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トヨタ社長、中国版SNS“微博”開始:海図なき戦いに向けて

トヨタ社長、中国版SNS“微博”開始:海図なき戦いに向けて

■トヨタとマツダが資本提携へ
 2017年8月4日、トヨタとマツダの両社長が会見し、資本提携すると発表しました。この資本提携を機に、米国に共同で新工場を建設し、世界規模で進むEV(電気自動車)シフトにも対応していくそうです。

こちら →https://jp.reuters.com/article/toyota-mazda-press-conference-idJPKBN1AK1C2

 会見の席上、豊田章男社長は現在の自動車業界について、「海図なき戦いが始まっている」と表現し、注目を集めました。そして、新しい競争相手に対抗するには、「とことん車づくりにこだわらなければならない」といい、そのためにもマツダとの提携に期待していると述べています。

 たしかに、ざっと調べてみただけで、大きな変化が日本のクルマ業界に押し寄せてきていることがわかります。トランプ政権の保護主義的な政策への対応、出遅れたEVシフトへの対応、環境規制への対応、さらには、グーグルなど他業種からの参入への対応、等々。トヨタとマツダが提携せざるをえないほど、自動車業界を取り巻く環境が激変しているのです。

 環境負荷への配慮から、多くの国でEV優遇策が推進されています。仏、英はガソリン車の販売を禁止する方針を打ち出していますし、中国では2018年からさらに規制が厳しくなり、メーカーには一定の割合でEVの販売が義務付けられるようになります。そして、アメリカではEV時代の到来に備え、ガソリン税に代わるマイル税(走行距離に応じて課される)が検討されているといいます。EVへの流れは急速で、すでにEVに舵を切った欧米中のメーカーが、自動運転とEVの組み合わせで日本車のシェアを奪おうとしているのではないかともいわれているほどです。

 もちろん、EVの普及には電力不足を招くリスクも伴います。ですから、効率のいい蓄電池の開発も含めた対応が必要になってくるでしょう。さらに、人工知能との組み合わせを考えれば、所有だけではなく、シェアを含めた利用方法も合わせて考えていく必要があるかもしれません。いずれにせよ、これまでにない対応が迫られているのです。

 日本の自動車業界は圧倒的な優位を維持し続けていると私は思っていましたが、いつの間にか潮流が大きく変わってきているようです。とても個々のメーカだけで対応できるものではなく、日本の基幹産業としての地位を維持するには当然、しっかりとした国家戦略も必要になってくるでしょう。

 世耕経済産業相は4日、閣議後の記者会見で両社の資本提携について問われ、「自動車業界は大きな曲がり角にあり、日本メーカーも戦略を練って具体的行動をとっているのだろう」といい「経産省としても政策に磨きをかけていく必要がある」と述べています(2017年8月4日、日経新聞夕刊)。

 実は、私が豊田章男氏に注目するようになったのは、「中国版SNS“微博”を開始した」というニュースを見たからでした。大企業のトップがなぜ?と不思議な印象を受けたのです。しかも、決して若くはありません。元記事に添付されていたレーサー姿の写真に、奇妙な違和感を抱いたことを覚えています。

ネットで簡単に自動車業界の現状を調べてみて、その背景がわかってきました。発想を大きく変え、可能性のあることにはなんでも挑戦しなければ、その存続が危ぶまれかねないほど、自動車業界はいま、大きな潮流に巻き込まれているのです。

■トヨタ社長、中国版SNS“微博”開始
 8月3日、ヤフーニュースのヘッドラインで「豊田社長、中国でSNSデビュー」というタイトルを見て、驚きました。早速、元記事に当たってみると、2017年8月2日、中国の澎湃新聞がトヨタの章男社長が中国版SNSの“微博”にアカウントを開設したと報じています。

 世界トップメーカーの社長が“微博”デビューをしたのです。これには驚きました。

 記事を読むと、「みなさん、こんにちは。豊田章男です。今日から微博を始めました。みなさんと友達になりたいと思っています」というメッセージとともに、ヘルメットを被ったレーサー姿で笑顔の写真が掲載されています。

 自己紹介の欄には「トヨタ自動車社長、レクサス主席テストドライバー」と書かれています。クルマ好きの中国消費者をメイン・ターゲットにしていることは明らかです。

こちら 
http://finance.sina.com.cn/chanjing/gsnews/2017-08-02/doc-ifyinwmp1485401.shtml

 澎湃新聞の記者はトヨタ中国の広報からのリリース情報として、「今後、中国メディアや皆さんの声に耳を傾けながら、輝かしいときを共有していけることを期待しています」というメッセージを紹介しています。当面は、豊田章男社長がインスタグラムに発表した内容を中国語訳し、微博に掲載していくようです。まずはレクサスのブランド力を高め、中国市場をレクサスの最大市場にしていくため、“微博”の内容もレクサスに特化したものにしていくとしています。

 さて、豊田章男社長が“微博”に投稿したのが2日の午前11時でした。ところが、その日の午後6時にはフォロワーが1万9000人にも達したといいます。そのうち3600人あまりがコメントを寄せていますが、興味深いのは、大多数が「中国でレクサスは作らないで。しっかりとした車を作って」という豊田章男社長へのお願いでした。

