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AI時代を生き抜く力

AI時代を生き抜く力を育む教育とは?

■教育大改革が始まる
 文科省は7月10日、2020年度から開始する新テスト「大学入試共通テスト」の実施方針の最終案を公表しました。

こちら →http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG10H36_Q7A710C1000000/

 「大学入試共通テスト」とは、これまでの大学入試センター試験に代わって、高校生の学力を評価するためのテストです。2020年度から実施されますから、現在の中学3年生から適用されることになります。今秋以降、プレテストを行い、それらの結果を踏まえ、制度設計を進めるとされています。2021年1月中旬の実施に向けて、待ったなしのスケジュールで入試改革が準備されているのです。

 上記の記事の中で、「大学入学共通テスト」のポイントとして6点、まとめられていました。とくに、「英語は20年度から23年度まで現行のマーク方式と民間試験を併存」、「国語と数学に記述問題を導入」、「地理歴史や理科は24年度から記述式問題の導入を検討」などが注目されます。24年度に新テストに全面移行すること、文章を読み解き、表現する力の把握に力点が置かれていること、等々に留意すべきでしょう。

 共通テストの英語に関しては、「読む・聞く・話す・書く」の4技能を評価するため、英検やTOEICなどの民間試験を活用することが新テストの大きな特徴でした。ところが、最終案では、全面移行までに4年間の併存期間が設けられています。記事では、高校や大学から準備期間の短さを懸念する声が多かったからだとされていますが、民間試験の活用にもいくつかの課題があることが示唆されています。

 共通テストの国語と数学には記述式問題が導入されます。国語は、80~120字程度で記述させる問題を含む3問程度、数学は、数式や問題解決の方法などを記述させる問題を3問程度出すとされています。思考力、表現力を把握するためのものでしょうが、知識やテクニックではなく、「言葉の力」にウェイトが置かれた取り組みであることがわかります。

 2020年度から、大学に入学するためには、この新共通テストに加え、受験する大学独自のテストが課されます。それらが総合的に判断されて、合否が決定されるという仕組みになります。これまでの大学入試に比べ、英語の場合、「聞く、話す」能力、国語や数学の場合、「思考する、表現する」能力が評価されるようになります。これまでとは明らかに選別評価の基準が変わるのです。

■中教審の答申
 中央教育審議会は平成26年12月22日、『新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた 高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について』というタイトルの答申を公表しました。

こちら →
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/01/14/1354191.pdf

 新テスト導入の基盤となる考え方が示されていますが、「はじめにー高大接続改革が目指す未来の姿ー」として、下記のような状況認識が示されています。

「生産年齢人口の急減、労働生産性の低迷、グローバル化・多極化の荒波に挟まれた厳 しい時代を迎えている我が国においても、世の中の流れは大人が予想するよりもはるか に早く、将来は職業の在り方も様変わりしている可能性が高い1。そうした変化の中で、 これまでと同じ教育を続けているだけでは、これからの時代に通用する力を子供たちに 育むことはできない。」(p.1)

 中央教育審議会が打ち出した方向に沿って、抜本的な教育改革が行われようとしていますが、これは、社会の要請であり、次代を担う子どもたちの幸せのためでもあるという入試制度改革の立脚点がよくわかります。

 この答申が公表されてすでに2年余、いま社会は、デジタル技術の進化によってさらに大きく変容しはじめています。製造現場ではもちろんのこと、医療診断などにもAIが導入されるようになりました。もはや、単なる人手不足を補う以上の働きをAIが担うようになってきているのです。

 すでに2013年、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授はAIによって今後、47%の職種がAIに代替されるようになるという論文を発表して、全世界に衝撃を与えました。野村証券はそれと同様の調査を2015年12月2日に、日本国内で実施しました。その結果、日本では今後10年から20年のうちに、国内労働人口の49%に当たる職業がAIやロボットに代替されるという推計を発表しました。そして、代替可能性の高いとされる100種の職種を列記しています。

こちら →
(https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspxより。図をクリックすると、拡大します)

 それから1年半後のいま、その傾向が現実のものになってきています。ディープラーニングを通して精度を高めていくことのできるAIは、今後さらにさまざまな領域に導入されていくことでしょう。

 一方、同調査では、下記の職種はAIやロボットなどに代替される可能性が低いとしています。

こちら →
(https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspxより。図をクリックすると、拡大します)

