ヒト、メディア、社会を考える

09日

「文研フォーラム2016」に参加し、OTT産業の今後を考える。

■OTTはメディア産業をどう変えるか
 2016年3月1日、千代田放送会館で「文研フォーラム2016」が開催されました。私はセクションAの「OTTはメディア産業をどう変えるか」に出席しました。放送事業者、メディア関係者、研究者など大勢の方が参加しておられました。

こちら →IMG_2022

 OTTとは、Over The Topの略語で、動画・音声などのコンテンツサービスを提供する事業者のことを指します。このセクションでは、James Farrell氏(Head of Content-Asia Pacific Amazon Prime Video & Amazon Studios)、David Weiland氏(EVP, Asia BBC Worldwide)、西田宗千佳氏(ITジャーナリスト)を登壇者に迎え、パネルディスカッションが行われました。

こちら →https://www.nhk.or.jp/bunken/forum/2016/program.html

 まず、柴田厚・上級研究員によってアメリカでの概況が説明され、田中孝宜・上級研究員によってイギリスでの概況が説明されました。説明はパワーポイントを使って行われたので、諸状況を把握しやすく、スムーズに議論の展開に入っていくことができました。

■米英のOTTをめぐる概況
 柴田氏は、アメリカではOTTの普及で放送のあり方が大きく変容していると報告しました。Netflix、Hulu、AmazonなどOTT三大事業者がシェアを広げており、それに押されるように、テレビ事業者が新たなOTTサービスを始めたといいます。

 たとえば、Univision NOWは2015年11月からヒスパニック住民のためにスペイン語コンテンツに特化して配信しはじめ、NBC Seesoは2016年1月からコメディ番組に特化して、エッジの効いた番組の配信を開始したそうです。

 柴田氏はアメリカのOTT業界はいま、混戦模様を呈しており、各事業者はパートナーとして協力しあうこともあれば、競合相手として競い合うこともある状況だといいます。そして将来、それらの事業者がシームレスにユーザーにコンテンツを提供するようになるだろうと予測します。

 一方、田中氏は、NetflixやAmazonなどが進出しているが、イギリスではBBC iPlayerがOTT事業をけん引しているといいます。BBC iPlayerは公共サービスとして無料でコンテンツを提供しており、利用者はBBCのテレビやラジオ番組のほぼすべてを視聴することができます。

 もちろん、SKYをはじめ有料サービスを提供している放送事業者もありますが、BBC以外の放送局も独自にOTTサービスを提供していますから、イギリスでは基本的に無料視聴が中心になっているといいます。そのせいか、NetflixやAmazonの影響をそれほど深刻に捉えていないようです。

■Amazon、BBC、ITジャーナリストの見解
 AmazonのJames Farrell氏は、2015年9月に開始されたAmazon Primeの現状を説明されました。プライム会員は翌日配達の便宜に加え、追加料金なしでコンテンツ配信サービスを受けることができます。

 Amazon Primeの加入者は増加し、視聴時間も増えているといいます。現在、コンテンツの70%は日本語で配信されていますが、まもなく、サマーズを起用したコンテンツなど、日本オリジナル版を提供していくといいます。Amazon Primeは日本向けのローカライズを進めているのです。

 一方、BBCのDavid Weiland氏はBBCの現況を説明した後、BBCの戦略として、①質の高いコンテンツ制作、②強力なグローバルブランドの構築、③デジタル化対応、等々を示されました。

 もとはといえば、見逃しサービスから発したBBC iPlayerですが、BBC Storeとリンクさせることによって、視聴者はいつでも番組を購入できます。そして、購入済みの番組はさまざまなデバイスによって視聴できる仕組みになっているのです。

こちら →http://www.bbc.co.uk/iplayer/features/buy-and-keep

 David Weiland氏は、新しいデバイスが登場するたびに、BBCではiPlayerとどうマッチングさせるかを考えるといいます。テクノロジーの進化に合わせ、iPlayerも進化させるというのです。テクノロジーが進化すれば、視聴傾向も変化しますから、新規テクノロジーにマッチングさせておかなければ、視聴者のBBC離れを引き起こしかねません。このような方針で臨むBBCはまさにICT時代の放送事業者といえるでしょう。

 David Weiland氏は、BBCがiPlayerを立ち上げたのは、視聴者が今後、オンライン視聴に移行していくと判断したからだといいます。

 たしかに、若者に限らず現代の視聴者はもっぱらスマホやタブレットで番組を見ており、テレビ番組だからといって必ずしもテレビで見ているわけではありません。このような現実を予想したからこそ、ネット配信に着手しなければ、出遅れてしまうとBBCは判断したのでしょう。BBC iPlayerが運用開始されたのは2007年12月からでした。

 ITジャーナリストの西田氏は、日本のOTT事業は海外に比べ、5年は遅れているといいます。日本の場合、そこから得られる利益が大きくないからだというのですが、その日本でも、現在、スマホやタブレットで映像コンテンツを視聴する人が増えています。となれば、将来、OTT事業が収益を生み出せるようになるかもしれません。

