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アップルの新サービスを考える。

アップルの新サービスを考える。

■「アップルTV+」今秋、開始
 2019年3月25日、米アップル社のティム・クックCEOは、カリフォルニア州クパチーノで開催されたイベントで、今後の事業計画を発表しました。その中でもっとも注目されたのが、今秋開始予定の定額制動画配信サービスです。

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(資料:アップル社リリース映像より。図をクリックすると、拡大します)

 「アップルTV+」、競合他社では提供できない独自の映画やドラマ、ドキュメンタリーを制作し、アップル製品のユーザーを主なターゲットに、100以上の国や地域で提供していくと語っています。

こちら →https://youtu.be/6JRcYwjGUnE

 冒頭でいいましたように、このサービスは定額制の動画配信サービスです。ユーザーは当然のことながら、コンテンツの質量が十分か、魅力あるコンテンツが提供されるかが気になります。この点に留意したのでしょう、ティム・クック氏は、「創造性豊かな人々を結集し、これまでにない新しいサービスを作り上げる」と説明していました。実際、会場ではスティーブン・スピルバーグ監督が登壇し、コンテンツ制作への意欲を語りました。

こちら →https://www.youtube.com/watch?v=dtc38zTI79g
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 スティーブン・スピルバーグ監督が登場するのは、上記映像の4分53秒から5分16秒までの間です。このイベント映像を見ていると、動画配信サービスに対するアップル社の意気込みがひしひしと伝わってきます。考えて見れば、それもそのはず、アップルは動画配信サービスでは、後発なのです。

 動画配信サービスでは最大手のNetflixが最近、日本で独自アニメ作品の制作に乗り出すという記事を読みました(2019年3月12日付日経新聞)。日本のアニメ制作会社3社と業務提携を結び、今後、数年間にわたって複数の作品を世界に配信する体制を、Netflixは整えたというのです。独自に制作した日本アニメを提供することによって、サービスの充実を図っているのでしょう。

 二番手のアマゾンはすでに会員制サービスの「アマゾンプライム」を実施しており、会員数は世界で1億人を突破したといいます。そして、映像コンテンツ大手のウォルトディズニーは独自作品を制作するとともに、新作を独占的に配信するサービスを2019年後半に開始するといいます。

 こうしてみてくると、IT企業が最近、立て続けに、コンテンツの充実、あるいは、新規参入など、動画配信サービスのテコ入れをしていることがわかります。2019年は次世代の高速通信規格5Gが運用され始めるといわれています。一連の動向は、今後、競合他社がコンテンツの独自性を競い合って、ユーザーの獲得に熾烈な戦いを展開する前触れなのかもしれません。

■動画配信サービスの群雄割拠
 それにしても、Netflixはなぜ、日本アニメに力点を置いたコンテンツ戦略を取っているのでしょうか。

 Netflixの有料会員数の推移をみると、2018年末で1億3900万人、そのうち米国以外が約8000万人でした。グラフを見れば、一目瞭然、本国よりも海外での契約者数が多く、しかも、その伸び率もまた、米国よりも世界の方が高いのです。

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(資料:BBCより。図をクリックすると、拡大します)

 Netflixはおそらく、そのような市場特性を踏まえ、成長の軸足を欧州やアジアなどに移そうとしているのでしょう。そのためのコンテンツ対策として目をつけたのが日本アニメでした。

 日本動画協会のデータから、日本アニメの産業規模の推移を見ると、子どもの数が減少しているにもかかわらず、年々増大しており、2017年度は2兆1527億円に達しています。しかも、国内市場は減少に転じているのに、海外市場は一貫して増加傾向を示しており、2017年度は9948億円と、1兆円に迫るほどでした。

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(資料:日本動画協会より。図をクリックすると、拡大します)

 メディア・コンサルタントの氏家夏彦氏は『GALAC』(2018年3月号)誌上で、以下のような見解を示しています。

「日本のアニメは大人をも虜にする。これにいち早く気づいたのがNetflixであり、そのきっかけになったのが『シドニアの騎士』なのだ。(略)ところが、海外では、この面白さを知らない大人が大多数だ。だから、「大人が楽しめるアニメ」という新たなジャンルを立ち上げれば、新たなユーザーを獲得できる。Netflixにとって日本のアニメは、全世界で新たなユーザーを開拓できる強力なエンジンとして期待されている存在なのだ」

