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日中友好漫画展:一コマ漫画の洗練されたユーモアと訴求力

日中友好漫画展:一コマ漫画の洗練されたユーモアと訴求力

■日中友好漫画展の開催
 2018年9月11日から21日まで、中国文化センターで「日中友好漫画展」が開催されています。日本漫画家協会、中国漫画創作基地(嘉興)、嘉興市文化広電新聞出版局、嘉興市文学芸術界連石古合会、等々主催、中国文化センター共催で行われました。会場では中国各地からの漫画作品50点と日本漫画家協会からの作品50点と合わせて100点、ユニークで風刺の効いた漫画作品が展示されています。

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 開催初日の9月11日、会場に出かけてみました。展示作品はすべて一コマ漫画でしたが、それだけに一枚の絵に凝縮した世界が表現されており、見応えがありました。中には社会観察力が深くて鋭く、思わず笑いがこみ上げてくる作品もありました。なるほどと思ってしまったからでしょう。この種の作品を見る機会があまりなかったせいか、とても新鮮な印象を受けました。

 印象に残った作品をいくつか取り上げてみましょう。

■漫画家がクリティカルに捉えた現代社会
 展示作品のうち、印象に残ったのはいずれも、中国の漫画家が捉えた現代社会を題材とした作品でした。

 たとえば、「家庭」という作品があります。

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 作者は浙江省の于保勋氏で、中国美術協会漫画委員会委員であり、中国ニュース漫画研究会常務理事です。

 眼鏡をかけネクタイに黒っぽいスーツ姿の男性が汗水を垂らしながら、巨大な荷物を背負って歩いています。背負っているのは、洋風の赤い屋根の家と赤いスポーツカーです。その家のバルコニーからは、まるでこれからパーティに出かけるかのように着飾った金髪の女性がバルコニーから身を乗り出し、「あなた!私まだ、自家用飛行機が欲しいわ」と叫んでいます。この男性の妻なのでしょう、その傍らにいるきれいにトリミングされた猫が笑っています。贅沢三昧の生活を楽しむ妻とそれを必死で支える夫という構図で、家庭が描かれています。

 この妻はすでにゴージャスな服や宝石を身につけ、オシャレな家に住み、スポーツカーまで所有しています。物欲はかなり満たされているはずなのに、それでもまだ自家用飛行機が欲しいと夫にねだっているのです。欲望には限りがないことが見事に表現されています。

 その背後に、欲望を次々と肥大化させていくことによって、経済活動が活性化し、社会が回っていく高度産業社会の仕組みの一端が透けて見えます。贅沢三昧の生活を汗水たらして支えているのが、ネクタイにスーツ姿の真面目そうな中年男性です。公務員なのでしょうか、巨額のお金を稼ぐことには犯罪につながりかねない危うさがあることも示唆されています。

 家庭内の光景を題材にした作品もあります。「夕食」という作品です。

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 作者は北京市の重磅动漫メディア総裁の権迎升氏、専業漫画家です。

 家族揃って食卓を囲んでいます。時計は7時を指していますから、きっと夕食の光景なのでしょう。ところが、団欒の雰囲気はかけらもなく、ひたすら静かです。それもそのはず、お父さんもお母さんもスマホを観ながら皿に箸をつけていますし、正面に座っている子どももタブレットを見ています。

 これまでスマホを題材にした作品は何度か目にしたことがありますが、若者か中年層がモチーフとして登場していました。ところが、この作品で幼児や犬がモチーフに加えられています。足が床に届かないような幼い子どもなのに、食事よりもタブレットの画面に夢中になっていますし、テーブルの下で寝そべる犬までも、大きなスマホの画面に見入っているのです。

 貴重な家族団欒の時間さえ、いまや、スマホに侵食されていることが象徴的に表現されています。せっかく家族が時間と場所を共有していながら、言葉を交わすことなく、意識はそれぞれ、スマホやタブレットを通してネット空間をさまよっているのです。

 ヒトとヒトの絆を対面で深めていく機会はスマホやタブレットで失われ、ネット空間でのコミュニケーションに移行していることが示されています。多様なデバイスやアプリケーションが開発されれば、幼児や犬も容易にネットの虜になってしまいます。この作品を見ていると、改めて、危うい時代に入ってしまったのではないかと思わせられます。

 肥大化する欲望を描いた「家庭」、スマホに乗っ取られた家族団欒を描いた「夕食」、いずれも、作品を通して、ヒトの存在基盤である家庭が崩壊寸前になっていることが示唆されています。

