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チベット・タンカに見る内面世界

チベット・タンカに見る内面世界

■中国チベット・タンカ芸術展の開催
 「中国チベット・タンカ芸術展」が2019年1月29日から2月24日まで中国文化センターで開催されています。タンカという様式の絵画をこれまで見たこともありませんでしたので、1月29日、訪れてみました。会場には15世紀や19世紀の作者不詳の作品以外に40点ほどの現代作家の作品が展示されていました。

こちら →
https://www.ccctok.com/wp-content/uploads/2018/11/24769bb4d1a60b96e7642ef26d0ed4ad.pdf

 一覧して、色遣いの鮮やかさに圧倒されてしまいます。画布に鉱物顔料を使って描いているので、時間が経っても色褪せないのだそうです。今回の展覧会は中国文化センターと吉祥タンカ芸術センター(北京吉祥大地传播有限公司)の主催です。吉祥タンカ芸術センターはタンカの蒐集、研究、制作、宣伝を総合的に取り扱う会社で、2003年に設立されました。北京の798芸術区に本部を置き、チベット、青海省、北京市など中国各地でタンカ芸術画院を創設し、チベットの民族文化を世界に発信しているといいます。

 タンカとはチベット仏教の仏画の掛け軸の総称です。会場で初めてタンカの諸作品を見たとき、鮮やかな色彩の持つ力に魅了されてしまいました。それでは、作品を見ていくことにしましょう。残念ながら、今回、撮影した写真をアップすることができませんでしたので、チラシに掲載された作品を中心にご紹介していくことにします。

■八馬財神
 先ほどご紹介したチラシの表面に使われていたのが、「八馬財神」(100×70㎝、2017年)で、根秋江村氏の作品です。チラシには作品のごく一部が使われているだけですが、さまざまなモチーフがいかに精密に生き生きと描かれているかがわかります。

 メインモチーフは獅子に乗って正面を向いて大きく描かれています。祖師と称される人物なのでしょうか。その周辺には馬に乗った武将がさまざまな角度から描かれており、メインモチーフの頭上には炎を背景にした守護尊も描かれています。台座の下には色とりどりの花や葉が表情豊かに描き出されています。

 興味深いことに、両脇に滝の流れる風景や山並み、青々とした葉をつけた木々が描かれています。まるで山水画のような図柄でメインモチーフを挟み込むように描かれていますし、右上を見ると、雲の上に宮殿のような建物が描かれています。チラシの表面で使われているのは、絵全体の一部分でしかありませんが、それでもヒトを取り巻く社会、自然、生活が描かれていることがわかります。

大きな図で見てみることにしましょう。

こちら →
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(中国文化センターHPより)

 仏画ですから、それぞれのモチーフにさまざまな意味が込められているのでしょう。仏画に馴染みのない私にはそれが何なのか、よくわかりませんが、絵画作品として観ただけでも惹きつけられるものがあります。画面を見入り、強く気持ちを揺り動かされる何かがあるのです。

 私の目にはモチーフの具体的な姿しか見えませんが、おそらくそれぞれのモチーフに何らかの意味が込められているのでしょう。会場には現代作家の作品とは一風変わった作品も展示されていました。古代タンカと類別された、「金剛亥母曼荼羅」という作品です。

■金剛亥母曼荼羅
 会場で展示されていたのは、「古代タンカ」と類別された「金剛亥母曼荼羅」(94×58㎝)という作品でした。作者不詳で15世紀ごろの作品とされています。最初にご紹介したチラシの裏面右側で取り上げられている作品です。

 とても抽象的な図案に見えます。ここでご紹介しようと思い、この作品をネットで探してみましたが、似たような作品がいくつもあるのですが、同じ作品はありませんでした。部外者から見れば、同じように見える図柄でも実はそれぞれに込められた意味が違うのだということを思い知らされました。図というよりは情報を伝達する要素の方が大きいのでしょう。

大きな図で鑑賞することにしましょう。

こちら →
https://www.ccctok.com/wp-content/uploads/2018/10/WeChat-Image_20181010112354-mini.jpg
(中国文化センターHPより)

 中央に四角で囲われた中に円があり、その円の中に星型の図案があり、その中に中心の楕円を囲むようにして四方に楕円が配されています。それぞれに菩薩や如来、祖師、守護尊、女性尊などが描かれています。真ん中の四角の外側には、僧侶や人々、などさまざまなモチーフが描かれており、まるで一つの世界が構築されているように見えます。

