を見回すと、お焚き上げもなければ、お神楽の奉納もなく、もちろん、いつもなら振舞ってもらえる甘酒もありませんでした。

 いつもはお焚き上げが行われる場所には、参拝者から持ち込まれたお守りや神札が積み上げられていました。今回、さまざまな儀式が中止になったことを知らなかったのでしょう。

 私が神社に着いたとき、若者数人が固まっていましたが、参拝者のいない境内を見て、「三蜜でもないのに、なんでやらないの?」といい合いながら、帰っていきました。彼らは一年の終わりにここで参拝することを楽しみにしていたのかもしれません。

 いつもは境内に華やかさを演出してくれるお神楽の奉納もなく、賑やかに演じられてきた舞台は、戸が閉じられ、ただの暗い空間でしかありませんでした。

 もちろん、身体を温めてくれる甘酒も準備されていません。いつもなら参拝者に振る舞うのに忙しく立ち振る舞っていた氏子さんたちは閑を持て余しているように見えました。

 神社に着いた途端、あまりにもいつもと違う光景に、私は拍子抜けしてしまいました。恒例の行事に参加できなかったというだけではなく、なにか大切なものを失ってしまったのではないかという思いにさせられたのです。

■お焚き上げの心理的効果
 このところ、一年の終わりはいつもこの神社で手を合わせ、来年の幸を願うのが習慣になっていました。

 お囃子の笛の音や、お焚き上げのメラメラと燃え盛る音が好きでした。聞いていると、知らず知らずのうちに、過ぎ去った諸々の出来事が脳裏を過ります。

 いやなこと、辛かったこと、困難をきわめたこと等、思い出すのはどちらかといえば、ネガティブなことが多いのですが、溜まっていた滓が一気に表に出てくるような感じです。

 そんな折、お焚き上げのメラメラと燃え盛る音を聞き、熱い炎に曝されていると、その滓がいつしか消え去り、不思議に気持ちが軽くなっていくような気がするのです。

 そうして炎が高く立ち上っていく様子をみているうちに、たとえどんなことがあったとしても、しっかりと受け止めていこうという気持ちになっていきます。

 神社という異空間がそう思わせるのでしょうか。

 境内にいると、背後からお囃子の音も聞こえてきます。調子よく響く音に乗って、やがて、気持ちの切り替えが進み、お焚き上げの炎とともに、ネガティブな思いは浄化されていきます。

 だからといって、なにもお焚き上げの周りにいたり、お神楽が演じられている舞台の傍にいる必要はありません。神事によって派生する音を聞いているだけで、その効果があります。

 長い参列者の列に従って、拝殿に向かって少しずつ歩んでいきます。そのうちに、いつしか気持ちが晴れていき、拝殿に着くころには、新たな一年を迎えようという前向きな気持ちになっています。境内の中で行われる神事を見聞きするだけで、そのような気持ちの変化が生まれているのです。

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 ところが、今年はそういうわけにはいきませんでした。それは、神社という空間に、いつもの装置がなかったからでした。

 一年の終わりを象徴する、長い参列者の列、お焚き上げの炎、奉納されるお神楽、氏子さんたちが振舞ってくれる甘酒・・・、そういうものがなかったせいで、今年は神社が異空間になりえませんでした。その結果、煩悩の浄化には至らず、もやもやが晴れないまま、鬱屈した気分が残りました。

■神社の機能は?
 神社の前まで来て、引き返す人が何人もいました。「なぜ、神社まで規制しないといけないの?」と怒っている若者たちもいました。確かに、密閉空間でもないのに、なぜ、参拝規制をしなければならないのか。お焚き上げ、お神楽などを中止しなければならないのか。私にもわかりません。

 今回、コロナのせいで参拝が規制されましたが、そのたおかげで、神社の機能を思い知らされました。そのことは収穫だったといえるかもしれません。これまで当たり前だったことが当たり前ではなくなったことによって、その存在意義を考えさせられる効果があったのです。

