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続 雨上がりの午後、アジサイを鑑賞する。

続 雨上がりの午後、アジサイを鑑賞する。

 このたび、アジサイの色が、土壌のせいだけではなく、時の経過によっても変化することを知りました。それからというもの、はたして実際にそうなのか、この目で確認したくて仕方がありませんでした。ところが、その後、雨が続き、なかなか出かけることができません。

2020年6月21日、ようやく雨が上がりましたので、さっそく、入間川遊歩道に行ってきました。

■色変わりしていたアジサイ
 着いてみると、数日前とは様相が大きく異なっていました。まず、前回、ご紹介した場所のアジサイを見てみましょう。


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 6月14日の午後、この辺りのアジサイは白に近い薄紫色でした。ところが、その一週間後、訪れてみると、花の色はほとんどが赤く変色していました。

 念のため、道路側に降りてみましたが、やはり、薄い紫色だったアジサイが赤くなっていました。一斉に色づき、しかも、どの花も一回り大きくなっています。


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 赤くなったアジサイの一つに近づいて見ると、気のせいか、やや萎れているように見えました。さらに目を近づけると、褪せたような色の花びらには筋が縦にいくつも入っています。

 ふと、幼いころに見た祖母の手の爪を思い出しました。

 ある日、祖母は手を広げて爪を見つめながら、しみじみとした口調で小学生の私に、「年を取ると、爪に筋が入るようになる」といったのです。見ると、祖母の爪には縦に筋がたくさん入っていました。どのような脈絡でそのような話になったのか、すっかり忘れてしまいましたが、祖母の爪としみじみとした口調だけは記憶に残っています。

 祖母によれば、爪に縦筋が入るようになるのが老化のシグナルの一つでした。だとすれば、この花びらもまた、老化が進行しているといえるでしょう。

 それでは、アップしてみましょう。


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 見ると、確かに、花びらには勢いがありません。ところが、花びらの色に差異はなく、ほぼ均等に変化しています。ですから、この花の場合、どの部位も一様に老いているといえるでしょう。青から赤への変化が完了し、やがて枯れていく(死)ための準備段階に入ったように見えます。

■老化現象のタイムラグ
 何気なく周辺を見渡してみると、すべての花びらが完全に赤くなっているわけではなく、わずかに青い部分が残ったアジサイもありました。見てみましょう。


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 手前の花を見ると、多くの花びらが赤く変色している中で、微妙に青色が残っている箇所があります。その後ろの花は逆に、青い花びらが多い中、赤に変化しかかっている箇所が見えます。

 興味深いことに、どちらも花びらの色が一様ではなく、場所によって微妙に異なっています。改めて、同じ株の花でも、同じ土壌の花でも、色の変化にはタイムラグがあることがわかります。

 見ているうちに、ふと、ヒトの老化も同じようなものではないかという思いが胸を過ぎりました。一定の年齢になると、ヒトには、膝の痛み、ぎっくり腰、歯の痛みやぐらつき、内臓疾患、高血圧などの老化現象が、さまざまな身体部位に現れます。

 同じ年齢の人でも老化現象は一様ではないと思った途端、アジサイの色の変化、そして、その微妙な差異が、なんだかとても人間臭く思えてきました。目の前のアジサイはそれぞれ、バリエーションに富んだ色合いで、その存在を誇示しているようにも見えます。


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 微妙に異なる色の組み合わせが、それぞれのアジサイの個体識別になっていました。老化による色の変化が、個体ごとにその個性を引き出していたのです。遠目からはそれが一種の華やぎに見えました。

■成熟するということ
 再び、遊歩道に戻って、歩いていくと、先日見たガクアジサイが一段と大きくなっていました。


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 中心部が大きくなりすぎていて、白い周辺花がそれほど目立ちません。成熟することによって、白の占める割合が相対的に少なくなってしまったからでしょう。そのせいか、先日、このガクアジサイに感じたきらきらした印象がすっかり消え失せていました。

 一週間ぶりに見たガクアジサイは、中心部も周辺花も大きく成熟する一方で、花全体からは生硬さ、初々しさが失われていたのです。このガクアジサイに、時の経過による色の変化は見られませんでしたが、時の経過による成熟は見られました。

 成熟は明らかに、成長期の輝きを花から奪っていました。

■老化にどう向き合えばいいのか
 一週間ぶりに遊歩道のアジサイを見て、まず、花の色が赤く変色していることを確認しました。さらに、花が大きく成熟していることも確認しました。いずれも時の経過(老化)による作用です。

 アジサイを遠目で見れば、ただ色が赤く変わっただけのように見えます。ところが、近づいてみると、その花びらには筋がいくつも入り、萎れていました。それを見たとき、自然は残酷に時を刻んでいくものだということを感じさせられました。

 梅雨の季節、人々の目を楽しませてくれたアジサイも、やがては萎びて枯れ、大地に戻っていくのでしょう。それが自然のサイクルなのです。その観点からいえば、この数日間のアジサイの色の変化は、滅びの前の華やかさといえるものなのかもしれません。

 ヒトも同様、老化が進み、やがては大地に還っていく定めに抗うことはできません。老化現象をどう受け入れ、身体のさまざまな機能不全と共に生きていくか、それは、超高齢化社会の日本に課せられた大きな課題です。

 アジサイのように、たとえ遠目からだけでも、そして、一瞬だけでも、成熟期の輝きを得ることができれば、その後に訪れる衰退、あるいは衰弱を潔く受け入れることができるようになるかもしれません・・・。ふっとそんな気がしました。(2020/6/22 香取淳子)

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