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トランプ政権は、米国の健康を取り戻せるか? ②

トランプ政権は、米国の健康を取り戻せるか? ②

■ケネディJr.が保健福祉省長官に就任

 2025年2月13日、ロバート・ケネディ・ジュニアがついに、アメリカ合衆国第26代保健福祉省長官に就任しました(厚生省とも訳される)。

 これまでの長官リストを見ると、26人の長官のうち無所属はわずか二人、彼とフォード政権下で長官を務めたF.D.マシューズ(1935‐)だけでした。それ以外は、民主党が9人、共和党が15人でした(※ https://en.wikipedia.org/wiki/Robert_F._Kennedy_Jr.)。

 ロバート・ケネディ・ジュニアの任命が破格の人事だったことがわかります。

 実際、彼はトランプ大統領の閣僚候補者の中で、最も物議を醸した人物の一人でした。公聴会の映像をユーチューブで見ていましたが、果たして承認されるのかと疑ってしまうほど、厳しく問い詰められていました。適切な人事なのかどうか、試されていたのです。

 彼が担うことになる保健福祉省は巨大な組織でした。

 保健福祉省長官に就任すれば、ケネディ氏は今後、約8万人の職員と1兆ドルの予算を抱える保健機関を監督することになります。これらの組織には、疾病予防管理センター (CDC)、食品医薬品局 (FDA)、国立衛生研究所 (NIH)、メディケア・メディケイドサービスセンター (CMS)などが含まれており、アメリカの厚生行政を一手に引き受けることになるのです。

 保健福祉省は、長官官房と11部局から構成されています。さらに、全米が10地区に分けられ、それぞれを地域事務所が所轄する大きな組織です。長官となるケネディ氏は、食品の安全をはじめ、医薬品、公衆衛生、ワクチン接種を含む医療業界の管理と指導を担当する大規模組織を率いることになります。

 巨大な組織だけに、彼は、アメリカ人の健康に関するあらゆる問題を担当するだけでなく、世界中の健康行政にも大きな影響を与えるにちがいありません。ケネディ氏が保健福祉省長官に就任することは、その職務上、アメリカだけでなく、世界にとっても画期的なものになる可能性があります。

 健康福祉省のトップ画面には、トランプ大統領と一緒に撮影されたケネディ氏の写真が掲載されています。

 こちら →
(※ https://www.hhs.gov/、図をクリックすると、拡大します)

 写真には、次のようなメッセージが寄せられていました(※ 2025年2月26日閲覧)。

「ケネディ長官、ようこそ
ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏を米国保健福祉省第26代長官として歓迎します。
私たちは、トランプ大統領の大統領令「大統領のアメリカを再び健康にする委員会を設立する」を遂行し、小児慢性疾患に焦点を当てて、アメリカの深刻化する健康危機の根本原因を調査し、対処できることを嬉しく思います。
私たちは力を合わせて、アメリカを再び健康にします」
(※ https://www.hhs.gov/)

 トランプ大統領が、アメリカの行政改革の重要なポイントとして健康行政に取り組もうとしていることがわかります。

 前回、いいましたように、上院議員や製薬業界関係者を含む多くの人々が、ケネディ氏の保健福祉長官指名に対して懸念を表明し、反対の声を上げていました。例えば、製薬業界やノーベル賞受賞者、さらには従妹のキャロライン・ケネディまでも強い反対意見を表明していました。もちろん、上院には、多数の反対署名や意見書が送られていました。

 それだけに、私はこの議案が上院で承認されるかどうか興味深く見ていましたが、結局、上院は賛成52票、反対48票でこの議案を承認しました。具体的にいえば、民主党議員全員が反対し、共和党からはミッチ・マコーネル上院議員が反対を表明し、反対票は48票でした。ケネディ氏は僅差で勝利したのです。

 それにしても、ケネディ氏の任命はなぜ、これほどまでに物議をかもし、強烈な反対に遭ったのでしょうか。反対の理由とその背景を知っておく必要があるかもしれません。

 まずは、反対理由とそれに対するケネディの説明をみておくことにしましょう。

■反対理由とケネディ氏の説明

 ニュースを読む限り、ケネディに対する批判は次の2点に要約できます。すなわち、1つは彼がワクチン接種に反対していること、そして、もう一つは中絶に反対していることです。