 このような調査結果をみると、AIが大きな役割を担う時代を生き抜くには、何が必要なのか。改めて、教育内容を見直さなければならなくなっていることがわかります。高等学校、大学にとどまらず、初等、中等教育にまで遡って教育改革が行われなければならないのはこのような時代の要請なのです。

■生きる力
 文科省は2017年3月31日、次期学習指導要領「生きる力」を公示しました。今回の学習指導要領では、第4次産業革命の時代を見据え、予測不能な変化に対して柔軟に対応できる「生き抜く力」をはぐくむために、「主体的・対話的で深い学び」の実現が大きなテーマとして設定されています。

 次期学習指導要領は下記のようなスケジュールで実施される予定です。

こちら →
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/05/12/1384662_1_1.pdf

 今年は2017年ですから、幼稚園、小学校、中学校についてはすでに周知・徹底されている時期になります。

 改訂のポイントは以下のようになります。

こちら →
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/06/16/1384662_2.pdf

 教育内容の改善事項としては6項目、「言語能力の確実な育成」、「理数教育の充実」、「伝統や文化に関する教育の充実」、「道徳教育の充実」、「体験活動の充実」、「外国語教育の充実」等々があげられています。

 たとえば、「言語能力」についてみると、語彙の習得を確実なものにしていくのはもちろんのこと、さまざまな情報から、具体を抽象を区別して理解し、根拠を踏まえて意見表明できるようにするといった内容です。その一環として、実際にレポートを書いたり、立場や根拠を明確にして議論するといった活動が奨励されています。

 「理数教育」については、日常生活から問題を見出す活動や、なんらかの見通しをもって観察や実験をする活動が奨励されています。さらに、必要なデータを収集・分析し、その傾向を踏まえて課題を解決していく統計教育を充実させると掲げられています。

 3月に公示された次期学習指導要領は、下記に示す2008年に改訂された学習指導要領を踏まえたものといえるでしょう。

こちら →
(http://www.bunkei.co.jp/school/column/1309.htmlより。図をクリックすると、拡大します)

 実は、すでに1998年から「生きる力」に力点を置いた学習指導要領が作成されていました。それを改訂したのが、2008年の学習指導要領です。上記の図に示されているように、10年前のものとは違って、確かな学力に支えられて初めて、「生きる力」が養われるという考えでした。そして、その「確かな学力」とは「言葉の力」によって育まれるという認識が示されています。

■AI時代を生き抜く力とは?
 2008年版を踏まえた次期学習指導要領(2017年3月公示)は、さらに変動の激しい社会状況に対応したものになっています。

こちら →
(http://eic.obunsha.co.jp/eic/resource/viewpoint-pdf/201504.pdf p.4より。図をクリックすると拡大します)

 上記の図は、国立教育政策研究所が刊行した24年度の報告書に基づき、作成されています。今後、求められるのは、「思考力」を中核に、それを支える「基礎学力」、その使い方を方向付ける「実践力」などの”三層構造”で構成される「21世紀型能力」だとしているのです。そして、このような21世紀型能力を身につけることによって、次世代を「生きる力」を育むことができるという考えが示されました。それが次期学習指導要領を貫く考え方の根幹となっています。

 今後、学校教育で求められるのは、上記の図で示された基礎学力、思考力ばかりではなく、各教科を横断する基礎的な「汎用的能力」も重要になるでしょう。この「汎用的能力」は上図では実践力として示されています。

 なにごとであれ、実践していく過程で、人間関係形成能力、社会への参画力、自律的、自発的な活動力、等々が培われていくでしょうし、実践活動を通して、持続可能な未来への思いも強くなっていく可能性もあります。

 デジタル技術によって進化した現代社会では、仕事の内容が変化し、求められる能力も大きく異なってきています。さらには、私たちが住む地球が一つの大きな村になってしまいました。今後、誰もが身近な活動を通して、地球社会全体を考えなければならなくなるでしょうし、それが当然の社会になってきています。

 デジタル・モバイル機器を誰もが持つようになったいま、ヒトは誰しも、他者とつながって生きていることを実感できるようになりました。一人の人間として充実した人生を生きることを目指すだけではなく、他者に支えられて生きていることにも思いを巡らせながら生きていく必要があるでしょう。それが、やがては「生きる力」にも反映されていくと思います。2020年度に開始される抜本的な入試改革を軸に、教育内容が大幅に改善され、子どもたちがAI時代を生き抜く力を身につけることができるようになれば、と願っています。(2017/7/12 香取淳子)