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パラリンピックは共生社会、インクルーシブ社会への糸口になりうるか。

パラリンピックは共生社会、インクルーシブ社会への糸口になりうるか。

■パラリンピックから見える共生社会のビジョン
 2019年11月19日、日経ホールで、「第6回日経2020フォーラム パラリンピックから見える共生社会のビジョン」が開催されました。

こちら →https://events.nikkei.co.jp/13981/

 第1部では、協賛企業の三菱電機の杉山武史社長と、清水建設の井上和幸社長による基調講演が行われました。三菱電機はオリンピック・パラリンピックのオフィシャルパートナー、清水建設はオリンピック・パラリンピックオフィシャルサポーターとして、両大会を支援しています。

こちら →https://tokyo2020.org/jp/organising-committee/marketing/sponsors/

 会場ではまず、両企業の社長から、30分ずつ基調講演が行われ、パラリンピックへの取り組み内容が報告されました。

 三菱電機は、「エレベーター・エスカレーター・ムービングウォーク」カテゴリーのオフィシャルパートナーとして、大会関連施設や周辺インフラのバリアフリー化を担当するといいます。社長の杉山氏は、「共生社会の実現に向けた私たちの取り組み」というタイトルでお話しされました。

 パラリンピック大会に向けた活動として三菱電機は、①車いすバスケットボールをはじめとするパラスポーツ支援、②障碍者スポーツ普及啓発活動、③心のバリアフリー、等々のプロジェクト活動を設定しています。

 これらの活動を通して、まず、「知る・学ぶ」を実践する。そこから得た「想いをカタチ」にする。そして、「共感する」、「喜び・嬉しさを共有」する過程を経て、ユニバーサルサービスに寄与する製品を開発する。・・・・、そのようなプロジェクト活動と連携し、「活力とゆとりある社会の実現に貢献」を目指すというのです。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 「パラリンピックからの学び」から、これまでは、「Impossible(不可能)」と感じていたことを、「I’m possible(私はできる)」と思えるようにしていくことを目標にしているというのです。

 一方、清水電機は、「施設建設・土木」カテゴリーのオフィシャルサポーターとして、国立代々木競技場第一体育館の耐震改修工事と有明体操競技場の建設を担当するといいます。有明体操競技場はすでに2019年10月29日、完成しています。

こちら →https://www.shimz.co.jp/company/about/news-release/2019/2019025.html

 記事に掲載された写真をみると、内装、外装とも木が使われており、穏やかでぬくもりの感じられる色調が印象的です。木質の大屋根にはカラマツが約1500m3、外装と観客席にはスギが約800m3使われており、木材使用量は合計約2,300m3になります。これは、今回、建設される競技施設としては最大の木材使用量なのだそうです。

 清水建設社長の井上氏は、「シミズによるインクルーシブな社会の実現」というタイトルでお話しされました。

 大会に向けた活動として清水建設は、①音声ナビゲーションシステムの開発と導入、②社内フォーラム開催による意識啓発、③障碍者スポーツ体験会、等々を設定しています。これらの活動を通して、誰もが健康で快適に暮らせるインクルーシブな社会の実現を目指すというのです。
 
 杉山氏の「共生社会」といい、井上氏の「インクルーシブな社会」といい、両社とも目指すところは同じでした。今回のパラリンピックを契機に、あらゆるヒトが暮らしやすい社会の実現に向けて貢献するという方針だったのです。

 それでは、印象に残ったところをご紹介しておきましょう。

■車いすバスケットに挑戦する鈴木亮平
 杉山氏の基調講演の中でとくに印象に残ったのは、パラリンピック・スポーツの動画を作成されているという点でした。帰宅して、さっそく三菱電機のHPを見てみました。すると、俳優の鈴木亮平氏を起用した動画がいくつか掲載されていました。

 がっしりした体格の鈴木亮平氏は、運動神経抜群のように見えます。豪放磊落な風貌で、アスリートたちの輪に溶け込んでおり、うってつけの役割だと思いました。このシリーズで、彼はさまざまなパラリンピック・スポーツにチャレンジしています。

こちら →https://www.mitsubishielectric.co.jp/tokyo2020/activities/challenge/

 ここでは、一般によく知られている車いすバスケットボールの動画、練習編を見てみることにしましょう。5分42秒の動画です。

こちら →https://youtu.be/jCV1brXH5j8

 意外なことに、体力があって、しかも、バスケットボール経験者だという鈴木氏が、最初から根をあげています。この動画は練習編ですから、基本的な動きが紹介されているだけなのですが、それでも、鈴木氏が思うように身体を動かせていないのです。それを見ているだけで、障害を持った状態でスポーツをすることがいかに大変なことかがわかります。

 それに反し、障害を持っているはずのアスリートたちは、敏速にチェアを操作し、巧みなボールさばきを見せています。これには驚いてしまいました。一連のシーンを見ているうちに、これまで障碍者に抱いていた弱者というイメージが瞬く間に覆されてしまいました。