 担当記者にもネット民の反応がよほど印象深かったのでしょう、この記事のタイトルは、「豊田章男、微博開始、ネット民はレクサスを国産(中国産)にしないでと要求」でした。中国消費者の自国産への不信感と、その裏返しとしてのレクサス品質に対する絶大な信頼がうかがえます。

■トヨタの「モノづくり」精神への敬愛
 中国市場では、レクサスは一貫して輸入方式で販売されていますから、販売価格には関税が上乗せされています。ですから、中国で生産している他社の車に比べ、明らかに価格面でハンディを負っているのです。高品質であることは確かですが、価格も高いのです。

こちら →http://www.lexus.com.cn/

 レクサスを中国で生産(国産)し、国産車といて販売すれば、はるかに安い価格を設定できます。中国の消費者にとってはその方が明らかに有利になるのですが、それに対して中国のネット民から反対の声があがっているのです。信じられないような不思議な反応でした。そう思って、ネットで調べてみると、興味深い記事を見つけました。

 2017年2月4日付けのサーチナが、「愛国者もひれ伏す日本の匠・・・」というタイトルの記事を発表していました。

 「中国メディア《今天头条》は2日、レクサスの販売台数が4年連続で過去最高を更新、特に中国市場で根強い人気を誇っていると伝えた」というリードに続き、後段の文中で、「国産化(中国で生産)によって現在の高水準の品質コントロールが保てるかどうかが大きな問題だ」と指摘しています。

 そして、レクサスについて《今天头条》は、「”匠の精神”を強調し続けており、日本国内の生産工場で経験豊富な”匠”たちが逐次ハンマーや手を使って欠陥がないかをチェックするという昔ながらの手法を採用し、1台1台完璧な品質を確保している」と説明しているのです。

 こちら →http://news.livedoor.com/article/detail/12631220/

 さらに、Record chinaが発表した記事も見つけました。「<中国人観光客が見た日本>トヨタの工場に驚きの世界!見学ツアーでため息が出た」というタイトルの記事です。

 日本を訪れた中国人観光客はトヨタの工場を見学し、生産現場の物流と混流生産(1本の生産ラインで多車種、少量の車両製造を行う)に驚き、その感想を綴っています。

こちら →http://www.recordchina.co.jp/b159130-s0-c30.html

 このような経験をした中国人が次々と、ネットで紹介していきますから、レクサスの高度な品質については広く知れ渡っているのでしょう。豊田章男社長が微博デビューをした途端に、多数のネット民がアクセスし、「レクサスの国産化(中国で生産)を止めて欲しい」と訴えたことの理由がわかりました。中国の消費者は徹底した品質管理の下で製造される日本製品を敬愛しているのです。
 
■EV市場、中国がシェアトップに
 中国では大気汚染が深刻で、その対策として政府はEVの普及に力を入れています。2011年にはわずか7000台だったのが、2014年以降、急速にEVの販売台数が拡大し、2016年には米国を抜いて中国がEVシェアトップに躍り出ました。中国政府は2020年までEV支援策を継続する方針だそうですから、今後も中国市場での普及拡大は続きそうです。

 富士経済が環境対応車の世界市場について、以下のような結果をまとめました。これを見ると、現在は電気とガソリンのハイブリッド車(HV)が主流ですが、今後はより環境負荷の低いプラグインハイブリッド(PHV)や電気自動車(EV)の市場が拡大すると見込まれています。

こちら →
(http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1706/27/news021.htmlより。図をクリックすると、拡大します)

 このグラフを見ると、EVは2025年以降、急速に拡大し、2035年には現在の13.4倍の630万台になると予測されています。それに反し、現在は主流のHVは2016年比2.5倍の458万台に過ぎません。高速充電への対応、航続距離の延伸など、まだ課題は残っていますが、世界的に見れば、今後、EVが主流になることは明らかなのです。

 もっとも、富士経済によると、日本での2035年のEV市場は36万台にとどまると予測されています。とはいえ、グローバル企業であるトヨタやマツダが手をこまねいているはずがありません。

 実際、2018年以降、中国市場ではEVやPHVなどの環境対応車を一定の割合で販売することを義務付けられるようになります。トヨタが得意としるHVはこれに該当しませんから、なんとしてもEVシフトに着手する必要がありました。ですから、今回のトヨタとマツダの資本提携、業務提携はEV市場への本格的な参入を見据えた対応なのです。

■EV市場ランキング
 三菱自動車がまとめたEV、PHEVの2015年の販売ランキングデータがあります。これを見ると、テスラ(米)がトップでした。さらに、2017年7月の発表を見ても、テスラは2年連続でEVシェア首位でした。このような数字からは、EVへの流れが加速していることがわかります。テスラは、2018年は現在の5倍に当たる年産50万台という拡大計画を掲げているそうです。

