ヒト、メディア、社会を考える

09月

イノベーション・ジャパン2018:大学発のさまざまなモビリティ・イノベーション

■「イノベーション・ジャパン2018」の開催
 2018年8月30日~31日、東京ビッグサイト西1ホールで、「イノベーション・ジャパン2018」が開催されました。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が主催するフェアで、大学の研究成果を、企業、行政、大学、研究機関等に向けて披露する見本市です。

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(図をクリックすると、拡大します)

 今回は、大学等から生み出された400シーズが展示されるとともに、大学が組織として取り組む58大型の研究成果の展示およびプレゼンテーションが行われました。イベントのサブタイトルは「大学見本市&ビジネスマッチング」でしたが、まさにその名の通り、会場は大学の研究成果を社会に還元するためのビジネスマッチングの場になっていました。

 しかも、研究成果は、分野別に一覧できるように展示されていましたから、会場を訪れた見学者は効率よく、関心のあるプレゼンテーションやブースを見て回ることができたと思います。JSTによると、会場には事業担当者が常駐し、企業向けの各種支援事業制度を紹介したり、相談に応じたりしているということでした。

 実際、このフェアを通し、これまで出展者の約4割が企業との共同研究の実施に結び付けたといいます。JSTが企画した大学と企業とのマッチングの場はそれなりの成果をあげているようです。

 2017年度の実績を見ると、来場の目的は、「新技術の情報収集」が76.4%、「共同研究開発の探索」が28.2%、「新製品の情報収集」が23.6%でした。

こちら →https://www.ij2018.jp/about.html

 未来社会を牽引する技術は一体どのようなものなのか、気になっていましたから、私も、「新技術の情報収集」を目的に会場を訪れました。会場を一巡すれば、「未来の産業創造」を企図した研究が果たしてどのようなものなのか、わかってくるかもしれません。

 会場では、58の大学が組織として取り組む大型研究のプレゼンテーションが行われる一方、その具体的な内容の紹介が58のブースで行われていました。さらに、国内の157の大学が行った400件に上る研究成果が、11分野に分けて展示されていました。会場をざっと回ってみて、私が関心を抱いたのはモビリティ・イノベーション領域の研究でした。

 ここではモビリティ・イノベーションに関する研究を3件、見学した順にご紹介していくことにしましょう。

・モビリティ イノベーションの社会応用(筑波大学、高原勇教授)
https://www.sanrenhonbu.tsukuba.ac.jp/innovationjapan2018/

・高齢者・障碍者向けパーソナルモビリティの開発(香川大学、井藤隆志教授)
https://www.ij2018.jp/exhibitor/jss20180458.html

・路面電車網から構築するICT統合型インフラSTING(長崎県立大学、森田均教授)
https://www.ij2018.jp/exhibitor/jss20180100.html

■モビリティ・イノベーションの社会応用(筑波大学、)
 8月30日10時30分から、プレゼンテーションコーナーで開始された筑波大学の研究発表を聞きました。プレゼンテーションを担当されたのは、未来社会工学開発研究センター長の高原勇氏でした。

 私はまったく知らなかったのですが、筑波大学とトヨタ自動車株式会社が大学内に「未来社会工学開発研究センター」を設立したことが2017年4月6日、発表されていました。

こちら →https://newsroom.toyota.co.jp/jp/detail/16307271

 そのセンター長が 髙原勇氏で、筑波大学の特命教授であり、トヨタ自動車未来開拓室担当部長でもあります。

こちら →
https://www.sanrenhonbu.tsukuba.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2017/11/e988e797803ff8ade91f2490d690a0ed.pdf

 未来社会工学開発研究センターのミッションは、「地域社会の社会基盤づくりに向け、次世代自動車交通技術サービスを構築する」ことだと書かれています。

 概念図を見ると、地方自治体の協力を得て実証研究を行い、国や他研究所の支援を受けて研究事業を行い、トヨタなどの企業群からは技術、資金、人材を得て、長期的、協調領域の研究を行うというものです。研究対象は、サービスとしてのモビリティ(Mobility as a Service=MaaS)ですから、今回の研究「モビリティ・イノベーションの社会応用」は、そのミッションの一環として行われたことがわかります。

 プレゼンテーションの中でもっとも興味深かったのが、ビデオで紹介されたIoT車両情報の持つ多大な機能と効用です。走行中の自動車からは車内外のさまざまなデータが得られます。それらがインターネットに繋がれば、それ以外の情報と関連付けることができ、それに基づいて分析すれば、さまざまな判断を行うことができます。

