ヒト、メディア、社会を考える

メディア

「文研フォーラム2017:米ラジオ・オンデマンド時代の到来か?」から見えてくるもの

■文研フォーラム2017の開催
 2017年3月1日から3日まで、千代田放送会館2Fホールで「文研フォーラム2017」が開催されました。

こちら →https://www.nhk.or.jp/bunken/forum/2017/pdf/bunken_forum_2017.pdf

 時間の都合で、私が参加したのは、3月2日の午前に開催されたセクションB、Cだけでしたが、タイムリーな内容で興味深く、引き込まれて聞いているうちにあっという間に2時間が過ぎてしまいました。

 ここでは、報告内容に関連する資料を渉猟し、それらを読み解きながら、メディア界の今後を考えてみたいと思います。

■米ラジオ・オンデマンド時代の到来か?
 セクションBでは、NHK上級研究員の柴田厚氏が、「米ラジオ・オンデマンド時代の到来か?」と題し30分間、報告されました。好きな時にコンテンツを楽しめる「ポッドキャスト」がいま、アメリカでは注目を集めているそうです。

 ポッドキャストとは、「携帯端末などに音声データファイルを保存して聞く放送番組・配信コンテンツ」で、ダウンロードして聞くことができますから、聞く際、通信環境は不要です。音楽等の著作権が厳しい日本ではまだストリーミングが中心ですが、アメリカではコンテンツをダウンロードして聞くことが増えてきているようです。

 柴田氏によると、ポッドキャストを牽引したのはNPR(National Public Radio)だそうです。このNPRを中心にスピーチを展開されました。

 帰宅してさっそくNPRのサイトを開いてみると、さまざまなニュースが取り上げられていることがわかりますが、上位項目はやはりトランプ大統領でした。

こちら →http://www.npr.org/

■ポットキャストの利用者
 Pew Research Centerの調べによると、ポッドキャスト利用者数は年々、増えており、過去一か月に聞いたことのある人は21%、これまでに聞いたことのある人は36%に上っています。

こちら →http://www.journalism.org/2016/06/15/podcasting-fact-sheet/

 上記の記事に掲載されたグラフを見ると、いずれも利用者数が右肩上がりで増えていることがわかります。このぶんではおそらく、今後もこのような伸び率で利用者数が推移していくのでしょう。

 ネットで関連データを調べてみると、10年前の2006年8月、インターネット利用者のうち12%がポッドキャストを利用していました。同年2-4月期の調査では7%だったそうですから、急速に伸びていることがわかります。この段階ですでにポッドキャストに潜在需要が高かったことが示唆されています。

 利用者の内訳を性別でみると、男性利用者が15%なのに対し、女性利用者はわずか8%でした。利用者数だけではなく、この期間の伸び率も、8月調査では2-4月期調査に比べ、女性(3%)よりも男性(6%)の方がはるかに高くなっていたのです。

こちら →
(http://www.pewinternet.org/2006/11/22/podcast-downloading/より。図をクリックすると拡大します。)

 一方、年齢でいえば、18-29歳(14%)、30-49歳(12%)、50-64歳(12%)の若壮年層が高く、65歳以上の高齢者はわずか4%でした。さらに学歴でいえば、高卒が9%なのに対し、短大以上が13%と、こちらも開きがあります。

 このように基本的属性から利用者の分布を見ていくと、典型的な普及初期のパターンが示されています。2006年8月時点では、このポッドキャストが普及の初期段階だったことがわかります。もう一歩でその領域に近づきつつあったとはいえ、まだ、クリティカル・マスに達していなかったのです。

■NPRの戦略
 柴田氏は、NPRがポッドキャスト普及の牽引役を果たしたといいます。たとえば、NPRが2014年に配信したコンテンツが、1999年に起こった殺人事件の調査報道でした。このコンテンツを約1時間、12回にわたってシリーズで配信したところ、iTunesで500万ダウンロードされるほど人気を得たというのです。

 そして、柴田氏は、NPRのチーフ・デジタル・オフィサー(chief digital officer)、トーマス・ヘルム氏のインタビュー映像を紹介してくれました。

 彼は2014年に配信開始したシリーズが突破口になったと指摘しています。そして、「このシリーズの成功は、語りの力と、次が待ち遠しくなるような物語の連続性を取り入れたこと」だといいます。「語りの力」はラジオが本来持っていた音声メディアならではのメリットであり、そこに「次が待ち遠しくなるような物語」をシリーズ化することによって、利用者を次々と取り込んでいくことができたというのです。

 聞いていて、なかなかの戦略家だと思いました。そこで、ネットで調べてみると、実はこのトーマス・ヘルム(Thomas Hjelm)氏、2016年4月にNPRに雇用されています。NPR傘下のニューヨーク公共ラジオ(New York Public Radio:NYPR)から引き抜かれ、与えられた役職が、チーフ・デジタル・オフィサーの役職だったのです。

こちら →http://current.org/2016/03/npr-hires-wnycs-thomas-hjelm-as-chief-digital-officer/#

 NPRのCEOは、「我々はデジタル領域で指導力を発揮することができ、公共ラジオ局での経験のある人物を求めていた」といいます。その両方の要件を満たす人物がヘルム氏だったというわけです。

■チーフ・デジタル・オフィサーとは?
 NPRではデジタル戦略を深め、推進していくために、このチーフ・デジタル・オフィサーの役割を的確に果たせる人物を必要としていました。そこで、ヘルム氏のニューヨーク公共ラジオ在職時の肩書を見ると、executive vice president(副社長)であり、chief digital officer(チーフ・デジタル・オフィサー)でした。ですから、ヘルム氏はその手腕をかわれ、NPRに移動することになったことがわかります。

 チーフ・デジタル・オフィサーはまだ日本では聞きなれない役職名ですが、アメリカではどの領域でもチーフ・デジタル・オフィサーとして、この役割を果たす人材が求められています。ICTの進化により急速に社会変容が起きているいま、幅広いデジタル戦略を統括し、組織を横断する変革を推進できる人材、すなわち、チーフ・デジタル・オフィサーが企業経営には不可欠になっているのです。米国ではすでにCDOという略称が通用するようにもなっているようです。

こちら →http://www.strategyand.pwc.com/media/file/The-2015-chief-digital-officer-study-JP.pdf

 メディアデバイスもまた急速に進化しています。それを考えると、デジタル戦略として企業がカバーすべき領域がもはやウェブサイトだけではなくなってきているといえるでしょう。モバイル、ソーシャル、ロケーションベースの参加を促すもの、といった要素への対応が不可欠になってきているのです。スマホにはGPSが組み込まれていますから、このロケーションベースへの参加(local based engagement)を促すものという新たな要素が重要になってきています。モバイルメディアにGPSが装備されることによって、ヒトはさらに深く、メディアに拘束されるようになっているのです。

■スマホの普及、ポッドキャストの拡大
 実際、スマホの普及とこのポッドキャストの拡大はパラレルで進展しています。Edison Researchによると、2014年時点ですでに、オンラインラジオを聞くヒトの73%がスマホからでした。パソコン(61%)を大きく引き離しているのです。2015年データは入手できませんでしたが、2016年を経て、2017年のいま、そのような状況はさらに加速しているでしょう。

こちら →http://www.journalism.org/2016/06/15/audio-fact-sheet/

 日本でもいま電車で見かけるヒトのほとんどがスマホを操作しています。いつの間にか、情報や娯楽を得る手段がスマホに移行してしまったようです。ですから、このようなデバイス変容に対応した組織変革が メディア企業にとって喫緊の課題になっているのは明らかです。
 
 実際、NPRが2014年に配信開始したNPR Oneのホームページを見ると、スマホを使って説明されています。これを見ても、いまや、ヒトが情報や娯楽を得る主要なデバイスがスマホになっていることが一目瞭然です。モバイルデバイスといえば、ノートパソコンやタブレットではなく、スマホを指すようになってしまったのです。

 NPR Oneのアプリをスマホにインストールすると、様々なコンテンツが利用できるようになります。いつでも、どこでも、欲しいコンテンツを手にすることができるのです。

こちら →http://www.npr.org/about/products/npr-one/

 さて、ポッドキャストを開拓しようとしているメディア企業はなにもNPRばかりではありません。たとえば、ニューヨークタイムズは、2016年8月、The Run-Upを立ち上げました。

こちら →https://www.nytimes.com/podcasts/run-up?_r=0

 週1回、30分から60分のコンテンツを配信しており、開始時点ではもっぱら大統領選をウォッチングする内容でした。

 柴田氏は、トランプ氏が大統領に選ばれてからはThe Dailyを立ち上げ、月曜から金曜まで約20分、新政権をウォッチングする内容のコンテンツを配信しているといいます。

こちら →
https://www.nytimes.com/interactive/2017/01/30/podcasts/michael-barbaro-the-daily.html

■米国のポッドキャスト拡大から見えてくるもの
 柴田氏の報告を聞いていると、さまざまなメディア企業がポッドキャスト領域に進出しようとしているように見えます。メディア企業にとってはこれもまた市場開拓の一つなのでしょう。とくにアメリカの場合、国土が広く、いつでもどこでも良好な通信環境にいられるわけではありません。ですから、ダウンロードによるコンテンツ受容という、ポッドキャスト形式には一定の需要があることは確かです。

 一方、利用者の側からいえば、ヒトは誰しも1日24時間しか持ち時間がありません。メディアコンテンツにばかり接しているわけにもいかないというのも事実なのです。ですから、情報や娯楽を提供するメディアが増えれば増えるだけ、利用者の選択が大きな価値を持つようになります。メディアよりも利用者側が優位に立つことになるのです。

 利用者はどのようなデバイスで、どのようなコンテンツを得ようとしているのか。メディア企業はそれに対応したメディア戦略を取らざるをえません。

 柴田氏が報告されたように、ニューヨークタイムズは大統領選の終盤、ポッドキャストの「The Run-Up」を立ち上げました。そして、トランプ大統領が選ばれてからは、引き続き新政権をウォッチする「The Daily」を配信開始しています。大統領関連のコンテンツが多いですが、それは、いまのところ、トランプ氏を追っている限り、ヒトがついてくるからなのです。

 爆弾発言を繰り返すトランプ氏はメディア企業にとって格好のターゲットです。騒いでくれればくれるほど、利用者は増え、利用者が増えれば、メディア企業としての収益も期待できるというわけです。

 柴田氏が指摘されたアメリカのポッドキャストの課題のうち、興味深かったのが、「収益に結び付けることの難しさ」です。

 ネットワーク回線につながっていなくても、ダウンロードしさえすれば、いつでも、どこでもコンテンツを享受できるというのが、ポッドキャストのセールスポイントです。実際、500万ダウンロードされたコンテンツもあります。

 とはいえ、いつまでヒトを引き付けるコンテンツを提供し続けることができるのか、はたして、それが収益につながるのか、メディア企業としてはそういうことを考えざるをえません。とりあえず、いまはトランプ大統領でもっているのかもしれませんが、一通りのニュースはすでに地上波や衛星、新聞、ネット、等々で得ることができます。今後は、ポッドキャストならではの特性を活かしたコンテンツを探し出す必要があるでしょう。 

 柴田氏の「米ラジオ・オンデマンド時代の到来か?」という報告を聞き終えて、あらためて、メディアが提供するコンテンツがヒトを視野狭窄に陥れつつあるのではないかと危惧せざるをえなくなりました。メディア企業としては、もっぱら、どれだけ多くのヒトに選択してもらい、しかも、継続して利用してもらえるか、ということを考え、戦略的にコンテンツを制作し、配信します。メディア企業としては当然のことです。

 ところが、そのようなコンテンツの制作・配信の仕組みの下では、やがて、ヒトの興味関心を引くコンテンツばかりが横行するようになるでしょう。実際、そうなっているといってもいい状況です。あらためて、メディアのヒトの世界観、価値観への影響が危惧されるのです。

 柴田氏の報告に触発されて、ポッドキャスト関連の資料を渉猟するうち、メディア界は今後、社会一般と同様、ますます、GPS機能を備えたスマホ対応を迫られるようになることがわかりました。やがて、ヒトはスマホを通して、メディアコンテンツを得、さまざまな生活行動を行うようになるでしょう。そうなれば、ヒトは知らず知らずのうちに、スマホに装備された仕組みの影響を受けるようになるのは必至です。

