ヒト、メディア、社会を考える

08日

クールジャパン:それぞれの戦略

■クールジャパン・出版ビジネス・パートナーズフォーラムの開催
 2016年9月23日、ビッグサイト会議棟703会議室で、第23回東京国際ブックフェアの一環として、クールジャパン・出版ビジネス・パートナーズフォーラムが開催されました。登壇者は、司会が慶應義塾大学教授・中村伊知哉氏、報告者が講談社ライツ・メディアビジネス局長・吉羽治氏、手塚プロダクション著作権事業局局長・清水義裕氏、アニメイト海外事業部部長代理・外川明宏氏、KADOKAWA常務執行役員・塚本進氏の4名でした。

 フォーラム開催に際し、クールジャパン政策を担当されている知的戦略推進事務局次長・増田義一氏が挨拶されました。増田氏は、政策を推進する際のキーワードは「連携」だといわれます。産官学の連携、業種間の連携、業態の垣根を超えた連携こそがクールジャパン政策を推進し、実りある展開が期待できるというわけです。

 このような考えの下、2015年12月に産官学連携のプラットフォームとして、一般社団法人Cip協議会が設立されました。国家戦略特区に指定された東京都港区の竹芝地区に、政府と東京都が連携してデジタル・コンテンツの集積拠点を作っていくという構想です。

こちら →http://takeshiba.org/cip-conference/

■デジタル・コンテンツ特区CiP
 海に面した竹芝地区に、国内外のデジタル・コンテンツのハブとなる建物が建設されます。東京オリンピックが開催される2020年には、業務棟(地上39階、地下2階、高さ210m)と住宅棟(地上21階、高さ100m)が完成する予定なのだそうです。このデジタル・コンテンツ特区はビジョン10か条に基づいて構想されており、これらのビジョンが実現すれば、とても魅力的なコンテンツ集積拠点になりそうです。

 ビジョン10か条は以下のように、イラストを使って端的に、シンボリックに表現されています。

こちら →cipvisonban-1
(http://takeshiba.org/より。図をクリックすると拡大します)

 たとえば、上記イラストの上段左端を見てみましょう。このイラストには、パソコンやIT企業、ロボット、コスプレなどが描かれています。いずれも、このデジタル・コンテンツ集積拠点のクラスターを表したものです。

 日本の産業界が培ってきた技術力、近未来に大活躍する兆しを見せ始めたロボット、そして、世界の若者を惹きつけて離さない日本のポップカルチャーといった具合に、現代日本を象徴するとともに、今後の社会を方向づけるようなモチーフが選択されています。ですから、このイラストからは、さまざまなクラスターが絡み合い、総合的にデジタル・コンテンツ領域で日本が力を発揮していこうとする意気込みが感じられます。

 次に、下段、真ん中のイラストを見ると、「TOKYO」と書かれたお面を真ん中に、「KYOTO」、「OKINAWA」、「SINGAPORE」、「USA」、「PARIS」と書かれたお面が放射状に置かれ、それぞれが、「TOKYO」と双方向の矢印でつながれています。まさに東京を中心に、国内外の諸都市をつなぐネットワークの形成を示すものであり、東京を内外のデジタル・コンテンツ制作のハブにしようとするビジョンが示されています。

 その他のビジョンも同様、イラストを使って、わかりやすく的確に、その意図と目的が表現されています。 いずれもICTが進展する状況下で、今後さらにグローバル化が進み、産業構造、文化状況が激変することを踏まえたビジョンといえるでしょう。一目でわかる端的な表現には若い感性が反映されています。次代に向けた取り組みとしてふさわしいと思いました。

■それぞれの戦略
 さて、出版パートナーズフォーラムでも、新しい動きが感じられました。ここでは4人の方が発表されたのですが、その中から、コミック、作品や原作の海外展開について報告されたお二人のご発表をご紹介していくことにしましょう。

■コミック・出版の海外展開
 講談社ライツ・メディアビジネス局長の吉羽治氏は、出版の領域で日本文化を海外に紹介する仕事をされています。これまでは日本文化の紹介だけでは収入が得られず、苦労されたようですが、コミックの出版が定着して以来、状況が変化してきたそうです。

