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「大阪、関西万博2025」③:生態系を壊されたユスリカ、逆襲か?

「大阪、関西万博2025」③:生態系を壊されたユスリカ、逆襲か?

■万博会場で発生した大量のユスリカ

 万博会場で大量の虫が発生していることが、開幕一か月後あたりから、SNSでさかんに取り上げられるようになりました。万博協会によると、5月14日頃から大量に確認され始めたといいます。

 SNSでの騒動に呼応して、新聞やテレビでも取り上げられるようになりました。たとえば、大阪のテレビ局MBSは5月22日、ユスリカの飛来について、次のように伝えています。

こちら → https://youtu.be/Oqytv2HySGE

(※ 5月22日MBSニュースより。CMはスキップするか、削除して視聴してください)

 番組では、大屋根リングにびっしりと張り付いている大量の虫が映し出されます。これらはユスリカという虫で、蚊のようにヒトの血を吸ったり病気を媒介したりすることはないと説明されていました。害がないとはいえ、決して気持ちのいいものではありません。


(※ MBSニュース映像より)

 この虫が、会場のいたるところで確認されているというのです。次いで、ユスリカの死骸がたくさん落ちている場所が映し出され、大群が飛来し、空を覆っている写真も示されました。


(※ MBSニュース映像より)

 これは暗くなり始めたころの写真ですが、まだ明るい時間帯でも、ユスリカは飛来してきているようでした。

 三人の女性がウチワや扇子で虫を追い払いながら、大屋根リングを歩いている様子が映し出されます。

 レポーターが女性にインタビューすると、いかにも関西人らしく、「虫も、万博見に来たんかなって、言ってるんですけど」と笑顔で答えていましたが、不快感がなかったとはいえないでしょう。

 深刻なのは、会場内の飲食店です。店長の話では、大量のユスリカが店内に入り込んで床に落ち、それを来客が踏むので床が汚れて、掃除が大変だというのです。客の印象も悪くなるでしょうし、場合によっては虫が食べ物に落ちることもあるでしょう。店舗にとっては衛生管理上のコストも嵩みます。

 ユスリカの大量飛来が発覚したのがゴールデン明けから5月半ばぐらいでした。以後、発見されるたびに、万博協会には報告されているはずですが、万博協会ははたして、どのような対応をしてきたのでしょうか。

■万博協会の対応

 万博協会は26日、発生を抑えるための対策本部(本部長・石毛博行事務総長)を設置したと発表しました。同日、開催された1回目の会合で、高科淳・副事務総長は、これまで薬剤を中心とした対策を行ってきたが、ユスリカの会場への大量飛来を抑えることができていないと説明しています。

 万博協会は、当初、薬剤を撒けば、何とかなるだろうと思っていたのでしょう。ところが、いっこうに効かず、かえって増えているような状態だったのです。高科氏は今後、「環境への影響を考慮しながら、大阪府や大阪市と協力し、全力かつ迅速に対応を続けていく」と述べています。

 その後も、ユスリカの飛来は止む気配を見せませんでした。

 おそらく、来場者や会場内の施設や店舗関係者、スタッフなどから、万博協会への問い合わせが殺到したのでしょう。

 万博協会は2025年6月2日、「大阪・関西万博会場におけるユスリカの大量飛来についての現状と対策状況」というタイトルのお知らせを万博HP上に掲載しています。(※ https://www.expo2025.or.jp/news/news-20250527-02/

 万博HP上に掲載されたとはいえ、新しい情報はなく、これまで報道されてきたことを、整理しただけのような内容でした。

 万博協会は、複数の事業者の協力を得て、調査を実施した結果、次のように報告しています。

①会場内に大量飛来しているのは、ユスリカ科の一種であるシオユスリカであること、

②シオユスリカは淡水と海水が混じる汽水域で発生しており、発生源は、ウォータープラザ及びつながりの海であること、

③夕方から夜にかけての時間帯で大量発生し、主な飛来場所は、会場南側の大屋根リングの上(スカイウォーク)や、東西の水辺エリアであるが、会場の広い範囲でも確認されている、等々。

 まず、大量発生している虫を特定し、その発生源を明らかにしたうえで、主な飛来場所と飛来時間帯を報告しています。次いで、ユスリカ対策として、雨水桝等には、ユスリカの成長抑制剤を散布したこと、協会施設には、忌避剤による侵入防止策、清掃、消毒を実施し、営業店舗等には、忌避剤を使用した侵入対策、清掃、消毒を支援してきたこと、等を説明しています。

