■デジタルによる破壊的変革にどう立ち向かうのか
2016年7月21日、ANAコンチネンタルホテル東京で、IIJ(インターネットイニシアティブジャパン)主催の「Lead Initiative 2016」が開催されました。午前は、IIJ専務取締役の菊池武志氏のあいさつ、一橋大学教授の楠木建氏の基調講演に続いて、パネルディスカッションが行われ、その後ランチセッションを挟んで、午後は、A会場からF会場に分かれて24のセミナーが開催されました。いずれもICTの進展動向を踏まえ、現在から未来を展望する興味深い企画でした。
こちら →http://www.iij-lead-initiative.jp/
私がとくに興味を抱いたのは、11:30~12:30の時間帯で行われたパネルディスカッションでした。「デジタルによる破壊的変革にどう立ち向かうのか」というタイトルと、NHKの元キャスター国谷裕子氏による司会だという点に惹かれたのです。
いま、デジタル化の進行はとどまるところを知らず、ヒトの適応能力を超えるほどの勢いで進んでいます。クラウドが定着したと思えば、それを基盤に、IoT、AI、ロボティックスなどが浸透し始めているのです。
あらゆる領域でデジタル化による大変革が起こっていますが、はたして起業の面ではどうなのか、このパネルディスカッションでは若手起業家から、立ち上げの状況や展望を聞く構成になっています。今後、企業がどのような舵取りをしていけばいいのか、おおいに参考になるでしょう。
パネリストは、ウォンテッドリー株式会社共同創業者&CEOの仲曉子氏(1984年生まれ)、株式会社FOLIO創業者&CEOの甲斐真一郎氏(1981年生まれ)、株式会社Cerevo代表取締役の岩佐琢磨氏(1978年生まれ)、Qrio株式会社代表取締役の西條晋一氏(1973年生まれ)といった方々です。いずれも30代前半から40代前半の若手起業家で、「デジタルによる破壊的変革」が進行している現在、果敢に新しいビジネスの芽を育てていこうとしているヒトたちでした。
それでは、発言順にパネリストたちをご紹介していくことにしましょう。
■起業に至る来歴とそのコンセプト
若手起業家たちがどのような来歴を経て、起業に至ったのか、どのようなコンセプトで事業を立ち上げたのか、会場では不十分だった情報を適宜、ネット情報で補いながら、発言順に、見ていくことにしましょう。
・株式会社Cerevo
Cerevoの岩佐琢磨氏は、パナソニックに約5年間、勤務し、2007年12月にハードウエアベンチャーの株式会社Cerevoを設立しました。ネットとソフト、ハードを融合させたユニークな製品企画、開発、販売をする会社です。
こちら →https://www.cerevo.com/ja/
コンセプトは、「ネットと家電で生活をもっと便利に、豊かに」というもので、グローバルニッチに着目した商品開発、多品種少量生産、販売を手掛けていきます。岩佐氏は、IoTの進展によって、高品質の商品の多品種少量生産が可能になったからこそ、このような事業に着手できたといいます。
直近では、2016年7月20日、ニッポン放送と共同で新コンセプトのラジオ「Hint」を開発しました。Hintは、クリアな音声でラジオを聞ける「ワイドFM」に対応し、無指向性のスピーカーを搭載し、スマートフォンの音をワイヤレスで再生するBluetooth機能を備え、ラジオで流れた音声に反応し、近くのスマートフォンにURLを通知できる、などの特徴があるとされています。そのメカニズムは以下のように図示されています。
こちら →
(https://info-blog.cerevo.com/2016/07/20/2503/より。図をクリックすると拡大します)
まさにインターネットとつなぐことによって既存ラジオの機能を拡張し、新たな商品サービスを提供しようとしているのです。
・ウォンテッドリー株式会社
次に、ウォンテッドリーの仲曉子氏は、ゴールドマンサックス証券、Facebook日本法人を経て、2010年9月に求人サイトを立ち上げました。その後、2012年2月、Facebookを活用したビジネスSNS「Wantedly」のサービスを開始しました。2013年11月に社名をウォンテッドリー株式会社に変更しています。
こちら →http://site.wantedly.com/
コンセプトは、「シゴトでココロオドル人を増やす」ことだといいます。仲氏は、仕事について情熱をもって語れるヒトを増やしたいという気持ちから、この事業を立ち上げたのだそうです。仕事こそ自己実現の場であり、社会貢献の場であるべきだという思いからです。弾むような仲氏の話し方には勢いが溢れていました。若さと事業へのモチベーションの高さからきているのでしょう。
興味深かったので、ネットで調べてみました。
仲氏はFacebook日本法人に入社後、会社の文化や習慣を理解しようとし、貪欲に吸収していった結果、「世の中をよりオープンに、コネクトし、シェアさせる」というFacebookの理念に感銘するようになったそうです。そして、「個人をエンパワーメントする」というアイデアが気に入り、自分でもやってみたくなって開設したのが、SNS「Wantedly」でした。
