ヒト、メディア、社会を考える

NHK文研フォーラム2018:「メディアの新地図」に何を見たか。

NHK文研フォーラム2018:「メディアの新地図」に何を見たか。

■NHK文研フォーラム2018の開催
 3月7日から9日にかけて、NHK放送文化研究所主催のシンポジウムが開催されました。

こちら →http://www.nhk.or.jp/bunken/forum/2018/pdf/bunken_forum_2018.pdf

 私は時間の都合で、3月7日のセクションA「欧米メディアのマルチプラットフォーム展開」にしか出席できませんでしたが、総じて、充実した内容だったと思います。

 このセクションでは、アメリカから招聘した二人のゲストによるメディアの現状報告、そして、NHK研究員によるイギリスメディアの現状報告が行われました。とくに、アメリカメディアの担当者、お二人のスピーチが、私には興味深く思われました。

 一人はメレディス・アートリー氏(CNNデジタルワールドワイド上席副社長兼編集長)で、もう一人は、エリック・ウォルフ氏(PBSテクノロジー戦略担当副社長)です。民間のメディア組織(CNN)と公共のメディア組織(PBS)をパネリストとして選ばれたのはとても良かったと思います。しかも、お二人には、テクノロジーの変化を重視し、組織改編を行ってきたという点で共通性がありました。

 今回は、お二人のスピーチに触発されて、私も帰宅してからいろいろ調べてみました。その結果、激動する「メディアの新地図」の中になにかしら見えてくるものがありました。まだぼんやりとしているのですが、そのことについて書いてみようと思います。

■マルチプラットフォーム展開は不可避か?
 2017年3月29日、コロンビアジャーナリズムレビューに、「The Platform Press: How Silicon Valley reengineered journalism」というタイトルの論文が発表されました。

こちら →
https://www.cjr.org/tow_center_reports/platform-press-how-silicon-valley-reengineered-journalism.php

 これは、コロンビア大学大学院ジャーナリズム学教授のEmily Bell氏とブリティッシュコロンビア大学デジタルメディア学准教授のTaylor Owen氏による共同執筆の論考です。

 冒頭、ソーシャルメディアのプラットフォームとIT企業が、アメリカのジャーナリズムにかつてないほどの影響力を行使するようになっていると記述されています。2016年の米大統領選でSNSの威力を見せつけられましたが、どうやら、その後さらに、FacebookやSnapchat、Google、Twitterなどのソーシャルメディアが勢いを増しているようです。

 いまや、コンテンツを配信するという役割を超えて、視聴者が何を見るか、誰を登場させれば彼らの注意を引くのか、どんな様式、形態のジャーナリズムが勢いを持つのか、といったようなことまで、SNSのプラットフォームがコントロールするようになっているというのです。

 まさに、論文のタイトル「The Platform Press」通り、プラットフォームこそがメディアになってしまっているのが現状だといえそうです。だとすれば、既存メディアがマルチプラットフォーム対策を取らざるをえなくなっているのも当然のことでしょう。14のニュース組織を調査したところ、それぞれ、多様なプラットフォームを活用していることが判明しました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。https://www.cjr.org/tow_center_reports/platform-press-how-silicon-valley-reengineered-journalism.php より)

 今回、パネリストとして登壇されたCNNの場合、上記の表にあるように、21のプラットフォームを活用しています。そして、PBSは、この表にはありませんが、9のプラットフォームを展開しています。

 このような現状について論文では、視聴者が情報入手手段として、モバイルメディアやソーシャルメディアにシフトしてしまったため、ニュース組織は選択の余地もなく、これに従わざるをえないと指摘しています。

 この表を見ると、一見、多様で競争的なマルチプラットフォームの選択肢が示されているように見えます。ところが、実は、Facebook、Instagram、WhatsAppなどはすべてFacebookが所有する会社なのです。

