ヒト、メディア、社会を考える

Henry Lauは現代版モーツァルトか?③K-POP活動を中断、バークリーへ

Henry Lauは現代版モーツァルトか?③K-POP活動を中断、バークリーへ

ジュリアードではなく、K-POPへ

 オーディションを受けた翌週、Henryは合格通知を受け取りました。ところが、両親に反対されたので、一旦は丁重に断ったそうです。とくに父親は猛反対で、彼の大学進学を強く願っていました。

 Henryは後に、次のようなことを語っています。

「両親はずっとカナダにいて、いまアジアがどのような状態になっているか知らなかったし、K-POPもいまほどは知られていなかったので、反対するのも無理はなかった」
(※ http://www.mtv.com/news/3125103/henry-lau-interview-hollywood-journey/)

 実は、Henryにもまだ迷う気持ちがありました。子どもの頃からバイオリニストを目指して練習を積み重ねてきたのですから、それも当然でした。しかも、ジュリアード音楽院に進学する予定で、出願手続きまでしていたのですから、気持ちの切り替えが必要でした。

 揺れ動く思いを払拭するため、母親と一緒に、Henryは韓国のSM Entertainmentを訪れました。現地を見て、彼の気持ちは固まりました。母親もまた納得し、帰国してから父親を説得してくれたといいます。こうしてようやく家族の同意を得ることができ、HenryはK-POPの道に進むことができたのです。

 韓国SM Entertainmentに所属すれば、クラシックの道に進むよりもはるかに多くの人々に受け入れられ、音楽の道を進んでいくことができると感じたのでしょう。バイオリニストとK-POP、どちらを選択するかと迫られたら、やはり、K-POPを選択するしかなかったのではないかという気がします。

Super Junior-Mのメンバーとしてスタート

 2007年9月、HenryはSuper Junior-Mのメンバーとして、バイオリンパートを含む“Don’t Don”という曲でデビューしました。SM Entertainmentは、彼の持ち味を活かす方向でセッティングしてくれたのです。そして、10月、SM Entertainmentは、2008年にHenryをSJMの中国向けサブユニットとしてデビューさせると公式に発表しました。

 SM Entertainmentは、広東語、北京語を話せるHenryをより活かせる場は中国だと考えたのでしょう。中国は今後、発展を期待できる巨大なエンターテイメント市場でもありました。

 中国TVのバラエティ番組にHenryがグループ出演していた動画を見つけました。2008年8月30日に公開されています。

こちら → https://youtu.be/L1h0by0iIWk
(広告はスキップしてください。2分40秒あたりから、リンボーゲームが始まります)

 グループの中で誰が一番、身体が柔らかいかを競うリンボーゲームのコーナーで、Henryは最終的に、床から80㎝まで下げられた棒の下をかいくぐり、勝者となりました。身体の柔軟性を証明したのです。

 会場から拍手喝采を浴びたことはいうまでもありません。

 そういえば、オーディションの時、Henryがリンボーダンスの動きを取り入れたパフォーマンスで、会場を沸かせたことがありました。バイオリンを弾きながら、身体の柔軟性を極限まで見せつけたものでした。それは、すでに高校生の時、実践済みの動きでしたが、再び、中国TVのバラエティ番組で披露したのです。

 グループ最年少のHenryでしたが、ダンスやパフォーマンスにひときわ優れた能力をもっていることが徐々に、知れわたっていきます。

 やがて、Henryの得意とするバイオリンを演奏する場面も取り入れられ、誰の目にも、レベルの高いエンターテナーだということがわかるようになります。新人とはいいながら、次第に、一目置かざるを得ない存在になっていったのです。

 ダンス能力を買われたのでしょうか、その頃、フィリピンで行われた公演では、女性ダンサー2人を従え、ソロで舞台に立っています。

SSII in Philippines-Henry’s solo Sick of Love

 これは2010年4月13日に公開され、約4万人が視聴しています。2分20秒の動画です。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=tg9MXOktCY4
(広告はスキップしてください)

 女性ダンサー二人をバックに、ソロでダンスを披露しています。この時期はまだSuper Junior-Mのメンバーとしてグループ活動をしている期間なのですが、よほどダンス能力を認められたのでしょう。あるいは、ファンからの声援の高さがこの企画に反映されたのかもしれません。

 大観衆を前に、Henryはソロで企画されたフィリピンでの舞台に立っています。歌も歌っていますが、ダンスがメインのショーでした。両手、両足をリズミカルに動かし、切れ味のいい、若さ溢れるダンスが印象的です。

 デビューしてわずか3年で、Henryは早くも海外でソロ公演をできるK-POPタレントになっていました。

 デビュー後2,3年頃の動画をみると、すでに、いかにもK-POPタレントらしくなっており、TVのバラエティ番組出演か、ダンスやパフォーマンス中心の舞台で活躍しています。動画をいくつか見ているうちに、ひょっとしたら、クラシック音楽を目指したHenryは後悔しているのではないかとちょっと気になりました。

 そこで、インタビュー記事を読み返してみると、興味深い内容が掲載されていました。

 なぜ、ジュリアードではなく、韓国SM Entertainmentを選んだのかと問われ、Henry は、次のように答えているのです。

 「私はダンスと歌が同じように大好きです。 ところが、クラシックの道に進めば、それを諦めなければなりません。K-POPの道を選ぶと、踊ったり歌ったりできます。だからといって、バイオリンやピアノを弾けなくなるということではありません。そう考えると、選択肢は一つしかありません。韓国SM Entertainment に所属することでした」
(※ http://www.mtv.com/news/3125103/henry-lau-interview-hollywood-journey/)

