■「被害者の会」の設立
2025年5月30日、大阪・関西万博のアンゴラパビリオンの建設に関わった下請け業者が、「被害者の会」を立ち上げたと発表しました。被害者の会は、万博のパビリオン建設に関わった下請け業者で構成されており、未払いの工事費を回収する目的で設立されました。
賃金未払い、工事代金の未払い問題は、開幕前から問題になっていたことは知っていました。最近、これに関するニュースを見ていなかったので、てっきり解決されたのだと思っていました。ところが、そうではなかったのです。建設費の未払いはいまなお続いているといいます。
被害者の会によると、アンゴラパビリオンに関しては、3次下請けの業者が、さらにその下の下請け業者に費用を支払っていないということでした。
業者は、「このままでは開幕に間に合わないということで、急遽応援依頼を受けて、2月中旬から開幕日までほぼ連日、夜勤を含めて働いてきた。しかし全く工事代金が支払われず、5次下請け以下の賃金はゼロのまま」と訴えています(※ 2025年5月30日17:00配信、ABCテレビ)。
報道によると、3次下請けまでは支払われていますが、3次下請けが4次下請けに支払っておらず、当然のことながら、5次下請けにも支払われていないというのです。
アンゴラ館の工事代金未払い問題に関する動画を見つけましたので、ご紹介しましょう。
こちら → https://youtu.be/rcwIbaSTahU
(※ CMはスキップするか、削除して視聴してください)
上の動画は、大阪のテレビ局MBSで、2025年5月23日に放送されたニュースです。
アンゴラパビリオンは、建物は協会が行い、外装や展示を参加国が行うという形式の簡易パビリオンです。それが、開幕初日にオープンしただけで、その後、ずっと閉館したままになっているのです。なぜかといえば、工事費が未払いなので、工事が中断されていたからでした。
このニュースが放送されてから一週間後、「被害者の会」が設立されたことになります。放送されても、事態が改善されなかったからでしょう。
実は、工事代金の未払い問題はアンゴラだけではありませんでした。
■工事代金の未払い
工事代金の未払いはなにもアンゴラパビリオンだけではなく、他にも複数の下請け会社の工事代金が支払われていませんでした。
たとえば、MBSは5月13日、他の下請け業者を取材して放送し、未払い問題の深刻さを伝えていました。
5月13日の時点で、複数の下請け業者が、工事費用の一部が未払いになっていると訴えていたことがわかりました。
このニュースに登場していたのは、参加国が独自で建てるタイプAパビリオンの建設を請け負った業者です。この業者は、海外の元請け業者から契約金の約40%分と追加工事費、計約8000万円が支払われていないと訴えています。契約通りに支払われないので、現在、会社がいつ潰れるかわからない状況に陥っているのです。
さらに、同じ元請け業者から、他のパビリオン工事を受注した、別の下請け業者もいました。こちらは、追加の工事費代金、約3億円が支払われていないと訴えています。
取材に対し、元請け業者は、工事が不十分だったので、肩代わりして行った工事費を契約金から差し引いたといい、追加工事費については現在精査中だとしていっています。
これらの契約関係を図式化すると、次のようになります。
こちら →
(※ MBSニュース映像より。図をクリックすると、拡大します)
下請け業者が、滞った支払いを求めて、何度も連絡をしていた最中、元請け業者Xから新たな契約書がメールで送られ、署名を求められました。その内容は、「下請け業者は遅延1日につき、価格の2%のペナルティを支払う」、「工事に欠陥があった場合、元請け業者はその修繕費用を下請け業者に支払う額から相殺できる」というものでした。
つまり、工事の “クオリティ” が不十分と判断された場合、その修正工事の費用を契約金から差し引くといった内容が、契約に新たに加わっていたのです。契約書にサインをしなければ、次の支払いが実行されないので、下請け業者はサインせざるをえなかったといいます。