 興味深いのは、真ん中の四角の外側のモチーフはそれぞれ同じ大きさで、ラインに沿って配置されています。人物の属性、向きなどに意味が込められているのでしょう。そのように考えてみると、モチーフのそれぞれに情報が付与されたヒエログリフのようにも見えてきます。この作品は書物のように絵の助けを借りながら、人々に情報や思想を伝える役目を担っていたのだと思いました。

 この作品とは逆に、仏画でありながら絵画としての要素を強く感じた作品があります。

■仁青才让氏の作品
 会場に入った途端、色彩のハーモニーが素晴らしく、洗練された作品に魅了されてしまいました。訴求力が強く、しばらく作品の前で佇んでしまったほどでしたが、伝統的な仏画でありながら、現代の観客を持惹きつけてしまう諸作品を手掛けたのはタンカ作家の仁青才让氏でした。

こちら→http://www.kfarts.com/xi_cang/1623.html

 8歳から出家し、タンカを学んだそうです。現在39歳ですが、画家、書家としてのキャリアは長く、タンカ作家の第一人者として高く評価されています。今回の展覧会では現代作家の作品41点が展示されていましたが、そのうち20作品が仁青才让氏の作品でした。どの作品も観客を引き付けて離さない強い力を感じさせられました。

 最初にご紹介したチラシの裏面、左下で使われている藍色の作品もその一つです。この作品は2017年に制作され、45×33㎝とやや小ぶりですが、会場で見ていると、次第に心が安らぎ、清らかになっていくのを感じます。

 藍色の濃淡で画面を覆い、真ん中の菩薩を明るく、その背後には黄色系、オーカー系、グリーンペール系の色が交互に配されており、柔らかな光を感じさせられます。そして、その背後には無数の花弁のようなものが描かれ、その先がやはりペール系で色取られています。同系色の濃淡、そして補色の組み合わせが巧みで、思わず、見入ってしまいます。

 光の優しさ、柔らかさが際立って見えたのは全体を覆う藍色のせいでしょうか。この作品は鉱物のアズライトを研磨して作る石青を下地に使ったそうです。会場で見た藍色の濃淡と金色の組み合わせが絶妙で、菩薩の輝きが感じられる一方、藍色と黒、そして金の組み合わせで作られる背景に精神世界の深淵さが表現されており、感動してしまいました。

 仁青才让氏の作品はこのように、構図といい、色の組み合わせといい、画力といい、どれも、誰が見ても一目でその素晴らしさがわかる秀逸さがありました。もっと大きな図でご紹介したいと思い、ネットで探していましたら、「金绿度母」という作品を見つけました。

こちら →https://img4.artfoxlive.com/uploadFile/productImg/201705/l/1495008279263_627695_origin.jpg

 この作品は会場では展示されていませんでしたが、際立つのは、モチーフの大きさによる遠近感と構図の面白さです。菩薩や如来、守護尊などが対角線を活かして配置されており、それぞれの関係性と躍動感が表現されています。

 ここではご紹介できませんが、仁青才让氏は、黒金タンカの作品、緑金タンカの作品、紅晶タンカの作品なども手掛けており、それぞれ、色彩に合ったモチーフと構図を選択し、印象的な作品に仕上げていました。会場に入ってすぐに魅了されてしまったと書きましたが、実は、いずれも仁青才让氏の作品でした。

■タンカ作品に見るヒトの内面世界
 モチーフを表現するための絵具も、仁青才让氏の手になれば、モチーフに生命を宿らせるための道具なのでしょう。今回の展覧会で7人の現代作家の作品が展示されていました。それぞれに味わいがあり、素晴らしい作品でしたが、私が絵の前でしばらく立ちとどまって鑑賞したのはいずれも仁青才让氏だったのです。

 どこが他の作品と異なっていたのか。今思えば、絵の中で表現されている世界に深さが読み取れたからだといえます。立ち止まって見てしまうというのは絵の細部を観たいという欲求に駆られていたからにほかなりません。なぜそのような思いに駆られたのかといえば、絵に強い訴求力があり、しかも容易には読み取れない深淵なものがあったからだという気がします。

 ヒトが生きること、やがては死んでいくこと、そして、さまざまな恐れやおびえ、悲しさや辛さを乗り越え、手にすることができる世界、そういうものを絵が提供できるとき、その作品に強い力がみなぎっているはずです。仁青才让氏の作品には、色彩が奏でる美しさの背後にそのような強さがあったのです。

 今回、私ははじめてタンカの作品を40数点、鑑賞しました。とくに仁青才让氏の作品には仏画としてのタンカの精神を引き継ぎ、現代美術としての魅力が発散されていました。卓越した技量によるものでしょうし、鉱物顔料を使った深さのせいかもしれません。絵画の持つ力の大きさと多様性を認識させられました。(2019/1/30 香取淳子)

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