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28日

クルーズ事業は地域を潤す起爆剤になりうるか?

■様変わりした長崎駅の周辺

 2024年4月13日(土)、長崎を訪れました。久しぶりに見る長崎駅前はすっかり様変わりしていました。駅前が広くなり、駅舎をはじめアミュプラザなどが斬新なデザインの建物に変わっていたのです。人通りも増え、辺り一面に活気が溢れていたのには驚きました。想像もしていなかった変化でした。

 しかも、駅前はいまなお工事中です。

長崎駅前

 上の写真は、駅前の歩道橋から撮影したものです。手前にはクレーン車が置かれ、広い敷地がまだ工事中だということがわかります。これから一体、どのように変貌していくのでしょう。

 激変する景観の中で、これまでと変わらない佇まいを見せていたのが、ホテルニュー長崎でした。このホテルは、1998年3月11日に開業しており、26年の歴史があります。今回、1Fのテラスレストラン・ハイドレンジャで、かつての同僚二人と久々に会食を楽しむことになりました。

 一人は現職で、忙しいさなか、福岡からわざわざ会いに来てくれました。責任のある仕事をいくつも引き受け、それぞれ、大きな成果を上げていました。しばらく会わない間に天与の才が磨き込まれ、ますます輝きを見せるようになっていたのです。頼もしい限りでした。

 もう一人は退職後も引き続き、長崎に住み、日々の生活を楽しんでいる先輩です。食に目がなく、会食の場をホテルニュー長崎にしたのは、彼女の提案でした。駅に近く、フランスで修業を積んだシェフの料理がおいしいというのがお薦め理由です。シェフが変わってから、お客が増えたとも言っていました。

 確かに、お薦め通りの内容でした。

 厳選された食材、粋を凝らした調理、そして、料理を引き立てる食器、それぞれが見事に調和していました。見て快く、味わって美味しく、おまけに、目の前には緑豊かな情緒ある庭園が広がっていました。ガラス越しに眺めながら、完成度の高いコース料理を一品、一品、堪能することができたのです。会話がはずみ、時間を忘れてしまうほど楽しいひと時でした。

■長崎駅前で開業した世界トップクラスのホテル

 2日目の14日(日)は、駅に直結したマリオットホテルのレストランDeJimaで、鉄板焼きコース料理を楽しみました。このお店もやはり、彼女のお薦めです。エントランスの設えが優雅で、なんともいえない興趣がありました。

レストラン入口

 中央には、まるで来客を出迎えるように、古木を模したモニュメントが置かれています。

 こちらは、長崎牛をはじめ、ハタ、タイなどの鮮魚や長崎産の季節野菜、コメ(佐賀県産の農薬節減米)など、地元の素材を活かしたメニューでした。

 鉄板の上で巧みな手さばきをみせながら、シェフは食材について語り、調理法を語ってくれます。食材や調理法をめぐってシェフとの会話がはずみ、話題はやがて、長崎の歴史や文化にまで及びました。

 舌鼓を打ちながら食感を楽しみ、食談義を交わしているうちに、共に食の奥義を究めているような気分になります。作り手のシェフが食情報の発信者とするなら、向かい合って箸を進める私たちはその受信者といえます。まさに、鉄板を舞台とした食のエンターテイメントでした。

 さて、マリオットホテル長崎は、2024年1月16日に開業したばかりのホテルです。九州では初めてで、日本では9番目になるそうです。長崎港や稲佐山の眺望を楽しめるロケーションで、ロビーには海外からの宿泊客が溢れていました。

 一方、長崎駅西口にはヒルトン長崎が出来ていました。こちらは2021年11月1日に開業しており、九州では2番目になるそうです。ヒルトンといい、マリオットといい、世界トップクラスのホテルがここ数年のうちに、次々と開業していたのです。