 まず、ワクチン接種に反対しているという非難に対して、ケネディ氏は、自身の子どもたちもワクチン接種を受けており、ワクチン接種に反対しているわけではないと述べています。彼が求めているのは、ただワクチンについて精緻な研究と安全性の確認テストだけだと公聴会で説明していました。

 反ワクチン派とみなされたケネディには、厳しい批判が集中しましたが、共和党議員の中には、彼が食品添加物や大手製薬会社に対する規制に意欲的に取り組んできたことを称賛する者もいました。

 食品添加物であれ、医薬品であれ、人体に悪い影響を与える可能性のあるものは拒否するという彼の姿勢は一貫していました。信念のある人物だということは公聴会でも強く印象づけられたことでしょう。

 さて、批判の第二は、中絶に関するケネディ氏の態度でした。

 公聴会でケネディ氏は、州が中絶の権利を管理すべきだという点でトランプ氏に同意すると述べていました。トランプ氏は「あらゆる中絶は悲劇だ」と信じており、一貫して中絶に反対していたのです。

 一方、ケネディ氏はそれまで中絶する権利を支持していました。ところが、公聴会で彼はトランプ氏の意見に同調したのです。

 これに対し民主党は、支持を得るために信念を放棄したとし、彼を非難しました。この件でケネディは公聴会で情け容赦なく尋問されたのです。実際、彼がどのように考えているのかわかりませんが、トランプ政権内に入るには、中絶反対の立場を取らざるをえないでしょう。

 さて、ケネディ氏の登用に反対する人々の中には、トランプ政権とトランプ大統領に対して働きかけを行う者もいました。二例ほど挙げてみましょう。

■ 政権移行チーム、トランプ大統領に対する働きかけ

 まず、反対派がトランプ政権への働きかけを行った例をご紹介しましょう。

 ケネディ氏が保健福祉省長官に就任する準備をしていた時、彼の顧問を務めていたワクチン懐疑論者2人が政権移行チームから外されました。一人は、ケネディ氏の顧問であるステファニー・スピア(Stefanie Spear)氏であり、もう一人は、弁護士アーロン・シーリ(Aaron Siri)氏でした。

 除外された理由は、彼らが、ワクチン政策とはほとんど関係のない職種の面接でも、候補者にワクチンに関する見解を尋ねていたからでした(ウォール・ストリート・ジャーナル、2025年1月15日)。

 政権移行チームに対し、相当大きな力が働いたのでしょう。側近2人が辞任に追い込まれれば、ケネディ氏としても、公聴会でワクチンに対する強硬姿勢を和らげざるを得なかったでしょう。

 他にも大きな力が働いていました。

 IT界の大物ビル・ゲイツ氏が次期大統領のトランプに働きかけをしていたのです。ビル・ゲイツ氏は昨年12月、ドナルド・トランプ次期大統領と3時間以上会談し、HIV治療薬の開発や次期政権によるポリオ撲滅の取り組みなど、世界的な健康問題について話し合ったといわれています。
(※ https://www.yahoo.com/news/bill-gates-says-trump-energized-233745979.html)

 ここでは正確な日付は明らかにされていませんが、訪問時期からすれば、ケネディ氏が保健福祉省長官になるのを阻止する目的だった可能性があります。

 別の報道をみると、トランプ大統領がビル・ゲイツの訪問を明らかにしたことが報じられています。ビル・ゲイツ氏が、12月27日の夕方にフロリダ州パームビーチにあるトランプ大統領の別荘「マール・ア・ラーゴ」を訪問したいと申し出たというのです。
(https://jp.reuters.com/world/us/WFSDIV57BVKXXALXSSDUHX2UFA-2024-12-27/)。

 この記事によると、ゲイツ氏がトランプ氏と会談を望んだのは、トランプ氏がワクチン懐疑派のジョン・F・ケネディ・ジュニア氏を保健福祉省長官に選んだだからだといいます。ビル・ゲイツは、ケネディが厚生長官になるのを阻止するためなら、何でもしたでしょうが、この時期に敢えてトランプと直接会談したのは、ケネディの指名を思いとどまらせるのが目的だったとしかいいようがありません。

 トランプ氏が次期大統領に選出されて以来、大勢の人々が彼を訪ねるようになりました。その結果、私邸のリゾート「マール・ア・ラーゴ」には、厳重な警備体制が敷かれるようになりました。下の写真は、シークレットサービスの監視塔です。トランプ=ヴァンス陣営の選挙用サイン越しに見えます。

