ヒト、メディア、社会を考える

23日

第2回フォーラム:超高齢社会の中で、有効に機能するmHealthを考える。

■ウェルネスライフサポート・フォーラムの開催
 2016年2月18日、東京・お茶の水のソラシティで「超高齢社会の中で、有効に機能するmHealthを考える」をテーマにフォーラムが開催されました。かつて私は高齢者とメディアについて研究していたことがあります。mHealthという語に興味をおぼえ、このフォーラムに参加することにしました。mはメディアかと早とちりしたからですが、調べてみると、mはモバイルでした。mHealthとは、モバイル技術を活用した医療・ヘルスケアサービスを指すのだそうです。
 第1回フォーラムは2015年10月26日に開催されています。

こちら →http://www.yakuji.co.jp/entry46747.html
 
 今回の第2回フォーラムでは、第1部にNPO法人高齢者健康コミュニティ・CCRC研究所代表の窪田昌行氏によるキーノートスピーチ、第2部で、4人の登壇者によるパネルディスカッションが行われました。いずれも興味深いものでしたが、ここでは、「超高齢社会の中で、有効に機能するmHealthを考える」をテーマに展開されたパネルディスカッションを取り上げたいと思います。

■超高齢社会とゼロ成長経済
 まず、東京医科歯科大名誉教授で現在、東北大学メディカル・メガバンク機構長特別補佐の田中博氏が、施設医療から生活圏中心ケアに移行せざるをえなくなった背景について説明されました。田中氏は1991年以降、経済は停滞しゼロ経済成長に、そして奇しくも、1991年以降、それまでとは2倍の速度で高齢化が進んでいるとし、1991年を機に日本社会は新しいステージに入ったと指摘されます。

 たしかに、経済成長率の推移を調べてみると、1991年以降、多少の変動はありますが、成長率の低下が続いています。

こちら →経済成長率
世界経済のネタ帳より。
図をクリックすると拡大されます。

 一方、厚生労働省のレポートを見ると、1995年以降、すでに高齢化が急速に進んでいることがわかっています。

こちら →高齢化率
厚生労働省政策レポート(2009年刊)より。
図をクリックすると拡大されます。

 このレポートでは、要介護認定された高齢者数が年々、増加していることが報告されています。

 田中氏は、経済成長期の「病院完結型医療」が日本型医療体制だったといいます。ところが、日本人の平均寿命が世界一を達成した1985年以降、その体制が崩壊の兆しを見せ始めました。高齢人口の増加に伴い、医療費が拡大する一方で、日本経済が停滞してしまったからです。もはやこれまでのように施設医療で対応するのは難しく、地域で連携して医療を行っていくシステムに変換する必要があると田中氏は指摘します。

■治療医療から予測医療へ
 統計データを見ると明らかなように、今後、人口の集中する東京圏で高齢者が大幅に増加しますから、事態は深刻です。団塊の世代がいっせいに後期高齢者になる2025年をめどに、医療体制を変換する必要が生じているのです。田中氏はそのためのパラダイムを3つ提案されました。

 ①地域医療情報の連携。これは全国展開をし、どこでも継続した医療サービスを受けられるようにするというものです。②地域包括ケア。これは地域コミュニティを創設し、生活圏を中心に医療・ヘルスケアサービスを提供していくというものです。③生涯にわたる健康医療自己マネジメント。これはICTのサポートによって人々が健康のための自己管理を行うというものです。

 以上のパラダイムいずれにもICTが大きく関与していることがわかります。超高齢社会とゼロ成長経済という日本の社会状況を考えると、今後、治療医療から予測医療へと医療体制そのものを変えていかざるをえないことがわかります。

■都市部の在宅医療
 次に報告されたのが、東京大学・高齢社会総合研究機構の山本拓真氏です。山本氏は現在、千葉県柏市をフィールドに地域社会の在り方を研究されています。柏市と都市再生機構、東京大学等の産学官民、異分野連携の共同事業で、団地の建て替えに合わせて企画された研究プロジェクトのメンバーです。

 この研究プロジェクトのキーワードは「Aging in Place」だそうです。高齢者が住み慣れた地域でいつまでも自分らしく、安心して暮らすための地域社会はどうあるべきか、研究を積み重ね、まちづくりのモデルを見出そうというものです。残念ながら、ここでお見せすることはできませんが、研究成果が集約されて示された図があります。

 それを見て興味深く思ったのは、柏モデルによる超高齢社会のまちづくりに、①高齢者のQOL(Quality of Life)、②家族のQOL(Quality of Life)、③コスト、等々の観点が導入されていることです。

 山本氏の報告では、このモデルに地域コミュニティの質(Quality of Community)が加えられていました。たしかに高齢になれば、地域コミュニティが生活の中心になっていきますし、家族がいない高齢者もいますから、地域コミュニティの質がとても重要になります。Quality of Communityは現実的で適切な概念だと思いました。