 スマホに内包された諸機能は、いったい、ヒトの考え方や感じ方にどのような影響を与えるようになるのでしょうか。「いつでも、どこでも」というキャッチフレーズの背後に見え隠れする即時性、利便性、効率性といったものに、やがてヒトの思考や感性が麻痺させられてしまいはしないかと心配になってきました。(2017/3/8 香取淳子)

「文研フォーラム2016」に参加し、OTT産業の今後を考える。

■OTTはメディア産業をどう変えるか
 2016年3月1日、千代田放送会館で「文研フォーラム2016」が開催されました。私はセクションAの「OTTはメディア産業をどう変えるか」に出席しました。放送事業者、メディア関係者、研究者など大勢の方が参加しておられました。

こちら →IMG_2022

 OTTとは、Over The Topの略語で、動画・音声などのコンテンツサービスを提供する事業者のことを指します。このセクションでは、James Farrell氏(Head of Content-Asia Pacific Amazon Prime Video & Amazon Studios)、David Weiland氏(EVP, Asia BBC Worldwide)、西田宗千佳氏(ITジャーナリスト)を登壇者に迎え、パネルディスカッションが行われました。

こちら →https://www.nhk.or.jp/bunken/forum/2016/program.html

 まず、柴田厚・上級研究員によってアメリカでの概況が説明され、田中孝宜・上級研究員によってイギリスでの概況が説明されました。説明はパワーポイントを使って行われたので、諸状況を把握しやすく、スムーズに議論の展開に入っていくことができました。

■米英のOTTをめぐる概況
 柴田氏は、アメリカではOTTの普及で放送のあり方が大きく変容していると報告しました。Netflix、Hulu、AmazonなどOTT三大事業者がシェアを広げており、それに押されるように、テレビ事業者が新たなOTTサービスを始めたといいます。

 たとえば、Univision NOWは2015年11月からヒスパニック住民のためにスペイン語コンテンツに特化して配信しはじめ、NBC Seesoは2016年1月からコメディ番組に特化して、エッジの効いた番組の配信を開始したそうです。

 柴田氏はアメリカのOTT業界はいま、混戦模様を呈しており、各事業者はパートナーとして協力しあうこともあれば、競合相手として競い合うこともある状況だといいます。そして将来、それらの事業者がシームレスにユーザーにコンテンツを提供するようになるだろうと予測します。

 一方、田中氏は、NetflixやAmazonなどが進出しているが、イギリスではBBC iPlayerがOTT事業をけん引しているといいます。BBC iPlayerは公共サービスとして無料でコンテンツを提供しており、利用者はBBCのテレビやラジオ番組のほぼすべてを視聴することができます。

 もちろん、SKYをはじめ有料サービスを提供している放送事業者もありますが、BBC以外の放送局も独自にOTTサービスを提供していますから、イギリスでは基本的に無料視聴が中心になっているといいます。そのせいか、NetflixやAmazonの影響をそれほど深刻に捉えていないようです。

■Amazon、BBC、ITジャーナリストの見解
 AmazonのJames Farrell氏は、2015年9月に開始されたAmazon Primeの現状を説明されました。プライム会員は翌日配達の便宜に加え、追加料金なしでコンテンツ配信サービスを受けることができます。

 Amazon Primeの加入者は増加し、視聴時間も増えているといいます。現在、コンテンツの70%は日本語で配信されていますが、まもなく、サマーズを起用したコンテンツなど、日本オリジナル版を提供していくといいます。Amazon Primeは日本向けのローカライズを進めているのです。

 一方、BBCのDavid Weiland氏はBBCの現況を説明した後、BBCの戦略として、①質の高いコンテンツ制作、②強力なグローバルブランドの構築、③デジタル化対応、等々を示されました。

 もとはといえば、見逃しサービスから発したBBC iPlayerですが、BBC Storeとリンクさせることによって、視聴者はいつでも番組を購入できます。そして、購入済みの番組はさまざまなデバイスによって視聴できる仕組みになっているのです。

こちら →http://www.bbc.co.uk/iplayer/features/buy-and-keep

 David Weiland氏は、新しいデバイスが登場するたびに、BBCではiPlayerとどうマッチングさせるかを考えるといいます。テクノロジーの進化に合わせ、iPlayerも進化させるというのです。テクノロジーが進化すれば、視聴傾向も変化しますから、新規テクノロジーにマッチングさせておかなければ、視聴者のBBC離れを引き起こしかねません。このような方針で臨むBBCはまさにICT時代の放送事業者といえるでしょう。

 David Weiland氏は、BBCがiPlayerを立ち上げたのは、視聴者が今後、オンライン視聴に移行していくと判断したからだといいます。

 たしかに、若者に限らず現代の視聴者はもっぱらスマホやタブレットで番組を見ており、テレビ番組だからといって必ずしもテレビで見ているわけではありません。このような現実を予想したからこそ、ネット配信に着手しなければ、出遅れてしまうとBBCは判断したのでしょう。BBC iPlayerが運用開始されたのは2007年12月からでした。

 ITジャーナリストの西田氏は、日本のOTT事業は海外に比べ、5年は遅れているといいます。日本の場合、そこから得られる利益が大きくないからだというのですが、その日本でも、現在、スマホやタブレットで映像コンテンツを視聴する人が増えています。となれば、将来、OTT事業が収益を生み出せるようになるかもしれません。

 西田氏は、どのようなコンテンツを提供していくかが大切だといいます。そして、テレビ東京が『妖怪ウォッチ』のネット配信で大成功を収め、全体としてのコンテンツビジネスを変えたことに注目します。

 それを聞いて、私はとても興味を覚えました。後で調べてみると、2015年度、たしかにテレビ東京は大幅に収益を上げていますが、それは、アニメなどのライセンス収入の大幅な増加によるものでした。地上放送では前年同期比1.1%増だったのに、アニメなどのライツ関連が346%も増加していたのです。

こちら →http://gamebiz.jp/?p=156867

 アニメはグローバル展開しやすく、コンテンツ流通のハードルを越えやすいのかもしれません。日本がOTT事業を推進していくうえで、どのようなコンテンツをどのように提供していくか、今後ますます重要になるでしょう。

 最近、目覚ましい躍進ぶりを見せているのが、Netflixです。DVDの宅配レンタルで1997年に事業を開始したNetflixがどのようにしてこのような発展を遂げることができたのか、フォーラムでは詳しく取り上げられなかったので、ここで少し触れておきます。

■Netflixの躍進
 OTTの加入者は増加し、視聴時間も増えてきました。最大手のNetflixは2016年1月現在、世界190か国以上、7000万人以上にサービスを提供しています。

こちら →helloWorld
Netflix media centerより。図をクリックすると拡大されます。

 Netflixはオリジナルシリーズ、ドキュメンタリー、長編映画など、1日、1億2500万時間を超えるコンテンツをオンラインで配信しています。会員はさまざまなオンライン接続デバイスで、いつでも好きな時に、好きな場所からコンテンツを視聴することができます。まさにOTTの最先端をいく事業者といえるでしょう。

 1997年にDVD宅配レンタルサービス事業を始めたNetflixは2007年、一部作品を対象に、VOD方式による動画配信サービスを開始しました。以後、急速に加入者を増やしていきます。

こちら →s2015TS314_3_2-580x327
(吉岡佐和子・情報通信総合研究所より)図をクリックすると拡大されます。

 吉岡佐和子氏は、Netflixの特徴として、他のOTT事業者に比べ、圧倒的にコンテンツが多いことをあげます。もっとも、さほど有名でない作品が多いことも指摘し、Netflixが以下のような工夫をしていることを紹介しています。

「最新のテレビシリーズを放送するHulu Plusとは異なり、ライセンス料が安く、さほど有名でない作品が多い。そのため、Netflixはユーザーの過去の動画視聴状況に関する莫大なデータを分析し、個々のユーザーの好みを把握して、その嗜好に近い作品をレコメンドしている。その結果、これまでユーザーが知らなかったような作品であっても、嗜好に合っているため楽しむことができる。ここがNetflixの最大の強みであり魅力なのである」
(http://www.icr.co.jp/newsletter/s2015ts314_3.htmlより)

 このようにNetflixは、ユーザーの視聴動向に沿ったコンテンツ提供サービスを展開しているというのです。ビッグデータを分析した結果を重視する経営姿勢は、テレビ番組を配信する際、シーズン終了後に一挙に全話を配信するという形式をとっていることにも表れています。

 視聴動向を分析した結果、多くの視聴者が全話を一挙にまとめて視聴するという傾向がみられたことを踏まえ、Netflixはこのような配信形式を採用するようになったというのです。これもまた、ビッグデータに基づくマーケティングを踏まえた戦略といえるでしょう。

 吉岡氏はさらに、Netflixはオリジナルコンテンツを制作する際にも、このようなデータに基づいて行っているといいます。

 「Netflixはオリジナルコンテンツの作成に莫大な投資を行っているが、そのストーリーや俳優は、視聴者がどういうストーリーを好んで見ているか、どの俳優の作品が多く見られているか、といった莫大な視聴データを用いて決定している。「House of Cards」はネットドラマ初となるエミー賞を受賞したが、これはNetflixの綿密な戦略により、受賞が約束されていたといっても過言ではないだろう」
(前掲URLより)

 「House of Cards」は政治・社会派テレビドラマシリーズで、Netflixが番組販売および配信をしています。2013年2月1日からシーズン1、2014年2月14日からシーズン2、2015年2月27日からシーズン3が配信されており、2016年3月4日からシーズン4が放送開始されます。各シリーズはそれぞれ13話配信されています。

こちら →http://www.imdb.com/title/tt1856010/

 この作品はネット配信で初公開されたドラマシリーズとして、2013年に第66回プライムタイム・エミー賞を受賞しました。以後、数々の賞を受賞しています。まさにビッグデータを駆使したコンテンツ制作の成果です。

 それでは、日本市場でOTTはどのような展開を見せるのでしょうか。

■日本市場とOTT
 日本でもNetflix、Hulu、Amazonなど三社のサービスが利用されています。放送コンテンツ配信サービスはいまや急速にグローバル化しつつあります。果たしてこれらの事業者が日本市場で成功するのか、否か。問題は、利用者がどれほどそのサービスを利用したいと思うのか、です。

 この三社にdTV、U-NEXTを加え、各社のサービスを比較したサイトを見つけましたので、ご紹介しましょう。

こちら →http://getnavi.jp/11513

 これを読むと、Amazon以外のほとんどのサービスが実質的に月額1000円で抑えられていることがわかります。ですから、現在のところ、価格面で競争優位に立っているところはありません。それではコンテンツの方はどうでしょうか。

 James Farrell氏はAmazonのさまざまな取り組みを紹介したうえで、重要なのはコンテンツだといいます。ヒットするようなコンテンツはそれほど手をかけなくてもヒットするともいいます。ICT時代では、いいコンテンツが埋もれたままになることはなく、いつか誰かの目に留まり、日の目を見るようになるからでしょう。そして、これからAmazonは日本オリジナル版を充実させていくといいます。

 BBCのDavid Weiland氏も質の高いコンテンツを目指しているといいます。コンテンツの制作ではヨーロッパの方が進んでいるが、Broadbandはアジアの方が進んでいるとし、OTTのアジア市場は今後、発展するだろうと予測しています。

 それでは、OTT事業者が配信するコンテンツは現時点で、どう評価されているのでしょうか。

 先ほど紹介したサイトによると、Netflix、Hulu、Amazonについて、コンテンツの面で比較すると、海外ドラマを見たいのならHulu、他では見られないオリジナルコンテンツを求めるならNetflix、そして、Amazonは他に比べ配信コンテンツ数は少ないが、プライム会員なら追加料金がいらないのでお得と、判定しています。(前掲。http://getnavi.jp/11513より)

■視聴者の立場からOTTを考える
 最後に、視聴者の立場からOTTについて考えてみることにしましょう。私の場合、どうだったのか、OTT受入れ状況を含め、最近の視聴傾向を振り返ってみることにしたいと思います。

 I-phone6sに買い替えた際、Netflixが標準装備されていましたが、私は加入しませんでした。ケーブルテレビで十分だと思ったのです。Amazonの場合も同様、私はプライム会員なので追加料金なしに動画コンテンツ提供サービスを利用できるのですが、いまだに利用していません。とくに見たいと思う番組がないのです。

 1日は24時間しかありませんし、見たいと思う動画コンテンツも限られています。どれほど多くの選択肢があったとしても、一人の人間が見られるコンテンツ数には限度があります。これが視聴者がOTTサービスを受け入れる際の大きな制約要因になるのではないかと思います。

