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25日

金丸悠児絵画展:悠久の時を刻むモチーフとマチエール

■金丸悠児絵画展
たまたま東武デパートに行く用事があって、6階の美術画廊に立ち寄ってみると、「金丸悠児 絵画展」(3月19日~25日)が開催されていました。ふらっと足を運んだだけなのですが、たちまち惹き付けられ、釘づけになってしまいました。

作品のモチーフはマンボウや亀、古代魚、キリン、象、ライオン、タコといったさまざまな生き物です。どれも日常、目にするものではないのですが親しみやすく描かれています。そのせいでしょうか、展示されているどの作品からも、見ているだけで心の底から温もってくるような暖かさや優しさが感じられるのです。

たとえば、「マンボウ」(606×500㎜、2015年制作)という作品があります。

こちら →マンボウ

この作品を見ていると思わずほのぼのとした気持ちになってしまいます。
もともとマンボウはとぼけた顔をしていますが、この作品のマンボウにはおっとりとした表情の中にどことなく愛らしさが漂っていて、つい見入ってしまうのです。しばらく見ていると、こんな顔をしたヒトにいつかどこかで出会ったことがあるような錯覚に陥ってしまいます。こうして私の中で少しずつ、この作品への感情移入が始まっていきます。そして、いつしか、暖かい気持ちが湧き上がってきているのに気づくのです。

このように、作品「マンボウ」には見る者の気持ちを引き寄せる力があります。それはおそらく、ユーモラスなタッチでモチーフの形態がデフォルメされ、穏やかな表情で擬人化されているからでしょう。なにもこの作品に限ったことではありません。金丸悠児氏にかかっては獰猛なはずのライオンやトラさえ、どこか間が抜けていて愛らしく見えてしまいます。ひょっとしたら、そのように見えるからこそ、いったん目にすると、心の奥底から優しい気持ちが引き出されていくのかもしれません。

もちろん、色彩の影響も考えられるでしょう。遠目からは快いハーモニーのある淡い色調にしか見えませんが、近づいてみると、非常に複雑に色彩が重ねられているのがわかります。そのせいでしょうか、どの作品にも重厚感があり、力強さが感じられます。デフォルメされた形態や表情から受ける親しみや優しさとは裏腹に、モチーフに強靭な存在感が生み出されているのです。

それにしても何故、展示作品のモチーフがすべて動物なのでしょうか。たまたま来場されていた金丸氏にその理由をうかがうことができました。

■時間を司るモチーフ
金丸氏はもともと果物や女性、風景などさまざまなモチーフを描いていたといいます。ところが、どのようにしてヒトとつながっていくかということを考えたとき、動物に行きついたのだそうです。

人物は固有のインパクトが強すぎますし、風景や静物は感情移入しにくい、動物なら絵を見てくれるヒトとの接点を持てるのではないか・・・、というように考え、動物をモチーフの中心に据えるようになったようです。

そういわれてみれば、1998年から1999年の作品は花や果物、野菜から、象や駝鳥などの動物、女性など、さまざまなモチーフが写実的に描かれています。

こちら →http://kanamaru.cc/yuji/gallery/

ところが、2000年になると、カエルやカタツムリ、セミなどの小動物から、カニ、イカ、アザラシなどの海洋生物、アルマジロ、ドラゴンといった具合に、金丸氏はモチーフのバリエーションを広げていきます。興味深いのは、「小心者のアルマジロ」というタイトルからわかるように、このころから動物を擬人化し、デフォルメして表現するようになったことです。独自の方法論を探り当てたように見えます。

ようやく納得できるモチーフと表現方法に辿り着いたからでしょうか。彼はこの年、「万年」というタイトルでカメの絵を描いています。その後、繰り返し登場することになる中心モチーフの一つです。こちらも眠っているような表情のカメにヒトの寝顔を重ね合わせることができます。甲羅は装飾的に描かれ、美しい模様になっています。デフォルメと擬人化、装飾的な美しさ、色彩の深みがこの絵の特徴です。

こちら →mannen

動物をモチーフにするようになったことについて、金丸氏は次のように説明してくれました。

「カメにしてもアロワナ(古代魚)にしても、時間を司る動物です。そういうものに神秘性を感じたのがきっかけです」

確かに、カメは万年といわれるほど長く生息していますし、アロワナもそうです。時間を越えて生き続けていることに神秘と敬意の念を覚え、彼は以後、カメやアロワナ(古代魚)を中心モチーフに作品を発表していきます。

金丸氏は2015年3月、『金丸悠児作品集―時を運ぶ者たちー』という作品集を刊行しました。エピローグで詳細にその経緯を書いていますので、紹介することにしましょう。

「彼らを描く対象として意識し始めたのは、大学に入って間もない二十歳くらいの頃、スケッチをするために上野動物園を訪れた時でした。悠々と泳ぐアロワナを目の当たりにし、不思議な感覚に陥りました。それは、私は以前彼らに会ったことがあり、永い年月を経て再会できた、という感覚でした。幼少期とかそんな時間の単位ではなく、人類が誕生するより遥か昔、人でも魚でもなくもしかしたら同じ個体だったのかもしれない。進化の過程で分岐したもう一人の自分が「時を運ぶ者」として現れたんだ、と感じました。太古にロマンを抱くこと自体はありふれたことかもしれませんが、私がこの不思議な感覚を絵で表現したいと思わせるに充分なきっかけでした」