下請け業者Aにとっては初めての海外クライアントとの仕事でした。文化の違いに戸惑うこともありましたが、たび重なる仕様変更にも対応し、なんとか工事を開幕には間に合わせました。
「開幕日が決まっている万博だからこそ、なんとか終わらせようと現場で踏ん張ったのです」という言葉に、実際に建設に携わる業者ならではの責任感が感じられます。支払いが滞っているにもかかわらず、元請けの指示通り、工事を完成させていたのです。あっ晴れだといわざるをえません。
ところが、万博を担当する伊東良孝大臣は、万博工事代金の未払い問題について、次のように述べています。
「工事代金の精算がついていないところもいくつかあるというふうに聞いているところであります。基本的にはパビリオンを発注した国と建設を請け負った元請け業者の民・民(民間同士)による話し合いが基本ではないかと思っておりまして、それを促しているところでございます」
責任を放棄した言いぐさは、見苦しいとしかいいようがありません。万博を統括するトップがこれほど無責任な態度をとるとは思いもしませんでした。この大臣の言動からは、現代日本の統治機構の無能ぶり、官僚機構の腐敗ぶりが透けて見えます。
万博協会に訴えても埒が明かないとみた下請け業者たちは、建設費の未払いについて民事訴訟を起こす準備を進めています。
■万博協会はいったい、何をしていたのか?
実は、海外パビリオンの工事については、当初から不安視されていました。すでに2020年春には、日建連の関西支社の幹部が万博協会に、海外パビリオンの発注の仕方について建設業界の意向を伝えていました。というのも、発注側の外国政府と国内のゼネコン各社が直接交渉することに、多くが不安に思っていたからです。
ゼネコン側には、「どこの国の言葉でやりとりするのか。工事に日本の約款が適用されるのか。スーパーゼネコンならば交渉能力があるが、それ以外のゼネコン(準大手や中堅ゼネコン)は政府が間に入ってくれないと、交渉をうまくまとめられない」といったような心配が尽きませんでした。
2022年8月、日建連は会員の不安の声をとりまとめ、万博協会に、協会の積極的な関与と、工期の確保も要望していました。ところが、協会は動かず、工事は進捗しませんでした。万博協会は、海外パビリオンのスケジュール管理をすることができず、インフラ整備も進んでいませんでした。
2023年8月7日に、万博協会は建設業者に向けて説明会を実施しました。会場には100社を超える業者が詰めかけたといいます。
ところが、海外パビリオンの建設についての認識は、「儲からないであろう仕事に、社員や職人をつっこむわけにはいかない」、「万博の海外パビリオン工事については、ゼネコンはどこもやりたがっていない」、挙句の果ては、「万博の工事には手を出さない方がいい。やけど程度では済まない」といった具合でした(※ 梅咲恵司、東洋経済オンライン、2023/09/05)。
ゼネコン業界にとって、海外パビリオンの工事は災難でしかなかったのです。そして、現在、海外パビリオンの建設に携わった下請け業者の数々が、工事代金の未払いという苦境に立たされています。中には生活破綻に追い込まれた業者もいます。予想されていた災難が末端業者にふりかかっているのです。
なぜ、このようなことになったかといえば、万博協会が、3年も前に提出した日建連大阪支社の要望を聞き入れず、予想された危機を回避することをしなかったからでした。
万博は国家事業でもあり、うまくいけば宣伝にもなるにもかかわらず、ゼネコン各社は海外パビリオンの工事を請け負いたがりませんでした。というのも、2023年7月には、鋼材や生コンクリートなど建設資材の価格は、2021年1月と比較し、26%も上昇していました。そして現場で働く労働者の賃金も2020年度に比べ、9%以上引き上げられていました。資材高と労務費の高騰を考えれば、割に合う仕事ではなかったのです。
そのような状況下で、ババを引いたのが、末端の下請け業者でした。
(2025/5/31 香取淳子)