ヒト、メディア、社会を考える

SNSの影響?: ヒトから悲しみの感情が失われている?

SNSの影響?: ヒトから悲しみの感情が失われている?

SNSの影響?: ヒトから悲しみの感情が失われている?

■失われつつある悲しみの感情

今日(4月3日)、『WIRED』日本語版(4月1日付)で興味深い記事を読みました。米デトロイト大学の人工知能研究者アッティカブラウン教授が自身のブログで唱えているという大胆な仮説です。興味深いので紹介しておきましょう。

「通常、悲しみの感情は、進化的に古い脳である大脳辺縁系の扁桃体と呼ばれる領域で生み出されるということが、これまでの研究から明らかになっているのですが、これらの被験者のなかには、悲しいという感情を本人が想起しているにもかかわらず、まったくこの部位が活性化しないという人がいるのです。代わりに、どちらかというと性的な昂りに近い分野が活性化されるのです」

このような興味深い発見をしたブラウン教授は、数年間にわたって、感情と脳の関係性を数多くの被験者を対象に実験してきた人工知能の研究者です。数千人に及ぶ被験者のなかで、とくに悲しみを司どる部位に機能不全がみられる者が一定数いたというのです。彼はその原因として、以下のようにSNSの影響を想定しています。

 「本来、悲しみの感情は、社会的倫理観、すなわち自分や他者の行動に対する正義感、罪悪感といったより複雑な感情を形づくるベースとなっています。近年、ソーシャルネットワークでの活動において、人は、本当の自分ではなく、さまざまな自分に擬態してコミュニケーションをおこなっています。それが脳に与える影響は、わたしたちが想像している以上に大きいと言えるのかもしれません。こうした環境に慣れてしまうことで脳が感情の捏造を繰り返し、そのことで、本来の感情野が退化しはじめているということがおこっているのかもしれません。自分をよく見せようという意識が、感情の捏造に留まらず、モラルやマナーの低下を引き起こすのではないか、とわたしは危惧しています」

■SNSの影響か?

ブラウン教授はこのようにSNSの影響で脳が感情の捏造を繰り返すようになっているのではないかと考えているのです。まだ、発見段階の知見でしかなく、検証されているわけではないのですが、実に興味深い指摘です。

詳細はこちら。http://wired.jp/2014/04/01/aprilfool-2014/

新しいメディアが次々と登場し、私たちは日常的にさまざまなメディアを利用して暮らしています。便利だからこそ、使い続けているのですが、その結果、脳の思考回路が変化し、感情面にもなんらかの変化が生じているのかもしれません。喜怒哀楽の感情はヒトに普遍的なものだと思っていましたが、そこに影響が及んでいるとしたら・・・、一考の価値がありそうです。

私はSNSをしていませんが、このところ、悲しんだという記憶がありません。ですから、ヒトから悲しみの感情が失われつつあるというブラウン教授の指摘には納得するところがあるのです。

■感情とバイオリンの音色

悲しみを表現していた演歌は廃れ、歌謡曲もほとんど聞かれなくなってしまいました。メロディよりもリズムが優先された音楽ばかりが蔓延っていますが、それでは感情を添わせ、リラックスさせることは難しい・・・。微妙な感情の起伏を味わい、深く内省することができるメディア・コンテンツへの需要が少なくなっているのでしょうか。私も最近はリズム優先の曲しか聞かなくなってしまいました。

私はかつて「ツィゴイネルワイゼン」などのサラサーテのバイオリン曲が大好きだったときがありました。とくにSPレコードで(78rpm record)聞くのが味わい深くて、素晴らしかったです。このこだわりは亡き父の影響ですが、SPレコードで聞くからこそ、もの悲しさが増幅され、説明できない深い悲しみに浸ることができて、心揺さぶられたからです。

葉加瀬太郎20周年コンサートでの「ツィゴイネルワイゼン」はこちら。https://www.youtube.com/watch?v=DKRE59DWsxw

バイオリンという楽器は、言葉では説明できない微妙で奥行のある悲しみの感情を巧みに表現することができます。ですから、かつては聞いているだけで感動したものです。ところが、今はそうではない。そのような曲を聴きたいという欲求が起こらないのです。それが何に起因するのかわかりませんが、現代の生活の場からはどうやら、悲しみを受容し、追憶し、浸る、あるいは悲しみを契機に内省するという場がなくなりつつあるのかもしれません。(2014/4/3 香取淳子)

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