 それにしても、障害を越えて、競技に臨むアスリートたちは、なんと強靭な精神力の持ち主なのでしょう。鍛え抜かれた身体能力と反射神経を総動員し、競技に打ち込む姿に無駄はなく、感動してしまいました。

 この動画は、本番に臨む前の練習編なので、①チェア操作、②ボール操作、③実践練習、と三段階に分けて制作されていました。

 まず、チェア操作の段階で、鈴木氏は障害を持つアスリートに大差をつけられてしまいました。体験の差ですが、運動神経のいい鈴木氏はすぐ操作に慣れていきます。ボール操作の段階では、鈴木氏はバスケットボール経験者のはずですが、うまくシュートできません。ゴールへの距離感がこれまでとはまったく異なるからでした。

 実践練習ではケガをするといけないので、鈴木氏は様々な防具をつけて競技に参加しました。ここでも、障害を持つアスリートたちに圧倒的な力の差をみせつけられるばかりでした。防具による負荷がかかっていたのです。このように練習編を見ただけでも、車いすバスケットには、知恵と工夫と胆力が必要とされていることがわかります。

 一通りの経験を経て、鈴木氏は「大変だけど、楽しかった」と感想を述べていました。通常のバスケットボール以上に、体力、知力、精神力、戦略が必要とされるからでしょうか。鈴木氏の清々しい表情が印象的でした。

 さて、実際の試合時間は、2分のインタバルを2回、10分から15分のハーフタイムを1回、はさみ、第1ピリオドから第4ピリオドまで各10分、合計40分です。車いすバスケットの試合をするのに、どれほど強靭な精神力と体力が必要なのか、想像すらできません。

 車いすの図が掲載されていたので、ご紹介しておきましょう。

こちら →
(https://miki-force.jp/lineup/bmachine.htmlより)
(図をクリックすると、拡大します)

 車いすバスケットを見るたびに、なぜ車輪が傾いているのか不思議に思っていましたが、この説明を見て、ようやくその理由がわかりました。素早く方向転換できるようにするための傾きだったのです。

 ここでご紹介動画はほんの一部分にすぎません。試合編の前編、後編もありますので、ご覧になるといいと思います。これらは試合風景を撮影しているので、迫力満載の動画です。障碍者イコール弱者ではないということが一目で確認できるでしょう。

 三菱電機はこれ以外にも、いくつものパラリンピック競技を取り上げ、動画を制作しています。いずれも鈴木亮平氏が経験するという形式で、作成されています。どれか一つ、ご覧になるといいでしょう。それだけで、アスリートに対する印象が大きく変わってくることは確かです。

 鈴木亮平氏を起用した一連の動画を見終え、私は、なにか勇気のようなものがふつふつと湧きでてくるのを感じました。なにごとも諦めずに努力を続けていれば、不可能なことはないということを実感できたような気がしてきたのです。

 こうしてみてくると、パラリンピックが観戦者にもたらす最大の効用は、おそらく、観戦者の心からポジティブな感情を引き出し、勇気を与え、希望を感じさせてくれることではないかという気がします。

■音声ナビゲーションシステム
 井上氏の基調講演の中で印象に残ったのは、音声ナビゲーションシステムの開発でした。建設会社の清水建設なのになぜ、他企業と連携して、このようなシステムを開発したのかという点に興味を覚えたのです。

 清水建設は日本IBMと共同で、音声ナビゲーションシステムの開発に取り組んでいるといいます。これはスマートフォンを使って、音声情報を提供しながら、誰でも簡単に目的地に着けるようにするシステムです。

 いまやあらゆる層に普及しているスマホを使い、視覚障碍者、車いす利用者、高齢者、外国人などが街中をスムーズに移動できるようにするサービスを提供しようというわけです。バリアフリーのナビゲーションシステムともいえるかもしれません。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 上図を見てわかるように、これは、スマホを使った地図と音声による道案内です。これまでも似たようなシステムがありましたが、日本語、英語、中国語、韓国語に対応している点、今回のオリンピック・パラリンピックに向けた仕様にもなっています。海外から大勢の観客が訪れたとしても、このシステムを使えば、かなりの部分、対応できるでしょう。

 実際、このシステムを使った実証実験が2019年10月に行われました。

こちら →https://www.shimz.co.jp/company/about/news-release/2019/2019020.html

 実証実験の結果は、下記のようなものでした。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 これを見ると、車いす利用者は100%と、とても高く評価しています。予想以上の高評価ですが、一般歩行者、外国人も60%、視覚障碍者も70%、といった具合で、全般に高い評価をしていることがわかります。単なる道案内ではなく、段差、ビル内の案内も含まれている点にこれまでにない利便性を感じたのでしょうか。被験者からのフィードバックに基づき、改善されていけば、さらに使い勝手のいいシステムになっていくでしょう。

 井上氏は、清水建設は建設事業の枠を超えて、持続可能な未来社会の実現を目指していくといいます。そのためには、多様なパートナーと共に、時代を先取りする事業活動を展開していかなければなりません。上記でご紹介したナビゲーションシステムの開発はその一つですが、これは「SHIMIZ VISION 2030」に基づくものでもありました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します)