 私の場合、現在はケーブルテレビを通して、様々な放送コンテンツを見ています。ニュース系統はCNNやBBC、CCTV大富などを見ていますし、ドラマは主にイギリスのミステリードラマをよく見ています。

 ケーブルテレビでは多数の番組が提供されていますから、私はこれまでいろいろなチャンネルを視聴してみました。視聴したいチャンネルが決まってきたいまも、たまに他のチャンネルに変えてみるのですが、満足できず、結局、上記のようなチャンネルでほぼ固定してしまいました。

 視聴者にはコンテンツに対する固有のニーズがあります。そのニーズに対応できるコンテンツが提供されれば満足し、コンテンツと視聴者の満足感の回路ができあがれば、やがてそれが習慣化されます。そして、視聴行動がいったん習慣化されれば、なかなか崩れないことが経験上、わかります。

 私は以前、iphoneで海外の番組を視聴していました。アルジャジーラの番組も視聴できましたから、シリアの政変などはiphoneで見ていました。その後、ipadで視聴するようになりましたが、長時間見続けると、画面が小さすぎて目が疲れます。

 モバイルデバイスはいつでもどこでも見られるというメリットはありますが、長時間、視聴するのは無理です。やはり大画面の高精細度テレビで視聴する魅力にはかないません。現在、視聴者はさまざまな状況下でコンテンツ消費を楽しみたいと思うようになっています。さまざまなデバイスでコンテンツを視聴できるOTT事業は、視聴者のその種のニーズに応えることができますから、大きく伸びていくでしょう。

 視聴者としての経験を踏まえ、OTT事業の今後をざっと見てきました。世界の動向と同様、日本でもOTT事業は進展していくでしょう。ただ、テレビ放送の時代と違ってネット配信の時代には、質の高いコンテンツの提供こそがOTT事業者生き残りのカギになると思います。

 今後、質の高いコンテンツをどのように見せていくのか、質をどのように維持していくのか、ビッグデータを活用した戦略が必要になってくるでしょう。さらに、ネットとテレビ、コンテンツ・ストアをシームレスに連携させる工夫をしていくことが、OTT事業の経営基盤の安定につながるのではないかと思います。(2016/3/9 香取淳子)

東京ドラマアウォード2015:グローバル市場進出ドラマの要件を探る

■海外ドラマ特別賞受賞作品を巡って
 2015年10月22日、千代田放送会館で「東京ドラマアウォード2015」の一環として、海外作品特別賞のシンポジウムと上映会が開催されました。プログラムおよび登壇者は以下の通りです。

こちら →http://j-ba.or.jp/drafes/press/pdf/drafespress20151013_1j.pdf

 登壇者は、タイから『サミー・ティトラ~夫の証~』のエグゼクティブ・プロデューサーと監督、韓国から『ミセン~未生~』のチーフ・プロデューサーと脚本家、日本からTBSのプロデューサー、NHKのエグゼクティブ・プロデューサーなど、いずれもヒットドラマを制作してこられた方々です。そして、モデレーターは、上滝徹也・日本大学名誉教授です。

 なぜ大ヒットドラマを制作することができたのか、ここでは報告に沿って、タイと韓国のケースをみていくことにしましょう。

 『サミー・ティトラ~夫の証~』は、年間最高視聴率14.9%を記録するほどタイで大ヒットした番組です。しかも、今回の作品をプロデュースしたエグゼクティブ・プロデューサーのA・トーンプラソム氏は、前作で主役を演じたタイを代表する女優だったそうです。実際、会場で見ると、まるでハリウッド女優のように美しく、華やかでした。

 もう一人の登壇者、A・ジットマイゴン氏はメロドラマにかけては定評があるといわれている女性監督です。彼女の名前をネットで検索すると、どういうわけか、中国のサイトで頻繁にヒットします。彼女が監督したドラマは中国でもよく見られているようです。たとえば、2009年に制作された『愛のレシピ』は中国語タイトル『爱的烹调法』としてネットで視聴できますし、DVDも販売されています。

こちら →li_17084_li_601_m2
http://movie.douban.com/photos/photo/2199671477/より。

 興味深いことに、この『愛のレシピ』の主人公は、『サミー・ティトラ~夫の証~』のエグゼクティブ・プロデューサーのA・トーンプラソム氏でした。どうやらお二人はこれまでになんどか、監督と主演女優のコンビとしてラブストーリーを制作されていたようです。

■身近な題材を手掛かりに
 今回、海外作品特別賞に選ばれた『サミー・ティトラ~夫の証~』もやはりラブストーリーです。2014年2月19日から4月20日まで、チャンネル3で13話が放送されました。You tubeから46秒のPR映像をご紹介しましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=lTLkJ9o2nY8
最初にCMが流れた場合、スキップしてご覧ください。

 これは主人公と対立関係にある登場人物のやり取りのシーンです。このような激しさは日本のドラマではあまり見かけませんが、愛する男性を巡る女性同士の諍いはラブストーリーには付き物です。愛の得難さ、守り難さを描くには欠くことのできない仕掛けなのかもしれません。

 この作品を監督したA・ジェットマイゴン氏は、視聴者にはドラマを見て楽しんでもらいたいし、ドラマによって喚起される感情を深く味わってもらいたいといいます。だからこそ、波風の立つシーンを随所に設定し、日本人からみれば過剰だと思えるほどの感情表現を演出するのかもしれません。彼女は『サミー・ティトラ~夫の証~』の視聴率が高かったのは、身近に起こりうる出来事を題材にしたラブストーリーだったからだと説明しました。

 エグゼクティブPDのA・トーンプラソム氏も同様の見解です。たとえば、女性は配偶者を選ぶとき、相手のどこを見て適否を判断しているのか、最愛の配偶者を自分だけのものにしておきたいという欲求に駆られたとき、どのような行動に出るのか、といったようなことは誰もが身近に経験する出来事です。このドラマはそのような人生のパートナーとのラブストーリーを題材にしたので、視聴者の共感を得やすく、高視聴率につながったのだと分析しました。

■制作環境に基づいた戦略を
 それでは、韓国の場合はどうでしょうか。

 今回受賞した『ミセン~未生~』は、ケーブルテレビ局tvNによって制作され、2014年10月17日から12月20日まで放送されました。カタログを見ると、最終話でケーブルテレビとしては異例の10.3%もの視聴率を取ったそうです。地上波が圧倒的な強さを見せる韓国のドラマ市場でなぜケーブル局制作のドラマが大ヒットしたのでしょうか。

 脚本家のチョン・ユンジュン氏はこのドラマが視聴者の共感を生み出すことができたからだといいます。それも幅広く、深い共感を呼び起こすことができたからこそ、大ヒットにつながったのだという認識です。

 彼女もタイの制作者たちと同様、ラブストーリーは視聴者の共感を得やすいといいます。ところが、このドラマを制作するにあたって、ラブストーリー以外に視聴者の共感を得やすいものは何かと探したのだそうです。というのも韓国ではいま、視聴者を惹きつけるドラマの題材やテーマが枯渇しており、これまでのようにラブストーリーだというだけでは見てもらえる状況ではなくなっているからだというのです。

 一方、チーフPDのイ・チャンホ氏は、tvNは来年でようやく設立10周年を迎える歴史の浅いテレビ局なので、大衆受けする俳優がなかなか出演してくれないといいます。キャスティングはドラマを見てもらうための重要な要素です。ところが、それが難しいとなれば、ドラマを成功させることはできません。検討を重ねた結果、シナリオ中心のドラマ制作をめざすことにしたと説明しました。

 脚本家のチョン・ユンジュン氏も、tvNはテレビ局として認知度がきわめて低く、戦略的にならざるをえなかったといいます。韓国のドラマ市場は地上波で占拠されており、ケーブルが参入するのはきわめて難しい状況でした。どの層をターゲットにするのか、何を題材にどのようなテーマを設定するのか、それまでとは一線を画したドラマ作りを模索せざるをえなかったというのです。

 韓国で日本ドラマや米国ドラマを見ているのは20代だそうです。いってみれば、新しいジャンルのドラマを受け入れる可能性のある層です。そこで、制作陣はこれまではケーブルテレビの視聴者層ではなかった20代をターゲットに絞り込んだそうです。結果を見ると、このターゲティングは正解でした。

 主人公は26歳の男性です。

こちら →IMG_20150112_210011-300x200
http://kstyletrip.com/blog/?p=1072より。

 主人公のチャン・グレは7歳のときから囲碁の神童と呼ばれ、プロ棋士を目指して生きてきたのに、入段試験に落ちてしまいました。仕方なくアルバイトや日雇いの仕事をしていましたが、コネで総合商社に入社することができ、高学歴の社員に交じって働くようになったという設定です。学歴もなければ、社会経験もありません。どちらかといえば、一般の視聴者よりも低い立場の若者を主人公に設定したのです。

■幅広い共感を生むドラマ
 ITジャーナリストの趙章恩氏は、このドラマの韓国社会での反応を次のように記しています。

 「「未生」がヒットした理由は、自分の話のようだと共感する人が多いからだ。ネット上には、未生を自分の物語として受け止める書き込みが非常に多い。(中略)また、「未生」は就職準備中の大学生にも人気だ。ドラマの中に登場するインターンの仕事ぶりや社員らの処世術も見どころだからだ。」
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20141030/273187/より。

 これは日経ビジネスonline(2014年10月31日)に書かれた記事ですが、多くのヒトがこのドラマに共感したことは韓国メディアでも次々と取り上げられていました。幅広く視聴者の共感を誘うことが大ヒットの条件であることは明らかです。

 もっとも、非正規職を転々とする若者の間では、これは「勝ち組」の物語だとする批判的な意見もあったようです。韓国では学歴がなければ正規職に就くのが難しく、主人公が大手商社にコネ入社したという設定そのものが、リアリティのないファンタジーに過ぎないと思えたのでしょう。

 現実社会では、仮に大手商社に入社できたとしても仕事ができなければ、バカにされたあげく、退社させられてしまいます。厳しい環境で生きる多くのサラリーマンにとって、必死になって仕事を覚え、周囲に溶け込もうと努力する主人公の姿は、鏡に映った自分の姿でもありました。物語を構成するエピソードも、誰もがいつか、どこかで経験するような出来事です。多くのサラリーマンにとってはまさに身につまされる「自分の物語」だったのです。

 もちろん、似たような環境で働く女性は主人公に自分を重ね合わせることができますし、そうではない場合も恋人や夫、息子の姿を重ね合わせて視聴することができます。プロ棋士になれなかった27歳の男性を主人公にすることによって、このドラマは幅広い層の共感を得るのに成功しました。描かれるサラリーマンの生活は多くのヒトにとって身近なものであり、ドラマに同化できる格好の題材だったのです。

You tubeから2分8秒のPR映像をご紹介しましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=luMWE_NeGso
最初にCMが流れた場合、スキップしてご覧ください。

『ミセン~未生~』の原作は、web仕様の漫画です。原作者のユンテホさんは主人公をプロ棋士の夢に破れた若者に設定した背景を次のように語っています。

 「出版社から提案があった。提案されたのは、囲碁とサラリーマンを結びつけた話だった。囲碁の世界には我々の生活にも役立つ哲学的な言葉や教訓が多い。出版社は囲碁9段の人が世間に向かって語るという話を希望していたが、納得がいかなかった。そこでプロの棋士になれなかった人が主人公になるのがふさわしいと思った。」
http://www.asahi.com/articles/ASH2Q4227H2QUHBI00L.htmlより。

 興味深いのは、「囲碁の世界には我々の生活にも役立つ哲学的な言葉や教訓が多い」という理由で、棋士を主人公にしようとしたことです。構想の段階で、漫画の原作者と出版社が教訓を得られやすい作品を志向していたことがわかります。

 ドラマ『未生』はこのような要素をさらに増幅させています。ラブロマンスの要素を抑え、サラリーマンの哀歓を中心にストーリーを展開させています。ですから、多くの視聴者の感情移入を誘って共感を深めただけではなく、さまざまなシークエンスから視聴者が人生訓を引き出せるようにすることができたのです。

