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教育

iPadと「アプリゼミ」

iPadと「アプリゼミ」

■タブレットを活用した授業

タブレットを活用した授業を進める小中学校が増えてきているといいます。

毎日新聞電子版(4月1日付)は、多摩市立愛和小学校(旧東愛宕小学校)では新1年生に、通信教育アプリの「小学1年生講座」を授業外学習ICT化の一貫として導入すると報じています。そして、松田校長の話として以下のような話を伝えています。

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アプリゼミに取り組んでいる時間に1年生の教室に入ると「先生、見て!」とあちらこちらから声がかかります。アプリゼミは結果がすぐ可視化されるので、自身の頑張りや結果を認めて欲しいのだと思います。すごいね! と返答すれば、満面の笑みが返ってきて、そしてすぐさま次の課題に真剣に取り組み始めます。さらに子どもたちは学習結果を競いながらもお互いをリスペクトする関係性を構築することにもつながっており、驚いています。

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■iPadで引き出す子どもたちの積極性

iPadを使うと、子どもたちは授業に積極的に参加するようになり、主体的な行動を取るようになるばかりか、子ども同士が互いに競い合いながらも尊重しあうという関係を築きあえるようになると、愛和小学校の校長はその効果を報告しています。

iPadの機能からいえば、おそらくその通りなのでしょう。iPadには2,3歳の幼児さえ関心を抱くことを私は経験しています。i-phoneほど小さくなく、画面を触るだけで操作できる情報端末だからでしょう。まだ文字も数字もわからない年齢の子どもの情報欲求、探究欲求を喚起するのです。

実際、私がiPadを持っているのを見つけると、幼児はすぐさま近寄ってきて、触ろうとします。自由に触らせておくと、教えもしないのに、自分で画面をいじりながら、タップすれば画面移動できることを見つけてしまいます。直観的に操作できるというiPadの特性がその年齢の子どもをも引き付けてしまうのでしょう。だから、自分で実際にさまざまに操作することができますし、その過程で使い方をマスターしてしまうのでしょう。そうだとすると、小学校1年生という低学年でiPadを導入した授業があってもいいのではないかと思います。

■愛和小学校の事例

実は、この小学校では2013年10月から、児童1人に対し1台のiPadを貸与し、授業で活用していました。そして、2014年2月13日にはiPadを使った「授業外学習」を報道陣に公開しております。ですから、iPadを使った学習については6カ月ほどの試行期間を経ていることになります。さらに、2014年3月下旬に小学校1年生向けコンテンツの評価テストを行った上で、4月から本格的に導入しているのです。

2014年2月13日に公開した授業外学習では、通信教育アプリ「アプリゼミ」の国語と算数を取り入れ、授業を行いました。「アプリゼミ」というのは、DeNA(プラットフォーム事業とソーシャルゲーム事業を展開している会社)が開発した児童向け学習アプリです。教育とエンターテイメントを融合させ、子どもが楽しみながら自発的に学習に取り組めることをコンセプトに教材を開発したそうです。

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上記は「アプリゼミ」に収録されているコンテンツです。文字や数字、物事の関係性、物事の仕組み、等々を子どもたちが楽しみながら学ぶことができる内容になっています。まさにテレビ番組『セサミストリート』のタブレット用アプリ版といえるものです。

■『セサミストリート』の場合

『セサミストリート』は、ジョンソン政権の時代に開発された就学前の児童を対象にした教育プログラムです。

当時、アメリカでは少年非行が社会問題化していました。いくつもの研究が行われた結果、学校教育になじめなかった子どもたちが非行に走りやすく、その後も犯罪を繰り返すようになるということがわかってきたのです。つまり、子どものときに学校教育についていけず、その後、適切な高等教育を受けられないと、正規の職業に就くことができず、貧困に陥りやすくなります。その結果、犯罪に手を染めるようになりがちだという非行発生のメカニズムがわかったのです。