 高齢者や家族のQuality of Life、地域社会のQuality of Communityを高め、維持していくため、このプロジェクトでは、①多分野多職種連携の包括ケアシステム、②住民主導の地域交流、社会参加の場づくり、③引きこもらず人と集い楽しむコミュニティ、等々が具体的な達成目標として掲げられています。超高齢社会の課題への総合的な取り組みです。

■IBM Watson
 日本IBMビジネス開発部長の西野均氏は、「Watson」のヘルスクラウドへの取り組みについて報告されました。私はこのWatsonの存在を知りませんでした。そこで調べてみると、IBM Watsonは、自然言語処理と機械学習を通して、大量の非構造化データから洞察するためのテクノロジー・プラットフォームだということがわかりました。これについては2分14分の紹介ビデオがありますので、ご紹介しましょう。

こちら →https://youtu.be/L5QJs6byoaI

 Watsonを医療に適用し、レセプト、クレーム、検査データなどの大量の医療データから法則性を見出し、適切なケアを行っていこうとする動きがいま、アメリカで広がっているようです。IBM Watson Health Cloudによって大量のデータから疾患の進行を予測し、患者に最適の医療サービスを提供するというものです。

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 2016年2月18日、Watson日本語版が提供開始されました。

こちら →http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1602/19/news060.html

 医療の分野ではがん研究など、臨床への応用をめざした実証実験が行われているようです。

こちら →http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1601/02/news007.html

 記事をアップした後、以上のようなことを知りましたので、追記します。(2016/2/23)
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■ ヘルスケア向けウェアラブルデバイス
 東芝デジタルヘルス事業開発部の大内一成氏は、ウェアラブルデバイスの取り組みについて報告されました。環境因子、生活因子、遺伝的因子等を把握することによって、疾病の予測の精度をあげることができるとされます。

 とくに生活因子についてはウェアラブルセンサによって把握することができます。大内氏はリストバンド型のセンサを装着しておられました。東芝はすでにいくつかのウェアラブルセンサを商品化しているようです。
 
 たとえば、2014年8月に東芝が販売開始したリストバンド型活動量計「Actiband™」があります。装着しているだけで自動的にライフログが記録されるという装置です。

こちら  →ttlimg-lifelog
http://www.toshiba.co.jp/healthcare/actmonitor/より。
図をクリックすると拡大されます。

 このようなウェアラブルセンサが利用者には個人の記録として健康維持に活用され、ビッグデータとして集積されて分析されれば、生活習慣の傾向を把握することができます。この「Actiband™」利用者のデータから下記のような生活習慣が明らかになりました。

こちら →http://www.toshiba.co.jp/healthcare/actmonitor/info/report201506a.html

 これはほんの一例です。利用者の日常的な身体データが個々人のバイタルサインとして機能するだけではなく、大量の利用者データが分析されれば、日常生活のあり方と健康との関係に何らかの法則性が見いだされるかもしれません。そうなれば、生活のあり方を見直すことによって、将来の疾病予防に役立つ可能性があります。

■mHealthは有効に機能するか?
 登壇者はそれぞれの立場から現状を報告されました。いずれも大変、興味深いものでした。超高齢社会、ゼロ成長経済下ではICTを活用したヘルスケア対策は不可欠だと思いました。身体に装着して自動的に記録されたデータの利活用は想像以上に多様な成果を生む可能性があります。ライフログのビッグデータからはヘルスケアにつながる発見を期待できます。今後、mHealthを積極的に推進していく必要があるでしょう。

 とはいえ、はたしてmHealthは有効に機能するのでしょうか。

 パネルディスカッション終了後、会場から興味深い質問がありました。それは「ウェアラブルのデータを医者側は信用していないのではないか」というものでした。

 これについて大内氏は、「ウェアラブルデータと医療データの突き合わせを行い、データの信頼度を検証をしている」と回答されました。技術開発者側としては、センサの精度を高めるだけではなく、データの信頼度検証も行っているというのです。このような作業を積み重ねれば、やがて、ウェアラブルセンサによるデータを医療現場で利活用できるようにもなるでしょう。

 さらに、利用者側のmHealthへのインセンティブをどう高めていくかということも今後の課題です。利用者が継続的にデータを取ることによってはじめてビッグデータに価値が生まれるのですから、使い続けてもらうためのインセンティブ喚起のための工夫が必要でしょう。

 このフォーラムに参加して、超高齢社会の課題に向けたさまざまな取り組みを知りました。健康で長寿の社会を構築するには、医者、介護者、技術者が連携して様々な取り組みをするだけではなく、当事者である高齢者自身の意識改革が必要だと思いました。健康を維持するための食、運動、生きがい等々については、メディア研究者を含めた連携が必要になってくるかもしれません。

 かつてアメリカの研究者が、幼児に『セサミストリート』が提供されているように、高齢者にも高齢期の課題を取り扱ったテレビ番組が必要だと記していたことを思い出します。誰もが接触できるメディアを通して高齢者の健康長寿のための意識変容を図っていく必要があるかもしれません。(2016/2/23 香取淳子)