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超高齢社会の日本、デジタルガバメントへの移行は可能なのか。

超高齢社会の日本、デジタルガバメントへの移行は可能なのか。

■日本・エストニア、デジタルガバメントフォーラムの開催
 2019年6月12日、日経ホールで「日本・エストニア;デジタルガバメントフォーラム」が開催されました。最近、デジタルファースト法案が成立しましたが、果たして、日本はデジタルガバメントに移行できるのかと思っていました。ですから、新聞でこのフォーラム開催を知ったとき、タイトルに引かれ、参加することにしたのです。

 行ってみると、参加者の圧倒的多数は中壮年の男性で、女性はちらほらと見かける程度でした。

こちら →
(フォーラム開始前の会場風景。図をクリックすると、拡大します)

 おそらく、行政、企業、研究者なのでしょう、ダークスーツにノートパソコンにスマホといった典型的なスタイルの男性たちが次々と入場し、開始直前にほぼ満席になりました。タイムリーなテーマだったし、今後の日本社会を決定づける重要なテーマだったからかもしれません。

 このフォーラムは、①講演を通しての情報提供、②分科会での討議、③提言につなげるパネルディスカッションといった具合に、朝10時から夕方5時50分まで、全体が三部構成で組み立てられていました。登壇者と参加者が情報を共有しながら、討議を行い、最終的にデジタルガバメントに向けた提言を行うという流れになっていました。

 分科会は、①「エストニアでデジタル化ができて、なぜ日本にできないのか?」、②「どうすれば進む!日本社会のデジタル化!」、③「世界へ発信していく日本のデジタル社会の姿とは?」など、三つ設定されていました。

 私は分科会①に出席したかったのですが、どうしても避けられない用事があって、残念ながら午後の部からは退席せざるをえませんでした。

 当日の様子は後日、日経新聞で報道されるということでしたので、紙面で内容を捕捉したいと思いますが、私が見聞きした限りでいえば、とても充実した内容だったので、印象に残ったところを中心にご紹介していくことにしましょう。

■digitizationからdigitalizationへ
 最初に、印象に残ったのが、情報通信技術政策担当、内閣府特命担当大臣であり、日本エストニア友好議員連盟の平井卓也氏のお話しでした。

 平井氏はまず、10歳の女の子がクラウドファンディングで資金を集め、エストニアに行ってロボティックの研究をしたいという事例を紹介されました。そして、多くの子どもたちが今、デジタル化に大きな関心を寄せるようになっており、いわゆるデジタル・ネイティブ世代のポテンシャルが想像以上に高いと報告されたのです。子どもの頃からスマホとともに生きてきた世代にとっては当然のことなのかもしれませんが、私もこれを聞いて驚きました。

 次に、令和(beautiful harmony)の時代を生きる日本の次世代は、高齢世代とうまく調和しながらSociety5.0 を作り上げていくことが大切だと述べられました。それこそが、beautiful harmonyの精神だというのです。実際、少子高齢化が今後も続く日本では、人口の4割が65歳以上、50歳以上が6割という状態がしばらく続きます。したがって、次世代が高齢世代を取り込みながら、デジタル化を進めていく必要があるのです。

 世界でも突出して高齢化率の高い日本は、このままではデジタル後進国になりかねません。まさにピンチとしかいいようのないのが現状ですが、だからこそ、それをチャンスに変えていく必要があるというのが平井氏の主張でした。

 まずは行政のデジタル化を進め、イノベーションを起こし、さまざまな社会的課題を対処していくことが肝要で、そのためには、マインドセットを変えていく必要があるというのです。

 マインドセットという聞き慣れない言葉を聞いて、調べて見ると、どうやら、ベストセラーになった“MIND SET”(『マインドセット』、キャロル・S・ドゥェック著、今西康子訳、2016年)から来ているようでした。その意味は思考様式といったようなものですから、これまでとは考え方を変えて、行政改革に取り組まなければならないということでした。つまり、行政のデジタル化を進めるといっても、今の行政組織をそのままデジタル化するのではなく、新しいインフラを構築する覚悟で臨まなければならないということなのです。

 平井氏はさらに、エストニア政府関係者が2013年頃に言われた言葉として、digitizationが重要なのではなく、digitalizationが重要だということを紹介されました。digitizationとdigitalizationとは似たような言葉ですが、その意味が異なります。今、必要なのは、digitalizationなのだという指摘でした。digitalizationは単なるデジタル化ではなく、デジタル化されたデータを利活用し新たな価値を創り出すことまで含まれているのです。

 聞いていて、ふと、2000年頃、globalizationとglobalizationとの違いが議論されたいたことを思い出しました。あの頃は“global”という言葉を軸に世界が動いていたのです。翻って今、“digitalization”という流れの中で世界が大きくうねり始めています。改めて、“digital”をキーワードに、新たな時代に突入しつつあることを実感させられました。