 興味深いのは、発生源と思われるウォータープラザやつながりの海には、当初から成長抑制剤を投入しておらず、これまでは成長抑制剤を撒いてきた雨水桝等には、今後もそうするのかどうかの言及がなかったことです。

 このことからは、万博協会は当初、手っ取り早く駆除できる薬剤に飛びついたものの、その後、薬剤を使用することに慎重な姿勢を見せ始めたことがわかります。おそらく、薬剤をしばらく使ってみても、効果がなかったことが影響しているのでしょう。あるいは、薬剤散布による人体や環境への影響を懸念したからかもしれません。

 万博協会の対応の微妙な変化については思い当たる節があります。

■薬剤に害はないのか?

 万博公式サイトに、「ユスリカ対策のために使用している成長抑制剤とは何ですか。人体・環境に影響はないですか」という質問が掲載されていました(※ 大阪、関西万博公式サイト)。

 ユスリカの大量発生以来、このような内容の質問が数多く、万博協会に寄せられていたからでしょう。これに対する万博協会の回答は、次のようなものでした。

①これまで雨水桝に、ユスリカの幼虫が羽化して飛翔することを防ぐ目的で、成長抑制剤を投入してきたが、人体が触れる場所には投入していない、

②成長抑制剤は、安全性が確認された市販品を使っており、人体・環境に悪影響がないように、用法・用量を守って投入している、等々。

 気になるのは、回答文に、「人体が触れる場所には投入していない」とか、「人体・環境に悪影響がないように、用法・用量を守って投入」などの表現がみられることです。いずれも薬剤使用による人体への影響を否定しようとするものであり、万博協会の防御の姿勢を垣間見ることができます。

 どのような薬剤を使用するにせよ、生物を駆除する薬剤には、人体や環境になんらかの影響があると考えるのが自然です。大量に飛来してくるユスリカを駆除するには、相当の量が必要になるでしょう。空中に散布するとなれば、当然のことながら、人体や自然への悪影響も考えられます。

 そのせいか、万博協会はHP上ではどの薬剤を使っているかを明らかにせず、ただ、市販の製品を使用法、使用量を守って撒いていると説明しているだけでした。そして、どういうわけか、この時点で万博協会は、なぜユスリカが大量に発生したのかについては言及していません。

■夢洲は生物多様性ホットスポット

 夢洲でのユスリカ発生は、実は、専門家から4年前に指摘されていました。

 夢洲は、1977年に埋め立て免許が取得された、埋め立て処分場です。埋め立てている間に、湿地や砂礫地ができ、いつの間にか、コアジサシやシギ・チドリ類など、貴重な鳥の生息場所となっていました。さまざまな生物が暮らすようになっており、多様な生態系が生まれてきていました。その結果、夢洲は2014年に、大阪の生物多様性ホットスポットのAランクに指定されていたのです。


(※ https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/20316/guide20book20compact.pdf

 生物多様性ホットスポットとは、地球規模での生物多様性が高いにもかかわらず、人類による破壊の危機に瀕している地域のことを指します(※ Wikipedia)。

 大阪湾沿岸の自然は、開発によって近世から現代にいたるまで、ずっと失われ続けてきました。その自然が、わずかながら夢洲で再生し、命あふれる生物多様性のホットスポットになっていたのです。埋立地の夢洲で、数多くの生命を支えていたのが、塩性湿地とヨシ原でした。

 ところが、2018年11月23日、パリで開催された博覧会国際事務局(BIE)の総会で、2025年万博の開催地として大阪が選ばれてしまいました。

 以来、野鳥王国、夢洲の運命が激変したのです。

■なぜ、夢洲が万博会場に選ばれたのか

 当初の会場案に、夢洲は含まれていませんでした。たとえば、2016年度に大阪府が民間コンサルに委託した「国際博覧会大作誘致に係る基本コンセプト(案)策定業務」の発注段階では、夢洲は検討対象ではなかったのです。

 ところが、コンサル業者が2016年8月末に府に納めた「国際博覧会大作誘致に係る基本コンセプト(案)」では、万博会場の予定地に「夢洲」が追加されていました。(※ http://hunter-investigate.jp/news/2017/04/-20252627-28-28.html

 なぜ、夢洲が追加されるに至ったのか、その経緯を簡単に振り返ってみましょう。

 夢洲は、2014年の調査では否定され、2015年の調査では、対象地にも入っていませんでした。突如、候補地に追加されたことが明らかになったのは、2016年7月です。