こちら →
(※ https://www.bbc.com/japanese/articles/cx2nr54q5nvo、図をクリックすると、拡大します)

 実際、トランプはこれまで何度も暗殺されそうになりました。最近の未遂事件だけで3件もあります。大ナタを振るい、アメリカを大改造しようとしているだけに、トランプは既存勢力、反対勢力からは疎ましく思われ、命を狙われているのです。

 私邸にもこれだけ厳重な警戒体制を敷くのは当然のことでしょう。この私邸にビル・ゲイツは訪れました。是非ともケネディ氏の就任を阻止したかったからにほかなりません。

 メディアもまた、反ケネディで動きました。こちらは世論への働きかけを目的にしていました。一例をあげておきましょう。

■メディアによる世論への働きかけ

 コラムニストのリサ・ジャービス(Lisa Jarvis)は、トランプがケネディを保健福祉省長官に指名すると早々、2024年11月16日付のブルームバーグに、反ケネディの記事を書いています。

 彼女は、ケネディが危険なのは、反ワクチンの立場だからだと明言しています。そして、NBCの取材に対しケネディが答えた内容を紹介しています。

 このインタビューでケネディは、「もしワクチンが誰かのために効果があるなら、それを奪うつもりはない」答え、「人々は選択肢を持つべきであり、その選択肢は最良の情報に基づいていなければならない」と語っていました。

 それに対し彼女は、ケネディが、「人々が選択肢を持つべき」といったからこそ、彼は保健福祉省長官になってはいけないと断じています。その理由として彼女は、ワクチンは公共財であり、誰もが接種した場合にのみ機能するからというのです。つまり、選択の自由はなく、個々人に選択させるなどもってのほかだというのです。

 そして、大多数の米国民がワクチンを接種したことは、衛生当局の多大な努力のおかげだといいます。その背後には、ワクチン開発を支える基礎研究の実施と資金提供、安全性と有効性の評価、地域社会との連携による予防接種などがあるとしています。
(※ https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-11-15/SN047PT0AFB400)

 つまり、巨大な医療組織、あるいは行政によって、ワクチン接種が可能になったからこそ、国民は政府の指令があれば、それに従うべきだというのです。ワクチンの効果を有効にするには、個々人に選択権を認めてはならず、誰もがワクチンを接種しなければならないという認識なのです。

 だからこそ、反ワクチンを主張するケネディが保健福祉省(HHS)の長官になることを阻止しようとしているのです。彼が保健高等研究計画局(ARPA-H)、米国立衛生研究所(NIH)、疾病予防管理センター(CDC)、米国食品医薬品局(FDA)などの主要組織を管轄することになれば、公衆衛生に大きな打撃を与えることになるからでした。

 興味深いことに、ブルームバーグはこの記事の最後に、「このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません」という注釈をつけていました。

 ブルームバーグの記事ばかりではありません。ケネディの保健福祉省長官就任に対しては、さまざまなメディアが否定的な記事を載せていました。

 それでも、ケネディ氏は上院で承認され、保健福祉省長官に就任したのです。僅差だったとはいえ、上院で承認されたのは、民意が反映されたからだとしかいいようがありません。多くの人々が、現実を変えたいと思い、異端ともいえるケネディ・ジュニア氏の就任を望んだのです。
 
 その動向は世論調査にも反映されていました。

■ 世論調査で高評価

 CBSニュースは2024年11月19日から22日にかけて、YouGovと共同で、米国の成人2,232人を対象に調査を実施しました。その結果、アメリカ人の大半はトランプ次期大統領への政権移行を支持しており、多くの人が彼の指名した人物たちを承認していることが判明しました。

 この調査でケネディ氏は、最も好意的な評価を受けていました。回答者の47%が保健福祉長官としての彼の指名を「良い選択」と評価しており、 34%が「あまり良くない」、19%が「わからない」という回答でした。
(※https://forbesjapan.com/articles/detail/75383)

 この調査結果から判断すると、アメリカ国民はトランプ政権の誕生を支持し、ケネディ・ジュニア氏が保健福祉長官に就任することを期待しているといえます。政治家や製薬企業、ビル・ゲイツやメディアなどから反対されながらも、多くの人々はケネディを支持しているといえます。

 おそらく、民意はケネディ氏に現在の医療行政を正常化してほしいと願っていたのです。彼もまたこの民意に応え、保健福祉省長官に就任するとすぐに、行政を刷新する行動を開始しました。

