■招へいされた海外若手アニメ作家
2015年3月14日、文化庁の委託事業「平成26年度海外メディア芸術クリエイター招へい事業」が青山学院アスタジオで開催されました。
この事業は「アニメーション・アーティスト・イン・レジデンス東京」といわれ、その内容は世界の優れた若手アニメーション・クリエーターを東京に招聘し、日本のアニメーション文化に触れながら、作品を制作する機会を提供するというものです。平成26年度は61カ国から250件の応募があったそうです。募集要項を見ると、応募要件はかなり厳しく、即戦力のある人材が対象にされていることがわかります。
とくに、「国際性を持つ映画祭、映像展等において、自作のアニメーション作品の出品実績が1回以上ある経験者であること」という条件を課しているため、応募時点で実力のある若手アニメ作家が選別される仕組みになっています。その中から選ばれたのが、オーストラリアのアレックス・グリッグ氏、ロシアのアンナ・ブダノヴァ氏、やはりロシアのナタリア・チェルヌショーヴァ氏の3名でした。
■代表作の上映
第1部では招へい者3名の代表作の上映と作者による作品解説が行われました。まずアレックス・グリッグ氏の「ファントム・リム」(Phantom Limb、2013年制作)が上映されました。
こちら →https://vimeo.com/95255285
この作品では、交通事故で腕を失った女性のファントム・リム(幻肢痛)を克服しようとする若いカップルの心情が日常のやり取りの中で描かれています。
グリッグ氏によると、この作品はオンラインコミュニティLate Night Work Club(LNWC)から依頼され、LNWCの最初のプロジェクト「ghost stories」の一環として制作されたものだそうです。
彼は自身のHPでこの作品を典型的なゴーストものにしたくなかったと述べています。ですから、当初、グリム童話のような人食い人種が旅人を食べるストーリーを構想していたようです。ただ、それではストーリー展開が行き詰ってしまい、思い悩んでいたところ、たまたま幻肢痛ということが脳裏をよぎったのを契機に、恋人の手足という形態のゴーストを思い付いたようです。いったん着想すると、ストーリーはすぐに組み立てることが出来上たといいます。なぜ面白いと思ったのかを分析していくと、そのプロセスの中で自然にストーリーが出来上がっていったのでしょう。
次に上映されたのが、アンナ・ブダノヴァ氏の「ザ・ウーンド」(The Wound、2013年制作)です。これは、第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の大賞に輝いた作品です。
こちら →https://vimeo.com/63658207
この作品についてはすでにこのブログでも取り上げました。ブログのタイトルは「文化庁メディア芸術祭:短編アニメーション」です。
この会場で改めてこの作品を見て、その素晴らしさを再確認しました。わずか9分21秒の短編アニメーションですが、どのような大作にも勝るとも劣らない感動と余韻があるのです。
最後に、ナタリア・チェルヌショーヴァ氏の「フレンズ」(Deux Amis、2014年、4分2秒)が上映されました。30秒の予告編があります。
こちら →http://cher-nata.blogspot.fr/
ネットで調べてみたのですが、この作品の完全映像を入手することはできませんでした。30秒ではなかなか作品全体を掴むことはできませんが、動物を愛おしく見つめ、ユーモラスに描き出す才能が彼女にあることはよくわかります。背景は手描きで、北斎の影響を受けているといいます。
■成果発表
まず、アレックス・グリッグ氏は当初、骨と肉体が分離するというアイデアで研修企画を構想していました。ところが、この企画は展開に行き詰まっただけではなく、類似作品がすでに存在することがわかったので、途中で企画変更を行ったといいます。
新たな企画として思い付いたのが、宇宙でひとり漂う男の話でした。動きの実験を行い、これまでにやってこなかったテクニックをいろいろと試したようです。日本に招聘され、制作に集中できたことを喜んでいました。オーストラリアに帰国してからこの作品をアニマティックで仕上げ、12月半ばには作品を完成させ、公開したいといいます。
指導担当者からは抽象的な宇宙空間をどう表現するかという懸念が示される一方、最初の企画では二者関係に終始し、拡がりが見られなかったので、企画を変更してよかったという指摘がありました。