 7月22日に開かれた検討会議の第1回整備等部会の議事録に、興味深いやり取りが記録されています。委員から、なぜ、夢洲が候補地に追加されたのかと質問された事務局が、当時の松井一郎大阪府知事が独断で夢洲を万博予定地に追加したと回答していたのです(※ 前掲。URL)。

 その2か月ほど前の5月21日、松井知事(当時)は、菅義偉官房長官(当時)と東京で非公式に会談し、夢洲を会場に万博を開催し、終了後は統合型リゾート(IR)として利活用したいという方針を示し、誘致への協力を要請していました(※ 2016年5月23日付産経新聞)。

 大阪府知事の松井氏は5月21日に非公式に官房長官の菅氏と会談し、夢洲を会場とするプランを示し、万博誘致の要請をしていたのです。つまり、5月21日までに、夢洲を会場にするというプランは出来上がっていたことになります。

 2016年12月、経産省は、経済界代表や各界の有識者、地方自治体の代表者等で構成される「2025年国際博覧会検討会」を設置しました。そこで、『「2025日本万国博覧会」基本構想(府案)』(大阪府、2016年11月)に基づいて検討を重ね、パブリックコメントを踏まえて報告書をまとめました。そこには、開催場所として、「大阪府大阪市夢洲地区」と明記されていました。

(※ https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11646345/www.meti.go.jp/press/2017/04/20170407004/20170407004.html

 夢洲は2016年12月にはすでに、開催場所として政財界から承認され、確定していたのです。夢洲が、大阪の生物多様性ホットスポットのAランクに選定されてからわずか2年しか経っていませんでした。

 基本構想を策定した大阪府や大阪市は、そのことを知っていたはずですが、それには触れず、夢洲を会場に選んでいたことになります。

 ちなみに、夢洲が生物多様性ホットスポットAランクに指定されていることは、この時の検討会では知らされていなかったといいます。(※ https://www.ben54.jp/news/2334

 一連の経緯をみると、大阪府の万博用地選定の過程はきわめて不透明なものだったといわざるをえません。見えてくるのは、万博後の土地をIRとして利活用という大阪府の思惑です。

 万博は一過性の祭典ですが、地元にとって重要なのは、跡地を利用した地域開発、地域振興であり、新規事業の立ち上げなどです。継続的に経済効果が見込まれる事業企画こそが必要でした。

 大阪府と市は、万博開催を起爆剤に、大阪をはじめ関西圏の経済力、技術力、都市としての魅力を飛躍的に向上させることを目指しました。万博後の展開を重視すれば、開催場所は夢洲でなければならなかったのです。

 2018年11月23日、パリで開催された第164回博覧会国際事務局(BIE)総会で、2025年国際博覧会が大阪で開催されることが決定しました。この決定を受けて、経済界が動き始めました。

■スーパーシティ構想の一環としての夢洲

 2020年12月、内閣府がスーパーシティ型国家戦略特別区域の指定に関する公募を行ったところ、大阪府と市はこれに応募しました。

 大阪府と市は、2つのグリーンフィールド(夢洲、うめきた2期)で、3つのプロジェクト(夢洲コンストラクション、大阪・関西万博、うめきた2期)を立ち上げ、先端的サービスや規制改革を行うことを提案したのです。

 この提案は、国家戦略特区諮問会議での審議を経て、2022年4月、政令閣議決定により、大阪市域が区域指定されました。

(※ https://www.city.osaka.lg.jp/ictsenryakushitsu/page/0000592767.html

 これら3つのプロジェクトには、経済界が深く関わっています。

 たとえば、関西経済連合会は、2022年8月26日、「夢洲コンストラクション」から始まる関経連の夢洲まちづくりへの取り組み」を発表しました。これによると、夢洲はスーパーシティ構想の一貫として構想されていました。


(※ 『「夢洲コンストラクション」から始まる関経連の夢洲まちづくりへの取り組み』、p.12、関西経済連合会、2022年8月26日)

 このプロジェクトでは、夢洲は未来社会の実験場として、空飛ぶクルマの社会実装、自動運転での万博アクセス、未来医療の体験などが構想されていました。確かに、これらを実現させるには、広大な空き地が不可欠でした。

 万博会場に選定された夢洲は、まず、万博会場として活用し、万博が終われば、IR、上質なリゾート地といった具合に開発され、スーパーシティとしての未来が構想されていたのです。

(※ 前掲、p.14)