 それでは、国境を超えたドラマには何が必要なのでしょうか。アジア市場、グローバル市場に不可欠な要素とは何なのでしょうか。

■アジア市場、グローバル市場に向けて
 韓国のイ・チャンホPDは、ドラマへの感情移入が最も大切だといいます。登場人物に同化し、感情移入を誘うことができれば、言語、文化が異なっていても主人公と共に悩み、悲しむことができ、ドラマが作り出す世界に入っていくことができます。ですから、愛や友情といったものをテーマにすれば、アジアの視聴者の共感を得ることができるのではないかというのです。

 一方、韓国のチョン氏は脚本家として、ドラマ作りにおいてアジア市場、グローバル市場というようなことは考えていないといいます。興味深いことに、国際共同制作については否定的な見解を吐露しています。

 たしかに、これまで日韓共同制作でいくつかドラマが制作されたことがありますが、成功したとはいえません。チョン氏がいうように、双方が対立した際、折り合いをつけるという解決方法を取ることによって、ドラマとしてのパワーを弱めてしまったからでしょう。調整するという行為には突出した部分を削るという作業が含まれます。これは、何人かの美人のパーツを寄せ集めてコンピュータで写真を合成しても、魅力ある顔にならないのと同様です。突出した部分を調整することによって魅力を半減させてしまったのです。

 もっとも、チョン氏は国際共同制作を完全否定しているわけではありません。もし、そういうことになれば、題材やテーマについて双方が合意の下で共同作業をしていく必要があるといいます。

 それぞれの文化を背負った制作陣が制作を巡って対立した場合、折り合いをつけることによってではなく調和を生み出し、ドラマのパワーを削ぐのではなく、引き出すことができれば、素晴らしい作品を生み出すことができるのかもしれません。

 チョン氏はさらに、世界に通じるドラマ作りについて、「もっとも韓国的なものがもっとも世界的なもの」といわれたことがあったが、文化の要素を盛り込んだものが継続的にヒットするとは思えないといい、ストーリーテリングこそが重要だと指摘します。

 そして、『未生』のように社会現象を盛り込んだドラマが中国や日本でも通用するのか疑問だといいます。社会問題そのものよりも、むしろ、社会問題に対応する普遍的な人間の感情、対立、どのように乗り越えることができたのかといったようなものが共感を生んできたのではないか。ですから、とくに普遍的な情緒を描くストーリーテリングが大切だといいました。

 タイの監督A・ジットマイゴン氏はアジアの文化には共通の要素がある、とくに人々の繊細さが共通しているので、共感できるテーマを選ぶことが大切だといいます。そして、文化に焦点を当て、海外に伝えていくことができれば素晴らしいと述べました。

 PDのA・トーンプラソム氏は、相手国の文化を知り、理解し合うことが大切だといいます。それには連続ドラマを見るのが一番だというのです。ただ、そのために自国の文化を必要以上にドラマに入れ込む必要はなく、見て、感じてもらえばいい。見ているうちにその国の文化が自然にわかってきます。ですから、俳優が交流することが大切だと指摘しました。

■グローバル市場:ドラマ進出の要件
 「東京ドラマアウォード」は2008年、放送コンテンツの海外発信のために、「市場性」「商業性」を重視した賞として創設されました。そして、「東京ドラマアウォード2015」の一環として、今回のシンポジウムが開催されました。登壇者はいずれも大ヒットドラマの制作者たちです。各人の発言がかみ合い、内容の充実したシンポジウムだったと思います。

 現在、ICTの進歩によって世界はどんどん狭くなっています。国境を超えることが容易になったのにともない、ヒトの人間観、人生観まで似てきています。とくに、ドラマをパソコンか、スマホ、タブレットで視聴する若者の感性は驚くほど似てきています。これまでに比べ、はるかに国境を越えて共感を得やすい社会状況になっているといえるでしょう。ドラマのアジア市場、グローバル市場を支える環境はすでに出来上がっているのです。

 それでは、ドラマの海外進出の要件は何なのでしょうか。

 登壇者の方々は、自国でヒットしたドラマの要因として異口同音に、身近な題材で共感を得やすいテーマを設定したことだと述べられました。裏返せば、多くの視聴者がドラマに求めるものがそういうものだということになります。先ほど述べたように、ICTの進歩によって国境を越えて社会状況、生活環境が似てきているとすれば、これをそのままドラマの海外市場進出の要件と考えることができそうです。

 ただ、ドラマのリズムやテンポといったテイストの部分で受け入れられにくい部分が出てくるかもしれません。まさに固有の文化に相当する領域ですが、そのような課題もストーリーテリングの力で乗り越えられるでしょう。

 テレビドラマは小説と違って、具体的な事物を映し出すことによって物語が構成されます。抽象化の度合いが低いだけに、目に見える現象に引きずられやすく、しっかりとしたストーリーテリングが必要になります。ストーリーテリングに魅力があり、視聴者に受け入れられさえすれば、そのような文化的差異が逆にドラマの魅力の源泉になるかもしれません。テレビドラマの今後に期待したいと思います。(2015/10/28 香取淳子)

日経新聞社、グローバルメディア市場へ

■記者会見のUstream中継
 2015年7月24日午後5時、日経新聞社は都内のホテルで、フィナンシャル・タイムズ・グループ(以下、FT)の買収について記者会見を行いました。

 この日の未明、ネットではすでにこのニュースは流れていました。ですから、私はメディア報道よりも早く知っていたのですが、どういうわけか現実味を持ってこのニュースを受け止めることができませんでした。私の認識では、日経新聞社は日本のローカルなメディアですが、ファイナンシャルタイムズは世界に名だたるグローバルメディアです。メディアとしての格、影響力がまったく違いますから、即座には信じられなかったのです。

 どうしてこのような買収が可能になったのか。買収後、日経はどのようなFT活用プランを考えているのか。約1600億円といわれる買収金額を回収できる算段はついているのか、等々。いくつもの疑問が脳裏を掠めました。

 実際、これまで日本メディアが大手海外メディアを買収したことはありません。勝手な思い込みかもしれませんが、海外メディアの買収などはマードックのような海千山千の辣腕経営者がすることであって、日本のメディア企業がすることではないと思い込んでいたのです。

 やがてネットだけではなく、テレビも新聞もこのニュースを報じるようになりました。ところが、新聞各紙の報道を見ても、表面的な報道に終始しており、どれも満足できるものではありませんでした。これだけ野心的な事業を行ったヒトたちの顔が見えないし、肉声が聞こえてこないのです。

 そこで、ネットを見ると、この会見は丸ごとUstreamで中継されていました。質疑応答を含め、1時間にわたる中継でしたが、その一部始終を視聴することができたのです。会見に臨んだのは、岡田直敏社長、喜多恒雄会長、二人の専務取締役の総勢4人でした。買収劇の当事者たちです。

 Ustream中継の映像をご紹介しましょう。

こちら →http://www.ustream.tv/recorded/68617663

 日経は新聞社でありながら、「http://channel.nikkei.co.jp/」で、このような映像も配信していたのです。

■パートナーの獲得
 まず、喜多恒雄会長からFT買収についての概略が説明されました。喜多氏は、メディアが今後も成長し続けていくには、デジタル化とグローバル化を推進していく必要があり、それには相応しいパートナーと協同して対応していくことが肝要だと話されました。これがFT買収についての日経側の基本的な考え方でした。

 FTと日経はこれまで、人材交流、共同編集等を行ってきた歴史があり、メディアとしての理念や価値観を共有してきたといいます。その流れの中で今回の買収に至ったと喜多氏は説明されましたが、実はFTの買収を巡って日経は、独メディアのシュプリンガーと最後まで争ったという報道もあります。

 たとえば、『東洋経済online』は、「日経によるFT電撃買収は、うまくいくのか」(小林恭子, 2015/7/24)という記事を載せています。そこでは、親会社であるPearsonがFTの売却先を求めいくつかのメディア企業と交渉していたことが明らかにされています。さらに、ドイツのシュプリンガーとは1年前から交渉を進め、日経がこの話に加わったのはわずか2か月前だったとも書かれています。

 一方、会長の喜多氏は会場で、FTの親会社であるPearsonからは5週間前に投資銀行を通してFT買収の打診があったと説明しています。ですから、交渉開始時期は『東洋経済online』の記事とほぼ一致しています。Pearsonから日経に打診があり、その後、様々なやり取りがあったのでしょう。そして、23日朝、ロイターは58年間FTを所有してきたPearsonが売却についての最終段階に入ったと報じています。

こちら →
http://www.reuters.com/article/2015/07/23/pearson-ma-financialtimes-confirmation-idUSASN00092320150723

 会長の喜多氏も、23日、日経とPearson双方が長時間にわたって電話会議を行い、具体的な価格を決めたと説明しています。時間をかけて交渉してきたシュプリンガーに比べ、日経はかなり後から交渉に参加しましたが、きわめてスムーズに買収交渉を成立させたのです。巨額の買収額のおかげでしょう。

 朝日新聞DIGITAL(2015/7/25配信)は、「日経は、約1600億円を現金で支払うと突然提案した。シュプリンガーを上回る内容だったとみられ、FTは関係者の話として「最後の10分で逆転した」と報じた」と書いています。

こちら →http://www.asahi.com/articles/ASH7S7674H7SULFA03L.html

■買収額に見合う投資なのか?
 FTグループの買収額は8億4440万ポンド(約1600億円)でした。これは日本のメディア企業による海外企業の買収としては過去最高額だそうです。ちなみにブルームバーグはこの買収額に関連づけて、「FT買収額Wポストの5倍、営業利益の35倍」というタイトルの記事を載せています。

こちら →http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NRYRPY6JTSEA01.html#

 この記事には、FTの親会社であるPearsonは米紙ワシントンポストをアマゾンに売却したとき(2013年)よりはるかに有利な条件で日経と契約を交わしたと書かれています。日経がFTグループの企業価値を2014年度の売上高の訳2.5倍と見積もったのに対し、2013年にアマゾンに売却されたワシントンポストは売上高を60%も下回る価格だったというのです。そして、この買収額には「査定による裏付け」がなく、「知名度の高い資産へのフランチャイズ・バリューを反映しているにすぎない」と書いています。

 買収額については会場からも質問が出ました。「ワシントンポストの5倍近い金額を投じるメリットは何か?」と問われたのです。

 岡田直敏社長はこれについて、「FTの買収により、記事の相互利用だけではなく、ノウハウの交換、人材交流などで両者が深くつながることができ、それによって新たなシナジー効果を期待できる」とし、「FTの資産価値、ブランド価値、さらには日経とのコラボによる価値の増大を考えれば、この金額が高すぎることはない」と説明しました。

 たしかに、FTの買収によって日経は読者数では世界最大の経済メディアになります。巨大メディアだからこそできるさまざまなサービスの開発、コンテンツの提供が今後、可能になるでしょう。そこから新たな収益を見込むことができます。

 なによりも、FTの買収によって日経は時間をかけずにグローバルメディア市場に打って出ることができます。日経のブランド構築に大きな効果が期待できるでしょう。日経は今後、成長が著しいアジアをターゲットに成長戦略を描いているようですから、収益の向上はすでに算段できているのかもしれません。

■英語媒体の強化
 メディアを取り巻く今後の状況を考えれば、日本の読者を主要な対象にした日本のメディアに限界があることは確かでしょう。日本のマーケットは今後、大幅に縮小していきます。人口が減少するだけではなく、高齢化がさらに進むからです。そのような人口動態を考えれば、メディア企業といえども海外に目を向け、海外読者を取り込んでいく必要があるでしょう。

 たとえば、2014年12月のABCデータによると、日経の購読者数は朝刊が273万2989部でした。他紙よりも減少の程度は低いといわれていますが、それでも10年前に比べ10%減になっています。しかも、2013年、日経新聞は大幅な読者減を経験しています。

こちら →http://www.garbagenews.net/archives/2141533.html

 ただ、日経読者の意識・行動についての調査結果を見ると、「新聞の海外報道に関心がある」読者の比率は64.3%、「英語を学んでみたい(現在、学んでいる)」読者の比率は56.2%、いずれの数値も朝日、毎日、読売をはるかにしのいでいます(『日本経済新聞媒体資料2015』、p.9)。しかも、社長、役員など企業の意思決定者層へのカバレッジは他紙・他誌を圧倒しているのです(前掲、p.6)。

 以上の結果を総合すると、体力のあるうちに海外に打って出ようという戦略が日経幹部の間で検討されていたとしても不思議はありません。彼らはおそらく、以上のような現状認識を踏まえ、2013年に英語版で多メディア対応のNikkei Asian Reviewを創設したのでしょう。だとすれば、今回の買収はその延長線上にある経営戦略の一つと考えられます。

