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アール・デコの画家 Eugène-Robert Pougheon (French; 1886–1955)

アール・デコの画家 Eugène-Robert Pougheon (French; 1886–1955)

■展覧会「幻想絶佳:アール・デコと古典主義」
東京都庭園美術館で開催されたこの展覧会に先行してフランスでは2013年10月16日から2014年2月17日まで“1925 quand l’art déco séduit le monde”(1925年、アール・デコが世界を魅了するとき)というタイトルの展覧会がパリ建築・文化財博物館で開催されました。

こちら→http://www.franceinter.fr/evenement-1925-quand-lart-deco-seduit-le-monde

どうやらフランス美術界ではアール・デコを再評価しようとする動きがみられはじめたようです。ところが、どういうわけか、ここにロベール・プゲオンの名前が見当たりません。

■ウジェーヌ・ロベール・プゲオン(Eugène-Robert Pougheon)
東京都庭園美術館の展覧会「幻想絶佳:アール・デコと古典主義」ではロベール・プゲオンの絵画が多く展示されていました。たとえば、「Italian fantasy」(1928年)、「Amazon (fantasy…)」(1934年頃)、「Woman with rose, Portrait of Mrs. Culot dressed in Maggy Rouff」(1940年頃)、「The Serpent」(1930 年以前)、「Captives」(1932年)、そして、壁画の下絵である「Maquette for the community hall of the 14th arrondissement town hall of Paris」(1933年頃)、等々です。

この展覧会のポスターも、ロベール・プゲオンの絵画をベースに制作されています。一目を引く絵柄だから採用されたのかもしれませんが、彼の扱いが大きいのが印象に残りました。

当然、フランスでの展覧会「1925 quand l’art déco séduit le monde」でも展示されていたのではないかと思いましたが、名前がなかったのです。そこで、この展覧会の名称と彼の名前「 Robert Pougheon」をキーワードに検索しました。ところが、わずか10件しかヒットせず、このうち6件が「1925 quand l’art déco séduit le monde」のみ、1件が「l’art déco」、そして、3件が「Robert Pougheon」のみに反応したものでした。両方に反応したものは1件もありませんでした。ですから、この展覧会に彼の作品は展示されていなかったことになります。

そこで、「l’art déco en france」をキーワードに検索をかけ、フランスのウィキペディアを見たのですが、Robert Pougheonの名前はありませんでした。どうやら彼はフランスで典型的なアール・デコの画家として認知されているわけではないようです。では何故、この展覧会で彼の作品が数多く取り上げられたのでしょうか。

■ローマ賞受賞の画家
カタログを見ると、第6章で「アール・デコの画家たち」が取り上げられています。その説明文の冒頭で、以下のように記されています。

「1914年、若手芸術家の登竜門であるローマ賞を受賞した画家に、ロベール・プゲオンがいます。彼は古典主義的主題と伝統的な寓意表現を現代性と結びつけ、イマジネーション豊かな絵画を描きました」

カタログの説明文でも、数ある画家たちの中でロベール・プゲオンが筆頭に取り上げられているのです。アール・デコの画家としては、ジャン・デュバ、ジャン・デピュジョル、アンドレ・メール、ルイ・ビヨテ、等々の名前があげられています。いずれもローマ賞受賞者です。彼らの作品を見ると、ギリシャ・ローマの神話にモチーフを取りながら、背後に近代的な建物を配したり、樹木や草花を装飾的に描いたりしています。彼らはどうやら近代的であると同時に装飾的であるという条件を満たす画家たちであったようです。

千足伸行氏は『フォーヴィスムとエコール・ド・パリ』(1994年小学館、p.382)の中で、以下のように記しています。

「アール・デコとはこうした大衆的な次元でのモダニズム、平たくいえば新しもの好きの精神から生まれた様式であった。ただし、新しいものとはここでは必ずしも現代を、現代の機械文明を意味しない」