 たとえば、Facebookは2012年4月9日、Instagramを買収しています。

こちら →https://japan.cnet.com/print/35016064/

 また、Facebookは2014年2月、WhatsAppも買収しています。

こちら →http://gigazine.net/news/20140220-facebook-buy-whatsapp/

 当然のことながら、FacebookやGoogleはニュースのアクセスにもっとも影響力を行使するようになります。

 視聴者モニター会社Parse.lyによる2016年末の調査では、Facebook経由でニュースサイトを閲覧したものは45%にのぼり、Googleは31%だったと報告されています。マルチプラットフォーム主導でニュースが閲覧される状況が現実のものになっているのです。

 さらに、メディア会社が利用者とつながるには利用者を深く理解することが必要になりますが、そのためには刻々と入手できるデータこそ何よりも重要だとParse.lyのCEOはいいます。(下記URLをクリックし、ホーム画面の「Watch our CEO talk data」をクリックするとCEOのトークページに移動します。)

こちら →https://www.parse.ly/

 利用者がコンテンツの何にどれだけ注目しているか、どの段階で、そのコンテンツから離れたのか、等々について分刻みの情報を得ることができます。その仕組みの一端はParse.ly社のHPのビデオで紹介されています。


(図をクリックすると、拡大します)

 驚きました。コンテンツは、利用者が密接なつながりを感じられるように各種、詳細なデータに基づき、制作されているのです。

 以上が、上記の論文に基づいて関連情報をチェックし、概観してみたアメリカメディアの現状です。

 それでは、お二人の見解をみていくことにしましょう。

■エリック・ウォルフ氏(PBSテクノロジー戦略担当副社長)の見解
 PBSでIT領域を担当してきたウォルフ氏は、まず、デジタル・ファースト時代の放送はコンピュータサイエンスを基盤に展開せざるを得ないという見解を示します。当初、データ主導でコンテンツ制作をするというウォルフ氏にはやや違和感を覚えましたが、さきほどの論文で明らかにされたようなメディア状況下では、当然のことなのかもしれないと思うようになりました。

 SNSやIT会社を通して上がってくる膨大なデータを前にすれば、利用者についての各種データに基づいてコンテンツ制作を展開せざるをえないでしょう。コンテンツ制作にサイエンスが不可欠の状況が訪れているのです。

 ウォルフ氏はこのような現状を踏まえ、2019年に創立50周年を迎えるPBSは、マルチプラットフォームに向けてメディア組織自体を変革し、企業風土そのものも変えていく必要があるといいます。

 さて、2017年5月1日に開催されたNAB(National Association of Broadcasters)大会でウォルフ氏は、2017年1月にPBSはマルチプラットフォームを開始し、24時間放送のPBS KidsをOTT準拠のデジタルマルチ放送で提供していることを報告しています。

さらに、デジタルチャンネルにはHTML5で構築されたインタラクティブゲームも用意し、若年層の取り込みに尽力していることを報告しています。

こちら →
http://www.etcentric.org/nab-2017-nextgen-tv-will-bring-innovation-new-revenues/

 新たに立ち上げたというPBS Kidsをチェックしてみました。

こちら →http://pbskids.org/

 これは、アメリカ国内でしか見ることはできませんが、いつでも、どこでも、利用できるデバイスによって、コンテンツを享受できるヒトが増えるとすれば、公共放送であるPBSの使命を果たしたことになります。

■メレディス・アートリー氏(CNNデジタルワールドワイド上席副社長兼編集長)の見解
 CNNに入社以来8年、デジタルワールドワイドの運営、そして、編集長として400人ものデジタルジャーナリストを抱えるアートリー氏は、メディア会社にとってマルチプラットフォーム戦略は不可欠だという見解を示します。そして、図を示しながら、CNNがどのようなマルチプラットフォーム戦略を展開しているかを説明してくれました。

こちら →
(図をクリックすると、拡大します。
https://www.cjr.org/tow_center_reports/platform-press-how-silicon-valley-reengineered-journalism.php より)