 まるで現状を見越したような見解です。

 実際、Netflixは独自に日本アニメを制作し、それを軸に世界展開をさらに強力に推し進めようとしています。さまざまなデータから、独自の日本アニメを制作し、それをテコにすれば、さらなるユーザー獲得を展開期待できると判断したからなのでしょう。

 もう一つ、日本動画協会が発表したデータで、興味深い結果があります。

 それは、2017年度の国内アニメの配信市場は、前年比約13%増の540億円だったというものです。2002年には2億円だった市場が15年間で劇場市場の406億円を超えるほど増大したというのです。その結果、アニメ制作会社の配信関連収入も前年比約13%増の136億円となったといいます。配信サービスの利用が幅に増えているのです。

 このように、最近の出来事を振り返ってみるだけで、定額制の動画配信サービス業界に大きな動きがあることがわかります。5G時代を迎え、IT業界がこの領域で、群雄割拠の様相を見せ始めていることは明らかです。

 それでは、再び、アップルの新サービスに戻ってみましょう。

■アップルが発表した新サービス
 今回紹介されたのは、「アップルニュース+」、「アップルTV+」、「アップルアーケード」、「アップルカード」でした。ニュースであれ、エンターテイメントであれ、ゲームであれ、既存のコンテンツにアップル独自のコンテンツを加え、定額制で配信するというサービスと、安全で機能的に決済できる独自カードの発行です。

 それでは、アップル社はなぜ、このような新サービスを立ち上げたのでしょうか。

 まず、2019年3月25日に始まった「アップルニュース+」から見てみることにしましょう。

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(資料:アップル社リリース映像より。図をクリックすると、拡大します)

 このサービスは専用のアプリをダウンロードし、月額9.99ドルを支払えば300以上の新聞や雑誌が読み放題になるというものです。まずは米国とカナダ、次いでオーストラリアや欧州などに、段階的にサービス地域を拡大していくといいます。

 今秋から開始されるのは、先ほどご紹介した「アップルTV+」だけではありません。「アップルアーケード」もまた今秋、開始されることが明らかにされました。これは、100以上の新作ゲームを定額で楽しめるゲーム配信サービスです。

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(資料:アップル社リリース映像より。図をクリックすると、拡大します)

 このようにアップルは、エンターテイメント領域の定額制配信サービスを今秋、一気に提供する予定なのです。増え続けるコンテンツをアップルのプラットフォームに集め、それを定額でユーザーに利用してもらおうという仕組みのサービスです。

 これらの新サービスは、ユーザーには、一つのプラットフォームから多種多様なコンテンツに接触できるという利便性があり、アップルには、iPhoneなどデバイス依存からの脱却が可能になり、多様なビジネス展開を構想することができます。

 そして、2019年夏から、「アップルカード」を発行する計画も発表されました。iPhoneでの決済をしやすくするためです。しかも、そのカードは私たちが見慣れているカードとは大幅に体裁が異なっています。

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(資料:アップル社リリース映像より。図をクリックすると、拡大します)

 先ほどの映像で説明されていたように、アップルカードには、カードナンバー、カードID(CVV番号)、有効期限、サインなどがありません。カードにはアップルのマークとICチップ以外には名前だけが記載されており、とてもシンプルです。ナンバーが記載されていないので、セキュリティ上も安全だというわけです。

 しかも、使った瞬間に端末内にデータが反映され、処理されるので、いつ、どこで何に使ったのかが記録されるので、支出管理も容易にできるそうです。

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(資料:アップル社リリース映像より。図をクリックすると、拡大します)

 金融大手のゴールドマン・サックスと組んで開発したこのカードは、他のICカードのどれよりも利便性が高く安全性も高いと説明されています。

■サービス部門の強化
 今回、紹介された「アップルニュース+」、「アップルTV+」、「アップルアーケード」、「アップルカード」を見ると、アップルは、サービス部門での収益増大を目指すだけではなく、決済サービスの新規領域を開拓しているようにも思えます。

 実際、iPhoneなどのハードウエアは成長期を経てすでに成熟期に差し掛かっています。今回、ハードウエアについての発表がなかったことを考えれば、アップルはサービス部門に軸足を置いた事業内容にシフトしようとしているのでしょう。

 そういえば、つい最近読んだ記事(2019年3月26日付日経新聞)で、iPhoneは中国での販売不振で、2018年後半に販売数が激減したと書かれていたことを思い出しました。その新聞を探し出して開いてみると、グラフが掲載されていました。これを見ると、一目瞭然です。

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(2019年3月26日日経新聞より。図をクリックすると、拡大します)