こちら →http://asia.nikkei.com/

 人口構成が若く、教育に熱心な国は必ず発展していきます。そのような国では貧しいことが原動力となり、ヒトは積極的に学び、働き、モノを買おうとし、新しいことにチャレンジしようとするからです。私はハノイやホーチミンなどインドシナ半島には何度か出かけていますが、行くたびにそのことをひしひしと感じます。

 成長市場はいま東南アジアにあり、そこでの共通言語は英語です。日経がFTと協同すれば、アジア市場をさらに開拓することができ、アジアの経済動向に大きな影響を与える可能性があります。これまで日本メディアの弱点とされてきた英語による発信力の弱さをFTの買収によって克服すれば、メディア激変期にも日経は成長し続けることができるでしょう。

 東京新聞(2015年7月15日夕刊)で興味深い記事を見つけました。記事のタイトルは「ソフトパワーの世界ランクで日本は8位」というものです。以下のような内容でした。

 英国を拠点とする国際コンサルタント会社「ポートランド」によると、文化など非軍事の国力「ソフトパワー」の世界ランキングは、一位が英国、二位がドイツ、三位が米国、日本は八位でした。日本については、「独自の文化や技術開発力で優れている」のに、「高い教育を受けていても英語によるコミュニケーションができないことがある」と分析されているというのです。

こちら →PK2015071502100173_size0
東京新聞より。

上の図に見るように、上位は欧米諸国がほぼ独占しています。この世界ランキングの記事からも、英語による情報発信力の差異がソフトパワーの強弱に関連しているといえそうです。グローバル化は共通言語としての英語の地位をさらに高めました。グローバル化対応を強化しようとしている日経が英語による経済情報の発信強化に努めるのは理の当然といえるでしょう。

■FT買収によるシナジー効果
 岡田直敏社長は会場で、「FTとの一体化によって、グローバル競争の中でかなり強力なメディアになれるのではないかと思っている」という認識を示されました。「IT mediaニュース」(7月24日配信版)によれば、FTのデジタル版「FT.com」の有料読者数は約50万人、日経電子版は約43万人ですから、この買収で一挙に93万人に膨れ上がります。経済ニュースメディアとしては当然、世界一となりますから、岡田社長のいうように、「グローバル競争の中でかなり強力なメディア」になることは確実でしょう。

 日経新聞電子版(7月24日配信)によれば、日経とFTを併せた有料読者数93万人はニューヨークタイムズの91万人を抜いて世界一、新聞発行部数はウォールストリートジャーナル(146万部)の2倍強です。紙媒体と電子媒体を併せ持つビジネスメディアは、日経・FTとウォールストリートジャーナルを傘下に持つダウ・ジョーンズの2強体制に集約されることになります。今後、経済情報の領域では、これに通信のブルームバーグを加えた三者がグローバル市場で競い合うことになるのです。

 FT買収による日経は数の上で優位に立てるというだけではありません。FTのコンテンツを活用することもできます。FTは世界の企業の時価総額をランキングする「ファイナンシャル・タイムズ・グローバル500」を毎年、発表しています。2014年版をご紹介しましょう。

こちら →
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/988051be-fdee-11e3-bd0e-00144feab7de.html#axzz3gxgyV300

 これを見るとわかるように、欧米日のデータはしっかり把握できていますが、アジアは新興国として「Emerging 500」にカテゴライズされています。日本以外のアジアはすべて、ロシア、ブラジル、インド、サウジアラビア、トルコ、ヨルダンなどと一括して扱われているのです。これだけ見ても、今後、大きく成長すると思われるアジアのデータの集積がFTには不十分であることがわかります。

 一方、日経は2013年に「Nikkei Asian Review」を刊行して以来、アジアの企業情報の収集に力を入れています。アジアの優良企業についての情報を現在、「Asian 100」として提供していますが、やがてこれらが大きな情報価値となって日経の企業価値を高めてくれるでしょう。

こちら →
http://asia.nikkei.com/magazine/20141120-THE-REGION-S-TOP-COMPANIES/NIKKEI-Announcement/List-of-ASEAN-100-companies

 こうした状況を考え合わせると、FTを買収した日経が経済情報の領域で大きなパワーを発揮するようになるのは必至です。

■デジタル化、多メディア対応
 日経新聞社は他社に先駆け、2010年に日経新聞電子版を刊行しました。以来、着実に購読者数を増加させ、2015年1月5日時点で39万0891部に至っています。しかも、これまで新聞を読んでいなかった層が日経電子版の購読者になっているようなのです。

 永江一石氏によると、2013年7月に電子版の有料会員になった読者のうち18%が新聞の非読者層だったそうです。さらに、女性会員の比率や20~30歳代の比率も当初から2013年7月までで7~8%増えているといいます(http://blogos.com/article/80747/)。

 これにはさまざまな要因が考えられますが、ネット利用に慣れた若者層が増加していることから、サイトへのアクセス時間の短さが関係していると思われます。下の図は新聞各社のサイトへのアクセス時間のデータです。

こちら →69cb3242585ab77658440e1db09d4671
アルゴス・ジャパンのデータより(前掲 永江氏記事 URL)

 これを見ると、圧倒的に早いのが日経新聞です。電子版へのアクセスはモバイルからが多いといわれていますが、アクセスが集中すると、速度が遅くなってしまいますし、時にはダウンしてしまうこともあります。読者をイライラさせることがないよう、日経が電子版の視聴環境に細心の注意を払っていることがわかります。これは単なる一例です。

 一方、FTもデジタル対応でもっとも成功しているメディアの一つとされています。Lionel Barber編集長は2013年初、年頭の挨拶としてメールで、「digital first strategy」を展開する旨の通達をスタッフに出しました。

こちら →
http://www.theguardian.com/media/2013/jan/21/lionel-barber-email-financial-times

 急速に変化するメディア環境下で、これまで通りクォリティの高いジャーナリズムを下支えするには、デジタル時代にふさわしくFTは大変革をしなければならないと檄を飛ばしているのです。実際、グーグル、リンクトイン、ツィッターなどの新興メディアによって日常的に旧メディアは浸食されるようになってきました。ですから、Lionel Barber編集長は、これらの新興メディアを含め、激化する競争市場でFTの未来を守るには「digital first strategy」で対処するしかないと宣言しているのです。そして、この「digital first strategy」は成功しました。

 岡田社長は会場で、このようなFTのデジタル対応を高く評価しておられました。FTが大量のエンジニアを抱え、デジタル対応に万全の手を打ってきたからです。顧客管理、プロモーション、大量データを分析する技術など、日経がFTから学ぶべきところは多いと話しておられました。さらに、「日経が電子新聞の販路を開拓するのに有利だし、日経データベースなどにも協力してもらえる」と期待しておられました。FTを買収することによって、ビジネス面、コンテンツ面での大きなシナジー効果が期待できるのです。

 会場から新興メディアに対してはどうかという質問が出されました。

 たとえば、ハフィントンポストのようにわずか数年で月間2500万人を超える読者を獲得した新興メディアがあります。その勢いに注目したAOLが2011年にハフィントンポストを買収したのですが、質問者はおそらく、それを念頭に置いていたのでしょう。デジタル化の強化に努めるのなら、そのような新興メディアはどうなのか?と尋ねたのです。

 すると、岡田社長は、「新興メディアには大きな関心を持っている」としたうえで、「日経はクオリティ・ジャーナリズムを目指す。価値あるコンテンツを有料で提供し、健全なジャーナリズムを目指していく」と表明されました。つまり、新興メディアの技術やサービスについては注目し、活用できるものは活用していくが、日経が目指すものはあくまでもメディア機関としてのクォリティの高さだというのです。

 このような日経の姿勢は当然、FTの編集権の独立を維持し、スタッフの雇用を維持するという方針につながります。

■編集権の独立、雇用の維持
 さて、メディアの買収でもっとも気になるのが、編集権の独立です。
この点について喜多会長も岡田社長も異口同音に、編集権の独立は維持するし、雇用も維持すると明言されました。FTの経営や報道のスタイルを変えようとは思っていない。FTはFTのままで強くなることが日経にとってもいいことだ」と説明されたのです。

 会場からこの件について、編集権の独立は明文化されているのかという質問がありました。岡田社長の口ぶりからはどうやら明文化はされていないようですが、「編集に口出しすることはない」と再び、断言されました。FTの方針を尊重することこそが日経にとってのメリットであるという方針を崩されることはありませんでした。

 興味深いことに、FTの親会社のPearsonも、FTとの間で編集の独立を保証するといった契約あるいは文書を交わしてこなかったようなのです。

 PearsonのCEO・John Fallon氏はFTを日経に売却した経緯について説明しているビデオがあります。

こちら →https://youtu.be/jTdk6-9ryUo

 John Fallon氏は「PearsonがFTを所有してきた58年間の間、そういうものが必要だと考えたヒトは誰もいなかった。それよりも、企業文化やリーダーシップ、どんな組織構造なのか、実際にどう行動してきたのかという実績が重要なのです」といっています。そして、「独立していることを重視する価値観、物事を深く考え、かつ公正なジャーナリズムを追求しているといった点で、日経とは企業文化が似ている」と日経への信頼を表明しています。

 実際、PearsonはこれまでFTの編集の独立を認めてきたからこそ、FTが世界の尊敬を集めるメディアになってきたという事実があります。日経もまた、FTの独立を保証していく中で最高のパートナーシップを発揮できるようにしていくことでしょう。

■日経、グローバルメディア市場へ
 会見に臨んだ会長、社長、二人の専務いずれも、フロアからの質問に誠実に答えておられました。著名なグローバルメディアを巨額で買収したというのに、驕りもなく衒いもなく、淡々と事実を述べておられる姿勢に好感が持てました。おそらく地道で誠実な交渉の積み重ねの上でこのような大事業を成し遂げることができたのでしょう。

 人口動態から今後の世界を展望すると、アジアに大きな成長の機運があることは確実です。そのアジアに向けて、日経は強力なパートナーとともにメディア市場の開拓に着手しました。

 日経はすでに多数のスタッフをアジアに張り付けているといいます。現地の企業データ、経済情報を着実に収集し、経済動向の分析基盤を構築しているのです。その上で、今回のFTの買収です。もはや日本メディアばかりでなく、欧米メディアも当分はこのFT&日経グループに追随できないでしょう。快挙といわざるをえません。欧米とアジアをカバーするグローバルメディアとして大きく成長していってもらいたいと思います。(2015/7/26 香取淳子)

「NHK文研フォーラム2015」: 2020年への期待と課題

■これからのテレビ:2020年への期待と課題
2015年3月3日、千代田放送会館で「NHK文研フォーラム2015」(3/3~3/5)が開催されました。私が出席したセクションA(「これからのテレビ」求められる役割とは何か?)の参加者は非常に多く、会場に新たに席を設けなければならないほどでした。技術的にも制度的にもいま、テレビを巡る環境が大きく変わろうとしているからでしょう。

このセクションではまず、総務省大臣官房審議官・渡辺克也氏による講演が行われました。

こちら →総務省渡辺

渡辺氏は「これからのテレビ 2020年への期待」と題して講演されました。資料を駆使して報告されたのが、①地デジ後の対応、②放送サービルの高度化(4K、8K放送の推進)、③スマートテレビ、④放送コンテンツの海外展開について、等々。総務省がいま展開している放送政策でした。

次いで、NHK主任研究員・村上圭子氏が「これからのテレビ~2020年に向けた課題~」と題して報告されました。渡辺氏の講演を受ける形で提示されたのが、①4K・8Kの推進で基幹放送はどうなるのか、②スマートテレビ時代に視聴者ログデータをどうするのか、③地上波放送の未来にローカル局はどうなるのか、等々の課題でした。

村上氏は、これらの問題について放送関係者等に取材し、その結果をすでに「これからのテレビを巡る動向」という論考にまとめています。

こちら →
http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2014_09/20140902.pdf

その後、お二人の対談という形でこのセクションは進められました。一方は当事者であり、他方は調査者という組み合わせで、次世代テレビについて語るには恰好の登壇者だったと思います。ただ、残念なのは時間が足りず、論議が十分に尽くせなかったことです。

■放送サービスの高度化
気づかないうちにテレビ技術はどんどん進化しているようです。4Kテレビというのは聞いたことがありますが、8Kなどはあまり聞きません。それがいまや総務省や放送関係者の間で次世代テレビとして熱い議論の対象になっているのです。