 今回、長崎を訪れて、数多くの外国人を見かけました。駅前といわず、大通りといわず、外国人の姿を多数、見たのです。空港ではそれほど外国人の姿を目にしませんでしたから、彼等はおそらく、新幹線でやってきたのでしょう。

 そう思って長崎駅の人混みを思い返してみましたが、外国人はちらほら見かける程度でした。街で見かけた外国人の数とは見合いません。彼等は、いったい、どの経路で長崎にやってきたのでしょうか。

 空路ではなく、陸路でもないとすれば、あとは海路しかありません。

 そういえば、長崎に住む先輩が、夕方、松ヶ枝埠頭から出港するクルーズ船を見送りましょうと言っていたことを思い出しました。彼女にはグルメ以外にもう一つの趣味がありました。それが、クルーズ船の見送です。

 新聞でクルーズ船の寄港日をチェックしては出港時間を確認し、わざわざ松ヶ枝埠頭に赴いては見送っているのです。14日に寄港するのは、バイキング・オリオンでした。夕方6時に出港するというので、私も興味津々、付き合うことにしました。

■バイキング・オリオンの見送り

 2024年4月14日(日)、長崎港には、バイキング・オリオンが寄港し、10時間ほど停泊する予定でした。

こちら → http://www.nagasaki-port.jp/cruise_calendar/April.html

 カレンダーを見ると、船は8:00に寄港し、出港は18:00です。10時間ほど松ヶ枝埠頭に停泊しているのです。案の定、先輩はこのバイキング・オリオンを見送る計画を綿密に立てていました。

 長崎港に面して、ショッピングモール夢彩都があります。その2Fに、松ヶ枝埠頭がよく見えるカフェ・メルカードという喫茶店があります。テラス側の席に陣取って、出港を見送ろうというのが先輩の計画でした。

 確かにテラス側の席に座ってみると、目の前が長崎港で、その遠方に、クルーズ船が停まっているのが見えます。テラス越しに見るクルーズ船は、ちょっとしたビルのように大きく、壮観でした。

停泊中のバイキング・オリオン

 これが、バイキング・オリオンです。ノルウェー船籍で、全長228.3m、幅28.8m、総トン数47,842トン、巡航速度20ノット、客室数465、乗客定員930名、乗員数545名のクルーズ船です(※ https://www.cruise-mag.com/database/34774/)。

 予定通り、松ヶ枝埠頭に停泊していたのです。

 私たちがこのカフェに着いたのは午後5時過ぎでしたから、出港までに50分ほどあります。約1時間弱、このカフェに滞在しなければなりません。できるだけカフェに長くいられるように、たくさんのイチゴやアイスクリームがいくつも添えられている大きなワッフルケーキと紅茶を注文しました。

 少しずつケーキを食べ、雑談しながら、クルーズ船を見ているうちに、どうやらバイキング・オリオンが動きはじめたようです。やや前方を黒く小さなタグボートが先導しているのが見えます。

動き始めたバイキング・オリオン

 そうこうするうちに、バイキング・オリオンは向きを変え始めました。

向きを変え始めたバイキング・オリオン

 いよいよ出港態勢に入りました。タグボートに続き、静かに進んでいきます。

タグボートに続き、静かに進むバイキング・オリオン

 テラス側の席から見ていると、巨大なバイキング・オリオンの高さと女神大橋の高さがほぼ同じに見えます。ぶつかるのではないかと心配になります。

女神大橋にさしかかったバイキング・オリオン

 バイキング・オリオンはゆっくりと進み、女神大橋を通過しそうになっています。

通過しつつあるバイキング・オリオン

 こうしてみると、バイキング・オリオンとはわずかながら距離があることがわかります。

 どうやら女神大橋を無事、通過したようです。見届けた先輩は思わず、「ほっとした」とつぶやきました。見送るたび、クルーズ船が無事に女神橋の橋下を通過するかどうか心配でならないというのです。

