■マルタ館でも未払い問題が…
前回、アンゴラ館の工事費未払い問題を取り上げましたが、まだ解決していません。それどころか、未払い業者は、経理担当が1億円横領してしまったので、支払えないと主張し、逃げ切ろうとしている様子です。
万博協会が有効な対策を講じてこなかったせいで、下請けの施工業者が泣き寝入りさせられそうになっているのです。
憤懣やるかたない思いでいたところ、2025年6月13日、マルタ館でも、下請け業者に代金が支払われていないということを知りました。マルタ館は、参加国が独自に建設する「タイプA」のパビリオンです。
建設を請け負った建設会社の代表が大阪市内で記者会見し、東京都の元請けの外資系イベント会社に対し、約1億2000万円の支払いを求めて6月5日付で、東京地裁に提訴したことを明らかにしたのです。
訴状によると、この建設会社は2月3日、元請けと約2億5300万円で、建設工事の請負契約を結び、既に約1億4900万円は支払われましたが、パビリオンの解体費用を除いた約7733万円と、追加工事費約4083万円が未払いとなっていると訴えています。
(※ 毎日新聞2025年6月13日)
6月12日、関西のテレビ局MBSが、ニュースでこの件を報じていました。ご紹介しましょう。
こちら → https://youtu.be/SAi9YFOOT38
(※ 該当部分は1分34秒から。CMはスキップするか、削除して視聴してください)
■テレビが報じた被害の実態
下請け業者は、「まさか、ここまでこじれるとは思っていなかった」と嘆き、せめて、「自分たちがやった工事の対価だけは正当な形で支払ってほしい」と訴えています。
この工事では、何度も変更をさせられたり、元請けからの要望で工事をストップさせられたりしたといいます、それでも必死に頑張って、4月13日の開幕には間に合わせていました。それなのに、いまなお工事費が支払われていないのです。
MBSが外資系元請けに取材すると、「応じられない」と取材を拒否されました。そこで、マルタ政府に取材すると、「元請け業者への支払いは完了していて、マルタは紛争当事者ではない。民間企業の紛争によりマルタの評判が損なわれることはまことに遺憾です」と取り付く島もありません。
マルタ館の場合、下図のような流れで工事が発注されていました。
こちら →
(※ MBSニュース動画より。図をクリックすると、拡大します)
まず、マルタ共和国が、外資系業者に発注し、その外資系業者が、関西の建設業者に発注したという流れです。代金の流れもこれに沿って行われます。マルタ政府が外資系業者に支払い、その金額から、日本の下請け業者に支払われるという仕組みです。
ところが、実際は、外資系業者から下請け業者に、約1億2000万円もが支払われていませんでした。
MBSの取材に対し、マルタ政府は、すでに支払っているので、このトラブルには関係ないという立場を崩しません。この件についてマルタ政府に責任はなく、当事者同士で解決してくれという態度です。
確かに、マルタ政府が支払ったお金は、外資系業者のところに留まり、下請け業者には一部しか渡っていません。ですから、トラブルの原因は、外資系業者にあります。
ところが。この外資系業者は、代金を支払わなかった理由として、「工事のクォリティが不十分で、修正工事した費用や工期の遅れなどによるペナルティを差し引くと、支払える金額は残らない。正式な金額は精査中だ」と主張してきました。
その後、この外資系事業者は、「代わりに行った工事費用などを精査した結果、未払い額よりも我々の立て替え費用の方が大きくなったので、差額の数千万円を支払ってほしい」と下請け業者に請求してきたというのです。
下請け業者では、とても太刀打ちできる相手ではありません。仕方なく、東京地検に提訴したというのが実情でした。
■日建連(日本建設業連合会)の懸念が現実のものに
前回もいいましたが、2020年春、日建連の関西支社の幹部は、万博協会に対し、タイプAの海外パビリオンの発注の仕方について、建設業界の意向を伝えていました。というのも、発注側の外国政府と国内のゼネコン各社が直接交渉することに、多くの建設業者が不安を抱いていたからです(※ 梅咲恵司、東洋経済オンライン、2023年9月5日)。
海外パビリオンの建設を請け負う場合、ゼネコン側には、「どこの国の言葉でやりとりするのか。工事に日本の約款が適用されるのか。スーパーゼネコンならば交渉能力があるが、それ以外のゼネコン(準大手や中堅ゼネコン)は政府が間に入ってくれないと、交渉をうまくまとめられない」といったような懸念がありました。