 人々の欲望を刺激することによって消費を促し、経済を活性化させるのが、高度産業化のメカニズムの一つだとすれば、ヒトが節度を忘れ、本来のコミュニケーションをなおざりにしてしまうのも無理はないのかもしれません。その高度産業化の行き着く果てが、環境汚染です。

 たとえば、「最後のオークション」という作品があります。

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 作者は北京市の張燿寧氏で、中国美術協会漫画芸術委員会副主任であり、中国ニュース漫画研究会会長です。

 この作品はオークション会場を題材に、環境汚染をユーモラスに捉えています。クリスティーズなのでしょうか、檀上では恰幅のいい男性がオークショニアとして会場を仕切っています。集まった買い手たちが次々と入札価格を提示する中、水の入ったボトルがひときわ大きく、立派に描かれています。

 絵画や骨董品など、次々に取引された高価な品々の中で、最後に登場したのが「純浄水」だという絵柄です。高価な美術品よりもさらに貴重なのが水だというわけです。物質的な欲望の果てに環境汚染が深刻になれば、飲み水こそがなによりも貴重で高価なものになるという皮肉が表現されています。

 以上、ご紹介した3点は会場でタイトルや名前も写るように撮影したので、作品自体は見づらいものになってしまいました。

 最後に、プラスティックによる汚染問題を象徴的に捉えた作品をご紹介しましょう。「プラスティックのお城」という作品です。下の写真は、会場ではうまく写せなかったので、チラシを撮影したものです。

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 作者は北京市の王立軍氏で、中国美術協会漫画芸術委員会秘書長です。都市を海底部分から捉えた断面図ですが、ほのぼのとした独特の味わいがあります。海底部分の面積が大きく、不安定な不定形の物体で都市が支えられているからでしょうか。不思議な絵柄に強く印象づけられました。

 海底で都市を支える奇妙な物体は一体、何なのでしょう。不思議に思って、ネットで検索してみると、同じような形のものに出会いました。

 実は、奇妙な不定形に見える物体は、スーパーなどで使われているプラスティックバッグだったのです。プラスティックバッグをひっくり返してみると、以下のようになります。

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 プラスティックバッグを逆さまにすると、プラスティック都市を海底で支える物体と似たような形状になることがわかります。王氏は声高にプラスティックゴミの汚染を訴えるのではなく、さり気なく、プラスティックゴミで支えられた都市の危うさを表現しているのです。この表現はとても洗練されており、何度も抽象化過程を経た作品の趣が感じられます。

 会場で印象に残った作品を4点、ご紹介しました。興味深いのは、今回取り上げた作品がいずれも中国の漫画家の作品だったことです。日中の漫画家の作品が50点ずつ、同数展示されていたにもかかわらず、印象に残ったのがすべて中国の漫画家の作品だったということは、一コマ漫画では中国の漫画家の方が長じているといえるのかもしれません。

■日中漫画トークイベント
 2018年9月11日、13時30分から日中漫画トークイベントが開催されました。コーディネーターが日本の漫画評論家の石子順氏、登壇者が王立軍氏(中国美術協会漫画芸術委員会秘書長)、仲中暁氏(嘉興美術館副館長)、孔月華氏(嘉興文聯秘書処副処長)、岳陽氏(嘉興美術館職員)でした。

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 石子順氏が登壇者に質問するという形で、トークイベントは進められました。聞いていて興味深かったのは、中国の漫画は一コマ漫画が主流なのに対し、日本の漫画はストーリ漫画が中心だということでした。それを聞いて、今回の展覧会で私が深く印象づけられた作品がいずれも中国の漫画家によるものだった理由がわかったような気がしました。一コマ漫画に対する造詣の深さが違っていたのです。

 さらに、中国では漫画創作基地として、嘉興美術館が指定されており、2年に一度、国際イベントを行う一方、絵を描くのが上手な子どもを対象に児童漫画のトレーニングを行い、将来の漫画家の揺り籠としての役割を果たしているということが紹介されました。

 嘉興国際漫画イベントは今年6月26日、上海市で開催されました。

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http://www.jxmsg.com/jxmsg/main/ArticleShow.asp?ArtID=1325&ArtClassID=10

 子どもたちを集めたトレーニング会は今年7月9日に行われたようです。

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http://www.jxmsg.com/jxmsg/main/ArticleShow.asp?ArtID=1329&ArtClassID=10
 一連のお話しを聞いていると、中国では着々と、漫画家の国際交流や次世代の漫画家育成が、国や地方政府に支援されて行われていることがわかります。
 
