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NHKフォーラム

「NHK文研フォーラム2015」: 2020年への期待と課題

■これからのテレビ:2020年への期待と課題
2015年3月3日、千代田放送会館で「NHK文研フォーラム2015」(3/3~3/5)が開催されました。私が出席したセクションA(「これからのテレビ」求められる役割とは何か?)の参加者は非常に多く、会場に新たに席を設けなければならないほどでした。技術的にも制度的にもいま、テレビを巡る環境が大きく変わろうとしているからでしょう。

このセクションではまず、総務省大臣官房審議官・渡辺克也氏による講演が行われました。

こちら →総務省渡辺

渡辺氏は「これからのテレビ 2020年への期待」と題して講演されました。資料を駆使して報告されたのが、①地デジ後の対応、②放送サービルの高度化(4K、8K放送の推進)、③スマートテレビ、④放送コンテンツの海外展開について、等々。総務省がいま展開している放送政策でした。

次いで、NHK主任研究員・村上圭子氏が「これからのテレビ~2020年に向けた課題~」と題して報告されました。渡辺氏の講演を受ける形で提示されたのが、①4K・8Kの推進で基幹放送はどうなるのか、②スマートテレビ時代に視聴者ログデータをどうするのか、③地上波放送の未来にローカル局はどうなるのか、等々の課題でした。

村上氏は、これらの問題について放送関係者等に取材し、その結果をすでに「これからのテレビを巡る動向」という論考にまとめています。

こちら →
http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2014_09/20140902.pdf

その後、お二人の対談という形でこのセクションは進められました。一方は当事者であり、他方は調査者という組み合わせで、次世代テレビについて語るには恰好の登壇者だったと思います。ただ、残念なのは時間が足りず、論議が十分に尽くせなかったことです。

■放送サービスの高度化
気づかないうちにテレビ技術はどんどん進化しているようです。4Kテレビというのは聞いたことがありますが、8Kなどはあまり聞きません。それがいまや総務省や放送関係者の間で次世代テレビとして熱い議論の対象になっているのです。

調べてみると、現在のデジタルハイビジョンの画素数は横1920×縦1080で、2Kといわれています。4Kは横3840×縦2160でその4倍、8Kは縦横がその8倍になります。ですから、画素数にちなんでこのように呼ばれるようになったようです。

こちら →2K4K8KTV
資料:総務省

渡辺氏はこの技術のメリットとして、①広色域化技術(現実世界の色を忠実に表現可能)、②画像の高速切替え(動きの速いスポーツ等でも、ぼやけず、なめらかに表示可能)、③多諧調表現技術(より自然な映像表示が可能)、等々をあげます。

これまでよりもさらに高画質になりますから、近づいてもザラつきが目立たなくなり、より自然な画像・映像を見られるようになるというのです。さらに、より広い視野角で映像を楽しむことができ、臨場感に浸って画面を見ることができるようになりますから、さまざまな領域で4K・8Kの技術を利用できるといいます。

たとえば、教育分野、医療分野、防犯分野での活用です。4K・8Kの技術によって鮮明な映像を提示できるようになれば、遠隔教育や遠隔医療への寄与、防犯カメラ等セキュリティ性能の向上、等々が考えられるというのです。それ以外にも以下のような利活用の可能性があるとされています。

こちら →T利活用
資料:総務省

そして、世界に先駆けて4K・8Kの国内市場を作ると同時に、この技術を海外に展開して市場を作り、「4K・8Kと言えば日本」といわれるほどの認識を確立すると宣言しています。

お話を聞いていて、次世代テレビについて熱い意気込みを感じましたが、同時に、危うさも感じてしまいました。はたして思惑通りに国内外に4K・8K市場を作ることができるのでしょうか。

■視聴者ニーズは?
量販店に行けば、確かに4Kテレビは置かれていますが、実際には4K対応テレビだそうです。現在は2Kの映像を受信していますが、4K放送が始まると、4Kの画素数に変換して4Kで見られるようになるテレビなのだそうです。つまり、現在販売されている4K対応テレビは4K放送に対応しているわけではなく、別にチューナーを購入しなければ番組を見ることはできないというのです。

しかも、肝心の4K放送そのものが日本では2014年にようやく試験放送が始まったというような次第です。現在、前倒しで推進していくことが検討されていますが、2020年までにはたしてどこまで実現可能なのでしょうか。ちなみに、以下のようなロードマップが公開されています。

こちら →ロードマップ
資料:総務省

JEITAの資料によると、4K対応テレビの需要予測は国内外で2014年以降、急激に上昇することになっています。実際、アメリカでは需要が拡大するとされていますから、それがデータの数値を押し上げた可能性があります。はたして日本での需要予測はどうなっているのでしょうか。

そもそも日本の視聴者は4K・8Kテレビを購入したいと思うのでしょうか。

今年3月末でようやくデジタルテレビへの切り替えが完了します。それまでのテレビとは違い、デジタルテレビは確かに高画質・高音声でした。多額の出費に見合うだけの高精細度画面なのです。ですから、ほとんどの視聴者はデジタルテレビに満足しているのではないかと思います。これ以上、高画質の画面を求める視聴者はどれほどいるのでしょうか。