 一方、フォーブスの記事によると、デビュー当時、グループのメンバーとちょっとした軋轢があったようです。経歴が異質なのでそぐわない面があったのかもしれませんし、中国のTV番組を見ているとグループ出演なのにHenryが目立ちすぎているという印象を受けましたから、そのせいかもしれません。あるいは、文化の違いが影響していた可能性もあります。いずれにしても初期の数年間、Henryは一歩引いて、身を処していたようです。

バークリー音楽大学で学ぶ

 Henryは後に、このような経験は自分にとってはよかったと語っています。その期間、米ボストンにあるバークリー音楽大学に通うことができたからでした。
(※ https://www.forbes.com/sites/tamarherman/2019/04/18/henry-lau-talks-global-career-aspirations-upcoming-projects-how-haters-have-helped-him-thrive/?sh=273fddf04ca7)

 たまたまバークレー音楽大学でHenryと出会ったファンがその時の様子を記し、ネット上にあげていました。2010年7月3日のことです。それによると、Henryはどうやら12週間の作曲コースに在籍していたようです。
(※ https://sup3rjunior.com/2010/07/03/100702-henry-at-berklee-college-of-music-fanaccount/)

 実際、Henryは当時を振り返り、それまでは楽器を演奏したり、ダンスをしたりするだけで、歌ったり、作曲したりすることはなかったので、それらすべてをバークリーで学ぶことができたのはよかったと語っています(前掲URL)。

 バークリー出身の有名な中国人として中国のサイトには、Henryの名前が記載されています。
(https://web.archive.org/web/20140714112749/http://www.mfastudy.cn/xuexiao/html/230.html)

 バークリーでの勉強期間を経て、Henryは韓国に戻り、2013年に ‘Trap’を発表しました。ソロデビューを果たした最初の曲が‘Trap’だったのです。

Trap

 2013年6月22日に公開され、約24万回視聴されています。4分39秒の動画です。

こちら → https://www.youtube.com/watch?v=ANILESJmvIY
(広告はスキップしてください)

 ピアノをイントロにHenry はまず、しっかりと観客の気持ちを掴みます。頃合いを見計らって、メインメロディをゆっくりとピアニシモにしたかと思うと、ささやくように、“I’m trapped”とつぶやき、すばやく、ピアノの上に飛び乗ります。

 そこで歌いながら、ステップを踏んで、軽く数歩後ずさりしてから、ピアノから飛び降ります。ここからが、ダンスの見せ場になります。男性ダンサー数人を従え、力強く、しかも軽快にダンスを披露していくといった展開です。

 髪を金髪に染め、フードをかぶり、当時、流行していたのでしょうか、シティボーイ風の衣装です。別人かと思ってしまうほど、風貌が変わっていました。いつの間にか、外見は完全にK-POPスターに変身していましたが、スニーカーで踏みしめる足さばきは依然としてリズミカルで、切れ味がよく、見事でした。要所要所の動作をストップして見せ場を作り、フォームの良さを強調して見せているところもダイナミックな印象を与えます。

 この曲はピアノで始まり、歌とダンスが披露され、やがて静かにピアノで終わるといった構成です。

 同時期に、衣装、装置を変えて、公開されたバージョンもありました。2013年6月10日に公開され、こちらは約352万回視聴されています。

こちら → https://youtu.be/kkXsptpE00A
(広告はスキップしてください)

 この‘Trap’はさらに、2019年にバイオリンのイントロを加えて再構成され、リリースされています。

’VIOLIN INTRO+TRAP’

 2019年12月30日に公開され、約56万回視聴されています。4分59秒の動画です。

こちら → https://youtu.be/m43xjLQvEU4
(広告はスキップしてください)

 暗闇の舞台に置かれたトラックに青いライトが当たり、ドラムの単調なリズムが強く響き、次第に会場の気分を一つにまとめあげていきます。やがて、何本もの線状の青いライトがHenryを映し出すと、バイオリンを手にした彼が荘厳な趣の曲を奏で始めます。

 背景の照明がオレンジ色に変わったと思うと、カメラが近づき、Henryの姿を捉えます。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します)

 ピアノがイントロのバージョンとは違って、劇的で力強い導入です。以前とは異なり、リーゼント風の黒髪で、黒のスタジャンを着ています。シティボーイ風であることに変わりはありませんが、バイオリンのイントロ版には甘さが消え、洗練された印象が強調されています。

 ジュリアード音楽院に入学せず、K-POP界に入ることを選択したHenryは当初、Super Junior-Mのメンバーとして活動していました。望んだこととはいえ、これでよかったのかと思い悩んだ時もあったのでしょう。先ほどもいいましたように、この時期、一時、休職し、2010年7月には米ボストンにあるバークレー音楽大学で作曲を学んでいます。

 その成果として2013年7月7日に発表したのが、この‘Trap’でした。18歳でデビューし、24歳でソロアルバムをリリースできるようになっていたのです。バイオリン、ピアノ、歌、ダンスを組み合わせた新領域の音楽を開拓することができたHenryは、いつの間にか、理想の音楽に向けて大きく一歩、踏み出していました。

 デビュー後わずか6年でこれだけの成果を出せたのは、鋭敏な感性、揺るがない意思、絶え間ない努力の賜物としかいいようがありません。(2021年7月5日 香取淳子)

 以下、次回に続く。

« »