 未来社会を支える技術は、「空飛ぶクルマ」、「自動運転での万博アクセス」、「未来医療の体験」などを通して、万博会場で経験できるようにされていました。閉幕後はそのまま、実社会で利用できるように計画されていたのです。

 万博会場は、未来技術の体験の場であり、シミュレーションの場であり、社会実装に向けた場でもあったのです。

 当時、すでに夢洲とコスモスクエアを結ぶ「夢咲トンネル」に、鉄道部分が造られていました。比較的短期間で、鉄道を通すことも可能だったのです。電車が延伸すれば、夢洲から大阪都心までの所要時間は約20分になります。

 都心に近く、しかも、広大な空き地がある夢洲は、万博会場として最適なばかりか、閉幕後のIRにも恰好の地でした。

 経済界と行政は一丸となって、夢洲を未来社会のデザインで造り替えようとしていました。自然が時間をかけて育み、多様な生物が棲息する環境を、未来技術で覆い尽くそうとしていたとしていたのです。

 もちろん、それを懸念する声はありました。

 実は、2018年11月19日、大阪環境保全協会は、大阪府と大阪市等に対し、要望書を提出していました。万博が大阪で開催されることが決定される直前のことです。

■大阪府と市に対する保全協会からの要望

 大阪自然環境保全協会会長の夏原由博氏は、2018年11月19日、大阪府知事(松井一郎)、大阪市長(吉村洋文)、大阪府議会議長(岩木均)、大阪市会議長 (角谷庄一)宛てに、「夢洲の自然環境保全に関する要望及び質問書」を提出しました。

こちら → https://www.nature.or.jp/action/teigen/yumeshima.html

 この要望書に対し、大阪府からは2018年12月26日にメールで回答があり、大阪市からは2018年12月20日に添付ファイルで回答が寄せられました。いずれも、夢洲が生物多様性ホットスポットとして選定されていること、そして、その重要性については認識していると回答しています。

 さらに、両者は、万博開催事業が環境アセスメントの対象であることを踏まえ、生きもの保全対策に関する手続きをするのは万博協会だという点でも、共通の認識を示していました。

 もちろん、府は、万博協会が適切に手続きをするよう連携すると表明し、市も、手続き中に必要な調査を行い、影響があれば抑制すると回答していました。とはいえ、両者とも、万博協会が手続きの主体だと主張しており、半ば責任逃れのようにも思える回答でした。

 これでは、夢洲の自然環境が破壊されかねないと危機感を募らせたのでしょう。

 大阪自然環境保全協会は、2019年初から夢洲の生物調査を開始しました。調査を実施した保全協会の会員たちは、四季折々の生物たちの姿を詳細に捉え、データとして蓄積していきました。

 調査をした結果、さまざまなことがわかってきました。

■多様な生命を育んできた夢洲の葦原や水辺

 保全協会の会員の一人は、「今の夢洲は虫の王国です。多くのバッタ、多くのトンボ、多くのチョウ、そして“恐ろしいほどの数のユスリカ”がいます。それらが多くの生きものの命を繋いでいっています」と報告しています。

 実は、万博の開幕前から、夢洲にはすでに大量のユスリカがいたのです。

 ユスリカがいるからこそ、それを餌にするバッタなどの昆虫が生息し、昆虫を餌にするさまざまな鳥が生命を育むことができていました。湿地にいたユスリカが、生態系の底辺を支え、夢洲を多様な生物が生息する楽園にしていたことがわかりました。

 保全協会の会員は、調査をしていた時の経験を次のように記しています。

「私たちが夢洲をみてきた期間はわずか2,3年ですが、どれだけ大阪湾の自然の復活力が力強いものか、そしてそこに生きようとする命のなんとたくましいことか、人間の想定を超えるそのエネルギーに感動すら覚えました」

(※ https://www.nature.or.jp/action/yumeshimamirai/photobook/landscape.html

 多様な生物がこの夢洲の地で生息し、つながり合いながら、生命を育んでいました。調査していた会員たちは、そのことに感動し、四季折々の動植物の姿を多数、撮影し、記録に残していました。

 当時の写真を見ると、確かに、空き地だった場所が、季節が変わるとあっという間に草原に変わっていくことがわかります。草原にヒバリが巣材を運んでいるかと思えば、セッカがそれを警戒しています。

 湿地にはヨシが進出して生い茂り、夏になると、そこを爽やかな風が吹き渡ります。時には、カエルの大合唱をバックに、トンボや若ツバメが草原を飛び交っていました。昆虫や小動物、鳥たちなどが共に、草原で生命を輝かせていたのです。

