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17日

「大阪・関西万博2025」①:「大屋根リング」は歴史に残るか?

■開幕とともに、「1万人の第九」

 4月13日、「大阪・関西万博2025」が開幕しました。開幕式には、天皇、皇后両陛下をはじめ、石破首相など政財界の重鎮が参加していました。改めて、この万博が国をあげてのイベントだということを感じさせられます。

 「大阪・関西万博2025」については、「開幕までに完成しない」、「大屋根リングの土手が崩れた」、「工事現場で爆発事故が起こった」、「参加表明国が続々と辞退している」、「チケットが売れていない」など、ネガティブなニュースばかりを目にしていました。

 挙句の果ては、「パビリオンの建設が間に合わず、開催中止」とまでいわれていましたから、私はすっかり興味をなくしてしまっていました。

 ところが、4月13日、開幕してみると、あいにくの雨の中、なんと14万人もの来場者が押し寄せたのです。初日でとくに印象的だったのが、「1万人の第九」です。来場する人々を歓迎するため、大屋根リングには1万人の人々がずらりと立ち並び、ベートーベンの第九を合唱したのです。圧巻でした。

 ベートーベンの交響曲第九番は、壮大なスケールと深い感動を提供する作品だといわれています。力強く始まる第1楽章から、第4楽章の「歓喜の歌」に至るまで、壮大な音楽が展開されます。

 万博で合唱された「歓喜の歌」の歌詞は、フリードリヒ・シラーの詩「歓喜に寄せて」に触発されて創られており、人類の普遍的な愛と喜びを讃えています。合唱を取り入れたという点で、第4楽章は、交響曲の伝統的な枠組みを超えた革新的な試みでした。

 44秒ほどの短い動画をご紹介しましょう。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=Vk-JuSIm8U0

(※ CMはスキップするか、削除して視聴してください)

 この「1万人の第九」には、日本人をはじめ、中国人や韓国人など、6歳から93歳までの1万263人が参加しました。開場時間の午前9時に合唱が始まり、ベートーベンの交響曲第九番第4楽章の「歓喜の歌」が、迫力ある歌声で会場全体に響きわたりました。

 指揮者は世界を舞台に活躍している佐渡裕氏で、「1万人で歌うのはすごい光景で、ベートーベンも驚いていると思います。とてもうまくいき、すごく誇りに思います」と語っていました。

 家族と共に参加した40代の女性は、「いろんな方向から歌声が聞こえてきて、すごい迫力でとても感動しました。この1万人に入れてもらってよかったです」と話していました。(※ https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250413/k10014776581000.html

 こうして開幕とともに、圧倒的なスケール感のある大屋根リングの上で、「1万人の第九」コンサートが開催されたのです。参加者は、日本人を中心に、中国、韓国からの老若男女でした。大空に響き渡る合唱団の歌声は会場を覆い、来場者たちを感動させたことでしょう。大屋根リングのスケール感を活かした素晴らしい企画でした。

 リングの下は、積み木のようにも見える大屋根リングが、実は、1万人以上の重量に耐えられる強靭な木造建築だということがわかります。

 夜になれば、この大屋根リングを観客席に見立て、水上ショーが行われます。夜空を背景に展開される幻想的なショーです。

■水と空気のスペクタクルショー

 水上ショーを構想したのは、大阪に本社を置く飲料メーカーのサントリーと空調メーカーのダイキンです。サントリーの鳥居副社長は当時、記者会見の席上で、世界中から「大阪、関西万博2025」を見るためにやってくる来場者を驚かせ、楽しませ、後々まで記憶に残るようなイベントを提供したいと語っています。

 サントリーのHPを見ると、「水と生きるSUNTORY」がキャッチコピーになっていますし(https://www.suntory.co.jp/)、ダイキンのHPを開くと、まず、「空気で答えを出す」というメッセージが掲げられています(https://www.daikin.co.jp/)。水上ショーを企画した両社は、「水」と「空気」をコンセプトに事業展開する企業でした。

 両社は、水と空気があるからこそ、すべての生き物は存在することができ、進化を遂げてきたという思いから、「水、空気、光、炎、映像、音楽を駆使して、生命の物語を描く」というコンセプトで、水上ショーを企画しました。

 ショーのタイトルは「アオと夜の虹のパレード」です。

 タイトルにはショーの概要が示されています。「アオ」は、主人公の子どもの名前で、「水」と「空気」それぞれに共通するイメージの「青」にちなんで名付けられています。そして、「夜の虹」とは、空気中の水分量が豊富で、月が明るい夜にだけ見られる自然現象で、虹が出ている間は、生きものに生命力がみなぎる奇跡の時間とされています。(※ 「あまから手帖 online」)