調べてみると、現在のデジタルハイビジョンの画素数は横1920×縦1080で、2Kといわれています。4Kは横3840×縦2160でその4倍、8Kは縦横がその8倍になります。ですから、画素数にちなんでこのように呼ばれるようになったようです。

こちら →2K4K8KTV
資料:総務省

渡辺氏はこの技術のメリットとして、①広色域化技術(現実世界の色を忠実に表現可能)、②画像の高速切替え(動きの速いスポーツ等でも、ぼやけず、なめらかに表示可能)、③多諧調表現技術(より自然な映像表示が可能)、等々をあげます。

これまでよりもさらに高画質になりますから、近づいてもザラつきが目立たなくなり、より自然な画像・映像を見られるようになるというのです。さらに、より広い視野角で映像を楽しむことができ、臨場感に浸って画面を見ることができるようになりますから、さまざまな領域で4K・8Kの技術を利用できるといいます。

たとえば、教育分野、医療分野、防犯分野での活用です。4K・8Kの技術によって鮮明な映像を提示できるようになれば、遠隔教育や遠隔医療への寄与、防犯カメラ等セキュリティ性能の向上、等々が考えられるというのです。それ以外にも以下のような利活用の可能性があるとされています。

こちら →T利活用
資料:総務省

そして、世界に先駆けて4K・8Kの国内市場を作ると同時に、この技術を海外に展開して市場を作り、「4K・8Kと言えば日本」といわれるほどの認識を確立すると宣言しています。

お話を聞いていて、次世代テレビについて熱い意気込みを感じましたが、同時に、危うさも感じてしまいました。はたして思惑通りに国内外に4K・8K市場を作ることができるのでしょうか。

■視聴者ニーズは?
量販店に行けば、確かに4Kテレビは置かれていますが、実際には4K対応テレビだそうです。現在は2Kの映像を受信していますが、4K放送が始まると、4Kの画素数に変換して4Kで見られるようになるテレビなのだそうです。つまり、現在販売されている4K対応テレビは4K放送に対応しているわけではなく、別にチューナーを購入しなければ番組を見ることはできないというのです。

しかも、肝心の4K放送そのものが日本では2014年にようやく試験放送が始まったというような次第です。現在、前倒しで推進していくことが検討されていますが、2020年までにはたしてどこまで実現可能なのでしょうか。ちなみに、以下のようなロードマップが公開されています。

こちら →ロードマップ
資料:総務省

JEITAの資料によると、4K対応テレビの需要予測は国内外で2014年以降、急激に上昇することになっています。実際、アメリカでは需要が拡大するとされていますから、それがデータの数値を押し上げた可能性があります。はたして日本での需要予測はどうなっているのでしょうか。

そもそも日本の視聴者は4K・8Kテレビを購入したいと思うのでしょうか。

今年3月末でようやくデジタルテレビへの切り替えが完了します。それまでのテレビとは違い、デジタルテレビは確かに高画質・高音声でした。多額の出費に見合うだけの高精細度画面なのです。ですから、ほとんどの視聴者はデジタルテレビに満足しているのではないかと思います。これ以上、高画質の画面を求める視聴者はどれほどいるのでしょうか。

さきほどの図を見てもらえばわかるように、4K・8Kテレビはサイズも巨大になります。ひょっとしたら、一般の視聴者を対象にしていないのかもしれません。

白黒テレビやカラーテレビ、デジタルテレビが登場したときと違って、4K・8Kテレビには一般視聴者の購入意欲を喚起できるような目新しさが見当たらないのです。しかも新たな出費が伴います。となれば、国内市場でさえ形成できるかどうか疑問です。

視聴者としては、総務省や放送関係者の意気込みが先行しているという印象を受けました。もっとも、これが日本の成長戦略の一つと位置づけられているのだとすれば、技術的側面だけではなく、番組内容と関連づけて議論を重ね、制度設計をしていく必要があるのではないでしょうか。

■放送高度化の死角
渡辺氏は「これからのテレビ 2020年への期待」と題して講演し、村上氏は「これからのテレビ~2020年に向けた課題~」と題して報告されました。放送の高度化は2020年を目指した放送政策であることがわかります。

2020年といえば、東京オリンピック開催年です。国家規模のイベントであるオリンピックの開催を目途に、さらなる高精細度のテレビの開発および普及をめざしているのが「4K・8Kテレビの推進」政策なのでしょう。

オリンピックの競技中継は全世界の視聴者を引き付けます。速い動きも自然に再現できる超高精細度の4K・8Kテレビを日本が開発し、それを見たいというヒトが多くなれば、4K・8Kテレビが売れる、関連商品が売れる・・・、という展開が期待されます。従来通りの発想ですが、成長戦略の一つと位置づけられた理由もわからないではありません。

実際、国家イベントはこれまでテレビの普及に大きく寄与してきました。白黒テレビは皇太子(現天皇)ご成婚が契機となって普及しはじめ、東京オリンピックで一気に普及が拡大しました。ですから、国家イベントがあれば、機器が売れ、メディア消費が大きく進むことは事実です。

ただ、テレビ以外にほとんど娯楽がなかった当時といまとはメディア環境が大きく異なりますし、ヒトはすでにデジタルテレビで高精細度の映像、音声を手に入れています。視聴者が4K・8Kテレビのメリットを実感できないいま、放送の高度化が成長戦略の一つになるとはなかなか思えないのです。

ふと、1980年代にアナログ・ハイビジョンで優秀な技術を確立していた日本が欧米連合に敗れ、デジタル化では後追いせざるをえなかったことを思い出しました。欧米がいざとなれば日本の突出を許さないことはMUSEで経験したはずです。優秀な技術が必ずしもデファクトスタンダードになるわけではなく、その背後に必ず政治的力学が絡みます。

それはおそらくいまも変わらないでしょう。仮に国内市場が形成されたとしても、それをそのままグローバル市場に移行できるわけでもありません。超高精細度が売り物の4K・8Kでグローバル市場の形成を目指すなら、アナログ・ハイビジョンで失敗した経験を思い起こす必要があるのではないかと思います。

■誰のためのテレビなのか
4K・8Kなど放送高度化を推進する一方で、スマートテレビ、ケーブルテレビプラットフォームなども検討されています。

こちら →http://www.soumu.go.jp/main_content/000268350.pdf
資料:総務省

今後のテレビ政策が技術主導で決定づけられようとしているという印象はぬぐえません。視聴者不在の「2020年への期待と課題」という気がしてならないのです。視聴者はなによりも番組内容の充実を望んでいます。

最近、私は地上テレビをあまり見なくなってしまいました。地上テレビはチャンネルが少なく見応えのある番組も少ないので、いつの間にかほとんど見なくなってしまったのです。

情報番組やドラマなどはケーブルテレビで見ますし、時には海外のニュースやドラマをipadで見ます。i-phoneよりは画面が大きく、寝転がっても見えるからです。クロームキャストがあれば、テレビ画面でi-phoneのニュース映像を見ることもできます。海外のテレビ番組はインターネットでも視聴できるものが多く、日本の番組が面白くないとつい、そちらに流れてしまうのです。

技術主導でテレビの今後を考えている限り、視聴者離れは避けられないのではないかと思います。

渡辺氏は放送コンテンツの海外展開についても語られました。アニメだけではなく教養番組、生活情報番組なども競争力を持つコンテンツとして海外展開の可能性は高いと思います。ですから、番組の質の向上を図れるような制度設計をしていくことも重要な放送政策ではないかと思うのです。国際競争力を持つ番組制作ができるような仕組みがあれば、国内市場を盤石なものにし、海外市場を形成していくことも可能です。ですから、視聴者としてはなによりもまず、誰のためのテレビなのかという原点に立ち返り、番組の質の向上を目指す制度設計をしてもらいたいのです。(2015/3/10 香取淳子)

「クロームキャスト」の販売、テレビは今後、どうなる?

■グーグル、「クロームキャスト」の発売

5月28日、米グーグル日本法人が家庭のテレビでインターネット動画などを視聴するための機器を発売しました。既存のテレビに取り付けるだけで、ユーチューブの動画や有料動画コンテンツをテレビの大画面で楽しめるようになるというデバイスです。家庭内の無線LAN経由でネットから動画を取り込み、テレビで再生するという仕組みのようです。私はこういうデバイスが欲しかったので、とても楽しみです。

■ニュース媒体として魅力のなくなった地上テレビ

いつごろからか、テレビをあまり見なくなってしまいました。たぶん、東日本大震災のころからでしょう。当時、テレビは人々を安心させるための情報だけを流していました。はたしてそうなのか、という不信感から、ユーチューブなどを見始めました。そこでは放射性物質に関する海外の情報、専門家の情報、現場からのナマ情報などが溢れていました。それこそ、求める情報でした。

テレビでは被災地の野菜を食べようキャンペーンをはっていましたが、ユーチューブなどでは専門家が放射性物質は消えてなくなることがないので、どのエリアの食品は危険だから、できるだけ食べないようにといっていました。

その後、当時のテレビが混乱を避けるために放射性物質の恐さを十分に伝えていなかったことがわかってきました。テレビのメインフレームは、地域や国や東電などを守るために人々に正確な情報を伝えていなかったのです。ですから、その時から、テレビはもはや「環境監視」の役割を果たしていないのではないかと思い始めたのです。

そういう目で改めてテレビ番組を見ると、ニュースなどの情報番組がワイドショー的な構成になってしまっています。キャスターが自分の意見をいいすぎますし、海外のニュースはよほど大きなニュースでなければ報道しません。これでは世の中の情勢が伝わらないのではないかと思ってしまいます。

■代替メディア

幸い、スマホに各国のニュースサイトをインストールすると、ニュースを見ることができます。言葉を理解できないことも多いのですが、映像はわかりますから、とりあえず映像でざっくりと理解し、詳細はインターネットでキーワード検索してテキストベースで理解するという方法を採るようになりました。

多様な情報を入手することができ、いつでもどこでも見られるという点で、スマホはとてもいいのですが、画面が小さいのが難点でした。ところが、今回、グーグルが発売した「クロームキャスト」を使うと、スマホの画面をテレビで見ることができるようになるというのです。そうなったら、テレビはどうなってしまうのでしょう。

■選択肢が少なく、多様性に乏しい地上テレビ

そもそも日本の地上テレビは選択肢が少なすぎます。NHK以外の民放が5チャンネルとMX、しかも、どの局も同じ時間帯では同じような番組を流しています。チャンネルが少ない上に、番組の多様性も乏しいのです。これではいくらテレビが好きな高齢者でも逃げてしまうでしょう。

母はもともとテレビが大好きだったのですが、最近は見るものがないと嘆いています。NHKの番組しか見なくなってしまいました。なぜNHKかというと、安心して見ることができるからというのです。それも限られた番組だけです。

■40代・50代もテレビ離れ

中高年世代のテレビ離れが始まっているようです。総務省情報通信政策研究所が4月15日に発表した速報によると、40代と50代の視聴時間の減少が顕著だったそうです。それぞれ前年に比べ40分も減少しているというのです。若者の間で起きていた現象がいよいよ40代・50代まで拡大してきたのでしょう。

詳細はこちら。http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20140417_644844.html

この世代が高齢世代になるころにはテレビよりもインターネット、スマホが基幹メディアとして機能するようになっているのかもしれません。

■テレビを軸としたビジネスモデルの終焉か?