 2019年7月初旬には、次のような光景が見られました。

(※ https://www.nature.or.jp/action/yumeshimamirai/photobook/landscape.html)

 この写真について、撮影者は次のように記しています。

 「7月初旬、2区の湿地に3000羽を超えるコアジサシが休んでいました。そして時折、群れになって飛び上がり、湿地の上を旋回します。おそらく渡りの前の大集合なのでしょう。夢洲で今年生まれた幼鳥もこの中に混ざって、その後すぐ旅立ちました」(※ 前掲URL)

 夢洲で撮影された写真を見ると、さまざまな生き物がのびのびと生命を育んでいる様子が伝わってきます。鳥たちは葦原で休み、餌をついばみ、繁殖していきます。夢洲には生き物たちの豊かな世界が広がっていました。

■工事の進行に伴い、草原の消滅

 まず、2019年7月26日に撮影された夢洲の草原の姿をご紹介しましょう。

(※ https://www.nature.or.jp/action/yumeshimamirai/photobook/prolog.html

 青々とした草原の中で、多数の白い鳥が行き交っています。夢洲はまさに鳥たちの楽園でした。草原には、鳥たちの餌となる昆虫や小動物が数多く生息していたからです。ところが、その草原が、万博の会場用地として造成され、土がむき出しになってくると、もはや昆虫や小動物が生きられる環境ではなくなってしまいました。もちろん、鳥たちもまた、棲むことができなくなってしまいました。

 次に、同じ場所で、2021年8月22日に撮影された写真をご紹介しましょう。

(※ 前掲URL)

 土砂の山の上に、鳥の姿が見えます。撮影者によると、ここにいたのは、チョウゲンボウの家族なのだそうです。ポツンと佇んでいる様子を見ると、草原が失われ、もはや棲めなくなったことを嘆き悲しんでいるようにも思えます。

 工事が始まってから、多様な生き物の楽園だった夢洲が、一転して、生き物の棲めない場所になっていったのです。

■万博協会による「環境影響評価準備書」に対する意見書

 2021年10月1日、大阪市は、万博協会が作成した「2025年日本国際博覧会環境影響評価準備書」(2021年9月)を公開し、縦覧を開始しました。

こちら → https://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/page/0000544704.html

 大阪自然環境保全協会にとって、この準備書はとうてい納得できるものではありませんでした。事前に要望書を出していたにもかかわらず、万博協会の準備書は、環境への配慮が欠けたものになっていたのです。

(※ https://www.nature.or.jp/assets/files/ACTION/yumeshima/20211105expo2025_iken.pdf

 たとえば、準備書99ページで示された「表3.1(5)事業計画に反映した環境配慮の内容」について、「配慮のための前提が満たされていない」とし、「重要種への影響はほとんど回避・低減できていない」と、保全協会は指摘しています。

 さらに、「生物多様性ホットスポットとしての夢洲は、干潟・代替裸地として選定されているが、準備書ではそうした環境の保全・再生についての具体的な言及はない」と批判しています。

 保全協会は、大阪市が2021年12月11日に開催した「環境影響評価準備書に関する公聴会」に出席し、夢洲には多様な生き物が生息していることを説明し、環境保全を求めました。夢洲での調査結果を踏まえての要望でした。

 もちろん、環境保全協会は意見書を提出しました。さらには、「生き物たちの自然環境を守るために、ご一緒に環境影響評価準備書を読み解き、大阪市へ意見を送りましょう」と市民にも広く呼びかけました。

 再び、「準備書」の99ページを見ると、「配慮の内容」として、具体的に、「会場内にはグリーンワールドやウォーターワールドを整備し、自然環境の整備に配慮する」と書かれ、「グリーンワールド等の整備における植栽樹種については、在来種を中心に選定することにより生態系ネットワークの維持・形成に配慮し、外来種の混入防止に努める」と記されています。

 確かに、植物の生態系については具体的に書かれています。ところが、動物については具体的な内容は何も書かれていないのです。つまり、ウォーターワールドについてはなんら言及されていなかったといえます。

 興味深いのは、この「準備書」に対する大阪市長の意見です。

 2024年1月29日、「2025年日本国際博覧会環境影響評価準備書に関する市長意見」が公開されました。

 大阪市長は、「夢洲では多様な鳥類が確認されていることから、専門家等の意見を聴取しながら、工事着手までにこれら鳥類の生息・生育環境に配慮した整備内容やスケジュール等のロードマップを作成し、湿地や草地、砂れき地等の多様な環境を保全・創出すること」と表明していたのです。(※ https://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000556/556173/iken.pdf