通過したバイキング・オリオン

 ここまでくると、バイキング・オリオンと女神大橋とはかなり距離がることがわかります。ぶつかるのではないかと心配していたことが杞憂に終わりました。

 無事に出港したことを見届けて、安心する一方、バイキング・オリオンがこの後、どこに行くの、行先が気になってきました。

 調べてみると、鹿児島(4月15日)、広島(17日)、神戸(19日)、東京(22日)、そして、小樽(26日)という順で、各地に寄港する行程が組まれていました。(※ https://funeco.jp/ship/viking-orion/voyage_schedule/2024/

 寄港地はいずれも観光地として魅力のある港です。長崎もまた、それらの港と同様、クルーズ客に人気のある寄港地の一つになっているようです。

■魅力ある寄港地、長崎

 
バイキング・オリオン は、バイキング・オーシャン社が所有する第5番目の船で、2018年6月に命名式がリボルノ(イタリアのトスカーナ州にある都市)で行われました。翌2019年4月27日には長崎に寄港し、大阪、東京を経て、アラスカへ向かい、9月に再び、日本の各地に寄港しています。(※ https://www.cruise-mag.com/database/34774/

 ところが、2020年3月以降、コロナ禍のため、国際クルーズの運航は停止されました。再開されたのが2023年3月ですが、バイキング・オリオンは、翌4月には日本を訪れています。長崎には、2023年4月20日に寄港しただけではなく、6か月後の10月19日にも長崎港松ヶ枝埠頭に停泊しているのです。(※ https://funeco.jp/ship/viking-orion/voyage_schedule/2023/

 バイキング・オリオンの顧客にとって長崎が魅力のある寄港地だったことがわかります。停泊地の松ヶ枝地区は水辺の素晴らしい景観が広がる埠頭ですし、そこから徒歩で、出島やグラバー園、大浦天主堂といった観光地に行くことができます。

 これまでは魅力ある商業施設が少ないのがネックでした。周辺には夢彩都ぐらいしかなかったのです。ところが、今回、長崎駅周辺が大幅に改造されたので、観光だけでなく、ショッピングやグルメも存分に楽しめるようになりました。

 世界には350隻以上の船がありますが、このバイキング・オリオンは約4万8000トンで、乗客定員が930名です。彼等が下船して楽しめるインフラはすでに整っています。

 実際、長崎は、松ヶ枝埠頭から徒歩圏に、出島や歴史文化博物館、美術館はさまざまな史跡があり、ショッピングやグルメを楽しめるコンパクトな街です。限られた時間内に観光、食事、ショッピングしようとするクルーズ客にとっては格好の寄港地だといえるでしょう。

 さて、バイキング・オリオンは、中型のクルーズ船としてランクされていますが、調べてみると、中型船の中ではこのバイキングがクルーズ客の人気を独占していました。(※ https://www.cruise-mag.com/news/9726/

 クルーズ船の顧客の嗜好を踏まえて内装や機能を設え、船内でのアクティビティとエンターテイメントを充実させているからでしょう。

 バイキング社のシリーズは、4番目の船までは外観や船内は皆、同じ造りだったそうです。ところが、今回の、5番目に当たるバイキング・オリオンでは、新たに定員26名のプラネタリウムが設けられました。

 そして、船室は北欧調のシックで高級なデザインで、落ち着いた大人の雰囲気があるといわれています。しかも、全ての客室にベランダがついており、船上では教養講座や外国語クラス、料理の実演ショーなどを楽しめるようになっているといいます。(※ https://travelharmony.co.jp/databox/data.php/vikingcruises_orion_ja/code

 快適な空間を用意し、船上の生活を楽しめるよう、さまざまなサービスが提供されているからでしょう。時間とお金に余裕のある顧客に好まれるのは当然のことかもしれません。

 バイキング・オリオンが、中型クルーズの中で人気ランキング上位を維持しているのは、長崎を寄港地の一つに選び、船内の設備や食事、アクティビティやエンターテイメントを充実させているからだといえます。