先日角川と提携して話題を呼んだdwangoの川上氏が2013年、アニメ制作会社のカラーの取締役に就任しました。その際、「今のテレビを軸としたアニメのビジネスモデルは崩壊しかかっていて、このままだと日本のアニメ業界は終わる」と嘆いていたといいます(井上理、『NIKKEI  BUSINESS』 2014/5/26 )。テレビを視聴するヒトが少なくなれば、そういうことが派生的に起こってくるのです。

これまでは10代、20代でテレビ離れが顕著だといわれてきましたが、最近は中高年層まで離れつつあるといいます。そうすると、アニメに限らず、テレビを軸としたビジネスモデルも変容せざるをえなくなってくるでしょう。

■テレビ広告費

果たして、テレビの媒体価値は実際に減少しているのでしょうか。そこで、電通が2014年2月20日に発表したニュースリリースを見ると、2013年のテレビ広告費は前年比100.9%増で、マスコミ4媒体のうち、唯一増加しているようです。

詳細はこちら。http://www.dentsu.co.jp/news/release/2014/pdf/2014014-0220.pdf#search=’%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E5%BA%83%E5%91%8A+%E6%8E%A8%E7%A7%BB’

テレビ離れが進んでいるといわれながら、まだ、広告費は増えているようです。つまり、テレビを見ているヒトはまだ圧倒的に多いということなのでしょう。一部でテレビ離れが進んでいるのかもしれませんが、すべての国民ということでいえば、テレビは依然として基幹メディアなのです。テレビという媒体自体、きわめて魅力があるからでしょう。

■いまこそ、媒体の素晴らしさに見合うコンテンツを

広告費の推移を見る限り、テレビは依然としてヒトを捉え続けているようです。ただ、番組内容がお粗末であったり、視聴者のニーズにそぐわなかったりするので、テレビ離れを招いているだけなのかもしれません。とすれば、まだヒトがテレビを見限っていないいまのうちに、番組内容の改善を図っていく必要があるのではないでしょうか。

いまこそ、テレビという媒体の素晴らしさに見合うだけのコンテンツの改善、そして充実を、と願わざるをえません。(2014/5/29 香取淳子)

 

アニメーターの育成支援

■日本動画協会、応募案件の採択

2014年4月25日、日本動画協会は文化庁の平成26年度の若手アニメーター等人材育成事業に応募し、採択されたそうです。日本動画協会のホームページにも掲載されていますが、アニメ!アニメ!」の方が詳しいのでそちらのURLを下記に記します。

詳細はこちら。http://animeanime.jp/article/2014/04/26/18445.html

この記事によると、第1回から4回まで毎年採択されていた日本アニメーター・演出家協会の応募案件が不採択になり、日本動画協会の案件が採択されるという異変があったようです。どうして受託者が今回から変更になったのか、わかりませんが、部外者からみれば、どちらが採択されても構いません。アニメーター育成支援事業が継続されさえすればいいのです。

といいながら、思い直しました。ひょっとしたら、日本動画協会がアニメーションに関する諸事全般を手掛けるシステムにした方がいいのかもしれません。アニメーションについて知りたい、調べたいと思っても、どこが窓口なのかわからないのです。日本アニメを世界に流通させようとしているのであれば、アニメーションに関するすべてを統括できる組織が必要になってくると思います。そういう点で、とりあえず、今年度から日本動画協会が若手アニメーターの人材育成事業を受託されたのはいいことだと思います。

事業受託者が変更になっても、予算規模や事業内容はこれまでとほぼ同じだそうです。アニメーション制作4団体を選定し、年間を通してオリジナルアニメーションを制作し、その中でOJTを行ってきたのと同様の内容でこの事業が行われることになります。これまでにこの事業で過去4年間にアニメーター105人を育成、14の制作会社が参加し、20分余のオリジナルアニメーションを16本制作したそうです。着実に若手アニメーターを育成することができているのです。

■慢性的に不足している若手アニメーター

日本は世界に冠たるアニメ大国といわれながら、実はその制作を支えるアニメーターの人材は枯渇し、高齢化が進んでおり、深刻な問題になっていました。アニメ好きな若者は多く、制作したくてアニメ業界に入っていくのですが、長時間労働、低賃金に耐えきれず、結局はやめてしまうといった事態が続いていたのです。その若者の人口そのものが今後、大幅に減少していることを考えれば、なんとか手を打たないと、日本のアニメ産業そのものが成り立たなくなってしまいかねない状態なのです。

先日、大泉学園で開催された「アニメプロジェクトin 大泉」に行ってきたのですが、予想外に若者の姿は少なかったのに驚きました。「松本零士・ちばてつやトークショー」も参加者は家族連れか、アニメーターかアニメ関連の仕事をしていると思われる中高年の人々でした。少子高齢化の一端を見る思いがしていましたが、おそらく、今後はこの傾向はさらに進んでいくのでしょう。

日本のコンテンツで唯一、国際競争力を持っているといわれるアニメ産業ですが、その実態をみると、危機的状態なのだということがわかります。

■おおいに稼ぐアニメキャラクター

アニメ番組の企画・制作とキャラクターの権利事業を展開する「創通」という会社の事業が好調です。日経新聞(2012/3/7付)によると、2014年8月期の連結純利益は、3期連続で過去最高を更新する見通しだといいます。

創通業績推移

出所:創通

確かにグラフを見ると、年々、売上を伸ばしているのがわかります。その稼ぎ頭が「機動戦士ガンダム」をはじめとするアニメキャラクターなのだそうです。アニメ関連グッズが売れると、版権利用時に支払われるライセンス収入が増えるという仕組みです。

■「機動戦士ガンダム」

創通の版権事業の売上高は2014年8月期に52億円(前期比6%増)になるといいます。そのうち41億円がガンダム関連で、こちらは2年前に比べ22%増だそうです。1979年に誕生したガンダムが35年も経ったというのにまだ人々を引き付けているのです。

トヨタがシャア・アズナブル(ガンダムの登場人物)の専用車という設定で昨年、発売した小型車「オーリス」は、一部で熱狂的な人気を集めたといいます。

詳細はこちら。http://netz.jp/char-auris/

また、相模屋食料が2012年から発売する「ザクとうふ」(ガンダムの敵役ロボットの頭部を再現したパッケージ)は、これまで豆腐には関心のなかった30代、40代の男性をひきつけ、大ヒット商品になりました。

詳細はこちら。https://sagamiya-kk.co.jp/company/tho_zaku.html

ガンダムは、かつてファンであった30代、40代の男性に向けた商品市場を大きく拡大しているのです。トヨタの「オーリス」にしても相模屋の「ザクとうふ」にしても、仕掛け人は創通だったといいます。ガンダムという付加価値をつけただけで、大きく市場を広げているのです。

とはいえ、日本の中だけでは市場は限られています。創通はガンダムを使って、アジア戦略を強化しようとしています。ガンダムが独特の世界観をもち、大人も引き付けるストーリー性があるからです。

アニメをこのようなビジネスという観点からみると、どのような世界を描くか、どのようなストーリー展開でその世界を表現していくのかが、きわめて重要なものになってきます。まさに、アニメ作品を構想し、それを表現していく力のある人材が必要になってくるのです。

若手アニメーターだけではなく、アニメ作品を構想し、それを実現していく力量のある人材もまた必要なのです。アニメ産業が次世代産業であり、稼げる産業だとするなら、優秀な人材がこの業界に積極的に入っていけるような仕組みを作っていくことが重要なのではないでしょうか。(2014/5/27 香取淳子)

 

KADOKAWAとドワンゴの統合、日本コンテンツのプラットフォームになりうるか?

■コンテンツ企業とネット配信企業の統合

2014年5月14日、KADOKAWA とドワンゴが記者会見を開催し、今年10月に経営統合すると正式に発表しました。コンテンツ企業とネット配信企業が新たな持ち株会社「KADOKAWA/DOWANGO」を10月1日に設立し、両社はその傘下に入るというのです。記者会見の席上、KADOKAWAの佐藤相談役は、「両社の強みを持ち寄り、世界に類を見ないコンテンツのプラットフォーマーにしていく」と語りました(2014/5/15 日経新聞)。

一方、DOWANGOの川上会長は「(ソフトや顧客を)囲い込むのではなく、基本的にオープンな統合を目指す」と述べています(2014/5/15 毎日新聞)。統合することで両社ともパワーアップできると勢い込んでいる様子が伝わってきますが、はたしてどうなのでしょうか。

詳細はこちら。http://info.dwango.co.jp/pdf/news/service/2014/140514.pdf

■海外での日本の存在感のなさ

海外に行ってホテルでテレビを見るたびに思っていたことがあります。何十チャンネルもの放送局から数多くの番組が放送されているのに、日本の番組はといえば、NHKぐらいです。それもたいていの場合、テンポが遅く、画面が暗く、他のチャンネルに比べて見劣りがしました。なんとか見る気になったのはニュースですが、これもテンポが遅く、キャスターが自分の意見をいい過ぎなので、思わずチャンネルを変えてしまうことが多いのです。日本で見ているときはそれほど気にならなかったのですが、海外で見ていると、キャスターのコメントのつけ過ぎ、キャスター同士の卑近な会話が気になってしまうのです。無意識のうちに他の国のニュース報道のスタイルと比較して見ているからでしょう。

一方、タイ、ベトナム、中国などアジアの国々に行ってホテルのテレビを見ると、必ず韓国ドラマのチャンネルがあります。歴史ドラマ、都会風の恋愛ドラマがテンポよく、カラフルに表現されています。おもわずチャンネルを止めて見てしまいます。そして、ホテルを一歩出ると、今度は韓国ドラマで見た女優や男優があでやかに笑って商品を宣伝しているポスターや広告板をあちこちで見かけるといった具合です。ホテルでテレビを見ていると、あまりにも日本の存在感がなく、街に出ると、宣伝力のある日本人(女優、男優、タレント、歌手)の姿をポスターや広告板などで見かけることがないのでがっかりしてしまったことを思い出します。

■多言語対応

ドワンゴはニコニコ動画を英語や中国語に翻訳することで海外対応を急いでいるといいます。ようやくスタートしたのかと思いました。ネットで動画を配信すれば、世界に流通できますが、コンテンツが流通するだけでは意味がありません。そのコンテンツが理解できるよう多くの人々が理解できる言語に翻訳する必要があるのです。とりあえず、英語と中国語に対応しようとしているのは世界でこの二か国語を使用する人口が圧倒的に多いからでしょう。

NHKの国際放送は英語に対応しているだけです。いまや世界が英語と現地語を基本に、多言語対応をしようとしているというのに、日本のテレビは英語に対応しているだけなのです。ラジオの国際放送は18か国語に対応しているといいますが、基幹メディアであるテレビが多言語対応をしていかなければならないのではないでしょうか。すくなくとも英語の字幕を付与すべきではないかと思います。

■ネットとリアルが融合して生み出す、新たな流れ

ネットとリアルが融合して生み出す新しい流れとはどういうものなのでしょうか。日経新聞の説明によると、以下のようになります。

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たとえば、KADOKAWAのアニメ制作者とドワンゴの技術者が共同で映像作品をつくることで、新しいサービスが生まれる可能性があり。従来は既存の作品を動画サイトで流すだけだったが、視聴者の反応でストーリーが変化したり、登場人物と会話できたりする作品が考えられる。

ドワンゴの動画サービスに投稿された作品をもとに、KADOKAWAが出版物や音楽作品を販売することも検討する。「ニコニコ動画」では一般の利用者が自作の楽曲やキャラクターを発表している。こうした作品をKADOKAWAの編集者が商業製品に加工する考えだ。アニメや漫画などの「クールジャパン」のコンテンツを世界に発信する基盤づくりも狙う。

*******    日経新聞(2014/5/15)より

意欲的な取り組みが考えられているようです。ただ、せっかく新しい形式のコンテンツを考えたとしてもネットで配信する限り、すぐに複製されてしまう可能性が考えられます。あるいは、仕組みは整備されたとしても、コンテンツに魅力がなく、この種の取り組み自体が消滅してしまう可能性もあります。グローバルな競争の中でどのように活路を開いていくか、注意深く戦略を練る必要があるのではないでしょうか。

■ネット時代の競争力

ネットでコンテンツを配信するサービスではすでに、アマゾンが成功を収めています。また、豊富なコンテンツを抱えるディズニーはネット配信のアップルと関係があります。仕組みの面だけ見ても、強力な競合相手がすでにいくつも存在しているのです。実際、米AOLとタイムワーナーの統合は失敗しました。今回の旗揚げは日本にとって非常に意義深いのですが、どうすれば成功するかというモデルもないなか、進んでいかなければなりません。

ネット時代の競争力としては、豊富なコンテンツ、ネット配信の安全で精緻な仕組み、そして、地球規模の利用者に理解してもらうための翻訳が前提条件となるでしょう。その上で、どれだけ魅力的なコンテンツを安価でユーザーフレンドリーに配信できるかということが競争力の要点となるのではないでしょうか。

KADOKAWAの角川社長は「日本のプラットフォームができる」とアピールしているようです。その意気込みは素晴らしいと思いますが、ネット時代の競争力として必要な要件を踏まえ、取り組む必要があるでしょう。KADOKAWAとDWANGOの統合によって、ようやく日本はネット娯楽の発信者としてのスタートラインに立てたという気がします。(2014/5/15 香取淳子)

 