次に、アンナ・ブタノヴァ氏はロシアの伝説に題材を取った作品の一端を紹介してくれました。この作品もまた色彩を使わず、白黒で表現されています。キャラクターデザイン、背景などは前作とそれほど変わらないと彼女はいいますが、非常に個性的で魅力的なキャラクターが造形されていました。背景のタッチも前作とは異なり、強靭なパワーが感じられます。白黒のコントラストが強く、それが画面に強い力を漲らせているのです。
改めて、画才のあるアニメ作家だと思わせられました。ワンカット、ワンカットの絵に強く惹き付けられてしまうのです。この作品も影の付け方が巧みで、登場人物の動きがリアルで滑らかに見えました。
ロビーに出ると、和紙に墨で彼女自身を描いた絵の下に新作の仮タイトルを書いたシートが貼りだされていました。この自画像にも白黒の絶妙なバランスがみられ、才気が感じられます。
アンナ・ブタノヴァ氏は日本に来て初めて、和紙などの多様な紙、墨などの多様なインク、筆、等々のマテリアルに出会ったといいます。それが彼女の創作意欲を刺激し、新たな表現に挑む契機となったようです。新作も前作と同様、9分程度の作品になるといいます。
研修中の指導を担当したアニメ作家の古川タク氏(日本アニメーション協会会長)、木船園子氏(東京工芸大学教授)、山村浩二氏(東京藝術大学大学院教授)は異口同音に、短い研修期間中(70日間)にここまで成果を出した彼女を賞賛しました。招へいされて日本に来た彼女が日本の素材と出会い、それを活かした形で新作を制作しているのです。「海外メディア芸術クリエイター招へい事業」の目的の一つがみごとに叶ったといえるでしょう。
最後に、ナタリア・チェルヌショーヴァ氏は子ども向けの作品を構想し、制作しています。レース編みをする老女を見て着想したといいます。クモの巣とレース編みを重ね合わせ、ストーリーを構築したようですが、行き詰まったようです。そこで、森に棲んでいるクモが編み物をしはじめるというストーリーに変えました。帰国してさらに精度を高め、12月には完成させるといいます。
指導担当者からは、彼女のユーモアのセンスが賞賛されました。動物固有の動きが丁寧に表現されており、しかも、それがユーモラスが動きをする・・・、細かいユーモアが随所にちりばめられているところがいいと評価されていました。
■海外メディア芸術クリエイター招へい事業
海外の若手アニメ作家を招へいするというこの事業は、彼らに日本文化の刺激を受けてもらいたいという目的、さらには日本のアニメ作家に刺激を与えてもらいたいという目的があるようです。この観点からいえば、平成26年度の事業は成功したといえるでしょう。
アンナ・ブタノヴァ氏は日本に来て、日本のマテリアルに出会い、それに触発されて和紙に墨で描くことで新たな表現世界を切り拓くことができました。日本のマテリアルがロシアの伝説から着想した作品にどのような香りづけをしてくれるのでしょうか、作品の完成が楽しみです。
指導担当者も海外からの招へい作家からおおいに刺激を受けたと語っていました。意気盛んに創作活動を展開している若手作家ならではのエネルギーが放散されているからでしょうか。経験の多寡を問わず、クリエイターが相互に刺激し合える環境を設定できたという点でもこの事業は成功したといえるでしょう。
興味深いことにオーストラリアのアレックス・グリッグ氏はグリフィス大学出身で、ロシアのアンナ・ブタノヴァ氏とナタリア・チェルヌショーヴァ氏はウラル州立大学の出身です。
グリフィス大学は、2007年にディズニーの元アニメーターで米アリゾナ大学教授であったクレイグ・コールドウェル氏を教授として招き、映像制作分野の教育を充実させてきたと聞いたことがあります。指導担当者によれば、ウラル州立大学も優秀なアニメ作家が教授として指導に当たっているそうです。こうしてみると、大学教育の中から将来の才能が育っているといっていいのかもしれません。
大学では優秀な指導者の下でテーマの発掘、ストーリー構築、制作技能などを磨き、卒業後はグローバルな他流試合を重ねて実践力をつけていくというのが優秀なクリエイターになる一つのコースになりつつあるのかもしれません。
卒業後の鍛練の場としては、オーストラリアのアレックス・グリッグ氏が参加しているというアニメ制作のためのオンラインコミュニティなども有効でしょう。今回の成果発表会に参加して、クリエイティブな領域の活動はすでに国境を越えて広がっているということを改めて実感しました。(2015/3/15 香取淳子)