そこで、日建連は、海外パビリオンの建設を、大手以外のゼネコンが請け負う場合、政府が間に入って欲しいという要望を万博協会に伝えていたのです。ところが、万博協会は大きな動きをみせないまま、日々が過ぎていきました。
2022年8月、日建連は会員の不安の声をとりまとめ、再び、万博協会に、「外国政府のパビリオンは工期が厳しくなると危惧されるので、協会の積極的な関与と工期の確保をお願いしたい」と要望しました。
当時、海外パビリオンの受注は遅々として進んでおらず、万博開催すら危ぶまれる事態になっていたのです。
日建連が提出した要望に応えるように、国交省不動産・建設経済局長は、2023年6月23日、日建連をはじめ建設業界4団体の会長宛てに、「海外パビリオン(タイプA)建設に関する建設業界への協力要請について」という文書を発令しています。
■施工事業者の懸念事項への対応策
国交省が発令した文書は、タイプAパビリオンと国内施工事業者との契約が進まず、万博が開催できなくなることを懸念して作成されました。その内容は、経産省大臣官房商務・サービス審議官から6月22日に提案されたもので、受注に向けた環境整備のための対応が示されていました(※ 20230622商局第2号)。
文書には「施工事業者による懸念事項への対応策」が別紙として添付されており、そこには、「金銭的な懸念」、「工事に関わる懸念」、「情報・体制に関わる懸念」等、3項目が設定され、合計8つの対応が示されていました。上記2項目については、3つの事項があげられ、それぞれ、「協会の対応」と「政府の対応」が分けて、示されていました。
最後の項目「情報・体制に関わる懸念」は、特に中堅・中小ゼネコンを対象にしたもので、「参加国の入札等に関する情報の不足」、「外国語対応の難しさ」等、2つの事項があげられ、いずれも、「協会の対応」のみでした。
(※ https://www.jafmec.or.jp/wp_jafmec/wp-content/uploads/2023/07/%E5%9B%BD%E5%9C%9F%E4%BA%A4%E9%80%9A%E7%9C%81%E3%80%90%E4%BA%8B%E5%8B%99%E9%80%A3%E7%B5%A1%E3%80%91%E6%B5%B7%E5%A4%96%E3%83%91%E3%83%93%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%B3%EF%BC%88%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97A%EF%BC%89%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E7%8F%BE%E7%8A%B6%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf)
これを見ると、日建連が要望した内容をほぼ踏まえたものになっているように思えます。
建設業者が海外からの受注を躊躇していたのは、金銭的な懸念、工事に関わる懸念があったからでした。別紙をみると、いずれにも政府が関わることが明らかにされています。
例えば、着実に入金されるか否かについては、「NEXI貿易保険の活用促進」、「必要に応じて、参加国に対し、外交ルートで協議」等、政府が関与することによって、不安が解消されるよう、対策が講じられています。
国交省がこのような文書を発令した後、万博協会は2023年8月7日、建設への協力を呼び掛けるための説明会を行いました。この説明会には、100社を超える建設会社が集まったといいます。
ゼネコン側にしてみれば、とりあえず参加したものの、「儲からないであろう仕事に、社員や職人をつっこむわけにはいかない」、さらには、「万博の工事には手を出さない方がいい。やけど程度では済まない」といった状況でした(※ 東洋経済オンライン、2023年9月5日)。
ゼネコン各社がなぜ、海外パビリオンの工事を請け負いたがらなかったのかといえば、当時すでに、資材高と労務費の高騰、人手不足が深刻な状況になっていたからです。しかも、2024年4月からは罰則付きの時間外労働の上限規制が適用され、建設のための人員確保はさらに困難になっていました。