 ビデオでは一台の走行車の機能を見ただけですが、これが複数台となると、より精度の高い道路情報、気候情報など、さまざまな周辺情報を把握することができます。それらのデータを分析してフィードバックできるようになれば、道路の渋滞を解消し、事故をゼロにすることもできるでしょうし、より安全で快適な運転が可能になるでしょう。

 さらに、高原氏は、このようなモビリティ・イノベーションを社会に応用していけば、道路の渋滞や交通事故の発生といった社会問題を解決できるばかりか、効率のいいヒトの移動、モノの移動が可能になるといいます。

 IoT車両情報によって、ヒトやモノの移動がより適切に、より短縮して行えるようになれば、経済的なロスを省くことができるばかりか、やがてはe-commerceも可能になるといいます。そして、トヨタが提言している「e-Palette Concept」について説明してくれました。

 「e-Palette Concept」とは、トヨタが開発した次世代電気自動車です。移動、物流、物販など多目的に活用できるモビリティサービス専用車として製作されたといいます。高原氏は、これを使えば地域サービスをモバイルで提供することができ、オンデマンドを超えるサービスの提供も可能だといいます。普及すれば、移動型フリーマーケットも可能になりますから、店舗販売とe-commerceとの境界が曖昧になるだろうともいいます。

 聞いていて、私はとても興味深く思いました。未来のモビリティの一端を覘いたような気がしたのですが、なにぶんプレゼンテーションの時間が短く、会場では十分に理解することができませんでした。そこで、帰宅してから調べてみると、「e-Palette Concept」の基本性能を紹介する映像を見つけることができました。2分ほどの映像をご紹介しましょう。

こちら →https://youtu.be/ymI0aMCo11k

 ここではライド・シェアリングとロジスティックの例が紹介されています。

 まず、ライド・シェアリングの例を見ると、「e-Palette Concept」が低床なので、杖をついた高齢者が難なく乗車している様子、そして、車椅子に乗った障碍者がスムーズに車内に入っていく様子などがわかります。また、停留所に着けば、大きな荷物は勝手に下車し、目的地に向かい、停留所からは待っていた荷物が勝手に車内に乗り込んでいきます。さらに、少年が停留所まで乗ってきたスケーターのようなものは、役目を終えると勝手に戻っていきます。車が自動走行しているのです。

 いずれのシーンも、「e-Palette Concept」が普及すれば、老若男女を問わず、障碍者であるか健常者であるかを問わず、ヒトやモノがなんの支障もなく、移動できることがよくわかります。しかも、このサービスは24時間オンデマンドで提供されるのです。一連の映像を見ていると、効率よく、コストパフォーマンスよく、人々がモビリティ生活を楽しめるようになることが示されています。

 次に、ロジスティックの例を見ると、配送センターでは、積載量に合わせたサイズの車種が選択され、荷物を積み込んだ「e-Palette Concept」が自動的に目的地に向かっている様子が示されています。渋滞を避けて道路を選び、到着時間が予測できた段階で目的地に到着時刻を連絡しますから、受け渡しがスムーズです。停留所で荷物を受け取る場合は顔認証で、自動的に受け取り手を確認します。無駄が省かれ、最小の労力で最大の効果が得られるようになっています。

 この映像を見ていると、まるで「e-Palette Concept」が的確な判断力を持ったヒトのように見えてきますが、実際は、現場で刻々と収集したデータを、グローバル通信プラットフォームを介して分析し、それぞれの用途に応じて自動的に判断が下された結果にすぎないのです。

 「e-Palette Concept」の仕組みは以下のように説明されています。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。TOYOTA Global Newsroomより)

 車両に搭載されたDCM(Data Communication Module)が種々の情報を収集し、グローバル通信プラットフォームを介して、データセンターに蓄積されます。それらのデータは関連情報と絡めて分析され、サービスの目的に応じて判断が下されます。それが端末にフィードバックされて職務が遂行されるという仕組みです。この仕組みを使えば、高原氏がいうように、やがては「e-Palette Concept」を使ったe-commerceも実現するようになるでしょう。

 「モビリティ・イノベーションの社会応用」は、最先端の技術を社会に還元するための大型研究プロジェクトでした。産学連携で社会的課題を解決するためのプロジェクトだともいえるでしょう。ブース(小間番号U-07)には大勢のヒトが立ち寄り、研究スタッフから具体的な説明を受けていました。