 それでは、ランキングに戻りましょう。

 テスラに続いて、日産のリーフ、三菱のアウトランダー、BYD(中)、BMW(独)・・・、となっていますが、このグラフの20位までにトヨタもマツダも入っていません。

こちら →
(https://www.hyogo-mitsubishi.com/news/data20160217153000.htmlより。図をクリックすると拡大します)

 興味深いのは、この20位までのランキングに中国車が8種も入っていることです。これはさきほどもいいましたように、中国では大気汚染がひどく、主な原因が車の排気ガスだとされています。ですから、環境規制がとても厳しく、しかも、EVについては優遇策が採られていますから、必然的に普及が促進されているのです。

 もっとも、中国製のEVが8種もランクインしているからといって、なにも驚くことはありません。海外で評価されて中国製EVの販売数量が多いのではなく、中国で販売された数量だけで、20位内に8種もランクインしているのです。中国では年間、約2500万台もの新車が販売されていますから、販売数でランキングすると、上位にランクされるという結果になるのです。いかに中国での販売量が膨大かがわかるというものでしょう。つまり、トヨタなどEVに出遅れた日本車メーカーも中国市場なら参入余地があるということになります。

 中国政府は2018年以降、新規制を施行し、EVなどの環境対応車の一定割合の販売を義務付けるといわれています。それに備え、トヨタは2019年、規制内容や優遇策を見極めたうえで、中国でEVの量産を始める方針を固めた(2017年7月22日、朝日新聞)と報じられています。

 こうした一連の流れを見てくると、今回、唐突な印象を受けた豊田章男氏の”微博”デビューですが、実は、中国市場でのEV量産化を踏まえた広報活動の一環なのかもしれません。

 はたして中国版SNSの影響力をどの程度、期待できるのでしょうか。

■中国市場を開拓ツールとしてのSNS
 中国における消費者心理について複数回、調査を実施した”accenture”は、中国ではインターネットで商品やサービスの情報を得ることが多いとしながらも、意思決定には職場の同僚や友人、家族などの影響が大きいと結論づけています(accenture『中国の消費者心理をつかむ』より)。とても興味深い知見です。

 同僚、友人、家族などからの情報が意思決定に大きく影響するという特性からは、中国の消費者にはSNSの影響力が大きいのではないかと推察されます。そこでSNSに関する調査結果をみると、「消費者の90%が商品やサービスなどの情報を得るため、微博などのSNSを利用しており、それらの情報を共有することにも積極的だ」とaccentureは指摘しています。このような調査結果からは、中国市場にスムーズに参入し、それなりの効果を挙げるにはSNSを活用するのが最も有効な手段だということがわかります。

 ところで、中国ではネット規制されており、FacebookやTwitterなどは使えません。その代わり、似たような機能を持つものとして、「QQ」、「微信」、「微博」、「人人網」などのSNSがあります。なかでも「微博」の普及は目覚ましく、2017年3月末の時点でアクティブユーザーが3億4000万人に達し、3億2800万人のTwitterを上回りました。

こちら →https://www.bloomberg.co.jp/news/videos/2017-05-31/OQUBAP6JTSF601

 このビデオでレポーターが指摘しているように、微博では必要なときにニュースを見ることもできるし、その他の生活関連の情報を見ることもできます。SNSでありながら、同時にメディアとしての機能も兼ね備えているのです。

 しかも、このレポーターによれば、微博はサービスを中国国内に特化し、海外に出ていくつもりはないといっています。だとすれば、中国市場に向けた情報発信装置としては最も期待できるSNSといえるのかもしれません。

■海図なき戦いに向けて
 8月4日、共同記者会見の席上で豊田章男社長が「海図なき戦い」と表現したように、いま、自動車業界を取り巻く環境が激変しています。環境規制、あるいは、グーグルやマイクロソフト、ソフトバンクといった他業界からの参入が業態を大きく変えようとしています。自動車業界内での提携だけでは対応しきれなくなっているのが、どうやら現状のようです。

こちら →
(日経新聞2017年8月5日、朝刊より。図をクリックすると拡大します)

 上の図を見てもわかるように、自動車業界はいま、同業他社や海外企業だけではなく、他業種とも連携しなければ問題に対応しきてなくなっているのです。

 この共同記者会見で興味深かったのは、トヨタの豊田章男社長の「グーグルなど新しいプレーヤーが現れている。車をコモディティにしたくない」という発言と、マツダの戸外雅道社長の「EVでは将来の予測が難しい。変動にフレキシブルに対応できる体制が必要だ」という発言でした。

 トヨタの社長の発言からは、車への熱い思い、そして、マツダの社長の発言からは、激変する未来に向けた用意周到な思いが見えてきます。両者の発言を見る限り、海図なき戦いにも十分、立ち向かっていけそうな気がします。

 自動車業界が迎えた潮流にはAIによる構造変化が大きく影響しています。ですから、この潮流はおそらく、さまざまな領域にも及んでいくことでしょう。今回の両社の提携が、さまざまな領域での変化への対応に、なんらかの示唆を与えてくれるものであればと思います。(2017/8/6 香取淳子)
 

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