モチーフが古いものであったとしても、彼らはそれに近代の光を当て、楽観的に捉え直したといえるのかもしれません。

■ロベール・プゲオンの『Le serpent = The Serpent』
展覧会「幻想絶佳:アール・デコと古典主義」のポスターの絵柄に採用されていたのが、ウジェーヌ・ロベール・プゲオンの『Le serpent = The Serpent』でした。日本語訳として「蛇」が当てられています。注意深く見てみると、馬から外した鞍の間に小さな蛇が描かれています。

こちら→プゲオン

解説を見ると、以下のように記されています。
「前方に描かれているのは二人の裸体の女性と黒衣の女性、そして二頭の白馬である。二つの鞍の間に蛇がおり、聖書のアダムとイヴの原罪の物語を下敷きにしていることがわかる。しかし、男性(アダム)はたくましい二頭の白馬として描かれる。ルピナスとクロッカス、ヒナギク、アルムという美を競う花々はいずれも強い毒性を持つものばかりである。1930年に国家買い上げになった作品で、寓意的な構成や正確なリアリズムを特徴とするプゲオンの代表作」

私は最初、この絵を見たとき、絵の中に蛇が見つからなかったので、『Le serpent = The Serpent』に「蛇」という訳語を当てるより、もう一つの訳語である「悪意のある人」の方が妥当ではないかと思いました。黒衣の人物を男性だと思ったせいでもあります。この人物は黒い帽子を被り、男性用の靴を履いているように見えたのです。

男性にしては体つきが華奢なのが気になったのですが、裸体の女性に何か囁いてように見え、しかもこの人物の顔半分は黒っぽく塗られています。表情と色で、「悪意のある人」として示唆されているのではないかと思いました。「悪意のある」この人物によって女性二人は衣服を脱ぐように仕向けられ、二頭の馬も鞍を外され裸状態にされていると思ったのです。

女性の一人は視線を伏せ、誘いかけるようなポーズを取っています。その傍らで黒衣の人物は女性の肩越しに何かをささやいているようです。巨大な二頭の白馬は興奮して前足を蹴り上げており、近くの建物のバルコニーには黒服のヒトが覗いています。馬の背後にも遠くから黒服のヒトがこちらを見ています。

二頭の白馬が男性(アダム)として描かれているのだとすれば、たしかにこの絵はアダムとイヴの寓話といえます。この黒衣の人物を蛇の化身とみることができますから、蛇の化身が裸体の女性(イヴ)に何かを囁き、やがて、彼らは楽園を追われる・・・、というストーリーが素直に浮き上がってきます。このように読み解くと、「蛇」という訳語の方が絵に深みを与えることがわかります。モチーフが何を象徴しているのか、背景となる文化を知らないとわからないところがこの絵の魅力の一つなのでしょう。

それにしても何故、二頭の白馬に二人の裸体の女性なのか。構図としてみれば、この配置でぴったり収まっているのですが、白馬も女性も敢えてダブルにしたことの意味がわかりません。

ブリュノ・ゴディション氏(アンドレ・ディリジャン芸術・産業博物館館長)はカタログの中でこの絵について次のような説明をしています。

「アダムとイヴの原罪の複雑なメタファーであり、第一次大戦後に劇的に変化した男女関係を表している」

そこまで深く読み込むことができるのかどうかわかりませんが、この絵は古いモチーフを使いながら、近代的で装飾的な仕掛けが施されていることは確かなようです。こうしてみると、東京都庭園美術館の担当者が今回の展覧会でローマ賞受賞者たちの絵画を中心に取り上げた理由もわかるような気がしてきました。そして、展覧会のタイトルの下に「アール・デコと古典主義」というサブタイトルが付与されている理由も・・・。

21世紀に入って10数年も経た現在だからこそ、アール・デコの画家たちの中でもとくに、古典やイタリアルネサンス、18世紀新古典主義などへの憧憬が見られる画家たちの作品が新鮮に見えてきたのかもしれません。(2015/1/29 香取淳子)

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