さらに調べると、非行に走った子どもはすでに小学校段階で学校教育に馴染めなくなっていることもわかってきました。つまり、小学校に入学する段階ですでに家庭環境の違いから学習能力に格差が生じていたのです。そこで、1964年、ジョンソン政権の時代に、「ヘッドスタートプログラム」が政府支援の下で開始されました。どうすれば、あらゆる家庭の子どもたちが「ヘッドスタート」(頭を並べて、いっせいに)学校教育に入っていけるのか。課題解決につながる実践的な研究が求められました。非行、貧困という社会問題を解決するために、さまざまな領域の研究者が関わり、大がかりなプロジェクトが展開されました。

その成果の一つが『セサミストリート』です。どの家庭にもあるテレビを使って就学前教育を行い、家庭環境の差なく、スムーズに子どもたちを学校教育に馴染めるようにするために開発された番組です。ですから、番組を見ていれば、子どもたちが文字、数字、物事の関係、仕組み、等々を自然に、確実に習得できるように制作されています。子どもたちが飽きないように、それぞれのシーンは短く、リズミカルに構成され、人形やアニメーション、自分たちと似たような年齢の子どもたちを使ってわかりやすく伝わるように工夫されています。

■子どもの自発性、主体性を中心にした教育

1980年代初に幼児とテレビの研究をしていた私は、この番組の開発に関わったハーバード大学のジェラルド・レッサー教授と久留米大学で開催された小児科学会のシンポジウムでご一緒したことがあります。子どもたちが自発的に学ぼうとする意欲を喚起するには、子どもたちが面白いと感じる内容と表現様式にしなければならないという、教育の受容者の側に立った視点が印象的でした。

就学前、あるいは就学時点で、確実に基礎学力を身につけさせようとする点で、幼児や小学生向けの「アプリゼミ」はこの『セサミストリート』に似ているように思えます。また、自発的に取り組めるよう、子どもの関心をよび、興味を持続できるような方法で情報を提供し、教育効果を高めようとしている点でも、共通していると思います。

このようなiPadを導入した授業への取り組みについて、松田校長は、「iPadを利用することで、基礎学力の向上を図るとともに、共同学習をする力やプレゼンテーション力を伸ばせる」と述べています。(『ITメディア』2014/02/14)

■タブレットによる授業方法の多様化

前回、このメディア日誌ので取り上げたように、子どものiPad使用については懸念する人々も存在します。ですが、今回取り上げたように、積極的に学習の場に取り入れようとする動きもあります。

さまざまなメディアが日常生活の中にあふれている現在、従来型の授業では子どもたちが満足しなくなっているのではないか、という思いから、子どもが自発的に取り組める授業が週に一つぐらいあってもいいのではないかと私は考えています。今後、さらに複雑になっていく社会を生きるようになる子どもたちこそ、多様な物差し、多様な人々との出会い、多様な学びの場を経験することが大切なのではないかと私は思っています。(2014/4/11 香取淳子)

 

子どものiPad使用は是か非か。

子どものiPad使用は是か非か。

■子どものiPad禁止は正しい選択か

ニュースウィーク日本語版(2014年4月8日)で興味深い記事を読みました。「子供のiPad禁止は正しい選択か」という刺激的なタイトルの記事です。小児科作業療法士が書いた「12歳以下の子供に携帯機器を禁止すべき10の理由」という記事が論争を引き起こしているという内容ですが、これがフェイスブックで39万4000回以上シェアされ、「いいね!」も120万に上るほど反響を呼んだそうなのです。しかも、それに対する批判の声も多数に上っているといいます。アメリカでちょっとした論争を引き起こしているようです。

日本語版の記事には肝心の「禁止すべき10の理由」が書かれていなかったので、ネットで該当記事を探してみました。すると、「10の理由」として著者が掲げていたのは以下のものでした。