 海外のコミック・アニメ市場がどれほど活況を呈しているか、最近の様子が写真で紹介されました。会場で撮影した写真は不鮮明でしたので、会場の雰囲気を把握するため、他の写真で見て見ることにしましょう。

こちら →%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%91%e3%83%b3%e3%82%a8%e3%82%ad%e3%82%b9%e3%83%9d
(http://euro.typepad.jp/blog/2016/04/japan_expo_paris.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 パリで開催されたJAPAN EXPO 2016には30万5000人が集まったそうですし、ロサンゼルスで開催されたANIME EXPO 2016にも約30万人が来場したそうです。いずれも史上最高の入場者数でした。

 コミック市場の場合、アメリカ、フランス、韓国、台湾、ドイツなど上位5か国で全体の80%を占めるといいます。コミック販売だけではなく、ライブイベントでのグッズ販売の売り上げも増えているそうです。アニメ人気にも支えられ、コミックは欧米、東アジアなどで安定した市場を形成していることがわかります。

 一方、ファッション雑誌、書籍などはアジア3か国で90%を占めるといいます。興味深かったのは、吉羽氏が、日本文化を共有できる国々での販売が中心になっていると指摘されたことでした。ファッションやライフスタイルに関する生活情報、文字に依存した書籍などの消費には文化的障壁があることが示唆されています。日本文化そのものへの関心が希薄なら、なかなか手に取ってもらえないことがうかがえます。英語に翻訳することで世界に販路は広がったとしても、実際に消費されるには、日本文化への関心あるいは、共感が必要だというわけです。

■作品、原作の海外展開
 手塚プロダクション・著作権事業局局長の清水義裕氏は、長年にわたって、海外市場の開拓にかかわってこられました。手塚作品をできるだけ多くのヒトに読んでもらいたいという思いから、さまざまな工夫をされてきたのです。すでに1990年代から世界のアーティストとコラボで手塚作品の制作を手掛けてこられたそうですから、海外展開のノウハウも蓄積されています。

代表作の「鉄腕アトム」には商品化権が表示されており、手塚プロダクションは日本で初めて商品化権の概念を確立したといわれているほどです。手塚作品は手堅く、スムーズに商品化が行われるようになっています。スタイルガイドに基づいて商品化を行うことによって、ライセンス収入が合理的に得られるようになっているのです。

■スタイルガイド
 手塚作品のキャラクター使用について、スタイルガイドをどのように使うのか、みていくことにしましょう。まず、スタイルガイドから、どのキャラクターを使用したいのかを選びます。

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(https://tezuka.co.jp/business/character/index.htmlより。図をクリックすると拡大します)
 
 どのキャラクターにも、なんらかのイメージが付随しています。利用者は目的にふさわしいイメージのキャラクターを選択し、活用しようとします。それだけにイメージの管理は重要で、手塚作品のキャラクターには、反社会的行為をしない、政治や宗教などの活動に一切かかわらない、未成年者に悪影響を与える商品や広告にかかわらない、といったルールが設けられています。ですから、手塚作品の中のどのキャラクターを選んだとしても、利用者は企業イメージや商品イメージを傷つけることなく使用できるのです。

 仮に鉄腕アトムを選んだ場合、次に、どのビジュアルを使用するかを決めます。

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(https://tezuka.co.jp/business/character/index.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 このように基本ビジュアルとして、あらかじめキャラクターの多様な表情を設定しておけば、利用者は選びやすく、プロダクション側も徹底した画像の品質管理ができます。さらに、利用者がキャラクターの画像を使用する際には、手塚プロダクションが監修を行い、品質の維持に努めているといいます。工業製品の品質管理を彷彿させる手法でキャラクターが管理されているのです。

 それを聞いて、手塚治虫の『マンガの描き方』(光文社)という本を思い出しました。ヒトの顔をそのように捉えるのかと面白かったので、覚えていたのですが、たしか、その本の中で、人間の顔のパーツがいくつものパターンとして描かれているものがあったのです。口や目、鼻、顔のカタチ、髪型といった要素を組み合わせて、顔の表情を創っていくのですが、これが上記で紹介したスタイルガイドに相当するように思えたのです。

 日本で最初にテレビアニメーションを手がけただけあって、手塚治虫には明確なキャラクター製造方式というものがあったのでしょう。それが後年、キャラクターの商品化の際、役立ったのだと思いました。