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■高齢者・障碍者向けパーソナルモビリティの開発(香川大学)
 次に立ち寄ったのが、「高齢者・障碍者向けパーソナルモビリティの開発」の展示ブースです。「超スマート社会」の展示コーナーを歩いていると、奇妙な形の車が目に止まりました。街中で時折、高齢者が乗っているのを見かける電動車椅子とは一風異なっています。どんな目的で使うのか、気になったので、このブース(小間番号S-11)に立ち寄ってみました。

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 香川大学創造工学部造形・メディアデザインコース教授の井藤隆志氏が、株式会社キュリオと共同で開発した電動車椅子でした。すでに実用化されていて、SCOO(スクー)という商品名が付いています。歩行な困難な高齢者や障碍者が気軽に利用できる電動車椅子として開発されたものだといいます。

ハンドル部分の白、台座部分の白以外はすべて黒で色構成されており、どことなくオシャレな感じがしました。実際に触ってみると、角面がすべて滑らかで感触がよく、見た目がいいだけではなく、使い心地もよさそうでした。井藤氏はこの製品の開発に際し、プロダクトデザインを担当したということでした。

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 SCOOの特徴の一つは前部分がないことで、これには乗り降りしやすいメリットがあると井藤氏はいいます。ただ、街中で見かける電動車椅子とは形状が大きく異なっていたので、私はふと、高齢者や障碍者が安心して乗れるだろうかと思いました。前面を安定させるハンドル部分がないので不安定ではないかと思ったのです。

 尋ねてみると、操作するのにある程度、練習は必要だが、決して不安定ではないと井藤氏はいいます。

 帰宅してから調べてみると、SCOOを運転する様子を説明した映像を見つけることができました。1分47秒の映像です。

こちら →https://youtu.be/z5QFCuXvGCo
 
 この映像を見ると、女性は確かに不安げもなく乗りこなしています。前部分がないだけに乗り降りも楽そうです。ただ、右の小さなグリップに操作部分が搭載されているだけで、よく見かける電動車椅子のような前を覆うハンドル部分がないので、両手を使えません。4輪車だから安定感があるとはいえ、不安定ではないかという思いが消えませんでした。

 もっとも、慣れてしまえば、何の問題もないのかもしれません。井藤隆志氏によると、左ハンドルの製品もあれば、これまで通りの前面ハンドルの製品もあるということでした。利用者の状況によって選択できるよう、ハンドル部分の仕様が異なる製品が用意されていました。

 実際、乗り降りしやすいというSCOOの特性が好まれ、宮崎県では90歳の方が利用されているようです。ただ、段差の大きな道路などでは操作しづらく、安定性に欠ける可能性もあるそうですが、バリアフリー環境の中で使用するなら安心だということでした。病院や美術館などで利用されているそうです。

 さて、SCOOのもう一つの特徴は、折り畳みができることです。折り畳みができますから、車などに乗せて運び、長距離を移動できるメリットがあります。

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 短距離部分はSCOOを自分で操縦し、長距離部分はSCOOを折り畳んで、電車やバス、車、場合によっては飛行機に持ち込み、さまざまな場所に移動することができます。こうしてみると、高齢者や障碍者の移動範囲がさらに広がるのは確かですが、果たして、高齢者や障碍者がこれを自分で持ち運びできるのでしょうか。

 尋ねてみると、重さは28㎏だといいます。この重さでは高齢者や障碍者が自分で折り畳み、持ち運ぶことはできないでしょう。やはり、家族か介助者がサポートする必要があるようです。

 SCOOは従来の電動車椅子とは異なるデザインの製品でした。これまでの電動車椅子よりもはるかに目立ちます。高齢者や障碍者がちょっとオシャレな気分で、気軽に移動するには恰好の製品といえるのかもしれません。

 おそらく、高齢者人口が増え、電動車椅子の需要が高まっているのでしょう。需要が高まると、利用者はより多くの機能を求めるだけではなく、デザインにも目を向けるようになります。デザインの斬新さといい、折り畳み式の仕様といい、この製品の二つの特徴からは、電動車椅子への需要が新しい段階に入りつつあることが示唆されているように思えました。

■路面電車網から構築するICT統合型インフラSTING(長崎県立大学)
 「超スマート社会」コーナーのブース(小間番号S-13)で展示されていたのが、「路面電車網から構築するICT統合型インフラSTING」でした。長崎県立大学国際社会学部の森田均教授が、長崎電気軌道株式会社、協和機電工業株式会社の協力を得て行った研究です。

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 森田氏は、この研究は、<低床車両運行情報提供サービス「ドコネ」>を踏まえ、構想したといいます。「ドコネ」とは、低床車両の運行情報を提供することによって、利用者が低床車を利用しやすくなるように開発されたナビゲーションシステムを指します。