■外国船社に好まれる長崎

 国土交通省によると、コロナ禍前の2019年、クルーズ船の寄港回数は、那覇港が260回と最多でした。

(※ 2023年8月6日付日経新聞)

 那覇港の次は、博多港、横浜港と続き、長崎港は4位にランクされています。この表を見る限り、長崎港は上位にランキングされていることがわかります。とくに、外国船社が運航するクルーズ船の場合、長崎は2014年から2020年までの期間、寄港ランキングで2位か3位をキープしていました。

 一方、日本船社が運航するクルーズ船については、これと同期間、長崎はランキング10位に入っていませんでした(※ 令和5年12 月18日、港湾局 産業港湾課)

 寄港ランキングデータからは、日本船社よりも外国船社のクルーズ船の方がより多く、長崎に寄港していることがわかります。

 日本船社と外国船社のクルーズ船の違いは何かといえば、外国船の場合、使用言語は日本語ではなく、日本的なサービスも受けられませんが、一般に、より安価で、はるかに多様なエンターテイメントやアクティビティが楽しめるという特徴があります。(※ https://www.cruisevacation.jp/blog/30663/

 使用言語やサービス内容からいって、外国船社の顧客は基本的に外国人です。外国クルーズ船の寄港が多いということは、長崎が外国人顧客に人気が高いということになります。

 さて、2024年4月に長崎に寄港あるいは寄港予定のクルーズ船は20隻です。30日間で20隻が停泊しており、すべてが外国船籍です。このうち、マルタ船籍の「マイン・シフ5」(9.8万トン)、バハマ船籍の「シルバー・ムーン」(4万トン)、バミューダ船籍の「クィーン・エリザベス」(9万トン)は、4月だけで2回も訪れています。

 規模の面では、4月に長崎に寄港したクルーズ船は10万トン以下がほとんどですが、パナマ船籍の「アドラ・マジック・シティ(13.6万トン)、イタリア船籍の「コスタ・セレーナ(11.4トン)の2隻が10万トンを超えていました。松ヶ枝埠頭に停泊しているのですから、マスト高は65メートル以下だったのでしょう。

 長崎は、外国クルーズ船の寄港需要は高いのですが、大型クルーズ船に対応できないという問題を抱えていました。外国クルーズの寄港需要が高まるにつれ、接岸壁、水深など、長崎港を機能強化する必要に迫られていました。

■長崎港の機能強化

 コロナ以前からすでに松が枝埠頭を整備する必要があることは認識されていました。大型クルーズ船の受け入れ、複数のクルーズ船の受け入れなど、外国クルーズ船全般の受け入れ体制を整備する必要があり、具体案が練られていました。

 ヨーロッパからだけではなく、今後、アジアからのクルーズ需要も増えていくでしょう。確実にクルーズ客を取り込むには、なによりもまず、大型クルーズ船が停泊するようにしなければなりませんでした。

 2019年度以降、長崎港のクルーズ船受入機能は大幅に強化されました。

 たとえば、女神大橋の桁下は65メートルで、22万トン級の大型船は通過できません。クルーズ船の見送りが趣味になっている先輩が、女神大橋にぶつかるのではないかと心配していたように、女神大橋は、マスト高62.9メートルの16万トン級以下の船しか通れないのです。

 そこで、改良案では、女神大橋を通過しないでもいい、小ヶ倉柳地区を整備し、マスト高65メートル、22万トン級の大型船が停泊できるようにしました。

 さらに、松ヶ枝地区を改良する一方、常盤・出島地区は7万トン以下のクルーズ船に特化し、整備したのです。

 具体的には。次のようなプランに沿って、整備されています。

(※ 国交省九州地方整備局)

 上記の写真に見るように、長崎港の改良点を整理すると、次の3点になります。

 まず、①マスト高65㎝、全長361m.の22万トン級クルーズ船が寄港できるよう、小ケ倉柳地区の整備、そして、②松ヶ枝地区の水深を12m、岸壁を410mにし、マスト高62.9m、全長347mの16万トン級が接岸できるよう整備、さらに、③7万トン級クルーズ船を受け入れられるよう、常盤・出島地区の整備、等々です。

