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アール・デコの彫刻家 Alfred Auguste Janniot(French, 1889–1969)

アール・デコの彫刻家 Alfred Auguste Janniot(French, 1889–1969)

■アルフレッド・ジャニオ(Alfred Auguste Janniot)
東京都庭園美術館の展覧会「幻想絶佳:アール・デコと古典主義」でちょっと気になったのが、彫刻家アルフレッド・ジャニオです。彼はカタログの7章「アール・デコの彫刻家たち」でも筆頭に取り上げられています。ローマ賞は1919年に受賞しており、1925年のアール・デコ博にも「ジャン・グージョンへのオマージュ」を出品しています。

こちら→http://41.media.tumblr.com/tumblr_m5g9grntw91rrzeubo1_1280.jpg

当然のことながら、2013年から2014年にかけて開催された“1925 quand l’art déco séduit le monde”(1925年、アール・デコが世界を魅了するとき)でも2作品が展示されていました。そのうち「フォンテンブローのニンフ」は、1925年に展示された「ジャン・グージョンへのオマージュ」を思い起こさせます。

こちら→http://m.t-sd.info/public/expos/artdeco/.artdeco09_m.jpg

腕を高くかかげて長い髪を持ち上げているポーズは、「ジャン・グージョンへのオマージュ」の3人のニンフのうち、左のニンフの仕草と重なります。

庭園美術館に展示されていたのは、「ジャン・グージョンへのオマージュ」のニンフたちの頭部と同じ型で制作された3点の胸像です。カタログでは以下のように説明されています。

「主題や構図は古典主義に基づいているものの、ジャニオの彫刻作品に特徴的な、曲線の強調や、小ぶりな胸と長い首、突き出した卵型の額などに、イタリアのマニエリスムあるいはフォンテンブロー派からの引用を見ることができる。左側のニンフのポーズはジャン・グージャンの「無垢なる人々の泉」(1549年、パリ)の壺を抱えるニンフを彷彿とさせる」

おそらくこれが彼のお気に入りのモチーフであり、ポーズなのでしょう。 “1925 quand l’art déco séduit le monde”(1925年、アール・デコが世界を魅了するとき)でも似たようなモチーフ、ポーズの「フォンテンブローのニンフ」が出品されていました。

■ジャニオが捉えた「イヴ」
私が気になったのは実は彫刻作品ではなく、ドライポイントで描かれた版画「イヴ」(1923年頃制作、50×36.5)でした。

こちら→イヴ

作品のサイズは決して大きくはないのですが、泥臭く原始的で、生と死のエネルギーに満ち溢れているのです。見た瞬間に圧倒されてしまいました。

ジャニオはこの二つのモチーフを劇的に配置しました。人間ほど大きな蛇をイヴに絡ませただけではなく、蛇の頭部とイヴの頭部を同じ高さに置いたのです。通常であれば、これは蛇が狙った対象に襲い掛かり、確実にし止めることができる構図です。この距離でこの大きさの蛇に狙われたら最後、命はありません。ところが、イヴの太い両足は蛇を踏みしだき、押さえつけ、自在にコントロールしているかのように見えます。

一方、蛇はイヴを鋭く見つめ、イヴはそれを避けるかのように両手で顔半分を覆い、視線を下方に投げています。よく見ると、蛇はイヴに何か囁き、イヴはそれについて逡巡しているかのようです。イヴの妖しげな両手の仕草が欲望に負けてしまう寸前の状況を物語っています。

「アダムとイヴ」のエピソードは古典的な絵のモチーフとしてよく使われますが、このような構図と絵柄の作品ははじめて見ました。「死」と欲望が支える「生」とが拮抗しているのです。それはおそらく、蛇をイヴと同じぐらいの大きさで描いたからだと思いますが、調べてみると、イヴと蛇を同じぐらいの大きさで描いた聖書の挿絵がありました。

こちら→http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/41/BibliaPauperum.jpg

これを見ると、イヴと蛇が同じぐらいの大きさで描かれているからといって、迫力があるわけではないことがわかります。ですから、この作品の迫力は、二つのモチーフの関係、ポーズとその構図にあるのではないかと思いました。

この絵について、カタログの説明文では以下のように記されています。

「ジャニオの作品の中では唯一聖書から着想を得た作品。1928年に同じモチーフでフレスコ画を制作しており、ほぼ同一の構図だが、背景に植物や鳥が隙間なく描き込まれていた(現在所在不明)。ジャニオの解釈では「失楽園」の道徳性よりも、官能的な側面が強調されている。1920年代ローマ滞在時に親交を深めたジャン・デュパの絵画との共通点から、両者が互いに影響を与え合っていたことがわかる」

どのように影響し合っていたのか、展示されていた作品からだけではよくわかりませんが、デュパはもっと様式美を追求していたように見えます。ジャニオにしてもおそらく、これほど原始的なエネルギーを感じさせる作品はこの作品以外になかったでしょう。

彼はそもそもアール・デコの彫刻家として知られた人です。ですから、建築物に調和させるためのデフォルメや錯綜した構図を採用することはあっても、強烈な創作衝動に駆られて、装飾性を排除してしまうというようなことはなかったでしょう。ところが、この作品は彫刻ではなく、ドライポイントによる版画です。彼にとってはいわば主戦場ではありませんでした。だからこそ、無意識のうちに縛られていた制約を逃れ、原始的なエネルギーに溢れた作品を制作できたのかもしれません。

原始的に見える構図の中に、生と性と死の本質が凝縮されて表現されています。それが、人工的な生活環境に封じ込められている私には印象深いのです。はるか昔、どこかに置き忘れてしまったものをこの絵はふっと思い起こさせてくれますから…。(2015/2/1 香取淳子)

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