 明るい月夜に虹がかかった時、生きものたちによる祝祭が開かれるといわれている島がありました。ある時、アオは夜の虹と出会います。そこでアオは多様な生きものたちと交わり、心を通わせていきます。祝祭に歓喜するアオを通して、生命が輝く時をショーアップしたストーリーになっています。

 1分53秒のデモ動画をご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/qW7Pv1p-nbQ

 この水上ショーは日没後に2回、リングの内側に広がる水辺「ウォータープラザ」で開催されます。リングの南側に広がる水辺に3万平方メートルのウォータープラザで、約300基の噴水が躍動し、レーザー照明が夜空を照らす中、音楽と響き合って幻想的な空間が創り出されます。

 そんな中、ウォーター・スクリーンに映し出される映像が、ストーリーを展開します。水と空気のおかげで生存できる生き物たちの壮大なスペクタクルショーです。クライマックスには実際に水しぶきや、炎の熱さも感じられるそうです。

 万博史上最大級の水上ショーは、毎晩2回開催され、1回約20分間行われます。迫力あるアトラクションが、入場者なら誰でも無料で見られるのです。

 それでは、ショーが開催される場所を確認しておくことにしましょう。

■ウォータープラザと「つながりの海」

 まず、万博会場のレイアウトがどのようになっているのか、図で確認しておくことにしたいと思います。


 これを見ると、夢洲は橋と地下鉄の二通りの経路で大阪とつながっていることがわかります。万博会場は、夢洲の南西の約半分、赤い破線で囲われている部分です。3つにゾーニングされており、もっとも大きいのがパビリオンのゾーンで65.7ヘクタール、次いで、水ゾーンの47ヘクタール、そして、西側に位置する緑ゾーンは42.9ヘクタールです。

 パビリオンゾーン以外には、水と緑のゾーンがほぼ同程度、割り当てられています。万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」を踏まえ、ゾーニングされたことがわかります。

 次に、大屋根リングと水上ショーが行われるウォータープラザの位置関係を確認しておきましょう。


(※ https://www.pref.osaka.lg.jp/j_fusei/2503/cts0103_477.html

 この案内図を見ると、ウォータープラザは、大屋根リングの南側やや西寄りに三日月形で設定されていることがわかります。

 先ほど見た万博会場のレイアウトでは、このウォータープラザは水ゾーンに組み入れられていました。水ゾーン内の位置関係を把握するため、俯瞰して夢洲全体を見てみました。


(※ https://saitoshika-west.com/blog-entry-7618.html

 リングの外側は「つながりの海」と名付けられていますが、海そのものではなく、海とつながっているところです。「つながりの海」は護岸で囲われており、いってみれば、夢洲の中にあるため池のようなものです。

 ですから、本来なら、浸食されるはずがないのですが、3月7日、護岸が浸食されていることが発見されました。

■護岸の浸食

 今回、浸食が指摘されたのは以下の箇所でした。

(※ https://www.expo2025.or.jp/news/news-20250310-07/

 これを見ると、大屋根リングの外側(つながりの海)の方が、内側(ウォータープラザ)より浸食がひどいことがわかります。護岸の浸食が発生した当時の写真をご紹介しましょう。

(※ 前掲、URL)

 ちょっとわかりにくいかもしれませんが、これが「つながりの海」側の浸食部分です。

 万博協会はこの件について3月10日、護岸を砕石で覆い、浸食した護岸の保護を進めると発表しました。さらに、大屋根リングとウォータープラザ沿い外周道路の安全性には影響がないことを、学識経験者から確認を得たと報告しています。

 ウォータープラザ沿いの外周道路(EVバスや貨物車両等が走行)は、基礎梁と一体の鉄筋コンクリートの床スラブの上に、アスファルトによる舗装を実施しています。これは大屋根リング基礎構造と一体のものであり、外周道路も安定した構造となっていると説明しているのです。

 そして、浸食の原因としては、ウォータープラザとつながりの海に2月中旬より注水を行ったことだとしています。注水後に浸食の発生が確認されているので、これが原因だとしているのです(※ https://www.expo2025.or.jp/news/news-20250310-07/)。

 実際、2月17日から合計六つのポンプで大阪湾の海水が注入されました。海水が注入されたのは大屋根リングの南の外側にある「つながりの海」32ヘクタールと、その内側にある「ウォータープラザ」3ヘクタールです。

 「ウォータープラザ」はいったん予定水深に達しましたが、「つながりの海」は達しておらず、開幕までに水深1メートルになるよう調整しながら注水が続けられました。海水が十分に満ちると、ライトアップされたリングが水面に反射する光景が見られるからです(※ 朝日新聞、2025年3月2日)。