 このビジョンには2030年と銘打たれています。オリンピック後の10年を見据え、三つの大きな目標が掲げられています。案内システムは、そのうちの「誰もが健康で快適に暮らせるインクルーシブな社会の実現」に向けた取り組みの一つでした。

■パラリンピックは共生社会、インクルーシブ社会への糸口になりうるか
 今回、基調講演をした三菱電機の社長と清水建設の社長はともに、2020年パラリンピック大会を機に社会変革を目指すと語っていました。興味深いことに、製造会社も建設会社もともに、パラリンピックを機に、共生社会あるいはインクルーシブ社会の実現に向けた社会変革を構想していたのです。

 果たして、2020年パラリンピック大会はそのような社会変革の契機になるのでしょうか。

 そこで、パラリンピックサポートセンターのHPを見てみました。すると、トップページに、次のようなキーワードが図示されていました。国際パラリンピック委員会は、出場するアスリートたちが持つ力こそ、パラリンピックを象徴するものだとして、4つの価値を掲げていたのです。すなわち、「勇気」、「強い意志」、「インスピレーション」、「公平」等々です。

こちら →https://www.parasapo.tokyo/paralympic

 確かに、車いすバスケットボールの動画を見て、私は感動してしまいました。障害を持つアスリートたちが、どれほど胆力があり、強い意志を持って競技に臨んでいるかを目の当たりにしたからでした。

 どんな困難があっても決して諦めようとせず、彼らは挑戦し続け、努力し続けて、困難を乗り越えてきたのです。そう思うと、気持ちが大きく揺さぶられてしまいました。障碍者スポーツを見ていると、ヒトは誰でも大きな力を与えられたような気になっていくのではないかと思います。

 障害を持つアスリートたちは、工夫し、努力しさえすれば、不可能を可能にできるということを目の当たりに見せてくれました。彼らはさまざまなバリアーを乗り越え、パワーを手にしてきたのです。そして、そのパワーはおそらく、今後の不確実性の高い社会を乗り越えていく大きな力になりうるものなのでしょう。

 そう考えると、競技し、観戦することを通して障碍者スポーツを体験する、あるいは、メディアを通して障碍者アスリートを知る、といったようなことがいかに重要か、よくわかります。障碍者スポーツを見て、知って、感銘する機会が増えれば、それまで障碍者に抱いていたイメージは容易に覆ります。そうなると、障碍者に対する障壁も自ずと低くなっていくでしょう。
 
 これまで見てきたように、両社はともに、分け隔てのない社会、あらゆるヒトが健康で快適に過ごせる社会の実現をモットーに掲げ、企業活動を展開しようとしています。一見、絵空事のように見えますが、実は、障碍者などの弱者のニーズに沿う製品やサービスの開発が事業活動として浮上しつつあります。

 モノが豊かに行きわたった今、「より便利に、より快適に」というだけではもはや消費需要を喚起できなくなってきています。しかも、高齢者人口は増加の一途を辿っていますから、さまざまな領域で消費需要は今後、低迷し続けるでしょう。

 そのような状況下で需要が見込まれるものの一つが、「障害の負荷を減らす」、「健康を維持する」ためのモノやサービスです。高齢になると誰しも、視聴覚機能が衰える、膝や腰を痛める、歩行が困難になる、といった障害を持つようになります。

 悲しいことに、どれほど健康で有能だったヒトでも、老いれば必ず、身体機能が衰え、歩行も困難になっていきます。そのような高齢者人口が日本では今後、さらに増大していきます。企業としては、そこにターゲットを定めるしかないでしょう。一見、絵空事に思えた三菱電機や清水建設の事業方針は理に適っているのです。

 ちなみに2020年パラリンピックの競技種目は以下の22種目です。それぞれの競技内容は動画で知ることができます。

こちら →https://tokyo2020.org/jp/special/paralympicsportsvideo/

 見てみると、それらの映像には字幕が付与されており、聴覚障碍者にも理解できるように配慮されています。また、視覚障碍者にわかるように、音声ガイドが提供されていました。視聴覚機能に障害を持つ観戦者にも配慮されていることがわかります。

 一方、大会組織委員会はアクセシビリティについてもルールを設け、障害を持つ人もスムーズに参加できるよう配慮しています。

こちら →
https://tokyo2020.org/jp/organising-committee/accessibility/data/support-guide.pdf

 考えてみれば、パラリンピックは全世界を対象にしたビッグイベントです。障碍者スポーツを観戦する滅多にない機会ですから、人々の意識変革を促す大きなきっかけになります。また、観戦者のアクセシビリティに配慮し、誰もが分け隔てなく観戦を楽しめる文化を醸成していけば、バリアーの低い社会に一歩、近づくことができるでしょう。

 こうしてみてくると、モノではなく、建造物でもなく、ヒトが健康で快適に暮らせるためのバリアーの低い社会の実現に向けたサービスこそが、今後の事業活動の中心になっていくかもしれません。工夫して臨めば、パラリンピックは誰もが「共に」、「分け隔てなく」暮らせる社会への糸口に十分、なりうるのです。(2019/11/29 香取淳子)

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