 アップル社全体の業績をみると、サービス部門は右肩上がりで伸びているのに、iPad、Mac、時計などは低迷しており、iPhoneもその成長に陰りが見えていることがわかります。iPhoneが画期的なデバイスであることは確かですが、もはやそれだけに依存することは難しくなっていることがよくわかります。

 このような結果を見ると、アップル社が今後の事業内容として、サービス部門を重点的に展開していこうとするのは当然のことだと思えてきます。

■ハードウエア、ソフトウエア、サービスの一体化
 2019年3月25日の基調講演でCEOのティム・クック氏は、アップル社はこれまで一貫してハードウエア、ソフトウエア、サービスを一体化して提供してきたといっています。

こちら →https://www.apple.com/apple-events/march-2019/

 確かにiPhoneにはさまざまなソフトウエアが搭載されており、ユーザーの日常生活をきめ細かくサポートをしてくれています。例えば、ハードウエアのiPhoneに搭載されたソフトウエアのLife360を使って、子どもの居場所を確認できるサービスが提供されています。子どもの登下校が心配な親にとってどれほど安心できるサービスでしょう。

 私自身、iPhoneを使い始めて以来、10年ほどになりますが、いつの間にか、四六時中、手放せなくなっています。朝はアラームで起床、メールをチェックし、天気予報を見ます。スケジュールでその日の行動予定を見てから、乗換案内で到着時刻を調べ、家を出る時間を決めます。

 日中はiPhoneを持ち歩いているだけで自動的に歩数計算をしてくれますから、歩数が足りないと思えば、遠回りして帰宅し、歩数調整をしています。フィットネスクラブでのデータも記録されていきますし、睡眠時間も計算されます。つい、健康管理ができているような気になってしまいます。

 一事が万事、ハードウエアとソフトウエア、サービスが一体化されたiPhoneは、いつの間にか、ヒトの生活行動全般に深く入り込んでしまっています。ティム・クック氏がいうように、日頃、何かをしようとする際、必要なサービスがきめ細かにiPhoneから提供されているからでしょう。依存せざるをえなくなっているのです。

■包括サービスの利便性と危険性
 アップルはこれまで、iTunesで音楽配信をし、iCloudでデータ保存サービス、Apple Storeでアプリの販売を行ってきました。そして、今回、発表されたのが、ニュース、動画、ゲームの定額制配信サービスと、アップルのプラットフォームでそのまま決済できるカードの発行です。

 すでに実施されているサービスに新サービスを加えると、ヒトが行うあらゆる生活行動はすべてアップルのプラットフォーム上で可能になるという点に大きな特徴があるといえます。

 グーグル(G)、アップル(A)、フェイスブック(F)、アマゾン(A)は、インターネットビジネスの4巨人といわれています。いわゆるGAFAですが、各社の売上構成をみると、それぞれの特徴がはっきりと見えてきます。

こちら →
(近藤哲朗(チャーリー)&ビジネス図解研究所より。図をクリックすると、拡大します)

 アップルはパソコンメーカーとしてスタートし、ハードウエア中心でこれまでビジネスを展開してきましたが、今回、ハードウエアについての発表はありませんでした。これは、アップル社が、サービス部門への転換を図っているからと見ることができますし、5G時代に備えた仕様のデバイスを開発中だからだと見ることもできます。

 アップルには、ハードウエア、ソフトウエア、サービスの一体化した事業を展開できる強みがあります。入手したデータに基づき、新たなサービスを展開し、それを検証できる強みがあるのです。

 ユーザーの利用歴は収集され、集積されてビッグデータとなり、新たなサービスや製品を生み出す手掛かりになるでしょう。ハードウエアとソフトウエア、サービスが一体化されたデバイスは、利便性の点で利用者にメリットがあり、データとして利活用できるという点で事業者にメリットがあります。

 このように考えてくると、今回、米アップルが発表した新サービスは、単に一企業がヒトを取り巻く情報・娯楽環境をすべて仕切ってしまうというだけではなく、決済を含めたヒトの生活行動すべてを把握し、コントロールし、一元化してしまう危険性を含んでいるのではないかという気がしてきました。

 便利だ、快適だと思っているうちに、いつの間にか、国境を越えてIT企業がヒトを支配するようになってしまっているのではないかという思いにとらわれてしまいましたが、もはや元には戻れません。ジョージ・オーウェルの世界が急に身近に思えてきました。(2019年3月31日 香取淳子)

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