 実際、大晦日に神社に参拝に訪れていたのは、ただの習慣にすぎませんでした。ところが、今回、いつもの年末神事がなくて考えさせられたのが、私たちにとって、神社がどのような心理的機能を果たしていたかということでした。

 立ち去り際に振り向くと、神社の入り口に掲げられた提灯に、「鎮守御祭禮」と書かれているのに気づきました。

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 なんとなく、気になります。

 Wikipediaを見ると、「鎮守」とは「その土地や寺、氏などを鎮護する神をまつる社」と説明されています。この説明文からは、神社はこれまで、その地域の精神的ハブとして、機能してきたことが示唆されています。

 実際、今回、小耳にはさんだ若い参拝者たちの会話からは、神社が地元民の精神的ハブとして機能していることを垣間見ることができたような気がします。

 ちなみに、ゼネラルリサーチが実施した調査では、2021年の初詣に行くと回答した比率は20代が最も多いという結果でした。

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 今後、コロナ禍を経て、大きなパラダイムシフトが起きるのは必至です。そんな未来社会を考えると、初詣をして参拝したくなるのも無理はありません。若者ほど不確実性の高い未来を長く生きていかなければならないのですから・・・。

■地域の精神的ハブとしての神社
 日本学術会議会員で、宗教民俗学が専門の宮家準氏は、氏人と氏神との関係について、興味深い説明をしています。

 「この森(里山)のカミは、その麓に住む氏人たちから農耕や生活を守る氏神として崇められて、氏上を中心に祭りが行われた。氏人が死亡した時には、森に葬られた。死によって肉体を離れて、森や山に行った死霊は、盆・正月・追善法要などによって子孫から供養されて、33回忌の弔いあげを終えると、カミとなって氏神と融合した。この最後の法事の際には墓地に榊などの生木の塔婆を立て、これが根付くとカミになった証として喜ばれた」
(※ 『学術の動向』2002年4月)

 とても示唆深い説明でした。ヒトと自然との関係について、氏神を媒介に、永続的に循環するシステムが組み込まれていることがわかります。

 ヒトは誰しも生きて、死んでいきますが、死後の弔いはその子孫によって行われます。

 死後の弔い方法について、宮家氏は、「33回忌の弔いあげを終えると、カミとなって氏神と融合」し、「最後の法事の際には墓地に榊などの生木の塔婆を立て、これが根付くとカミになった証として喜ばれた」と説明しています。

 この説明の中には、ヒトが生まれたところで生き、そして、死んでいき、死後も子孫をはじめ地元で見守ってもらえるというインクルーシブな考えが見られます。その中心になっているのが、鎮守のカミであり、鎮守の森(杜)なのです。

 そういう考え方を知って、改めて、神社の入り口に掲げられていた提灯に書かれていた「鎮守御祭禮」を思い返してみると、氏神と氏人との祭礼こそが、連綿と続いてきたヒトと地域社会を安定させるシステムとして機能してきたのではないかという気がしてきました。

 そこに、ヒトを安心させ、地域を安定させる思考が反映されているからこそ、神社が地域社会の人々の精神的ハブであり続けたのでしょう。

 そして、無自覚のまま神社に集ってきた若者たちもまた、無意識のうちにこのインクルーシブな考えに引き込まれ、安心感を得ていたのではないかという気がしてきたのです。

 グローバル資本主義体制下では、技術主導で社会が目まぐるしく変化していきます。AI主導で社会が運営されるようになると、これまでの仕事の多くはなくなってしまうことが予測されています。そんな中、長い未来を抱えて生きていかなければならない若者ほど不安感は強く、精神の拠り所を求めざるをえないのでしょう。

 大晦日から元旦にかけて見聞したいくつかのシーンを通し、私は、今こそ、生きていくための精神的ハブが必要とされているのではないかと思いました。そして、小さな地元の神社こそがその役割を果たすのではないかという気がしてきたのです。それは、神社を媒介とし、ヒトと自然が循環していたかつての仕組みの中に、持続する社会の根本原理があると思えたからでした。

 2021年、明けましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。(2021/01/02 香取淳子)