さきほどの図を見てもらえばわかるように、4K・8Kテレビはサイズも巨大になります。ひょっとしたら、一般の視聴者を対象にしていないのかもしれません。

白黒テレビやカラーテレビ、デジタルテレビが登場したときと違って、4K・8Kテレビには一般視聴者の購入意欲を喚起できるような目新しさが見当たらないのです。しかも新たな出費が伴います。となれば、国内市場でさえ形成できるかどうか疑問です。

視聴者としては、総務省や放送関係者の意気込みが先行しているという印象を受けました。もっとも、これが日本の成長戦略の一つと位置づけられているのだとすれば、技術的側面だけではなく、番組内容と関連づけて議論を重ね、制度設計をしていく必要があるのではないでしょうか。

■放送高度化の死角
渡辺氏は「これからのテレビ 2020年への期待」と題して講演し、村上氏は「これからのテレビ~2020年に向けた課題~」と題して報告されました。放送の高度化は2020年を目指した放送政策であることがわかります。

2020年といえば、東京オリンピック開催年です。国家規模のイベントであるオリンピックの開催を目途に、さらなる高精細度のテレビの開発および普及をめざしているのが「4K・8Kテレビの推進」政策なのでしょう。

オリンピックの競技中継は全世界の視聴者を引き付けます。速い動きも自然に再現できる超高精細度の4K・8Kテレビを日本が開発し、それを見たいというヒトが多くなれば、4K・8Kテレビが売れる、関連商品が売れる・・・、という展開が期待されます。従来通りの発想ですが、成長戦略の一つと位置づけられた理由もわからないではありません。

実際、国家イベントはこれまでテレビの普及に大きく寄与してきました。白黒テレビは皇太子(現天皇)ご成婚が契機となって普及しはじめ、東京オリンピックで一気に普及が拡大しました。ですから、国家イベントがあれば、機器が売れ、メディア消費が大きく進むことは事実です。

ただ、テレビ以外にほとんど娯楽がなかった当時といまとはメディア環境が大きく異なりますし、ヒトはすでにデジタルテレビで高精細度の映像、音声を手に入れています。視聴者が4K・8Kテレビのメリットを実感できないいま、放送の高度化が成長戦略の一つになるとはなかなか思えないのです。

ふと、1980年代にアナログ・ハイビジョンで優秀な技術を確立していた日本が欧米連合に敗れ、デジタル化では後追いせざるをえなかったことを思い出しました。欧米がいざとなれば日本の突出を許さないことはMUSEで経験したはずです。優秀な技術が必ずしもデファクトスタンダードになるわけではなく、その背後に必ず政治的力学が絡みます。

それはおそらくいまも変わらないでしょう。仮に国内市場が形成されたとしても、それをそのままグローバル市場に移行できるわけでもありません。超高精細度が売り物の4K・8Kでグローバル市場の形成を目指すなら、アナログ・ハイビジョンで失敗した経験を思い起こす必要があるのではないかと思います。

■誰のためのテレビなのか
4K・8Kなど放送高度化を推進する一方で、スマートテレビ、ケーブルテレビプラットフォームなども検討されています。

こちら →http://www.soumu.go.jp/main_content/000268350.pdf
資料:総務省

今後のテレビ政策が技術主導で決定づけられようとしているという印象はぬぐえません。視聴者不在の「2020年への期待と課題」という気がしてならないのです。視聴者はなによりも番組内容の充実を望んでいます。

最近、私は地上テレビをあまり見なくなってしまいました。地上テレビはチャンネルが少なく見応えのある番組も少ないので、いつの間にかほとんど見なくなってしまったのです。

情報番組やドラマなどはケーブルテレビで見ますし、時には海外のニュースやドラマをipadで見ます。i-phoneよりは画面が大きく、寝転がっても見えるからです。クロームキャストがあれば、テレビ画面でi-phoneのニュース映像を見ることもできます。海外のテレビ番組はインターネットでも視聴できるものが多く、日本の番組が面白くないとつい、そちらに流れてしまうのです。

技術主導でテレビの今後を考えている限り、視聴者離れは避けられないのではないかと思います。

渡辺氏は放送コンテンツの海外展開についても語られました。アニメだけではなく教養番組、生活情報番組なども競争力を持つコンテンツとして海外展開の可能性は高いと思います。ですから、番組の質の向上を図れるような制度設計をしていくことも重要な放送政策ではないかと思うのです。国際競争力を持つ番組制作ができるような仕組みがあれば、国内市場を盤石なものにし、海外市場を形成していくことも可能です。ですから、視聴者としてはなによりもまず、誰のためのテレビなのかという原点に立ち返り、番組の質の向上を目指す制度設計をしてもらいたいのです。(2015/3/10 香取淳子)