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Henry Lauは現代版モーツァルトか?②クラシックキャリアを超え、SMオーディションに参加

Henry Lauは現代版モーツァルトか?②クラシックキャリアを超え、SMオーディションに参加

 前回、バイオリン、ピアノを中心にHenryの演奏の一端を見てきました。動画をちらっと見るだけで、彼が卓越した才能の持ち主だということがわかります。バイオリニスト、ピアニストとして秀でているだけではなく、パフォーマーとしても優れたセンスの持ち合わせているのです。

 Henryは一体、どのようなキャリアの持ち主なのでしょうか。興味津々です。

 そこで、今回は、ユーチューブとネット情報を中心に、彼のキャリア形成について見ていきたいと思います。

幼少期からバイオリン、ピアノに親しむ

 Wikipediaによると、Henryは1989年にトロントで生まれた中国系カナダ人です。父が香港出身の広東人、母は高尾出身の台湾人で、兄、妹の3人兄弟の真ん中です。

こちら → https://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Lau

 Henryは5歳のころからバイオリンを習い始めたようです。日本でもだいたいその頃からバイオリンを習い始めますが、それは、バイオリンの場合、身体サイズに合わせて、楽器のサイズを選択できるからです。ピアノは大人と同じ鍵盤を弾かなければなりませんが、バイオリンは8分の1サイズからスタートすれば、演奏するのになんら支障はありません。

 5歳の時の発表会の動画がありましたので、ご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/NWkuMNSqOqs
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 緊張しながらも最後まで音を外さず、弾き終えています。5歳という年齢を考え合わせると、並大抵の集中力ではないことがわかります。

 7歳になると、Henryはピアノを習い始めます。以来、ほとんど毎日、バイオリンとピアノの練習に明け暮れていたのでしょう。

 15歳の時にはカナダ王立音楽院主催の大会で、バイオリンとピアノ部門(いずれもレベル10)で優勝しています。幼少のころからクラシック音楽に馴染み、日々、技能を磨いてきたことの成果が出たのです。

将来はバイオリニストへ

 Henryは子どもの頃から自宅で毎日、バイオリンを弾き、ピアノを弾いてその技量を高めていました。そして、高校では、課外活動でバイオリンクラブの部長を務め、指導的立場にも立っていたようです。家庭でも学校でも、クラシック音楽の世界に浸って過ごしていたのです。もちろん、好きでなければ続きません。

 16歳の時の動画が見つかりました。

こちら → https://youtu.be/47WbLx08chA
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 この動画を見ると、Henryがすでに相当の弾き手であることがわかります。これだけの技能の持ち主なら、自分自身はもちろんのこと、家族もまた、将来の進路はクラシック音楽の世界だと思っていたはずです。

 実際、Henryは後になって、米ケーブルTV・MTV記者のインタビューに答え、子どもの頃からずっとクラシックの道に進みたいと思っていたと語っています。
(※ http://www.mtv.com/news/3125103/henry-lau-interview-hollywood-journey/

 ところが、高校に入ってからのある日、Henryは予想もしなかったことを経験します。

 先ほどのインタビューの中で、彼は次のように語っていたのです。

 「高校に入って、学校の催し物に出てみると、女子生徒は皆、クラシック演奏よりもポップスやダンスの方に夢中になり、熱狂的になるのを知った。それで、私は間違ったことをしていると思い、さっそく、歌やダンスを学び始めました」(※ 上記URL)

 彼は高校に入ると早々に、バイオリンクラブの部長をしていました。ところが、女子生徒たちがクラシックよりもポップスの方に夢中になると知ってからは、すぐに、新たにダンスやポップスのクラブを立ち上げ、その責任者になっています。

 これまでHenryは、クラシック音楽を学び、研鑽を積み重ねてきました。上手になればなるほど、両親には喜んでもらえました。ところが、同世代からは、クラシック音楽にいくら秀でていても、その努力に見合う評価を得られないことを知りました。「私は間違ったことをしていると思った」と語ったほどですから、よほど悔しい思いをしたのかもしれません。

クラシックか、ポップスか?

