ヒト、メディア、社会を考える

OECD

日本発 新教育モデルとは?

■文科省、OECDと共同で新教育モデルを開発か?

読売新聞(2014/5/6付)は、文部科学省が新しい学力を育成する教育モデルをOECD(経済協力開発機構)と共同で開発すると報じています。新しい学力とは、思考力、創造力、提案力、運営管理力などを総合し、複雑で正解のない問題を解決できる力だと定義づけており、開発には約2年をかけるそうです。その成果は2016年度をめどに全面改定される新学習指導要領にも反映されると書かれています。

この記事の見出しとリード部分を読んで、私はとても唐突な印象を受けました。というのも、ここ数年、ゆとり教育のせいで日本の子どもたちの学力が低下したと報道されてきましたから、私は、文科省が主導したゆとり教育モデルが子どもたちの学力低下を招いてきたと思っていました。それが今日の読売新聞では、「日本発 新教育モデル」という大きな見出しの下、一面トップ記事として報じられているのです。OECDはなぜ、子どもたちの学力を育成するのに失敗しているはずの日本の文科省と共同で、新教育モデルを開発しようとしているのでしょうか。違和感は去りません。

■安倍首相とOECD事務総長

本文を読んでみると、当初抱いた違和感は次第に薄れていきました。この共同開発案はOECD事務総長が安倍首相に提案したものだったようです。そこで、OECDのHPを見ると、たしかに、アンヘル・グリアOECD事務総長は4月9日に安倍首相を表敬訪問しています。グリア事務総長は官邸を訪れた際、アベノミクスの最初の成果はすばらしいものであるが、第三の矢である構造改革への取り組みが必要であり、支援したいと述べています。詳細はこちら。http://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/oecd/page18_000269.html

実はその前日の8日、グリア事務総長は都内で記者会見をしています。時事通信によると、安倍政権が6月に打ち出す成長戦略の改訂版について彼は注文を付けたといいます。たとえば、教育や労働市場などの個々の改革はパッケージとして相互に補完し合うものでなければならず、日本経済の改革を促す中長期的な政策でなければならないというようなものです。詳細はこちら。http://www.jiji.com/jc/zc?k=201404/2014040800900&g=eco

そして、今日5月6日、安倍首相はOECDフォーラムで基調講演を行いました。首相は最後の方で、「OECD東北スクール」の活動に触れていました。これは、OECDと文科省、福島大学が東日本大震災の復興の担い手とグローバル人材育成を目的に行っている活動を指します。カメラがパンすると、傍らでグリア事務総長がにこやかに聞いている姿が捉えられていました。演説が終わると盛大な拍手が起こっていました。安倍首相の演説はこちら。http://webcastcdn.viewontv.com/client/oecd/forum2014/video_d9b94450563470bf5efa59d423e03a79.html

■日本の子どもたちの学力、数年で復調

OECD加盟国と参加希望国・地域に居住する15歳の子どもを対象に3年に一度実施される国際学習到達度調査(PISA)があります。2012年度のこの調査で日本は読解力と科学で4位、数学で7位となりました。OECD加盟国の中では、読解と科学は1位、数学は2位でした。PISA結果の推移を示したのが下のグラフです。これを見ると、科学と数学は2000年度に及びませんが、読解力は2000年度を抜き、飛躍的な向上を示しています。低迷していた2003年度、2006年度に比べると、わずか6年で学力向上に大きな成果を果たしていたことがよくわかります。

日本は「脱ゆとり教育」で学力回復軌道に(筆者作成)

出所:http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20131203-00030318/

■日本発 新教育モデルとは?

読売新聞がなぜ、今日、この記事をトップニュースとして扱ったのかがわかりました。安倍首相のOECD基調演説と連動した記事だったのです。そして、この演説は6月に改訂版が出されるといわれる安倍政権の成長戦略とも関連しています。深刻化する少子高齢化という状況を踏まえながら、日本が今後も成長していくためには、ICTによってグローバル化した社会に対応していける人材育成であり、女性の活用です。安倍首相はOECD基調演説の中で女性の活用にも触れていました。

グリア事務総長が安倍首相を表敬訪問した際、成長戦略の改訂版について注文をつけたように、それぞれの領域毎の改革を関連づけて行わなければ成果を出すことはできません。とりわけ重要なのが、人材育成(教育)であり、女性の活用(労働市場)ではないかと私は思っています。

新教育モデルの開発には、「OECD東北スクール」の活動が参考にされるとされています。福島の中高生が農家を支援し、ゼリーの開発を提案、実際に販売されるようになった活動を参考にしながら、新教育モデルの開発に臨むというのです。その過程で現在、未来の社会に役立つ能力を涵養できると考えられるからでしょう。実際、「OECD東北スクール」活動の結果、子どもたちの課題解決能力、発想力、チームワーク力などが向上したそうです。

そのような実績があるのなら、2年後の新教育モデルに期待しようではありませんか。教育改革にはとかく異論反論が続出しやすく、せっかくのアイデアも頓挫しがちです。とはいえ、子どもが社会で自立して生きていける能力を身につけさせるのが教育の本質であるなら、そろそろ時代に見合った新しい教育モデルが登場してきてもいい頃だと思います。急速に変化する時代に教育システムがマッチしない状況があまりにも長く続いてきましたから。

もちろん、OECDと共同で開発される教育モデルですから、経済成長を目的としたものになるでしょう。その種の限界があることは常に念頭に置きながら、時代の変化に合ったよりよい教育モデルを模索することは大切だと思います。(2014/5/6 香取淳子)