設立から約4年で、Wantedly Adminは急速に認知されていき、2016年1月時点で、「Wantedly」の利用企業数は14000社を突破しました。いまでは月間100万人が利用する国内最大のビジネスSNSになっているといいます。
こちら →
(http://sakurabaryo.com/results/post-2553/より。図をクリックすると拡大します)
興味深いことに、パネリストの起業家たちは皆、このWantedlyから人材を採用していました。そのことからも、この会社が現在のビジネス状況にマッチした人材採用サービスを提供していることがわかります。
・Qrio株式会社
さて、Qrioの西條晋一氏は、伊藤忠商事、サイバーエージェントを経て、2013年キャピタルWiLを創業しました。その後、2014年12月にはWiLが6割、ソニーが4割出資するIoT関連のQrio株式会社を立ち上げました。
こちら →http://qrioinc.com/
Qrioは、「ものづくりとインターネットの力で、家の中をもっと便利に楽しく」をコンセプトに、スマートロック製品の開発・製造・販売等及びその運営サービスを提供しています。スマートロックの概念図をご紹介しましょう。
こちら →
(http://type.jp/et/feature/163より。図をクリックすると拡大します)
Qrioのスマートロックは上図のように、安全に鍵の受け渡しができる仕組みが構築されています。西條氏は、ソニー独自の認証技術を駆使し、「秘密鍵」と「公開鍵」とに分けて暗号をやり取りできるシステムにすることによって可能になったといいます。ソニーと技術提携することによって、設立されたばかりのQrioが、量産可能な品質の製品を市場に出すことができたのです。
考えてみれば、スマートロックの商機は訪れつつあるように思えます。オリンピックの開催に向けて民泊が推進されていますから、その需要は今後、急速に高まっていくかもしれません。すでに同様の商品を開発している事業者も登場し、ユーザーの観点から商品比較も行われています。
こちら →http://do-gugan.com/~furuta/archives/2015/09/qrioakerun.html
社会的ニーズに対応した商品を開発し、量産できる品質にして市場に出したとしても、次は同業他社との競争が待ち受けています。この記事を読んで、起業家は常に試練に晒されているのだということを感じました。
・株式会社FOLIO
最後に、FOLIOの甲斐真一郎氏は、ゴールドマンサックス証券、バークレイズ証券を経て、2015年12月、FOLIOを創業しました。誰もが気軽に投資できるよう、投資運用サービスを提供していこうという事業です。
FOLIOは「資産運用をバリアフリーに」をコンセプトにしています。今後さらに深刻化する高齢社会を考えると、現在の年金レベルがどれほど維持されるか心配になってしまいます。やがて誰もが資産運用し、年金を補っていかなければならなくなるのかもしれません。そのような事態が不可避だとすれば、資産運用の敷居を低くし、利用者の使いやすさを重視した投資サービスへの需要は今後さらに高くなると思います。
パネリスト紹介欄には甲斐氏について、「ロボアドバイザーなどの新しい投資サービスを有機的に結合した次世代証券プラットフォームを構築」と書いてありました。私は「ロボアドバイザー」のことがわからなかったので、後で、ネットで調べてみました。たまたま米国のロボアドバイザーについての記事を見つけたところ、その記事に仕組みについての概念図がありました。
こちら →
http://fis.nri.co.jp/ja-JP/publication/kinyu_itf/backnumber/2015/03/201503_5.html
ちなみに、甲斐氏にはゴールドマンサックス証券などで10年ほどディーラーの経験があります。FOLIOでは上記のようなロボアドバイザーによる自動的処理に加え、顧客の個別状況に応じた提案もしてくれるようです。これが「有機的に結合したプラットフォーム」を指しているのでしょうか。いずれにしても、今後、資産運用に対する需要は高まってくるでしょうから、期待できる事業だと思いました。
■日本の課題
若手起業家たちのスピーチを聞いているうちに、なんだかワクワクするような気分になってきました。軽やかに、スマートに、デジタル化の荒波に立ち向かっている姿がとても好ましく、日頃、日本社会に感じていた閉塞感がいつの間にか消えてしまったような気さえしました。
西條氏が興味深い指摘をしていました。日本はアメリカや中国に比べ、人材の流動性が低すぎるというのです。ベンチャーと大企業、民間と官庁、国内中小企業とグローバル企業、等々の間で人材移動がないので、技術が浸透していかず、企業が生み出した成果物が一カ所にとどまっているのが現状だという指摘です。
仲氏も幅広い海外での経験から、ビジネスマンはインドや中国に関心は抱いても、誰も日本を見ていないといいます。超高齢社会で新規事業を生み出す能力も疑問視されるようではなかなか関心を持たれないでしょう。それだけではなく、日本では能力に対する対価が低すぎるので、優秀な人材を引き留めておくことができず、海外から優秀な人材を呼び寄せることもできないというのです。これは西條氏の指摘とも関連しており、今後の課題として政府が抜本的な施策を講じる必要があるでしょう。