 Henryは新しくクラブを立ち上げると、夢中になって、ポップスやポップダンスを習得しました。学び始めて一年もすると、舞台に立てるほどの力をつけていたといいます。クラシック音楽の技能に加え、新たにポップスの技能まで身につけてしまったのです。

 ちょうどその頃、Asian Backstreet Boysがネット上で話題になっていました。この話題もHenryを悩ませることになっていました。クラシックのバイオリニストになるか、それとも、ネットで活躍するAsian Backstreet Boysみたいになるか、決断を迫られたと語っています(前掲URL)。

 Asian Backstreet Boysが何なのか、私はよくわかりませんでした。そこで、調べてみると、2006年頃、ユーチューブが生んだ初代国際スターのことでした。広州美術大学彫刻科専攻の美大生が口パクで歌っている動画を投稿し、一躍人気を得たグループのことを指すそうです。彼らの動画を見つけましたので、ご紹介しましょう。

こちら → https://youtu.be/N2rZxCrb7iU
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 この動画はなんと、1529万回も視聴されています。

 前の方で、口パクで歌っているのが、韦炜と黄艺馨で、後ろでパソコンを操作しているのが肖静です。この3人がチームを組み、ネット上で世界を席巻していたのが、ちょうどHenryが高校生の頃でした。現在はBack Dorm Boysにグループ名を変更し、活躍を続けているようです(※ https://en.wikipedia.org/wiki/Back_Dorm_Boys)。

 Henryにしてみれば、口パクだけの素人でも、ネットで拡散すれば、世界中の話題を集められるのが不思議であり、興味深くもあったのでしょう。あるいは、クラシック音楽の世界と違って、素人でも容易に視聴者を引き付けられるネットの世界が脅威に思えたのかもしれません。

 しかも、彼らは中国人です。これまで世界を席巻してきた欧米人ではなく、アジア人が音楽の新領域を開拓しはじめていたのです。

 ネット時代の音楽界はこれまでとは明らかに異なったものになっていると、高校生のHenryが察知していた可能性があります。

 興味深いことに、この時期、Henryは電子バイオリンを習っています。自身の音楽能力をネットに対応できるよう変貌させているのです。

 さらに転機になったのが、自分が責任者となっているダンスとバイオリンのクラブの催し物を同時に開催しなければならなくなったことでした。

 この時、Henry は苦肉の策として、ダンスとバイオリンを同時に行うことを思いつきます。バイオリンを演奏しながら、ダンスをし、観客を喜ばせるパフォーマンスも披露するというアイデアです。

クラシック音楽界の将来に対する危機感

 高校に入ってから、彼はクラシックに限らず、ポップスやポップダンス、電子バイオリンの演奏といった具合に、音楽やパフォーマンス活動の幅を広げています。一連の行動を考え合わせると、Henryはおそらく、自分の将来をクラシック界に絞り込んでしまうことに、一抹の不安を覚えるようになっていたのではないかという気がします。

 先ほどもいいましたように、Henryは学校の催し物で、クラシック音楽よりもポップスやポップダンスに女子生徒たちが夢中になっている現実を知って、自分は間違ったことをしていると思ったと語っていました。

 高校に入ってさまざまなことを見聞するようになると、Henryは時代とズレたことをしているのではないかという不安に襲われ始めたのでしょう。ちょうどネットが普及し、人々は音楽も動画もネット経由で視聴するようになりはじめていました。そのような時代に旧態依然としたクラシックだけでやっていけるのかという漠然とした不安に襲われ始めていたのではないかと思うのです。

 だからこそ、彼はポップスやポップダンス、エレキバイオリンなどを習い始めたのでしょうが、結果として、Henryは現代社会に求められる感覚やセンスを身につけることになりました。