■年齢層別リメイク版
 清水氏はさらに、手塚作品の海外展開に際しては、対象年齢に合わせた展開を行っているといいます。たとえば、「鉄腕アトム」のリメイク版として、4歳から6歳までの就学前児童に向けにテレビアニメ「リトルアストロボーイ」を制作しました。11分49秒の映像がありますので、ご紹介しましょう。

こちら →
https://www.youtube.com/watch?v=IFSuLDabl6I&index=2&list=PLDir0jj5yIIuVLLxTRQGC4lzxJZEImyZX

 これはフランスのディレクターと共同で制作したそうです。フランスなどヨーロッパではアニメは子ども向けコンテンツという認識が強く、暴力等の要素は規制の対象になります。海外展開を考える際、現地の文化慣習を踏まえ、きめ細かくローカライズを図る必要があるからでしょう。

 そして、7歳から12歳向けにはCGテレビアニメ「アストロボーイ・リブート」を制作、提供しています。1分22秒の映像をご紹介しましょう。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=Z240pys_D4A

 こちらも同様、フランス、モナコの制作会社との共同制作です。いずれも「鉄腕アトム」をたくみに換骨奪胎したものといえるでしょう。現地のヒトに受け入れてもらうには、 現地の文化テイストのようなものに合わせなければ、受け入れられにくく、それを打開するには、共同制作がもっとも適しているのかもしれません。

 清水氏はまた、アメリカ市場向けにはパロディもOKという方針で現地展開を図っているといいます。たとえば、「Peeping Life―WE ARE THE HERO」という番組で、アトムを登場させています。

 さらに、中国市場向けにはブラックジャックの実写化の計画が進んでいるといいます。「ブラックジャック」の原作を使用する権利を、中国の映画・テレビ番組制作会社が購入し、中国人の監督、俳優で制作するという内容で契約を結んだそうです。

 一連の事業内容を聞いていると、手塚プロダクションがどれほど積極的に海外展開を企図しているかがわかろうというものです。ローカリティを踏まえ、現地の制作者とコラボで制作すれば、世界に販路を広げることができるということを実証しているように思えます。

■それぞれの戦略
 コミックや原作の海外展開の面からクールジャパン戦略の現状を見てきました。担当者はさまざまな工夫を重ね、ローカライズを踏まえた戦略の下、奮闘なさっていました。そこで、内閣府のデータと照らし合わせ、将来の方向を考えてみることにしましょう。

 内閣府はコンテンツ領域については、以下のように分析しています。経産省の調査に基づき、日本国内のコンテンツ市場規模が今後、横ばいで推移するのに対し、海外の市場規模は年5%制度の成長が見込まるとし、コンテンツ産業の発展のためには海外展開を加速化することが重要だとしています。

こちら →%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%86%e3%83%b3%e3%83%84%e5%b8%82%e5%a0%b4
(内閣府データより。図をクリックすると拡大します)

 たしかに、高齢化が進めば、他の産業と同様、日本のコンテンツ産業もシュリンクしていくことは必至でしょう。年5%程度の成長が見込まれるのであれば、なにはともあれ、海外展開を積極的に推進していく必要があると思います。

 ところが、上記の図を見ると、日本コンテンツの海外売り上げのシェアは圧倒的にゲーム産業が占めています。日本アニメは海外で大人気だといわれながら、その規模はゲーム(家庭用、オンライン)のわずか1.2%でしかありません。

 しかも、今後、世界市場に打って出ることのできる次世代の作家がどれほどいるのかといえば、はなはだ心もとないといわざるをえません。新海誠氏、細田守氏など、素晴らしい作品を制作できる監督が出てきていますが、まだごくわずかです。

 文化庁のメディア芸術祭などの出品作品を見ると、近年、諸外国から応募が増え、ユニークなアニメ作品が続々、生み出されていることがわかります。このまま進めば、日本のお家芸だったアニメがいつの間にか、廃れてしまわないとも限りません。

 新しい領域を開拓できるユニークな作家が続々と育つよう、アニメ集積地である東京こそ、多様な文化を醸成できる拠点になってもらいたいと願っています。デジタル・コンテンツ特区として竹芝地区に設定されるCiPがその任を果たしてくれればいいのですが・・・。(2016/10/8 香取淳子)