これを読んで私は、「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの言葉を思い出しました。金丸氏は個体と生物全般をつなぐ接点としての立ち位置を自覚し、モチーフの選択をされたようです。すでに二十歳の頃、彼は一種の天啓を受けていたといえるかもしれません。彼にとって画家になるのが当然だとしたら、永遠の時を刻むカメや古代魚をモチーフとして選択するのは必然だったのでしょう。

■二種類の制作手法
金丸氏はこの絵画展に二種類の手法で制作された絵画を出品していました。一つは重ね塗りの手法で、他方は複数の材料を重ねて表現していくという手法です。

たとえば、「マンボウ」は重ね塗りの手法で制作されています。アクリル絵具に速乾性があることを利用し、何度も塗っては乾燥させ、塗っては乾燥させるということを繰り返すのだそうです。通常は20回ほどそれを繰り返し、複雑で深みのある美しい色彩を創り出していきます。

油絵だと乾くのに時間がかかり、乾かないうちに絵具を重ねると色が濁ってしまいます。ところが、速乾性があり乾くと耐水性ができるアクリル絵具であれば、色と色がぶつかり合う状況のまま重ねていくことができます。彼の場合、通常、20層ほど重ね塗りをするそうですが、そうすることで他に類のない色彩が創り出されていくのです。

この何層にもおよぶ重ね塗りという手法が、金丸氏の絵画のオリジナリティを生み出しているのかもしれません。同じ平面を20層も重ね塗りしているからこそ、ユーモラスにデフォルメされたモチーフの可愛らしさに強靭さが加わります。だからこそ、モチーフの背後に悠久の時間を生きてきた強さと知恵を感じ取ることができるのだと思います。

さて、もう一方は、複数の材料を重ね、その上に表現していくという手法です。

たとえば、「時の都」(1167×909㎜、2015年制作)という作品があります。

こちら →

    かめ

    この作品は麻布や英字紙などの材料をキャンバスに張り付けて、制作しています。いってみれば、材料そのもののコラージュです。彼はまずキャンバスに原色を塗り、その上に麻布や英字紙などを張り付け、そこに小さなモチーフを描いていきます。そして、その上から大きなモチーフを重ねて描きます。そうすると、色の重なり、材料の重なりから独特の質感が生み出されていきます。しかも、統合感を失うことなく、多層性を表現できるのです。

    時間が経てばそれぞれの材料が変質していくかもしれませんが、そこに絵としての風合いを高める効果も期待できます。このような材料を重ねて表現するという手法にも金丸氏独自の制作姿勢を見ることができます。

    重ね塗りの手法を見ても、材料をコラージュする手法を見ても、金丸氏が複層性を重視していることがわかります。それに時間の堆積効果が加わればキャンバス上でさらに複雑な様相が醸し出されていくでしょう。それこそが画家・金丸氏の狙いかもしれません。

    ■悠久の時を刻むモチーフとマチエール
    金丸氏の作品のタイトルをざっと見ていくと、興味深いことに気づきます。時を意味するタイトルが圧倒的に多いのです。たとえば、「万年」、「Million Years」、「時を紡ぐ者」などはカメをモチーフにしており、「時を運ぶ者」、「Ancient Fish」、「古の丘」などは古代魚をモチーフにした絵のタイトルです。「時の使者」というタイトルの、カメ、古代魚、象をモチーフにした絵もあります。金丸氏が悠久の時を刻むものに大きな関心を寄せていることがわかります。

    絵画展でもっとも目立つ場所に展示されていたのが、先ほど紹介した「時の都」という作品です。これは大きなカメの上に都市や近郊の生活空間が乗っている構図の絵です。絵画展のチラシの絵にも採用されていました。作家一押しの作品だと思ったので、作品の前に立ってもらい、金丸氏をカメラに収めました。

    こちら →自作の前金丸氏

    寝ぼけたような表情のカメの上に学校や住宅、ビル、畑など、ヒトが暮らす生活空間がまるごと乗っています。さぞかし重いでしょうと思ってしまうのですが、カメは泰然として歩みを進めています。まるで自転する地球のようです。

    そういえば、金丸氏には「ガイア」(727×606㎜、2007年制作)という作品があります。これは、カメが両足で下の地層を踏みつけ、両手で上の地層を支えている不思議な構図の絵です。大きなカメの上には子ガメが乗っており、周辺に古代魚が遊泳しています。

    この絵とそのタイトルからは、金丸氏がカメを地母神(Gaia)として捉えていることがわかります。つまり、かつて彼はカメを母なる大地として表現していたのです。ということは、この「時の都」のカメは大地の象徴であり、そして、悠久の時の象徴でもあるといえます。

    地球を俯瞰してデフォルメすれば、このようになるのでしょうか。この絵を見ていると、地球が動いていることも意識せずにヒトは狭い空間に密集して暮らしていることを思い知らされます。

    そんなノーテンキなヒトをあざ笑うこともなく、叱咤することもなく、カメは悠然とした構えで歩いています。まさにすべてを受け入れ、そして、暖かく包み込もうとする母の姿です。

    金丸氏はユーモラスにデフォルメした動物をモチーフに、独自に編み出したマチエールで悠久の時を表現してきました。どの作品も一見、親しみやすく、実は非常に深い世界を表現していることがわかります。だからこそ私は、何気なく足を踏み入れたこの絵画展で出会った作品に深く引き込まれてしまったのです。今後、金丸氏がどのような作品世界を切り拓いてくれるのか、とても楽しみです。(2015/3/25 香取淳子)