相次ぐギャル系ファッション誌の休刊を考える。

■子ども人口の減少

今日は5月5日、子どもの日です。総務省が発表した資料によると、4月1日現在の子どもの人口は1633万人で、前年より16万人減少しております。これで、子ども人口は33年連続して減少しているというわけです。また、子ども人口の総人口に占める比率は12.8%で、こちらは40年連続して減少しています(下表、参照)。 いずれにしてもこれは子ども人口の減少に歯止めがかかっていないことを示すデータといえます。

表2 男女、年齢3歳階級別こどもの数  (平成26年4月1日現在)

出所:統計局

次に、子どもの年齢別に総人口に占める割合を見ていくと、12から14歳は2.8%、9から11歳が2.6%、6から8歳が2.5%となっております。3年毎に子ども人口を見ても、減少傾向がはっきりとしめされています。子どもマーケットが確実に縮小しつつあるのです。その影響を具体的に見てみることにしましょう。

■相次ぐギャル系ファッション誌の休刊

5月5日の日経MJを読んでいると、興味深い記事が目につきました。「ギャル系休刊相次ぐ」という見出しの記事です。記事の内容は、女性ファッション誌「egg」は7月号で休刊、「小悪魔ageha」も休刊となったというものでした。調べてみると、この雑誌を刊行していた出版社フォレストは約30億円の負債を抱え倒産し、4月15日付で事業を停止しています。帝国データバンクによると、今後は債務調査を進めるとともに、出版物等のコンテンツ売却の検討を進めるとしています。

詳細はこちら。http://www.tdb.co.jp/tosan/syosai/3901.html

■ギャル系ファッション誌

「小悪魔ageha」は2006年に創刊され、2009年にはギャル系雑誌として一世風靡したこともありました。ピーク時は約30万部を発行するほどの勢いだったようです。ところが全盛期の誌面構成を担当していた名編集長が2011年11月に去ってからはこの雑誌の衰退がはじまったと分析されています。

衰退に至る過程についての詳細はこちら。http://gigazine.net/news/20140416-infor/

小悪魔ageha 8月号の画像(プリ画像)

上の写真が「小悪魔ageha」の表紙です。表紙のキャッチコピーを見ると、「7日間で脱でぶ子」「あのコの整形級メイク全プロセス」といった具合に、ファッション以外に美容、体型改善など、身体、ファッションともに美しくなるような情報が満載されています。一時は、人気のギャル系ファッション誌だったといわれています。ギャル系ファッション誌とは、ギャル系ファッションを中心に掲載している雑誌を指します。この種の雑誌を見て、中学高校生は自分のファッションをチェックし、コーディネートをチェックします。いってみれば、中高生のファッションの指標になるような雑誌でした。購買数が上がり、多くの中高生が読むことになれば、そこに掲載されたファッションやファッション小物は彼女たちの目に留まり、購入される可能性も高くなります。当然、広告価値も高いはずでした。それがなぜ、次々と休刊に追い込まれているのでしょうか。

■なぜ次々と休刊に追い込まれているのか

5月5日付の日経MJS紙で、長田真美記者は以下のように分析しています。

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ギャル系雑誌が相次ぎ休刊になっている要因の1つにスマホの普及がある。

若い女性は雑誌に頼らず、ファッションやメークなどの最新情報をインターネットを通じて収集するようになった。大洋図書の担当者は「読者モデルのブログなどを見ることで満足している人も増えているようだ」と推測する。

出版科学研究所の調べによると、2013年の雑誌(コミック含む)の市場規模は8972億円で、ピークだった1997年と比べると、約6割に縮小。なかでも女性ファッション誌の落ち込みは特に大きい。

スマホで得られる以上の情報を提供できるかどうかが雑誌の存続を左右しそうだ。

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長田記者はギャル系ファッション誌が相次いで休刊に追い込まれている実態を報告し、その要因としてスマホを挙げています。たしかに、近年のスマホの普及を考えると、その可能性もあります。でも、はたしてそれだけなのでしょうか?

■スマホが原因?

インターネットでファッション誌を見ることができるようになると、たしかに一部の読者はネットに流れ、もはや雑誌を購入しなくなった可能性はあります。ですが、雑誌とインターネットとは本質的に異なります。雑誌は寝転がっても読むことができますが、パソコンの場合、それができません。スマホならできますが、スマホの画面は小さすぎて、ファッションを見るには不向きです。また、雑誌の場合、ページを飛ばして読むこともできますが、スマホの場合、それが非常に難しい。ですから、ファッション誌が提供していたような情報をインターネットで得ることができるようになったから、雑誌が売れなくなったとは思えないのです。

■読者モデルのブログ

大洋図書の担当者は「読者モデルのブログなどを見ることで満足している人も増えているようだ」と推測していたそうです。読者がネットに流れたのだとしたら、それはおそらく、ネットがファッションに関してこれまでにない楽しみを提供できるようになったからなのでしょう。それが読者モデルのブログでした。ですから、雑誌を購入しなくてもブログを見るだけで満足できるヒトが増えてきたからこそ、雑誌が売れなくなってきたのだという担当者の推測に私は納得できます。

ギャル系ファッション誌の読者モデルは同年齢の読者にとって憧れの的です。そのモデルがファッションに関する情報をブログで提供してくれるとしたら・・・、それこそ、これまでにない魅力的なコンテンツになったに違いありません。しかも、ブログならスマホでも十分に楽しめます。いつでもどこでもスマホなら読者モデルのブログを読むことができます。もちろん、画面が小さくてもファッションやファッション小物の値段のチェックぐらいはできるでしょう。

■子ども人口減少も要因の一つ

雑誌全般に衰退傾向が続いています。とはいえ、とくにギャル系の休刊が相次いでいる背景には何か別の要因もありそうです。中高生という狭いターゲットを対象にしているのがギャル系ファッション誌です。そこに多数の雑誌が乱立していたというのも一つの要因でしょう。さらに、ギャル系ファッション誌の市場が縮小していたというもの大きな要因ではなかったかと思うのです。さきほど総務省統計局の発表した子ども人口の構成表をみると、12~14歳、9から11歳、6から8歳、というように3歳刻みで見ると、総人口の占める比率は年齢が低くなるほど低くなっています。つまり、ギャル系ファッション誌の対象人口が年々減少しているという実態があるのです。ターゲット年齢を狭く設定した市場では、人口減少は直接市場に反映されると推測されます。したがって、ギャル系ファッション誌の相次ぐ休刊の要因の一つに、子ども人口の減少があると考えられます。5月5日の子どもの日もだんだんさびしくなっていくような気もしますが、気のせいでしょうか。(2014/5/5  香取淳子)

 

再び、メディア・プロパガンダの時代到来か?

■外務省の内部文書

2014年5月4日、産経新聞は外務省の内部文書に基づき、中韓が「官民一体」で重層的に情報戦略を行っていると報じています。中国は国際機関や主要メディアを積極的に活用し、韓国は地方から展開するといった特徴がみられると分析しているのです。中国にしても韓国にしても政権が交代してからとくに、歴史問題を盾に日本の評価を低下させるような情報戦略が激しくなっています。

外務省の内部文書では、「中韓は官民一体での一致団結した活動を完璧に行っている」としているのに対し、「日本の場合、官民一体には程遠い」という現状認識を示しています。ですから、この記事が第1面で取り上げられたことの背景には、これまでのような日本の対応でいいのかどうか、各方面から疑問が持ち上がってきているからではないかと考えられます。

安倍政権は、26年度の内閣府の広報関連予算や外務省の領土保全対策費を増額しました。日本の対外情報戦略をこのまま放置するのではなく、なんらかの対策を講じようとする姿勢を打ち出しているのです。ただ、予算を増額しただけで、この問題に対応できるのかどうか、疑問です。外務省の内部文書が指摘しているように、中国はメディア戦略、韓国はヒト戦略によって、内外ともに強烈な日本攻撃を展開しているからです。

韓国はヒト戦略によって、慰安婦像を各地で建立させています。米豪欧に移住した韓国人が各地で積極的なロビー活動を展開し、地方政治を動かしているからです。また、中国は内外のメディア戦略によって反日感情あるいは歴史認識の修正を迫ろうとしています。その結果、中国に進出した日本企業が大きな被害を受けたのはまだ記憶に新しいところです。

■中国のメディア戦略

外務省内部文書は、中国が「国際機関や主要メディアを積極的に活用」していると指摘しているといいます。国連総会や首脳会談といった国際会議のを活用、海外メディアやシンクタンクを通じてプロパガンダを展開、といった具合です。さらに、欧米などには、「政府よりも学者、有識者、記者による発信」を積極的に利用した結果、「中国の発信に刺激を受けた報道がある」といいます。そして、国営中国中央テレビ(CCTV)の多言語チャンネルや世界120カ国で1086校に及ぶ中国語・文化教育拠点「孔子学院」が「独自の主張を重層的に発信している」ともいいます。いってみれば、メディアと言語・文化教育によって自国の主張を広めようとしているのです。

CCTV本社ビル

上記はCCTV新本社ビルです。

■今後、日本が取るべき戦略は?

この記事を執筆した是永桂一氏は、外務省幹部の意見として、「政府が前面に出る情報発信は先進民主国として世界の共感が得られない。相手の土俵に乗らないことだ」という見解を紹介しています。たしかに、官民一体で情報戦略を推進する韓国、政府主導の堅固な情報戦略を内外で展開する中国を見ていると、日本が同じ土俵で勝負しても勝ち目はないと思います。

逆に、日本が誠実な態度を固持し続け、それを見える形で内外に情報発信し続ければ、やがては日本に対する内外からの信頼や尊敬が醸成されるようになるでしょう。そうなると、中国や韓国の中から、政府の態度はどうであれ、過去は過去、現在は現在と割り切って考える人々が出てくるに違いありません。つまり、中韓が展開する反日的な情報戦略に惑わされず、日本が誠実に対応をし続けていれば、中韓の人々はやがて自分の政府を疑いはじめるようになるのではないでしょうか。

実際、日本を激しく攻撃していた韓国の大統領はいま、公共交通機関の相次ぐ事故で信頼は失墜し、国民から謝罪要求までされています。ネット世論を見ていると、政府の態度とは別に、中国、韓国とも反日的な態度のヒトばかりではないことがよくわかります。ですから、日本は相手国を直接貶めるような情報戦略はすべきではないと思います。

■適切な対外広報戦略を

中国や韓国の国家主導型の情報戦略は強烈で、即効性に富んでいます。ですから、日本の対外広報戦略がお話にならないほど下手に見えてしまいますし、日本はこれまで必要な広報さえしてこなかったのではないかと思えてしまいます。ですから、今後、対外広報戦略を改善し、充実させていくことは重要です。

国が豊かになればなったで、諸外国からの嫉妬を回避する上で対外情報戦略は必要ですし、超高齢社会になればなったで、今度はそれでも日本に対する関心を失ってもらわないための対外情報戦略は必要です。その点で中国のメディア戦略は秀逸だと思います。学べる点はたくさんあると思います。

たとえば、CCTVが展開している多言語チャンネル。日本では国際対応といえば、英語放送しか思い浮かべませんが、中国は英語、スペイン語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、アラビア語、等々、使用人口の高い言語にはすべて対応し、それぞれの言語で中国のニュース、文化、等々の情報を毎日発信しています。

また、孔子学院を各地の大学に併設し、語学・文化の浸透を図っていますが、これは、フランスが日仏学院、イギリスがブリティッシュ・カウンシル、アメリカがアメリカンセンターを設置したのと同様、対外文化戦略の一つなのです。経済的に豊かであったとき、日本はそれをしませんでした。そう考えると、日本がこれまで対外情報戦略をしてこなかったせいで、不要なトラブルを引き起こしてきた可能性が高かったのではないかと思えてなりません。

安倍政権は成長戦略の一つとして、アニメや日本食を取り上げ、クールジャパン戦略を展開しようとしていますが、もっと根幹的なところで日本文化・日本語を世界に広めるという情報戦略があってもいいのではないかと思います。

中韓の情報戦略を知るにつけ、日本の情報戦略の下手さ加減、あるいは、適切な情報戦略をしてこなかったことのツケの大きさが思い知らされます。再び訪れようとしているメディア・プロパガンダの時代に日本はすでに乗り遅れてしまっているのではないか・・・。産経新聞の記事を読み終えたいま、そのことの恐さをひしひしと感じています。(2014/5/4/ 香取淳子)