■ケネディが保険福祉省長官に就任した初日に下した決断

 2025年2月13日、ケネディ氏は保健福祉省長官に就任すると、すぐさま、保健福祉省(HHS)の職員5,200人を解雇する措置を講じました。全従業員に対し、間もなく解雇すると警告したうえで、彼はまず、保健高等研究計画局(ARPA-H)の局長と多くのスタッフを解雇しました。

 この保健高等研究計画局は、リスクは高いが見返りは大きい研究に資金提供するため、3年前に15億ドルで設立されたものです。解雇措置が取られたのは、拠出される資金の割に成果があがっていなかったからでしょう。

 それにしても素早い措置でした。この措置はケネディ氏が保健福祉省長官に就任したその日に実施されました。というのも、ケネディ氏はすでに保健福祉省長官としての初日に、連邦政府の保健関連職を数百人削減すると約束していたからです。

 解雇措置はその後も次々と続きました。

 たとえば、国立衛生研究所(NIH)は14日朝、今後の人員削減について所長らに通知する緊急会議を開きました。まずは約1,500人の従業員を解雇する予定でスタートしました。疾病対策センター(CDC)の解雇者数は1,269人と推定されています。
(※ https://www.science.org/content/article/wrecking-ball-rfk-jr-moves-fire-thousands-health-agency-employees)

 このニュースを読んでいて、ふと、日本版CDCがどうなるのか気になってきました。実は日本版CDCがすでに設立される予定になっていたのです。

 2024年4月19日、日本政府は「日本版CDC」を2025年4月1日に設立することを閣議決定しました。日本語の名称は国立健康危機管理研究所です。

こちら → https://www.ncgm.go.jp/jihs/index.html

 新機関は、病原体の分析などを担当する国立感染症研究所と、感染症患者を受け入れる病院を運営する国立国際医療研究センター(NCGM)を統合して発足します。感染症の研究分析から臨床対応までを担当し、ワクチンや治療薬の開発も支援します(日経新聞、2024年4月19日)。

 2025年1月14日には、その人事が発表されました。

こちら → https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48913.html

 一方、アメリカではケネディ長官が組織を刷新するため、次々と仕事を進めています。

 たとえば、2025年2月20日付の記事によると、ケネディ長官はCDCに対し、ワクチン接種の意思決定に際し、「インフォームド・コンセント」の考え方を促進する広告が必要だと伝えました。
(※ https://www.statnews.com/2025/02/20/cdc-vaccine-promotions-rfk-jr-informed-consent/)

 インフォームド・コンセントとは、人々に対し、医療や処方される薬のメリットだけでなく、リスクもすべて知らされるべきであるという原則です。医療提供の要なのですが、このような通達が出されるということは、CDCではこの原則が守られていなかったのでしょう。

 また、疾病管理予防センターは、インフルエンザの予防接種を勧める「ワイルド・トゥ・マイルド」広告キャンペーンをはじめ、さまざまなプロモーションを棚上げするよう命じられたそうです(※ 前掲URL)。

 アメリカでは、インフォームド・コンセントの原則も守られないまま、ワクチンをはじめ医薬品のキャンペーンばかりが行われていたことがわかります。

このニュースを見て、ケネディ氏が保健福祉省の長官に就任し、アメリカの医療行政が大きく変化する兆しを感じました。アメリカの改革がやがて、日本の医療行政、製薬業界、食品業界にも波及するでしょう。

 第二次世界大戦後、日本は長い間アメリカの医療方法に依存してきました。つまり、過剰な検査と投薬中心の医療方法です。

 現在、慢性疾患の増加が報道されています。高齢になればなるほど、薬漬けになる人々が増えていることも報じられています。このような現状を見聞きするにつれ、検査と投薬中心のアメリカの医療方法こそ、人々の健康を大きく損ねているのではないかと思うようになりました。

 ケネディ保健福祉長官のリーダーシップのもと、まずは米国で医療行政の改革が行われれば、やがて日本にも波及し、薬漬けの医療体制に終止符を打つことができるのではないかという気がしました。

 ケネディ氏を長官を指名した段階ですでに、トランプ大統領は大胆で果敢なアメリカの医療改革を構想していたのでしょう。医療にも蔓延した商業主義を、トランプ政権が打開してくれることを期待しています。(2025/2/26 香取淳子)

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