 ネット時代にはクラシックもポップスも同じ土俵で勝負しなければなりません。そうなれば、エンターテイメント性の強いポップスの方が有利なのは当然です。

 すでにスマホが普及しはじめており、クラシック音楽界がネット環境下で生き残るにはどうすればいいのかを考えていかなければならない時代を迎えていました。そのことを高校生のHenryは敏感に察知していたのでしょう。

2006年、韓国SM Entertainmentオーディションの開催

 トロントで2006年、韓国SM Entertainment Global Auditionが開催され、Henry はそれに応募しました。3000人の応募者中から選ばれたのはわずか2人で、Henry はそのうちの一人でした。

 Henry のスキルなら当然のことでした。

 当時、Henry はジュリアード音楽院に出願し、入学のための準備を進めていました。それなのになぜ、韓国SM Entertainmentのオーディションを受けたのでしょうか。子どもの頃から毎日のようにバイオリンを弾き、ピアノの練習をし、クラシックの道を目指していた彼がなぜ、SM Entertainmentのオーディションに応募したのでしょうか。

 Henryは後になって、Forbesの記者の質問に答え、次のように言っています。

 韓国SM Entertainment がトロントでオーディションをすることを知った友人が、「HenryならK-POPスターになれるよ」と言って、応募を勧めたといいます。その友人はさらに、「絶対になれるよ!」と太鼓判を押したので、応募する気になったというのです。
(※ https://www.forbes.com/sites/tamarherman/2019/04/09

 もちろん、彼にその気がなかったわけではありません。Asian Backstreet Boysのことを知っていたぐらいですから、K-POPにはおおいに関心を抱いていたはずです。友人の勧めはその呼び水になっただけのことでしょう。

 Henryはオーディションに応募しました。

 いったん応募すると決めたら、彼のことですから、勝つための戦略を練ります。演目としてビバルディの曲を使い、曲の速い部分でポップダンスを取り入れました。サワリの部分を華麗に弾きながら、同時に、パフォーマンスとポップダンスを見せるという戦略でした。

 バイオリンで奏でるクラシック音楽の素晴らしさに、随所に身体の柔軟性を見せるパフォーマンスを絡ませ、時に、ポップダンスまでも披露してみせました。オーディション向けにショーアップして演奏する姿に懸命さが感じられます。

 オーディション時の動画を見つけましたので、見てみることにしましょう。2分36秒です。

こちら → https://youtu.be/5fbUKgMQtPs
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 多少ぎこちない箇所があるとはいえ、バイオリン、パフォーマンス、ポップダンスの卓越したスキルを披露するには十分な構成でした。高校生のHenryがオーディションのためにバイオリンとポップダンス、パフォーマンスをミックスして見せる新領域のエンターテイメントを開発したのです。

 とくに人目を引いたのが、反り返ってバイオリンを弾く場面でした。

こちら →
(ユーチューブ映像より。図をクリックすると、拡大します)

 Henryはこの写真よりもさらに後ろに反り返り、床に背中がつきそうになるまで、身体を倒していきます。それもバイオリンを弾きながらですから、もはやアクロバットとしかいいようがありません。観客はハラハラドキドキしながら見てしまう・・・、といった仕掛けです。

 おそらく、リンボーダンスの動きを取り入れたパフォーマンスなのでしょう。観客の気持ちを引き付ける一方、バイオリンを弾く手に緩みはなく、しっかりとビバルディの難曲を弾き終えました。

 Henryがオーディションのために考え出した演目は、誰もが知るクラシックの名曲に、ポップダンスやアクロバティックなパフォーマンスを絡ませ、ショーアップして構成したものでした。自身のスキルを最大限に見せるための工夫が非凡でした。

 大変な逸材です。韓国SM Entertainmentの選考者たちは飛び上がって喜んだことでしょう。アジア市場を制覇できる可塑性に満ちたスターの卵が舞い込んできたのですから・・・。
(2021年7月4日 香取淳子)

以下、次回に続く。

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