特に懸念されていたのが、タイプAのパビリオンでした。
■タイプAパビリオン
タイプ Aパビリオンは、参加国が、万博協会から提供された敷地内で、自由な形状やデザイン、資材で建設することができるパビリオンです。これらのパビリオンは、大屋根リングの内側で、静けさの森を囲むように配置されています。
こちら →
(※ 『パビリオン タイプ A(敷地渡し方式)の設計に係るガイドライン(公式参加者用)』、2021年7月、p13。図をクリックすると、拡大します)
一方、タイプAパビリオンには、いくつか条件が課せられていました。たとえば、万博終了後、参加国はパビリオンの解体・撤去を行い、引き渡し時と同様の状態に戻す責任があります。また、汚水、雨水排水、上水、電気、通信等のユーティリティは、万博協会が敷地境界までは設置しますが、ユーティリティへの接続と敷地内の整備は、参加国の責任となる、といったようなものです。
当初、タイプAパビリオンには、約60カ国が建設すると名乗りをあげていました。ところが、参加国側の情勢変化や日本での建設費の値上がり等の理由によって、簡易型や間借り型へ変更する国が相継ぎました。
その結果、2024年6月末までに参加を表明した、全161の国・地域のうち、「タイプA」が47、協会が建てた施設内に独立した展示部屋を設ける「タイプB」が17、数多くの国が一緒に入って展示スペースを構える「タイプC」が92、プレハブ工法で建てて引き渡す簡易型の「タイプX」が5となりました(※ 朝日新聞、2024年7月12日)。
タイプAのパビリオンはデザインの自由度が高く、最先端の素材や技術を使って、訴求力の強いパビリオンを建設することができます。ユニークなデザイン、華やかなデザインのものが多く、万博の華と呼ばれたりもします。実際、万博会場で人目を引いているのはいずれもタイプAのパビリオンです。
アートとして、パビリオンの外観を鑑賞することもできます。趣向を凝らした建物が建ち並ぶ様子は圧巻です。
こちら → https://www.expo2025.or.jp/official-participant/
(※ 万博公式サイト)
建設費用、建設時間とも嵩みますが、そのぶん、万博会場を訪れた人々に強く訴求することができ、当該国を印象づけることができます。限定された期間ではあっても、ソフトパワーを発揮することができるのです。
■タイプAパビリオン、承認から着工まで
タイプAには、2021年に作成されたガイドラインがありました。
フローチャートを見ると、書類を提出して、承認され、実際に着工できるまでに相当時間がかかることがわかります。
こちら →
(※ 『パビリオン タイプ A(敷地渡し方式)の設計に係るガイドライン(公式参加者用)』、2021年7月、p.45。図をクリックすると、拡大します)
参加国は、パビリオンの建設が承認されるまでに、次のような2段階のチェックを経なければならないのです。
① 第1回目の提出書類が開催者に承認されると、次の書類提出段階に進むことができるが、承認のために、開催者は技術的指導及び推奨する修正事項を参加者に提示することがある。
② 第2回目の提出書類が開催者に承認されると、工事開始許可(仮称)を受け取り、工事を開始することができるが、承認のために、開催者は技術的指導及び推奨する修正事項を参加者に提示することがある。
③ 第2回提出書類の承認後、引き続き参加者はパビリオンやイベントの運営計画を開催者とともに策定する。
第1回目の基本設計書から第2回目の実施設計書に至るまで、要する日数は以下の通りです。
こちら →
(※ 前掲、p.44。図をクリックすると、拡大します)
このように、タイプAは承認されるまでに相当、時間がかかります。そのため日建連は万博協会に、「図面をもらってから着工まで資材の準備などに時間がかかるので、精度の高い設計図面を一日も早く出していただきたい」と伝えていました。
ところが、その要望が伝わっていたのかどうか疑問に思うほど、万博協会はスケジュール管理がうまくできていませんでした。タイプAについて特に、管理そのものがうまくいっていなかったようです。
しかも、インフラの整備も進んでいませんでした。建設するにも、建設各社が発電設備を持ち込み、仮設の電力設備で対応しているような状態でした。これでは、建設工事が順調に進捗しないのも当然でした。
このような状況下で行われていたのが、タイプAのパビリオンの建設です。
■改めて、マルタ館の未払い問題とは?