 さて、マイナンバーカードのお手本にしたのはエストニアのIDカードだったそうです。さらに、サイバーセキュリティに関しても、日本はタリン協定に参加し、防衛省からエストニアに人材を派遣し、digitalization下の安全対策を進めているそうです。調べて見ると、『防衛研究紀要21』に河野桂子氏が<「タリン・マニュアル 2」の有効性考察の試み>というタイトルの論文を書いていました。

「タリン・マニュアル 2」とは、サイバー活動に適用される国際法に関する文書のことで、2017年2月5日、NATOのサイバー防衛センターによって発表されました。これに関しては、発表後、ワシントンDC、デン・ハーグ、タリンなどで評議会が開催され、国際的に立ち上げられたといいます。

こちら →https://the01.jp/p0004346/

 この「タリン・マニュアル 2」は、2013年に発表された「タリン・マニュアル1.0」に続くものだそうですが、この「タリン・マニュアル1.0」は当時、サイバー空間で行われる戦争に既存の国際法をどのように適用できるのかを最も包括的に分析した文書だといわれていたようです。

こちら →
https://www.securityweek.com/security-think-tank-analyzes-how-international-law-applies-cyber-war

 核攻撃ばかりではなく、サイバー攻撃の脅威が現実のものになっている今、新たな手段の攻撃に対しどう対処するか、国際的な指針が必要になってきているのです。行政のデジタル化を進めてきたエストニアはいち早く、その指針作成にも取組んできたようです。私たちが知らないところで着々とデジタル化に対応して国家戦略が展開されていることがわかります。

 さて、このフォーラムにはエストニアから13名が参加されていましたが、最初に登壇されたのが、経済通信副大臣のヴィルヤ・ルビ氏でした。ルビ氏は世界がデジタル化によって再編成されるにつれ、国境がなくなっていくとともにサイバー攻撃の恐怖も増大しているといいます。そんな中、エストニアが提供するe-government academyは世界130ヵ国と協業しており、日本とエストニアの関係は近年、とても緊密なものになっているといいます。Society5.0の下では、常に学び続けること、共に学び合うことが基本だといいます。

 それでは、e-Government Academyとはどういうものなのでしょうか。

■e-Government Academy
 まず、e-Government Academy戦略・開発担当副ディレクターのHannes Astok氏、続いて会長のArvo Ott氏のお話しがありましたが、両氏を含むチームメンバーについては下記に紹介記事がありました。

こちら → https://ega.ee/team/

 さて、Hannes Astok氏は講演の中でまず、45年前のエストニア人夫婦の写真を提示し、続いて、これを加工し、彼らの前にパソコンとケーブルを置いた写真を提示し、これが今の状況だと説明しました。

こちら →
(“Estonian e-government ecosystem: analogue and digital elements”より。図をクリックすると、拡大します)

 9世紀の写真を加工し、2016年の技術環境に変更したのが上の写真ですが、今や普通の人々がパソコンを操作し、調べものをし、スカイプで話し、ユーチューブの映像を見て楽しむようになっているのです。

 このように国民がさまざまなデジタルデバイスを使っているのなら、行政もまたデジタル化し、生活改善に寄与できる方向に変えていく必要があると考え、エストニアは行政のデジタル化に着手したといいます。もっとも行政にはアナログの要素とデジタルの要素がありますから、それを見極めながら、国民がいつでもどこでも行政サービスを受ける環境を創り出すことが大切だと指摘します。

 これについてはHannes Astok氏が作成した、“Estonian e-government ecosystem: analogue and digital elements”と題するパワーポイントの資料がありましたので、ご紹介しておきましょう。

こちら → 
https://www.itu.int/en/ITU-D/Regional-Presence/AsiaPacific/Documents/Events/2017/Sep-SCEG2017/SESSION-1_Estonia_Mr_Hannes_Astok.pdf#search=’eestonia+ecosystem’
 
 さらに、e-GovernmentについてはHannes Astok氏による紹介冊子がありました。

こちら → https://ega.ee/publication/introduction-to-e-government/
 
 さて、日本のマイナンバーカードはエストニアのIDカードを参考にして作成されたといいます。どのようなコンセプトを参考にしたのでしょうか。

 このIDカードについてもHannes Astok氏が説明してくれました。

■Estonian ID card
Hannes Astok氏は、行政のデジタル化を進めるに際し、想定されるボトルネックに対処するには、ワンストップサービスを提供することだといいます。そのためには、すべての行政サービスに関する情報をデジタルフォーマットに変換する必要があり、その一方で、国民を確認し承認するためのIDカードが必要だというのです。

 エストニアでは2002年からエストニア国民ID(国民識別番号)カードが発行されました。対象者はエストニア国民とエストニアへの移住者です。

 カードの表側には、所有者の写真、所有者の自筆署名、所有者の氏名、所有者の国民ID番号、所有者の生年月日、所有者の性別、所有者の市民権、カード番号、カードの有効期限が記載されています。

 そして、裏側には、所有者の出生地、カードの発効日、その他、居住許可に関する項目等々、表裏の印刷データを機械的に読み取り可能なフォーマットに変換した文字列が記載されています。
 