 アートリー氏は、メディア会社にとって利用できる選択肢がいまや、きわめて複合的になっている現状を指摘します。

 CNNを基盤に見た場合、そのもっとも内側の円に、CNN Desktop(Sept 1995)、CNN Mobile Web(Feb 1999)、CNN Mobile Apps(Sept 2009)、CNNgo(Jun 2014)など、CNNが所有するプラットフォームを配しています。これらがCNNのメディア組織のコアを形成しています。

 その次のレイヤーには、YouTube、Android TV、Apple TV、Amazon Fire TV、Rokuなど、映像プラットフォームを配しています(この図にはありませんが、2017年7月にSamsungが加わりました)。

 そして、その次のレイヤーにSNSを配しています。Facebook Live、Facebook Instant Articles、Facebook Messenger、Facebook News Feed、Instagram、Instagram Stories、Twitter、Twitter Moments、LINE、Snapchat、Snapchat Discover、Kikなど。これを見て、気づくのは、Facebook関連企業が多いことです。

 外周を形成しているのが、新規サービスおよび既存プラットフォームにはないサービスを提供するプラットフォームです。これは、Samsungが提供するWatch、Edge、VR、Bixbyの4サービス、Appleが提供するWatch、Newsの2サービス、Googleが提供するAMP、Newstand、VR Day Dream、Home、AMP Storiesの5サービス、Amazonが提供するEcho、Showの2サービスで構成されています。

 現時点では、上図にあったOculus Riftがなくなり、新たに、SamsungのBixby(2017年8月)、GoogleのAMP Stories(2018年2月)、AmazonのShow(2017年6月)が加わっています。このようにサービス内容によって適宜、プラットフォームを入れ替えしているようですが、ここで気づくのは、Googleが提供するサービス利用の多さです。

■マルチプラットフォーム展開で重要なのは何なのか
 さて、上図で示した各プラットフォームはレイヤーごとに色分けされています。それぞれ、どのコンテンツをいつ、どのように提供するかを決定するのが重要だとアートレイ氏はいいます。決定に際しては、たった一人で行う場合もあれば、チームで決定することもあるようです。内容と状況によってこれも適宜、迅速に判断されているのでしょう。

 CNNのマルチプラットフォーム展開をざっとみてきました。コントロールしやすいか否か、機能が有効か否か、拡張性があるか否か、等々で弁別されているように思えました。ます、コア部分をCNNが所有する陣営で運営し、それ以外はレイヤーごとに機能分担させていること、コアの次に、映像プラットフォーム、その次に、SNSプラットフォーム、そして、外周に新規プラットフォームを配するという戦略でした。

 これについてアートレイ氏は、視聴者がさまざまなら、プラットフォームもさまざまCNNとしては、幅広く着実にコンテンツ配信ができるようにしていると説明しています。コア部分を取り巻くように、レイヤーで区分けしたマルチプラットフォームを周到に張り巡らし、視聴者をくまなくつなぎとめていく戦略に新たな時代の到来を感じさせられます。

 それでは、マルチプラットフォームの展開に際し、何が重要になってくるのでしょうか。

 アートレイ氏は、5つの教訓を教えてくれました。すなわち、①コントロールできることとできないことを知る、②薄く、手広くやりすぎない、③有能なスタッフを雇用し、育成し、迅速に対応する、④新しいパートナーやプラットフォームに対する成功戦略を決める、⑤最初にやる必要はない、等々。

 とくに印象深かったのが、①自社がコントロールできることとできないことをしっかりと把握する、という教訓でした。この教訓は、Facebookがアルゴリズムを変えたことから得たものだとアートレイ氏はいいます。

 Facebookにとってはアルゴリズムを変えなければならなかったのでしょうが、CNNにとってはそうではありません。この一件から、自社がコントロールできるプラットフォームを持つことが重要だと悟ったというのです。プラットフォームに対するアートレイ氏の考えがよくわかる教訓でした。