今回、未払い問題が発生したマルタ共和国のパビリオンを見てみることにしましょう。
建物の前面に水を湛え、もの静かな佇まいが印象的です。マルタ館の外観は、まるで一幅の絵のように見えます。
こちら →
(※ https://www.expo2025.or.jp/official-participant/malta/ 図をクリックすると、拡大します)
この写真を見てわかるように、パビリオンの入り口が、石灰岩の壁面をくりぬいた格好で造られています。少し湾曲した入り口に、背面から光が射し込むと、前面に湛えられた水面にこの壁面と傍らの大きな木が映り込みます。光と水を活かし、幻想的な空間が創り出されています。
タイプAパビリオンはこのように、デザインや建築方法、資材の自由度は高いのですが、守らなければならない条件が多く、複雑でコストが嵩むものでした。それだけに、申し込んではみたものの、実際には辞退し、他の方式に変更した参加国もいくつかありました。
マルタは人口55.27万人、316平方キロメートルの小国ですが、それでも頑張って、タイプAのパビリオンに挑みました。有名な観光地であり、リゾート地でもあります。世界の国々が集う万博会場に、マルタが独自パビリオンを建設する意義は大きかったでしょう。
先ほどの写真を見てもわかるように、パビリオンの建物には相当のこだわりがありました。
例えば、マルタ館を建設した業者は、「何度も工事の変更をさせられたり、元請けからの要望で工事をストップさせられたり」したといっていました。細かな仕様にこだわったのでしょう。
一方、仲介した外資系業者は、代金を支払わなかった理由として、「工事のクォリティが不十分で、修正工事した費用や工期の遅れなどによるペナルティを差し引くと、支払える金額は残らない。正式な金額は精査中だ」と主張していました。
さらにその後、「代わりに行った工事費用などを精査した結果、未払い額よりも我々の立て替え費用の方が大きくなったので、差額の数千万円を支払ってほしい」と要求してきました。この外資系事業者は代金を支払わなかったばかりか、逆に、下請け業者に追加費用を支払えと多額の代金を要求してきたのです。
請求書や変更箇所の見積もり書等を具体的に照合しなければ、なんともいいようがありませんが、デザイン性を重視したタイプAの場合、起こりうるトラブルでした。
■万博協会の対応
2025年6月2日、万博協会の高科淳副事務総長は、未払い問題に関して記者会見を行い、「不払いについて通報があれば、対話の場をつくっていく」と回答しています。具体的な対策としては、「通報があった場合、仲介して解決を促している」というものでした。
この期に及んで、万博協会の対応は、無為無策のままでした。
「通報があれば」、「対話の場をつくる」、「仲介して解決を促す」といった具合に、まるで万博協会は当事者ではないと言わんばかりの態度です。これが、未払いのせいで、倒産しかねない下請け業者に対する対応なのかと、驚いてしまいます。
それでも、マルタ館建設の下請け業者は、万博協会の指示通り、先月、協会に通報しました。ところが、協会からは、「また連絡します」というメールが一通きただけで、その後、何の連絡もありませんでした。誠意がまったくみられないのです。この業者は仕方なく、訴訟に踏み切ったといいます。
MBSがこの件について取材すると、万博協会は、「個別の案件には答えられない」とし、「一般論として、書類の確認や精査に時間がかかることがあります」と回答するだけでした(※ 前掲URL)。
それにしても、高科氏のあまりにも無責任な態度には驚いてしまいます。一事が万事、その場しのぎに終始しているのです。万博の諸事を統括する協会の責任者がこのような態度では、建設費未払い問題に埒があくはずもありません。高科氏の態度は、万博協会は、この問題を解決する気がないと言っているようなものでした。
■万博協会はどう責任を取るのか?
マルタ館はタイプAのパビリオンです。万博に参加したマルタ共和国が、外資系業者の仲介で、日本の建設業者にパビリオンの建設を発注したという流れになります。タイプAは当初から。発注から施工に至るまで、さまざまな工程でトラブルが生じる可能性が懸念されていました。
着工後の未払い問題までは想定していなかったのかもしれませんが、実際、未払い問題はいくつも起きています。前回ご紹介したアンゴラ館をはじめ、いくつかの国々でパビリオンの建設代金が支払われないという問題が発生しています。
ということは、つまり、マルタ館の未払い問題は、なにも個別の事象ではなく、海外パビリオンの建設に伴う構造的な問題だったということになります。
そうしてみると、改めて、未払い問題に対する万博協会の対応が、これでよかったのかという疑問が湧いてきます。
ところが、この件に対する万博協会の対応をみていると、マスコミからの取材は無難にかわし、業者にはその場しのぎの対応に終始しているように思えます。実際にパビリオンを建設した下請け会社に大きな被害がでているというのに、真摯に対峙しようとせず、責任を回避しようとする姿勢ばかりが目立つのです。
これでは、下請け業者に泣き寝入りしろと言っているようなものでした。
そもそも、建設業者の誰も引き受けたがらなかったのが、海外パビリオンタイプAの建設でした。国交省が建設業界に協力依頼の文書まで発令して、ようやく下請け業者が受注し、なんとか開幕に間に合わせました。
頑張って工事を完成させたのに、建設代金は支払われないという理不尽なことが海外パビリオンの建設現場では多々、起こっています。
一連の経緯をみると、万博協会がこれらの問題に真摯に対応しようとしていないことが見えてきます。トラブルが予想されていた厄介な工事を、中小零細業者に引き受けさせ、トラブルが発生すると、万博協会は、当事者同士で解決しろと突き放しているのが実情です。
万博協会は果たして、この問題にどう責任を取るつもりなのでしょうか。
(2025/6/19 香取淳子)