 万博協会は、海水を引き入れ始めたことで、リングの外側にかかる水圧が高くなっていたところに、風の影響で想定以上に波が高くなり、護岸の浸食がさらに広がったと状況説明しています。

 現在は修復されていますが、浸食の原因の一つは、水上アトラクションを見栄えよくするための結果だったともいえるでしょう。

■アトラクションの舞台として、観客席として機能する大屋根リング

 こうして紆余曲折を経ながらも、開幕すると、万博史上最大級の水上ショーが誕生しました。ラスベガスの有名な水上ショーに勝るとも劣らないアトラクションだという人もいます。

 いずれにしても、ウォータープラザでの水上ショーが、万博名物の一つになることは確かでしょう。夜だけではなく、昼間もここで、音楽に合わせて噴水が躍動する水上ショーが行われます。ウォータープラザでの水上ショーは開催期間中、夜も昼も、老若男女、誰もが楽しめるよう企画されているのです。

 ここでご紹介した、「1万人の第九」といい、万博史上最大級の水上ショーといい、圧倒的に迫力のあるアトラクションでした。一方はスケール感のある大屋根リングを舞台に見立ててコンサートを成功させ、もう一方は大屋根リングを客席と見立ててショーを成功させています。

 大屋根リングは、大勢の入場者を圧倒的な迫力で惹きつけるための装置として機能していたのです。

 実は、開幕前の大屋根リングが、YouTubeの中田チャンネルで紹介されていました。吉村大阪府知事が中田敦彦氏に万博会場を紹介し、説明していくという趣旨の動画でした。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=fwWlu7saGCU&t=196s

(※ CMはスキップするか、削除して視聴してください)

 この動画から、大屋根リングの箇所をご紹介していくことにしましょう。

■中田チャンネルで見た大屋根リング

 中田チャンネルの「大阪・関西万博2025」は、大屋根リングの上で、中田敦彦が両手を広げて叫んでいるシーンから始まります。「大阪万博、始まるぞ!」、「大屋根リング、デカい!」と大声を出しているのです。


 確かに、画面を見ただけでも、大屋根リングは想像を超える大きさでした。俯瞰しなければ、その全体像を一つの画面に収めることはできません。

 上から見ると、大屋根リングの全景はこのようになっています。

 リングの上はまるで道路のようになっていて、側面には芝生が植えられています。吉村知事は、この斜面はすり鉢状に設計されており、来場者はここで、お弁当を広げて食べてもいいし、寝転がってくつろぐこともできると説明していました。

 先ほど、ご紹介したウォータープラザについても、吉村知事は説明されていました。

 大屋根リングの内側が観客席になっていて、ウォータープラザで展開されるショーを見るという仕様になっています。周囲は海ですから、夜になれば、レーザー照明などで創り出された幻想的空間を楽しむことができるのです。

 もちろん、日中の風景も楽しめます。

 大屋根リングの先には海が見え、反対側には六甲山が見えます。海と山の風景が、大屋根リングの先に広がっているのです。一体、どういう仕掛けになっているのかと不思議に思っていると、吉村知事はいつの間にか下に降り、リングを支える木の説明をしています。

 大屋根リングを支える無数の木々は、釘を使わず組み立てられています。清水寺の舞台を作った技術が使われており、耐震性が高いそうです。木々の所々に節目が見られ、まるで林の中にいるような空間が生み出されていました。リングの下の空間は、無数の柱の合間から、太陽光がふんだんに入り込み、明るく、風通しがよく、快適さが充満しているように感じられます。

 これらの大屋根リングを支える多数の柱には、自然の中で育まれてきた日本文化が象徴されているように思えました。多数の木々が支え合い、つながり合い、暖かな空間が創り出されていたのです。まさに「いのち輝く未来社会をデザイン」をテーマとする、「大阪・関西万博2025」のシンボルといえます。

■さまざまに楽しめる大屋根リング

 大屋根リングは、「大阪・関西万博2025」の会場デザインプロデューサーである建築家の藤本壮介氏が構想し、「多様でありながら、ひとつ」というデザイン理念を表現した建造物です。

 2023年6月30日に木組み部分の組み立てを開始し、2024年8月21日に全周約2㎞がつながりました。建築面積は61,035.55㎡、内径は約615m 外径は約675m、全周は約2km、幅は30m、高さは約12m(外側約20m)という壮大なスケールが特徴です。

 日本の神社仏閣などの建築に使用されてきた伝統的な貫(ぬき)接合に、現代の工法を加えて建築された世界最大級の木造建築物です。使われた木材は、国産木材7割(スギ、ヒノキ)、外国産木材3割(オウシュウアカマツ)などです。