 大阪市長の意見には、具体性があります。とくに、「専門家等の意見を聴取しながら」、「工事着手までに・・・、整備内容やスケジュール等のトードマップを作成し」、「湿地や草地、砂礫地等の多様な環境を保全・創出すること」といった具合に、環境保全のためのポイントをついた見解が述べられています。

 動物の生態系を支える基礎部分について、ポイントを押さえて書かれています。「準備書」に欠けている点を補完する内容でした。

 大阪市長は、大阪市環境影響評価条例の規定に基づき、2022年2月9日付けで、「2025年日本国際博覧会環境影響評価準備書」について、事業者である万博協会に対する意見を述べていることがわかります。当時の大阪市長は松井一郎氏でした。

 一方、万博協会は、「準備書」で動物の生態系について言及しなかったばかりか、実際には、当時の大阪市長の補完的な意見すら無視していました。一過性の祭典を華麗に遂行し、無事に終わらせることを優先させたのです。

 その結果、万博協会は、「つながりの海」を造成するために、浅瀬を無くし、湿地もなくしてしまいました。

 万博協会にとって、「ウォータープラザ」や「つながりの海」は、大屋根リングとともに、万博会場をショーアップするための装置でした。その目的を達成するために、造成工事の過程で、水辺の環境保全を犠牲にしてしまいました。万博会場のデザインやショーアップ効果を優先させたからにほかなりません。

■「ウォータープラザ」と「つながりの海」に求められたショーアップ効果

 6月2日に記者会見した高科淳副事務総長は、ユスリカの発生源は海水が入る「ウォータープラザ」と「つながりの海」だと説明しました。

(※ 産経新聞、2025年6月4日)

 「ウォータープラザ」では水上ショーが行われ、「つながりの海」ではドローンショーが行われています。毎晩、夜空を舞台に、華麗な光のショーが、水辺で楽しめるように企画されていたのです。

 ドローンショーを見てみましょう。

こちら → https://youtu.be/br3YZUnuM2c

(※ CMはスキップするか、削除してください)

 色とりどりの光は、夜空を輝かせるだけではなく、水面をも煌めかせて、観客を幻想的な世界に引き込みます。地上からは、夜空に輝くショーを見ることができ、大屋根リングの上からは、間近でショーを見ることができるばかりか、見下ろせば、水面に反射した光の乱舞を見ることができます。

 夜空にライトアップされたショーは、水面に映し出されることによって、煌めきを倍加させていました。このようなショーアップ効果を狙って作られたのが、ウォータープラザであり、つながりの海でした。

■ユスリカが問う、「いのち輝く未来社会のデザイン」とは?

 会場に大量に飛来してきているのは、シオユスリカだと万博協会が発表しました。調べてみると、シオユスリカは、海水と淡水が混ざる汽水域や潮だまりなど浅い海水に発生し、昼間は植栽の中や、風があまり当たらない場所などに潜んでいるそうです。夕方になると、「群飛」と呼ばれる行動をとり、オスの成虫が集団で「蚊柱」を形成します。そこに突っ込んでくるメスとの出会いを待って、交尾に成功して卵を産めば、すぐに死んでしまうというのです(※ https://note.com/kincho_jp/n/n9c53051ca48e)。

 なぜ、ユスリカが大量に発生したかというと、万博会場を造成するため、多様な生き物が棲んでいた湿地や草地を壊してしまったからでした。

 もともとごみ処分場だった夢洲周辺の海水は、有機物を多く含み、滋味豊かです。ユスリカは、水中や湿った土の中から卵から幼虫になりますから、造成工事にもめげずに繁殖していったのでしょう。

 ところが、ユスリカを餌にしていた昆虫や鳥などは、造成工事によって棲み処を奪われ、駆逐されてしまいました。天敵がいなくなったユスリカが大量に発生し、会場のあちこちに蚊柱が立つのは当然の成り行きだったのです。

 「大阪、関西万博2025」は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げ、開催されています。ところが、実際には、「いのち輝く」自然の生態系を破壊し、その代わりに、ヒトの生命維持のための最新技術を展示したにすぎませんでした。ユスリカの大量発生は、まさに、「いのち輝く未来社会のデザイン」への逆襲だといえるでしょう。

(2025/6/22 香取淳子)

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