 西田氏は、どのようなコンテンツを提供していくかが大切だといいます。そして、テレビ東京が『妖怪ウォッチ』のネット配信で大成功を収め、全体としてのコンテンツビジネスを変えたことに注目します。

 それを聞いて、私はとても興味を覚えました。後で調べてみると、2015年度、たしかにテレビ東京は大幅に収益を上げていますが、それは、アニメなどのライセンス収入の大幅な増加によるものでした。地上放送では前年同期比1.1%増だったのに、アニメなどのライツ関連が346%も増加していたのです。

こちら →http://gamebiz.jp/?p=156867

 アニメはグローバル展開しやすく、コンテンツ流通のハードルを越えやすいのかもしれません。日本がOTT事業を推進していくうえで、どのようなコンテンツをどのように提供していくか、今後ますます重要になるでしょう。

 最近、目覚ましい躍進ぶりを見せているのが、Netflixです。DVDの宅配レンタルで1997年に事業を開始したNetflixがどのようにしてこのような発展を遂げることができたのか、フォーラムでは詳しく取り上げられなかったので、ここで少し触れておきます。

■Netflixの躍進
 OTTの加入者は増加し、視聴時間も増えてきました。最大手のNetflixは2016年1月現在、世界190か国以上、7000万人以上にサービスを提供しています。

こちら →helloWorld
Netflix media centerより。図をクリックすると拡大されます。

 Netflixはオリジナルシリーズ、ドキュメンタリー、長編映画など、1日、1億2500万時間を超えるコンテンツをオンラインで配信しています。会員はさまざまなオンライン接続デバイスで、いつでも好きな時に、好きな場所からコンテンツを視聴することができます。まさにOTTの最先端をいく事業者といえるでしょう。

 1997年にDVD宅配レンタルサービス事業を始めたNetflixは2007年、一部作品を対象に、VOD方式による動画配信サービスを開始しました。以後、急速に加入者を増やしていきます。

こちら →s2015TS314_3_2-580x327
(吉岡佐和子・情報通信総合研究所より)図をクリックすると拡大されます。

 吉岡佐和子氏は、Netflixの特徴として、他のOTT事業者に比べ、圧倒的にコンテンツが多いことをあげます。もっとも、さほど有名でない作品が多いことも指摘し、Netflixが以下のような工夫をしていることを紹介しています。

「最新のテレビシリーズを放送するHulu Plusとは異なり、ライセンス料が安く、さほど有名でない作品が多い。そのため、Netflixはユーザーの過去の動画視聴状況に関する莫大なデータを分析し、個々のユーザーの好みを把握して、その嗜好に近い作品をレコメンドしている。その結果、これまでユーザーが知らなかったような作品であっても、嗜好に合っているため楽しむことができる。ここがNetflixの最大の強みであり魅力なのである」
(http://www.icr.co.jp/newsletter/s2015ts314_3.htmlより)

 このようにNetflixは、ユーザーの視聴動向に沿ったコンテンツ提供サービスを展開しているというのです。ビッグデータを分析した結果を重視する経営姿勢は、テレビ番組を配信する際、シーズン終了後に一挙に全話を配信するという形式をとっていることにも表れています。

 視聴動向を分析した結果、多くの視聴者が全話を一挙にまとめて視聴するという傾向がみられたことを踏まえ、Netflixはこのような配信形式を採用するようになったというのです。これもまた、ビッグデータに基づくマーケティングを踏まえた戦略といえるでしょう。

 吉岡氏はさらに、Netflixはオリジナルコンテンツを制作する際にも、このようなデータに基づいて行っているといいます。

 「Netflixはオリジナルコンテンツの作成に莫大な投資を行っているが、そのストーリーや俳優は、視聴者がどういうストーリーを好んで見ているか、どの俳優の作品が多く見られているか、といった莫大な視聴データを用いて決定している。「House of Cards」はネットドラマ初となるエミー賞を受賞したが、これはNetflixの綿密な戦略により、受賞が約束されていたといっても過言ではないだろう」
(前掲URLより)

 「House of Cards」は政治・社会派テレビドラマシリーズで、Netflixが番組販売および配信をしています。2013年2月1日からシーズン1、2014年2月14日からシーズン2、2015年2月27日からシーズン3が配信されており、2016年3月4日からシーズン4が放送開始されます。各シリーズはそれぞれ13話配信されています。

こちら →http://www.imdb.com/title/tt1856010/

 この作品はネット配信で初公開されたドラマシリーズとして、2013年に第66回プライムタイム・エミー賞を受賞しました。以後、数々の賞を受賞しています。まさにビッグデータを駆使したコンテンツ制作の成果です。