■メディアの新地図に向けて
 帰宅してから、ネットをみていると、興味深い記事がみつかりました。2018年1月17日付け「DIGIDAY」の記事で、アートレイ氏に対するインタビューが載っていました。タイトルは「CNN’s Meredith Artley : ‘We don’t put all of our eggs in the Facebook basket’」というものでした。

こちら →
https://digiday.com/podcast/cnns-meredith-artley-dont-put-eggs-facebook-basket/

 ここでアートレイ氏は、「バランスの取れたポートフォリオを持つことが必要だ」と述べています。まさにタイトル通り、いくら有益だといってもFacebookに依存しすぎないよう、プラットフォームの構成にはバランスを考慮する必要があるというのです。

 さきほどの図を見てもわかるように、CNNはニュース配信に際し、さまざまなプラットフォームと提携していることが明らかです。とくに、気になったのが、Facebookとの結びつきの強さでした。

 アートレイ氏はこれについて、「Facebookはとても重要だ。Facebook Watchと提携すると、4分以上CNNを視聴する人が200万人から300万人に増えた。我々はこのことに重大な関心を寄せているが、かといって、Facebookというバスケットに我々の卵をすべて入れるようなことはしない」といっています。ユビキタス環境を提供し、視聴者増加に寄与してくれるFacebookはとても重要だが、それに頼り切ることは危険だというのです。

 一方、PBSのウォルフ氏も、マルチプラットフォームは重要だという認識を示します。2019年には設立50周年を迎えるので、マルチプラットフォームの充実に向けてメディア組織の改革を図らないといけないともいいます。

 ただ、PBSはオンラインでコンテンツを提供しながらも、軸足は放送に置いているようです。ウォルフ氏は、あらゆるヒトにコンテンツを届けるのがPBSの使命なので、まずは、ヒトが繋がりたいと思うコンテンツを制作し、次に、配信チャンネルを考えるというのです。そして、何よりも重視するのが、人々からの信頼だといいます。

 帰宅してから、ネットで調べてみると、PBSは2018年2月5日、「TechConAgenda 2018」という報告書を刊行していました。

こちら →
http://pbs.bento.storage.s3.amazonaws.com/hostedbento-prod/filer_public/TechCon%202018/Agenda%20items%20-%202018/TechConAgenda2018.pdf

 興味深いことに、目次に「closed captioning」の項目がありました。公共放送だからでしょうか、アクセシビリティへの目配りが感じられます。

 ここで議論のポイントとして提示されたのが、コンテンツに字幕をつけることのメリットは何か、ウェブにどう対応させるのか、あらゆるチームサイズ、あらゆる価格帯でのツールとオプションはどのようなものか、FCC規制の変更に先んじることができるのか、アーカイブは急速な変化への対応に寄与するのか、小規模なチームとして働きやすい組織システムはどのようなものか、等々でした。

 マルチプラットフォーム展開を考えていくなら、この点も考えていく必要があるでしょう。ありとあらゆる視聴者に向けてコンテンツを配信するのが使命だというなら、なおのこと、デバイスの違いを超えて、字幕をどうするのかも考えていく必要があるでしょう。

 テクノロジー主導でいま、テレビを見るということ自体に大きな揺らぎが見られるようになっています。電車の中でもイヤホンをつけ、スマホでテレビを見ているヒトを多く見かけるようになりました。いつでも、どこでも、デバイスを超えてコンテンツが配信されるようになっていることが実感されます。

 CNNとPBSのお二人を招いてのシンポジウムは充実しており、現在のメディア状況を考える上で、大変、有意義でした。お二人の話を聞いていると、ユビキタス環境が一段と整備されてきたように思えます。アメリカのメディア状況を通して「メディアの新地図」を見た思いがします。

 コンテンツの配信が、いつでも、どこでも、誰にでも、届けることができるようになった環境下でいったい何が重要になるのか、視聴者の側も改めて、考えていく必要がありそうです。(2018/3/10 香取淳子)

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