1.脳の早すぎる成長、2.発達遅滞、3.病的な肥満、4.睡眠不足、5.精神疾患、6.攻撃性、7.デジタル認知症、8.依存症、9.放射線被ばく、等々のリスクをあげ、最後に、10.機器使用を支持できない、と結論づけています。子どもに携帯情報端末を与えると、上記のような弊害が起こると警告しているのです。

詳細はこちら。 http://www.huffingtonpost.com/cris-rowan/10-reasons-why-handheld-devices-should-be-banned_b_4899218.html?view=print&comm_ref=false

原文のタイトルは以下のものです。

「10 Reasons Why Handheld Devices Should Be Banned for Children Under the Age of 12」(12歳以下の子どもに携帯情報端末を禁止すべき10の理由)としているように、明確に禁止すべき対象年齢を打ち出しています。そして、彼女は以下に示すグラフのように、子どもにはICT利用のガイドラインを提示すべきだとしています。

 

これを見ると、どういうわけか、テレビも禁止対象の機器に入れられていますが、こちらは他の機器に比べ比較的、制限が緩やかです。そうはいっても、2歳までの子どもにはテレビは見せない、3-5歳児で1日1時間、6-12歳で1日2時間、13-18歳で1日2時間、といった具合ですから、かなり厳しい内容です。日本の実態を考えると、このガイドラインは非現実だといわざるをえません。

ですから、ニューズウィーク日本語版の記事では、以下のように結論づけているのでしょう。

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携帯機器の使用時間を制限しなくてもいい、というわけではない。度を超したテクノロジーの利用は有害になり得る。しかし、子供には携帯機器をすべて禁止すべきだとする研究結果はほとんどない。iPadでドクター・スースの絵本『みどりのたまごとハム』を時々読み聞かせたり、雨の土曜日に『セサミストリート』を見せたって、後ろめたく思うことはない。

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■子どものメディア利用に対する不安

たしかに、絵本や児童書なら、ためらいもなく、子どもに与えますが、テレビをはじめ電子機器にはややためらいがあります。制限しなくてもいいのか、どのぐらいならいいのか、といった基準が私たちにはわかりません。ですから、このような記事を見かけると、すぐに飛びついてしまうのですが、読んだからといって問題が解決するわけではなく、逆に不安が募ってしまったりします。

子どもに及ぼすメディアの影響が確定されないまま、次々と新しいメディアが登場してきます。不安に思いながらも、ついつい子どもが夢中になってしまうのを見逃してしまっているのが現状ではないでしょうか。

■iPadで遊ぶ子どもたち

昨年8月、北京に滞在していたとき、屋台でおでんを売っている親の傍らで、4歳ぐらいの女の子が段ボールの上に寝そべってiPadで遊んでいたのを見たことがあります。親が買って与えたのでしょう、そのギャップに驚きました。ちなみに、iPadでは知育用のアプリが数多く開発されています。

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たとえば、上記のようなアプリは子どもが言葉を学習するのに役立ちます。シチュエーションを説明する文字が下の方に書かれており、キャラクターをクリックすると、そのキャラクターのセリフが表れ、同時に音声が出ます。以前なら考えられなかったようなデバイスです。それを子どもがいつでも自由に好きなだけ使うことができるのです。

■wifi環境下での教育機会

ですから、wifi環境が整備されてくると、この種の情報機器は教育の機会均等の大きく寄与する可能性があります。先進諸国では子どもの影響を憂え、使用制限する方向に傾くかもしれませんが、途上国ではこの種の機器はむしろ貴重な教育機会として重宝されるようになるでしょう。

子どもの情報機器の利用への懸念は古くて新しい課題です。かつてはテレビが問題視され、いまは携帯情報機器の利用が心配されるようになりました。メディアははたして子どもの成長にどのような影響を及ぼすのか、横断的な研究だけでは影響のプロセスがわかりませんから、縦断的な研究と合わせて実施する必要があるでしょう。(2014/4/10 香取淳子)