 それでは、日本市場でOTTはどのような展開を見せるのでしょうか。

■日本市場とOTT
 日本でもNetflix、Hulu、Amazonなど三社のサービスが利用されています。放送コンテンツ配信サービスはいまや急速にグローバル化しつつあります。果たしてこれらの事業者が日本市場で成功するのか、否か。問題は、利用者がどれほどそのサービスを利用したいと思うのか、です。

 この三社にdTV、U-NEXTを加え、各社のサービスを比較したサイトを見つけましたので、ご紹介しましょう。

こちら →http://getnavi.jp/11513

 これを読むと、Amazon以外のほとんどのサービスが実質的に月額1000円で抑えられていることがわかります。ですから、現在のところ、価格面で競争優位に立っているところはありません。それではコンテンツの方はどうでしょうか。

 James Farrell氏はAmazonのさまざまな取り組みを紹介したうえで、重要なのはコンテンツだといいます。ヒットするようなコンテンツはそれほど手をかけなくてもヒットするともいいます。ICT時代では、いいコンテンツが埋もれたままになることはなく、いつか誰かの目に留まり、日の目を見るようになるからでしょう。そして、これからAmazonは日本オリジナル版を充実させていくといいます。

 BBCのDavid Weiland氏も質の高いコンテンツを目指しているといいます。コンテンツの制作ではヨーロッパの方が進んでいるが、Broadbandはアジアの方が進んでいるとし、OTTのアジア市場は今後、発展するだろうと予測しています。

 それでは、OTT事業者が配信するコンテンツは現時点で、どう評価されているのでしょうか。

 先ほど紹介したサイトによると、Netflix、Hulu、Amazonについて、コンテンツの面で比較すると、海外ドラマを見たいのならHulu、他では見られないオリジナルコンテンツを求めるならNetflix、そして、Amazonは他に比べ配信コンテンツ数は少ないが、プライム会員なら追加料金がいらないのでお得と、判定しています。(前掲。http://getnavi.jp/11513より)

■視聴者の立場からOTTを考える
 最後に、視聴者の立場からOTTについて考えてみることにしましょう。私の場合、どうだったのか、OTT受入れ状況を含め、最近の視聴傾向を振り返ってみることにしたいと思います。

 I-phone6sに買い替えた際、Netflixが標準装備されていましたが、私は加入しませんでした。ケーブルテレビで十分だと思ったのです。Amazonの場合も同様、私はプライム会員なので追加料金なしに動画コンテンツ提供サービスを利用できるのですが、いまだに利用していません。とくに見たいと思う番組がないのです。

 1日は24時間しかありませんし、見たいと思う動画コンテンツも限られています。どれほど多くの選択肢があったとしても、一人の人間が見られるコンテンツ数には限度があります。これが視聴者がOTTサービスを受け入れる際の大きな制約要因になるのではないかと思います。

 私の場合、現在はケーブルテレビを通して、様々な放送コンテンツを見ています。ニュース系統はCNNやBBC、CCTV大富などを見ていますし、ドラマは主にイギリスのミステリードラマをよく見ています。

 ケーブルテレビでは多数の番組が提供されていますから、私はこれまでいろいろなチャンネルを視聴してみました。視聴したいチャンネルが決まってきたいまも、たまに他のチャンネルに変えてみるのですが、満足できず、結局、上記のようなチャンネルでほぼ固定してしまいました。

 視聴者にはコンテンツに対する固有のニーズがあります。そのニーズに対応できるコンテンツが提供されれば満足し、コンテンツと視聴者の満足感の回路ができあがれば、やがてそれが習慣化されます。そして、視聴行動がいったん習慣化されれば、なかなか崩れないことが経験上、わかります。

 私は以前、iphoneで海外の番組を視聴していました。アルジャジーラの番組も視聴できましたから、シリアの政変などはiphoneで見ていました。その後、ipadで視聴するようになりましたが、長時間見続けると、画面が小さすぎて目が疲れます。

 モバイルデバイスはいつでもどこでも見られるというメリットはありますが、長時間、視聴するのは無理です。やはり大画面の高精細度テレビで視聴する魅力にはかないません。現在、視聴者はさまざまな状況下でコンテンツ消費を楽しみたいと思うようになっています。さまざまなデバイスでコンテンツを視聴できるOTT事業は、視聴者のその種のニーズに応えることができますから、大きく伸びていくでしょう。

 視聴者としての経験を踏まえ、OTT事業の今後をざっと見てきました。世界の動向と同様、日本でもOTT事業は進展していくでしょう。ただ、テレビ放送の時代と違ってネット配信の時代には、質の高いコンテンツの提供こそがOTT事業者生き残りのカギになると思います。

 今後、質の高いコンテンツをどのように見せていくのか、質をどのように維持していくのか、ビッグデータを活用した戦略が必要になってくるでしょう。さらに、ネットとテレビ、コンテンツ・ストアをシームレスに連携させる工夫をしていくことが、OTT事業の経営基盤の安定につながるのではないかと思います。(2016/3/9 香取淳子)