 高齢者や障碍者が乗りやすくなるよう、長崎軌道株式会社は2004年3月、3車体連結構造の超低床路面電車を導入しました。2003年に製造された3000形3001です。

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(図をクリックすると、拡大します。Wikipediaより)

 導入以来、低床車は安定して運行され、高齢者や障碍者の利用も次第に増えてきていったといいます。高齢者や障碍者にとって低床車の運行はとても有難いサービスでした。ところが、いつ来るのか、わからなければ、せっかくのサービスも快適に利用することができません。そこで、開発されたナビゲーションシステムが、「ドコネ」です。

こちら →http://www.otter.jp/naga-den/top.html

 「ドコネ」は、利用者の携帯電話やスマートフォン等で、電停周辺のバリア情報や全ての低床車の運行状況をリアルタイムに把握できるサービスです。携帯電話やスマホを見れば、運行状況を把握することができるのですから、高齢者や障碍者が待ち望んだサービスでした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。)

 上の図を見れば、利用者は、低床車がいま、どこを走行しているのかがわかります。青、赤、緑で表示されている車両マークが、長崎市内を走行する3系統の路面電車です。10:58時点で走行しているのが、緑系2両、青系1両、赤系2両(蛍茶屋付近の車両はこの地図では見えませんが)です。

 低床車両の位置情報は10秒間隔で更新されているそうですから、利用者は、いつ来るかわからない電車の到着を待つ苛立ちから解放されます。森田氏は、「ドコネ」は低床車利用者の利便性をおおいに高めただけではなく、熊本大震災の際には、支援活動にも役立ったといいます。

 熊本大震災の後、長崎軌道は期間限定で、くまもんのステッカーを貼った車両を走らせ、募金箱を置いて支援金を募ったそうです。「がんばれ!!熊本号」の車両がいまどこを走っているか、ドコネをチェックすればすぐにわかりますから、大勢の長崎人が支援金を寄せることができたといいます。

 ヒトを運ぶ路面電車が実は、情報を運ぶ通信ネットワークとしても使えることに着目して開発したのが、上記のナビゲーションシステムでした。それはバリアフリー情報の表示、観光情報の表示、さらには期間限定で、「熊本号」の位置情報の表示などにも応用されました。高齢者や障碍者ばかりでなく、市民や旅行者、そして、地域社会に大きく貢献したのです。

 今後は、それらの実績を踏まえ、斜面地の多い長崎でさらに市民の移動を容易にするため、路面電車の電停を乗り合いタクシーの結節点にする試みを展開すると森田氏はいいます。

こちら →
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 上の図で、赤字で書かれた部分が交通ネットワークとしての路面電車の利用(Transport)、青字で書かれた部分が情報ネットワークとしての路面電車の利用(Information Network)、そして、黒字で書かれた部分がエネルギーネットワークとしての路面電車の利用(Grid)です。

 森田氏は今後、路面電車を基盤に、上記の内容を統合した、「STING: integrated Service of Transport, Information Network & Grid」構想を展開していきたいといいます。

 興味深いのは、「ドコネ」以来の構想に、エネルギーネットワークとしての路面電車の利用が加わったことです。これまでは、ヒトの移動手段である路面電車に、通信ネットワークとの連携で利用者の利便性を図ってきましたが、今後は、エネルギーネットワークとしての路面電車の側面に着目し、災害時等の電力供給に役立てようというのです。当初は給電機能を中心に整備を進め、順次、発電・蓄電機能を備えた電力ネットワークを構築していくと森田氏はいいます。

 ところで、長崎軌道の軌間は1435mmです。新幹線と同じ標準規格ですから、長崎新幹線がフル規格で運行されるようになれば、時刻表の空き時間に路面電車を走らせることもできるようになるのではないかと森田氏は大きな夢を語ります。

■社会的課題の解決に向けたモビリティ・イノベーション
 「イノベーション・ジャパン2018」に参加し、モビリティ・イノベーション領域を中心に研究の成果発表3件をみてきました。対象とする領域は異なっていましたが、それぞれ、社会的課題の解決に向けて、真摯に取り組まれていたのが印象的でした。

 高原勇氏の研究は、企業と大学が共同で、自動運転、電動化、シェアリング等のモビリティ・イノベーションの社会実装に向けて取り組むものでした。興味深かったのは、トヨタが発表した電気自動車「e-Palette Concept」が提供できる諸機能でした。会場では映像で紹介されたので、モビリティ・イノベーションによる具体的な将来像の一端を見ることができ、イメージが鮮明になりました。