 個人を特定する重要な情報が入っているわけですから、このカードは技術的、法的、サイバーセキュリティその他の面で安全なものにしなければなりません。そこで15年前に開発されたのが、X-Roadです。分散システムの中で作動するX-Roadというデータ交換基盤が整備されたので、安全なのだそうです。

 それがスマホの普及によって、mobile ID、smart IDといった具合に、技術の進展に応じてカードも進化してきました。それに伴い、国民のアクセスも大幅に向上したといいます。それによって行政手続きのコストが大幅にカットされ、1720億円が節約されたといいます。人口125万7000人のエストニアでそうなのですから、1億2000万人余のにほんではさらに大きな節約が可能になるでしょう。

 もちろん、税の申告も電子申請になっていますから、いまではほとんどの国民がオンラインで税申告をするようになっているようです。

■tax declaration online
 e-Government Academy会長のArvo Ott氏は、2000年以降、税の申告もオンラインで行っており、2011年以降はほぼ100%が電子申請を行っているといいます。申請については下記のような手続きをするようです。

こちら → https://thisestonianlife.com/taxes-online-estonia/
 
 ただし、これをスムーズに進めるためには、国民が不安を抱かないように、プライバシー、セキュリティについて保証して進めることが必要だといいます。

 エストニアでは税の申告だけではなく、金銭取引、事業登録などもすべてオンラインで処理できるようになっているようです。

こちら → https://e-estonia.com/solutions/business-and-finance/e-tax/

 これを見ると、会社設立の98%、銀行取引の99%、税申告の98%がオンラインで行われていることがわかります。このことからは、行政サービスのオンライン化と合わせて民間サービスのオンライン化を行い、相互にやり取りができるようになっていることがわかります。

 エストニアではこのように事業や財政のオンライン化によって一貫したサービスが可能になっています。人々にとっては利便性が図られ、行政や民間事業主にとっては利便性ばかりか、無駄な経費がかからなくなりますから、大幅な節約ができます。

 こうしてみてくると、日本がエストニアに倣ってマイナンバーカードを創設した理由もわかってきます。行政サービスのオンライン化のために、個人認証手段としてのマイナンバーカードは不可避なのです。

 少子高齢化がさらに進み、医療負担、年金負担が今後さらに高まっていくことを考えれば、手続きにかかる無駄な経費は省いていくのが当然だということはわかりますが、果たして、日本で行政サービスのオンライン化は可能なのでしょう。

■超高齢社会の日本、デジタルガバメントへの移行は可能なのか。
 2019年5月、デジタルファースト法案が成立しました。さらに、2019年6月4日、政府はデジタルガバメント閣僚会議でマイナンバーカードの普及促進のための総合対策をまとめました。その中で興味深いと思ったのは、健康保険証として使えるようにし、2022年度中にほぼすべての住民にカードを交付するというものです。

 私は超高齢社会の日本で行政サービスのオンライン化は難しいのではないかと思っていますが、マイナンバーカードを健康保険証として使えるようにすれば、普及が進む可能性が高くなると思います。というのも、高齢者がもっともよく使うのは健康保険証なので、そこにマイナンバーカードを紐づけることによって、普及が進むことは明らかです。

 さらにはお薬手帳としても使えるようにすれば、マイナンバーカードによって治療の透明性を高めることも期待できるでしょう。無駄な投薬は回避されるようになるでしょうし、当然、膨張し続ける医療費の削減にもつながるでしょう。

 もちろん、医療機関がそれに対応できるよう整備しなければなりませんが、2022年度中には全国ほぼすべての医療機関が対応できるようにするということです。今度こそは、政府の本気度がわかります。

 もっとも、2019年6月11日の日経新聞夕刊の記事によると、2018年度中に個人番号を含む情報が漏洩するなどのマイナンバー法違反または違反の恐れのある事案が、134機関で279件あったと政府の個人情報保護委員会で発表されたそうです。134機関の内訳は、地方自治体が80、国の行政機関が9、民間事業者が45でした。その原因としては、電子メールの誤送信、書類の紛失、不正アクセス、等々のよるものでした。

 このような状態を見ると、まだ安心して個人情報を行政機関によって一元管理されたくないという気持ちになってしまいます。エストニアの場合、個人情報を安全に管理するための仕組みを同時に開発して進めていました。日本の場合、どうなっているのでしょうか。

 今後の社会状況を考えれば、日本こそ、デジタルガバメントへの移行は不可欠だと思いながらも、このような情報管理の甘い実態を知ると、まだ難しいのではないかと思えてなりません。なにしろ、超高齢社会の日本です。高齢者がカードを紛失してしまった場合、悪用されないための手段はあるのでしょうか。個人情報を保護するにはどうすればいいのか、高度なセキュリティシステムを導入するにはどうすればいいのか、安全に活用するための論議の過程をその都度、公開しながら進めてもらいたいという気がしています。

 神戸市長や会津若松での事例なども報告されましたが、今回のフォーラムで印象に残ったのは、これまでご紹介してきた事柄です。私が出席できなかった分科会等の情報については、後日、日経新聞で報道されてから、考えてみることにしましょう。(2019/6/14 香取淳子)

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