 会場の主動線として機能する円滑な交通空間であると同時に、雨風や陽射しなどを遮る快適な滞留空間として利用されるよう建造されています。(※ https://www.expo2025.or.jp/news/news-20250228-04/

 2025年3月4日、世界最大の木造建築物として、大屋根リングがギネス世界記録に認定されました。全周2㎞、幅30m、高さ約12m(外周は約20m)という壮大なスケールを思えば、当然の結果だと思います。

 リングを支える柱の下で撮影された関係者らの写真があります。

 向かって右がデザインプロデューサーの藤本壮介氏です。

 ギネスでは木造建築としてのスケールが評価されましたが、それ以外に、多様な機能をもつ建造物としても大屋根リングには大きな価値があります。

 先ほどもいいましたが、大屋根リングの屋上からは、会場全体を見渡すことができます。リングの外に目を向ければ、瀬戸内海の穏やかな海や夕陽を浴びた光景、振り返れば、大阪の街並み、そして、方向を変えれば、六甲山や明石海峡など、海と空に囲まれた万博会場ならではの魅力を楽しむことができます。

 さらに、リングの上は展望台として機能するばかりか、道路として機能し、舞台としても観客席としても機能しています。類まれな建造物だと思います。

 果たして、藤本氏は万博会場をどのような観点から構想したのでしょうか。

■藤本壮介氏の設計コンセプト

 藤本氏は、人を集める建築の条件について問われ、「一度見ただけで満足する、インパクト重視の施設とならないよう意識しました」と答えています。(※ https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03069/020300011/

 藤本氏は、もはや建造物に意表を突く衝撃力は求められておらず、その場にいるからこそ可能な体験、あるいは居心地の良さといったものが求められるようになっていると認識しています。

 確かに、現代人のほとんどは、とどまるところを知らない競争に疲れ果て、先の見えない世の中に不安を覚え、すべてに疑心暗鬼になっています。インパクトの強いものを受け止めるだけの心の余裕が失っているような気がします。

 現代人のこのような心的傾向を踏まえ、藤本氏は、大屋根リングを設計する際、自然とのハーモニーを重視したのではないかと思います。だからこそ、リング状の木造建造物を構想したのでしょう。屋根の上の外周をすり鉢状の斜面にし、そこに芝生を植える設計にしたのではないかと思います。

 大屋根リングの上は二層になっています。一層目は黄色のセンターラインの入った幅広の道路が設置され、その上の二層目はその半分の幅の道路になっています。いずれも側面には芝生が敷かれ、縁にはスポットライトが多数、設置されています。

(※ https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/expo2025002/

 夜になって、このスポットライトが灯されれば、いきなり幻想的な世界が現れるという仕掛けです。

(※ https://dempa-digital.com/article/610580

 上の写真は、藤本氏らが大屋根リングの照明を確認した際に撮影されたものです。開幕に向けて、LED照明の色味や明るさなどを調整していたのです。リングの上の照明は季節に応じて調光することができるそうです(※ https://dempa-digital.com/article/610580)。

 大屋根リング全体がライトアップされた動画があります。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=eECndMY-WV0

 壮観としかいいようがない光景です。周囲が海なので、夜になれば、光が景観に抜群の効果をもたらします。これだけの夜景は滅多に見ることができるものではないでしょう。

 昼間、大屋根リングの上に上がれば、パビリオンを一望できます。リング上がいきなり展望台になるのです。歩き疲れれば、芝生に寝そべって、陽光を浴び、潮風を感じることもできます。芝生が敷かれているリングの側面は、四季折々の変化に応じて異なる表情を見せてくれるでしょう。

 このリングを構想した藤本氏は、ここに来れば来場者は、「パビリオンの展示を見ただけで帰るのはもったいない」「もうちょっとこの場所にいたい」と感じるはずだといいます。(※ 前掲、URL)

 自然に包まれた安らぎの中で、来場者は見てきたばかりの各国のパビリオン、産業パビリオンなどを思い出すかもしれません。そのような思いを抱いたまま、日常を離れたこの場にもっといたいと思うかもしれません。

 大屋根リングはまさに、人が自然と交わり、楽しめる場になっていました。全長2キロメートルにも及ぶ大きな輪になっているからでした。世界各国からやってきた人々はここで自由に集い、やがて交流するようにもなるでしょう。

 そのような万博のメイン会場が、日本ならではの資材と最新の技術を結集して、建造されていたのです。素晴らしいとしかいいようがありません。「大阪、関西万博2025」は、この大屋根リングのおかげで、歴史に残ることになるのではないでしょうか。

(2025/4/17 香取淳子)