 こうしてコロナ明けのクルーズ船再開を待つように、長崎港は整備されたのです。

 クルーズ船の乗客は、寄港地での買い物や飲食への意欲が旺盛だといわれます。時間やお金に余裕のある層がクルーズ旅行を好むからでしょう。その消費意欲の旺盛なクルーズ客が、一斉に下船して、寄港地で飲食し、ショッピングをし、周辺を観光してくれるのです。地域経済への波及効果が見込まれるのも当然です。

 外国クルーズ船の運航が再開されて、地方経済が潤い始めているようです。

 しかも、先進諸国の高齢化に伴い、世界のクルーズ需要は高まっています。

■世界のクルーズ需要

 世界のクルーズ市場規模は、2022年に76.7億米ドルと評価され、2023年から2030年にかけては、年平均成長率(CAGR)11.5%で成長すると予測されています。(※ https://newscast.jp/news/2634037#:~:text=%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E5%B8%82%E5%A0%B4%E3%81%AF,%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A8%E4%BA%88%E6%B8%AC%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

 クルーズは、船で各地を移動し、船内で食事、宿泊できるばかりか、さまざまなアクティビティやエンターテイメントを船内で楽しむことができます。陸路や空路の旅行に飽きた人々、旅行しながらアクティビティやエンターテイメントも楽しみたい人々、のんびり旅行したい、道中、安全に旅行したい人々など、クルーズならではのサービスに需要が高まっています。

 クルーズライン国際協会(CLIA)は、2019年に2970万人だった世界のクルーズ乗客数が2027年には3950万人へと3割超増えると予測しています。コロナ禍で2021年には480万人まで落ち込みましたが、2023年以降、大幅に増える見通しです。

(※ 2023年8月6日付日経新聞)

 さらに、CLIAによると、クルーズ旅行者はこれまで60歳以上が33%と最多だったのが、最近は20代後半から40歳程度までの年齢層の需要が高まってきているそうです。利用者の層が拡大しているのです。

 こうしてみると、コロナ禍で落ち込んだ需要が2023年以降、急速に回復しているのは、クルーズ旅行の魅力が高齢者以外の層にまで浸透しはじめているからだと考えられます。

 もちろん、基盤となっているのは高齢層の根強い需要です。先進諸国では高齢化が進み、時間とお金に余裕のある高齢者が増えています。それが、クルーズ需要を押し上げる主因になっていることは確かでしょう。

 人々は、もはやモノの消費ではなく、体験や活動の消費に関心を移しつつあります。クルーズ旅行の需要はその対象の一つとして増加の一途を辿っています。高齢者を中心に、若い世代にまで広がるクルーズ需要に対応するため、官民を挙げて、基盤整備が加速しているのが昨今の状況です。

 たとえば、国交省が2023年3月から本格的に国際クルーズの運航を再開したのを受けて、同年3月31日に観光立国推進基本計画が閣議決定されました。そこには、次のような目標が盛り込まれました。すなわち、「訪日クルーズ旅客を 250 万人」、「外国クルーズ船の寄港回数を 2,000 回超え」、「外国クルーズ船の寄港する港湾数を100港」などです。

 世界のクルーズ需要を取り込み、日本のクルーズ振興を図るために、港湾周辺地域の魅力を向上させる一方、クルーズ船の受入体制を強化しようとするものです。(※ https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001722639.pdf

 長崎港の機能強化と、長崎駅前のホテルや商業施設の一新されたデザイン景観の大幅な改善などは、クルーズ船受け入れ体制整備の一環なのでしょう。

 クルーズ旅客の満足度を向上させて、寄港のリピート数が上がれば、寄港地の経済が潤う効果を期待できます。クルーズ事業は、次世代の地域産業として注目すべき領域なのかもしれません。