 井藤隆志氏の研究では、折り畳める電動椅子が開発され、実用化されていました。会場で展示されていた実物を見て、デザインがとても洗練されていたのが印象的でした。従来の電動車椅子とは違って、これを使えば、高齢者・障碍者がちょっとオシャレな気持ちで移動できるようになるのではないかと思いました。利用者の気持ちに沿った研究であることに意義を感じました。

 森田均氏の研究では、路面電車の特性を活かして、研究を構想されているところに独創性を感じました。交通ネットワークとしての利用にとどまっていた路面電車に、通信ネットワークの機能を融合してナビゲーションシステムを構築し、今後は、エネルギーネットワークとしての機能を利用し、災害時等の給電に活用していこうというのです。意表を突いた着想がとても興味深く思えました。

 そういえば、ナビゲーションシステムを構築する際、長崎電気軌道の全車両、上下線全停留所に設置されたBLEビーコン(Bluetoothを使った情報収集・発信装置)は市販のものでした。森田氏の研究を見て改めて、研究には、固定観念を持たず、自由にはばたける想像力がなによりも欠かせないことを思い知らされました。

■Society5.0とイノベーション
 今回、「イノベーション・ジャパン2018」に参加し、さまざまなブースでイノベーションの現状を聞きました。もっとも興味深かったのは、「中国のイノベーションがすごい。日本は追いつく立場になっている」という見解でした。中国では、欧米に留学し、最先端技術や知識、研究態度を身につけた若手研究者が次々と帰国し、切磋琢磨しながら研究レベルをあげ、イノベーションを生み出しているというのです。

 それを聞いて、ふと、『Wedge』(2018年2月号)の特集を思い出しました。ずいぶん前の雑誌ですが、「中国「創造大国」への野望」というスペシャル・レポートが気になって、手元に置いていたのです。

 読み返してみて、気になったのは、清華大学には「x-lab(Tsinghua x-lab=清華x-空間)」という、教育機能とインキュベーション機能を併せ持つプラットフォームがあるという箇所でした。調べてみると、確かに清華大学ではx-lab が2013年に設立されており、今年5周年を迎えていました。

こちら →http://www.x-lab.tsinghua.edu.cn/about.html#xlabjj

 これを見ると、日本の研究者から「中国のイノベーションはすごい」といわれるだけあって、研究開発のための環境がすでに5年も前から整備されていたことがわかります。

 李克強首相は、2014年に「大衆創業、万衆創新」(大衆による企業、万人によるイノベーション)という方針を打ち出しました。以来、中央政府や地方政府は基金を設立してベンチャーに投資し、優秀な人材がイノベーションに取り組めるようにしてきたようです。その一方で、「衆創空間」(Social Innovation Platform)の開設を奨励してきました。その結果、2016年度報告によると、全国に3155ものイノベーション・プラットフォームがあり、あらゆるイノベーション領域で激闘が繰り広げられているといいます。

 こうしてみてくると、筑波大学が産学連携プラットフォームを創設した理由がよくわかります。いまや、大学、企業、研究機関が連携して取り組まなければ、充実した資金、人材、技術、情報などが得られず、大型の研究プロジェクトを進めることができなくなっているのでしょう。

 産学連携の流れは以下のようになっています。

こちら →https://sme-univ-coop.jp/flow

 平成27年に4件のプロジェクトでスタートした大型研究が、平成30年度は20件にまで増えているといいます。さきほどご紹介した未来工学開発研究センター・高原勇氏の「モビリティ・イノベーションの社会応用」もその一つです。大型研究の場合、国内外を問わず、分野横断的に、幅広く英知を結集して取り組まなければ成果を得られない状況になっていることが示唆されています。

 一方、井藤隆志氏の研究では、既存のデバイスにデザインを工夫することによって、新たな使用法を可能にしていましたし、森田均氏の研究では、既存の交通ネットワークに情報ネットワークを融合してナビゲーションシステムを構築していました。両者とも既存のデバイスやシステムに新たな価値を加え、イノベーションを創出していたのです。

 Society5.0といわれるAI時代の到来を迎えたいま、研究開発も新たな状況を迎えているのかもしれません。大型研究に対しては産学官の連携で取り組まなければならないでしょうし、少人数で対応できる研究の場合、アイデアがなによりも重要になってくるでしょう。今回、大学発のさまざまなイノベーションを見る機会を得て、研究規模の大小を問わず、想像力豊かな発想こそが、イノベーションの源泉になるのだという気がしました。(2018/9/3 香取淳子)