西條氏は大企業の中では多くの若いヒトがクサっているといいます。だから、若くて優秀なヒトから順に大企業を辞めていくと指摘し、どうすれば優秀なヒトを大企業につなぎとめておけるかということを考えていく必要があるというのです。
仲氏の意見で興味深かったのは、「イノベーション人材と大企業とのコラボが必要」だという指摘です。日本は素晴らしい技術を持っていながら、十分に活かされていない、それはマーケティングが下手だからだと分析し、イノベーションとマーケティングをうまくつなぎ、流通チャンネルを開拓していく必要があるといいます。たとえ素晴らしいイノベーションだったとしても、それを立ち上げただけでは世界では勝てないというのです。世界で勝つためには、幅広い流通ルートを持つ大企業との連携が必要だというわけです。
■第4次起業ブーム
今、第4次起業ブームとまでいわれ、日本でもベンチャー企業を育む機運が高まってきているようです。
すでに経産省は「グローバル・ベンチャー・エコシステム連携強化事業」を推進しており、平成27年から29年にかけての3年間で、IPO・M&Aの件数を1.5倍にするという目標を立てているほどです。ちなみにこのIPOとは株式上場のことで、株式を上場できるだけの成長企業ということを意味します。
こちら →http://www.meti.go.jp/main/yosangaisan/fy2016/pr/pdf/i02_sansei.pdf
一方、日本ベンチャーキャピタル協会会長の仮屋薗聡一氏は、「ベンチャー企業の育成は国家の要請そのものだと認識している」とし、「現在は学生一人の優れたアイデアだけでは起業できなくなっている。(中略)起業は戦略的で、かつ高度な「大人の戦い」だ。同じ起業でもかつてとは中身がそうとう変わっている」といいます。そして、「かつてはベンチャーといえば、ICTだったが、今はベンチャーといえば、社会問題の解決だ」と指摘しています。(『週刊東洋経済』2016年7月23日号、p.74)
さまざまな社会問題の解決にベンチャー企業が期待されているというのです。というのも、すでに成熟した市場で商機が見込めるのは、社会問題の解決を事業化するしかないからでしょう。そういう事業に既存企業は手を付けませんから、結局、ベンチャーが手がけることになります。
社会問題の解決を事業化できれば、元々、ニーズが高い領域ですから、場合によってはベンチャーが手がけた事業が成長産業にもなりえます。そうすれば、効率化によって縮む一方の雇用の場をベンチャー企業が用意できるようになります。そうして雇用の場が広がっていけば、職がなく、収入が不安定なことから派生する社会不安は軽減されていくでしょう。
そもそも経済成長がなければ雇用は生まれませんし、雇用がなければ、社会は不安定になっていきます。ところが、社会問題を事業化したベンチャー企業が成長産業になっていけば、その悪循環を絶つことができるのです。そのように考えてくると、いまや、社会問題を事業化したベンチャー企業の育成は、起業家だけではなく、国が戦略的に取り組まなければならなくなっていることがわかります。
もちろん、銀行もこの動きに参入してきています。たとえば、三菱東京UFJ銀行はホームページに成長支援のページを設け、株式上場のグループでのサポート機能を掲げています。
こちら →http://www.bk.mufg.jp/houjin/senryaku/ipo/
クラウドファンディングという方法もありますから、起業家にとって新規事業のための資金調達は以前より容易になっているのかもしれません。
■若手起業家に共通するもの
わずか1時間ほどのパネルディスカッションでしたが、4人の若手起業家たちがしっかりとした戦略の下で事業展開していることを知って、おおいに元気づけられました。今後、超高齢社会になっても、このような若者がいる限り、日本はまだ大丈夫だという気がしてきたのです。
そして、この4人にはいくつか共通するものがあることに気づきました。以下、思いついたものを列記します。
① 「ゼロから1を創り出す」という気構え
② 「トップになりたい」というモチベーションの強さ
③ 有名グローバル企業での就業経験
④ 「世界で勝つ」という観点の下、「ユーザー視点でのサービスの開発」
⑤ 趣味
興味深かったのは、仲曉子氏と甲斐真一郎氏の趣味です。仲曉子氏は漫画を描いていたことがあり、甲斐真一郎氏は一時、ボクサーでもあったようです。そういわれてみると、お二人とも誰もが羨ましがるゴールドマンサックス証券をあっさり辞め、新規事業を立ち上げています。創造性や闘争性が要求される趣味にのめり込んだ経験が、仲氏や甲斐氏を雇用される立場に満足させておかなかったのでしょう。
いずれにしても私は、このパネルディスカッションを聞いて、どんよりした閉塞感からいっとき、解き放たれたような気がしました。若手起業家たちの果敢な挑戦にエールを送りたいと思います。(2016/7/24 香取淳子)