■クルーズ事業の多様な展開

 
 CLIA によると、クルーズ旅行者はこれまで60歳以上が33%と最多でした。明らかに高齢者の需要が高かったのですが、昨今、20歳代後半から40歳程度までの世代にも、クルーズへの関心が高まっていることが判明しました。多様な世代に支えられて、クルーズ市場は今後も成長が続くとみられています。

 実際、さまざまなニーズに対する多様なクルーズサービスが提供されつつあります。

 たとえば、米リンドブラッド・エクスペディションズ(Lindblad Expeditions)HDは、ナショナルジオグラフィック協会と提携し、自然探索のツアーを手掛けているそうです。北極や南極、ブラジルのアマゾンなど特殊なツアーをアピールしているのです。(※ https://www.cruise-mag.com/news/27219/

 一方、米ウォルト・ディズニー(The Walt Disney Company)もクルーズ事業を手掛けるようになっています。キャラクターとの触れ合いやミュージカルの上演、さらには、ディズニー映画の世界を再現したレストランを作り、ファンを引き付ける戦略を展開しようとしているのです。

■ホテルとクルーズ事業

 その東京ディズニーリゾート(TDR)を運営するオリエンタルランド(OLC)は、4月23日、6月に開業する新ホテルを報道公開しました。1泊約34万円以上の客室もある高級ホテルです。

 ホテル事業は、テーマパークとの相乗効果が期待でき、近年、大きな成果を上げています。オリエンタルランドの売上高を見ると、2024年3月期には前期比18%増の869億円と過去最高を見込み、営業利益率も3割と高くなっています(※ 2024年4月24日付日経新聞)。

 そして、米ディズニーランドはクルーズ事業にも参入してきています。

 さらに、 米マリオット・インターナショナル (Marriott International)傘下のザ・リッツ・カールトン(The Ritz-Carlton)は2017年に、クルーズ事業への参入を発表しました。コロナ禍で船の就航こそ、2020年の予定が2022年に遅れましたが、2024年と2025年に1隻ずつ新しく造船し、事業を拡大中です。

 こうしてみてくると、開業したばかりの長崎マリオットホテルは、彼等のクルーズ事業の一環なのかもしれません。

 興味深いことに、長崎マリオットホテルは、長崎港を望み、その建物は客船をイメージしたといわれています。28室のスイートを始め、約7割の部屋にバルコニーを備え、外に出て海風や港町の夜景を楽しめる設えだというのです(※ 2023年10月8日付朝日新聞)。

 そう言われてみると、確かに、長崎マリオットホテルの外観はクルーズ船のように見えます。

(※ https://www.jtb.co.jp/kokunai-hotel/htl/8211A53/photo/

 カフェからバイキング・オリオンを見たとき、まさにこのような外観でした。まるでビルのようだと思いましたが、長崎マリオットホテルは、実際、クルーズ船を模して建造したというのです。

 長崎マリオットホテルの外観に、米マリオット・インターナショナルのクルーズ事業に賭ける思いを見るような気がしました。

 CLIAによると、クルーズ客の消費額は空路客より1日あたり約1万円多いといわれています。空路とは違って、荷物量の制限がないので、土産物を大量に購入することができるからです。飲食し、土産物を買うことによって、クルーズ客は明らかに寄港地にお金を落とすのです。

 コロナ禍の落ち込みから急回復し、世界中で今、クルーズ船ツアーが活況を呈しています。クルーズ船運航各社は新しく造船を急ぎ、異業種からの新規参入も相次いでいます。サービス内容の多様化し、家族連れや若い世代の関心も高まっています。クルーズ船の寄港地に高級ホテルを開業しても十分に採算がとれる状況になりつつあるのです。

 今回、長崎駅前で見た大幅な変化や長崎港の機能強化は、未来を先取りしたクルーズ事業の需要を反映したものといえるでしょう。(2024/4/28 香取淳子)