■豪Herald Sunの一コマ漫画
 同じころ、一コマ漫画が大きな話題になりました。オーストラリアの新聞Herald Sunがテニスの全米オープン戦でセリーナ・ウィリアムズ選手が見せた行為を表現した一コマ漫画です。

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(図をクリックすると、拡大します。BBC Newsより)

 この一コマ漫画を見た途端、思わず、声を出して笑ってしまいました。私はYouTubeでこの時の状況を見たのですが、この一コマ漫画で描かれている通りの展開だったからです。試合情勢が悪くなってくると、セリーナ選手は苛立ちを隠しきれず、ラケットを壊し、ついには凄まじい勢いで審判に謝罪を求め、暴言を吐きました。見ていて、驚いてしまいましたが、この時の印象を絵で表現すると、まさしくこの絵柄になるでしょう。

 髪を逆立て、全身で怒りをぶちまけているセリーナ選手の姿は36歳の母親とは思えないほど幼稚でした。漫画では壊れたラケットの傍らにさり気なく、ころがった哺乳瓶の乳首が描かれています。

 一方、この試合で勝利した20歳の大坂なおみ選手に対し、審判が「あなた、ちょっとだけ彼女を勝たせてあげられる?」と聞いている様子が描かれています。この部分は漫画家のフィクションですが、審判員が、36歳の駄々っ子(セリーナ選手)をいさめるために、20歳の(精神年齢の高い)大坂なおみ選手に、(あれだけ騒いでいるから、仕方ない)、ちょっとだけ勝たせてあげてはどうかと提案している様子を、漫画家はセリーナ選手の幼稚さを際立たせるために描き加えているのです。

 実際、YouTubeで見た映像では、大坂なおみ選手は優勝インタビューで涙を流し、「こんな結果になってごめんなさい」とまで言っています。オーストラリアの漫画家が描いたように、セリーナファンがブーイングする会場でも、大坂なおみ選手は冷静さを失わず、勝者なのに謙虚な姿勢を崩さなかったのです。

 ところが、この漫画を掲載したところ、人種差別で、性差別的だと漫画家は非難されました。Herald Sunはこれに対し、漫画家を全面的に支援する姿勢を見せて、一面トップにこのイラストを再掲載したといいます。

■一コマ漫画のユーモアと訴求力
 それにしても、Herald Sunの一コマ漫画は何度見ても可笑しく、思わず声を出して笑ってしまうほどの訴求力がありました。それはおそらく、この一コマ漫画が、世界ランキング1位のセリーナが大坂なおみとの試合で見せた行動とその場の雰囲気を見事に捉えていたばかりか、両選手の本質までも描き切っていたからでしょう。

 本質を描き切った一コマ漫画には確かに、見る者の気持ちを強く動かす力があります。訴求力が強いだけに、言葉を超えた力で見る者の記憶に残るでしょう。そう思うと、この漫画は人種差別でも男女差別でもありませんが、訴求力が強いだけに、セリーナファンにしてみれば、こじつけでもいいから批判したくなるかもしれません。

 改めて、中国の漫画家たちの洗練された描写力を思わせられました。会場で私が印象づけられた作品はいずれも抽象度が高く、具体的に批判をしていても、ストレートな反感を呼ばないように処理されていたように思います。抽象度を高めて婉曲的に表現し、絵柄にユーモラスな味わいを加えるといった具合に、余裕のある洗練されたセンスが随所で光っていました。

 豪Herald Sun紙に掲載され、いま物議をかもしている一コマ漫画との違いはおそらく、この点でしょう。抽象度が低いので、ストレートな個人批判になってしまい、物議をかもしているのです。描きようによっては、テニスコート上でのマナー、あるいは、品格を訴える上質の作品になったかもしれませんが、この絵柄なので反発され、人種差別、性差別と捉えられ、一部の人々を刺激したのです。

 この展覧会で一コマ漫画を多数、見る機会を得ました。作品の多くは、社会をクリティカルに捉えた洞察力で支えられ、味わいのある絵柄で表現されていました。対象を深く観察し、考察し、それを絵の力でどう表現するか、モチーフの選択、構図の選択が巧みだと思いました。

 さらに、対象を抽象化すれば、洗練されたユーモアが醸し出されることにも気づかされました。高度な知性がなくてはこの種の作品は描き切れないでしょう。一コマ漫画には、洗練されたユーモアとクリティカルな訴求力が込められているからこそ、見る者を深く考えさせる力を持つのだと思いました。(2018/9/15 香取淳子)

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